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台湾・台北の住宅街の一角にある「先行一車」は、一見すると民家のような外観をした、しかしながらディープな音楽スポットとして知られるレコード・ショップ/イベント・スペースである。主にいわゆる実験的な音楽のレコードやカセット、あるいはインディー雑誌などが置かれているのだが、店名に友川カズキの楽曲名が引用されていることからうかがえるように、日本の作品も数多く取り揃えられており、筆者が訪れた際には副島輝人の名著『日本フリージャズ史』の中国語版抄訳を目にして驚いたものだった。ライヴ・イベントを開催することもあるこの場所は、台北のローカルな実験音楽シーンの拠点であるとともに、国境を越えてミュージシャンやリスナーが集い交流する稀有な場所となっている。さらに「先行一車」はレコード・レーベルとしても活動しており、同スペースでの録音をはじめとして、大友良英の未発表音源集や北京の新世代トゥ・ウェンボウらの作品など、これまで台湾内外のさまざまな音源を発表してきた。その最新作として2019年末に、台北のエレクトロニクス奏者ディーノとクアラルンプールのサックス奏者ヨン・ヤンセンによるKLEXフェスティバル2018での共演の模様が、「Kaoliang Brothers」名義で同名タイトルのカセット作品としてリリースされることとなった。
台湾ノイズ・シーンのパイオニアとしても知られるディーノは、ミキシング・ボードに音源をインプットせず、ボード自体をフィードバックさせることによりノイズを発生させるという、中村としまるを彷彿させる「ノー・インプット・ミキシング・ボード」の使い手である。対してヨン・ヤンセンは特殊奏法や高音の軋り、あるいは力強い咆哮などを駆使するフリー・ジャズ的なサックスを披露する演奏家だ。ふたりのデュオ・インプロヴィゼーションは、まるで高柳昌行と阿部薫による『集団投射』を強烈にアップデートしたかのような凄まじいノイズを轟かせる一方で、ときに演奏の手を止めて無音に近づき、しかし沈黙をいまにも突き破りそうな激しい緊張感を湛えた一音一音を鍔迫り合いのように繰り出していく。文字通り耳を劈く爆音のノイズから一触即発の雰囲気を漲らせた静寂まで、緊密なインプロヴィゼーションによってダイナミックな相互作用を繰り広げていく様は壮観だ。ユニット名に付されたKaoliang=高粱酒は、台湾で広く知られたアルコール度数60度近くにものぼる中国酒なのだが、大酒家でもあるディーノとヤンセンがリスナーをノイズの酩酊状態へと誘うような音楽とでも言えばいいだろうか。一心同体となったふたりの演奏の緊密さは、たとえばカセットB面の中盤でディーノがパルスの反復からビートを形成するなかで、そのリズムを伴奏にヤンセンがサックスを吹き荒び、しばらくするとこんどは電子音響ノイズのビートを浮かび上がらせるように管を通る空気の響きを強調していくといった演奏からもうかがえるだろう。
緊密に反応し合う即興演奏は、フリー・インプロヴィゼーションの世界ではときに敬遠されることもある。というのも、共演者のサウンドに対処することにばかり注意が向いてしまうと、ある種の機械的な反応の応酬となり、予定調和のやり取りへと陥ってしまうことがあるからだ。しかし、激しいノイズの快楽や途切れることのない緊張感がもたらす興奮といったサウンドの凄みはもとより、一体となったデュオがダイナミックな相互作用を示しつつ次から次へと変転していく様は、反応の応酬というよりも音が演奏家のコントロールを外れる瞬間を劇的に連ねていくといったほうが近く、すこぶるスリリングである。そして演奏内容に加えて、「先行一車」というローカルなスペース/レーベルから、国境を越えてこの音源が世界各地のリスナーへと届けられている点にも着目しておきたい。レコーディングが行われたKLEXフェスティバルは、クアラルンプールを舞台に主にアジア圏のミュージシャンや映像作家らが集う祭典だが、ふたりがかつて出演したアジアン・ミーティング・フェスティバルも含めて、一方でトランスナショナルな交流をフェスティバルというかたちで促進しつつ、他方ではその拠点となるようなローカルなスペースと関わり、録音作品を全世界へと向けて発信していくということが、インディペンデントで実験的な音楽シーンをサステナブルに活性化していくうえで必要なことのように思うのである。
細田成嗣