「Not Waving」と一致するもの

Eiko Ishibashi - ele-king

 映画とはやはり映画館で観るものだ、ということは身体全体で体験的に音楽を聴いているクラブ・ミュージックのファンにはとくに通じる話だろう。まあ、そう思っていてもじっさいは配信で観てしまうものだが、映画館という装置の、時間感覚の狂わせ方にはものすごいものがある。見終わって外に出たときのあの気持ち……。

 ぼくは冒頭でやられてしまった。雪が残る森のなかを天を見つめながら歩いていく。この詩的な、絵画のように美しくもどこか陰鬱なシーンが象徴的にずいぶんと長く続く。石橋英子の音楽が流れている。言いようのない複層的な気配に胸が高鳴った。それからおよそ1時間半後に物語は終わり、画面のエンドロールを眺めながら、いや、もうただ目を開けているだけで眺めてもいなかったのだが、とにかく衝撃のあまり、しばらくのあいだ映画館の椅子から起き上がることができなかった。何というか、多様な矛盾をすべて調和させるがごとく、『悪は存在しない』はじつに静的で(ありふれた日常で)あるがゆえに圧倒し、それはたしかに、ある意味では濱口竜介と石橋英子のコラボレーションと言えるような映画だった。

 飾り気のない天候、木々、風、空、雲、雪、川のせせらぎ、子供たち、山の生活。こうして言葉を並べると、まるで心穏やかな絵画のようなだが、そこに貫通する鋭い何かから血が流れている。そんな一筋縄ではいかない局面を直視して表現することが切実なものになるのは当然なのだろう。映画を観てからそれなりに時間が経っているというのに、アルバムの最初と最後のテーマ曲を聴いていると、いまでも思い耽ってしまう。

 “Hana V.2”も気に入っている。ジム・オルークのエレクトロニクスが、ぼくにはクラウトロックめいた澄み切った荒涼を呼び寄せる。短い曲だが“Fether”における物静かなピアノも、“Smoke”における山本達久の軽快なドラムも、“Deer Blood”の突き刺すようなストリングス(バイオリン、チェロ)でさえも、眠たくなるアート系映画と違って、ものごとの見方を揺るがし、夢から目覚めさせようとしているこの映画におおらかな光と影をもたらしているように思える。

 映画を、ほとんどなんの予備知識(あらすじや批評など)も無しに、ほとんどまっさらな状態で観たことが良かったと思っている。その映画の深遠さは、映像と音楽とともにあった。映画を観たからそこのサウントドラックも聴いてみたいと思った。そして『ドライブ・マイ・カー』以上に、今回は映画と切り離して聴くことが難しい。だから自分のなかの感傷的なところが、“Missing V.2”をついつい飛ばしてしまうのだった。とはいえ、音楽作品として聴いた場合、ここには多くの魅力があるのもたしかだ。じっさいぼくの友人には、映画は観ていないがこのアルバムを繰り返し聴いているひとがいる。

 また、ぼくはこの映画を解明したいと思わなかったと言えば嘘になるが(編集部コバヤシに、読むのに多大な忍耐を要するニーチェの『善悪の彼岸』まで借りたくらいで、いわく「人間が自然に従って生きようなんて、欺瞞!」)、いまはもう思っていない。ニーチェも途中で挫折したし、自分のなかで納得がいく言葉が出てくるまで、もう少し時間がかかりそうだ。

Yoshitaka Mori - ele-king

 ストリート、といってもこれは「ストリート系」と呼ばれる商品解説ではない。むしろそうしたお決まりの箱から脱出してきた文化のお話。日本の音楽文化を政治の文脈で再解釈し、2000年代から展開されるサウンドデモ〜素人の乱〜SEALDs〜プロテスト・レイヴの流れを追い、ダメ連やIRA、RLLのようなじつに緩やかなアンダーグラウンドな運動体を説く、毛利嘉孝の『ストリートの思想』が、20年代の状況もあらたに加筆した増補版として刊行された。1980年代のポストモダニズム的文化相対主義の泥沼から、旧来の左翼や体育会系のマッチョな活動に収まらない新しい抵抗の文化がいかにして生まれ、育っていったのかがわかりやすく(ドゥルーズからハキム・ペイ、ネグリ、あるいはギルロイといった現代思想を援用しながら)解説されている。日本のサブカルチャー史の政治的文脈に関心を持つひとにもぜひ読んで欲しい。サウンドデモのところは当事者としてちょっと納得いきませんが、まあ、ここはヨシとしましょう(笑)。かつて日本ではデモに行っても音楽の欠片もなかった。ミュージシャンもいなかったし、誰とも会わなかった。だからデモのなかに音楽を取り入れたかった。ただそれだけのことだった。いちばん最初のサウンドデモで何がプレイされたのか、だいぶ忘れてしまったが、とにかくPファンクをかけたときに、なんと、どこからかOTOさんが「Pファンクだ!」と笑顔で走ってきのだった。どうだ、毛利先生、知らなかっただろう。なーんてね。
 そう、毛利先生も書いているように、ストリートの思想には抵抗を創造することの楽しみがあり、その生気こそ重要なのだ。毛利嘉孝の『ストリートの思想』はちくま文庫として発売中。表紙はプロテスト・レイヴです。

Oliver Coates - ele-king

 ニューヨークの〈RVNG Intl.〉は良い作品を出し続けていますね。今年はとくにすごい。タシ・ワダの『What Is Not Strange?』、Black Decelerant、Dialectの新作も素晴らしいし、オリヴァー・コーツ(チェロ奏者/コンポーザー/プロデューサー)の新作も出ると。
 オリヴァー・コーツは、エレキングでは2020年の年間ベスト・ワンに選びました。Mica Leviとの共作、ミラ・カリックスやローレル・ヘイロー、アクトレスの作品参加など、地味ながら良いところに顔を出しつつも、自分の作品ではじつに情感豊かな作風を披露している。期待しましょう。発売は10月18日。

Oliver Coates
Throb, shiver, arrow of time

PLANCHA / RVNG Intl.

OLIVER COATES:
現在はロンドンからスコットランドに居を移し活動しているチェリストで、これまでクラシック、オルタナティヴ、エクスペリメンタル、エレクトロニック・ミュージックなど様々なアーティストの作品に関わりながら、革新的なソロ作品を制作するプロデューサーでもある。王立音楽アカデミーでクラシックを学び、大学史上最高の成績を収め、オーロラ・オーケストラ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、ロンドン・シンフォニエッタなどのオーケストラと共演を果たす。また、その一方で彼はAutechre等に触発されたエレクトロニック・ミュージックを制作している。Mira CalixとWarpの企画『The Elephant in the Room: 3 Commissions』でコラボを果たし、『Warp20 (Recreated)』のコンピでもMiraと共にBoards of Canadaのカヴァーを披露した。その他にも電子音楽家の重鎮Laurie Spiegel、現代音楽家John Luther Adamsとのコラボ、ポスト・クラシカル・アーティストとして注目を集めていたNico Muhlyのアルバム『Seeing Is Believing』や、Jonny Greenwoodが手がけた『There Will Be Blood』と『The Master』のサントラにも参加している。

2012年にはコンポーザー、Leo Abrahamsとエレクトロ・アコースティック的コラボ作『Crystals Are Always Forming』をリリース。翌2013年にデビュー・ソロ・アルバム『Towards the Blessed Islands』を発表した。その才能はThom Yorkeの目にとまり、Radioheadのアルバム『A Moon Shaped Pool』に参加し、その後HerbertやDemdike Stareも絶賛するMica Leviとコラボ作も発表。2016年にセカンド・アルバム『Upstepping』をリリースした後、NYの最先鋭レーベルRVNG Intl.との契約に至り、『Shelley’s on Zenn-La』を発表各所で絶賛された。その後Thom Yorkeのサポート・アクトに抜擢されワールド・ツアーを回り、2020年再びRVNG Intl.から『skins n slime』をリリース。各所で高い評価を得て、ここ日本でもele-king誌の年間ベストの1位を獲得した。その後はサウンドトラックのスコアに勤しみ、『Aftersun』(シャーロット・ウェルズ、2022年)、『The Stranger』(トーマス・M・ライト、2022年)、『Occupied City』(スティーヴ・マックイーン、2023年)などを手がけ賞賛された。

Belong - ele-king

 脈打つように規則的に刻まれるシンプルなリズム/ビート。その規則性から逸脱するように刻まれるノイズ。マイケル・ジョーンズとターク・ディートリックによるUSはニューオリンズ出身のビロング、その13年ぶりの新作アルバム『Realistic IX』は、00年代に華開いたネオ・シューゲイザーの極限、いや極北とでもいうべきか。じつにソリッドなサウンドを全編に渡って展開しているのだ。かといって大袈裟な作風ではない。サウンドはソリッドにしてシンプル。そこがたまらないのだ。リリースは〈Kranky〉。マスタリングはステファン・マシューが手がけている。

 ビロングはこれまでアルバムを二作リリースしている。まず2006年に〈Carpark〉からリリースした『October Language』。同アルバムは2018年に元エメラルズのジョン・エリオットが主宰する〈Spectrum Spools〉からリイシューされた。セカンド・アルバムは、2011年に〈Kranky〉からリリースされた『Common Era』。
 この二作はシューゲイザーのサウンドをアンビエント/ドローン化したような仕上がりで、アンビエント/ドローン・マニアやシューゲイズ・マニアから高く評価された。ちなみにメンバーのターク・ディートリックはインダストリアル・ユニットのセカンド・ウーマンのメンバーでもあり、2016年に『Second Woman』、2019年に『S/W』を〈Spectrum Spools〉からリリースしている(この二作のアートワークをマイケル・ジョーンズが手掛けている)。

 新作『Realistic IX』では、前二作において全面的に展開されていたアンビエント/ドローン的な要素は控えめであり、対してソリッドなリズム/ビートが導入されている。そうすることによって何をあぶり出しているかといえば、シューゲイザーがロックであること、そしてパンク、ポスト・パンクの継承であることを全面化させているように思える。いわば、シューゲイズとポスト・パンクの「交錯点」がここにあるのだ。
 この新作でマイケル・ジョーンズとターク・ディートリックのふたりが実現したかったことは、(おそらくだが)シューゲイザーのもうひとつの側面である「ロック」を全面化することだったのではないか。00年代以降、エレクトロニカ/アンビエントの系譜として再評価されることが多かったシューゲイザーから「ロックとしてのシューゲイズ」を再獲得すること。簡単にいえば、ざっくりとしたギターのノイズとリズムによって生まれる中毒性の再獲得とでもいうべきか。
 とはいえ13年ぶりのアルバムで、しかも〈Kranky〉からのリリースである。聴き手も前二作と同様のシューゲイザー風味のアンビエントを期待するはず。そこでソリッドなポスト・パンク/オルタナティヴ風味の音を鳴らすというのはなかなか挑戦的な試みだ。たとえるなら「シューゲイザー・パンク」とでもいうべきか。私は彼らの果敢な挑戦を断固支持したい。
 とはいえ音を聴き込んでいくと、ミニマムなリズムのむこうにマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『Loveless』直系の甘美なノイズやコーラス(声)が鳴っていることにも気が付くはず。いわばアンビエント/アンビエンスのエレメントは消失したわけではなく、全面化していないだけであり、サウンドの色彩のように、アンビエンスは鳴り響いているのだ。いっけんラフなロック・サウンドでありながらも、じつに繊細な音響も構築されているのである。

 ビートとシューゲイズ・ノイズで始まる1曲目 “Realistic (I'm Still Waiting)” でアルバムのトーンが明確に提示される。ギター・ノイズと霧のような声と性急なリズムの交錯は、彼らがマイブラの後継者であることを示しもする。切り刻むような鋭いギターリフもリズムからわかるようにロック・サイドのマイブラの後継というわけだ。いわばアンビエント/ドローンではないビロングのはじまりというわけである。2曲目 “Difficult Boy” も同様の曲だ。
 3曲目 “Crucial Years” では彼らのアンビエント・サイドを聴かせる。破壊された音響のアンビエント化とでもいうべきサウンドである。4曲目 “Souvenir” ではリズムが復活し、軽快にビートを刻む。一方ノイズは控えめになり、全体に軽やかな印象のシューゲイザーを展開する。
 5曲目 “Image of Love” ではインダストリアル・ミーツ・シューゲイザーのようなサウンドを展開する。続く6曲目 “Bleach” はブラックゲイズ的な硬質かつ激しいノイズと簡素なリズムが折り重なり、これも新機軸といってもいいサウンドである。
 7曲目 “Jealousy” はシューゲイザーらしいギターの刻みと声のレイヤーが新時代のシューゲイザーとでもいうべき音を作り上げている。そしてアルバム最終曲にして8曲目 “AM / PM” ではアンビエント・ノイズを展開する。カチカチと小さな音で刻まれるハットのような音がリズムを奏でてはいるが、サウンド全体はアルバム中もっともアンビエント/ドローンを思わせるものである。それもかつてのような薄暗いアンビエンスではく、まるで光の中に吸い込まれていくような、どこか煌びやかなアンビエントなのだ。

 全8曲、計37分。比較的コンパクトなアルバムである。一気に聴き通せることができる尺でもある。アルバム一枚を通してリズムとノイズを一気に堪能できるように考えられた構成ではないかと思う。
 何より重要なのは「過去」を反復していない点だ。彼らはかつてシューゲイズなアンビエント/ドローンの名作を作り上げたわけだが、しかし本作では同じことを繰り返していない。シューゲイザーというフォームに敬意を表し探求しつつも、ネクストを目指し、新たな音楽と音響を探求しているのである。シューゲイザー・リスナー、アンビエント・リスナーの両方に加えて、(
シューゲイザー以外の)ロックのリスナーですらも納得させるにアルバムといえよう。

万人のための豊かさへ 新たな方向性を描く

『資本主義リアリズム』で広く知られる思想家/批評家、マーク・フィッシャーの人気を決定づけたブログ「K-PUNK」からのベスト・セレクション・シリーズ、ついに完結!

第三弾は、60年代のアメリカ~イタリアのカウンター・カルチャーを再訪し、私たちが「資本主義リアリズム」からもっとも解放された瞬間を分析する、未完の「アシッド・コミュニズム」ほか、「高級化する左翼」を厳しく批判し英国内で激しい論争を呼んだ「ヴァインパイア城からの脱出」をはじめ、「未来への可能性」をめぐる彼の舌鋒鋭いエッセイ/論考を収録。

互いのエネルギーを枯渇させるような吸血行為をやめ、「階級意識と社会主義・フェミニズム的な意識形成、それからサイケデリックな意識との収斂」のもとに再び集結せよ、そう呼びかけようとしたこのフィッシャーの最後の仕事は、まさしく今こそ読む価値のあるものに思われる。 ──訳者あとがきより

四六判/272頁

いちどは無効化された夢の力を取り戻すために──。マーク・フィッシャー『K-PUNK』全三巻刊行のお知らせ

目次

日本語版編者序文

第五部 
私たちは未来を創造しなければならない:インタヴュー

これからも、物ごとは変わることができる──ローワン・ウィルソンによる『レディ・ステディ・ブック』のためのインタヴュー(二〇一〇年)
資本主義リアリズム──リチャード・ケープスによるインタヴュー(二〇一一年)
今、目先にあるもの──『オキュパイド・タイムズ』(二〇一二年)によるインタヴュー
ポスト資本主義のヴィジョンが必要だ──アンチキャピタリスト・イニシアティヴによるインタヴュー(二〇一二年)
「未来を創造しなければならない」──マーク・フィッシャーとの未公開インタヴュー(二〇一二年)
憑在論、ノスタルジア、失われた未来──ヴァレリオ・マヌッチ、ヴァレリオ・マッティオリによる『ネロ』誌のためのインタヴュー (二〇一四年)

第六部
私たちは、あなたを楽しませるためにここにいるのではない:思索

一年後……
スピノザ、k-punk、ニューロパンク
なぜ不合意(ディセンサス)なのか?
新コメント・ポリシー
コメント・ポリシー(最新版)
慢性的な気力喪失
オイディプスをサイバースペースで生かす方法
われら教条主義者(ドグマティスト)
『ロンドンライト』にあふれた街
No Future 2012(ニック・キルロイによせて)
嘲笑は恐るるに足らず(ちょっとしたお返し)
灰色のアジトを突破せよ
実在抽象(リアル・アブストラクション)──現代世界への理論の応用
いや、仕事なんてしたことない……
新自由主義時代における英国の恐怖と貧困
ヴァンパイア城からの脱出
なんの役にも立たない

第七部
アシッド・コミュニズム

アシッド・コミュニズム(未完の序編)

カウンターフューチャーへの遡行──『K-PUNK』後書き

索引

[著者]
マーク・フィッシャー(Mark Fisher)
1968年生まれ。ハル大学で哲学の学士課程、ウォーリック大学で博士課程修了。ゴールドスミス大学で教鞭をとりながら自身のブログ「K-PUNK」で音楽論、文化論、社会批評を展開する一方、『ガーディアン』や『ワイアー』などに寄稿。2009年に『資本主義リアリズム』を、2014年に『わが人生の幽霊たち』を、2016年に『奇妙なものとぞっとするもの』を上梓。2017年1月、48歳のときに自殺。邦訳にはほかに講義録『ポスト資本主義の欲望』、ブログからの選集第一弾『K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』および第二弾『K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治』がある。

[訳者]
セバスチャン・ブロイ(Sebastian Breu)
1986年、南ドイツ・バイエルン生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学(表象文化論)を卒業後、ベルリン・フンボルト大学音楽・メディア学研究科で専任講師、同科のラボ「Signallabor」のキュレーターを務める。研究領域は科学思想史、メディア技術論。チェルフィッチュ(『現在地』『地面と床』)、サエボーグ(『House of L』『I WAS MADE FOR LOVING YOU』)など様々な上演作品のドラマトゥルクを担う。第一JLPP翻訳コンクール(ドイツ語部門)最優秀賞。共訳にマーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』。

河南瑠莉(かわなみ・るり)
1990年、東京生まれ。ベルリン在住。早稲田大学政治経済学学部を卒業後、ベルリン・フンボルト大学(ドイツ)の修士・博士課程で文化科学を学ぶ。現在はベルリン自由大学の美術史研究科で専任講師を務める。近代思想史、美術史を専門領域とし、なかでもイメージ論、視覚芸術とジェンダー論/身体論、加速主義やエスノフューチャリズムについて幅広く論じている。共訳にマーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』。

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Rema - ele-king

「あんにー、うちらの地元はクジラ獲ってすぐ食べるからなー」

 大学生のとき、和歌山から通っていた友だちがそう言っていて、妙に印象に残っている。確か「岬」だっただろうか、中上健次の小説を読んでいても鯨が出てきて、読んだときはちゃんとした知識がなくわかっていなかったのだが、どうやら紀伊半島の太地町周辺では捕鯨文化が根づいているらしい。それまで捕鯨については、親の話やTVなどで見聞きするだけで、もちろんそこに複雑な問題が絡んでいることは知っていたものの、身近な友だちが実家では鯨を獲ってすぐ食べているのに驚いた。人は、頭では複雑さを理解しているつもりでも、それを目の当たりにするとたじろいでしまう。

 和歌山出身のMIKADO『Re:Born Tape』を繰り返し聴いていると──今年の国内ヒップホップで最も重要な作品のひとつだ──、“Syachi” という曲で「本当の話ここらへんじゃみんな食べる鯨」というリリックが出てきて、和歌山の友だちのことを思い出した。野暮を承知で説明すると、「Syachi=シャチ」は鯨と同様に和歌山の地に名残が深く、多くの数で群れるが一頭ずつも知能が優れた、海の中においては敵がいない存在である。その強さと賢さの象徴であるシャチを、ラッパーとしての自分(と仲間たち)に重ね合わせているのがMIKADOというわけだ。ちなみにシャチは、音を言語のように使い分け高度なコミュニケーションを展開し、母親がリーダーシップをとりながら群れを形成する。銃撃によって父親を亡くしたことで母親しかおらず、ラッパーとして言語を巧みに操りながらラップ・ゲームを勝ち抜こうとしているMIKADOは、まさしくシャチのような存在なのだ。自身の置かれた状況を、地元を象徴する文化に重ね、「いつも隣仲間たち/だけど1人ずつのシャチ/群れてるけどださいのなし」と抜群の脚韻でラップするこの曲は、7やTOFUといった才能(=仲間たち)を次々と輩出する和歌山シーンの顔・MIKADOの鋭さを凝縮したような曲である。そして「Syachi」を聴いていると、捕鯨文化を享受する一方で、獲物とされる生き物の強さやたくましさに対する畏敬の念も同時に伝わってきて、ますます文化というものの複雑さを感じ考え込んでしまう。

 さて、前置きが長くなったが、本稿の主役はレマの『HEIS』だ。2023年に “Calm Down” がセレーナ・ゴメスとの共演によって全米アフロビーツ・ソングスチャート58週連続1位&ストリーミングで10億回再生を記録し、目下バーナ・ボーイ、ダヴィド、ウィズキッドのアフロビーツBIG3を〈BIG4〉へ書き換えようとしている、ナイジェリア出身のスターのセカンド・アルバムである。私とレマの出会いは “Dumebi” (2019、EP「Rema」収録)という曲で、何かでMVを観たのがきっかけだった。随所でカラフルな色使いが映えていて、音源のアートワークもアニメ調のトーンだったこともあり、なんとなくデビュー当初のリル・ヨッティみたいだと思った記憶がある。ゆえに、アフロビーツ云々というよりも、軽快なラップ・ソングとして聴いていた。その後も曲単位では聴いたり聴かなかったりを繰り返しながら、はっきりとレマのアーティスト性について認識したのは、昨年11月にロンドンのO2アリーナにておこなわれたショウ──の、ニュース記事であった。そこでは、レマのステージでの演出や振る舞いを観た観客が、悪魔崇拝主義者ではないか、あるいはイルミナティの一員ではないかなどと騒ぎ、一部で炎上しているという内容が記されていた。なるほど、そんなことになっているのかと思いライヴ映像を観てみると、確かにややサタニックなムードではある。冒頭から妖しく光る馬に乗り仮面をかぶってステージに登場した彼は、その後 “Addicted” を披露する際にはバンド・サウンドに乗りながら巨大なコウモリの上でパフォーマンスを見せていた。どこかアイアン・メイデンのステージ・セットみたいだと思い、個人的には嫌いな世界観ではないので、やはりトラヴィス・スコットやプレイボーイ・カーティのような耽美~ホラー感覚を取り入れるラッパーの存在に近い匂いをかぎ取り、現行のヒップホップに影響を受けているのだ、と解釈した。

 しかし、その後レマの口から、ライヴ演出について反論が語られることになる。馬もコウモリも、彼の出身であるナイジェリア・ベニンシティの文化にルーツがあったらしい。仮面は、16世紀のベニン王国の文化的象徴であるイディア女王にインスパイアされたもので、しかも女王の有名な彫刻を含むアフリカの芸術作品をイギリスが買い占め続けていることに対する異議申し立てでもあったようだ。ローカル性がメインストリームの文脈に持ち込まれることの怖さが露呈した出来事だった。それに、レマを聴いてライヴ映像まで観たにもかかわらず、単なるアメリカのヒップホップの文脈になぞらえて解釈するしかなかった自分の安易さを恥じた。

 という事件が起きてからのアルバムということもあり、『HEIS』は、レマの怒りと反骨精神が詰まったハイカロリーでこってりした作品になっている。オルタナティヴR&Bの優雅さと感傷すらも垣間見えた前作『Rave & Roses』と比較し、今作はとにかく燃えたぎっていて暑苦しい。トラップやダンスホール、エレクトロニック・ミュージックとアフロビーツ、さらにはアラブやインド音楽のようなメロディまでもが混在した音楽性を彼は「アフロレイヴ」と呼ぶが、そういった雑多なサウンドの融合を実現しているのは、ヴォーカルの力が大きいのではないか。不気味さと野性味を両立したバリトン・ヴォイスはさらに磨きがかかっており、背景に流れる様々な歴史的文脈を包括するような雄大さも備えている。しかも、そこでは英語はほとんど使われず、母国語が貫かれている。“Benin Boys” では同じくナイジェリアのスターであるシャリポピと共演し、ベニン文化を賞賛する。さらにサウンドを磨き上げている助っ人は、Producer XにLondonなど、これまでもレマ作品を担ってきたナイジェリア人、あるいはナイジェリア系イギリス人のプロデューサーたち。ルーツをかなり意識して作り上げたアルバムということがわかるだろう。

 ただ、軸足は故郷の文化に根ざしているものの、やはりレマの射程とする領域は途方もなく広範に渡っているのも確かだ。“VILLAIN” ではラナ・デル・レイの “A&W” をギミック的にサンプリングし甘美で退廃的なアメリカを引用しながら、目の前の金と女性の話に終始する。“OZEBA” ではがなり立て不安感を煽るプレイボーイ・カーティのような低音ヴォイスをぶん回しながら、性急なクドゥロのビートを乗りこなす。全編に渡って下部を支えるのはアフリカの地/血を感じさせるパーカッシヴなドラムであり、ヴォーカル表現や表層的な味付けにおいては頻繁にアメリカの断片が配される。ルーツを起点にしながらもジャンプする跳躍力こそが、本作におけるレマの独自性だろう。そして、そのジャンプの過程においては、つねにヒリヒリした殺気が発されている。

 もともと教会でゴスペルを歌い、ラップにも関心を持った彼は、14歳の頃には子どもたちにラップを教えるリーダーとして地域で人気を得たそうだ。その後ドレイクの影響を受け、自身の作る曲に歌を取り入れていったという。レマの『HEIS』は、そういった彼の音楽的背景が如実に表れていると同時に、ローカル・カルチャーとアメリカのポップ・ミュージックのミックス、それが世界規模での認知を獲得する中で生じる摩擦がありありと表現されている。これこそがリアルであり、いまのポップ・ミュージックが抱える複雑さそのものなのだ。

 そして私は『HEIS』を聴く度に、「あんにー、うちらの地元はクジラ獲ってすぐ食べるからなー」というあの方言を、「あんにー(=あのね)」というぶっきらぼうに放り出されたような一言を、思い出している。MIKADOを聴き、その耳でレマも聴く。どこかで、それらはゆるやかにつながっている。

誰かと日本映画の話をしてみたい──

これまで音楽映画やゾンビ映画、ホラー映画、アメコミ映画などのジャンルを扱い、好評を得てきた「ele-king cine series」が、満を持して「日本映画」を特集します!

■表紙・巻頭
『Cloud クラウド』
黒沢清ロングインタビュー「今、この社会で映画を撮ること」(真魚八重子)
論考「信じるに足る、とはどういうことか?」(佐々木敦)

■現代の日本映画 10人の監督
現代の日本映画にとって欠かせない監督10人を批評し本質に迫る。
【執筆)
吉田伊知郎/加藤よしき/森直人/児玉美月/岡本敦史/タダーヲ/朝倉加葉子/伏見瞬/三田格/水越真紀
【コラム】
「バブルが崩壊して始まった日本映画の話」(三田格)

■今、どのように映画を語るのか
愛の技法、動物化、反射のレッスン(荻野洋一)
クィア表象から読み解く日本映画(木津毅)
ゴジラ映画に描かれ続ける「時代の要請」(三田格)
このアニメ、この作家2024(岡本敦史)
二〇二〇年代のドキュメンタリー映画から紐解く社会問題(タダーヲ)

■草野なつかインタビュー「自分のやり方で映画を取り続けるために」(月永理絵)
英国映画協会(BFI)が発表した、「1925年から2019年までの優れた日本映画」の中で“2019年の一本”に選ばれた『王国(あるいはその家について)』をで国際的な評価を得るなど、世界から注目される映画監督のこれまでとこれからを訊く。
■巻末放談
中原昌也・三田格
「そんなことより、日本映画の話をしましょうよ」

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Senyawa - ele-king

 サウンドは物語を創造し、物語はサウンドを創造する。物語は本質的に音響的だ。進化の始まりにおいて、テクノロジーを持たない人類は、土の影響から直接、地球上でもっとも壮大ないくつもの物語を創造した。インターネット・ミームや陰謀論、拒食症やビタミンD不足を秘めたK-POPスターへの依存に縛られ、ほとんどの人間が太陽や月を見つめることを拒否しているいま、自然界と人間との間の溝は広がり、信念に基づく音楽でのストーリーテリングは脇役に追いやられている。
 インドネシアのデュオ、Senyawaが、2010年に最初の作品をリリースしてから、東京で何度か見かけたことがある。すでにインドネシアでは高い評価を得ていた彼らの音楽は、次なるものを求める日本人DJや音楽愛好家にも大いに受け入れられていたが、ヴォーカルのRully Shabaraと自家製楽器を操るWukir Suryadiという、あまりにもベーシックなデュオの背後にあるパワーをどう解釈すればいいのか完全に理解していたわけではなかった。私が最後にSenyawaのライヴを見たのは、代官山ユニットでのニューイヤーズ・カウントダウン・ライヴだった。ヴォーカリストと楽器奏者だけが中央に立つ広いステージは、ステージがそのエネルギーを処理しきれなくなるほど催眠術のようなパルスに完全に包まれていた。彼らの磁力だ。彼らの特異なライヴ・パフォーマンスは、静かな方に傾きがちな初期のレコーディングと対照的に、ヘヴィなのだ。しかし、それは大きく変わりはじめている。
 大きな話題となった『Alkisah 』(2021年)以来の最新作『Vajranala 』(2024年)は、彼らの集合的なサウンドが、運動性のあるフォーク・ソングから、より多人数のオーケストラへと拡大し、大きな進化を遂げている。
 ある物語がサウンドにインスピレーションを与えることもあれば、その逆もある。Senyawaの場合、どちらが先かはわからない。というのも、彼らがそれぞれのプロジェクトに取り入れる哲学的、神話的なテーマは、最終的に彼らが選ぶ音楽へのアプローチと密接に結びついているからだ。『Vajranala』では 、権力、権力の知識、知識の力という選ばれたテーマが、SlayerやSunn O))) と同じように、部屋を満たすようなよりドラスティックな音のアプローチを要求していることは間違いない。Senyawaの最近のリリースはどれも、ヘヴィ・メタルの新しいヴァージョンのように感じられ、ハードなクラッシュダウン・ビートのパワーとハーモニーと不協和音の海は、紛れもなく美しい。『Vajranala』という タイトルが、「vajra」を「thunderbolt」、「anala」を「flame」と訳しているのは間違いではない。このLPを聴いても、インドネシア語で歌われていることを(言葉の重要性にもかかわらず)口頭では理解できないファンが大半だろうが、間接的に理解できるほど、音楽にはアイデアが十分に込められている。そのようなスピリチュアルなチャージが、彼らから引き出されるのだ。

 これまでの録音とは異なり、『Vajranala』は 語られることなくともコンセプト・レコーディングのように感じられる。しかし、このアルバムにコンセプト・アルバムというレッテルを貼るのは恐れ多い。ときには人びとが、深い音楽の録音と同じことを目的とした書籍の価値を分けて考えていることに唖然とする。400ページの大著と同じように、私はこのようなアルバムにも敬意を払うような表現ができればいいと思う。

 『Vajranala』は 救世主的だ。彼らのライナーノートに記されているように、ここにはインドネシア、ジャワ島中部のブロジョルダン寺院(パウォン寺院)を取り巻く神話への熱烈な情熱と献身的な働きかけがある。神話を表現方法として取り入れることは、いまの時代ではユニークなことと言えるが、Senyawaはさらに進んで、インドネシアにヴァジュラナラ・モニュメント(『Vajranala』のジャケットをチェック)を建設した。火を放ち、高さ3.5メートル、幅2.8メートルもあると言われているが、信仰の信憑性を重視するそれを私には冗談だとは思えない。サン・ラーやラメルジーが自分たちの音楽を信じ、自分たちの作品が自分たちの生活のなかに重要な意味を与えていたということを思い出す。

 Senyawaは信念を貫いて生きている。彼らの音楽は真空のなかに存在するのではなく、彼らの環境、地域の歴史、個人的な歴史、そして強烈なイマジネーションから、彼ら自身とその周囲から紡ぎ出されたアイデアと物語から生まれる。すべてのサウンドとヴォーカルには、それらが由来し、引用された本の1ページがあるように感じる。この作品はから、レコード店とも図書館とも繋がりを見つけることができる。
 活気のある埃っぽいレコード店でこのレコードを発見し、壁沿いにあるレコードプレーヤーでほんの少し聴き、窓拭きで得た小遣いで即座に購入し、レコードをリュックに放り込み、夏の昼下がり、両親が仕事に行っているあいだに急いで家に帰り、家族のレコードプレーヤーにこのレコードをかける。10代の若き日の自分がSenyawaの生み出すダイナミクスの大きさに惚れ込んだとしたら、いったいどんな反応をしただろうか。それを思うと私は胸が痛む。これは過去にも、レコードやCDで何度も経験したことだが、こんにちの哀れな音楽クリエイターの経済では、私のこの文章それ自体が神話のようなもの。いまの時代、この神話のような存在を体験する子供はいないだろう。だとしたらとても残念なことだ。Senyawaは新しい世代にとって、このような象徴的な地位に値する。
 そのような磁力を、彼らは引き出しているのだ。


Some sounds create stories and some stories create sounds. Some stories are inherently sonorific. In the beginning of evolution, humans without technology created the greatest stories on earth based directly from earthen influence. Now as most humans refuse to stare into the sun or the moon bound by addiction to internet memes, conspiracy theories and kpop stars secretly anorexia and deficient in vitamin D, the chasm between the natural world and human beings widens and storytelling in music based on belief is relegated to a side note status.

I`ve seen the Indonesian duo Senyawa a few times in Tokyo ever since they released their first music in 2010. Already well regarded in Indonesia, their music was greatly embraced by local Japanese djs and music aficionados looking for the next thing and not knowing fully what to make of the power behind a duo so basic in their set up, Rully Shabara on vocals and Wukir Suryadi on homemade instruments . The last time I saw Senyawa live was at Daikanyama Unit for a New Years Countdown concert. The massive stage where only a vocalist and a instrumentalist stood center became so fully enveloped by hypnotic pulses to the point the stage couldn`t handle the energy they created. Such is the magnetic charge they elicit. In comparision, their singular distinctive live performances are heavy when contrasted to several of their early recordings which tended to lean on the quiet side. That though is starting to change greatly.

Vajranala (2024) , their newest release since the highly publicized Alkisah (2021) is a large evolution as their collective sound has expanded from kinetic folk songs to now more of a multi- member orchestra.

Some stories inspire sounds and vice versa. With Senyawa, I am unsure which comes first as the philosophic and mythical themes they embrace for each project are tightly intertwined with the approach to music they ultimately choose. With Vajranala there is no doubt that the chosen theme of power, the knowledge of power and the power of knowledge demands a more drastic sonic approach that fills a room in the same way maybe Slayer or Sunn O would. Each recent release by Senyawa feels like more like a new version of heavy metal, unmistakenable in the power of hard crushing downbeats and the beauty of oceans of harmonies and dissonance. It is by no mistake that the title Vajranala translates to `thunderbolt` for `vajra` and `flame` for `anala.` The majority of fans will not understand anything verbally (despite the importance of the words) sung in Bahasa Indonesian listening to this LP but the ideas are tucked sufficiently in the music enough to be understood indirectly. Such is the spiritual charge they elicit.

Unlike previous recordings, Vajranala feels like a concept recording even without being told. But I fear labeling this a concept album as that idea can be quite cliche and can produce more groans than excitement. I wish we could adopt wording that would give albums like these more respect in the same vain as 400 page books are. It dumbfounds me that the general public separates the value of deep musical recordings from books which aim to do the same thing.

Vajranala is messianic. Dually fervently passionate and a devotion work toward the mythology surrounding Brojonalan temple (Pawon Temple) of Central Java, Indonesia notated in their album notes. Embracing mythology as a form of expression is unique in today`s age but Senyawa go way way further having constructed the Vajranala Monument (check the cover of Vajranala) in Indonesia, a real shrine-like object “in the form of a stone relief that is placed on the ground where it was created, serving as an artifact for the future.” Said to emit fire and stand 3.5 meters tall and 2.8 meters wide, there is no underlying joke detected in the focus on belief authenticity. Only Sun Ra and Rammellzee come to mind believing so much in their music that their work becomes a significant outpouring into their lives.

Senyawa live in a commitment to belief. Their music doesn`t exist in a vacuum but usher out from ideas and stories they have woven from themselves and around themselves from their environment, their regional history, their personal history and their intense imagination. It feels that for every sound and vocal utterance there is a page in a book from which they are derived and taken from. I should be able to find this record in both a record store and library. It pains me to think how my younger teenage self would have reacted having discovered this in a vibrant, dusty record store, listened to only a brief snippet on the record player along the walls, instantly bought it with the allowance I got from washing windows, thrown the record in my backpack, raced home to put this on my family record player in the afternoon during summer while my parents would be at work and ultimately fall in love with the shear size of the dynamics Senyawa create. This happened to me many times with past records and cds but with today`s pathetic musical creator economy, my own paragraph is itself a myth. No child in today`s age will ever experience this now mythic existence and that is such a grand shame. Senyawa deserve this kind of iconic status with new generations.

Such is the magnetic charge they elicit.

CAN - ele-king

 CANのライヴ・シリーズのなかで、ファンからもっともリクエストの多かったのが、今回第6弾として発売される『ライヴ・イン・キール 1977』だという。ロスコ・ジーが加入し『Saw Delight』リリース、しかしメディアからの評価は低調に終わった時期の、ある意味では下降線をたどっていった時期のライヴになるが、ファンというのは、その当時もっとも光のあたらなかったものにこそ光を当てたいものなのだ。ひょっとしたら、ここにはまだ発見されていない輝きがあるかもしれない。この長らく待たれていたライヴ作品が、ついに11月22日に発売される。

 『LIVE IN KEELE 1977』は、後期CANを象徴するダイナミックなドキュメンタリーである。1977年3月に収録されたこの公演では、イルミン・シュミット、ヤキ・リーベツァイト、ミヒャエル・カローリ、ホルガー・シューカイというコアメンバーに、ロスコ・ジー(Traffic)がベースとして参加。彼の加入により、ホルガー・シューカイはベースから解放され、「サンプリング&サウンドエフェクト」をプレイすることが可能になり、ここでは異世界的な音やサンプルを披露している。
 1977年はCANにとって困難な時期と言われる。彼らの8作目のスタジオアルバム『Saw Delight』は酷評され、後に評価が著しく改善されたものの、リリース当時のレビューは非常に厳しいものだったからだ。
 しかしながら、ジャーナリストで放送ライター、作家のジェニファー・ルーシー・アランは、「ファンたちは知っています。様々なファン・ミーティングやこれまで出版されてきた書籍の双方で、'76-'77年がCANのライブの最良の時期だと一致しているのです(キール公演も含む)。そして、このショーのいくつかのトラックは、長年にわたりファンメイドの『ベスト・オブ』ライヴ・ブートレグに収録されてきました。(この作品を聞くと)彼らが正しいことがわかります。」と語っている。
 オリジナルのライナー・ノーツは、ジャーナリストであり作家のジェニファー・ルーシー・アランが執筆している。

このシリーズは、結成メンバーのイルミン・シュミットとプロデューサー/エンジニアのルネ・ティナーが監修し、貴重なアーカイブ音源を現代の技術と繊細な作業により最高のクオリティで見事に復元している。

CAN は1968年にケルンのアンダーグラウンド・シーンに初めて登場し、初期の素材はほとんど残されていないかわりに、ファン・ベースが拡大した1972年以降は、ヨーロッパ(特にドイツ、フランス、UK)で精力的にツアーを行い、伝説が広がるにつれ、多くのブートレッガーが集まってきたのだ。『CAN:ライヴ・シリーズ』は、それらの音源の中から最高のものを厳選し、イルミン・シュミットとルネ・ティナ―による監修で、21世紀の技術を駆使して、重要な歴史的記録を最高の品質でお届けするプロジェクトである。



■商品概要
アーティスト:CAN (CAN)
タイトル:ライヴ・イン・キール 1977 (LIVE IN KEELE 1977)
発売日:2024年11月22日(金)
品番:TRCP-311 / JAN: 4571260594906
定価:2,500円(税抜)
紙ジャケット仕様
ジャーナリスト/作家/放送キャスターのジェニファー・ルーシー・アランによるオリジナル・ライナーノーツ 
及びその日本語訳付

Tracklist
1 Keele 77 Eins
2 Keele 77 Zwei
3 Keele 77 Drei
4 Keele 77 Vier
5 Keele 77 Fünf


■この発表に併せて本日先行リリースされる楽曲音源
「Keele 77 Eins」 Apple Music | Spotify

■Pre-Order
Apple Music
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CAN は1968年にケルンのアンダーグラウンド・シーンに初めて登場し、初期の素材はほとんど残されていないかわりに、ファン・ベースが拡大した1972年以降は、ヨーロッパ(特にドイツ、フランス、UK)で精力的にツアーを行い、伝説が広がるにつれ、多くのブートレッガーが集まってきたのだ。『CAN:ライヴ・シリーズ』は、それらの音源の中から最高のものを厳選し、イルミン・シュミットとルネ・ティナ―による監修で、21世紀の技術を駆使して、重要な歴史的記録を最高の品質でお届けするプロジェクトである。

本ライヴ・シリーズは、英誌Uncutのリイシュー・オブ・ザ・イヤーで1位、MOJOで2位を獲得したライヴ盤『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』(LIVE IN STUTTGART 1975)『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)、そして『ライヴ・イン・クックスハーフェン1976』(LIVE IN CUXHAVEN 1976)、そして今年2月にリリースし、高い評価を得て今も大きな話題となっているダモ・鈴木がヴォーカル参加の『ライヴ・イン・パリ1973』(LIVE IN PARIS 1973)、そして、今年5月31日にリリースされた『ライヴ・イン・アストン 1977』(LIVE IN ASTON 1977)の5作がこれまでに発売されている。

■プロフィール
CANはドイツのケルンで結成、1969年にデビュー・アルバムを発売。20世紀のコンテンポラリーな音楽現象を全部一緒にしたらどうなるのか。現代音楽家の巨匠シュトックハウゼンの元で学んだイルミン・シュミットとホルガー・シューカイ、そしてジャズ・ドラマーのヤキ・リーベツァイト、ロック・ギタリストのミヒャエル・カローリの4人が中心となって創り出された革新的な作品の数々は、その後に起こったパンク、オルタナティヴ、エレクトロニックといったほぼ全ての音楽ムーヴメントに今なお大きな影響を与え続けている。ダモ鈴木は、ヴォーカリストとしてバンドの黄金期に大いに貢献した。2020年に全カタログの再発を行い大きな反響を呼んだ。2021年5月、ライヴ盤シリーズ第一弾『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』を発売。同年12月、シリーズ第二弾『ライヴ・イン・ブライトン 1975』を発売。2022年10月、シリーズ第三弾『ライヴ・イン・クックスハーフェン 1976』を発売。2024年2月、ダモ鈴木 逝去。同月、ダモ鈴木が在籍していた黄金期のライヴ盤『ライヴ・イン・パリ 1973』を、続いて『ライヴ・イン・アストン 1977』を5月に、そして本作『ライヴ・イン・キール 1977』を11月22日に発売。

www.mute.com
http://www.spoonrecords.com/
http://www.irminschmidt.com/
http://www.gormenghastopera.com

Cybotron - ele-king

 昨年、28年ぶりにサイボトロンを再始動させたホアン・アトキンス。現在モーリッツ・フォン・オズワルドの甥、ローレンス・フォン・オズワルドがメンバーに加わっているこのエレクトロ・グループは、最近とくにイギリスで再評価が著しい。
 そんな追い風のなか、新たなEPのリリースがアナウンスされている。「Parallel Shift(平行移動)」と題されたそれは11月1日に〈Tresor〉から発売、ストリーミングにて表題曲が先行配信中だ。昨年の「Maintain The Golden Ratio」同様、今回もディフォレスト・ブラウン・ジュニアがプレスリリースを担当している。パイオニアによる堂々たるエレクトロ・サウンドを堪能すべし。

Cybotron
Parallel Shift

Tresor
November 1st 2024

A. Parallel Shift
B. Earth

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037 1038 1039 1040 1041 1042 1043 1044 1045 1046 1047 1048 1049 1050 1051 1052 1053 1054 1055 1056 1057 1058 1059 1060 1061 1062 1063 1064 1065 1066 1067 1068 1069 1070 1071 1072 1073 1074 1075 1076 1077 1078 1079 1080 1081 1082 1083 1084 1085 1086 1087 1088 1089 1090 1091 1092 1093 1094 1095 1096 1097 1098 1099 1100 1101 1102 1103 1104 1105 1106 1107 1108 1109 1110 1111 1112 1113 1114 1115 1116 1117 1118 1119 1120 1121 1122 1123 1124 1125 1126 1127 1128