「ズリ」と一致するもの

interview with Simon Halliday - ele-king

 メンバーのひとりは一時期スージー&ザ・バンシーズに関わり、アダム・アンド・ジ・アンツやサイキックTVへと合流し、その後マスやザ・ウルフガング・プレス、そしてレネゲイド・サウンドウェイヴにも発展する1980年のRema-Remaをはじめ、初期バウハウス、レーベル創始者が率いるディス・モータル・コイル、デッド・カン・ダンス、コクトー・ツインズ……同じ匂いを発しながらも際だった個が揃っていたオリジナル〈4AD〉に強固なレーベル・イメージがあったことは、当時を知らずとも想像がつくだろう。それはポストパンク期におけるゴシックの代表格でありインダストリアルであり、ペイガニズムであり、モノトーンの美学であり、耽美主義であり、ないしはノイズやエクスペリメンタル・ロックなどにカテゴライズされる、笑顔や太陽がもっとも似つかわしくない音楽だった。(〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉や〈モダン・ラヴ〉のようなレーベルは、オリジナル〈4AD〉の現代解釈ともいえる)
 UKのインディ・ロック全盛時代のはじまりに誕生した〈4AD〉は、〈ファクトリー〉や〈ラフトレード〉や〈ミュート〉のように、日本においてもレーベル自体のファンが多くいたし、黒いシャツに黒いロングコートを着て前髪が長ければ、それはまあほぼ〈4AD〉のファンでしょうという時代があった。いまはもうみんないい歳になっているけれど。
 オリジナル〈4AD〉の創始者は、アイヴォ・ワッツ=ラッセルというカリスマ性のある人物で、ディス・モータル・コイルなるプロジェクトをオーガナイズして音楽作品も出していたほどのレーベルの顔役だった。ワッツ=ラッセルはしかし、90年代末にレーベルを去っている。それでも〈4AD〉は、しばらくのあいだワッツ=ラッセル時代の〈4AD〉イメージから脱却できずいたようだが、2008年にもともとは〈WARP〉のスタッフだったサイモン・ハリデイが社長に就任すると、レーベルはようやく古い衣を脱ぎ捨てて、新生〈4AD〉が始動した。
 まあ、それでもその残照はディアハンターの『Halcyon Digest』(2010)には確実にあったと思うし……、グライムス『Visions』(2012)のアートワークも〈4AD〉っぽいよなぁと思ってしまうのは年老いたモノの悪いクセだろう。でもね、UKガラージから来たゾンビーの『With Love』(2013)なんていかにも〈4AD〉だった。が、そのいっぽうで、チューン・ヤーズはパワフルで温かい音楽なわけだし、オルダス・ハーディングはエモーショナルだし、U.S.ガールズはポップだし、グライムスの音楽はエレクトロニックでキャッチーだ。アーティストは世代交代したし、新生〈4AD〉がいま活気づいているのはここ数年のカタログを見れば一目瞭然なのである。
 去る1月後半にレーベルのショーケース・ライヴのために来日した新生〈4AD〉の社長、サイモン・ハリデイに話を訊いた。

本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年か前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

1992年から長いあいだ〈ワープ〉に勤めていたんですよね?

サイモン:そうです。10〜11年ほど〈ワープ〉で働きました。なので、私はふたつの良いレーベルで働いたことになります(笑)。

〈ワープ〉で働きはじめたきっかけは?

サイモン:レーベル・マネージャーと友人であったということもあって、〈ワープ〉で働きました。で、90年代ずっと〈ワープ〉にいたんですけど、じょじょにアメリカのマーケットでもいい状況になっていったんですね。それで私がアメリカに行くことになって、で、フライング・ロータス、バトルズ、グリズリー・ベアなどといったアメリカのアーティストと契約を結んだんですよ。

へー、なるほど。どうして音楽業界で働きたいと思ったのですか?

サイモン:仕事という感じがしなかったんです。趣味という感じ。働いている感じがしないので、趣味を仕事にするほうがやっぱりいいなと。もうひとつの趣味がフットボールで、それを仕事にすることはできないけど、音楽ならできるなと思いました(笑)。当時ナイトクラブで踊ってばかりいて、もし音楽業界で働けば仕事としてナイトクラブにも行けるなと思いました(笑)。だから音楽を仕事にすることは自然でした。

〈ワープ〉に初期から携わっていたということは小さな地方のレーベルがどんどん大きくなっていく、成長していく過程をまさに現場で見ていたということで、これはあなたにとって大きな経験だと思います。いま〈4AD〉で働くうえでそのときの経験はどのように生かされていますか?

サイモン:〈ワープ〉での経験と〈4AD〉とはまた全然違いますね。なぜかというと、〈4AD〉は自分が入ったときすでにビックなレーベルだったので、成長というよりは、維持をするということのほうが大事だったんです。〈4AD〉も下降気味のときはありましたが、自分が〈4AD〉に入ったときは良いときだったのですごくラッキーでした。なので、ボン・イヴェールディアハンターと契約したときすぐに成功することができたんです。自分にとってやりやすい環境でした。簡単に成功することができたんです。

すこし話が前後しますが、長年携わってきた〈ワープ〉をなぜやめて、なぜ〈4AD〉に入ることになったのですか?

サイモン:〈ワープ〉のオーナーと自分とのあいだに少し意見の食い違いがでてきて、彼が契約したいバンドと自分が契約したいアーティストが少し違ってきたんです。だからそのときに〈ワープ〉を去ろうと思いました。ボスと対立するということはよくあることですよね。他にもいろいろ道があるわけですが、その他のことに挑戦することで成長もできると思うんです。自分はそれによって成長したと思います。他の誰かがノーといっても、自分の決断に100%の責任を持ちたい。チームで働くことにおいてとても大事なのは、自分はチームの二番手ではなくて、チームを導く存在になりたいということだと思っています。

〈4AD〉に移ったのは2008年ですか?

サイモン:2007年です。

ディアハンターと契約したのもあなたですか?

サイモン:本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年も前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して、自分が〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

たしかにあなたが〈4AD〉に携わってから、〈4AD〉のカタログの間口がザ・ナショナルや、チューン・ヤーズなどなど、すごく広がったし、活気づいたと思います。オリジナルの〈4AD〉はゴシックのイメージがあまりにも強いレーベルでしたが、〈4AD〉の更新させるというのはあなたにとって大変なことでしたか?

サイモン:そんなことないよ。たしかに〈4AD〉は80年代のイメ―ジがすごく強くてアイコニックだったと思います。でも、〈4AD〉はコクトー・ツインズだけじゃなく、ピクシーズだっているんです。とはいえ、たしかに80年代の〈4AD〉はコクトー・ツインズ的なイメージのほうが強かったと思います。しかし90年代に入ってからこのイメージは消えました。そもそも音楽はその10年で大きく変化しましたから。そして〈4AD〉はその時代の大きな変化を受け入れなかったからだと私は思っています。
レーベルはビジネスと音楽の両方のバランスをとることが大事です。これはとても難しいことです。私が〈4AD〉に入った10年前、〈4AD〉は80年代のアイコニックではなく、多様性のあるモダンな若者のレーベルになろうとしていました。それは私にとってラッキーなことでした。もしそのときの〈4AD〉が絶頂期だったらそうはいかなかっただろうし、維持し続けるのは難しかったと思います。低迷期だったからこそ変化させることができたと思っています。
それと、〈4AD〉の人たちも良い音楽のテイストをもっているんです。みんな趣味が良い。だから私たちは良い音楽を取り上げて、成長することができたと思います。とても素晴らしいことでしたね。私が決断をしたとき、みんなが賛成してくれる。素晴らしいことです。チームで決断をするというのはすごく難しい、しかし、チームみんなで決めるべきことというのはたしかにあるんです。それにはふたりの人がいることが必要です。たとえば実験し挑戦する人と決断する人、チェックする人と決断する人みたいな感じです。チェックがうまくいくと、バランスが良くなって仕事が良くなる。ひとりで決断するほうが良い結果をだせるという人もいるけれど、私はチームでベストなアイデアをピッキングするほうが良い結果が生まれると思っています。〈ワープ〉では私とスティーブが一緒に決断をしようとするときは、お互いの意見を言い合っていました。これと同じことが〈4AD〉でもできているんです。

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〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

〈ワープ〉はエレクトロニック・ミュージックとクラブ・カルチャーがバックグラウンドにあってアイデンティティがすごくわかりやすいレーベルですよね。オリジナルの〈4AD〉には確固たるアイデンティティがあったと思います。では、現在の〈4AD〉にとってのアイデンティティというものを、あなたはどのようにお考えでしょうか?

サイモン:先ほども言いましたが、〈4AD〉には80年代にはゴシックのイメージがありましよね。〈ワープ〉には、エレクトロニックでもっと賢い音楽というイメージがあると思います。シンプルなハウスではなくて、複雑で知的なダンス・ミュージック。家で聴けるエレクトロという感じです。それに対して、いまの〈4AD〉にはアイデンティティというか、なにか固有のイメージというものはないかもしれません。多様性があって幅が広すぎるんです。〈4AD〉には、グライムスピュリティ・リングもいますから。
いまの時代、音楽ファンは音楽を幅広く聴くようになっています。とくに若い人たち、10代の人たちはプレイリストでポップ、ヒップホップ、R&B、ギター、いろんな音楽をどこでも聴いているわけですよ。だから多くの契約をすることは多様性を持つひとつの方法であり、敢えてイメージを持たないことにつながるんです。ひとつの音楽にイメージを持つことは簡単だけど多様性をじつげんするのは難しいと思います。

ちょうど〈クランキー〉みたいなレーベルがやっていることと、メインストリームとの懸け橋みたいなポジションに〈4AD〉はいるのかなと思います。要するにアンダーグラウンドで、マニアックな音楽を作っている人たちのなかにもポテンシャルを持っている人たちがいて、それをもう少しポップフィードに近づけるということを意識されているんじゃないですか?

サイモン:そう、まさにおっしゃるとおりだと思います。ビック・インディだと自分では思っているんですけど。〈クランキー〉みたいなアンダーグラウンドのレーベルはもまったく素晴らしいですよね。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーとか、スターズ・オブ・ザ・リッドとかディアハンターとか。ディアハンターももともとは〈クランキー〉なんですよ。あのレーベルは素晴らしいテイストを持っていると思います。

あとはティム・ヘッカーもそうですね。〈クランキー〉で出していて〈4AD〉からもリリースした。

サイモン:そうそう。〈クランキー〉は彼らの選択によってシンプルでスモールにやっています。〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

先ほどのあなたの話で、〈ワープ〉時代にアメリカ働かれていたとおっしゃっていましたが、やはりイギリスのインディ・シーンとアメリカのインディ・シーンとは違いますか?

サイモン:じつはあまり違いは感じていません。アメリカのインディもイギリスのインディも達成したい目標というものは同じです。文化や音楽が違えど、ドイツでもオーストラリアでも日本でもアメリカでもイギリスでもファンはみんな一緒なんです。良いテイストをもっていて、本当に音楽が好きで、音楽を聴きたいという。なので、あんまり違いは感じませんでした。
でもアメリカにオフィスをもっていたことで、アメリカのバンドというのがより心地良く、他国という感じがせずに契約できたということはすごくよかったですね。90年代に入ってからイギリスの音楽というのは、悪くなったというとあれですが、アンダーグラウンドが低迷していったと思います。オアシスもそうですが、スピリチュアライズドもだんだんポップになってしまった。ものすごくビックになってしまったんです。アンダーグラウンドというものが存在しなくなっていったと思います。しかしアメリカでは、同じ時期に30万枚とかどんなにレコードが売れたとしてもインディにいることができたんです。ポップのラジオでかからなくてもインディのちゃんとしたシーンというものがあって、アンダーグラウンドというものがすごく盛り上がっていたと思います。そのころのイギリス(のシー)はアメリカと違って迷っていたと思いますね。
とはいえ、やがてイギリスのアンダーグラウンドからはグライムなんかがでてきて、以来、変化していますよね。しかし最近では、アメリカのヒップホップがどんどん侵略してきて、若いひとたちはR&Bとかラッパーに憧れています。なので、今後アメリカとイギリスのアンダーグラウンド・シーンというものがどうなっていくのかを私も見守っていきたいと思っているんです。

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たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。

いろいろやってますが、根幹には〈4AD〉はロックというか、ギター・ポップにこだわっているところもあるのかなという気もしますが、いかがでしょうか?

サイモン:それは違います。ただ自由に、ほとんどの場合アーティストを探すときは、オリジナリティを求めています。たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。グライムスやピュリティ・リングもそうです。グライムスのデモは静かなギター調でした。サウンドはマッシヴ・アタックみただし、スピリチュアライズドみたいでもありましたね。

なるほど。オリジナルという点では、ゾンビーU.S. ガールズギャング・ギャング・ダンスもたしかにそうですねぇ。これからグライムス、ベイルートの新作がでて、今月はディアハンターがでたので、せっかくなのでそれぞれに関してあなたのコメントをください。

サイモン:ディアハンターの新しいアルバム『Why Hasn't Everything Already Disappeared?』は大好きです。ライヴ演奏もより良い新しいサウンドになっています。

あなたは彼らを最初に契約したと言いましたが、どこにいちばん惹かれたのですか?

サイモン:彼らのもっていたフィーリングです。ロック、サイケデリックのミクスチャー。彼らの音楽は、コクトー・ツインズとかスピリチュアライズドとか、自分が大好きなものを思いおこさせたんです。似ているサウンドではないのに、なぜかそれが混ざりあっているような気にさせる。

わかります。ディアハンターって、アメリカのバンドですが、UKインディっぽい感じがありますよね。UKの80年代のインディ・ロック・バンド、エコー&ザ・バニーメンみたいでもあります。

サイモン:私もその名前をだすべきでした(笑)! エコー&ザ・バニーメンは自分が若いときに大好きだったバンドでした。本当にそうですね。当時、ディアハンターが脚光を浴びたとき(※2008年ぐらい)、イギリスのバンドは、そういうサウンドを作っていませんでした。ディアハンターがそういうサウンドを作って、ブリティッシュ・バンドもふたたびそのような音を作るようになったんです。

おもしろいですよね。UKのバンドがかつてやっていたことをいまUSのバンドのほうが受け継いでいるような。

サイモン:アメリカとイギリスでしょっちゅうアイデアを交換しているようなことはあります。ハウスとテクノが良い例だと思いますね。86、87年はアメリアのシカゴとデトロイト、UKで、UKがハウスとテクノをやりだして、それがアメリカに戻ってそれぞれが変化しました。同じように、イギリスのバンドにとってもディアハンターは重要だったんです。

グライムスのアルバムに関してはどうですか?

サイモン:まだ完成していないんだけど、音楽的で、プログレッシヴで、曲が長いです(笑)いまのところ私が聴いた曲はあまりダンス的ではありませんでした。マッシヴ・アタックのセカンド・アルバムみたいな感じでしたね。8分から9分くらいのトラックで、スピリチュアライズドみたいな雰囲気もありました。ほかにハウスっぽい曲もありましたよ。とにかくバラエティーがありますね。彼女はやってくれるますよ(笑)!

どういう方向に行くのか、気になりますね。

サイモン:わからないですね。彼女でさえもわかっていない(笑)。

あとはベイルートもでましたよね。ベイルートも素晴らしいバンドです。

サイモン:シングルはすごく良い調子です。年齢を重ねるにつれて良いシングルの書き方というのがわかってきていると思います。あのシングルはみんながとても好きですね。

最後に〈4AD〉の野心というか、今後の目標としているものがあれば教えてください。

サイモン:目標は良い音楽をリリースし続けて、良いアルバムを作るということだけです。これからの10年はオリジナリティがあるレコードをリリースし続けて、ミュージシャンをより上の段階へと上げていくことです。チームとなって彼らを手助けし、音楽を取り上げ、音楽をよりビックにし、ミュージシャンをプロフェッショナルにする。音楽を作るだけで生活ができるようにです。
しかし、現実的な野心はいくつものオリジナリティがある素晴らしい音楽をリリースするだけ。「野心はそれだけ?」と思われてしまうかもだけど、そうなんです(笑)。純粋でありつづければ、すべてはどんどん良くなっていくと思います。良い音楽をリリースし続けていくこと、それがすべてです。いま自分たちが何をしているのかかわからなくても、数年後に振り返ったときには「ああ、よかったな」と思えるでしょう。

今晩(4ADナイト)DJをやりますね。どんな曲をかけるんですか?

サイモン:幅広い音楽をかけます。催眠的な音楽です。オウテカとか、コクトー・ツインズ、エイフェックス・ツイン、アリエル・ピンク、ジェイムズ・ブラウン……有名な曲ではない曲をかけます。シングルにはなっていない曲です。あとはハウスをいくつか……たとえばムーディーマンとか。ムーディーマンはいいですよね。大好きなんです。ただし私は、あんまり良いDJじゃないですけど……。でもテイストだけはいいので(笑)。

interview with Gang Gang Dance - ele-king

 いまから振り返って、ゼロ年代に盛況を見せたブルックリン・シーンはブッシュ政権に代表されるような強くて横暴なアメリカに対する意識的/無意識的な違和感や抵抗感を放つ磁場として機能していたのではないだろうか。古きアメリカをサウンドや音響の更新でモダンに語り直そうとしたアメリカーナ勢が注目されるいっぽうで、ブルックリンのエクスペリメンタル・ポップ・アクトたちは「非アメリカ」を音にたっぷり注ぎこむというある種わかりやすくアーバンなやり方で旧来的な「アメリカ」に抗したと言える。だとすると、トライバルなリズムと異国の旋律や和声を生かしながら、それをミックスしグツグツと煮詰めてポップにしたギャング・ギャング・ダンスは、ブルックリン・シーンにおける「非アメリカ」を象徴する存在だった。ブルックリンの街の風景がそうであるように、「アメリカ以外」が当たり前に混ざっていることこそが現代の「アメリカ」なのだと。いまでこそ多様性という価値観でマルチ・カルチュラル性を標榜することは浸透したが、当時の内向きな情勢にあって、外の世界を積極的に見ようとした彼らの功績はいま振り返っても大きい。
 10年代に入るとブルックリン・シーンは次第に拡散し、ニューヨークの地価と物価は上がり続けた。金のないアーティストたちはブルックリンを離れ、そして、ギャング・ギャング・ダンスも11年の充実作『アイ・コンタクト』から沈黙した。それぞれソロや別名義の活動を続けつつ、中心メンバーのブライアン・デグロウは山に住居を移して瞑想をしていたという。ニューエイジを聴きながら……。

 ブルックリンという地域性はなくなったものの、当時そこで活躍したインディ・ロック・アクトが近年再び活躍を見せはじめているのは、アメリカの社会情勢の混乱と無関係だとは思わない。他国の音楽をその境界がわからなくなるまでリズムや和声に溶けこませたグリズリー・ベア。あるいは、(現在はブルックリンを離れているという)ダーティ・プロジェクターズの前向きな気持ちが詰まった新作『ランプ・リット・プローズ』も、現在を覆い尽くす恐怖や不安に対抗するものだったという。ブライアン・デグロウはニューヨークの街に戻り、そして、ギャング・ギャング・ダンスは2018年に7年ぶりの作品をついにリリースした。
 そのアルバム、『カズアシタ』はGGDらしいトライバルなリズムとエキゾチックな旋律を持ついっぽうで、ニューエイジ色を非常に強めたものとなっている。近年の都市部でのマインドフルネスの流行を一瞬連想するが、サウンドはもっと深いところで、アルバムを通して瞑想的な平安を希求する。リジー・ボウガツォスの湿り気のある歌が陶酔的な響きを持つ“J-Tree”や“Lotus”、“Young Boy”などには現行のオルタナティヴなR&Bとシンクロするようなポップさがあるが、それも全体の一部として溶けこませるようにサウンドの統一感が演出されている。いくつかのアンビエント・トラックを通して内的世界に潜りこみ、『カズアシタ』は“Slave on The Sorrow”の壮大なサウンドスケープに包まれて何やらエクスタティックに終わりを迎える。
 怒りと怒りがぶつかり合う時代にこそ、GGDはスピリチュアルな探求を選んだ。越境する音が混ざり合うことで得られるピースフルな精神。来る日も来る日も報じられ続ける狂ったニュースに我を失いそうになったら、テレビを消して、インターネットの画面を閉じて、『カズアシタ』の音の揺らぎに身を任せるといいだろう。

※ 以下のインタヴューは、昨年のアルバム発売時におこなわれたものです。

アーティストとか、あんまり金のないひとたちにとっては住みにくいところになったし、すごく金に動かされてる。居住空間が高くなったしね。生活が維持できなくなったんだ。これってニューヨークだけの話じゃなくて、あらゆる場所で起きてることだけど(笑)。

前作『アイ・コンタクト』から本作の間、ブライアンさんがソロを出すなどメンバーそれぞれで活動をされていましたが、あらためてギャング・ギャング・ダンスのアイデンティティについて考えることはありましたか? だとすると、それはどのようなものですか?

ブライアン・デグロウ(Brian Degraw、以下BD):ふむ。僕らは自分たちのサウンドがどんなものか、ある程度意識してると思う。僕らが集まると何をするのか、どういうことが可能なのか。つまり、僕ららしさはつねにあるものなんだ。でも、僕らがそれに頼ってるとは言えない。音楽を作るとき、そういう思考プロセスに頼っているとは思わないからね。より自然なもので、逆にそこに頼らないようにしてるんじゃないかな。たとえば、今回のアルバムはこれまでに比べて前もって考えた部分が大きかったんだけど、とくにこういうサウンドはキープしようとか、そういうのはまったくなかった。たしかに僕ららしいサウンドというのはあるんだろうけど、意図的なものじゃない。だからこそ、それが何か説明できないしね。ギャング・ギャング・ダンスのサウンドの定義なんて絶対できないよ(笑)。

ギャング・ギャング・ダンスとして7年ぶりのアルバムを制作するにあたって、はじめに設定したゴールのようなものはありましたか?

BD:これはきっとほかのどのレコードより、青写真的なものがあったレコードだろうな。普段はそういうものはまったくなしに、そのままスタジオに入って音を鳴らして、何が起こるか見てみようって感じだから。でも今回はそうしなかった。あらかじめどういうレコードにしたいか、よりクリアなアイデアを持っておきたかったんだ。もうちょっと空間があって拡張的なもの、ある意味、よりシンプルなレコードにしたかった。簡単な言い方になっちゃうけど、カオス的なサウンドというよりは、シンプルなレコードだね。そう……落ち着いた、平静なサウンドというか。

本作はリズムよりもサウンド・テクスチャーやメロディに重点があったということですが、逆に言うと、ギャング・ギャング・ダンスにとってリズムのボキャブラリーはすでに身についたという自信の表れでしょうか?

BD:BD:うん、だと思う。あと、いまの音楽のほとんどがリズムをベースにしてる、っていうのとも関係してる。ラジオで流れるようなポピュラー・ミュージックでさえ、多くがリズム中心、ビート・オリエンテッドの曲だったりするよね? ビートを起点にしたエレクトロニック・ミュージックとか。で、僕らには、そのときの流行りがなんであれ、その正反対に行こうとする傾向がある。だから、それも前もって決めたことにかなり関係してると思う。

“( infirma terrae )”や“( birth canal )”のようにインタールード的なアンビエント・トラックが入っている狙いは何でしょうか?

BD:このレコードは、全体をひとつの曲として聴くように作られてるんだ。だから、そういうトラックもレコードのほかの曲と同じくらい重要で。でも、いまの音楽やレーベルのあり方というか、音楽をどう提示するか、っていうところで、レーベルには「レコードとして出すなら、曲を分けてほしい」って言われてね。そうやって見ると、分けるのも可能ではあったし、いくつか独立した曲として出せるものもあった。ただ、君が挙げたようなアンビエントなトラックもあるし、僕にとってはそういう部分こそ、このレコードでいちばんエキサイティングなところなんだ。いつ聴いても僕自身興奮する。まあ、ある意味では曲と曲を繋ぐような役割とも言えるんだけど、僕としてはいちばん聴いてて楽しいんだよね。

アルバム全体で流れがあるいっぽうで、“J-TREE”、“Lotus”、“Young Boy”辺りは独立したポップ・ソングとして完結した強度があるトラックだと思います。ギャング・ギャング・ダンスならいくらでも長尺のジャム・ナンバーが作れると思うのですが、完結したポップ・ソングを作るというのは本作にとって重要でしたか?

BD:僕らはああいう曲、よりポップな曲を作るのも好きなんだ。2005年からはそういうこともやってきたと思う。その頃からはじめたんだけど、それ以前はまったくそういう曲を作ろうとしたこともなかった。純粋に即興で、サウンド・ベースの音楽をやってたから。曲を構築したり、作曲しようとしたりはしてなかったんだ。だから2005年くらいから徐々にはじまって、あるレコードのある部分ではかっちりとした曲を作ろうとしたり、でもほかの部分ではそんなアイデアは捨てて、そうならなくても構わない、って感じだったんじゃないかな。うん、僕らはずっと、いわゆる「ポップ・ソング」を作ることに興味はあった。それがいまのところ、どこまで達成できてるかはわからないけど、ずっとトライはすると思うよ。

そうしたことと関係しているかもしれませんが、“Lotus”や“Young Boy”からはこれまでよりR&Bの要素が聞きとれます。近年のR&Bから刺激を受けるようなことはありましたか?

BD:僕らはこれまでもずっとR&Bに影響されてきた。きっと……90年代あたりからかな。実際、僕ら全員に大きな影響を与えてきたんだ。多くの場合、ある音楽からの影響はメンバーの誰かにはあっても、ほかのメンバーにはなかったりするんだけど、R&Bとヒップホップは僕ら全員が影響としてシェアしてる。ずっと僕らの音楽に影響を与えてきたひとをひとり挙げるとしたら、ティンバランドかな。いっしょに音楽をはじめて以来ずっと彼について話してきたし、リファレンスになってる。ティンバランドと、J・ディラもそう。僕らの話題にずっとあがってきた、ふたりのプロデューサーだね。アリーヤの話もよくするよ。

いっぽうで、“Snake Dub”は本作でももっともエクスペリメンタルなトラックのひとつですが、とくにエディットの緻密さと大胆さに驚かされます。本作のトラックのエディットにおいてもっとも重要なポイントはどういったものでしたか?

BD:“Snake Dub”はかなり最後のほうでできたトラックで。実際、レコード全体の順番、流れを作ってるときだった。その時点で、ほかにもいくつか、レコードに入れるかどうか迷ってるトラックがあったんだ。で、結局、より曲らしい曲を2、3、削ることにした。僕からすると、その時点でレコードとしてのバランスが、ちょっと「曲」、ソングに偏りすぎてたから。もっとルースな抽象性が足りなかった。どんなレコードを作るにせよ、やっぱりそういう部分は欲しいんだよね。だから、レコードの曲順を作ってるとき、最後の段階であのトラックをまとめたんだ。それまでにやってたいろんなインプロヴィゼーションを繋いで、コンピュータでエディットした。それもやっぱり、レコード全体のバランスを考えてやったんだよ。だからエディットの重要性というより、全部をひとつのものとして考えることが第一だった。

よりフィジカルで、ほとんど血管のなかに入って、身体のなかを循環するような感じ。僕にとっては時折、ドローンやアンビエント・ミュージックは僕の体のなかに存在するような気がするんだ。

現在は山のなかで暮らしているということですが、山の暮らしからもっとも学んだことは何でしょう?

BD:いまはまたニューヨーク・シティに戻ってきてるんだ。どうかな、ほんとにいろんなことを学んだから。ひとつだけ挙げるのは難しいよ。僕はたくさんのことを学んだんだ(笑)。そのほとんどは……うまく言えないけど、いまの僕が生活に対してどうアプローチするようになったかに関わってる。いろんな点で前とは違うんだ。山で暮らすことで、自分の優先順位について考える余地ができたから。僕自身や自分のアートにおいて、何にフォーカスしたいのか。生き方そのものについても考え直したしね。振り返ると、そういうことを僕は一度も考えてこなかったんだよ。長く街中で暮らして、とにかく前に進むことばっかり考えて、立ち止まることがなかった。「何が自分を幸せにするのか」さえ考えてなかったんだ(笑)。ちゃんと自分のこともケアしなかったし、健康にも気をつけてなかったし。だから、音楽やアート以外のこと、それまでネグレクトしてたことを考えられる機会になった。料理やサステイナブルな家、サステイナブルな生活みたいな、ほかの興味にもゆっくり時間をかけられたし、ガーデニングにもかなり夢中になった。だから、いまの僕には音楽やアートの領域以外にも、大事なことがたくさんできたんだ。

いっぽうで、ニューヨークの街はどうでしょう? 前作『アイ・コンタクト』の頃からとくに変わったと感じられることはありますか?

BD:実際、また街に戻って適応するのがかなり大変だったんだよね。最初は時間がかかった。いまはだいじょうぶだけど。前といちばん違うのは、いまは自分のアート・スタジオがあること。長い間住んでたのに、ずっとアート・スタジオを持ってなかったんだ。でもいまはアート・スタジオも音楽スタジオも持ってる。そういう空間があると、僕はずっとクリアにものが考えられる。でも最初に都市を離れて田舎に住もうと決めたときは、そういう場所がなかったんだ。だから、心の平安を見つけるのが難しかった。いまは自分がそこに行って、ちょっとしたものを作れるような空間があれば、街でももっといい生活が送れるんだ、っていうのを発見してるところ。以前はそういう場所がなかったからね。前の僕は小さなアパートメントで暮らして、落ち着かなくなって外に出たら、街中はもっとクレイジーだったりした。でもいまはスタジオ用の部屋があって、そこで落ち着いて考えたり、何か作ったりできる。実際、静かだしね。

通訳:街のほうも変わりましたか?

BD:うん。前とは違うタイプのひとたちが住んでる。ニューヨークはアーティストとか、あんまり金のないひとたちにとっては住みにくいところになったし、すごく金に動かされてる。居住空間が高くなったしね。もちろん、よくなったところもある。ある意味クリーンになったし……まあ、僕はときどき、30年前のクリーンじゃないニューヨークが懐かしくなるけど。でもやっぱり、一番変わったのは物価やコストだろうな。それでアーティストが押し出されて、僕を含め大勢が北部や田舎のほうに引っ越していった。生活が維持できなくなったんだ。とはいえ、これってニューヨークだけの話じゃなくて、あらゆる場所で起きてることだけど(笑)。

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いまってものすごくクレイジーな時代だから、みんなネガティヴになりがちだし、すぐ「もう希望なんてない」って考えてしまうだろう? でも僕は、希望はあると思うんだ。

最近は瞑想に使われるアンビエントやニューエイジ、インド音楽などをよく聴いていたということですが、これらの音楽のどのようなところが面白く感じられたのでしょうか?

BD:まあ、僕としては瞑想するために聴いてたんだ。で、うまく言えないけど、僕にとっては音楽というより非音楽的なものになったっていうか、感覚に訴えるフリーケンシー、周波数になったんだよね。よりフィジカルで、ほとんど血管のなかに入って、身体のなかを循環するような感じ。僕がそれほどアンビエントじゃない音楽、たとえばポップ・ミュージック寄りの音楽を聴くときには、必ずしもそういうふうには消化しない。全然受け入れ方が違うんだよ。そういうタイプの音楽は、自分の外側にあるように思い描く。僕にとっては時折、ドローンやアンビエント・ミュージックは僕の体のなかに存在するような気がするんだ。

『カズアシタ』にはスピリチュアリティが入っていると言えますか?(通訳註:スピリチュアリズムは英語で心霊主義の意味になるので、こう訊きました)

BD:僕としては、聴くひとがそう解釈するなら嬉しいけどね(笑)。僕にとってはスピリチュアルなレコードだから。僕が聴く音楽のマジョリティは、ニューエイジ音楽と分類されるような音楽だったりもする。だから、そういうふうに聴いてもらえるのはポジティヴだと思う。スピリチュアルな効果があるといいよね。それは、さっき言った「自分の体のなかにある音楽」ってことでもあるし。あと、このレコードのナラティヴがそうなんだ。僕にはほかのレコードよりスピリチュアルっていうか……いや、違うな。いまのは言うべきじゃなかった。どのレコードも僕にとってはスピリチュアルなんだけど、今回はナラティヴがよりスピリチュアルな領域に入っていく。ほかのレコードよりね。とくにエンディングがそうなってると思う。

印象的なジャケットのアートワークについて教えてください。SF映画のヴィジュアルを連想させますが、これは本作とどのように関わっているのでしょうか?

BD:あの写真は友人のデヴィッド・シェリーのイメージなんだ。彼は素晴らしい風景写真家で、あれはアメリカの北西部、オレゴンの沿岸で撮った写真なんだよ。うん、僕があのイメージを好きなのは、SFというよりは、世界の終わりであり、世界のはじまりでもあるようなところ。あのイメージには二重性がある気がするんだ。世界の終わり、もしくは始まりであって、同時にその両方でもあるような。その意味で奇妙なフィーリングがある写真なんだよね、僕にとっては。うまく説明できないんだけど……自分でもそのどっちかがわからない。そこが好きなんだ。

サウンド的にもSF映画のスコアを連想させる部分があると感じましたが、『カズアシタ』にSF映画やSF小説からの影響はありますか?

BD:サイエンス・フィクションではないけど、このレコードを映画のスコアとしては考えてたよ。作ってるときには、僕自身ずっと「映画」として話してたんだ(笑)。僕には映画として見えるレコードだから。聴いてると、映画のなかにいるのが想像できる。実際、いまもこのレコードに合わせた長編映画のプロジェクトを手がけてるところなんだ。そういう意味でも、これはとても映画的なレコードだね。

『カズアシタ』というアルバム・タイトルは(元メンバーの)タカ・イマムラの子どもの名前にちなんでいるそうですが、曲単位では“Kazuashita”や“Young Boy”に子どもが登場します。子どもの存在はこのアルバムのテーマに関係していますか?

BD:それも、この映画のナラティヴに関係してる。いくつか理由はあると思うけど、ひとつは僕らの年齢だよね。僕らの友人がみんな親になった。子どもを持つようになったんだ(笑)。だから周りに子どもたちがいて、それがレコードに影響を与えてる。周りで次々赤ん坊が生まれて……僕ら自身には子どもがいないんだけど、ここ数年で周りの友人に子どもが生まれたんだよ。で、周りにいる小さい子たちのことを考えるようになった。レコードのナラティヴに関して言うと、曲の“Kazuashita”はタカの子どもがこの世界に生まれたことであり、最終的にはいまのクレイジーで混乱した世界を指し示してる。彼がはじめてその世界を旅してるんだ。だからこそあの曲は“Kazuashita”っていうタイトルだし、“birth canal”っていう曲は彼が生まれる直前、母親の胎内から産道(birth canal)を通ってるところを描いてる。カズアシタが外界に出てこようとしてるんだ。で、“Young Boy”はまた別の話で。あれはリズが書いた曲。ここ数年アメリカで、若者たちに沈黙が向けられてることについて彼女が書いたんだ。

みんなに落ち着いてほしかったんだよ(笑)。攻撃に対して、さらなる攻撃で返したくなかった。むしろ静かな感覚を作り出すことで、カオスに対抗したかったんだよね。聴くひとを助けるっていうか、激しさを鎮めて、混乱を少なくしたくて。

ラストの“Slave on The Sorrow”は非常にスケール感の大きなナンバーで、歌詞も希望を暗示するものになっていると思います。この曲を最後に置いたのはなぜでしょうか?

BD:それはやっぱり、希望があるからだよね。僕はこのレコードをネガティヴな感じで終わらせたくなかった。また別のレイヤーが次に開かれていくような感じにしたかったんだ。世界の次のフェイズにね。だから希望があるし、ポジティヴだし。というのも、いまってものすごくクレイジーな時代だから、みんなネガティヴになりがちだし、すぐ「もう希望なんてない」って考えてしまうだろう? でも僕は、希望はあると思うんだ。僕はこのレコードで、いま起こっていることのあらゆるネガティヴな側面に目を向けたかった。でも最後に希望のある形で締めくくるのは、僕らにとってすごく重要だったんだ。「このフェイズを乗り越えるんだ」って感じられるようにね。この政治的な混乱やドナルド・トランプを乗り越えて、最後には光が見えてくる──っていうフィーリングにしたかった。新しい考え方や、新しい空気が開けてくるんだよ。

ギャング・ギャング・ダンスの音楽はつねに、さまざまな地域の音楽性を越境し、ミックスするものでした。『カズアシタ』にも、そうした多様な音楽性が前提として共存しています。いっぽうで現在、トランプ政権に代表するように、世界が内向きになっている傾向がありますが、そんななか、越境的な音楽はそのような(内向きの)ムードに対抗する力を持てると考えますか?

BD:持てればいいよね。そうあってほしい。これまで僕が話してきたいろんなひとたち、インタヴュアーやこのレコードについて書いてくれたライターのひとたちに関して言えば、そういう効果があったみたいだし。僕にはそう感じられる。それに、そこは僕らのゴールのひとつでもあったんだ。ある意味、落ち着いた感覚を作りだすことがね。このレコード全体がひとつの曲、ひとつのピースである理由もそこにある。アイデアとしては「我慢強くあること」っていうのかな。途中で気を逸らすことなく、最後まで見通すこと。少なくとも、そういうふうに聴いてほしいんだ。何かほかのことをしながら、次々早送りにしたりするんじゃなくて、ちょっとくつろげる場所を見つけて、最初から最後まで聴いてほしい。映画を観るようにね。映画観るときって、みんな途中で別のこと始めたり、バックグラウンドで映画を流したりすることってあんまりないだろう? だから、このレコードもみんなリラックスして聴いて、自分の中に取り込んで、ちょっとした旅に出るような気持ちになってほしい。そう、このあいだ別のインタヴューでも話したんだけど……ちょっと似たような質問が出て。そのときに言ったんだけど、いまみたいな政治的、社会的な状況下だと、音楽もそれと同じリアクションになってしまうことが多いよね。「これだけ社会が怒りに溢れてるんだから、こっちも怒りのある音楽、攻撃的な音楽を作るべきだ」みたいな。でも、僕はそうしたくなかった。そういうとき僕が聴きたかったのは、それとは正反対の音楽だったんだ。みんなに落ち着いてほしかったんだよ(笑)。攻撃に対して、さらなる攻撃で返したくなかった。むしろ静かな感覚を作り出すことで、カオスに対抗したかったんだよね。聴くひとを助けるっていうか、激しさを鎮めて、混乱を少なくしたくて。そういうふうにこのレコードが作用するといいなと思う。

通訳:毎日の生活でもそうですよね。私もニュースを見てものすごく怒ったりするんですけど、それがどんどんエスカレートするような感覚があります。

BD:そう、怒りって伝染するんだよ。怒ったひとたちはそのエナジーを君に投げつけて、怒りやすい環境を作りだす。それは、まさに君を怒らせるためだったりもするんだ。だからこそ、それを思い出して、まったく逆の方向に進まなきゃいけない。他人の攻撃に対抗するタイプの攻撃、アグレッションでは何も成し遂げられないからね。

vol.108:インディの行方 - ele-king

 12月も半ばになると、どこもホリディ・パーティ真っ盛りで、毎日のようにパーティがある。先週末アーティスト友だちのロフトスタジオのパーティに行ったら、40人ぐらい来ていて、バンドも3組出るという豪華なパーティだった。来ていた人は、ほとんどミュージシャン、アーティストで、隣で見ていた人が次々とステージヘ。ミュージシャンは機材を全て持ち込んでセットアップして、それが終わればまたそれを持ち出す。ドラムセットもスピーカーもだ。彼らは大変なのである。こう考えると、エンターテイメントをありがとう、とチップも弾みたくなる。
 私が好きだったのはアイルランドのコークに住む女の子、M.Sea。アルドス・ハーディングを思い起こす、力強く、表情豊かで、そして切なく美しい音楽。自分の祖母、ウィスキー、ガチョウなど身の回りの事を歌う彼女に、あっと言う間に引き込まれた。来月にはアイルランドに帰ってしまう彼女を見れたのは偶然。グリーンポイントのバーのオーナーがパーティに来ていて、早速3日後に、彼女のギグを組んでいた。NYマジック。
https://www.mseamusic.com

 週明けの月曜日には、〈カナイン(Kanine)〉のホリディ・パーティがあった。〈カナイン〉は2002年にスタートしたブルックリンを代表するインディ・レーベルで、『NY: Next wave』(2003)というコンピレーションで、NYのローカルバンドを紹介し、グリズリーベア、チェアリフト、サーファー・ブラッド、ビヴァリー、エターナル・サマーズ、ザ・ブロウ、グルームスなどをリリースしている。〈カナイン〉のバンドは、90年代のギターポップを引き継ぎ、この日のハニー・カフ、タリーズもハッピーでお行儀の良いギター・ポップ。エターナル・サマーズのニコルのソロは、ガイデッド・バイ・ヴォイシーズのメンバーがギターを弾いていたり、元ESのマネージャーがサックスを吹くなど豪華。ザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートのキップの新しいバンドThe Natvralは、ジージャン、ジーンズという服装が90年代ギターポップを象徴していて、音楽も懐メロに聞こえた。
https://kaninerecords.com


Brooklyn vegan DJ (7 inch)


〈カナイン〉のパーティで踊るオーディエンス

 ライヴ・ショーは、レコードとは違う楽しみ方ができる。バンドやまわりからのエナジーを感じたり、何が起こるかわからない、ライヴ感がワクワクさせてくれる。いまどきレアなCDJを使ってギターポップで踊るという15年前にタイムスリップした気分にさせてくれる〈カナイン〉は、世間がどうであれ、自分の好きな音楽に徹底している。だからコアなファンがいるのだろう。


Honey cutt


Nicole Yan (eternal summers)


Tallies

 ライヴといえば、最近Mitskiをブルックリン・スティールという大会場で見た。2018年度のベスト・アルバムで多くのメディアの上位に入っている彼女は、DIYアーティストからメジャーに飛躍した、2018年旬のアーティストといえる。じっさいソールドアウトの会場は、シンガロング、声援をおくるファンで埋め尽くされていた。そしてMitskiは穏やかに「私の作品を評価してくれてありがとう」とファンに答える。


Mitski @brooklyn steel

 ライヴを見るとたいてい気分が高揚するものだが、Mitskiのショーでは心にポッカリ穴が空いたような気分になった。ショーは悪くなかったどころか完璧だった。メディアのバズ(ピッチフォークは2018年のベスト・アルバムに選んでいた)や、まわりの圧倒的な声援、DIYアーティストだと思っていた彼女の変化に自分がついていけなかっただけなのかもしれない。2018年の傾向として女性が強いという動き(me tooムーヴメントなど)があったが、Mitskiはバッチリハマった。ひとりのかわいいアジア人女性が「be the cowboy」という男性的なタイトルのアルバムを出し、孤独感やダークサイドを歌い(この時代ハッピー・ソングなんて誰も求めていない)、共感を得るのは納得できる。みんな不安で何かにすがりたいし、彼女を自分たちのロールモデル的に見ているのだろう。彼女を支持して自分も楽になりたい……たしかに一般ウケしそうなキャラではあるけれど、これってアメリカの選挙に似てませんか、と。少数派は都会で、大多数は田舎にいる。田舎の方が人口が多いから、それがアメリカ代表になる。


 2018年はメディアによって、ベスト・アルバムがバラバラだった。普通なら同じようなアーティストが上位になるのに、あるメディアで上位に入っているものが、別のメディアでは50位にも入っていなかったりする。それだけ情報は豊富で、選択の多い時代なのだろう。

Kankyō Ongaku - ele-king

 相変わらず再評価が活発ですね。なかでもこれは決定打になりそうな予感がひしひし。シアトルのレーベル〈Light In The Attic〉が、日本産アンビエントをテーマとしたコンピレイション『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』をリリースします。編纂者は、昨今のニューエイジ・リヴァイヴァルとジャポネズリに火を点けたヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーラン。彼は昨年、自身のレーベル〈Empire Of Signs〉から吉村弘の代表作『Music For Nine Post Cards』をリイシューしていますが(『表徴の帝国』をレーベル名にした真意を尋ねたい)、今回のコンピにはその吉村をはじめ、久石譲や土取利行、清水靖晃、イノヤマランド、YMO、細野晴臣、さらにLP盤には高橋鮎生、坂本龍一と、錚々たる面子が居並んでおります。これを聴けば、いまあらためて日本の音楽が評価されているのはいったいどういう観点からなのか、その糸口がつかめるかもしれません(ドーランによるエッセイを含む詳細なライナーノーツも付属とのこと)。発売は来年2月15日。

Various Artists
Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990

Light In The Attic
LITA 167
3LP / 2CD / Digital
Available February 15

https://lightintheattic.net/releases/4088-kankyo-ongaku-japanese-ambient-environmental-new-age-music-1980-1990

[Tracklist]

01. Satoshi Ashikawa / Still Space
02. Yoshio Ojima / Glass Chattering
03. Hideki Matsutake / Nemureru Yoru (Karaoke Version)
04. Joe Hisaishi / Islander
05. Yoshiaki Ochi / Ear Dreamin'
06. Masashi Kitamura + Phonogenix / Variation III
07. Interior / Park
08. Yoichiro Yoshikawa / Nube
09. Yoshio Suzuki / Meet Me In The Sheep Meadow
10. Toshi Tsuchitori / Ishiura (abridged)
11. Shiho Yabuki / Tomoshibi (abridged)
12. Toshifumi Hinata / Chaconne
13. Yasuaki Shimizu / Seiko 3
14. Inoyama Land / Apple Star
15. Hiroshi Yoshimura / Blink
16. Fumio Miyashita / See The Light (abridged)
17. Akira Ito / Praying For Mother / Earth Part 1
18. Jun Fukamachi / Breathing New Life
19. Takashi Toyoda / Snow
20. Yellow Magic Orchestra / Loom
21. Takashi Kokubo / A Dream Sails Out To Sea - Scene 3
22. Masahiro Sugaya / Umi No Sunatsubu
23. Haruomi Hosono / Original BGM
24. Ayuo Takahashi / Nagareru (LP Only)
25. Ryuichi Sakamoto / Dolphins (LP Only)

Omma - ele-king

「置き勉」についての議論がバカらしい。小学生のランドセルが重すぎて学校に教科書などを「置いていく」か、そうすると家に帰って宿題をやらなくなるといった議論がこの半年ほど沸騰し、9月に入ってようやく文科省が「置き勉」を認めたというやつである。僕は小6の時に右大腿骨膿腫の手術をして、以後、重いものを持ってはいけないと医者に言われたので、教科書はすべてバラして学校に持っていった。バラした教科書をバインダーで閉じられるように穴を開けられる機械を父親が探してくれたので、白紙のルーズリーフとその日の授業に必要なページだけを一冊のバインダーに閉じて、学校の行き帰りはそれだけで済ませていた。軽かった。しかも次の日の授業で必要な部分を前の晩に揃えるので、それだけで簡単な予習にもなった。授業中に「30ページ戻って」とか言われるとお手上げではあったけれど、それほど困った記憶はないし、そういうところは教師が授業内でフォローすればいいだけの話である。これは40年以上も前の話で、なのに教科書の重さはこの40年で1.8倍にもなっているという。平均が6キロで、14キロになった例も報告されているという。

 ということで、今年、もっとも「軽い」と感じたロシアのシンセ・ポップを2点。
 オマことオルガ・マキシモヴァ(Olga Maximova)によるデビュー作はロンドンの〈コースタル・ヘイズ〉からリリースされた。テルやバディ・ラヴといったバリアリック・ハウスをリリースしてきたレーベルで、どこを取ってもノンビリとした曲で構成された『Teplo』は緊張感のかけらもなく、ふわふわとしたダウンテンポがさらさらと続く(「Teplo」というのは、しかし、熱という意味らしい)。“サムライ”などという曲もあるけれど、これがまた可愛らしくてズッこけます。チコちゃんに叱られてもボーッと生きていたいときには最適のサウンドトラックでしょう。世界を正しい場所に導こうという人で世の中はあふれかえっている。なので、一歩足を動かすだけでどっと疲れてしまうことばかりですが、これはほんとにリラックスできる。ちゃんと逃がしてくれるエスケープ・ミュージック。

 フローレンス・アンド・ザ・マシーンに対するロシアからのアンサーとか言われたインディ・バンド、ナージャ(naadya)でギターを弾いていたり、ロシア語でナラの木を意味する実験的なシューゲイザー・ポップのバンドでも活動していたというマリア・テリエヴァはもう少し複雑な音楽性に挑んでいて、モートン・サボトニクしか使いこなせないとされるヴィンテージ・シンセサイザー=ブクラを駆使して、トランペットやサックスの音などを重ね、これもフラジャイルで可愛らしい音楽世界へといざなってくれる。これまたアーサー・ラッセル・ミーツ・クレプスキュールというのか、ネオアコ版ミュジーク・コンクレートというのか、それらしいクリシェを挟み込みつつ、アカデミックな着地点には絶対に向かわないところがよろしいかと(エンディングだけは少し重厚さが漂う)。最近では映画『ノクターナル・アニマルズ』で知られるファッション・デザイナー、トム・フォードのためにコマーシャル・ミュージックを手がけたり、サファイア・スロウと共にリンスFMでこの4月に「ビート・ブーケット」と題されたDJショーを展開したりと、頭角を表すのも時間の問題かも。

 それにしてもまったく力が入らない。このまま死ぬまでダラダラしていたいな~。重いものを背負って歩くのは小学生だけにして。

PSYCHEDELIC FLOATERS - ele-king

 不肖柴崎の監修により新たなリイシュー・シリーズがスタートします。その名も「PSYCHEDELIC FLOATERS(サイケデリック・フローターズ)」。

 「サイケデリック」というと、その語自体が伝統的なロック・ミュージック観と分かちがたく結びいている故に、1967年のサマー・オブ・ラヴ、ヒッピー、LSD、ティモシー・リアリー、サイケデリック・アート、ジェファーソン・エアプレイン、……という連想を反射的に起こさせるものだったし、そういった理解がいまだ一般的なものだろう。ドラッグ・カルチャーと変革の時代が生んだ徒花的存在として、その徒花性が故に「あの時代を彷彿とさせる」アイコニックなカルチャーとしてその後も生きながらえてきた。70年代にはアンダーグラウンドに潜伏しながらもオーセンティックなサイケデリック・ロックを演奏するバンド群は根強く存在していたし、80年代にはオルタナティヴ・ロックの胚珠として「ペイズリー・アンダーグラウンド」なるリヴァイヴァルも勃興し、90年代以降も特定のテイストとして都度アーティストたちに取り入れられる一要素として「サイケデリック」という意匠は生き長らえてきた。

 しかし、本来この「サイケデリック」には、そうした単線的な視点・史観のみでは捉えきれない複層的な空間が広がっている。幻夢的な酩酊感、あるいは静的覚醒感。そういった、サイケデリックから抽出される特有の質感を「浮遊感=フロートする感覚」として捉え直すことで、大きく視野が切り拓かれることになる。快楽性とテクスチャーにフォーカスして音楽を捉え直すという感覚は、90年代に、かつてのソウル観に対する概念として「フリー・ソウル」というタームが出現したときのそれに近しいと言えるかも知れない。そう、ドアーズやエレクトリック・プルーンズ、ブルー・チアー(も素晴らしいけど)ではなく、後期ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやカン、マニュエル・ゲッチング、ウェルドン・アーヴィン、ピーター・アイヴァース、ネッド・ドヒニー、ヨ・ラ・テンゴ、アンノウン・モータル・オーケストラフランク・オーシャン……。それらから共通して抽出されるタームこそを「サイケデリック・フローターズ」と呼びたい。

 そして、昨今のポスト・ヴェイパーウェイブ的趨勢の中、ニュー・エイジ、アンビエント、バレアリック、あるいはシティ・ポップやヨット・ロックが次々と注目・再発見されていく流れにあって、「サイケデリック・フローターズ」という切り口をそこに加えることで、いまこそ再び聴きたい(聴かれるべき)多くの隠れた名作が浮かび上がってくるのだった。これまで「サイケデリック」という文脈では一般的に語られることのなかった幅広いジャンルに存在する「無自覚なサイケデリック」とでも言うべき作品を発掘し、これまでのリイシュー・シリーズとは一線を画した視点で数々のタイトルを紹介していくつもりだ。

 では、今週7/18にリリースとなる第一弾の2作品を紹介しよう。

Jack Adkins / American Sunset

 米ウェストバージニア州出身のシンガー・ソングライターによる84年作の世界初CD化。
 少年期よりガレージ・ロック・バンドで演奏活動を始め、その後も全米サーキットで音楽活動を続けてきたジャック・アドキンス。80年代に入りマイアミに移住しその地の風景に心を打たれたことをきっかけに、北米各地の夕暮れ(Sunset)の風景を歌い綴ったアルバムを制作することにした。歌とギター、リンドラム、そしてシンセサイザー(ローランドジュピター8)を中心に、ほぼ全ての楽器を自身で演奏し録音されたこのレコードは、当時はごく少数のみプレスの超激レア作。
 まさに知る人ぞ知る存在だったこの盤の存在が知られるきっかけは、ダニー・マクレウィンとトム・コベニーというハードなディガーふたりによるユニット PSYCHEMAGIK が選曲を担当したヴァイナル・コンピレーション『PSYCHEMAGIK PRESENTS MAGIK SUNSET PART 1』(2015年)に、アルバム・タイトル曲が収録されたことだった。
 ジュピター8の独特の音色に80’s的風情を強く吹き込むリンドラムの響き、そしてジャック・アドキンス本人のマンダムな歌唱が融合した世界は、まるでルー・リードとアーサー・ラッセルが邂逅したかのような至高のニューエイジ・フォーク作となっている。キラキラと海を照らすオレンジ色の黄昏のような音楽に、バレアリックな哀切が掻きてられる。

Jack Adkins - American Sunset
Boink Records / Pヴァイン

Amazon Tower HMV


Chuck Senrick / Dreamin’

 米ミネソタ州出身のジャズ系シンガー・ソングライター、チャック・センリックによる唯一作(76年作)の世界初CD化。
 地元のバー・ピアニストとして演奏活動をおこなっていた彼が、愛する新妻との結婚生活を綴ろうと制作した作品で、自身のヴォーカルとフェンダー・ローズ、そしてKORG社製のリズムボックス「ドンカマチック」を伴い、友人宅のリヴィング・ルームでひっそりと録音されたものだ。マイケル・フランクスやケニー・ランキンといったヴォーカリストを思わせる切々としたクルーナー・ヴォイスに、透明感のあるローズの響き、そしてキッチュとも言えるドンカマのリズムが融合し、シンプルながらも不可思議な酩酊感を湛えた世界が(ささやかに)繰り広げられる。
 ヨット・ロックのブームを決定づけることになった米〈Numero〉からリリースされたコンピレーション『SEAFARING STRANGERS: PRIVATE YACHT』(2017年作)に、本作から“ドント・ビー・ソー・ナイス”が収録されたことでも一部ファンの注目を集めていた。そういったAOR再評価の最深部的作品としても実に味わい深いが、やはり注目すべきはその幸福な浮遊感に満ちたイノセントかつナイーヴな肌触りだろう。
 これぞまさしくアンコンシャス(無意識的)なサイケデリック・ミュージックの最良の例だと言えるだろう。

Chuck Senrick - Dreamin'
A Peach Production / Pヴァイン

Amazon Tower HMV


 「サイケデリック」についてあれやこれや考察するよりも、あるいは「いまっぽい」という視点ばかりに拘泥するよりも、何よりもまずはその浮揚するサウンドスケープに耳を委ねてみるのが良い。
皆さんのリスニング・ライフに少しの刺激と安らぎを与えてくれるであろう本シリーズ、今後も様々な知られざるレア作や埋もれた名作のリリースを予定していますので、是非ご愛顧のほど宜しくお願いします。

追記:
「サイケデリック・フローターズ」をより楽しんでいただけるように、Apple Music と Spotify 上にプレイリストを作成しました。是非併せてお楽しみください。

AppleMusic

Spotify

※配信曲有無の関係で、AppleMusic と Spotify で若干プレイリスト内容が異なります。

Leslie Winer & Jay Glass Dubs - ele-king

 ユーチューブにアップされている「ポップ・ミュージックの歴史まとめ」みたいな動画を見ていると、題材によってはそれなりに同じような時間をかけて同じものを見ているはずなのに、こんなにも違って見えているのかということがわかって、なかなかに面白いし、音楽について誰かと話をすることの無力さを再確認させてくれる。ヒップホップでいえば、昨年は若い世代が盛んに2パックをディスったり、聴いたこともないという発言が相次いで揉めに揉めていたけれど、意外と多かったのが「知らない方がいいサウンドをつくれることもある」というヴェテランたちの意見で、歴史とクリエイティヴを秤にかければクリエイティヴに軍配があがり、退廃をよしとするのはなかなかに潔いなとも思わされた。あるいは、この数年、再発盤の主流となっているのがプライヴェート・プレスの発掘で、実はこんなサウンドがこんな時期につくられていたというスクープの効果みたいなことも「再発」の意味には多く含まれている。これは言ってみれば、歴史というのは世に出て多くの人の耳に届いたものを限定的に歴史扱いしているだけで、そのことと実際のクリエイティヴには確実なエンゲージメントは保障されていないということでもある。それこそ再発盤が1枚出るたびに歴史が書き換えられていくに等しい思いもあるし、ポップ・ミュージックの歴史というのは勝ったものの歴史でしかなく、それによって隠蔽されてきたものがあまりに多すぎるとも。なんというか、もう、ほんとにグラグラになっているんじゃないだろうか、歴史というものは。

 ギリシャを拠点とするジェイ・グラス・ダブスことディミトリ・パパドタスは事実とは異なるダブ・ミュージックの歴史的アプローチ、つまり「ダブ・ミュージックの偽史」をコンセプトに掲げ、これまでに7本のカセット・アルバムをリリースしてきたらしい(ちゃんとは聴いてない)。この人が昨年のコンピレイションや「ホドロフスキー・イン・デューン・イン・ダブ」などという空恐ろしいタイトルのシングルに続いてレズリー・ワイナーと組んで、なるほどダブの偽史をこれでもかと撒き散らした見本市のような6曲入りをリリース。レズリー・ワイナーというのがまたよくわからない人で、アメリカのファッション・モデルとしてヴァレンティノやディオールと仕事をしていた人らしく、ゴルチエをして「初のアンドロジーニアス・モデル」と言わしめた人だという。彼女がそして、ウイリアム・バローズやバスキアと知り合ったことでファッション業界から離れ、ミュージシャンへと転向してロンドンに移ってZTTからデビューした後、ジャー・ウォッブルとつくったアルバム『ウィッチ』(93)はトリップ・ホップの先駆として後々にも評価されるものになる(その後はレニゲイド・サウンドウェイヴを脱退したカール・ボニーと活動を続け、ボム・ザ・ベースのアルバムで歌ったりも)。つまり、ダブ・ミュージックの偽史を標榜するパパドタスにとっては彼女が格好のコラボレイターであったことは間違いなく、なるほどレイヴ・カルチャーの到来とともにどこかで迷子になったダブ・インダストリアルのその後をここでは発展させたということになるだろうか。

 アンビエント・ドローンあり、レイジーなボディ・ミュージックにウエイトレス紛いとスタイルは様々。ダブという手法はジャマイカを離れ、イギリスのニューウェイヴと交錯した時点で、偽史として構築するしかないものになっていたとも思えるけれど、それにしてもここで展開されている6曲は歴史の闇を回顧しているようなサウンドばかり。どこに位置付けられることもなく、これからも迷子のままでいることだろう。それともジェイ・グラス・ダブスにはダブステップを経た上でここにいるというムードもありありなので、ことと次第によっては自分のいる場所に歴史を引き寄せてしまうことも可能性としてはないとは言えない。まあ、ないと思うけど。ちなみにアルバム・タイトルの『YMFEES』は“Your Mom’s Favourite Eazy-E Song”の略だそうです。なんでイージー・E?

Mary Halvorson - ele-king

 なんだかよくわからない、が、なぜだか魅了されてしまう。メアリー・ハルヴォーソンが奏でる音楽はそのようにして聴き手の耳を掴まえていく。

 わからないとはいえいくつかの特徴を列挙してみることならできる。ゴツゴツと刻まれる乾いた弦の響き。流暢というよりはどこか無骨に辿られるフレーズ。あるいはエフェクト・ペダルを使用して急にピッチをあらぬ方向へと変化させ、メロディーやハーモニーがつんのめるような感覚に陥らせる奏法。むしろこれらの特徴は非常に強く表されていて、一聴して彼女が弾いているとわかるほどに個性的なサウンドだ。

 それだけではない。彼女が作る楽曲もまた特徴的なのである。どこかで聴いたことのあるメロディーが顔を覗かせたかと思えば、わたしたちの予想を斜め上方で裏切りながら、次から次へと奇妙な展開をみせていく。ポピュラー・ソングの断片がとてつもない想像力によって縫合されているかのようだ。楽曲のテーマというのは緊張から弛緩へと連なることで解決=快楽をもたらすものだが、ハルヴォーソンの場合はいつまでも経っても解決らしい解決が訪れることはなく、あるいはつねに緊張状態であり弛緩状態でもあり、だから聴き馴染みのある叙情的なハーモニーは琴線ではなくあくまでも鼓膜に揺さぶりをかけてくる。

 ポピュラー・ソングにはふつう喜びを表すメジャー・キーと悲しみを表すマイナー・キーがあるものの、ハルヴォーソンの音楽はこの二分法にまったくひっかかることがない、あるいはどちらにもひっかかりながら人間の複雑な感情を複雑なままに提示する。とにかくここには確立された固有の響きと固有の構造がある。だがそれらがなぜ魅力的に聴こえてくるのかはやはりわからない。聴けば聴くほどに謎は深まるばかりなのである。

 1980年に米国マサチューセッツ州ブルックラインで生まれたメアリー・ハルヴォーソンは、幼少期はヴァイオリンに親しみ、子供たちが集うクラシカルなオーケストラにも参加していたという。だが10代前半で出会ったジミ・ヘンドリクスの音楽に衝撃を受けてギタリストとしての道を歩むようになった。始まりはジャズではなかったものの、両親に勧められてイスラエル出身のジャズ・ギタリストのもとでギターを学び始め、ほどなくしてジャズの世界にのめり込んでいった。実は父親が大のジャズ・ファンだったらしく、家には聴ききれないほど大量のレコードがあったそうだ。

 高校卒業後はウェズリアン大学に進学しアンソニー・ブラクストンに師事する。ここでの体験が自らの音楽人生に決定的な影響を与えたことをハルヴォーソンは複数のメディアで公言している。ただし同時期にはギタリストのジョー・モリスによるプライベートなレッスンにも通っており、ブラクストン同様に大きな影響を受けたという。モリスの指導は非常にユニークなものだった。ハルヴォーソンが独自のギター・サウンドを獲得するために、スタイルの模倣には陥らないよう、モリスはギターではなくコントラバスを弾いて教えていたそうだ。ハルヴォーソンのあまりにも個性的なギター・サウンドとコンポジションは、ブラクストンとモリスというふたりの偉大なミュージシャンなくしては獲得しえなかったものであるに違いない。

 2002年にニューヨーク・ブルックリンへと拠点を移したハルヴォーソンは、04年に最初期のレコーディング作品をクレイトン・トーマス、中谷達也とのMAP名義でリリースする。当初はフルタイムで昼の仕事も兼ねていたというが精力的に音楽活動もおこない、アンソニー・ブラクストンをはじめトレヴァー・ダン、ウィーゼル・ウォルターら数多くのミュージシャンと共演。ドラマーのケヴィン・シェイと結成したアヴァン・ロック・デュオ「ピープル」やヴァイオリン奏者のジェシカ・パヴォーンとの継続的なデュオ活動ではメランコリックなヴォーカルも披露している。

 2008年には自身の名義による最初のアルバム『Dragon's Head』を〈Firehouse 12 Records〉から発表した。ベースのジョン・エイベア、ドラムスのチェス・スミスを従えたギター・トリオ編成を核としてハルヴォーソンの作曲作品を演奏するというコンセプトはその後も継続し発展していく。そこには師であるブラクストンの「より大きな編成のための作曲を」というアドヴァイスも影響していたようだ。10年から12年にかけてはトランペットのジョナサン・フィンレイソンとアルト・サックスのジョン・イラバゴンを加えたクインテット編成で2枚のアルバムをリリース。さらに13年にはテナー・サックスのイングリッド・ラウブロック、トロンボーンのジェイコブ・ガーチクを加えセプテットとして『Illusionary Sea』を出し、ここでリーダー作では初めて既存の楽曲のカヴァーもおこなった。16年にはペダル・スティール・ギターのスーザン・アルコーンを迎えオクテットとなり『Away With You』をリリース。その間に初のソロ・ギター作品でありジャズ・レジェンドから同世代まで様々なミュージシャンの楽曲のカヴァー集でもある『Meltframe』を完成させた。

 他にも数え切れないほどの録音があり、これまでに100枚を超すアルバムに参加してきている。だが一貫して言えることがひとつある。メアリー・ハルヴォーソンは確立された個性を身につけながらもつねに新しい音楽へと挑み続けているということだ。今回リリースされた『Code Girl』もまた個性的かつ新鮮な響きに溢れている。

 これまでソロを特異点としてトリオからオクテットまで共通したコンセプトのもとに〈Firehouse 12 Records〉からリーダー作を出し続けてきたことを踏まえると、メンバーを一新した本盤は方向性を大きく変えて新境地へと突き進んだものだとひとまずは言えるだろう。ベースのマイケル・フォルマネクとドラムスのトマ・フジワラはハルヴォーソンが2011年に結成したトリオ「Thumbscrew」のメンバーでもある。そこにトランペットのアンブローズ・アキンムシーレとヴォーカルのアミリタ・キダンビが加わった編成だ。そして本盤の特徴はハルヴォーソンがヴォーカリストとともに組んだ初のリーダー作であるという点にある。

 アミリタ・キダンビはこれまでダリウス・ジョーンズのア・カペラ・グループで活躍する一方で、ルイジ・ノーノやカールハインツ・シュトックハウゼンの声楽曲をこなすなど、クラシック音楽あるいは西洋現代音楽の分野でも才能を発揮してきたヴォーカリストである。ポピュラー・シンガーに比して器楽的に声を使用することに長けた声楽家としての技量が本盤では見事に発揮されている。歌は入っているものの通常のジャズ・ヴォーカル作品のように歌が主役としては聴こえない、それどころかまったく「歌もの」にさえ聴こえない。声がアンサンブルのなかにごく自然なかたちで溶け込んでいるのだ。それはどこかハルヴォーソンの歌声を彷彿させる物憂げなキダンビの声質にもよるのだろう。自らをあまり主張することのない声質と器楽的な声の使用法。ハルヴォーソンはおそらく歌声を特権的なものとして扱わずに他の楽器群と同等の地平で捉えながら、演奏全体がひとつのアンサンブルとして成立するように『Code Girl』を構想していたものと思われる。

 たとえば本盤ではキダンビを除いたインストゥルメンタル・トラックが2曲収録されている。“Off The Record”と“Thunderhead”だが、どちらも「歌声が欠如している」というふうに聴こえることがない。だからわざわざ他の楽曲と区別して「インストゥルメンタル」と呼ぶのも本当は正しくない。それほどこの2曲は他の楽曲と同じように、あるいは他の楽曲がこの2曲と同じようにアンサンブルとして成立している。

 極めつけはハルヴォーソンとキダンビのデュオ・トラック“Accurate Hit”だろう。ふつうギターとヴォーカルのデュオであればギターは歌声を彩る伴奏楽器になるわけだが、ここではコードのストロークとアルペジオに工夫が凝らされた、一小節ごとにサウンドのありようを変えていくハルヴォーソンのギターが前面に出てくる。もちろん歌声が反転してギターの伴奏を務めているわけではない。それは同じくデュオ・トラックである“Armory Beams”において、まるで鯨の鳴き声のようなアキンムシーレのトランペットの響きがギターと絡み合うように、声とギターが主従関係を結ばずに対話することで成り立つ音楽なのだ。いずれにしても本盤はジャズ・フォーマットに則りヴォーカル・アルバムとしての体裁を保ちつつ、メアリー・ハルヴォーソン色に染め上げられた奇妙にポップなコンポジションのなかで声をアンサンブルに溶け込ませた傑作であると言えるだろう。

 ちなみに『The Wire』のウェブ版では本盤を制作するにあたってハルヴォーソンがインスピレーションを受けたという楽曲のプレイリストが掲載されている。「種明かし」というよりも、こうした影響源がありながらこれまで述べてきたようなアンサンブルが編み上げられてしまう「離れ業」のほうに驚きを感じる。なぜ『Code Girl』のような傑作が生み出されたのか。やはりメアリー・ハルヴォーソンの音楽は謎めいている。

Kamasi Washington - ele-king

 待望の、という言葉がこれほどふさわしいニュースもそうないでしょう。〈ブレインフィーダー〉から放たれた『The Epic』で一躍ときの人となったカマシ・ワシントンが、3年ぶりとなるセカンド・アルバム『Heaven and Earth』を〈ヤング・タークス〉からリリースします。前作も3枚組の大作でしたが、今回も「Heaven」というパートと「Earth」というパートから成る荘厳な作品となっている模様。サンダーキャットロナルド・ブルーナー・ジュニアテラス・マーティンライアン・ポーターなど、仲間たちも勢ぞろい。いまかつてないほどの賑わいを見せているジャズ・シーンですが、そのなかでもこれは聴き逃すことのできない重要な1作となるでしょう。



KAMASI WASHINGTON

新世代ジャズ黄金期の象徴、カマシ・ワシントン
待望の最新アルバム『HEAVEN & EARTH』がリリース決定
新曲2曲のフル音源&短編映像解禁

サンダーキャット、テラス・マーティン、ロナルド・ブルーナー・ジュニア
キャメロン・グレイヴス、ブランドン・コールマン、マイルス・モーズリー
パトリース・クイン、トニー・オースティンら豪華ミュージシャンが参加

私の心が宿る世界は、私の心の中にある――この考えがアルバム『Heaven and Earth』を作るインスピレーションとなった。私たちが経験する現実は、我々の意識が作り上げたものに過ぎないが、そもそも我々の意識は、その経験をもとに現実を作り上げる。私たちは自らの宇宙の創造者であると同時に、自らの宇宙の創造物でもある。本作における『Earth』のパートは、私が“外向き”に見る世界を表現している。つまり私が存在している世界である。『Heaven』のパートは、私が“内向き”に見る世界、つまり私の中に存在している世界を表している。私が何者であるか、そしてどんな選択をしていくのか。その答えは、それら2つの世界の間にある。
- カマシ・ワシントン

新世代ジャズ黄金期の象徴として、特別な存在感を放ち続けるカマシ・ワシントンが、2015年のデビュー作『The Epic』に続く、待望のセカンド・アルバム『Heaven & Earth』を6月22日(金)にリリースすることを発表した。2時間半にも及ぶ本アルバムは『Earth』盤と『Heaven』盤の2枚組で構成されており、本日の発表に合わせて『Earth』盤収録の“Fists of Fury”、そして『Heaven』盤収録の“The Space Travelers Lullaby”の2曲が先行配信され、イギリス人アーティスト/監督のJenn Nkiruによる鮮やかな短編映像がそれぞれ公開されている。

Fists of Fur (from Earth)
https://y-t-r.co/spacetravelerlullaby

The Space Travelers Lullaby (from The Space Travelers Lullaby)
https://y-t-r.co/fistsoffury

『Earth』と『Heaven』の2部構成となっている本作を通じて、カマシは現実世界と宇宙とを衝突させ、その心理に迫る。世界の構造についての自身の考えをさらに探求した本作では、現状の世界的混沌に対する彼の考察と、彼が抱く未来へのヴィジョンが探求されている。

なお今回公開された“Fists of Fury”と“The Space Travelers Lullaby”の短編映像は、今後公開が予定されているという映像企画に着想を得て制作されている。

本作のレコーディングのため、カマシは自身のバンド、ザ・ネクスト・ステップと、新世代ジャズ勃興の出発点と言えるザ・ウェスト・コースト・ゲットダウンをロサンゼルスのヘンソン・スタジオに召集し、『Heaven & Earth』を構成する16曲をレコーディングした。作曲と編曲はカマシが行い、新たなオリジナル楽曲はもちろんのこと、ビーバップのレジェンド、フレディ・ハバードの“Hubtones”、さらに伝説の映画『ドラゴン怒りの鉄拳』のテーマ曲のカヴァーや、バンド・メンバーのライアン・ポーターによる曲も含まれる。

また本作には、サンダーキャット、テラス・マーティン、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、キャメロン・グレイヴス、ブランドン・コールマン、マイルス・モーズリー、パトリース・クイン、トニー・オースティンなど豪華な面々を含む多数のミュージシャンが参加している。

カマシ・ワシントン待望のセカンド・アルバム『Heaven & Earth』は、6月22日(金)世界同時リリース! いずれも特殊パッケージ仕様のCDフォーマットと4枚組LPフォーマット、デジタル配信でリリースされる。

なおカマシ・ワシントンは、2018年8月18日(土)にサマーソニックへの出演が決定している。

SUMMER SONIC 2018
https://www.summersonic.com/2018/

label: Young Turks / Beat Records
artist: Kamasi Washington
title: Heaven and Earth
release date: 2018.06.22 FRI ON SALE

商品情報はこちら
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9597

Tracklisting

Earth
1. Fists of Fury
2. Can You Hear Him
3. Hub -Tones
4. Connections
5. Tiffakonkae
6. The Invincible Youth
7. Testify
8. One of One

Heaven
1. The Space Travelers Lullaby
2. Vi Lua Vi Sol
3. Street Fighter Mas
4. Song For The Fallen
5. Journey
6. The Psalmnist
7. Show Us The Way
8. Will You Sing

interview with Unknown Mortal Orchestra - ele-king


Unknown Mortal Orchestra
Sex & Food

Jagjaguwar / ホステス

Indie RockPsychedelic

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  60年代に産声を上げたサイケデリック・ロックは、ある時期までのロック史観においては、その時代にのみ瞬間的な爆発をみた徒花的存在として扱われてきたきらいもあった。しかし、商業ベースに乗らない自主制作盤の世界では、サイケデリック暗黒時代と言われる70年代にも少なくないアーティストが蠢いていたことが近年振り返られつつ有るし、オルタナティヴ・ロックの興隆以降、ペイズリー・アンダーグラウンド・ムーヴメントなど80年代におけるリバイバルを始めとして、折に触れてサイケデリックという奴は歴史に顔を出し続けてきた。そしてそれに伴っていつからか、一個の音楽スタイルという括りを越えて、特有のテクスチャーやムードを持ったもの/ことに対して使う形容詞としても定着し、時には安易に使われ過ぎる言葉ともなっていった。
 アンノウン・モータル・オーケストラこそは、そういった捉えがたい霧のようになってしまった「サイケデリック」というものを、今一度リスナーの耳元に引き据えてみせる。しかも、この「サイケデリック」は、往時に描かれたムードとはかなり質感を異にする。それは、これまでサイケデリックを表象してきた攻撃的酩酊感とでもいうべきものと、一般的にはそれと相反すると思われてきた所謂「メロウネス」との巧みかつ大胆な融合によるものだと言えるだろう。90年代後期から米国中心に再び勃興してきたローファイでガレージーなインディ・バンド/アーティスト群や、チルウェイヴやシューゲイザー・リバイバルとの共振も感じさせた初期作品を経て、彼らは徐々に仄暖かでメロウな海へと漕ぎ出してきたのだった。それは一見、かねてよりギャラクシー500やヨ・ラ・テンゴといったアクトが住処としていた海であるようにも見えるが、アンノウン・モータル・オーケストラの眼前に広がるそれは、各種のブラック・ミュージックやビート・ミュージックからの影響も垣間見える、コンテンポラリーなメロウネスと躍動に満ちたものだ。その沖合では既にアリエル・ピンクが帆船を浮かべていたかもしれないが、彼らはそれを横目に見ながら密航者のように鮮やかな手つきで彼らだけの海域を見つけ、そこで巧みに遊んでいる。

 ……そして時に言われるように、サイケデリックへ沈潜し時にノスタルジーの蠱惑にも誘われながらそこに遊ぶことにより、ライブリーな生活圏や政治的世界と隔絶するという現象は、どうやら確かに起こることなのかもしれない。もしかするとここに聴かれる世界は、現在の政治空間からのスキゾ的逃避ととらえられても仕方のないことかもしれないが、しかしながらそもそも逃避とは、その表現者自身に社会に対する鋭敏な問題意識が蟠っているからこそとも言える。この逃避の欲求というのは、かねてよりこの世界に生きる我々皆が少なからず背負い込んでいる問題でもあろうし、その重荷を肩に感じながら、音楽そのものに耽溺するとき、ひょっとしたらメロウネスこそが鬱屈を和らげるオピウムのような役割を担いつつあるのかもしれない。
 サイケデリックは今新たなフェーズを迎えつつある。「官能と飽食」という、いかにも示唆深いタイトルを与えられた今作は、その象徴として捉えられる傑作であるとともに、メランコリーに揺られるからこそメロウネスがひとりでに立ち昇るという仮設を提供してくれていることで、サイケデリック・ロックに限らない昨今の音楽シーンを読み解く優れたテクストにもなるだろう。

 今作での音楽性の深化や、メロウな音楽への関心、シーンを取り巻く状況、ドラッグ・カルチャーについてなど、バンドのリーダーであるルーバン・ニーソンに話を訊いた。

音楽を作る時も、すごく馴染みのある気持ちになることもあれば、暗闇を歩いている気持ちになったりもする。様々な気持ちになるんだけど、時にはその暗闇を歩いている時こそがいい時だったりするんだよね。

今作『セックス&フード』、とても素晴らしい内容で非常にワクワクしながら聴かせていただきました。第一印象として、これまでに増してメロウな感覚が強まったと感じます。バンドにとって、70年代のソウルなどのファンキーでメロウな音楽はどんな存在でしょうか? また、それらはインスピレーション源として大きなものでしょうか?

ルーバン・ニールソン(以下RN):ありがとう! そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだね、70年代の音楽にはすごく影響を受けたって言えると思う。ソウルやファンクは、小さい頃に聴いていたような音楽だった。家の中で流れていたものだから自然と聴いて育った音楽なんだ。今でもその頃の音楽は聴いたりするよ。

一方、リード・トラック“アメリカン・ギルト”などのように、鮮烈なギターリフが先導するガレージーな楽曲も収録されています。ガレージロック的なものとメロウなものというのは、一般的には一見背反する要素のように捉えられているかと思うのですが、アルバム全体ではその融合を目指しているようにも感じました。制作にあたってそういった意識はありましたか?

RN:曲作りをアコースティック・ギターで作り始めるから、最初はメロウな感じでいつも始まるんだ。だけど書いていくうちにもっとロックになってきたり、他に試してみたいことが出てきたりして、プロダクションを重ねていくうちにそういう感じに変化して行ったんだ。

ミックスなどの音響面でも、これまで皆さんに対して言われてきたようなローファイな感覚から、曲によってはかなりハイファイな音作りに変化したような気がするのですが、これはなぜなのでしょうか?

RN:僕はレコーディングする時に用いる手法があるんだけど、ヴィンテージのテープレコーダーやカセットテープを使って作業しつつ、コンピューター処理も行う。昔ながらのアナログな手法とモダンな手法が混ざっているんだよね。ディストーションとかはわざと残したりしているよ。でもアルバムを重ねるごとに、自分の技術も上がってきて、よりいい機材を使ったりしているんだ。アルバムごとに少しずつ手法やスキルも上がってきてるからサウンドも変わってきたんだと思う。

近年脚光を浴びている、いわゆる「ヨットロック」のリバイバルについては、どんな認識をもっていますか? ここ日本でも自国の「ヨットロック」である70~80年代の音楽が「シティ・ポップ」として海外からも注目されるなど、今までダサイとされていたものの問い直しが起こっています。

RN:僕が幼い時は、父親がジャズ・ミュージシャンっていうこともあって、家ではジャズ・ミュージックが主に流れていて、ヴォーカル・ミュージックを聴くことが少なかった。でも唯一父親も好きで聴いていた「ポップ」と呼べる音楽は、スティーリー・ダンだった。だからスティーリー・ダンは自分にとってすごく心の中に残ってる音楽なんだよね。今またなんでヨットロックが注目されているかというと、多分今の時代に生まれる音楽とすごく違うからだと思う。あの頃はプロダクションレベルとかミュージシャンシップとか、今よりもすごく高いものが多かったと思う。だからそういう音楽に触れるとすごく珍しい気持ちになる。それに、昔聴いていた音楽はノスタルジーに浸れるっていうのも大きい気がする。ノルタルジーってやっぱり人の心や記憶の中でとても強いものだと思うから。

メキシコシティやアイスランドのレイキャビク、韓国のソウルやベトナムのハノイなど世界各地でもレコーディングを行ったとのことですが、創作にあたって、どんな刺戟がありましたか? また、そういった地域のポップスや民族音楽からの影響はあったのでしょうか?

RN:ローカルの音楽を聴いたりもしてみたんだけど、あまり影響されないようにはしてたんだよね。でもベトナムでは、レコーディングしてたスタジオでいつも顔を会わせるバンドがいて、いつも会うから彼らと仲良くなったんだ。一緒に音を鳴らしたりしているうちに、いろんな音楽ができて行った。結果的にすごくたくさんの楽曲が増えたから、また別の形でそれは出そうと思ってる。音的にはエレクトロニック・ジャズとかクラウトロックみたいな感じなんだけど、それを年内か来年出す予定だよ。あとは、ローカルなライブとかも何度か行ったよ。でも自分的には影響されて、まるでそこの土地の音楽を盗むような真似をしたくなかった。

昨年米国の再発レーベル、〈ライト・イン・ジ・アティック(Light in the Attic)〉より日本のフォーク・ロックを集めたコンピレーション・アルバム『木ですら涙を流すのです』が発売されました。そういったフォーク・ロックに限らず、サイケデリック・ロックなど、ここ日本の音楽に興味はおありですか? また特定の好きなミュージシャンがいれば教えてください。

RN:当然YMOは大好きだよ! あと僕たちが一回日本で共演したTempalayっていうバンドがいるんだけど、彼らはすごく好きだよ! でも残念ながら日本のサイケロックはあまり詳しくないんだ。誰かオススメいる? いたらぜひ知りたいよ!

高度資本化した社会、またポストインターネットといわれる現代の時代状況において、様々な情報や音楽ジャンルが並立し、時にガラパゴス化した様相を呈するようになってきたと感じます。その中で、一部で「死んだ」とすら言われるロックを今演奏し続けることの意義はどんなものだと思いますか?

RN:ロックが死んだって言われたり、どんな状況になっても僕自身は気にしないかな。僕自身、レッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズ、僕の中ではロックンロールと思っているデヴィット・ボウイとかを聴いて育って、今でも僕にとって大切な音楽だから、そういうロックな部分が自分の音楽の一部となってしまうことは変えられないと思う。だからロックが死んでようが生きてようが僕には関係ないな(笑)。あと、僕たちのバンドは僕たちの世界というかコミュニティがあるというか、あまり流行に左右されたりするようなポジションには身を置いていないと思う。

人はずっとモーツァルトもベートーヴェンもジミ・ヘンドリックスも聴き続ける。そういうものって政治を超えている気がして、それに比べると政治的なものってちっぽけに感じてしまったりするんだよね。

これまで、ポピュラー・ミュージックは「新しい」ということを至上の価値として歩んできたと思います。しかし、昨今ではそういった感覚すらも相対化されて、特にインディ・シーンでは各々が各々の表現を自身の尺度で自由に行うようになっているようにも思います。そんな中で今一度、「新しい」とは一体どんなことだと思いますか?

RN:すごくいい質問だね。難しいけど、僕にとって新しい音楽とは、まだその音楽が評価されたり、意見を言われたりしていない時だと思う。例えば、音楽を聴いた時に、まだその音楽がいいかどうか分からなくて、でも何か強い思いみたいなものは抱く時とかあると思うんだけど、そういう時が新しいって思っている瞬間なのかもしれない。自分の音楽を作る時も、すごく馴染みのある気持ちになることもあれば、暗闇を歩いている気持ちになったりもする。様々な気持ちになるんだけど、時にはその暗闇を歩いている時こそがいい時だったりするんだよね。それがいいのかどうか自分でも分からず、でも何かすごく強い思いがこみ上げてくる時こそが新しいものを誕生させられる時なのかもしれない。

ルーバンさんはバンド活動を続けてく中で娘さんを授かったと聞きます。彼女の存在が創作に与えた刺戟はどんなものでしたか? また、家庭人と、ロック・バンドのメンバーとしての活動を並立して続けていくことに、時になにか葛藤があったりするのでしょうか?

RN:僕自身音楽一家で育ったんだ。父親もミュージシャンだったし、父親の父親もミュージシャンだった。だから幼い頃から音楽は普通の仕事として見て育ったんだ。人によっては音楽なんて趣味の延長にしか見えないものかもしれないけど、僕はちゃんとした職業として捉えていたよ。僕は父親のツアーに同行したり、サウンドチェックを見たり、常に仕事の現場を見ていたから、音楽が仕事なのは僕にとってはすごく自然なもの。だから自分に娘ができても同じなんだよね。父親であり音楽家でもある姿は自分が見てきたものだから、すごく自然なものだよ。

様々な文化の分野でポリティカル・コレクトネスが更に敷衍されつつあるように感じる昨今、自身の創作にあたって、そういったものを(肯定的か否定的かいずれにせよ)意識したりすることはありますか? または、そういったことへの問題意識が歌詞表現へ反映されていたりしますか?

RN:政治はすごく大事なことだと思うけど、あまりそれに支配されないようにしているよ。政治よりも音楽の方が大きいものだと思っているから。音楽は歴史を変えることはできないかもしれないけど、帝国が建てられては滅び、イデオロギーも立てられては壊され、それでも人はずっとモーツァルトもベートーヴェンもジミ・ヘンドリックスも聴き続ける。そういうものって政治を超えている気がして、それに比べると政治的なものってちっぽけに感じてしまったりするんだよね。だから僕はあんまり政治的なことに左右されたりしないようにしているよ。

ポートランドのシーンの面白さがここ数年で日本でも認知されているのですが、みなさんが注目する新たなポートランドのアクトはいますか? また、そういったミュージシャンとは交流もあるのでしょうか?

RN:仲良いバンドはたくさんいるよ! 特に自分たちのピアグループ(仲間)とはすごく仲が良くて、すごくいいアーティストがたくさんいるよ。例えば、Portugal the man(ポルトガル・ザ・マン)、The Dandy Warhols(ザ・ダンディー・ウォーホールズ)、Star Fucker(スター・ファッカー)、Wampire(ワンパイアー)とか、ポートランドでは人気があって、僕たちとも仲がいいバンドだよ。新しいバンドでは、Reptaliens(レプタリアンズ)と仲がいいよ。あと僕のバンドのベーシストがいたBlouse(ブラウス)っていうバンドもすごく良いよ。

今年からカリフォルニア州で大麻の販売が解禁されたことが日本でも報じられ、一部で話題となりました。日本ではいまだマリファナも麻薬の一種と捉えられ、大きなタブーとして扱われています。米国における現在のドラッグ・カルチャーは、インディ・ロックの文化圏にとってどのような役割を演じていると思いますか?

RN:やっぱりシーンにドラッグは当然存在はしていると思う。でも僕は、いい大人になってきたし、ドラッグのことを考えたり関わったりする時間はすごく減った。個人的には、ドラッグが僕の愛する人たちを破滅させたりするのを見てきたんだ。でも、時にはすごく創造性を掻き立てるものにもなるものなのだと思う。でもやっぱりパワフルなものは、危険も伴うんだよね。だから僕はあまりドラッグはやるべきではないと思ってるよ。

ニュージーランドご出身ということでお訊きします。80年代前半、米国で「ペイズリー・アンダーグラウンド」と呼ばれるサイケデリック・ロック復興的なシーンがありましたが、The CleanThe Batsなど、同時期のニュージーランドにも「ダニーデン・サウンド」と呼ばれるようなザ・バーズなどの60年代ロックからの影響を感じさせるギター・ロックのシーンがあったとききます(日本ではあまり知られていません)。そういったシーンが何かあなた達の活動にも影響を与えていると思いますか?

RN:まずペイズリー・アンダーグラウンドといえば、ザ・バングルズの“マニック・マンデー”を思い出す。ペイズリー・アンダーグラウンドの最大のヒットなんじゃないかな。あとは、プリンスのアルバムに“ペイズリーパーク”っていう曲があるんだけど、きっとプリンスもペイズリー・アンダーグラウンドのフェーズがあったんだと思う。
ニュージーランドのダニーデン・サウンドは、たくさんのバンドが〈フライング・ナン・レコーズ(Flying Nun)〉からリリースされた時代だった。僕が初めて組んだバンドが兄とのもの〔質問者註:ザ・ミント・チックスのこと。2003年デビュー〕だったんだけど、実は〈フライング・ナン・レコーズ〉からリリースしているんだよ。このレーベルからリリースすることが多くの少年の夢だった。〈フライング・ナン・レコーズ〉やダニーデン・サウンドのアーティストは、すごく強いDIY精神をもっていて、レコーディングやアートワーク含め、大きな会社のバックアップがない状況で全て自分たちでやってしまうアーティストばかりだった。僕はそれにとても憧れていたから、自分に必要なスキルを身につけるという点ですごく影響を受けたよ。バンドをやる上で何が必要なのかを学べたし、それができてすごく良かったと思っている。

これまで聴いてきた中で、ベスト・サイケ・アルバム(一般的にサイケとされていなくても自分がサイケと思うものでもOK)3枚を教えていただけますか?

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