「ズリ」と一致するもの

Masayoshi Fujita - ele-king

 周知のように、UEFAチャンピオンズリーグ、決勝トーナメント、ベスト16のFCバルセロナとACミランのセカンド・レグは、バルセロナが、鮮やかな、ドラマティックな大逆転劇を果たした。
 僕は、バカを売りにする狡猾なベルルスコーニを忌み嫌うあまり、バルセロナを応援したと先月の原稿で書いたことを後悔した。ミランの露骨なカテナチオ(イタリアの伝統的なガチガチの守備サッカーの呼称)は、アントニオ・ネグリによれば弱いモノが勝つためのイタリアらしい農民的なサッカー(https://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=25)らしい。
 実際、ミランの、アフリカ系だかトルコだか、とにかく雑食性豊かな、なりふり構わない戦いには、あり得ないほど華麗で、天才的なバルセロのサッカーにはない心が揺さぶられるものがあった。その雑食性、移民たちのサッカーのことを以前、水越真紀に話したら「それこそ帝国じゃん」と突っ込まれたが、不思議なことに、ネグリではないが、たとえばベルルスコーニが背後にいようと、インテルなんかよりもミランのほうが、いまでも魅力的に見えるのは、僕の過剰なアルコール摂取からくる幻覚なのだろうか。とにかく僕も最初は、メッシの神業レヴェルのゴールに興奮していたのだが、しかし、後半、一生懸命に攻め上がるミラン、トサカ頭のFWやロビーニョを見ながら、数十分だけだが、ミラニスタに情が移っていたのである。そして、テレビを消して、僕はマサヨシ・フジタの『Stories』を聴いた。まったくサッカーとは関係ないが、その試合と同じように超然としていて、寛容さがある。興奮は、清々しさのなかでチルアウトする。

 TMTを真似すれば、これは「エウレカ(ユリーカ)!」、すなわち「発見した!」といったところだろう。この音楽を「アコースティックなデトロイト・テクノ」と評している人がいるけれど、カール・クレイグ~ジョン・ベルトランあたりから導き出せる美麗な旋律をヴィブラフォンで演奏し、電子で味付けたのがこの作品だという紹介はアリかもしれない。僕は、クラスターのハンス・ヨアヒム・レデリウスの牧歌的なソロ作品やスティーヴ・ライヒにおける静謐さを引き合いに出したい。
 彼の内面から、どれだけのエロスを引き出せるか、美を醸成できるか......、そしてそれらは、ただそれを聴くことによって、人に予期しなかった喜びをもたらす。おそろしく見当違いのことを言うが、まるでベートーヴェンだ。僕は『快速マガジン』に投稿するために、先月、岩波文庫の『ベートーヴェンの生涯』を読んでいたのである。これを読むと、音楽は、ただそこにあるだけでも充分に意味があることがわかる。ただそこにあって、美しい熱情を創出できるなら、どんな窮地にいる人間の魂も癒すことができるかもしれない。自分でも思いもつかなかった思いが湧きあがるかもしれない。
 いずれにしても、考えてみれば、実は音楽のない世界を考えられないように、本来音楽は、ただそれだけで、充分なのだろう。マサヨシ・フジタという人は、ベルリンに住んでいるという。いったい、どれほどの日本人がベルリンに住んでいるのだろうかという話ではないが、この人の音楽から特定の都市は感じない。どこで暮らしていようと、この音楽は生まれたように思われる。

 クラシックとジャズとエレクトロニクスが静寂のなかで出会う。日本的な「間の美学」も注入されている。20世紀前葉の室内楽は、特権階級どものクソ忌々しい享楽として授与されていたかもしれないが、今日の電子リスニング・ミュージックは、その外側にいた人たちに受け継がれている。『Stories』に録音されているのは、ヴィブラフォンの演奏だけではない。少ない音数の広大な空間と音響、コンテンポラリーな電子処理がほどこされている。
 マサヨシ・フジタは、El Fog名義でヤン・イェリニクとも共作を果たしている。そちらの作品『Bird, Lake, Objects』は、電子音楽愛好家にとってはよりアプローチしやすい内省的なアンビエントを拡げている。それに対して、『Stories』における電子音は、空気のように控え目だ。ビーズやアルミホイルを用いたプリペアドも取り入れているという。僕には言わなければわからないが......。しかし、彼が演奏するヴィブラフォンにリズミックな躍動があることは感じる。ドラムのないダンス・ミュージック......。
 気むずかしくもなく、いやみったらしくも、すましている感じでもない。高踏的でも、散文的でも、無感動でも、苦悩でもない。コレクター的な趣味を満足させる音楽でもない......というような、ルサンチマン的な書き方、聴き方が我ながら嫌になる。なぜならこれは、とかく音楽とは、とくに大衆音楽は刺激的でなければならないというオブセッションからは数万光年離れている、ポジティヴな意味で厭世的な音楽であり、隠者の音楽であり、そういう意味でも、「ユリーカ!」すなわち「発見した!」なのだ。リコメンド。

shinjuku LOFT presents SHIN-JUKE vol.2 - ele-king

 控えめに言っても野菜マシマシ。このイヴェントのヴォリュームは、近隣のラーメン二郎(歌舞伎町店)を遥かに超えた大きさだった。
 まず、会場は日本のジュークシーンを成さんとするひとたちの集大成。日本でジュークを着実に広めている〈ブーティー・チューン〉のひとたちはもちろんのこと、昨年の『ゲットー・ギャラクシー』が最高に笑かしてくれたペイズリー・パークス/『アブソルート・シットライフ』が発売したばかりの主役であるクレイジーケニー(CRZKNY)/ジュークスタイルの自作曲から選り抜きしたコンピレーション『AtoZ!!!!!AlphabetBusterS!!!!!』がリリースされたばかりでなぜか入手困難になっているサタニックポルノカルトショップ(Satanicpornocultshop)らミュージシャンをはじめ、ジュークのイヴェントでは必ず見かける若いフットワーカー(ダンサー)たちも踊っていた。
 それだけではない。このイヴェントの特徴は、ジューク勢だけでなくスタイルの異なる出演陣が混合している点にある。ザ・モーニングス/掟ポルシェ/どついたるねんといったライヴハウスでは名の知れたバンドをはじめ、炭酸を抜ききったコーラで踊り狂ってみる感じのディスコ・バンド=ハヴ・ア・ナイス・デイ!/ハイパーヨーヨ(hy4_4yh)という女性アイドル・ユニットまで混ぜこぜになって出演していた。

 開場から3時間も遅刻して僕が到着したすると、ホール・ステージでは〈Shinkaron〉のDJフルーティーがジュークの爆低音を唸らせている。そのままバー・ステージを覗いてみる。3人の女性が無味乾燥のギターロックに合わせて元気に歌って踊っている(註1)。おお.....訳が分からない。その2つの風景がクロスオーヴァ―もなにもなく分断していたのは明らかだったが、そこから先の心配は杞憂であった。

 程なくしてホール・ステージには、日本においてゴルジェ(#gorge)を先駆けたハナリがライヴを開始した。以前、六本木ではゴルジェ勢とジューク勢が訳もなく抗争を繰り広げていたことは本誌でも伝えたが、おなじくゴルジェの作家であり〈アナシー〉の主宰=ウッチェリーも今回駆けつけていたものの、今回ゴルジェの出演者はハナリのみ。
 ゴルジェを自称するルールのひとつとしてタムを用いるという条件があり、それがゴルジェというタグ概念をサウンドの面で特徴づけている。ハナリのサウンドも然り、体育館で大量のバスケットボールを一斉にドリブルしたかのようなタムの乱れ打ちは山岳や岸壁の険しさを表現しているといわれるが、そのゴツさと険しさはインダストリアルなノイズの延長線上で生まれた音にも聞こえる。
 ハナリが両手でMPCを叩き打ち、シンバルやSEが騒がしく響き渡る。一切の照明を消した暗闇の奥、何台ものデカいウーファー・スピーカーの向こう側でヘッドスコープを着用しているハナリは、洞窟のなかを進むように、ポスト・ダブステップ的なビートやジュークのテイストをそれとなく織り交ぜながら、ひたすらMPCでノイズを出し続けていた。そのコミカルさに、オーディエンスも呆れ半分、こういうものかと見守り始める雰囲気があった。
 思うに、デス・グリップスやレッド・ツェッペリンのドラムソロにまでゴルジェと言ってしまうくらい貪欲なタグなのだから、ジュークとしてタグ付けされプレイされる音楽のパターンがより多様性を得て、そのライヴやDJぼんやり見ている層まで惹きつけるようになったとき、ゴルジェはより予期しない方向に発展する.....かもしれない。ゴルジューク(Gorjuke)などいう試みは、踊れるという意味でも、そのよい例であるのではないだろうか。僕からすれば、ジャム・シティなんかとも遠からず共振する無機質な合成感がゴルジェにはあるのではと思う。

 DJヤーマンのドラムンベース/レゲエのあとには、どついたるねんがいつも通りといった感じの悪ノリでフロアの湿度を上げていた。途中、唐突にジュークタイムを2分ほど挟んでフロアを駆けずり暴れていたのはとても分かりやすく、つまりはジュークのサウンド/リズムエディットに悪ノリっぽさを見出し、幼稚な意匠として利用したということだ。と同時に、音楽的な味わいどころをまったく放棄して「俺の友達面白いっしょ!」と押しつけがましく暴れてるどついたるねんのステージのなか、ジュークが音楽としていかにフレッシュで刺激的であるかが浮き彫りになった瞬間にも見えた。

 DJクロキ・コウイチがニーナ・シモンの名曲"シンナーマン"のジューク・エディットなどでホール・フロアをクールに煽り、機材準備の完了したペイズリー・パークスにそのままの勢いでなだれ込んだ。
 MPCやルーパーでザクザクとジュークを料理していくライヴ・エディットを披露した。レコーディング音源にも共通していえることだが、ペイズリー・パークスのエディットは、高速のBPMでダンス・ミュージックとしてフィジカル(脚)を直接ダンスへ鼓舞するというよりも、ダークかつ扇動的なサウンドと、脳味噌を右左に揺さぶり方向感覚を失わせる不安定なエディットで、訳のわからないトランス感のなか脚をガタガタさせるような作用があり、いわば脊髄反射ではないという意味においてはヘッド・ミュージック的に楽しませるところがある。リスナーの脳をぶっ壊さんばかりのエディットは、トランス感とダンスへの昂揚を同時にオーディエンスに湧き立たせる。フロアの多くのひとが熱狂していたというのに、わずか10数分あまりで終わってしまったことが本当に惜しいが、そう欲しがりにさせるほど、ペイズリーのトラックは中毒性が高い。アルバムを制作中だというが、ガッチリ完成させて、一刻も早くリリースしてほしい。

 その後のサタポ、ステージ上に現れたのは5人。全員が仮面を終始被っており、名の通り、ややカルティックな気味の悪さを演出している。ジョークめいたラップと歌を披露する2人と、トラックマスター1人、ほかにステージ上をゆっくり動きまわりながら、突如ほかのメンバーをプロレスよろしく張り倒しはじめる2人(どうやらDJフルトノとクレイジーケニーだったらしい)。
 急に仰々しいバラードを熱唱し始めたり、ひよこのオモチャを弾きまくったり、練習中っぽいフットワークを披露したり、アンダーワールドの"ボーン・スリッピー"を堂々とジュークエディットしていたり、ちゃらんぽらんの英語で歌ったり、歌の途中、うろつくメンバーにいきなり張り倒されたり、チーズのお菓子を気まぐれに投げ始めたり、尻に貼っていた湿布を渡されたり(受け取ってしまったが、心の底から要らなかった).....およそ1時間、大阪弁のMCも含めとにかく笑わせてくれたし、音楽もしっかり聴かせる、素晴らしいショーケースだった。
 これはペイズリー・パークスにもすこし言えることだが、サタポがポップな諧謔性をジュークに見出しているのがよくわかった。まだまだフレッシュなジュークの音楽にのっかって、これからも多くの人にライヴで発見されていってほしい。あなたの街にサタポが来たら、とにかく腹筋のトレーニングだと思って観てほしい。

 オーディエンスも長丁場と連続する低音にかなり疲れていた様子のなか、ペイスリー・パークスのケントに煽られながらクレイジーケニーは登壇した、が、いきなり機材トラブルで音が出ない。酔っ払いながらここぞとばかりに本気出せよと捲くしたてるケント。広島弁のヤクザな態度で怒鳴り返すケニーは、愛嬌はありながらも、もしかしてマジでその筋から出てきた人なのではと思ってしまうほど恐かった。
 新譜のなかの"ナスティー・ティーチャー"に顕著だが、徹底的にロー(ベース)に腰を据えたサウンドは、この日の聴いた中で最もシブく逞しいものだった。一番むさかったとも言える。
 ローの熱く張り詰めた空気と中和するように、本人がイジラれキレる様子はとてもコミカル。サンプリングもユニークで、『キューピー3分クッキング』のテーマ曲がリズミカルに乗っかっていたり("3minute 2K13")、ヤクザ映画の言葉を織り交ぜたり("Midnight")、なかでも昨年の夏にツイッター上の何気ない提案から制作された"JUNJUKE"は最高に笑かしてくれた。稲川淳二の声がリズミカルにリピートされ、何重にも折り重なっていくさまは痛快だった。「ユウユウオワオワオワオワオワ」「ガタガタガタガタガタガタ」「ハアッハアッハアッハアッハアッハアッハアッハアッ」「ヒー! バババババババ」といった擬音がパーカッシヴに生かされ、ジュークのリズムをMADの枠組みとしてうまく活用している。
 サタポとおなじく、クレイジーケニーのセットにも笑いの解放感があった。

 クレイジーケニーが深々と頭を下げてイヴェントは終了した。
 特別にいくつもレンタルした低音スピーカー=ウーファーの片づけを会場に残っていたみんなで済ませ、競技を終えた体育祭のあとのような、わるくない疲労感に浸った。

 僕はこの日、気の向くままに踊り、と同時に大いに笑かされたことで、スカッとしたし、生きていてよかったなあとさえ思った。ダンスミュージックであるジュークを、笑いを生むリズムとして解釈して遊びきってしまう出演者たちの姿は、観ていて清々しいものがあった。ウーファーはいささかブーミー気味でもあったし、音響がベストだったとは思わないが、フットワーカーがよじ登り、そのスピーカーでさえステージとして活用していたのもカッコよかった。とにかく遊びきっていた。イヴェントのむさくるしさ(男臭さ)を笑う声もあったが、女性も少なくはなかったと思うし、フットワークを披露した女性もいるので、とくに気にすることもないだろう。
 それに第一、今回のイヴェントのもっとも有意義な点は、〈新宿ロフト〉というライヴハウスで、ふだんクラブに来ない人たちまでもがジューク&フットワークを目撃し体感したことだろう。どついたるねんのメンバーも、ハヴ・ア・ナイス・デイ!のメンバーも、ペイズリー・パークスやサタポのライヴ中、ジュークに感銘を受けたように踊っていたし、それこそがこのイヴェントのもっとも象徴的な画だったかもしれない。打ち込みの音楽とはいえ、バンドマンもといライヴハウスの人間を圧倒させる力がジュークには確かにある。笑って遊びきる感覚を武器に、ジュークにはこれからもどんどん広まっていってほしい。この思いきったイヴェントを主催した〈新宿ロフト〉の副店長=望月氏には拍手と感謝を送りたい。当日も現場で送ったが、まだ足りないくらいだ。

 最後に大事なことをひとつ。この日はフロアでも頻繁にフットワークのサークルができ、先に述べたように、スピーカーまでもがダンスのステージとして活用され、転換中、スクリーンにはフットワークのレッスン動画が流されるほど、フットワークへの注目が高まりつつある。
 ただし、この日フットワークを披露してい(るとこを僕は初めて観)たDJクロキ・コウイチ氏も言うように、ジュークのDJのなかでフットワークを踊るひとは少ないし、こうしてイヴェントに集まるフットワーカーもまだ多いとはいえない。筆者は、トラックスマン来日エレグラゴルジェとジュークの全面抗争につづいて、イヴェントでジュークを聴いたのは4回目。若いフットワーカーもイヴェントのたび増えている印象があるが、それでもまだ少ないダンサーが切羽詰まったローテーションで踊り、サークルの流れが途絶えてしまうのも事実。
 もちろん会場のみんなが踊れるべきだとまでは思わないけども、このジュークという音楽をすこしでも多くのひとがダンス・ミュージックとしてもエンジョイできたら、どんなに楽しいパーティになるだろうか。ダンスできる/できないの壁をどれだけ払拭していけるかが、ジュークのこれからを考えたとき、ひとつ大きなポイントであるのではないかと思う。
 
 ということで、レッスン会のようなものがないうちは、夏頃に開催されるだろう〈SHIN-JUKE vol.3〉に向けて、以下のレッスン動画でチャレンジしてみましょう。犬の声はサンプリング?
 ほかにいい動画や練習の集まりがあるぞーというひとはぜひ僕宛てに教えてください。

 

 
(註1)あのとき鳴っていたのはファンコット(FUNKOT)だったというご指摘をたくさんいただきました。筆者のまったく記憶違いでしたらまことに申し訳ありません。(斎藤辰也 3/12 13:12)

Local Natives - ele-king

 『(500)日のサマー』が自分の周りでけっこう話題になったとき、そのいかにもアメリカン・インディっぽい恋愛映画を観る層が日本にもまだ一定数いることに少なからず驚いたのだった。イマドキの文化系男子はほぼ全員オタクになっているという偏見を持っていたので、オシャレだけれども冴えない男が主人公で、キュートだが奔放な女の子に振り回される......というような、かつてのサブカル界隈では典型のラヴ・ストーリーが日本ではもはや受けないと思っていたのである。僕がかつてもっとガキで偏狭だった頃、そういうインディ・サブカル男子のことはどうにも「かわいい女の子に振り回されるボク」を正当化しているフニャモラした男に見えて、敵視していたものだった......それならば70年代のギャング映画を観るぜ、と。ガキだったということです。けれども、『(500)日のサマー』を観たときは、インディ男子のアイコンであるズーイー・デシャネルに振り回されたい願望の炸裂っぷりに一言物申したい気持ちはやはりありつつも、頼りない青年の成長譚としては真っ当でいいのではないかと「彼ら」とようやく和解できたのである。オシャレなサブカル・インディ男子だって、この国ではもはや少数派になりつつあるか、もはやたんなる趣味だと見なされるようになっているのだから......(偏見だが)。

 ローカル・ネイティヴスが登場したときにも、これはオシャレなインディ男女の好みにパーフェクトにフィットするバンドなのではないか......と反射的に身構えてしまった。西海岸版のフリート・フォクシーズ、素朴なグリズリー・ベア、60年代風のアニマル・コレクティヴ......形容はいろいろあるだろうが、トライバルなリズム解釈による躍動感と流麗なコーラス・ワークがこのバンドの大きな売りであることは間違いなく、それは当時のUSインディのなかにあってあまりにも優等生的な振る舞いだったのである。彼ら自身の強い個性や主張はない。フリート・フォクシーズの厳格さも、グリズリー・ベアの不穏さも、アニマル・コレクティヴの明るい壊れ方もなく、マジメにトーキング・ヘッズのカヴァーをやる辺りも何だか利口な回答に思えた。演奏もアレンジも巧みで、ルックスが良く、しかもファッショナブルな服装のメンバーが並んだときの佇まいもバッチリすぎて、10代の僕ならきっとイチャモンをつけていたことだろう。
 が、彼らの2枚目である『ハミングバード』はザ・ナショナルのアーロン・デスナーをプロデュースに迎えて、弱点であったサウンドの平坦さに立体感を与えることに成功している......という、あまりにも真っ当なバンドの成長を見て、この素直さは愛されてもいいのではないかと思い直すことにした。オープニング・トラックのタイトルは"ユー・アンド・アイ"、つまり"キミとボク"で、歌っていることは「きみとぼく/ぼくらいつだって強かった/それだけでやる気が出た/信じて」という、ちょっと幼すぎるのではないかというモチーフだが、音としては陰影のあるギターとピアノが濃淡をもたらしている。前作よりもはっきりと曲の構成がダイナミックになり、耳を楽しませてくれる箇所が多い。得意のトライバルなパーカッションとコーラス・ワークを敢えて減らした結果だそうだが、"ブレイカーズ"では結局それらが伸び伸びと躍動していて、自分たちのいいところも見せたかったのだなと微笑ましい。いっぽうで"スリー・マンツ"や"マウント・ワシントン"、"コロンビア"などのバラッドはよく抑制されており、このバンドにこれほど情感に満ちた歌があったのかと驚かされる。歌詞にも内省や迷いが目立つようになった。
 それでも、アルバム全体から立ち上ってくるフィーリングは、キュートだが頼りない青年たちの精一杯さである。そのむず痒さこそがローカル・ネイティヴスを聴くことであり、何だかんだ言ってもブローステップで騒ぐマッチョな連中が結局アメリカでは強いようなので、彼らのような優等生は現在やや劣勢を強いられているのだろう。サマーに振り回された挙句フラれたトム青年にインディ男子が大いに共感したように、ローカル・ネイティヴスの素朴な頑張りとスウィートな歌に勇気づけられるのは、決して悪いことではないだろう。
 そう言えば、『(500)日のサマー』には、インディ男女の次なるアイコンの筆頭であるクロエ・グレース・モレッツが『キック・アス』よりも幼い姿で出ており、既に「彼ら」の目を奪っていたのだった。

Calexico - ele-king

 コーマック・マッカーシーは2005年に発表した小説で、「老人が生きる国はない(原題『No Country for Old Men』、邦題『血と暴力の国』黒原敏行訳、扶桑社)」と言っていた。その舞台がアメリカとメキシコの国境だったせいか、キャレキシコの新作を聴いていて僕の脳裏をよぎるのは、その映画版『ノーカントリー』において「老人」であったトミー・リー・ジョーンズの額の皺である。コーエン兄弟のような優等生では原作の破壊的なエネルギーをじゅうぶんに出せているとは言いがたかったが、それでもハビエル・バルデムの魔物としての存在感と、ジョーンズの皺が映画に奥行きを作っていた。奇しくも同年の2007年公開だったポール・ハギス『告発のとき』にもジョーンズは出演していたが、そこで描かれていたのはアメリカの価値観の終わり、「さかさまの星条旗」が象徴するというアメリカからの救援信号であった。その頃から、アメリカの終焉ははっきりと目に見えていたということなのだろう。
 スプリングスティーンが「星条旗がどこに翻っていようとも」と歌った2012年、野田努に「ただのアメリカ好き」と言われるような僕にとって、アメリカの音楽はどこか終わりを伴うものとして響いた。星条旗はずいぶん前から、さかさまに掲げられていたのだ。ダーティ・プロジェクターズグリズリー・ベアのような優秀なアーティストは変わらず進歩的な作品を発表したが、かつてほど注目を集めているようには見えない。そんなときに聴くキャレキシコのしっとりとした哀愁は、抗いがたくしみて来る。田中宗一郎に「寂寥感」と言われようとも、三田格に「sense of lonliness」と訳されようとも......。

 拠点のアリゾナを離れてのニューオリンズ録音が話題になっている『アルジアーズ』だが、特別ニューオリンズという記号が浮上するわけでもない。何かが大きく変わっていることもない。彼らが丹念に紡いできたフォークやカントリー、マリアッチ、ポスト・ロックといった語彙は完全にシームレスなものになり、その多国籍な音楽性はより自然なものになっている。キャレキシコがこれまでずっとやって示してきた米国のルーツ・ミュージックへの深い理解と、非アメリカ音楽への興味とその丁寧な導入は、00年代のアメリカン・フォークの発展を思えば偉大な功績である。だがそれも、熟成したということなのだろう。かつてはアンドリュー・ウェザオールまで繋がり広がっていたことを思えば、この円熟は壮年期としてのそれである。ウィルコの最近作にしてもそうだったが、季節はゆっくりと秋の終わりを迎えているようなのである。"シナー・イン・ザ・シー"のエキゾチックで情熱的な演奏と歌、"フォーチュン・テラー"のただただそのふくよかさに嘆息するしかないフォーク、"メイビー・オン・マンデー"の抑えられながらも立ち上るエレキ・ギターの熱量、得意のラテン・ナンバー"プエルト"で聞かせる管楽器と弦楽器の絡み合いの官能、そのどれもが、純粋にそこに陶酔するものとしてある。そしてゆっくりとアルバムを満たしていく切なさと旅情。家の外から聞こえてくる選挙の演説の、「日本の再生」といった言葉がまったく響いてこない現在において、キャレキシコが奏でる旅への想像力、その温かさには救われる思いだ。
 ラスト2トラック、"ハッシュ(静けさ)"から"ザ・ヴァニッシング・マインド(消えてゆく精神)"へと至る、ひたすら美しい時間の流れに身を寄せていると、終わっていくものへの感傷が許される感覚がする。「きみの笑顔が僕を長い一日へと立ち戻らせる/思考が消えてゆく」。そして目を閉じれば、それが終わりゆくものだとしても、心はアメリカの南部の豊かな風景へと飛ぶ。国境へと走らせる車のなかに入ってくる、暖かな風。南へ、もっと南へ。キャレキシコの歌は変わらず、遠い国の音楽が運んでくるエモーションの豊潤さでもって、わたしたちを狭苦しい場所から連れ出そうとする。

 ロンドンとパリは列車で結ばれている。ユーロスターで所用2時間。時差が1時間なので往路は3時間、復路は1時間という幻惑を誘うタイムラグ。しかも海底を抜ける。その途方もなさに、果たしてパリに無事辿りつけるのかという幼児なみの不安が頭をよぎる。住んでいるロンドンの自宅で予約はウェブ上で済ませる。当日、無事に起床することができた。出国手続きを終え、無事列車にも乗れた。なんてことはない。新幹線のような快適な乗り心地。いつの間にか海を越えていた。地上を走っている時間のほうが長い。フランスののどかな田園風景を走り抜ける。と、パリのターミナル駅に着く。最初の驚きは、駅舎の壁面に途切れることなく続くグラフィティ。その後、5日間の滞在でパリはロンドンをしのぐグラフィティの街だと知る。

 ウェブ・マガジン『ピッチフォーク』のフェスティヴァルがパリで開催されるというのでチケットをとった。ジェームズ・ブレイク、ファクトリー・フロア、アニマル・コレクティヴ、ジェシー・ウェア、ラスティー......と話題のアーティストばかり。7月にシカゴで開催された同フェスティヴァルの様子をウェブで見ていたので即決だった。正直、ちょっとパリにも行きたい気持ちもあったし、フェスティヴァルでパリジェンヌがどんな風に狂気するのか見てみたかった。  同じ歴史を感じさせる都市とはいえパリは明らかにロンドンよりも落ち着いた街だ。そして悦ばしいことに食べ物が美味しい。いずれもロンドンがうるさ過ぎ、食べ物が不味い、とも言える。フランス語ができればパリは日本人にとって住みやすい街なんじゃないか。とはいえ、たった数日の滞在では計り知れない。街中にグラフィティが溢れかえっている。この意味するところは何だろう。アートの街だから許容されている? 確かにお金を出しても惜しくない立派な作品にストリートで出合ったりする。そして、スリの腕は世界一だから気をつけるよう散々言われた。しかもよく考えると、2005年にこの街では暴動が起きている。表面的に落ち着いているように見えても、他の欧州各国と同様に煮えたぎるものがある? でも、いち早く左派政権になったし、この落ち着きは余裕をしめしているのか......。などと色々と頭の中を駆け巡った。だけど街中を歩く人びとがオシャレで似合っていて、ただただ魅了され雑念もふっ飛ぶ。たった2時間の移動でロンドンとパリでここまで違うのか、と当然のことかもしれないが改めて驚く(ロンドンのコモン・ピープルは必ずしもオシャレじゃないから)。

 会場はパリの北東部に位置する〈Grande halle de la Villette〉。大きな倉庫を改造したのか、ちょうどサッカー・コートぐらいの広さで天井がやたら高いホール。フランスで『ピッチフォーク』が扱うようなオルタナティヴなロックやダンス・ミュージックがどこまで人気があるのか知らない。しかも、ほとんどが英語圏のアーティスト。ピークでも会場の6割ぐらいしか埋まらなかったので、すごく人気がある訳ではなさそう。でも、その分、会場のなかに逃げ場があって過しやすかった。耳にイギリス英語が飛び込んでくる。とくに2日目はイギリス人が多かった。結局、僕のようにユーロスターでロンドンから来たオーディエンスが多数いる印象。

 パリに着き、ホテルにチェックインしてから会場に入った。言葉が通じないので終止緊張していたせいか、疲れが出てボーとアルーナジョージなんかチェックしていたアーティストも遠巻きに見る。ティンバランドとミッシー・エリオットの出会いがいまのロンドンで実現されたら、と評されるこの異色ユニット。アルーナの愛くるしい佇まいが微笑ましかった。
 さて、いまはとにかくフジ・ロックでのライヴも終え話題になっているファクトリー・フロアに備えよう。アルコール片手にリラックスして会場を歩き回った。ロンドンのラフ・トレードが大きな物販ブースを出している。オフィシャルのバックをここで買う。片隅でジュエリーや靴なんかのハンドメイドの作品を扱ったフリー・マーケットも開かれている。オシャレ! いちいち立ち止まって見てしまう。そうこうしているうちにファクトリー・フロアだ。終止ストイックに展開するミニマリズム。退廃美はスロッピング・グリッスルのそれに近いが、さらに渇いている。この渇きは諦念に近いのか......。打ち鳴らされる音の粒の快楽に酔いしれる。どうしようもない寄る辺なさに身をゆだねる。恍惚とする......。
 その後、バンクーバーを拠点にするJapandroidsという謎のふたり組のロックバンドを見てポカンとしたり、The xx やSBTRKTのレーベル〈Young Turks〉からリリースのあるJohn Talabotで身体をほぐしたりしながら、ジェームズ・ブレイクに備えた。
 パリのジェームズ・ブレイクは都市のもつ気高さに演出され、いっそう高貴なものに映った。ヨーロッパを覆っているであろう無力感を一歩進めて絶望に至り、そこからの救済を希求しているような...、というと大袈裟? 不安定なトラックと彼の中性的な声が心の襞に分け入ってくる。見たことのない世界を見せてくれそうな予感に包まれる。
 午前1時頃、この日のヘッドライン、フランスのポスト・ロック・バンド、M83のやたらとテンションの高いライヴを横目にホテルに向かう。

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 2日目。午後5時開始。遅い朝に貴重なパリの1日を怠惰に過す。ルーブル美術館の近くにあるビルごとアーティストのスクワットになっている59 RIVOLIというスペースに行く。たくさんのアーティストの制作現場になっていて展示も無数にある。どれも個性的で目を惹く。街中で見かけたグラフィティと同じアーティストの作品もあった。1999年にはじまったスペースらしい。ヨーロッパではスクワットが違法ではない国がある。ちなみにイギリスでは2ヶ月前に住むことが違法になった。が、不思議なことに空いている建造物を一時使用することは違法になっておらず、まだスクワット・パーティなんかがある。
 少し遅れて午後6時頃開場についた。その日は目的がたくさんあった。まずはジェシー・ウェア。彼女を最初に見たのは5月にKOKOロンドンであったベンガのリリース・パーティだった。日本では考えられないが、ロンドンではダブ・ステップでモッシュが起る。DJも応酬してアオりにアオる。この日もそうだった。そんな、どちらかというと男くさい匂いが漂うパーティで、ジェシー・ウェアが登場すると変わった。たった1曲歌っただけなのに会場がしっとりとした雰囲気に包まれた。その後、ずっと気になっていたらジョーカーやSBTRKTと楽曲制作をしている歌手だと判った。ニュー・アルバムが発売される頃には、レコード屋のみならず駅の掲示板などにもポスターが貼られ、ちょっと盛上っていた。新作『DEVOTION』はイギリスのエレクトロニック・ミュージック・シーンを背景にしながら、しかし耳ざわりのよいソウル作品だ。ブロー・ステップのように過激/過剰に行きがちなシーンに淡々と距離をとっているとも言えるし、ただ自分の好きな音楽を黙々と追求しているだけにも見える。最近ではディスクロージャーと絡むなど趣味のよさ、立ち位置のうまさを印象づける。僕は新作をどう聞いたかと言うと、決して雰囲気がよいとは言えない不景気のロンドンで、ゆらぐことのないイギリスのアーティストとしての誇りのようなものを感じた。エイミー・ワインハウスは......あまりにもいまのイギリスの雰囲気を暴きだし過ぎている、と感じることもあるから。「DEVOTION=献身」が彼女を育んだミュージック・シーンに対するものであったら、それは素晴らしいことじゃないか。

 可愛い言葉づかいのジェシー・ウェア。肩の荷を下ろし一曲終わるたびに何やら語りだす。可愛い。歌いはじめると一気にオーラを身にまとう。特に凝った演出もなかったがその分、歌に集中できた。まだキャリアが始まったばかりのアーティストにありがちな衒ったところもなく純粋な歌がそこにあった。ジーンとする。
 続いてワイルド・ナッシング。80年代風、イギリスのギーター・ポップ・サウンドは日本人にとって聞きやすいがもはや"カルト"と評されている。ジャック・テイタム──実質、彼ひとりのバンドみたい──が、アメリカ人なのも共感できる。シンセも相俟ってキラキラしたギター・サウンドを、他国の過去の音に想いを馳せながら作っている感じ。わかる。新作『ノクターン』を愛聴していたのでライヴも楽しめた。なんだかんだいっても現代の解像度の高いサウンドとフェスの大音響の効果は心地よく、快感だった。

 ピッチフォーク・ミュージック・フェスティヴァルは個性派ぞろいのフェスティヴァルで、まったくノー・チェックでも意外なアーティストに巡り合う。例えばザ・トーレスト・マン・オン・アース。ボン・イーヴェルのツアーのフロント・アクトを務め知られるようになったというスウェーデンのアーティストだ。ボン・イーヴェルやベン・ハワードなんかの極楽系フォーク・サウンド。だけど、どこかボブ・ディランぽい。まとめると、現代スウェーデンのボブ・ディラン兼ボン・イーヴィル、その名もザ・トーレスト・マン・オン・アース。謎だが、謎めいた魅力があった。次に、初めて知ったけど欧米では結構知られているらしいロビンも強烈なシンガーだった。エレクトロニック・サウンドにのせ歌われるポップ・ソング。彼女独特のコケティッシュな魅力に溢れたステージ。どこか振り付けが80年代のアイドルっぽい。どうしても日本のアイドルを思い出してしまうステージをパリで、しかもピッチフォークのイベントで目撃するという倒錯感がすごかった。

 2日目のヘッド・ライナーはアニマル・コレクティヴ。新作『センティピード・ヘルツ』がこれまでの作品と一変していたので、ライヴはどうかと興味深く観た。新作の楽曲中心に進んでいく。リズムとサンプリングのおもちゃ箱をひっくり返したような躁状態が続く。サイケデリックなデコが虹色に怪しく明滅するステージのうえでたんたんと演奏したり機材をいじっている。変拍子や過剰なサウンド・エフェクトを駆使しながら不可思議な物語を感じるステージ。終盤は、これまでのアニコレのイメージどおりアシッドにフォークに展開し陶酔する。深夜2時近く、この日のパリの夜は時空が捩じれたまま深けていった。

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 さて3日目だ。またも遅い朝。昼食にパリに在住していたレゲエ・ライターの鈴木孝弥さんに教えてもらったアフリカ料理を食しに出向く。パリの南に位置する大通りブルヴァール・バルベス周辺はアフリカ人の街。その北側にあるセネガル料理屋シェ・アイダ。しかし...一向に見つからない。しばらく漂う。パリのアフリカ人街はヨーロッパ大陸に突然アフリカへの入口が出現したかのようで軽く混乱する。結局、見つからない。たぶん閉店したのだろう。何度か鈴木孝弥さんがこの店のメニューをお手本にして創った料理を東京で食して期待が膨らんでいたので、泣く。そのあと、ロンドンからの友人と落ち合い3日目のフェスティヴァル会場に向かう。

 この日、まずはプリティ・リングという4AD所属のユニットに度肝を抜かれる。声だけでなく佇まいもビヨークっぽいメガン・ジェームズと、均整のとれた体つきなのにラップトップに向かってひたすらヘッドバンギングするコリン・ロディックの男女二人組。クリック系のサウンドに浮遊感ただよう歌声。聴いているだけでひたすら気持ちいい。小さい体のメガンが時おりドラを打ち響かせるのでハッとし、ニヤっとする。
 3日目だけオール・ナイトだったのでお客さんも若く、オシャレ。ロンドナーだったら無造作にアーティストTシャツなんかで済ますところ、やっぱりパリッ子は違う。マフラーの巻き方や靴の合わせ方ひとつ違う。もしかして日本のクラバーに近いのかもしれないが、まあ、なんというか絵になる。パリッ子のファッションに憧れても、絶対に真似できない。さすが本場、なんて常套句を思わず心の中でつぶやく。ロンドナーよりも踊らないけれど、踊る姿が美しい。見惚れる。そして、この人たちのなかで踊っている自分はなんてオシャレなんだ、なんて自己満足。
 さて、このフェスティヴァルで一番楽しみにしていたグレズリー・ベアーだ。新作『シールズ』はバンド・サウンドの完成度と、楽曲としての先進性が同居する近年では希有な作品として聴いていた。これがいわゆるロックなのかどうかもはやわからないが、ロック編成の音楽の可能性みたいなものさえ感じていた。
 いたってクールに進んでいくステージ。サウンドに対して忠実でストイックな印象さえ受ける。しかし、だからこそ時おりサイケデリックに、またゴシックに展開するとき、音の渦に吸いこまれる。アンサンブルに酔い痴れ、コーラスワークの虜になる。
 しかしハイライトはグレズリー・ベアーではなかった。演奏が終わると、間断なくデェスクロージャーがはじまる。ピンとした空気が暴発して一気にパーティ・ムードへ。まだ20歳そこそこの兄弟のデュオ。"Tenderly"のようなUKガラージから、"Latch"のようなハウスまで気の利いたグルーヴが会場全体を覆う。うまい......と油断していたらジェシー・ウェア"ランニング"のリミックスが投下される。まるでドナ・サマーを初めてクラブで聴いたときみたいに、我知らず全身で踊っていた。

夜は長かった。トータル・エノーモス・エクスティンクト・ダイナソーズの変態的なエレクトロ・ポップに嵌ったと思ったら、グラスゴー出身のラスティーのDJセットにも終止引き込まれ、何度も雄叫びをあげる。このとき、客席前線の熱狂度はすごくて、オシャレなパリジェンヌが乱舞。なんというか、世界中どこにいっても変わらない。結局は、そういうことだ。

First Person Shootr - ele-king

 そもそもインタヴューをおこなうつもりで返事を待っていたのだが、担当者の骨折りにもかかわらず、彼からは返事がこなかったようだ。それからもうずいぶんと時間がたった。ファースト・パーソン・シューターとは誰なのか。リリース当初ほんとうにわずかな情報しかなく、フレッド・ワームズリーとかリー・バーノンという名前にたどりつくのすらやっと。その頃デビュー作をリリースしたばかりだったサクラメントのプロデューサー、リー・バーノンと、このリー・バーノンを結びつける記事もなかったし、フレッド・ワームズリーと記されることがもっぱらであって、いまではリー・バーノンのサイド・プロジェクトらしいということはわかっているが、ファースト・パーソン・シューター(以下FPS)名義でのインタヴューは見かけない。情報がないというよりも意図的に覆面性を持たせたのではないかと、いまでは思う。彼にはファースト・パーソン・シューター(以下FPS)をリー・バーノンの名前から切り離したい理由があったのではないか? それは「少なくとも僕が本当に好む最後のチルウェイヴ作品になるだろう」という数ヶ月前の発言を再度引用しながらはじまるタイニー・ミックス・テープスのレヴューにも透けてみえるように、チルウェイヴ的な音への留保つきの共感、あるいはそのブームとしての消費期限を瀬踏みするかのような思惑ではなかったか。リリース元の〈レフス〉もチルウェイヴ系のレーベルとしての印象が強く、〈プラグ・リサーチ〉のような硬派な名門とはキャラクターとして差が大きい。もしそのようなことのために素性をあいまいにするような経緯があったのだとすれば、本作にとってもチルウェイヴにとってもあまりにもったいないことだと思う。「ピュア・ベイビー・メイキング・ミュージック」......それが、リリース後にやっと読むことのできた彼のFPS評だ。リー・バーノン名義では卓抜にして自在なエディットと、スマートなセンスによって、自由な発想に打ち抜かれたヒップホップを展開している。「それこそフライング・ロータスのモンド・ヴァージョンでしょう」というのは三田格の評で、そのように込み入った自身の作家性を、FPSの「ベイビー・メイキング」な作風と混在させたくなかった。そのようなことではないかと推察する。

 KEXPなどではFPSの音源にリーン・ウェイヴというタグがつけられている。それは「やせ細ってかぼそく、ふしぎなことにウェイヴィだ」そうで、実際のところ、R&Bを基調としながらも、シンセを重ね、リヴァービーにドリーム・スケープを広げていくやりかたにはチルウェイヴのヴァイブが色濃い。全体的にはかなげで繊細、隙間が多く、とてもスローに展開する。また自在なビート感覚、あるいはタイム感覚がそなわっている一方で、メディテーショナルなアンビエント・ポップへと展開していきそうな芽もある。要するにはっきりとポスト・ヒプナゴジックを彩る才能のひとりである。それを当人の言で表すなら「リアル・アンビエント・R&B・ノスタルジア・タイプ」ということになるだろうか。アンビエントとR&Bとを接続する感性がチルウェイヴを介して登場してくる例を鮮やかに示している。クラムス・カジノと比較するサイトもあるが、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルも引き合いに出さねばならない。

 「リーン」という言葉が定着することはなかったが、それはファットな要素をごっそりとそぎ落とした音楽、というような意味とともに、リテラルなかぼそさに言及したものであろう。FPSにはひどく栄養不足な男性のイメージも重なっていて象徴的だ。そもそもFPSとはプレイヤーの視点で争われるシューティング・ゲームの総称。ゲーム画面はイコール自分の視界であり、プレイヤーは不断の緊張をしいられる。自分の存在が戦闘空間に巻き込まれている緊迫感と臨場感、サバイバル感。それがFPSの肝だそうで、それはけっしてファットな体験ではなく、神経をすり減らし摩耗させるものだ。"パンチ・ストラック""シー・イン""ザ・ビッグ・ミステイク"と、ゲームの体験をほうふつさせるような曲名が並び、食事もとらずにモニターにはりつくプレイヤーを描出しながら、最終的に"ペイン・フォー・ユア・ウィン"(勝利の痛み)をうたい、再度「ニュー・ウェブ」(あらたなクモの巣)へとからめとられていくことを暗示して本作はぶつりと終わる。それはこうしたゲームへの両義的な返歌であるとともに彼の世界観でもある。ドリーミーでありながら、モニターから見えるものはすべて敵という、酷薄な現実認識がその裏側にはりついているのではないか。パンダ・ベアやチルウェイヴはマッチョイズムの対極にあるフィーリングをとらえたが、FPSの「リーン」は挫折したマッチョイズムを内側からあかすものなのかもしれない。奇妙に栄養のない音は、とてもデリケートにその空虚さをうずめていく。男性の表現はいつこのような細やかなタッチを得たのだろうかと筆者は驚く。

 そうした、女性らしさを経ない非マッチョイズムの可能性に対して、FPSはもっと意識的であっていい。それを「赤ちゃんが作ったようなピュアな音楽」として、一見肯定するようでいて実際は恥じているかのような自己評価が下されていることは、筆者にとっては悲しいものだ。このデビューEPの次がリー・バーノンの作品になるかFPSの作品になるかはわからないが、ぜひともFPSは続けてほしい。そして、どうせ名義わけるのならもっと限界まで「赤ちゃんが作ったようなピュアな音楽」性をつきつめてほしいと思う。本作は今年聴いたもののなかでも出色の作品なのだから。

David Byrne & St.Vincent - ele-king

 デヴィッド・バーンにはダーティ・プロジェクターズとのあいだにすばらしいコラボレーション曲がある。『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』というコンピレーションの冒頭をかざる曲だが、このコンピ自体が2009年前後のブルックリンやUSのインディ・シーンの活況と成果を伝える名盤として記憶されるべき作品だ。チャリティ目的ではあったが、ボン・イヴェールからイヤーセイヤー、アントニー・ハガティ、デヴィッド・シーテック、ブックス、グリズリー・ベアファイスト......等々、ディスク2枚にわたり、すべて名を挙げ切らねばきまり悪く感じられるほどじつに筋の通ったディレクションがなされている。これらの若いアーティストのなかにデヴィッド・バーンやクロノス・カルテットの名が混じっていることにもあっと思わされた。なるほどデヴィッド・バーンは精神的にも彼らの直の先輩と言えるかもしれない。また、いま彼がいきいきと立てる場所があるとすれば、それはニューヨーク・パンクの記憶のなかではなく、こうした才能たちのあいだにあるのではないか。もしこの時点で『アクター』がリリースされていれば、必ずやセント・ヴィンセントもここに名を連ねていただろう。アーティな佇まいといい、知的で旺盛な実験精神をたずさえた音楽性といい、デヴィッド・バーンをふくめて『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』が濃縮していたものは彼女が体現したものでもあり、まるで収録アーティストであったかのように錯覚させる。

 よってこのふたりの邂逅はとても納得のできるものでもあった。両者が描く軌道は、おそらくは自然に交わるものであったのだろう。なんとも名状のしがたいいびつさと気難しさを、しかしファニーにまとうアート・ワークには、ゆずらない彼らの個性が拮抗しているようですこし笑ってしまった。ダーティ・プロジェクターズとデヴィッド・バーンとは、思うさま歌い合い、唱和することそのもののエネルギーのなかで両者の才能をスパークさせていた。またコラボのなかでデイヴ・ロングストレスは自らにもっとポップで、もっとストレートに前向きであることを許していたかに見えた。だがそうしたダイナミックで肉感的なセッションとは対照的に、このカップルは弁証法的に、対話によってこのアルバムを鍛えたという雰囲気がある。作業方法も音源を送りあってアレンジやメロディを加えていくというスタイルでおこなわれたということだ。「さまざまな面においてデモクラティックな作業だった」とバーンはおどける。筆者は、そのデモクラティックな音楽的対話のハブになったのがブラス・サウンドではないかと思う。

 クセのあるヴォーカル、クセのある音楽性、両者のアクの強さを緩衝するために、本作の基礎となるブラス・セクションはちょうどよい機能を果たしている。ジャジーな用いられ方ではなく、フォーマルな雰囲気をたたえるアレンジは、ジャケットのイメージとも重なりながらアニー・クラーク(セント・ヴィンセント)とデヴィッド・バーンの劇場へとわれわれを誘うだろう。奇妙な、しかし明瞭な思考が往復する寸劇をすこしぎこちなく筆者は眺める。

 屈曲の多いブラス・ロック"フー"からはじまり、"ウィークエンド・イン・ザ・ダスト"はクラークが、"ディナー・フォー・トゥー"はバーンがおもにヴォーカルをとって展開する。おたがいの独特の節回しの特徴がよくわかる。コラボ作品の良さでもあり弱さでもあるが、思い描く音のために組まれたのではなく、組むことを前提に生まれてきた楽曲だという印象は否めない。しかし、それぞれに好きなアーティストがいっしょに課外活動をするということの独特の楽しみはあるものだ。筆者には"ザ・フォレスト・アウェイクス"が好みに思われた。どちらがメインでメロディを引っぱるのかという点では、曲ごとにかなりくっきりと分かれている。この曲はクラークが主導で、彼女の展開やアレンジがつねにわずかに感じさせるコズミックな感覚、それもあてどない宇宙ではなく、女性的な身体性とひとつながりの空間だという感じがよく出ている。"ザ・ワン・フー・ブローク・ユア・ハート"はバーンの面目躍如たるアフロ・ビートがいかにもバーンらしい歌い回しとともに展開してじつに気持ちよく愉快だ。ブラスがファンキーなリズムを端正に彫り出している。

『アクター』『ストレンジ・マーシー』を手がけたプロデューサー、ジョン・コングルトンがプログラミングに加わり、パーカッションなども数度にわたって細かく重ねられている他、ブラス・セクションも若い演奏者たちをつかって録りおろしているようだが、携わった人間の多さにかかわらず、クラークとバーンの掛け合いで展開するアルバムであるという点は変わらない。そうしたスタイルはすこし珍しいように思う。コーラスやアレンジにおいてではなく、ヴォーカルとしての掛け合いが聴けるのは終曲である。マーヴィン・ゲイとダイアナ・ロスとはいかないが、そこではようやくすこし艶っぽい。甘やかなバラードは意外にも新鮮にも感じられる。もちろん、どこか奇妙な印象を残しながらではあるのだが。

interview with Grizzly Bear - ele-king


Grizzly Bear
Shields

Warp Records/ビート

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 予兆はあったのかもしれない。前作『ヴェッカーティメスト』のオープニング・トラックの"サザン・ポイント"のドラム、あるいはダニエル・ロッセンのソロEPのギターの音に。だが......グリズリー・ベアとしては3年ぶりの『シールズ』は、バンドがまったく新しい領域へと足を踏み入れたことを何よりも音で宣言している。再生ボタンを押すと、8分の6拍子のなかで、リズムは複雑にビートを刻み、ざらついた質感のギターがアルペジオを鳴らし、シンセがうねり、それらすべてが吹き荒れたかと思えば、アコースティック・ギターが繊細に歌に寄り添う。呆気に取られていると、2曲目の"スピーク・イン・ラウンズ"でそれは確信に変わる。ドラムが疾走するアップテンポのフォーク・ロックを鮮やかに色づけるフルートの調べと、どこか甘美に響くコーラス。まったくもってスリリングな演奏、先の読めない展開、あらゆる楽器のエネルギッシュなぶつかり合い。その興奮と喜びを、「インディ・バンド」がこれほど高い次元で追及し達成していることに息を呑む。
 ヴァン・ダイク・パークスからビーチ・ボーイズ、ランディ・ニューマンらアメリカの作曲家たちの大いなる遺産を正しく受け継ぎつつ、自国のフォークへの深い理解を示し、現代音楽やジャズの素養もあり、ダーティ・プロジェクターズやスフィアン・スティーヴンスらコンテンポラリー・ポップの精鋭たちと共振する音楽集団。グリズリー・ベアと言えば、まるで隙のない優秀さに支えられ評価されてきたし、実際それはその通りなのだが、本作においては緻密なアレンジでその知性を研ぎ澄ましつつも、その前提を踏まえた上でこれまでは見せなかった荒々しさや情熱を惜しみなく楽曲に注いでいる。前作でときにティンパニのように響いていたドラムは、ここではより「ロック・バンド」的なそれとして叩かれ、エド・ドロストは声がかすれるほどエモーショナルに歌い上げることを恐れない。クレッシェンドとデクレッシェンド、ピアニシモからフォルテシモまで、自在に行き来する。いまだ眠っていた熊の野性が、ここでは遠慮なく呼び覚まされているようだ。

 グリズリー・ベアの音楽は、恐れずに前を向いているように聞こえる......アカデミズムとポップの範囲に囚われず、多彩な音楽を展開するその理想主義的な態度において。以下のインタヴューでエドは「リスナーひとりひとりの解釈に委ねたいから」と歌詞については沈黙を守っている。たしかにまずアンサンブルが雄弁な作品であり、そこでこそ言葉は鮮烈なイメージをはじめて発揮するように感じられる。が、ここではひとつだけ、情感豊かなサイケデリアが広がるラスト・トラック"サン・イン・ユア・アイズ"で美しく繰り返されるフレーズを挙げておきたい――「I'm never coming back.」

エネルギーに満ちたアルバムにするためにどうすればそれがより強調されたのはたしかだね。前のアルバムが洗練されたアルバムだったこともあって、今回は粗削りでも自分たちのいまのエネルギーを反映したアルバムにしたいと思っていたし。

新作『シールズ』、素晴らしいアルバムだと思います。より、バンドとしての結束が強固になった作品だと強く感じました。

エド・ドロスト:そうだね、一緒に曲を書いたりしたことでより絆は深くなった気がするね。それにアルバムを作るにあたっていろいろな試行錯誤があったしね。
 最初にテキサスでレコーディングを試みたんだけど、長いあいだみんな個々に活動していて、個人レベルで人間的にもミュージシャンとしてもそれぞれスキルアップして戻ってきたこともあって、まずお互いのバックグラウンドがどんなものなのかを改めて知る必要があったんだ。そしてお互いの成長ぶりがわかってからはどんどん作業がはかどって、曲も予想以上にたくさんできたんだ。

メンバーがそれぞれソロや別のプロジェクトをされていましたが、それらを経てグリズリー・ベアとして集まったときに、バンドのアイデンティティを再発見するようなことはありましたか? それはどのようなものだったのでしょう?

ED:バンド自体はつねに進化しているし、アルバムごとにつねにバンドとしての新しい発見を見つけることが出来ていると思ってる。もちろん今回も新しいアイデンティティを発見したと思うけど、それをカテゴライズすることはできないね。そこに行きつくまでに苦しんだりもがいたりしたけれど、新しいエネルギーと方向性を見出したかな。とっても長く曲がりくねった道のりだったし大変だったけれど、辿りついたときは全員が満足出来たし、最高傑作を生み出せたという自信にはつながったと思うよ。

今回はエドとダニエルが曲を持ちより、メンバー全員で作曲したとのことですが、そのプロセスを実際やってみて、これまでと大きく異なる体験でしたか?

ED:ダニエルが書いた曲を歌ったというより、一緒に共同で曲を作っていたんだ。作り方としてはダニエルがヴァースを作って僕がメロディやコーラスを乗せたり、その逆で僕がメロディを作ったものに彼がヴァースをつけたり、そんな感じでピンポン玉のように出来たものを打ち返しながら一緒に作品にしていったんだ。もちろんこれは初めて挑戦したやり方だよ。今までは歌ってるひとがそのメロディを作ってるって聞けばすぐわかるような感じだったけど、今回はこうしないとならないというルールみたいなものは何もなくて、とにかく自由にやってみたらこうなったんだ。

非常に緻密で洗練されたアレンジにもかかわらず、ライヴであなたたちを観るような野性味、パワーを非常に本作に感じました。少ないテイクで録音されたこととも関係しているのかと思いますが、そこにこだわったのはどうしてですか?

ED:長い充電期間を経て作ったこともあって、エネルギーに満ちたアルバムにするためにどうすればそれがより強調されたものになるかということを考えたのはたしかだね。前のアルバムがとても洗練されたアルバムだったこともあって、今回は無駄なことはせずもっと粗削りでも自分たちのいまのエネルギーを反映したアルバムにしたいと思っていたし。だからヴォーカルもコーラス・ワーク中心というよりもっとシンプルにありのままを録った部分もあるしね。だから前よりももっと生っぽい音にこだわってそのエネルギーを込めたものになっていると思うよ。

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たしかにクラシック的な構成は減らしたかな。もちろんいまだにピアノやストリングスを使ってはいるけど、よりシンプルにしようということを意識的に心がけた部分はあるかな。


Grizzly Bear
Shields

Warp Records/ビート

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前作までよりも、クラシック音楽的な構成が少し後退したように思います。とくに"イェット・アゲイン"や"ア・シンプル・アンサー"などは、よりシンプルにバンドの演奏が骨格になっているとわたしは感じるのですが、その辺りは意識的でしたか?

ED:たしかにクラシック的な構成は減らしたかな。もちろんいまだにピアノやストリングスを使ってはいるけど、よりシンプルにしようということを意識的に心がけた部分はあるかな。

現代音楽やジャズにも精通するあなたたちが、楽器は多くともあくまでバンド・スタイルであるのはどうしてですか? たとえばスフィアン・スティーヴンスのように、オーケストラを大々的に導入したいという欲望はないですか?

ED:たぶんオーケストラ的なアプローチは前のアルバムの時にやったと思うんだ。ただ今回はそれをやってしまうとちょっとやりすぎな感じと元々の良さを壊してしまうような気がして。
 過去にオーケストラと一緒にライヴをやったこともあって、それはそれで楽しかったし、新しい試みだったんだけど、そこで僕たちはバンドとして演奏するほうが好きなんだっていうことに気づいたんだ。とても楽しかったし、聞くには新鮮でいいと思う。でもバンドとして出すエネルギーには代えがたい感じがあったんだ。バンドで演奏すれば指揮者を気にして合わせる必要もないしね。
 なんとなくオーケストラが入ることでかしこまった感じになることで聴く人との距離を感じると思うんだ。音としてはとてもきれいだけど、オーディエンスと一体になるにはちょっと難しい面もあるなと感じたんだ。僕は個人的に音楽でリスナーと一体となって、歌詞は聴く人の解釈に委ねる、というのが理想なんだよね。

本作ではより歌がソウルフルに響いています。クレジットを見るとエドはヴォーカルとありますが、今回あなたは歌に専念したということですか? それはどうして?

ED:うーん......僕が曲をたくさん書いていることもあって、曲や歌詞もやはりヴォーカルに重きを置いている部分はあるとたしかに思う。歌詞も前よりもストーリーを上手く書けるようにもなってそれを表現する必要が出てきているからね。正直昔よりも歌詞を書くことにエネルギーを使ってると思う。曲のクオリティと同じくらいのレベルの歌詞を書いていると思うんだ。だからこそその歌詞の世界を表現するためにも、歌に重点を置いているのはたしかだよ。

グリズリー・ベアの楽曲には、ビーチ・ボーイズが引き合いに出される甘いコーラス・ワークがありながらも、つねに憂いや陰影、不穏さのようなものがあります。それはどうしてだと思いますか?

ED:とくに憂いと不穏さをコーラスに反映しているつもりはないよ。とくにこのアルバムは前のアルバムに比べて憂いはないと思うしね。

"スリーピング・ユト"が、「この曲が1曲目だ」となった決め手はなんだったのでしょう?

ED:この曲をオープニングに持ってきたのはアルバムの最初はアップテンポで始まり、終わりは真逆の雰囲気で終わるという風にしたいと思ったからなんだ。アルバムを聴いて最初にエネルギーを感じてもらうことを考えてこの曲を1曲目に持ってきたというわけさ。

ラスト・トラックの"サン・イン・ユア・フェイス"のダイナミックなアレンジには圧倒されます。

ED:この曲はある晩僕がピアノで書いた曲なんだけど、曲を作りながら自分が歌うんだろうと思ってた。自分でコーラス・パートも作って、それをダンに聴かせたんだ。そしたら彼はとても気に入って、他のパートを付け加えていいって、その後クリスが来てホーンとかを加えてくれた。最初僕はこの曲はもっとバラード的になると思っていたけど、とても長く旅に出ているような曲に仕上がった。最後に僕がコーラスを曲の中に散らばせて、出来たときは誰もがこの曲こそがアルバムの最後を締めくくるにふさわしい曲だと思ったよ。本当に素晴らしい曲になったと思う。

音楽的な前進を目指しているという点で、内省的なテーマを経ながらも、グリズリー・ベアの音楽は前を向いているように思えます。自分たちの作っている音楽は、オプティミスティックなものだと思いますか?

ED:とくに自分たちの音楽がどの方向を目指してるという明確なテーマは持っていないけど、このアルバムについて言えば、誰でもみんな孤独を感じたり誰かと一緒にいたいと思ったり、さまざまなことを日常のなかから感じていると思うんだけど、その日常で起こり得るひとの感情を表現したという感じかな。このアルバムにはオプティミスティックな部分がちりばめられているとは思う。とてもダークなトーンのものからオプティミスティックな部分まであると思うけど、たしかにいままでのアルバムの中では一番そう思える作品かもしれないね。全曲とは言えないけどね。

フォークなどルーツ音楽への理解がありながらも、主にアレンジの面において徹底的にモダンであろうとするところに、グリズリー・ベアの理想主義的な側面を非常に感じます。実際のところ、バンドはポップ・ミュージックの領域を拡大、あるいは更新したいという思いはあるのでしょうか?

ED:とくに意図的にポップ・ミュージックの領域に行こうとしてるわけではないと思う。僕たちはフォークやクラシック・ロック、ジャズ、R&B、インディ・ロック、なんでも好きだと思うし、こういったすべての要素をとりいれたいと思っているんだ。だからいろんなスタイルの演奏や音がアルバムにはちりばめられていると思う。このアルバムはとくにジャズの影響が出ていると思うけどね。

タイトルの『シールズ』にこめられた意味はどのようなものですか?

ED:今回はアルバムのタイトルを決めるのにかなり苦労した。『シールズ』というタイトルは何通りもの解釈ができると思う。ひととひととの関連性や親近性、他人とどこまで関与していきたいのかということに対する防御、壁という意味もあるし、「Shield」は「何かから守る」という動詞としても使える。このアルバムを作っていた時、冬の寒い要素が身の周りにたくさん感じられたから、そういった意味合いもある。そのような場所にいたから、孤立や防御という概念があったんだ。で、『シールズ』はどこかの時点で挙がって、既にどんなアートワークにしたいかっていうイメージはあったから、この言葉が出た時にどういうわけかしっくりきたんだ。当然メンバー4人の意見はそれぞれ違うだろう。でもそれでいいと思った。聞き手がそれぞれ好きな意味を見出してくれればいいんじゃないかってね。何よりも言葉の響きが気に入ったんだ。

electraglide - ele-king

 フライング・ロータスと電気グルーヴとDJケンタロウと高木正勝がいっしょに出る......というこの実験的でマニアックでオープン・マインディッドで、そしてど派手なラインナップ。ソナー・サウンド・トーキョーとしても活躍するビートインクが3年ぶりのエレクトラグライド、通称エレグラを開催する。
 ビートインクといえば、いまでは〈ワープ〉や〈ニンジャ・チューン〉をはじめ〈ハイパーダブ〉などの日本でのライセンスで知られているが、実はもともと、20年前は、まだエレクトロニック・ミュージックが日本に根付く前から、〈ON-U〉や808ステイト、リー・ペリーなどのコンサートを手がけている。PAシステムに対する意識もかなり高い。ハイプ・ウィリアムスのライヴで度肝を抜いた去る6月の「ハイパーダブ・エピソード1」のときのように、豪華なラインナップばかりではなく、意地でもサウンドシステムに力を注いでくるであろう。演出にも相当気を遣ってくるだろう。
 11月23日(金曜日)、場所は幕張メッセ。スタートは夜の9時から。すでに出演者は、二回に分けられて発表されている。第一弾発表として、フライング・ロータス、スクエアプッシャー、フォー・テット、アモン・トビン、アンドリュー・ウェザオール、コード9。ビッグネームがずらりと並んだ感じだが、フライング・ロータスに関しては新作『Until the Quiet Comes』が素晴らしかったこともあって、この一本だけでも駆けつけて来る人は少なくないでしょう。
 8月末には第二弾発表として、電気グル―ヴ、DJクラッシュ、DJケンタロウ、高木正勝といった大物の名前が挙げられたばかり。9月末には最終ラインナップが明かされることになっている。
詳しくはココ→(https://www.electraglide.info/

 ちなみにele-king編集部では、当たり前の話だが、本当に、まだ何も知らない(スタッフに訊いてみたけれど、当然、口は堅い!)。なので最終ラインナップの予想をしてみる。あくまでも希望が込められた予想です。イーノ、ハドソン・モホーク、デイデラス、エイフェックス・ツイン、ローレル・ヘイロー、コーネリアス、ゴス・トラッド......あるいは裏をかいてボノボ、オウテカ、グリズリー・ベア、ダークスター、オウガ・ユー・アスホール......あるいはハイプ・ウィリアムスがまた来たりして......当たったら拍手を! はずれたら罵倒を!


11/23(金曜日/祝前日)
@幕張メッセ
OPEN / START 21:00
TICKET前売¥8,800 / 当日¥9,800
※18歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。
顔写真付き身分証明書をご持参ください。

TICKET INFO:
前売8,800YEN:9月1日より販売開始!
チケットぴあ 0570-02-9999 [https://t.pia.jp/]
(Pコード:177-607) 初日特電:0570-02-9565
ローソンチケット 0570-084-003 [https://l-tike.com/] (Lコード:72626) 初日特電:0570-084-624
e+ [https://eplus.jp]
BEATINK web [beatink.com]
(以下ABC順)
BEAMS RECORDS 03-3746-0789
DISC SHOP ZERO 03-5432-6129
DISK UNION(渋谷Club Music Shop 03-3476-2627、新宿Club Music Shop 03-5919-2422、下北沢Club Music Shop 03-5738-2971、お茶の水駅前店 03-3295-1461、池袋店 03-5956-4550、吉祥寺店 0422-20-8062、町田店 042-720-7240、横浜西口店 045-317-5022、津田沼店 047-471-1003、千葉店 043-224-6372、柏店 04-7164-1787、北浦和店 048-832-0076、立川店 042-548-5875、高田馬場店 03-6205-5454、diskUNION CLUB MUSIC ONLINE [https://diskunion.net/clubt/])
HMV(ルミネ池袋店03-3983-5501、アトレ目黒店03-5475-1040、ルミネエスト新宿店03-5269-2571、ららぽーと豊洲店03-3533-8710)
GANBAN 03-3477-5710
JET SET TOKYO 03-5452-2262
SPIRAL RECORDS 03-3498-1224
TECHNIQUE 03-5458-4143
TOWER RECORDS(渋谷店 03-3496-3661、新宿店03-5360-7811、秋葉原店03-3251-7731、横浜モアーズ店045-321-6211、池袋店03-3983-2010、吉祥寺店0422-21-4571、町田店042-710-2161、柏店04-7166-6141)
TSUTAYA(SHIBUYA TSUTAYA 03-5459-2000、代官山 蔦屋書店 03-3770-2727、
TSUTAYA TOKYO ROPPONGI 03-5775-1515、三軒茶屋店 03-5431-7788)

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interview with Mark McGuire - ele-king

 暑中お見舞い申し上げます。
 以下に掲載するのは、去る5月に初来日したマーク・マッガイアのインタヴューです。
 簡単におさらいしましょう。マッガイアは、今日のアメリカの音楽シーンにおける新世代として、欧米ではもっとも評価の高いひとりです。ジム・オルークさんも評価しています。この5年のあいだにアメリカのアンダーグラウンドで起きていたこと、ノイズ/ドローンから美しいアンビエントが生まれてきたプロセスの体現者でもあります。海や水を題材にしたアルバムも多いので、この季節に向いているとも言えます。最近は、トラブル・ブックスとのコラボ作品を出していますが、これも涼しくて良いですよ。
 彼はまだ20代なかばの青年ですが、エメラルズとして、またはソロ活動において、大量の作品を発表しています。カセットテープ作品にCDR作品......それらの人気作は数年後にヴァイナルとなって再発されています。つまり彼は、音楽の発表の仕方の新潮流の代表者でもあります。
 取材をしたのは、翌日の帰国を控えた、日曜日の昼下がりでした。以下のインタヴューを読めば、彼がどんなところから来たのかわかると思います。


野田:日本での滞在はどうですか?

マーク:すごくリラックスして過ごしています。新宿で公園に行ったり、浅草では水辺を散策してとってもよかったです。あとはCDを買ったり、ボアダムスのライヴを観にいったり。

野田:リヴィング・ユア・セルフ』のことを考えていたんですが、この作品まであなたは自然をテーマにしたりすることが多かったと思います。それが一変して、このアルバムで家族というテーマを扱うことにしたのはなぜですか?

マーク:いままで家族からいろんなサポートを受けてきました。母は毎回ライヴを観にきてくれたし、妹のために書いた曲もあるし、弟からもいろいろ学んできていて。そのみんなから音楽ってどういうものか、自分はどういう存在なのか、そんなことをいろいろ学びました。この作品は僕にとって初めてのメジャーなアルバムだったので、そういういろんなサポートに対して恩を返したかったんです。
 あと、まわりのみんなは自分の家族について語るときに、それがどんなにいい家族かってふうに話すけど、実際はそうじゃないことも多い。たとえば「ごめんなさい」といういうような気持ちも表現して、それとともに「サンキュー」という気持ちも表したかったんです。このアルバム・タイトル自体もポジティヴなこととネガティヴなことの両方を示しているつもりです。

野田:理解のある家族なんですね。

マーク:そう思います。でもいつもそうだったわけじゃないですよ。最初僕はロック・バンドをやっていたんだけど、ノイズとかエレクトロニック・ミュージックをやるようになったときに、なんか、何をやってるのか理解できなかったみたいです(笑)。でもどうやって、どんなふうに僕が成長していったのかをちゃんと見ててくれたので、いまは理解があります(笑)。

野田:あなたのような20代なかばの若さで家族を自分の音楽のテーマにする人は多くはないですよね?

マーク:はははは。僕の家族はとても親密なんです。それはいい意味でも、悪い意味でも。それで、それまでたくさんのカセットなんかをリリースしてきたけど、ちゃんとした初めてのアルバムでは、次に進むためのひとつの区切りとして、家族というテーマを選ぶのがいいんじゃないかって思いました。

野田:しつこいようですが、たとえばロックンロール・ミュージックは、自分の両親やその世代に反抗することで熱量をあげていったようなところがありますよね。ロックの歴史という観点から考えると、『リヴィング・ユア・セルフ』のような実直な家族愛の表現は興味深いなと思ったんです。

マーク:そうですね、それはわかります。僕のまわりでも、父親のことは好きじゃないとか、子供の頃いやな経験をしたっていう人はいるし。でもそういうむかしのことについてとやかく言いすぎて、家族との関係を壊すことはしたくないなって思います。よくも悪くも、家族からのレスポンスのなかでとてもたくさんのことを学んだことには変わりないから、僕はとくに反抗はしなかったんです。

野田:50年前は、親の世代や古い価値観に対する反抗心が音楽のエネルギーとして働いていた。しかし、今日では必ずしもそこにはないってことでしょうかね。

マーク:僕はカソリックの家に育ったんです。教会に行くっていうようなこともいまはないし、カソリックとして生きてもいないんだけど、母がすごくオープン・マインドな人なので、むかしはよく話したんです。ぜんぜん話が通じなかったり、いまだに平行線なことも多いんだけど、そうやって実際に話してくれたってことに対してすごく感謝していますね。

橋元:"ブレイン・ストーム(フォー・エリン)"って、さっき妹さんへ捧げたと言っていた曲だと思うんですが、あなたの曲にはミニマルな構造のものが多いなかで、あんなにドラマチックな旋律を持った曲っていうのはめずらしいのではないですか?

マーク:この曲には時間をかけました。たしかに僕の曲の作りかたって、基本的にはディレイを使って音を重ねていくものだけど、これはループをベースにするんじゃなくてもっとしっかりメロディを作っていったんです。こういうのはこれから深めていきたいなって思う。これ、じつはこのアルバムをリリースする予定だった別のレーベルの人に、初め送った曲だったんですね。そしたら「ギター・ソロっぽすぎるんじゃない?」とか言われて......。何がやりたいんだ? みたいなこと言われて却下されたんですよね(笑)。

野田:はははは!

橋元:ええ、なんてことを! 私この曲を聴くと「エリン」って人はひょっとしたら死んじゃったかとても遠いところに行ってしまった人なんじゃないかって。そのくらい情感ふかい曲で、そこがいいと思うんですけどね。

マーク:このアルバムにはとてもたくさんのアイディアとストーリーが入っていて、いろんなことについて語ってるんです。ファミリーって、家族だけじゃなくて職場や友だちをさしたりもする言葉だし。そこにはいいことだけじゃなくて、いろんなストーリーがあって、たとえば後悔とか怒りとか。それからあなたが言ったような距離ということも。距離って地理的なものもあるけど、心のディスタンスっていうものもあるんじゃないかと思う。そういうテーマはこの作品のなかにはたしかにあります。

橋元:"ブラザー(フォー・マット)"という曲も弟さんへの献辞があります。これもドラムがすごくエモーショナルで作品中では異質な曲です。誰かに捧げることで、あなたはより素直にリリカルな曲を生めるんじゃないでしょうか。

マーク:弟とはよく音楽をやってて、高校のときはいっしょにロックをやってたんです。彼はロックが好きで。で、ドラマーだから、あの曲でたたいてもらったってわけなんですけどね。

野田:アルバムには家族の会話が入ってますよね。会話ではじまって、会話で終わってる。先日の東京のライヴも最初は日常会話からはじまってましたね。こういう、会話からやるっていうのはどういう意図があるんですか?

マーク:その録音は弟の5歳の誕生日のときのもので、たとえばその録音のなかで嵐について話したりしていて、そのことがまたべつの曲になったりしているんです。音源自体はタイム・カプセルみたいなもので、それがこのアルバムの起源になっているとも言えます。あと、ここには彼らはいないけど、音のなかにはずっといっしょにいるんだよっていうことでもあります。

野田:ライヴでああやって声を用いるっていうのは、そのまま受け止めると、その日常的な会話からあなたの音楽によっていろいろなところにオーディエンスをトリップさせる、そしてまたもとの日常にもどってくる、というような意図があったのかなって思ったのですが。

マーク:僕にとっては音楽は毎日やっていることだし、それが日常です。でもそういう会話のサンプリングによって、そのほかの、友だちとか家族っていう日常もひとつにする感覚でやっています。

野田:音楽が日常ってことですが、エメラルズのジョン・エリオットさんとはリリース量を競いあってるんですか?

マーク:はははは(笑)ノー、ノー。ずっと音楽をやっていて、パーティに行ったりとかお酒をのんだりとかってことに集中しなかったから、結果としてリリース量が多くなったという感じで。高校のときの友だちとかは、パーティーとかお酒とか好きで、ちょっとちがうなって思ってたんです。そこでジョンと会ったときに意気投合して。彼は音楽、音楽ってずっと集中してる人だったから。それでバンドになっていったんです。リリース量がとても多いって結果にも、かな。


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野田:『リヴィング・ユア・セルフ』以降にもたくさんリリースされていますが、そのなかで大きなものってなると『ゲット・ロスト』かなって思います。抽象的なアルバム・タイトルが多かったなかで、これは「失せろ」って意味じゃないですか。そういう直情的なタイトルにしたのはなぜですか?

マーク:このタイトルもさっきのようにいろんな意味にとれるものだと思うんですけど、英語だと「失せろ」というほかに「迷う」という意味もあるんですね。『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』が家から出ていくものだったとしたら、『ゲット・ロスト』は世界の広さに圧倒されてまよってしまった、そういうものだったんじゃないかって考えられます。世界はとてもクレイジーでいろんなものがうごめいている場所ですからね。でもその「迷う」っていうこと自体いはすごく大事なことだとも思ってます。スリーヴに書いてあるんですけど、「迷う」ことでなにかを発見したり、次につながっていくのはほんとに大事なことです。

野田:それは、クリーヴランドを離れたり、アメリカを離れてツアーをまわったりとか、そういう経験からきた言葉なんですか?

マーク:もちろんそこにはたくさんのできごとがあります。自分を強く持って、ここだって決めて進んでいったとしても、とてもたくさんの筋道ってものがありますよね。そういう、こうしたい、こうしたほうが良かったというたくさんの選択肢のなかで、自分に対して正直にいよう、そうしたことを強く持とうって思ったところからきています。あとは、クリーヴランドからポートランドへ引っ越したっていうのも大きいかな。そんな規模の引っ越しは初めてだったから。ひとりになった気持ち、とてもさびしい気持ちはあらわれているかもしれません。

野田:エメラルズのほかのふたりのメンバーもいっしょに引っ越したんですか?

マーク:彼らはクリーヴランドにいますね。

野田:ポートランドっていうと、いまとてもアーティストが集まる街でもあり、なおかつアメリカでもっとも銃声が鳴り響く街でもあるっていう噂を聞いたんですが。

マーク:銃声? クールですね(笑)。

(一同笑)

マーク:銃については最近考えをあらためて......、まあ、いいや。

野田:ええ、なんです?

マーク:もちろん銃は持たないほうがいいって思ってるんですけど、最近はハンティングのためとか自分を守るためというよりも、政府についてちょっといろいろ、嫌なことがあったものだから、それで銃を持ったほうがいいんじゃないかって思うようになって。

野田:ええ(笑)! それは聞き捨てならないですね!

マーク:いやいやそれは......

野田:ポートランドは治安が悪いっていうのはほんとなんですか?

マーク:僕はいちばんいいとこに住んでるわけじゃないけど、とくに問題ないですよ。住んでる人っていうより、警察のほうが危ない、こわい感じです(笑)。前の警察署長っていうのが、ちょっと獰猛な人だったみたいです。

野田:日本も似ています。

マーク:まあ、でも、これは気にしないでください。なんでもないです。なんでもない(笑)! 僕はいちども銃を撃ったことないですからね。でもそういった人たちや政府に対してアンチを唱える意味で銃を持つのもいいんじゃないかって、最近は思ったりします。

野田:それはすごいなあ。

マーク:でも......、これはほんと、なんでもないから(笑)!

橋元:(笑)『ゲット・ロスト』で声を入れようと思ったのはなぜです?

マーク:歌ってる曲は2007年の曲なんです。いつもは自分の曲に歌が必要だとは思わないんだけど、ときどき音だけじゃ表現できないから言葉で言わなきゃっていうことがあって。この曲はそんなふうにできたものです。シンガー・ソングライターみたいに歌うんじゃなくて、人間の声っていうものはとても面白い楽器にもなるとも思ってるので、もっといろんな可能性を拡張していきたいですけどね。

野田:あなたのライヴを観て、あんなに踊れるっていうか、ダンサブルな演奏に驚きました。いつもあのスタイルでやっているんですか?

マーク:僕はとてもいろいろなことをやっています。だけどあのときのライヴはお客さんとの一体感がほしかったので、音楽とリズムでそれをやろうって思いました。お客さんに身体を動かして観てもらいたかったんです。僕自身もボアダムスのライヴでそんなふうに観ていました。僕自身はドローンとかアンビエントとかもっとメディテーティヴなものとか、いろいろなスタイルでやります。バランスのとりかたに悩むこともありますけど......。
 たとえば流行の音楽がありますよね。そういうものも好きで、やりたいなって思ったりもするんですけど、そういうものを取り入れることで自分のスタイルを失ってしまうんじゃないかって思ったりもして、そういうバランスがむずかしいんです。

野田:流行っている音楽っていうのは?

マーク:レトロなインディ・ダンスとかですね。

野田:〈100%シルク〉とか?

マーク:別に悪く言ってるんじゃないんですよ! ローレル・ヘイローフォード&ロパーティンみたいな人たちのことです。いろんな人がいるってことです。たとえばドラムマシンとギターを使ったような曲もありますけど、そっちの方向に自分が進むべきかっていうとちょっと違うかな、とも思います。

野田:ローレル・ヘイローとは交流があるんですか?

マーク:フォード&ロパーティンとは、特別親しいわけじゃないけど知り合いです。ゾーラ・ジーザスとも知り合いです(笑)。

野田:ちょっと意外ですね! あのー、5~6年前、アメリカのインディ・ミュージック・シーンの若い世代たちがドローンをやってたじゃないですか。あれはなんでなんでしょうね。

マーク:2000年くらいにスケーターとかダブル・レオパード、サンルーフの影響を受けたんですけど、僕はその当時ノイズのコミュニティにいたんです。あの頃は、そんなことをしているのは自分たちだけだと思ってたんだけど、気づいたらほかのノイズの人も同じようなことをやってました。
 それが何故か......、たとえばシンセサイズな音楽がダンス・ミュージックになってって、その次の展開ってわからないけど、また90年代にもどるって展開もあるかもしれないですね。ひとつのジャンルにそういうシフトがあるように、それもなにかシフトしていったものなんじゃないでしょうか。僕らにとってはそれはとてもナチュラルでオーガニックな流れなんです。こういうバンドのように、こういうジャンルのようにやりたいって思ってたわけではなくて、自分たちにとって正直に音をつくっていった結果こうなったという感じです。

野田:テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングのような人たちのドローンというのは、現代音楽の発展型で、ある意味論理的で、専門的でマニアックな音楽だったんですけど、それがいまではより感覚的で身近なものになったっていうことでしょうか?

マーク:彼らはニューエイジのドローンの人たちに対して影響があったような作家で、僕らはどうかわからないけど、そういう人たちもいますよね。僕にとってはパンクとハードコアが初めにありました。それはクレイジーなものでしたが、ドローンをはじめたとき、とてもコントロールが効いた音楽だと思いました。とてもミニマルなもので、それが新鮮に思えたんですね。それはとてもリラックスできるものなんだけど、その奥底にパンクやハードコアのようなタフな要素があるんじゃないかって思います。あと、ドラッグなんかをやるときにはパンクみたいにハードなものはやめたほうがいいんじゃないかとも思いますよ(笑)。

橋元:そういう、ドローンとか瞑想的な、アトモスフェリックな音っていうのは、あなたのなかでサーフ・カルチャーと結びついていたりしますか? インナー・チューブ名義での作品はサーフ・カルチャーの影響から生まれたということですが。

マーク:インナー・チューブというのは、スケーターのスペンサー・クラークとのプロジェクトなんですけど、彼ととてもよく遊んでいたことがありました。『ストーム・ライダーズ』というサーフィンについての映画があって、その映画はサーフィンの精神性に関する映画だったんです。そのなかで、「波の力は地球上でいちばん大きな力の源だ」っていうことが語られているんです。
 このプロジェクトはシンセサイザーを使ったメディテーション音楽なんですが、とっても楽しかったです。決められたテーマがあったので、むしろいろんなアイディアがふくらんでいきましたね。でもすごいたくさんあるなかで、海のなかにいること、それはサーフィンでも泳ぐことでもいいんだけど、そこに人生のすべての感覚があるんじゃないかって。その海のなかにいる感覚から、世界をどう見るか、人生の経験をそこにどうやってつなげていくかってことをテーマにしました。

野田:レコードにはポスターが入っているんですよね。

マーク:それは映画からきてますね(笑)。

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野田:ちなみにクラウトロックからの影響もすごくあると思うんですけど、同時代のエレクトロニック・ミュージックからの影響っていうのはないんですか? ベーシック・チャンネルみたいな、ベルリンのミニマル・テクノであるとか。

マーク:もちろんあります。初期のデトロイト・テクノとか。さっき言ってたパンクの話ではないですが、とてもコントロールされていて、とても凝縮されている、そういうタフさのようなものがあるっていうところに惹かれます。すごく正直にいうと、僕は80年代のソウルも好きで、それとデトロイト・テクノには似たようなところがあると思ってます。

野田:デトロイト・テクノが好きなのに、ライヴではドラムマシンを使わないってとこがすごいと思いますよね(笑)。

マーク:ふふふ。ギターでテクノをつくります。

橋元:さっき言ってたようなローレル・ヘイローとかゲームス、フォード&ロパーティンも入るかもしれませんけど、いまチルウェイヴと呼ばれているような音楽が現実逃避的だっていうような批判を受けたりしていますけど、現実逃避っていうこと自体は音楽や文化にとってすごく大きな役割を果たしてきたものだと思うんですね。あなたの音楽には現実逃避的な部分があると思いますか?

マーク:デフィニトリー! もちろんそれはあります。でも、たとえば、チルすることで「人生はいいよね」と言ってしまうことは正しくないと思います。ネガティヴなことも言うべきだと思います。本当の人生のなかでは人はそれでリラックスすることはできないじゃないですか。もっとたくさんのむずかしいことがあります。僕がアルバムで表現したかったように、いいこと悪いことの両面について触れるべきです。けど、もちろん自分の音楽に現実逃避的な部分はあるな、とは思っています。

橋元:そういう部分が逆に自分の音楽をふくらませることはないですか?

マーク:そうですね。それはあります。僕の音楽にはエクスタシーのような、いい気分に満たされるようなものがあるとは思いますけど、それは人びとに必要なものじゃないかっていう気持ちから生まれてるんです。みんな学校とか仕事やなんかがあって毎日とても忙しいから、そういう感情がないと生きていけないんじゃないかと思っています。生きていくのに必要なものなんじゃないかって思います。ただ、くりかえしになるけど、ものごとのふたつの面については考えなきゃいけない。

橋元:なるほど。実際あなたにとって音楽をつくることとギターを弾くこととはどのくらい分離したものなんでしょう? 即興的な部分が大きいのですか?

マーク:それはほんとにいろいろなんですけど、はじめにたくさんのアイディアがあることも多いです。実際ギターを弾きながら何かを発見していって、それをコンポーズドさせていったりもするんですけどね。あとはたくさんのレコーディングを作っておいて、あとで聴きながら「あ、ここいいな」って思った部分をつなげていくようなやりかたもします。だから、けっこういろんなやり方が組み合わさっているかなあ。でもいずれにせよすごく時間をかけることが大事だと思ってます。10年じっと座って考えるっていう意味ではないんですけど、やってみたことをあとからじっくり考えなおしてみてみることですね。

橋元:最後にエメラルズについて訊きたいと思います。エメラルズをやることで自分の音楽にフィードバックがあるとすれば、それはどのようなことなんでしょう。そしてメンバーの性格分析や音楽上の役割分担について教えてください。

野田:そもそもエメラルズの次のアルバムって用意されてるの?

マーク:とってもいいレコーディング・スタジオを借りたみたいです。6月は1カ月まるまるそのクリーヴランドのスタジオで作業することになりそうです。それでポートランドに結果を持って帰っていろいろ作業して、また8月にクリーヴランドに戻って作ります。
 レーベルは〈エディションズ・メゴ〉です。でも、アルバムを作るために集まるんじゃなくて、みんなで音を出すのが楽しいから集まるわけで、アルバムはほんとに、あくまでその結果ですね。音を出すのが目的です。でも、そのスタジオは〈エディションズ・メゴ〉が借りてくれてるから、もちろんまあ、出るんでしょうね(笑)、アルバムが。とってもいい条件だったみたいです(笑)。
 で、最初の質問ですけど、僕らは実際エメラルズがこんなに成功するとは思ってなかったんです。ジョンとはもう13年くらい音楽をやっているんですけど、ぜんぜん誰にも、見向きもされなかったんです(笑)。だからいまの状況に圧倒されてるところもありますけど、ジョンからもみんなからもすごくたくさんのインスピレーションをもらっています。

野田:ヨーロッパからの反応はどうなんですか?

マーク:とてもいいです。アメリカよりいいです。ウォッカも飲めます(笑)。
 ふたつめの質問については、そうですね、僕ら3人は、とっても性格がちがうんです。違っているからこそ、音楽がいっしょにやれる、集まれば音楽が生まれてくるんだと思ってます。僕ら3人のパートははっきりと決まっているわけではないんですけど、バランスをとても大事にしているんですね。アルバムを船だとすると、いつも、その船がまっすぐ進んでいるかな、ということをつねに気にしています。とても大きなところでは、僕らはジョン・コルトレーンに影響を受けてるんです。彼らの演奏はいつもタイト、そしてどの部分を見てもコントロールされているし、音のバランスもとてもいい。大きな影響を受けてます。ひとりじゃなくて複数の人で演奏しなきゃいけないときに、お互いのことを気にしなきゃいけない、そういったときにジャズからとても大きな示唆を受けます。
 僕はエメラルズの3人を世界でいちばん大事な友だちだと思っているし、3人で音楽ができることをほんとうに素晴らしいことだと思います。音楽というのは自分のなかから生まれてくるもので、音楽がさきにあるんじゃなくて、自分がさきにあるものだと思うから、もしそれを誰かとやる場合は、フレンドシップがすごく重要になります。だから6月の録音にはそのフレンドシップという原点に立ち返ろうってことも思ってます。エメラルズの音楽ファンのために作るというより、僕らメンバーがお互いのことが好きなんだというそういう原点にもどって作りたい。そう思ってます。

野田:みんなほんとはエメラルズに来てほしいと思ってるんですが、聞いたところによると機材がすごいんですよね。それでなかなか持ってこれないっていう。

マーク:僕もすごくたくさんペダルを持っていて、ほかのふたりも機材はたくさんあるので、その点でたしかにツアーは難しいかもしれないです。やるときはほんとにベストを尽くしたいので......

野田:なんか、すごい古い機材を使うんですよね?

マーク:ジョンはすごい大きなモジュラーのシステムを組んでいます。メロトロンも持っているけど、さすがに1回もライヴに持ち込んだことはないですね(笑)。スティーヴも10個くらいのシンセサイザーを持ってるので、まあピンク・フロイドみたいに予算がガンガン使える人たちじゃないと、ちょっとむずかしいですね(笑)。彼らはボートを使ったみたいけど、たしかにボートじゃなきゃ無理かもです。エメラルズの機材は、飛行機には載りきらないでしょう(笑)。

野田:そんなに......、ところでさっき、あなたはノイズ・シーンにいたと言っていましたが、そのノイズ・シーンについて詳しく教えてください。次の紙ele-kingでは「ノイズ」を特集しようと思っているんです。

マーク:僕たちが2005年に演奏をはじめたとき、エメラルズの前にフランスライオンズというバンドをやっていました。その秋、僕たちはクリーヴランドでスリーピータイム・ゴリラ・ミュージアムという本当にひどいバンドの前座をやって、とても変なセットをその晩演奏したのですが、そのライヴでジョージ・ヴィーブランツ(Viebranz)という人に出会いました。
 ジョージはクリーヴランドの小さなクラブやDIYスペースでたくさんのライヴを企画していて、僕たちにオハイオのアクロンにあるダイアモンド・シャイナーズに翌週末に演奏しにおいでよと言ってくれました。ダイアモンド・シャイナーズはタスコ・テラーというバンドが運営していた小さなDIYハウス・スペースです。そこで僕たちは同じ好みを持ったたくさんの楽しい人たちに出会って友だちになり、また彼らが紹介してくれたバンドとのネットワークを築きました。そしてそれと同じ時期に、僕たちが夢中になっていたノイズやエクスペリメンタル・ミュージックのたくさんの音楽がオハイオやミシガン周辺で生まれているということを知りはじめました。とりわけコスモス・ファームという場所、ラムズブレッドというバンドが運営していたオハイオのデラウェアにあるザ・ラムズデンという場所で、そういった音楽のライヴ演奏がおこなわれていました。
 僕たちはそこで演奏しようと何度か試みたのですが、彼らから詳細をもらうのはすこし難しくて......、でもあるとき、ようやくそこで演奏することができたんです。そこでは僕らが好きなバーニング・スター・コア、ヘア・ポリス、ウルフ・アイズ、クリス・コルサーノといったバンドのライブを見ることができて、とても興奮しました。それから僕たちはラムズブレッドとすぐに仲よくなったんです。ラムズブレッドはとても愉快でパーティ好きで、信じられないほどいいレコードを持っていました。それから当時の彼らは僕たちと同じくらいの量のウィードを吸っているバンドでもありました。
 エメラルズをはじめたすぐあとでした。クリーヴランドであったマジック・マーカーズ/ラムズブレッドのライヴでラムズブレッドと仲よくなって、ヴァンパイア・ベルト、デッド・マシーンズ、バーニング・スター・コアなど僕たちが賞賛するバンドも出演するデラウェアの彼らのハウス・パーティで演奏してよと誘ってくれたのです。そのライブは僕にとっていちばん緊張したライブとなりました。僕らは5~6分しか演奏しなくて、ほとんどサウンドが作れなかったと思います。そこにいた人たちは楽しんでくれたみたいでしたけど。それから僕たちはその場所やミシガンでタスコ・テラー、レズリー・ケッファー、グレイヴヤーズ、ラムズブレッド、バーニング・スター・コア、シック・ラマ、ハイヴ・マインド、アーロン・ディロウェイなどたくさんのバンドとライヴをやりました。

野田:ソニック・ユースからの影響はありましたか?

マーク:僕たちの音楽は前に言ったようなのバンドを通して、サーストン・ムーアに紹介されました。サーストンは僕らが2006年にタスコ・テラーとスプリット作ったカセット『クリスマス・テープ』を聴いて、僕たちにとっては最初のヴァイナルとなるその再発をリリースしたいとオファーしてくれたのです。その当時サーストンはオハイオのノイズ・シーンによく顔を出していて、タスコ・テラーの子どものころからの友だちであるレズリー・ケッファーや、ラムズブレッド、そして僕たちとタスコ・テラーのスプリットLPをリリースしました。
 サーストンはとてもいい人で、すばらしい人たちとのネットワークを持っています。でも個人的にはソニック・ユースに夢中になったことはありません。僕が彼らにいちばん興味をもったのは、図書館で『ウォッシング・マシン』を借りて聴いたときでしたが、そのとき僕は8歳でした......。それ以外はあまり自分にひっかかったことはありませんでした。彼らはたくさんのバンドに影響を与えていると思いますが、正直、僕はそのうちのひとりではありません。
 僕たちがバンドをはじめたときにとても大きな影響を受けたのはラムズブレッドでした。自由でサイケデリックな要素を持つ彼らの音楽や、彼らとの個人的なつながりは、初期の僕らに助けや助言をあたえてくれました。彼らがもう演奏しないことや、彼らのことを語ることを誰もしないのは悲しいことですが、彼らは僕が音楽を通して出会ったなかでももっともディープな人たちで、彼らのことが大好きです。

 ※次号の紙ele-kingでは、ゼロ年代のノイズ/ドローンのシーンについて特集します。こうご期待!

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