「NotNotFun」と一致するもの

Tony Allen & Hugh Masekela - ele-king

 シャバカ・ハッチングスとジ・アンセスターズによる新作『ウィ・アー・セント・ヒア・バイ・ヒストリー』は、人類の絶滅をテーマとしたまさに今の時期にリンクするような示唆的な作品となっているが、ジ・アンセスターズのメンバーであるンドゥドゥゾ・マカシニも同時期にリーダー・アルバムの『モーズ・オブ・コミュニケーション』を発表するなど、南アフリカ共和国のミュージシャンたちの活躍は続いている。そうした南アフリカが生んだジャズ・ミュージシャンの先人で、国際的に活躍した人物として、まずはアブドゥーラ・イブラヒムとヒュー・マセケラの名前が挙がる。デューク・エリントン、セロニアス・モンク、ルイ・アームストロングなどアメリカのジャズに影響を受けた彼らは、1950年代末にジャズ・エピッスルズというバンドを結成し、ヨハネスブルグやケープタウンを拠点に演奏活動をしていた。その後、アブドゥーラ・イブラヒムはヨーロッパ、そしてアメリカへと進出・移住して演奏活動を行なうようになるが、ヒュー・マセケラもニューヨークに音楽留学し、ハリー・ベラフォンテなどと交流を持つようになる。ヒューは正統的なジャズ・トランペット奏者を出自としながら、ロック、ポップス、ファンク、ディスコなどを早い段階で取り入れてきた先駆的存在である。1968年の “グレイジング・イン・ザ・グラス” などポップ・チャートにも入るヒット曲を出し、モントレー・ポップ・フェスティヴァルにも出演し、ザ・バーズやポール・サイモンのアルバムにも客演するなど、ジャズの枠を超える活動を行なってきた。1977年に元妻のミリアム・マケバとプロテスト・ソングの “ソウェト・ブルース” を発表し、1987年のヒット曲 “ブリング・ヒム・バック・ホーム” がネルソン・マンデラの支援アンセムとなるなど、反アパルトヘイトを貫いたことでも知られる。欧米の音楽の影響を受けつつも、祖国のアフリカ音楽を核として持ち続け、ハイ・ライフやアフロビートなどが底辺に流れているのがヒューの音楽である。

 1990年代以降は南アフリカへ戻って活動を続け、2016年に地元のミュージシャンと『ノー・ボーダーズ』を録音したのを最後に、2018年1月に78歳の生涯を終えたヒュー・マセケラだが、1970年代初頭にはフェラ・クティと出会って交流を深めていった。その中でアフリカ70のメンバーだったトニー・アレンとも親しくなり、フェラ・クティの没後も両者の関係は続いた。アフロビートの創始者で、現在もジャンルを超えて多くのミュージシャンに影響を与え続けるトニー・アレンだが、両者のコラボはずっと念願であり、いつかアルバムを一緒に作ろうと話し合っていた。そして、2010年にふたりのツアー・スケジュールがイギリスで重なったことをきっかけに、〈ワールド・サーキット〉の主宰者のニック・ゴールドが彼らのセッションをロンドンのリヴィングストン・スタジオで録音した。この録音は当時未完成のままニックのアーカイヴに保管されたのだが、2018年にヒューが亡くなった後にトニーと一緒にオリジナル・テープを発掘し、2019年夏に再びリヴィングストン・スタジオで残りの録音が完了された。そうしてできあがった『リジョイス』は、新たな録音部分についてはエズラ・コレクティヴジョー・アーモン・ジョーンズココロコのムタレ・チャシ、アコースティック・レディランドやジ・インヴィジブルのトム・ハーバートなどサウス・ロンドン勢が参加し、さらにかつてジャズ・ウォリアーズのメンバーとして鳴らしたスティーヴ・ウィリアムソンも加わっている。トニー・アレンのアフロビートはモーゼス・ボイドやエズラ・コレクティヴなど、サウス・ロンドンのミュージシャンにも多大な影響を及ぼしており、『リジョイス』ではその繋がりを見ることができるだろう。またスティーヴ・ウィリアムソンはジャズ・ウォリアーズ~トゥモローズ・ウォリアーズの繋がりで、やはりサウス・ロンドン勢にとっては大先輩にあたる。そしてルイス・モホロやクリス・マクレガーなど南アフリカ出身のミュージシャンとも共演が多く、ヒュー・マセケラと共通の音楽的言語を持っているので、今回の参加は自然な流れと言える。『リジョイス』はヒュー・マセケラとトニー・アレンの貴重なセッションに加え、新旧のロンドンのミュージシャンも巻き込んだ録音となっているのだ。

 “ロバーズ、サグズ・アンド・マガーズ(オガラジャニ)” はトニー・アレンのトライバルなドラムとヒュー・マセケラのフリューゲルホーンを軸とするシンプルな構成で、ときおりヒューのチャント風のヴォーカルが差し込まれる。ジョー・アーモン・ジョーンズがピアノ、トム・ハーバートがベースでサポートするが、いずれも最小限にとどまり、ドラムとフリューゲルホーンの引き立て役に回っている。“アバダ・ボウゴウ” に見られるように、トニーのドラムは基本ゆったりとしていて、ヒューのフリューゲルホーンも派手に立ち回ることなく、ロングトーンで奥行きのある音色を奏でている。これがアルバムの基本となるスタンスで、“アバダ・ボウゴウ” や “スロウ・ボーンズ” ではスティーヴ・ウィリアムソンのテナー・サックスも参加してどっしりと深みのある演奏を披露している。“ココナッツ・ジャム” や “ウィーヴ・ランディッド” はトニーらしいアフロビートだが、キーボードのように横でコードやメロディを奏でる楽器が入ってこないぶん、ドラムの細かな動きが際立って伝わってくる。バスドラ、スネア、タム、シンバルひとつひとつが異なった音色を持ち、それらが立体的に重なってトニーの独特のビートが生まれてくることがよくわかるだろう。“ネヴァー(ラゴス・ネヴァー・ゴナ・ビー・ザ・セイム)” はある種フェラ・クティへのトリビュート的な楽曲となっていて、ヒューのヴォーカルも踊ったり、飛び跳ねたりと体を動かすことを求めるものだ。改めてヒューとフェラ、トニーの交流がどんなものだったのかが伺える。オバマ前アメリカ大統領をイメージしたと思われる “オバマ・シャッフル・ストラット・ブルース” は、ベースが入らない代わりにキーボードがベース・ラインを奏でるが、それが独特の土着性とミニマルな感覚を生み出していて、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオとトニー・アレンの共演を思い浮かべるかもしれない。この曲に象徴されるが、一般的にアフロビートやアフロ・ジャズは熱く扇情的な演奏を思い浮かべがちだけれど、本作はそれと反対のクールなトーンに貫かれている。トニーによると『リジョイス』は「南アフリカとナイジェリアを繋ぐスイング・ジャズのシチューのようなもの」とのこと。トニー・アレンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのトリビュート・アルバムを出しているが、本作もそのラインに近いものと言える。仮にマイルス・デイヴィスとフェラ・クティが共演していたら、恐らくこうしたアルバムとなっていたのでは、そう思わせるのが『リジョイス』である。

私たちのシーンを助けよう - ele-king

 COVID-19による営業自粛を受けて、全国のクラブが存続の危機に瀕している。政府の対応には絶望しかないが、すでに全国のいろんなクラブが独自にクラウドファンディングをはじめている。自分がよく遊んでいるクラブ、地元のクラブ、個人経営のアットホームなクラブ、昔世話になったクラブ……いろんなクラブがあって、いろんな愛着がある。支援したい人は決して少なくない。
 DJのA.Mochiが今のこんな状況を見て、友人のオーガナイザーから情報を集めつつ、自発的に自分のホームページ内に支援先のリンクをまとめたサイトを作りました。オンラインイベント情報もあり。ぜひチェックしてみてください。

https://amochi.jp/afpan/

Momus - ele-king

 80年代末~90年代の〈クリエイション〉レーベルからの作品で知られるモーマスが、本人のホームページによると新作『Vivid』の1曲目(Oblivion)の制作に入ったところでCOVID-19.に感染した。幸い軽症だったようだが、「寒気、熱、食欲不振、烈しい渇きを感じ、とても恐かったし、追悼モーマスという言葉すら頭をよぎった」と語っている。「ぼくのような周縁のアーティストにとっても、人類にとっても、いまはとてつもない時期です」
 1週間の療養後、制作に戻って、モーマスはそして“Working From Home and Self-Isolation”なる曲を完成させたという。

Thundercat - ele-king

 家の外の世界へ出づらい、という状況がいまもなお続いている。これからも当分続くだろう。少し前だったらサンダーキャットが歌う歌詞も「あー生きてるとたしかにそういうつらいこともあるなぁ」と、楽観的に共感したり、楽しめたりしていた。なので今回のニュー・アルバムからの先行リリース曲“Black Qualls feat. Steve Lacy & Steve Arrington”を聴いたときも、新しいアルバムはきっと前作の『Drunk』(2017)より突き抜けたハッピーでマッドな雰囲気を更新したイケイケな感じなのだろう、とそのときは思っていた。発売日、CDをゲットして一度スピーカーで流し聴きした。「なんか地味だな……」それが第一印象。日が落ちて、バスに乗って出かける用事があり、全部ヘッドホンでもう一度通して聴いてみる。今度は歌詞カードも一緒に。すると、アルバムのラストを飾る曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”に差し掛かったところで、泣きたい気持ちになっていた(というかちょっと泣いた)。え、このアルバム、この終わり方はめっちゃせつなくないか……ここで終わり?! Pedro Martinsの哀愁漂いまくりのギターとバスの窓からの少し肌寒い風も余計にそういう気持ちに拍車をかけていた。まるでストーリーが解決していない映画を見終わったような感覚。間違いない、サンダーキャット史上もっとも完成されたアルバムで、これからも大事にしていきたいと思える1枚だ。もう一度初めから聴いてみよう。

 最初に彼の作る音に触れたのは2010年過ぎたころあたりだろうか。今回のアルバムでも話さないわけにはいかない共同プロデューサーのフライング・ロータスがリリースしたアルバム『Cosmmogramma』(2010)での参加においてだ。ちなみにフライング・ロータスは、ヒップホップとかブレイクビーツ、といった音楽しか聴かなかった人びとにも新しい扉を開放した1人だと思っている。その『Cosmmogramma』では要所要所でベースの鬼のようなプレイや渋い演奏が聴こえ、前作『Los Angeles』(2008年、これも名盤)にはなかったファルセットで歌う男性の声も収録されていた。のちのち、どうやらサンダーキャットなる人物がかかわっているらしい、とわかってYoutubeで調べたら、ドラゴンボールのコスプレをした男性が目をハートにして、猫のトイレでうんこしているわけのわからないヴィデオがヒットした。なんだこいつは……『Cosmmogramma』のスピリチュアルでコズミックな世界観に正直少々スピっていた僕は拍子抜けした。

 そのフライロー(フライング・ロータスの愛称)はLAの2010年代のビート・ミュージックにおいてもっとも重要なレーベルのひとつ、Brainfeeder(Ras G “R.I.P.”、Samiyam、MONO/POLY、等のビート・ミュージックのヒーローが所属)を発足させた。これもサンダーキャットを語る上では欠かせない要素の一つだと思う。2011年、彼はフライローのレーベルから1stソロ・アルバム『The Golden Age of Apocalypse』(2011)を出した。フライロー経由でBrainfeederを知り、なおかつビートメイカーとして音楽を作りはじめていた自分にとって、このレーベルはとても可能性があり、新しい未来を予感をさせるものであった。そんなビート・ミューックのレーベルから出た、ベーシストのアルバム。打ち込みと生演奏のコラボというのはそれまでにもいろいろあったろうけど、どれもクールでかっこいいものという印象だったし、そこには演奏の妙、という打ち込みばかりを聞いてきた者にしてみれば少し難しい未知の領域……の、すこし語弊があるかもしれないが「なんとなくのかっこよさ」を与えていた。『The Golden Age of Apocalypse』はそういう「クールでかっこいい」がもちろん全編を通してありながらも、同時に近年の彼の作品にも通ずる「バカバカしいほどのふざけた感じ」がすでに同居していた(このころのヴィデオで言うなら「Walkin’」を見ればわかると思う)。個人的には彼に対して「猫のトイレでうんこ」という印象が正直いまでもあるが、そういうユーモア感覚は「クールでかっこいい」や「高尚なもの」とばかり勝手に思っていた音楽を聴いたり語ったりすることに対する敷居を下げ、音楽を楽しむ、という頭で聴くのではない、もっともピュアで原初的な楽しさを明示してくれた。Brainfeederが試みてきたこの約10年にわたるさまざまな実験がもたらした、ジャズとビート・ミュージックの融合、ということもたしかに大事ではあるが、いま述べたような部分もかなり大きいと思っている。それに大きく貢献した1人がサンダーキャットだった。

 そういう「すごいけどバカバカしい、とっつきやすい」というような感覚を同じBrainfeederレーベルで共有しているであろう人物は間違いなくLouis Coleだ。今回のニュー・アルバムにも“I Love Louis Cole feat. Louis Cole”(タイトルのふざけた感じが良い)で参加している。彼のBrainfeederからのソロ・アルバム『Time』(2018年、サンダーキャットも参加している)のリリースの時期あたりに出た自宅セッションを見ていただければ、なんとなくその「すさまじい演奏技術をバカバカしく、楽しいものに見せる感覚」というのはわかりやすいかもしれない。

 彼がサンダーキャットに歌唱やソングライティングの点で大きい影響を与えているような気がしてならない。前作『Drunk』でいうならば、彼がプロデュースした“Bus In The Street”なんかがそうで、この曲のファルセット感はLouis Cole自身のそれとかなり近しい。それ以前よりファルセットを披露してきたサンダーキャットだが、前述のアルバム『Time』なんかを聴くとそれがよくわかる。僕は正直『Time』を聴いたとき、この人はサンダーキャットのゴーストライターなんじゃないの? くらいのことは正直思った。それくらい親和性がある。こういう曲はそれまでのサンダーキャットにはあまりなかった作風だったので、すごい意外な曲だなこれ、とアルバムが出るもっと前(調べたところ2016年なので、約1年前)シングルがリリースされたときに感じた。Louis Coleのコンポーザーとしてのポップさは、近年のサンダーキャットの「突き抜けた感じ」の大きい要素のひとつだと思う。

 そんなLAの太陽のように明るい性格で人柄のよさそうなサンダーキャットの良さはもうひとつあって、それは意外とその反対の陰の部分である。これはBrainfeederからの2作目『Apocalypse』(2013)からじょじょに作品に滲みはじめてきた。数々のインタヴューでも彼は言及していることように、その原因は彼自身が都度抱えてきた「喪失感」にあり、今回の『It Is What It Is』でもっとも重要なファクターといえる。“Apocalypse”は、同じBrainfeeder所属だったAustin Peraltaという友人のキーボーディストが2012年に逝去したことに対するフィーリングが反映されており、彼のそれ以降の作品は「死」や「喪失感」といったテーマが通底している。それはサンダーキャットも大きくプロダクションに関わったフライング・ロータスのアルバム『You’re Dead!!』(2014)や『Drunk』の夜明け前かのようなEP「The Beyond / Where the Giants Roam」(2015)にて感じることができる。なので、当時の個人的な所感を思い出すと、「もしかしてこのままダークで落ち着いた作風へ向かうのか?」というのが正直なところであった。

 『It Is What It Is』はそう考えると、いままでのサンダーキャットの総仕上げのようになっているように思う。前半はとても前向きで楽しく、バカバカしいような歌詞の内容もあるが、後半はダークでシリアス。暗い部分はフライング・ロータスの近年の死生観からも大いに影響を受けていると思う。しかし、いままでと決定的に違うのはアルバムのラストを飾る表題曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”だ。僕がこの曲を聴いたときに泣きたくなったのは、「どれだけ自分ががんばっても何かや誰かを失う。それは避けられないし、そういうものだよ」というある種達観したようなメッセージにある。一見してみればこのメッセージは諦めにしか聞こえないが、これはとても前向きなものではないだろうか。たとえ時間が解決しないことだろうと、それ自体を「間違ったこと」としてとらえるのではなく「そういうものだよ」と肯定的にとらえている。そうでなければ、その「間違っている」という、正常な状態への途中段階にある自己を作品として明確に表現することは難しいように思う。自分を含めてたいていの人は、「何も起こっていなく、安全な状態」を正しいものとし、それ以外は間違っている、というバイアスが無意識のうちにかかりがちではないだろうか。誰だって、ネガティヴなことはふつう避けたい。しかし、その痛みさえも生きていることの一部であり、そこに目を向けるということの重要性をサンダーキャットは伝えているように感じてならない。もちろん、間違っている常識や習慣は存在するし、そういうのは正していかなくてはならないが、心持としてはこの考え方で生きていきたいものだ、と強く思わされる。そう思うと、前半の“Overseas feat. Zack Fox”や“Dragonball Durag”のような妙にピンプでイケイケな感じも、アルバム全体として考えたとき何か含みのあるような曲に思えてくる。本人にはきっとそんなつもりは一切ないのだろうけども。

 いままでならポジティブなヴァイヴスで世界をよくしていこう! とシンプルに思うことも可能だったが、実際はもっと複雑で現実的な問題が各地で噴出しはじめた。もちろんのことながら、彼がこのアルバムを制作していた頃はいまみたいな世界の状況ではなかった。しかし、彼がこのアルバムを通じて語り掛けてくれる、「楽しいことも、悲しいこともあるけどすべて「It Is What It Is」(そういうものだよ)」という優しい言葉にはいまの世界ではなにか救われるものがある。

R.I.P. Larry Sherman - ele-king

 シカゴ・ハウスの伝説的レーベル〈Trax〉の創始者、ラリー・シャーマンが4月10日心不全のために亡くなった。70歳だった。シカゴ・ハウス──すなわち今日我々がハウス・ミュージックと呼んでいる音楽を世界で最初にリリースし、ハウスのための専用レーベルを世界で最初に創設したという,とてつもない功績を残しながらシャーマンほど悪評に包まれた人物もまずいない。しかしそれでも初期シカゴ・ハウスの重鎮マーシャル・ジェファーソンから哀悼のツイートがされたように、彼がシカゴ・ハウスの歴史の一部であることは動かしようがないのである。
 ジェシー・サンダースによる『ハウス・ミュージック』に描かれているように、シカゴにプレス工場を持っていたシャーマンのところにサンダースとヴィンス・ローレンスがプレスの依頼をしたことがハウス・レーベル〈Trax〉の序章だった。そして86年から88年までのあいだ〈Trax〉からは初期シカゴ・ハウスの輝かしい歴史的傑作たち──ミスター・フィンガーズの“Can You Feel it”、フランキー・ナックルズの“You Love”、マーシャル・ジェファーソンの“Move Your Body”、フューチャーの“Acid Trax”などなどがリリースされている。ところがシャーマンは、プロデューサーへのロイヤリティの未払い、あるいはプレスの原材料に中古レコードを使った質の悪いレコード盤など、レーベル・オーナーとしては問題だらけだった。ライヴァルからの盗作だって余裕でやっている。もともとはジュークボックスのコレクターだったというシャーマンだが、シカゴの若い黒人たちのベッドルームで作られた音楽がやがて世界で革命を起こすなんてことまでは想像できなかったにしても、少なくともこれが人を魅了する音楽であることは理解していたのだろう。彼がいなかったら、ぼくたちが“Can You Feel it”を聴けなかった可能性だってある。ジェファーソンはツイッターで「愛を送る」と書いている。

インディ・シーン団結しようぜ! - ele-king

 いま音楽にできることは何だろう? ことインディと呼ばれるシーンにできることは……どんなに小さくとも、そこに人が複数いればシーンだ。小さいシーンほど政府がアテにできないのはもうわかっている。だからといって白旗を揚げるのは冗談じゃない。自分たちのコミュニティが破壊されようとしているんだから。おたがい支え合うことがまず重要だ。
 これまで多くの刺戟的なアクトを輩出してきたイアン・F・マーティン主宰のレーベル〈Call And Response Records〉が、新型コロナウイルスの影響で危機に瀕している地元のシーンを支援すべく、日々サウンドクラウドなどに動画や音源をアップ、高円寺の音楽スポットを支援するための寄付金を募っている。
 日本のインディ・シーンはこのように無数の小規模なスペースや有志たちの手によって成り立っているもので、そのような全国のスポットにびっくりするくらい足を運んでいる猛者がイアンであり、この国のインディの状況をもっともよく理解している者のひとりである。彼による声明はわたしたちにとって大きなヒントを含んでいるので、以下に掲げておくが、これは現時点でのひとつの解ともいえるアクションではないだろうか。
 そもそも音楽がどういうところから生まれてくるものなのか──すでに被害が甚大な欧米の『ガーディアン』などメディアでは、来年秋頃まですっきりしない感じが長引くのではないかとも言われている現在、それを思い出しておくのはたいせつなことだろう。政府に補償を要求するのもたいせつなことだけれど、DIY精神やコミュニティへの眼差しを忘れずに行動していくことも、とっても重要なことである。(それは高円寺だろうが静岡だろうが京都だろうが)
 インディ・シーン、団結しようぜ!

キャンペーン・ページ:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/
キャンペーン・ステイトメント:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/campaign-statement/

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!
(ENGLISH TEXT BELOW)
イアン・マーティン(Call And Response Records)

突如世界的なパンデミックが巻き起こり、世界中の多くの人々は現状を受け止めることが困難な状況にあります。いま私にできることは、微力ながらも自分のコミュニティのために何ができるかを考えることです。

Call And Response Records は、東京のライブミュージックシーン、その中の高円寺周辺から生まれました。高円寺は私たちのホームです。日本でコロナウイルス危機の対応が遅れさらに悪化するにつれて、ミュージックバーやライブ会場はますます困難な立場に置かれています。

私は幸運にも家に居ることができ、自分の部屋から執筆作業をすることができます。しかし、東京の独立した小さな音楽スポットのオーナーにとって、補償がないのでこれは簡単なことではありません。彼らは自分たちの生計を立てるために残され、皆にとっては恐ろしくて不安定な状況です。現状は誰もサポートをしないので、彼らの力になりたいです。店を開ければ批判と個人への誹謗中傷に直面し、店を閉めれば生計を立てられなくなり倒産へ追いやられてしまいます。

この危機を乗り越える為に正式な支援を求める運動をして居る方々がいらっしゃるので、今後少なくとも政府はこの問題を認識することを願います。取り急ぎ、できる限り早く、少なくとも Call And Response Records を支援してくれたいくつかの小さな会場・お店を助けたいと思います。

今、世界は混乱しており、おそらくあなた自身も問題を抱えているでしょう。Call And Response は、それを理解しています。しかし、これまで音楽に関わる活動を楽しんできた皆さんのために、私たちのコミュニティが集い、成長させる場所を与えてくれた、私たちの周りの音楽会場や音楽スポットについて考えてみてください。

また、ライブビデオと無料DL音源をこのページに集めて、人々が自由楽しめるようにする予定です。

そしてもし可能なら、少しのお金を支払うことで彼らを助けてください。

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!

募金の寄付先については以下の3つのライブ会場、バーです。レーベルと私たちのコミュニティにとって、ここ最近で重要な場所となっている3つの小さなインディースポットにフォーカスしました。今後状況を見て、このページも随時アップデートしていきます。

Help us support our local independent music spots

By Ian Martin (Call And Response)

Seeing the massive devastation the global pandemic is causing to so many people’s lives around the world is overwhelming and difficult to process. The only way I can get through each day is by thinking small and thinking about what I can do for my own community.

Call And Response Records was born out of the live music scene in Tokyo, and the neighbourhood of Koenji in particular. It’s our home. But as Japan’s experience of the Coronavirus crisis drags on and gets worse, music bars and live venues are increasingly in a difficult position.

I am lucky enough that I can stay at home and do writing work from my room. But without support, that isn’t so easy yet for the owners of small, independent music spots in Tokyo. They have been left to fend for themselves, trying to stop their livelihoods falling apart in a situation that’s scary and uncertain for everyone. They face criticism and personal danger if they open, bankruptcy and the end of their livelihoods if they close.

There are people campaigning for formal support to help the music scene get through the crisis, so at least the government is being made aware of the problem. In the meantime, though, I want to at least help some of the places that have helped Call And Response Records if I can.

The world is in a mess right now, and you probably have your own problems. We at Call And Response understand that. But for those of you who enjoy what we do, just take a moment to think about the venues and music spots around us that have given us a place to gather and grow our community. We plan to upload live videos and free downloads, gathering them all on this page for people to take and enjoy freely. And if you can, please drop a bit of money to help.

With any donations we receive on this page, we’re focusing for now on three small, independent spots that have become important places to the label and the community around us in recent years. We will keep an eye on the situation as it changes and make any of our own changes if they seem appropriate (updates posted here).

Courtney Barnett - ele-king

 ぼくにだってロック少年だった時期がある、というのは去年のインタヴューでも書いたことだけれど、そのころ抱いていた世の中の見方、世界も社会も人間もすべてクソであり、例外はない──という明確に中二病的な、しかし歳を重ねたいまとなってはつい忘れがちになってしまう、きわめて重要な初心、それを思い出させてくれる点において、コートニー・バーネットはぼくにとってたいせつな音楽家である。
 そんな彼女がかの「MTVアンプラグド」に出演──と聞いて最初に思い浮かべたのは、だから、やはり、まあたぶん大多数のひとがそうだとは思うけど、10代のころ熱中していたニルヴァーナだった(むろんリアルタイムではなく後追いです)。ふだん重苦しいサウンドを奏でていたトリオがアコギの響きを活用し、まるでまったくべつのバンドであるかのような擬態を披露するという、そのメタモルフォーゼに当時は素直に感心した覚えがある(しかしこの90年代に販促の一手法として確立したアンプラグドなるスタイルって、ポスト・プロダクションにこそ活路を見出した同時代のポストロックとは真逆の発想だよね)。

 とそのような感慨にふけりつつ本盤を聴きはじめることになったわけだが、もともとアコースティックな側面の強かった “Depreston” は、チェロの際立つヴァージョンへと生まれ変わっている。続く “Sunday Roast” も同様で、弦が栄えるのはやっぱりアンプラグドの醍醐味だろう。叙情的なピアノが支配権を握る “Avant Gardener” でも、原曲における過激なギター・ノイズのパートをチェロが代用していて、かの弦楽器がノイズ発生装置としても活躍できることをあらためて思い出させてくれる。あるいは “Nameless, Faceless” のピアノなんかも、同曲のこれまでにない性格を引き出していておもしろい。
 まあここまではお約束というか、まずはそんなふうに既存の楽曲の変化をチェックするのがアンプラグドの楽しみ方だけれど、カート・コベインの歌うボウイやレッドベリーがそうだったように、カヴァー曲もまたアンプラグドの醍醐味のひとつだ。今回ボウイにあたるのが最後のレナード・コーエンのカヴァー “So Long, Marianne” だとすると、レッドベリーにあたるのは “Charcoal Lane” だろう。オーストラリアの大物シンガーソングライターであるポール・ケリーを招いて歌われるこの曲は、かの地の先住民の血を引く歌手アーチー・ローチによって書かれたものだ。

 この「一緒に並んで歩く」「一緒に話したり/一緒に笑ったり」というリリックは、オーストラリアなる国家の成り立ち=先住民の殺戮を踏まえて聴くと、マーティン・ルーサー・キング的なユナイトの欲望、すなわちかつての被害者と加害者の子孫たちがおなじテーブルにつくという素敵なドリームを想起させる。と同時に、このパンデミック下の状況ではまた新たな意味を伴って響いてくるから二重にせつない。
 思えばコートニーは今回のアンプラグドをなじみのバンド・メンバーたちと一緒に演奏している(完全に単独でやっているのは新曲の “Untitled” くらい)。チェリストだっているし、ゲストもポール・ケリーのほかにふたりいる。先日の木津くんのU.S.ガールズじゃないけれど、ここにはひとが集まって近距離でなにかをやることの素朴なよろこびがある。
 一緒に歩いたり、一緒に話したり、一緒に笑ったり。そんな「平常」が戻ってくるにはまだまだ時間がかかりそうだけど、二ヶ月前まではあたりまえすぎてつい忘れがちになってしまっていた、でもきわめて重要な初心、それを思い出させてくれる点において、このアルバムもまたきっとぼくにとってたいせつな1枚となることだろう。

KURANAKA & 秋本 “HEAVY” 武士 × O.N.O - ele-king

 今年でなんと25周年(!)を迎える KURANAKA a.k.a 1945 主催のパーティ《Zettai-Mu》が、4月25日(土)にストリーミングにてライヴ配信を敢行する。題して「Zettai-At-Ho-Mu」。もともと24日に開催される予定だった NOON でのパーティに代わって開催されるもので、秋本 “HEAVY” 武士 と O.N.O によるスペシャル・セッションもあり。これはすばらしい一夜になること間違いなしでしょう。なお視聴は無料の予定とのことだが、投げ銭のような仕組みも試験的に導入されるそうなので、アーティストや運営・製作に携わる人たちをサポートしよう。

[4月23日追記]
 上記の「Zettai-At-Ho-Mu」ですが、開催が5月23日(土)に延期となりました。詳しくはこちらをご確認ください。

U.S. Girls - ele-king

「女子」はあらかじめ複数形だった、そういうことだ。
 U.S.ガールズの7枚めとなるアルバム『Heavy Light』は多人数のセッションによるライヴ・レコーディングで制作された作品で、世のなかがこんなことになってしまったいま、パンデミック以前の音楽の喜びを収めたレコードだと言えるかもしれない。ひとが集まって、楽器を演奏して音を重ねることで、ひとりでは生み出せないグルーヴやフィーリングが立ち上がる。ポートランドのアンダーグラウンドでひとりノイズやドローンと戯れていたメーガン・レミーはカナダのトロントに移り、もともと持っていたポップへの志向をオープンにすることで、よりビッグな編成を要請することになった。彼女の音楽の何よりの魅力──溌剌とした突拍子のなさとでも言うのか、散らかっているのに快活なエネルギーはここで、ひょうきんなアンサンブルとして発揮される。

 ゆったりしたテンポに合わせて叩かれるコンガとストリングスのイントロに導かれるオープニング・ナンバー “4 American Dollars” を聴いて、『ヤング・アメリカン』期のデヴィッド・ボウイを連想するひとは多いだろう。ゴージャスだがどこかフェイク感のあるソウル・チューンという点でもそうだが、アメリカの外からアメリカの「ソウル」を探っている感じがこのアルバムにはある。前々作前作に引き続き、ディスコ、ソウル、60sガールズ・ポップなどなど奔放に渡っていく非常にキャッチーなポップ・ソング集だが、どこかアメリカン・ポップスのノスタルジックな輝きを異化するようなのである。“4 American Dollars” ではソウルフルな女性コーラスと戯れながら「4ドルできみはたくさんのことができるんだよ」と繰り返されるが……それはアメリカ型資本主義に対する皮肉であり、同時にそこから精神的に逃れて生きることの可能性を示唆している。
 U.S.ガールズに一貫するアメリカに向けた複雑な愛憎(音楽的な意味でも精神的な意味でも)は、レミーがブルース・スプリングスティーンに強い強い影響を受けたということが関係しているのかもしれない(初期からカヴァーをやっていた)。U.S.ガールズという名前は「半分は冗談みたいなものだった」と彼女はかつて語っているが、しかしそれは、アメリカという国で女性として経験してきたことが関係したものだとも説明してもいた。ということは、スプリングスティーン──タンクトップを着たアメリカ労働者の息子たるセクシーなタフガイ──による疎外された者たちのメロドラマは必ずしも男性的な世界でのみ支持されてきたわけでなく、マイノリティであることを自覚して生きてきた女性にもリアルに響いたということだ。実際、U.S.ガールズにはフェミニズムのモチーフが多く入っており、それがいまやスプリングスティーン的に「ロックン・ソウル」なビッグ・コンボで表現される。本作においてスプリングスティーン度数が一気に上がるのは初期のセルフ・カヴァー “Overtime” で、これはグルーヴィーなギター・リフを持ったファンク調のナンバーだが、Eストリート・バンド(!)に参加しているジェイク・クレモンス──クラレンス・クレモンスの甥──が情熱的なサックスを吹けば、僕などはつい、あの男が追求してきた民衆のパワーについて想いを馳せてしまう。セッションを体感しに集まった大勢のオーディエンスが、音楽とともに解放されるということを。

 いずれにせよ『Heavy Light』はアメリカン・ポップス文化をノイズやドローンを経験した上で再訪してみせたアルバムで──それは言い換えれば、21世紀の視点から20世紀のアメリカを回顧するということでもある──、それは、卓越したミュージシャンシップを持ったバンドによってとても肉体的な音を有している。レミーが発するメッセージはここではジェンダー的な縛りから少し解放され始めており、たとえば “The Quiver to the Bomb” は環境破壊をモチーフにしながら、人間の暴力性を訴えているのだという。そしてこの曲では、大仰なコーラスと妙にスペーシーなシンセによって、冗談なのか本気なのかよくわからない壮大なサウンドスケープが描き出される。すごく変で、すごく痛快だ。
『Heavy Light』には、これまでのU.S.ガールズがそうだったように彼女個人(「ガール」)のトラウマがモチーフとして入っているが、それはひとりだけのものではないし、何だったら楽しくておかしなポップ・ミュージックとして分かち合われる。ここでは、みんなが「ガールズ」の愉快な仲間。ユーモアはいつでも彼女の、わたしたちの武器である……こんなときだって、きっと。

朱文博「一半」 - ele-king

パンデミック下の即興/ノイズ/実験音楽の場


水道橋 Ftarri 入口
(2019年8月4日撮影。手前のマイクはこの日の出演者・大城真の機材)

 社会全体が危機的状況に陥っている。多くの人々が明日の、いや今日の生存と生活を脅かされている。こうした状況下で文化は、音楽はどんな役に立つと言うのだろうか。むろん音楽で生計を立てている人々にとって文化の停滞は生活の地盤が揺らぐことへと直結する。だがそうではなく、文化そのものの、音楽そのものの意義をどのように主張すればよいのだろうか。たしかに音楽はわたしたちの日常にささやかな喜びを、ときには生きることの価値観が激変してしまうような衝撃をもたらしてきた。しかしそれは生活の豊かさではあっても必需品としてあるわけではない。むしろ文化が、音楽がどれほど生活に必要であるのかを主張しなければならない状況ほど悲惨なものはない。音楽はどんなに生活を根底から支えていたとしても、生活の役に立つために存在しているわけではないのだ。そしてそうした「役立たず」であればこそ、わたしたちに楽しみを与えてきたはずだ。多くの人々にとっていま必要なのは、音楽ではなくパンデミック下を生き抜くうえで直接的に有用な諸々の道具であり制度である。だからいま音楽を語ることはどんなに流暢な言葉をもってしても近視眼的な振る舞いにならざるを得ない。だがそれを承知のうえでなお、音楽について何がしかを書かざるを得ないのだとしたら、それはおそらくわたしにとって何一つ生活の役に立つはずのない音楽が、しかしながらその有用性の彼方で生活と密接に関わり続けてきたからに他ならない。

 新型コロナウイルスの影響により各地でイベント中止が相次ぐなか、東京・水道橋のCDショップ兼イベント・スペース「Ftarri」でも、4月に開催される予定のすべての公演が中止または延期となった。スペースを運営する側にとってイベント中止は収入源が断たれることを意味するものの、感染拡大を防止するためにそのようにせざるを得ないという八方塞がりの状況は、ライヴを中心的な現場の一つとしてきた音楽文化全体が直面しているこれまでにない危機だと言ってもいい。こうした事態は、自粛期間中の補償を政府に求める「#SaveOurSpace」が3月31日に開いた会見で繰り返し強調していたように、単に音楽の現場だけではなく、美術館や映画館、飲食店など、パブリックなスペースを運営するあらゆる業界に共通する問題でもある。むろん商業主義とは一線を画したインディペンデントな活動において、ふだんのライヴ活動は利潤追求だけが目的とされているわけではないのかもしれない。しかし同時に、決して慈善事業として無償でパフォーマンスを提供しているわけでもない。小規模ながらもミュージシャンとスペース、そして来場するリスナーとの関係性が、絶妙なバランスのもとに成立することによってこれまで継続してきたのだ。さらに言えばそうした活動は、ある特定の場所でしか生まれないような唯一無二の音楽と文化を生み出してきた。スペースが立ち行かなくなることは、単にひとつの場所が消え去るという話ではなく、こうしたオルタナティヴでマイナーな音楽文化それ自体の存続に関わってくる。

 そうしたなか、4月4日に水道橋 Ftarri で開催が予定されていたイベントの中止を受けて、4名の出演者たちがビデオ会議アプリケーション「Zoom」を用いた配信セッションを敢行した。配信の内容はもともと予定されていたものと同じく朱文博(Zhu Wenbo)による作曲作品「一半」のリアライゼーションである。これまでも複数回来日してライヴをおこなったことがある朱文博は、中国実験音楽界の第一人者である顔峻(Yan Jun)の下の世代にあたる北京在住の作曲家/演奏家であり、「Zoomin’ Night」という名のイベントおよびカセット・レーベルを企画/運営している、近年もっとも精力的に活躍している気鋭の音楽家の一人だ。同楽曲は昨年11月に開催されたフタリ・フェスティバルの際に出演者として来日した朱文博が、日本で出会った新旧の友人知人との交流をきっかけとして翌12月に作曲したものだという。本来であればこの日、徳永将豪(アルト・サックス)、池田陽子(ヴィオラ)、竹下勇馬(エレクトロベース)、浦裕幸(その他)のカルテットで Ftarri で演奏されるはずだったが、ウェブ上へと場所を移し、出演者でもある浦裕幸によるパンデミック下のリモート・コンサートのプロジェクト「People, Places and Things」を通して同一メンバーでのライヴ配信が披露されることとなった。なお同公演は、外出が厳しくなって以降中国で朱文博らが取り組んできたライヴ・ストリーミング・シリーズ「Practice」の一環としても配信された(「Practice」の活動についてはライターの山本佳奈子による記事「対コロナ期における中国での実験的な音楽─空白を乗り越えるために」(https://offshore-mcc.net/column/843/)に詳細が記されている)。


4月4日の配信セッションの様子(https://youtu.be/-8bpDXSE9Dw
(左上:浦裕幸、右上:竹下勇馬、左下:池田陽子、右下:徳永将豪)

 楽曲は全体が90分からなり、演奏と休止を特定のルールに従って交互におこなうといった簡単な指定を除けば、演奏内容や発音時間など多くの要素が演奏者に委ねられている。即興的にその場で決定できる側面が多分に含まれた楽曲となっており、演奏人数の指定はないものの、ソロよりも多人数でのセッションをおこなった方がよいと朱文博自身は記している。複数人で同時に演奏するということであれば、共演者の演奏を受けて自身の行為を変えることもあるだろう。すなわち一種の集団即興であり、リモート・セッションにおいてどのようなアンサンブルが実現するのかが要点となるのだが、今回配信されたライヴ映像で真っ先に耳に飛び込んできたのは他でもなく音色の特異さだった。ふだんのライヴとは異なるデッドなサウンドと、共演者同士の演奏が直接的に共振することのない奇妙な感触。また、ノイジーな演奏音や微かに聴こえる弱音と、配信にともなう接触不良音のような響きが混濁し、ライヴの現場では聴くことのできないようなストレンジな音色が現出していたのである。だがそれだけに、4人の奏者それぞれが本来持つ音響の特性よりも、演奏行為によって音と沈黙とに分割されていく時間間隔の方が際立っていた。そしてこの時間間隔という点から言うのであれば、想像以上に違和感のないセッションとなっていたところも印象に残った。作曲作品の演奏であることに加えて、たとえ即興でおこなわれたとしてもそれぞれがソロとして成立し得るような演奏であることが、こうした配信の場においてもアンサンブルとして聴かせることに貢献したのだろう。

 一方でたとえば配信時に混入するノイズをどの程度抑えるのか、または音量バランスをどのように整えるのかなど、小規模な配信セッションをこれから洗練させていくうえで向き合うことになる課題も見えてきたように思う。ラップトップやスマートフォンなどを介したセッションをおこなうにあたって、こうしたインターフェイスをできる限り透明なものにして、生演奏の現場に近いような状況を作るのか。それともインターネットを介した配信セッションならではの特性を引き出すのか。今後の展開が気になるところだ。また、言うまでもなくこうした配信セッション自体は今にはじまった試みではないものの、ウェブ上があくまでも日常的な音楽空間の一つとなることによって、演奏者の身体の用い方や配信空間に対する意識がこれからの音楽そのものにフィードバックしていくこともあるのかもしれない。いずれにしてもパンデミック以降、わたしたちはすでに後戻りのできない局面に差しかかっていることは間違いない。そうしたなか、即興/ノイズ/実験音楽の根を絶やすことなく、現場をウェブ上へと移して活動を継続していくためにも、こうした配信空間を開拓していくことには大きな意義がある。そしてパフォーマンスを継続していくことと同時に、いずれは水道橋 Ftarri というフィジカルなスペースでふたたびライヴをおこなうことができる日が来ることを願ってやまない。そのためにも自粛要請とセットで迅速かつ柔軟な補償がおこなわれなければならないことは論を俟たない。繰り返しになるものの、このことは音楽のみならず、公的空間に携わるあらゆる人々が、さらには生活の危機に立つすべての人々が直面している問題でもあるのだ。

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