「IO」と一致するもの

aus - ele-king

 00年代にデビューし数々の作品を送り出すも、近年は長らく音楽活動を休止していた東京のプロデューサー aus が、新作シングル「Until Then」を発表する。aus 自らが主宰する〈FLAU〉と、ロンドンのハウス・プロデューサー、セブ・ワイルドブラッドが主宰する〈All My Thoughts〉からの共同リリースというかたちで、B面にはワイルドブラッドによるリミックスを収録。年明け、1月後半に発売予定。
 なお4月には〈Lo Recordings〉から、15年ぶりとなるフル・アルバムのリリースも予定されているそうだ。困難を乗り越えた aus の、新たな船出を祝いたい。

ゼロ年代ジャパニーズ・エレクトロニカ不朽の名作『Lang』で、一躍シーンの中心へと躍り出た東京出身のアーティストausが久々の新曲を10inch & CDでリリース。生音のストリングスで幕を開け、たおやかなムードが漂う中、小気味好いキックが介入すると、マリンバ、ピアノ、深みのあるシンセサイザーなど様々な楽器がブレンドされ、随所で浮き上がる国籍不明にエディットされたユニークなヴォーカルをアクセントに、滑らかでパーカッシヴなグルーヴに引き込こまれる。録音・解体・再構築された特徴的なヴォーカルは、彼の言語への興味が示されており、シネマティックで浮遊感のあるトラックは前へ前へと前進する躍動感に満ちている現行のディープ・ハウス~エレクトロニカとも共振しながらも、確かな個性を見せるメロディアスできらびやかな楽曲で、ausの新章であると同時に真骨頂とも言える仕上がり。
アジアを除く海外リリースはジャジー・ディープハウスの雄Seb Wildblood主宰のAll My Thoughts。B面にはSeb Wildblood自身のリミックスが収録される。Loraine JamesやRoss From Friendsら現行の人気エレクトロニック・ミュージシャンが自身のプレイリストやミックスなどにフィーチャー、今秋には久々の新曲をOlafur ArnaldsがBBC Radio3でプレミア公開して話題を呼んだ。

about aus
東京出身。10代の頃から実験映像作品の音楽を手がける。早くから海外で注目を集め、NYのインディーズ・レーベルよりデビュー。伝説的なレコードショップOTHER MUSICに「現代のエッジと甘美さ、印象的な歌心をこれほど日本的な方法で融合させたアーティストは他にいない」と評される。これまでにヨーロッパを中心に世界35都市でライブを行い、レコード・レーベルFLAUを主宰。現在は香港のインターネット・ラジオHKCRでレジデンスを務める。また、海外アーティストの招聘も積極的に行っており、Olafur ArnaldsやJulia Holter、Julianna Barwick、Grouperらの来日公演を成功させ、静謐でユニークな音楽を紹介するショーケースFOUNDLANDを継続的にオーガナイズしている。
長らく自身の音楽活動は休止していたが、 今秋イギリスBBC RADIO3でOlafur Arnaldsが新曲をプレミア放送。2023年、Seb Wildblood率いるAll My Thoughtsと共同でニューシングル「Until Then」をリリース予定。同4月にはGrimesやSusumu Yokota、サーストン・ムーアらをリリースしたイギリスのLo Recordingsから15年ぶりのフルアルバムも予定している。

■aus - Until Then

タイトル:Until Then
アーティスト:aus
デジタル発売日:2023年1月18日
10inch/CD発売日:2023年1月25日
フォーマット:10”/CD/DIGITAL
レーベル:all my thoughts, FLAU

tracklist:
1. Until Then
2. Until Then (Seb Wildblood Remix)

Federico Madeddu Giuntoli - ele-king

 イタリアのピサ出身、現在はバルセロナ在住のフェデリコ・マデッドゥ・ジュントリは、音楽のみならず、美術や写真など複数の分野で横断的に活躍するアーティストだ。00年代にはイタリアのエレクトロニックなバンド、DRMの一員としてアルバム『Haiku』を発表してもいる(ベルリンのトゥ・ロココ・ロットや、〈Hefty〉に作品を残すナポリのデュオ Retina.it が参加)。
 そんな彼のソロ・アルバムが日本の〈FLAU〉からリリースされている。ゲストとして、〈12k〉からの作品で知られる日本のアンビエント/エレクトロニカ・アーティスト Moskitoo や、ドイツのプロデューサー AGF(ヴラディスラフ・ディレイことサス・リパッティのパートナーでもある)が参加、それぞれをフィーチャーした曲のMVが公開中だ。注目しておきましょう。

神経科学の博士号を持ち、美術、写真、言語学と様々な分野で活躍するバルセロナ在住のイタリア人アーティストFederico Madeddu GiuntoliがAGF、Moskitooらをゲストに招いたファースト・アルバムをリリース。11のミニマルで親密な小さな曲で構成された本作には、寂寞感漂うピアノの断片、密やかに爪弾かれるギター、絶妙にコントロールされたドラム・パーカッション、柔らかで繊細なスポークンワード/ボーカルが、加工されたマイクロ・サウンドとフィールド・レコーディングと共鳴し、ロマンスとミステリーへの簡潔で、深遠な旅を作り出しています。

「このアルバムは、洗練とレイヤリングの緩やかなプロセスに従って形作られ、10年以上にわたる長い間、邪魔されることなく、しばしば自分の意志に反して、最終的な形に到達するために組み立てられたものです。この作品に関連性を見出すことができるとすれば、それは、稀な脆弱性、憧れ、生き生きとした感覚、即興性と脆さの芳香が、説明しがたい完璧な印象と混ざり合ったものを提供する能力にあると言えるでしょう」

about Federico Madeddu Giuntoli
イタリア・ピサ出身、バルセロナ在住のサウンド・アーティスト。To Rococo RotやRetina.itとコラボレーションを果たしたイタリアのエレクトロニック・バンドDRMの一員として活動後、バルセロナに移住し、写真家として、写真集「Nuova gestalt」を出版、彫刻作品の制作や国際的なランゲージ・トレーナーとしても活動している。

■Federico Madeddu Giuntoli - The Text and the Form

タイトル:The Text and the Form
アーティスト:Federico Madeddu Giuntoli
LP発売日:2022年12月7日
フォーマット:LP/DIGITAL

tracklist:
01 lolita
02 text and the form (feat. Moskitoo)
03 #8
04 you are (feat. AGF)
05 flow
06 inverse
07 our Bcn nights
08 unconditional
09 h theatre
10 unconditional (reprise)
11 grand hall of encounters

不気味なものの批評を超えて - ele-king

 イギリスの批評家マーク・フィッシャーの『奇妙なものとぞっとするもの』の日本語訳が、先日 ele-king books の一冊として刊行された。本書は日本語に訳されたフィッシャーの著書としては『資本主義リアリズム』、『わが人生の幽霊たち』、『ポスト資本主義の欲望』に続く四冊目に当たる。これらのうちでおそらく最も有名な『資本主義リアリズム』は、ドナルド・トランプのアメリカ合衆国大統領就任と著者フィッシャーの自殺がほぼ同時期に起きたあの悪夢のごとき2017年の翌年である2018年に邦訳が出版され、資本主義とは異なる社会的組織化の原理をもった世界を想像することさえ困難になってしまった現在の私たちを取り巻く生と思考の諸条件をクリアに描き出してみせた絶望的なまでにリーダブルな書物として、日本でも大きな話題となった。それゆえ多くの人にとってマーク・フィッシャーの名は、『資本主義リアリズム』の著者として、同書における怜悧で核心を突くような政治的社会的考察の数々とともに記憶されているに違いない。彼の晩年の講義録であり最近邦訳が刊行されたばかりの『ポスト資本主義の欲望』は、2010年代に入ってからのフィッシャーがゼロ年代後半にみずから提示した暗鬱たるヴィジョンからの逃走線を、いやむしろ構築線とでも呼ぶべきものをいかにして引こうとしていたかを生々しく物語るものとなっており(ジェルジ・ルカーチの『歴史と階級意識』とヘルベルト・マルクーゼの『エロスと文明』があのような仕方で再評価されるなどといったい誰が予想できただろうか)、『資本主義リアリズム』に感銘を受けた多くの読者の期待に応えるものとなっている。「出口なし」の状況、個人主義的な快楽主義の規範のなかで見失われる集合的な享楽の可能性、「新しいもの」や実験への欲望に対して絶えず加えられる新自由主義的な抑圧──そのような条件のもとで実存的に窒息しかけながら、打開策を求めて必死で手探りし続けている人々に、翳りを帯びた表情で、しかしユーモアを忘れずに内在的な救いの手を差し伸べる。マーク・フィッシャーとはそのような人だった。現代大陸哲学の確かな知識にもとづき政治と社会を縦横無尽に論じてゆく左派のブリリアントな「理論家」としてのフィッシャーの姿が、そこには明瞭に記録されている。
 他方で、『わが人生の幽霊たち』と『奇妙なものとぞっとするもの』の二冊にはフィッシャーの別の相貌が映し出されている。すなわち、「理論家」としての政治的フィッシャーに完全に統合されているとは言いがたい、「批評家」としての美学的フィッシャーである。周知のとおりフィッシャーは90年代にウォーリック大学の哲学科で学び、博士号を取得している。当時そこでは異端のドゥルーズ&ガタリ派哲学者ニック・ランドが教えており、レイ・ブラシエやイアン・ハミルトン・グラントやロビン・マッカイといった、思弁的実在論と呼ばれる大陸系哲学運動の中核をのちに担うことになる人々も学生として籍を置いていた。フィッシャーは彼らと晩年まで友人であり続ける。彼が一見すると『資本主義リアリズム』での自身の立場と正反対に見えるもの、すなわち加速主義──イギリスではランドを通じて広められた、資本がもたらす認知的かつ技術的な生産のプロセスを徹底的に加速させることで資本主義そのものを内破させることができるとする立場──に積極的にコミットする姿勢を見せたのにもそのような背景がある。しかしフィッシャーは初めからウォーリック大学にいたわけではない。ランドとともにあの伝説的な CCRU(Cybernetic Cultural Research Unit)を立ち上げたセイディー・プラントが96年に同大学に移ってくるまでは、70年代以来カルチュラル・スタディーズの牙城であったバーミンガム大学で学んでいた。つまり彼はもともと、スチュアート・ホールやポール・ギルロイの系譜に属するカルチュラル・スタディーズの研究者(の卵)だったのである。94年には雑誌『ニュー・ステイツマン』にオアシスやブラーに代表されるブリットポップの反動性を批判した記事を寄稿する傍ら、D-Generation という「パンクの幽霊に取り憑かれたテクノ」をコンセプトとしたグループで「Entropy in the UK」というEPを発表し、音楽批評家サイモン・レイノルズの目に留まったりもしている。したがってフィッシャーの活動の中心には当初から音楽が、それも文化全体への批判的視点に貫かれたものとしてのパンク(もしくはポストパンク)があったのだと言われねばならない。
 以上のとおり「批評家」としてのフィッシャーは、ポピュラー文化が生み出した諸々の作品、あるいはより正確に言えば「文化的生産物」のうちに、解放的未来への政治的想像力を活気づけるようなエッジの効いた美学的ポテンシャルを探ろうとする立場をとっていた。資本主義リアリズム(サッチャー的な「この道しかない=オルタナティヴなど存在しない」)への政治的批判と、加速主義(パンク的な「未来などない=未来の幽霊の声を聴かなければならない」)への美学的コミットメントという二つのパースペクティヴの不安定な総合を試みるルート、抑鬱への傾斜をも含んださまざまな危険に満ちたルートを歩みつつあった彼の姿は、2000年代の前半から彼が自身のブログ K-Punk や『The Wire』などの雑誌に発表してきた音楽、小説、映画、テレビドラマといった多彩なジャンルの生産物を取り扱うテクストからなる『わが人生の幽霊たち』(原著は2014年に出版)においてとりわけはっきりと確認することができる。そこでフィッシャーは、ザ・ケアテイカーブリアルといったミュージシャンたちを「アンイージー・リスニング」の実践者、失われたユートピア的未来の亡霊を絶えず回帰させるような「憑在論」(哲学者ジャック・デリダの用語)の美学の実践者として、力強く支持することになる。この「憑在論」の美学に関して強調されねばらないのは、そこで念頭に置かれている聴取のタイプが、80年代リバイバルやヴェイパーウェイヴなどに見られるような明らかに自己慰撫的な「ノスタルジー・モード」(批評家フレドリック・ジェイムソンの用語)の聴取のそれとはまったく似て非なるものであるということだ。幽霊や亡霊の形象を動員することでフィッシャーが試みているのは、私たちの眼と耳を私たちの慣れ親しんだ世界のイメージから引き剥がして、見慣れないもの、よそよそしいもの、異邦的なもの(the alien)のほうへと向けなおさせることである。フィッシャーの美学的格率が述べるのは、私たちは自身の思考をつねに「外部(the outside)」へと方向づけておかなければならない、ということだ。
 『わが人生の幽霊たち』と同じく五井健太郎によって日本語へと訳されたフィッシャー生前最後の著作『奇妙なものとぞっとするもの』は、何よりもそのような「外部」の概念の具体的な練り上げを試みたものとして読むことが可能な書である。本書では、ホラー小説とSF映画と(広義の)実験音楽とが同じ概念的道具立てによって論じられるが、そこで基軸となるジャンルはホラーだ。このことは、ダルコ・スーヴィンの『SFの変容』が典型的であるように、批評的評価の観点からは伝統的にSFのほうがホラー(ファンタジー)よりも意義深いものだと見なされてきたことを踏まえるならば意外に感じられるはずである。さらにフィッシャーは、本書の序でみずから定義する「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」という二つの概念を用いることによって、ホラーやSFをめぐる批評的言説の世界でこれまで覇権的な地位を占めてきた「不気味なもの」という精神分析的な概念を乗り越えることを企てる。「奇妙なものやぞっとするものを「ウンハイムリッヒ」なもの〔=不気味なもの〕の一部と見なすことは、外部から世俗的なものへの撤退の徴候である。広範に見られる「ウンハイムリッヒ」なものにたいする偏重は、ある種の批判〔critique〕へと向かう衝動に対応するものであり、そしてこの批判はつねに、内部の穴〔gaps〕や行き詰まりを通じて外部を処理することによって作動する。だが奇妙なものやぞっとするものはこれとは反対の動きをおこなう。すなわちそれらは、外部の視点から内部を見ることを可能にするのだ」(邦訳、14頁)。外部を内部化し、幽霊をドメスティケートしてしまう精神分析および「不気味なもの」の概念を拒絶したうえで、内部をいかなる意味でもその相関項ではないような外部の視点から掴み返し、幽霊をオイディプス的三角形から解放して猛り狂わせるような戦略をフィッシャーはとる。これは批判/批評への反逆でもあるのだ。また、ここでのフィッシャーの「不気味なもの」概念の批判(あるいはむしろ「批判の批判」)には、先述した通り彼と近しい間柄であった思弁的実在論の哲学者たちが「相関主義」──カント以来の、したがって「批判/批評哲学」以来の大陸哲学に支配的であった傾向──への批判として展開した議論とよく似た点があることも指摘されるべきだろう。ホラーの概念的ポテンシャルを展開することで、外部を内部と相関させることなく、しかもあまりに難解な表現に頼ることなく、素面で思考する方法を彼は開発しようとしたのだ、と言ってもよい。本書におけるグレアム・ハーマンやレザ・ネガレスタニやベン・ウッダードへの参照は、フィッシャーが友人たちのそうした哲学的思弁の冒険に対してある種の親近感を抱いていたことの証左を与えている。
 さて、しかしそうなってくると問題は──なお、本書の訳者である五井が原語の多義性に配慮して「奇妙なもの」という包摂度の高い訳語を充てた “the weird” は、H・P・ラヴクラフトのクトゥルー神話や日本における怪談に相当するゴシックとの結びつきがはっきりと意図されている概念である以上、私個人は「怪奇なもの」あるいは「奇怪なもの」と強く訳すのが妥当ではないかとやはり思ってしまうのだが、それはともかく──「不気味なもの」の「批評/批判」を超えるための概念がなぜ二つあるのか、ということになりそうである。もっと踏み込んで言うなら、「外部」はなぜ二つ存在しなければならないのか、ということだ。それに関連することとして、フィッシャーが「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」を恐怖(horror / terror)の情動に必ずしも結びつくものではないとしている点も注目に値する(邦訳、10頁参照)。この二つの「外部」の存在様態は、恐怖へのゲートとしても十分に機能するが、そうならないように機能することもできる──それはなぜなのか。このような問いに納得のいく答えを与えることは、この短い紹介記事ではもちろん到底なしえない。しかし、「何にも属していないもの(that which does not belong)」というフィッシャーによる「奇妙なもの」の定義が、アラン・バディウの哲学における「出来事とは状況へのその所属〔appartenance; belonging〕が決定不可能であるような多のことである」という主張を思い起こさせるという事実から、少なくとも彼がどのような狙いのもとで、「奇妙なもの」は「モダニズム的な作品や実験的な作品」にしばしば見出されるものであり、「新しいもの」の指標となるものだと述べているのかを推測することはできる(邦訳18頁)。それは「理論家」フィッシャーの関心事であるポスト資本主義的世界の実現可能性という問題に、おそらく深く関わっている。すなわち、その世界は、いまだ資本主義的世界の想像力のなかに生きる私たちにとってはたいへん「奇妙なもの」と感じられるに違いないが、にもかかわらず、私たちはそれを享楽しようとするポジティヴな感情をもつことができる──そのような含意が、「奇妙なもの」に関するフィッシャーのさまざまな記述からは浮かび上がってくるように思われるのだ。
 他方で、「不在の失敗や現前の失敗によって」構成されると言われる「ぞっとするもの」が、運命論(fatalism)と行為主体性(agency)に関わるとされているのは、これもやはり『ポスト資本主義の欲望』における「資本には媒介する力(エージェンシー)があります」(邦訳174頁)という発言と関連づけて読まれるべきであろう。『奇妙なものとぞっとするもの』では資本自体がそもそもあらゆる点で「ぞっとするもの」であることが述べられている(邦訳15頁)。「ぞっとするもの」の概念は、いるはずなのにいない誰か(現前の失敗──遺跡)やいないはずなのにいる誰か(不在の失敗──幽霊)への回路を開く「ケア」的なニュアンスをもつものと解釈することもできるが、他面では、徹底的に非人称的で脱中心化された運命の車輪──私たち自身が始めたものであるはずなのにその終わりを想像することができなくなってしまったもの──としての資本主義という恐ろしいイメージに通じているものでもあるのである。「ぞっとするもの」という情動はそれゆえ、「外部」のネガティヴな存在様態としての側面をもつと言っていいだろう。むろん、ネガティヴであってもこの情動を通して私たちは、「外部」としての世界についての認知地図を拡張する機会を手に入れられることに変わりはないのだが。
 必ずしも恐怖に結びつくわけではないとはいえ、それでもジャンル・フィクションとしてのホラーとの結びつきが強固な二つの「外部」概念である「奇妙なもの」と「ぞっとするもの」をどのように読み解いていくかは、読者に委ねられている。ここまでの紹介で誤解させてしまっていないことを願うばかりだが、本書『奇妙なものとぞっとするもの』は、難解な哲学書の類いではまったくない。取り上げられる作品や作家は具体的かつポップであり、フィッシャーの筆致はつねに明快でありヴィヴィッドでさえある。にもかかわらず、ここまでの紹介が示してきたとおり、フィッシャーの「理論家」的テクストと「批評家」的テクストを今後私たちが総合的に読もうとする際には、『奇妙なものとぞっとするもの』は間違いなく鍵となるような内容を含んでいると判断される書物なのである。「批評/批判」が前提とするようなジャンル間ヒエラルキーを疑いつつ、「不気味なもの」によってドメスティケートされない「外部」を思考すること、そのような普遍的(でおそらくは集合的)な理論的課題に取り組みつつも、個体的で特異的な作品や作家と向きあい、そこに表現されている幽かな行為主体性を言葉で掬いとることを、たとえその行為が淡々としすぎていてほとんど淡白に近いものになる瞬間があったとしても、本書においてフィッシャーは一切怠っていない。そこで賭けられているのは、自己の行為主体性を信じるのと同じくらい、運命の奇怪な力、あるいはむしろ運命のなさの不思議な力を感じつつ、世界そのものの行為主体性を信じることだ。それは決して簡単なことではないだろう。だからこそ、そのようなことが目論まれた書物は──ラヴクラフトが作り上げた架空の/ハイパースティショナルな書物『ネクロノミコン』がそうであるように──千年でも二千年でも、永遠に、読まれそして読みなおされることができてしまうのである。本書「も」また、そのような呪われた書物の一冊、ぞっとするほどにポップで、怪奇/奇妙なまでに希望に満ちた書物の一冊なのだということは、もちろん、言うまでもない。

Katatonic Silentio - ele-king

 LGBとTの間に大きな溝ができるなど性自認をめぐる議論が急拡大するなか、性自認の上位概念にあたる「自認」、つまりは自分は何者かという問題意識がかつてなく高まっている。アイデンティティという言葉にしてしまうと古臭い議論のように思われがちだけれど、既存の社会が多様性を受け入れられるかという最新のコンフリクトが背景にあることを考えると、アイデンティティの着地点はかつてなく複雑で、見たことのないものを探り出す作業に近くなっている。この問題に現在、思春期の課題として未曾有の経験をしている人たちにノンバイナリーとアンドロジーニアスの区別もついていないような年長者が口を出すのは不可能だと思えるほど環境や前提が異なっていることは僕も自覚しているつもり。アンビエント・ミュージックの思想的な背景にアイデンティティが大きなファクターとなっていると最初に気づいたのは、しかし、ジョニ・ヴォイドの作品を初めて聴いた時だった。3年前、自分自身をテーマにしたアンビエント・ミュージックというのはかつてなかったのではないかと僕は思い、彼の『Mise En Abyme』を「昔の自分を再構築する作品だと解釈した。その後、彼と同じようにアイデンティティをテーマにしたアンビエント・ミュージックにはいくつか出会うようになり、年末号のエレキング本誌で少し整理してみた。最近ではナタリー・ベリツェ『Of Which One Knows』が素晴らしい作品だったと思っている。『Mise En Abyme』の1年前に、そして、イタリアのミラノで、グリエンコというプロデューサーがそれまで手掛けていたテクノ作品とはかけ離れた作品をリリースするために〈CyberspeakMusic〉というレーベルを立ち上げ、『Reprogramming Identity(アイデンティティをプログラムし直す)』というコンピレーションを編んでいる。〈CyberspeakMusic〉のコンセプトはちょっと難解で、言語が確立されたことに対して感じる反抗や順応、魅惑と失望、そして新しい言語の魅力とフラストレーションが彼らを構成する原理だと謳っている。人間が言語を習得することをフロイトは去勢といい、それによって失われるものがあるという議論を引き継いだものなのか(音楽家には常に大きな課題だろう)、それとも言語の意味がもっと限定されて使われているのかはわからない。いずれにしろ、そのような高度ながら切実なテーマを叩きつけたコンピレーションに参加していたのがカタトニック・シレンシオことマリアキアラ・トロイアニエロだった。トロイアというのはイタリア語で売春婦を罵る言葉なので、これが本名というのはちょっと驚きつつ。

〈Bristol NormCore〉からリリースされたトロイアニエロのデビュー・アルバムは『Prisoner Of The Self(自分自身の囚人)』(20)と題され、ブレイクコアやインダストリアル・ブレイクビーツで固められていた。ベース・ミサイルにドラム・シャウトが炸裂するテクノロジーの反逆と喧伝されているように、なかなかに不穏な雰囲気が充満し、彼女がフラストレーションの塊なのはいやでも伝わってくる。ユニット名として採用されているカタトニック・シレンシオとは「緊張で体が固まった沈黙」を意味し、彼女が社会にうまく溶け込めていない状態も容易に想像できる。同じイタリアのジネーヴラ・ネルヴィがルッキズムを俎上にあげ、同じように社会との軋轢を表現していることにも通じるものはあるだろう。トロイアニエロの場合、デビュー・アルバムの時点では無理やり体を動かした結果がこうした音楽性を呼び込むことになり、動けない体から暴力衝動への飛躍はまさに「アイデンティティをプログラムし直」したという意味にも取れる。100ゲックスやリョウコ2000などブレイクコアは思春期の表現として完全に定着した感があり、殻を破りたいという衝動がそこには投影されているのだろう。ズリやエルヴァを起用した同作のリミックス・アルバムを経て、トロイアニエロが〈Ilian Tape〉から21年にリリースしたミニ・アルバムは『Tabula Rasa(白紙)』と名付けられ、囚人という状態からは抜け出せたのかなということもなんとなく窺わせる。そして、「白紙」の次に彼女が描いたのは同じく〈Ilian Tape〉から『Les Chemins De L'inconnu(未知の道)』という前向きなヴィジョンであった。実は彼女の作品で僕が最初にいいと思ったのは〈CyberspeakMusic〉からリリースされた「Emotional Gun」(19)というシングルで、『Les Chemins De L'inconnu』はまったくの未知に切り込んだわけではなく、彼女の作品には整然とした連続性があり、『Les Chemins De L'inconnu』は「Emotional Gun」を下敷きにした発展形にあたる。嫌がらせのような音を集めているようで、しかし、どことなく安心感もある “Tundra” が安心そのものをモチーフにした “Dans Le Cadre Du Relief” に、ライムやペシミストを受け継ぐ “Sub_Versive” や “Path Of Uncertainty” が “Le Réveil Du Combattant” や “Fluctuation Languide” にスケール・アップ。ゴシック沼にはまった “Hypothèse D’Hypnose” などは新たな傾向だろう。「Emotional Gun」に漲っていた奇妙な熱は少し冷めたものの、『Les Chemins De L'inconnu』は全体にアブストラクト度を強め、奥行きのある世界観に掘り下げられている。呪術的で、包み込まれるような感じはヘルムがマッシヴ・アタックをリミックスしたら……というか。

 LGBとTの間に大きな溝ができたことでクィアという単語が死語みたいになってしまうとは数年前は思いもよらなかった。エマ・ワトソンがJ・K・ローリングの発言にエクスキューズを挟んだのが2年前。トランスジェンダーに対するバックラッシュはいまや国連決議にも及び、世界初の性適合手術を扱った『リリーのすべて』(15)を観直したら果たしてどう感じるのかまったく見当がつかない。クィアという単語が今年に入っていきなり逆噴射のように使われだしたのはビヨンセ『Renaissance』のアルバム評で、それではまるで『Renaissance』をノスタルジーに沈めようとするも同然ではないかと思い、サンプリングのことだけを言うならまだしも全体としてはそんな作品ではないと思った僕は1回も使わなかった。でも、それは間違っていたのかもしれない。『Renaissance』にはクィアという言葉が表していた時代を懐かしむ面もあり、現在だけがすべての作品ではなかったのだろう。ビヨンセでさえ、自分が何者であるかと戸惑う曲を冒頭においていたことが、こうなってくると、これがアイデンティティに苦しめられる時代なのだと観念するしかない。多様性の副作用。そういえば「ナンバー・ワンよりオンリー・ワン」という価値観に苦しめられた時代が日本にもあり、あの時とはレヴェルが違う騒ぎが欧米を中心に巻き起こっていると考えればいいのかも。

ele-king vol.30 - ele-king

■特集:エレクトロニック・ミュージックの新局面

表紙・巻頭インタヴュー:Phew
インタヴュー:ロレイン・ジェイムズ

コロナ以降激変するエレクトロニック・ミュージックの新たな動向を追跡、
今後10年の方向性を決定づけるだろう音楽の大図鑑!

シーン別に俯瞰するコラム、ディスクガイド、用語辞典、日本の電子音楽の新世代、ほか

■2022年ベスト・アルバム特集
20名以上のライター/DJなどによるジャンル別ベスト&個人チャート、編集部が選ぶ2022年の30枚+リイシュー23枚で2022年を総括!

目次

特集:エレクトロニック・ミュージックの新局面──2020年代、電子音楽の旅

インタヴュー Phew (野田努)
Phewについて──生きることを肯定する、言葉の得も言われぬ力 (細田成嗣)
インタヴュー ロレイン・ジェイムズ (ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵)

ディスクガイド
2020年代エレクトロニック・ミュージックの必聴盤50
(髙橋勇人、三田格、河村祐介、yukinoise、デンシノオト、ジェイムズ・ハッドフィールド、野田努、小林拓音)

2020年代を楽しむためのジャンル用語の基礎知識 (野田努+三田格)

コラム
ジャパニーズ・エレクトロニック・ミュージックの新時代 (ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵)
ベース・ミュージックは動いている (三田格)
2020年代を方向づける「ディコロナイゼーション」という運動 (浅沼優子)
音楽は古代的な「魔法」のような存在に戻りつつある (ミランダ・レミントン)
暴力と恐怖の時代 (三田格)

2022年ベスト・アルバム30
2022年ベスト・リイシュー23

ジャンル別2022年ベスト10
エレクトロニック・ダンス (髙橋勇人)
テクノ (猪股恭哉)
インディ・ロック (天野龍太郎)
ジャズ (大塚広子/小川充)
ハウス (猪股恭哉)
インディ・ラップ (Genaktion)
日本ラップ (つやちゃん)
アンビエント (三田格)

2022年わたしのお気に入りベスト10
──ライター/アーティスト/DJなど計23組による個人チャート
(青木絵美、浅沼優子、天野龍太郎、大塚広子、岡田拓郎、小川充、小山田米呂、河村祐介、木津毅、柴崎祐二、杉田元一、髙橋勇人、つやちゃん、デンシノオト、野中モモ、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、細田成嗣、Mars89、イアン・F・マーティン、Takashi Makabe、三田格、yukinoise)

「長すぎる船旅」の途上で歌われた言葉──2022年、日本のポップ・ミュージックとその歌詞 (天野龍太郎)
2022年は大変な年でした (マシュー・チョジック+水越真紀+野田努)

Cover portrait: Masayuki Shioda
Collage: Satoshi Suzuki

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
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Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズがなんと、ディオールの音楽を手がけている。12月4日に発表された「2023年フォール メンズ コレクション」は、「Celestial」と題され、ギザの大ピラミッドを背景に近未来的に演出されているのだけれど、デザイナーのキム・ジョーンズがセレクトしたミルズの楽曲群がアフロフューチャリスティックな要素をつけ加えている(最初のみサバーバン・ナイト“The Art of Stalking”)。トラックリストは下記よりご確認を。

Tracks include:

Suburban Knight / The Art Of Stalking *
X-102 (Jeff Mills) / Daphnis (Keeler’s Gap)
Jeff Mills / Microbe
Jeff Mills / A Tale From The Parallel Universe
Jeff Mills / Gamma Player
Jeff Mills / Resolution
Jeff Mills / Step To Enchantment (Stringent Mix)
Jeff Mills / The New Arrivals

*The Art Of Stalking by Suburban Knight courtesy of Transmat Records

 ちなみにミルズは11月25日に新作EP「Extension」をリリースしたばかり。そちらもチェックしておきましょう。


Label: Axis Records
Artist: Jeff Mills
Title: Extension

Format: EP
Release Format: Vinyl & Digital
Release Date: November 25, 2022
Cat. No. AX109
Distribution: Axis Records

TRACKLIST
A: Rise
B1: The Storyteller
B2: Entanglement

axisrecords.com/product/jeff-mills-extension-ep/


Various - ele-king

 W杯で日本に負けたスペインのエンリケ監督が試合後のインタヴューに答えているのを観ていたら「日本には失うものがなかったから」とかなんとか話していて、それって、最近どっかで聞いた言葉だなーと思っていたら、ああ、山上容疑者を「無敵の人」と評していた人たちの理屈だったと思い出した。そっかー、サッカーの日本代表と山上容疑者はどちらも失うものがなく、それで思い切ったことができたのかーとサッカーファンでも山上ファンでもない僕は簡単に納得しちゃうのであった(野田努から火炎放射機のような反論が飛んで来そう~)。デビューして間もないプロデューサーというのも、まあ、何をやってもまだ失うものは何もないわけで、ブリストルのグランシーズ、リーズのイグルー、そして日本のアベンティスに加えてナゾのフスコ(Hussko)、ナゾナゾのクレメンシー、ナゾナゾナゾのユッシュ(Yushh)といった無名の新人たちを集めた『To Illustrate』というコンピレーションも内容が実に思い切っていて、これがなかなかに素晴らしかった。彼らに加えてレーベル・オーナーであるファクタとK~ローン、そしてフロリダからニック・レオンと韓国からサラマンダも曲を寄せ、タイトルは『(例を挙げて)説明する』と付けられている。え、何を説明するの?と思ったら「まだ名前のついていない音楽」とのことで、それはレゲトンにインスパイアされたクラブ・ミュージックだったり、トリップ・ホップ・リヴァイヴァルやUKベースがいずれもBPM100前後のゆっくりとしたテンポで展開されている現状を例証していくというコンセプトだという。あえてジャンル名はぶち上げませんよということでしょう。それは賢明なやり方です。名前をつけると、いらない人のところにまで飛んでいってしまうから。

 なるほどゆったりとしたグランシーズ “Sun Dapple(木漏れ日)” で幕を開け、そのままR&Bに着想を得たというファクタとK-ローンの共作 “Kiss Me, Can't Sleep” へ。今年、フエアコ・Sの大阪ツアーをサポートした日本のアベンティスもダンスホールをふわふわにした “Bicycle” で同じヴァイブレーションを持続させ、同じくダンスホールを暗いモードで聞かせるフスコ “Two Nights In Peter's Bog”、少し目先を変えてファニーな要素を加えたイグルー “Rockpool Pool Party” へ。いつものアンビエントではなく、水中にいるようなダブステップのサラマンダ “κρήνη της νύμφης” から比較的長いキャリアを持つニック・レオンはマイアミ・ベースをUKベースに変換したとインフォーメイションには書いてあったけれど、僕にはゴムとアマピアノの中間に聞こえる “Separation Anxiety” を(この人は昨年リリースした「FT060 EP」が素晴らしい)。続いてレゲトンにダブのエフェクトを加えまくったヘンツォ “Whirlpool Vanish” とカンがダンスホールに取り組み、そのテープが水浸しになったようなクレメンシー “Girl Food” (この人も一昨年の「References」が妙な余韻を残している)。最後は再びレーベルー・オーナーのファクタがユッシュと組んだ “Fairy Liquor” で、ダンスホールを柔らかくリスニング・タイプに仕上げたもの。そう、半分ぐらいは〈Warp〉の『Artificial Intelligence』ダンスホール編とか、そんな感じのことをやっていて、これをやったところで失うものは何もなさそうなものばかり。

 〈Wisdom Teeth〉というレーベルは10年近く前にベース・ミュージックのレーベルとしてスタートし、これまでにレーベル・オーナーのK-ローンとファクタ以外にロフト(アヤ)やパリスピエツォやトリスタン・アープと、かなり痺れるメンツを揃えてきたレーベルであるにもかかわらず、その人たちをまったく起用せず、彼らが考える新しい傾向を「例証」するコンピレーションとして新顔ばかりを集めてきた。K-ローンが2年前にリリースしたデビュー・アルバム『Cape Cira』やファクタが昨年リリースした『Blush』にももちろん通じるものはあり、まっすぐに進んだ結果が『To Illustrate』だということなのだろう。緊張感あふれるこの世界をもっと柔らかくしたい。彼らのそんな願いが僕には通じた1枚です。

JAGATARA - ele-king

 JAGATARAのCDがリマスタリングされて再発される。今回はOTOの強い要望により、新たに久保田麻琴(ex.裸のラリーズ、久保田麻琴と夕焼け楽団、サンディー&ザ・サンセッツ 他)によってリマスタリングされている。すべて限定生産。発売は、2023年1月25日、江戸アケミ永眠から33年目の命日。詳しくはこちら(https://www.110107.com/jagatara2023/4)を参照ください。

 今回再発されるのは以下の5枚。

〈JAGATARA 2023 CD REISSUES〉

完全生産限定盤
2023.1.25 IN STORE
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ
●紙ジャケット/高品質Blu-spec CD2仕様
●2023年版最新リマスタリング by 久保田麻琴
ソニーミュージック特設サイトURL
https://www.110107.com/jagatara2023/


JAGATARA/BEST OF JAGATARA~西暦2000年分の反省~
Original release: 1993.2.24
CD: MHCL-30791~2(2枚組) / ¥4,400 (tax in)

江戸アケミ死後の1993年にリリースされた2枚組ベストアルバム。“財団法人じゃがたら”時代のシングル曲「LAST TANGO IN JUKU」に始まり、キャリア全時代から代表曲が選ばれているが、随所にアケミのライヴMCやモノローグも挿入され、オリジナルとはまた違った聴感を残す。またDisc 1:5~8、Disc 2:1は1989年ニュー・ミックス。

 Disc 1
1. LAST TANGO IN JUKU*
2. でも・デモ・DEMO**
3. BABY**
4. クニナマシェ**
5. 裸の王様
6. もうがまんできない
7. ゴーグル、それをしろ
8. 都市生活者の夜

Disc 2
1. みちくさ
2. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS
3. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN
4. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM
5. SUPER STAR?
6. そらそれ(MANTLE VERSION)
7. HEY SAY!*
*…財団法人じゃがたら **…暗黒大陸じゃがたら


暗黒大陸じゃがたら/南蛮渡来
Original release: 1982.5
CD: MHCL-30793 / ¥2,750 (tax in)

“暗黒大陸じゃがたら”名義で1982年バンド自身のレーベルUGLY ORPHANからリリースした1stアルバム。初期からのパンク的要素とのちの黒人音楽~アフロ要素が混在し、闇雲なパワーと危うさを孕んだ本作は、発表と同時に国内の代表的なロック・メディアから高い評価を受けた。本作のジャケット・デザインは再発の度に変更され全部で4種あると言われるが、今回のCDは初回発売盤LPに準拠している。Track 9、10はLP未収録。

1. でも・デモ・DEMO
2. 季節のおわり
3. BABY
4. タンゴ
5. アジテーション
6. ヴァギナ・FUCK
7. FADE OUT
8. クニナマシェ
9. 元祖家族百景
10. ウォークマンのテーマ


JAGATARA/裸の王様
Original release: 1987.3.25
CD: MHCL-30794 / ¥2,750 (tax in)

“JAGATARA”として初のオリジナル・アルバムとなる2nd。アケミの精神的不調による休養を経て、前作『南蛮渡来』から5年後の1987年にバンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSから発表された。ファンク・ナンバーを中心に長尺曲4曲で構成され、“和製アフロビート”と呼ばれるスタイルを確立した作品。
本作のジャケット・デザインは色違いで数種類存在するが、今回のCDは初回発売盤LP(青色)に準拠している。

1. 裸の王様
2. 岬でまつわ
3. ジャンキー・ティーチャー
4. もうがまんできない


JAGATARA/ニセ予言者ども
Original release: 1987.12.10
CD: MHCL-30795 / ¥2,750 (tax in)

『南蛮渡来』、『ロビンソンの庭』(山本政志監督映画サントラ)に続いて1987年3枚目のアルバムとなった作品で、バンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSからリリースされた。収録全4曲すべてアンセムと呼ばれるほどの充実度を誇り、ますます冴えわたるアケミの詞作と共にアフロ/ファンクを血肉化した安定期のバンドの自信漲る演奏を堪能できる。これが彼らのインディ時代最後のアルバムとなった。

1. 少年少女
2. みちくさ
3. ゴーグル、それをしろ
4. 都市生活者の夜


JAGATARA/それから
Original release: 1989.4.21
CD: MHCL-30796 / ¥2,750 (tax in)

満を持してBMGビクター(当時)から1989年にリリースされたメジャー第1作。ジョン・ゾーン、ハムザ・エル・ディンら海外勢も含む多数のゲストが参加。一部録音とミックスをパリで行い、ミキシング・エンジニアにはゴドウィン・ロギー(アスワド、キング・サニー・アデ他)を起用。音楽的にはカリプソ、ヒップホップ、フォーク等の要素も交えた多彩にしてゴージャスな作風となったが、後の瓦解の予感も忍ばせる。CDデザインは初回発売盤LPに準拠している。前回CD発売時未収録だったシングル曲「タンゴ(完結バージョン)」を追加収録。

1. TABOO SYNDROME いっちゃいけない症候群
2. GODFATHER 黒幕
3. BLACK JOKE 気の効いたセリフ
4. CASH CARD カード時代の幕開け
5. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS
6. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN
7. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM
8. ヘイ・セイ!(元年のドッジボール) HEY SAY!
9. タンゴ(完結バージョン) TANGO (COMPLETE VERSION)


JAGATARA Profile
1979年、江戸アケミ(vo)を中心に“エド&じゃがたら”として活動開始。その後“財団法人じゃがたら”“暗黒大陸じゃがたら”等改名を重ね、1986年頃より“JAGATARA”に固定。初期のライヴではアケミがステージ上で全裸になり流血、ニワトリやヘビを食いちぎる等の奇矯なパフォーマンスが一般誌でも報道され悪名を馳せる。1981年のOTO(g)加入前後よりシリアスに音楽を追求する姿勢に方向転換。アケミの精神的不調による活動休止(1984~86)を挟み、1989年『それから』でBMGビクター(当時)よりメジャーデビュー。その後も旺盛なライヴ/レコーディング活動を展開したが、その矢先の1990年1月27日、アケミが不慮の事故で急死し、活動休止。その後もナベ(b)、篠田昌已(sax)とメンバーの物故が続くが、OTOを中心に存命メンバーが折に触れて集結しライヴを行う。アケミ他界から30年目となる2020年1月、“Jagatara2020”として新曲を含むCD『虹色のファンファーレ』を発表、豪華ゲストを多数交えて敢行した復活ライヴは大反響を呼んだ。その後コロナ禍により活動休止を余儀なくされたが、2022年夏には橋の下世界音楽祭(愛知県豊田市)に出演、2年半ぶりのライヴ復帰を果たした。

 *おことわり
JAGATARAがかつて発表した楽曲の一部には、現在では不適切と思われる歌詞内容を含んでいるものがあり、お客様によっては不快に感じられることがあるかもしれません。しかし、それらは当時の時代背景の中で、ヴォーカリストの故・江戸アケミをはじめとするJAGATARAのメンバーが、弱者・マイノリティーの立場から真摯に生み出した表現であることを鑑み、当時の内容のままで発売いたします。ご了承ください。

大規模なフェスティバルはなぜ消えたのか。
その後の音楽フェスの原型となったフェスティバルが遺したものとは?

たくさんの困難を乗り越えて、世界の音楽を紹介してくれたのが「ウォーマッド横浜」だった。 ──ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
現在、日本で隆盛をきわめる「フェス」の、その実質的な原点が「ウォーマッド横浜」だった。だがあれだけの巨大イベントも、今は語られることはない。そのナゼ、隠された秘密を、企画立案者だった横浜市の担当者が紐解いてみせた書籍。日本の地方行政のあり方にも踏み込んだ、相当にユニークな日本芸能史・そのエピック。 ──藤田正(音楽評論家、プロデューサー)

1991年から1996年にかけて、横浜博覧会跡地(現・臨港パーク)ほかで開催された国際的文化イベント「WOMAD横浜」の内実を、当時、横浜市の担当者だった著者が生々しく語る。未発表写真多数。

特別寄稿:ピーター・バラカン、布袋泰博(スキヤキ・ミーツ・ワールド実行委員長)ほか

写真:菅原光博、石田昌隆、菊地昇

未発表の貴重な写真を網羅:都はるみ、坂本龍一、スザンヌ・ヴェガ、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、パパ・ウェンバ、ユッスー・ンドゥール、デティ・クルニア、照屋林助、りんけんバンド、ほか

四六判 256ページ

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* 発売日以降リンク先を追加予定。

interview with Plaid - ele-king

 ぼくはプラッドのこのアルバムを、ことさら傑作とは言わないけれど、大好きな音楽だとは言える。ぼくはときどき気を失いそうになる。2022年は『アーティフィシャル・インテリジェンス』と『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』と『UKOrb』がリリースされてから30年目だ。この30年で、世界がどれほど変わり果てたことだろうか。つまり、『アーティフィシャル・インテリジェンス』と『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』なんていうのは、いまもっとも聴きたくないアルバムなのだ。あんなにラブリーで、平和で、無邪気で、穏やかでありながら驚きもあって、不安や心配事などなく、日々の些細なことにもワクワクしているようなエレクトロニック・ミュージックなんて冗談じゃない。聴いたら泣くだろう。
 だいたいブライアン・イーノのアンビエントやクラフトワークのテクノ・ポップと違って、あの時代のエレクトロニック・リスニング・ミュージックは、20歳前後の若者のベッドルームに設置されたお粗末な機材によってカセットテープに録音された曲ばかりなのだ。その音楽が歴史を変えたし、若者たちの価値観やライフスタイルをも変えた。金のかかった立派なスタジオで生まれた音楽にはできないことをやってのけた。そんな音楽をこの「暴力と恐怖の時代」(©三田格)に聴いたら、泣いてしまうに違いない。

 プラッドの『Feorm Falorx』は、ロマンティックなノスタルジーに満ちている。このノスタルジーはいま、なにか強い意味を持ちえてしまっている。失われしものが凝縮されているのだ。
 前作『Polymer』で見せた未来への不安とは打って変わって、惑星FalorxにおけるFeormという架空のフェスティヴァルをコンセプトとした『Feorm Falorx』はその対極というか、あまりにもキラキラしている。明日への不安や心配事がない世界だ。もともとプラッドはエイフェックス・ツインと同胞だったが(良くも悪くも)目立たない正直者で、オウテカとも実験仲間だったが(良くも悪くも)優しかった。エド・ハンドリーとアンディ・ターナーのふたりは、そうした自分たちの特徴をこのアルバムでは良き方向へと集中させている。
 以下、エドが答えてくれた。今日日なにか希望なり安らぎがあるとしたら、この世界にプラッドがまだ存在できているということだと誰かが言った。まったくその通りだ。

災害もパンデミックもとんでもない気候変動もなく、絶望的な恐怖に震えながら暮らしていたわけじゃなかった時代。そういういまよりシンプルな時代を振り返っていたのかもしれない。

新作の『Feorm Falorx』を聴かせてもらいましたが、とても美しく、ダンサブルで愛らしいエレクトロニック・ミュージック、しかも今回は親しみやすい音楽だと思いました。なので、いまからお話を訊くのが楽しみです。よろしくお願いします。さて、パンデミックがはじまってからどんな風に過ごされていたのですか? 

エド:誰もがいっせいに閉じ込められて、僕はロサンゼルス、アンディはロンドンでロックダウンになって。それからはためらいがちに、かなりゆっくりと、人びとが外出するようになってきて。音楽イヴェントや社交に関しては、依然として様子を見つつという部分があると思う。僕はフランスで過ごすこともあるんだけど、レストランに行くにしても何にしても、まだ慎重に、とくに冬になるとやっぱりみんな少し不安になってくるからね。ただありがたいことに音楽はどこにいても作れるからそれはずっとやっていた。大部分がエレクトロニックだからほぼどんな状況でもラップトップを開きさえすれば作業できるし、そこはラッキーだった。でもパンデミックのトラウマみたいなものはあって、実際多くの人にとってこのウィルスはかなり致命的で、実際友人や家族を亡くした人もたくさんいるわけだからね。いずれにせよ全世界が同じようなことを経験するというのも不思議なものだと思う。そういうことを想起しつつ、それが音楽に紛れ込むこともあっただろうね。みんなが共有できる体験だというのは良い面なのかもしれない。そんなことはごく稀だからさ。

ロックダウン中は制作に集中できたという人もいましたが、プラッドはどんなでしたか? 

エド:最初はそうなると思っていたんだ。音楽を作る時間がたっぷりできたぞと。でも実際はずっと家で隔離されていて何もインプットがない状態だったから難しかった。外出もせず社交もせずにいたら乾涸びてしまったというか。最初はクリエイティヴィティのちょっとした噴出があったけれど、1〜2ヶ月経つとそれもあまりなくなってしまった。というわけで僕らにとってはそれほど創造的な時間とは言えなかったな。

パンデミック中は、多くのアーティストが経済的な苦境に立たされましたが、いまもギグやDJをしたりして、音楽で生計を立てているのでしょうか?

エド:まあ、外出の機会が減ったから支出も減ったけど。でも厳しかったよ。ただし僕らは自営業者だから少し政府から助成があったんだ。その受給資格がない人は本当に大変だったと思う。納税額で決まるんだよ。税金を払ってたら助けてもらえるという。それで僕らは何とかなったんだ。まあいずれにしろ大打撃だったことに変わりはないけど、それでも多くのミュージシャンに対して助成があったからね。

ちなみに感染はしましたか? 質問者は軽症でしたがいちど感染しています。

エド:僕はかなり初期の頃、2020年の3月だった。ものすごい重症というわけではなかったけど、それでもかなり明らかな症状が出たよ。それで3週間ほど隔離生活を送って。年齢が年齢だからもっと悪化してもおかしくなかったけど幸い大丈夫だった。

時の経つのは早いもので、2022年は〈Warp〉の『アーティフィシャル・インテリジェンス』がリリースされて30年も経ったんですね。どんな感想をお持ちですか?

エド:そんなに経ったなんて思えないけど、経ったんだよね。時間は進んでいるわけだ。年を取ると過去を振り返ってもそれほど昔のことに感じないんだ。でも実際はそれだけ時間が経っているという。音楽がどのように変化、進化してきたかを考えると面白いよね。ものすごく変わったとも言えるし、ある意味ではそれほど変わっていないとも言える。でも何が変わったって、いまでは非常に簡単に、世界中の音楽にアクセスできるようになったこと。たとえば30年前は、もしどこかの国の音楽を聴きたいと思ったら専門店に行く必要があったわけだよ。その音楽へのアクセスのしやすさがもっとも大きな変化のひとつだと僕は思う。いつでもどこでも、どこの音楽でも聴くことができるという。総じて言うとそれはポジティヴな変化だと思う。選択肢の多さに圧倒されることもあるけどね。僕たちの音楽も間違いなく変わったしね。プロダクションがだいぶ良くなったという意味でもそうだし、より多様な音楽に触れて、受けた影響の幅が広がったという意味でも。当時自分たちが作った音楽は、時代遅れに聞こえるものもあるし、いつ作ったのかわからないようなものもある。作られた時代を特定するのが難しくなってきてるよね。我々はこれまでにエレクトロニック・サウンドにも慣れ親しんできて、世界中の楽器の音を聴いて、あらゆる音楽に晒されている。だから全部が混ざっているし融合しているんだ。

そういうなかで取りかかった新作になりますが、制作はどんな感じで進んでいったのでしょうか?

エド:かなりの部分をそれぞれが個別に作ったんだ。僕はその時々に滞在している場所で作って、アンディはだいたいロンドンで作っているという。僕は少々ノマドっぽいタイプでひとつところにずっと留まらないから。そして最終的にはロンドンで数日かけて2人でそれまで作ったものを検討する。リモートのち集合だね。やり方としてはこれまでとすごく似ていて、依然として最新のテクノロジーやソフトウェアにすごく魅力を感じるんだ。毎年のように新たな発展があるし新しい方法が出てくるから。つまり今回の制作もこれまで長年やってきたやり方と同じで、終盤でコラボレーションするという感じだった。アルバムの形が見えはじめてきたら集合し、作ったものを一緒に聴いて一緒に調整する。でも最初のアイデアは個別に考えることが多い。それにインターネットの速さのおかげで待ち時間もほとんどなくリアルタイムで一緒に作ることもできるしね。共同作業できるワークステーションも多いし、一緒に作る方法はたくさんあるんだ。

前作『Polymer』のときは環境問題がテーマとしてありました。新作『Feorm Falorx』にもなにかテーマがあるようでしたら、そのことについて教えてください。

エド:アンディには、我々が別の惑星に行ったという主題があったんだ。もし彼がここにいたらうまく説明してくれると思うけれど、アルバムのテーマは、僕ら2人がその惑星で開いたコンサートなんだよ。物理的な惑星かもしれないし異次元的な惑星かもしれないし、僕自身は確信も持てないけれど、たしかにそこにいたんだ。はっきりと覚えていないだけでね。そういうわけで、それがテーマ。まあ明らかに、ファンタジーや逃避、別の存在といったテーマ、あるいは真実とも関係があるだろうね。
 偽情報ということに関して言えばいまは非常に奇妙な時代でもある。ただアンディ的には実際にその惑星に行ったということがメインテーマなんだ。彼がそう言うならそうなんだよ。ファロークスという惑星で行われたFeormというフェスティヴァル。Emma Catnipがアートワークとグラフィックノーベルを手がけていて、惑星までの道程やフェスティヴァルの様子といった一連の旅を描いている。彼女はその世界を再現するためにAIも駆使していて。というわけでアートワークやヴィデオは、彼女の目と想像力を通した、ファロークスにおける僕らの経験を表現したものなんだ。つまりこのアルバムはファロークスで過ごした日々を記録した日記のようなものだね。

アルバムは前半と後半とでは趣が違いますよね? 前半は、ダンス・ミュージックに特化していると思いましたが、いかがでしょうか? 

エド:明確に半分に分けられるかどうかはわからないけど、そこは聴く人次第だからね。このアルバムには間違いなく、自分たちの過去や受けてきた影響、エレクトロやファンクといったものを反映されていると思っていて。だから他のアルバムと比べて後ろを向いている部分が多いかもしれない。もちろん昔のサウンドをそのまま再現しようとしているわけではないけれど、昔の音楽のあからさまな引用がある。新しいものを作ろうとしつつ、伝統的あるいはノスタルジックな要素があって。でもそうだね、終盤にかけては……とくに最後の曲なんかは遊びの要素はグッと減ってシリアスになっていて。フェスティヴァルだからアルバムの大半は陽気だけれど、最後に少しだけシリアスな雰囲気が漂ってくるという。そういう二面性はたしかにあると思う。ただそれほどはっきりした区切りがあるかどうかはわからないな。

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たしかに4/4拍子ではない拍子記号が多いかもしれないね。いままでもやってきたけど、今回は7拍子系が多いかな。単純にやっていて楽しかったというだけで何かちゃんとした理由があるわけではないんだ。

30年前には、プラッドの音楽では踊れないという批判がありました。そんなプラッドの歴史を思うと、今回は意外と、とくにアルバムの前半なのですが、キャリアのなかでもっともダンスに結びつきやすい展開かなと思いました。ディスコ風の“Wondergan”なんて、昔ならぜったいやっていなかったタイプの曲じゃないですか?

エド:そうそう。それがさっき話した、自分たちが受けてきた影響を振り返るということにつながっていて。これまではあまり直球のダンス・トラックを作ることはなかったけど、今回はそういう要素も入っているんだ。普通のダンスっぽい曲というのはめったにやらないから作っていて楽しかったよ。

それはやはり、長らく続いたパンデミックによる禁欲生活から解放された快楽主義への欲望から来ているのでしょうか?

エド:それも少しあったかもしれない。ロックダウンが解除されて世界が開かれていくことを祝うという。そして踊ったり、人と会ったりすることの単純な喜びとね。

『Polymer』はテーマがテーマなだけにダークでインダストリアルな感触をもった作品になりましたが、今作は冒頭に言ったように、前作とは打って変わっておおよそ軽やかで愛らしく、いくつかの曲からは、ある意味オプティミスティックな感覚さえ感じたのですが、作っている当人としてはこの作品をどんな風に捉えていますか?

エド:やっぱりフェスティヴァルだから、たしかに軽やかで、外を向いていると思う。それからフェスティヴァルでの、幅広い音楽に触れるという経験にも近いかもしれない。あとは喜び、軽はずみ、楽しむこと。もちろん全曲がそうというわけではなく、フェスティヴァルでの経験は多様で、雨が降ってきたりといった逆境もあるし。ほとんどは楽しくて、ほとんどが軽いけどね。

オープナーの“Perspex”など美しくて、キラキラしているのですが、どうして、このような音楽性の作品を作る心境になったのでしょうか?

エド:まずこれは常に言えることだけど、僕らは特定のスタイルで曲作りをするわけではなく、自分たちらしいとしか言えないようなスタイルを開拓してきた。ただしその前にはもちろん、たくさんの音楽があり、たくさんのアーティストがいるから、僕らの曲作りはそういった経験を踏まえたものだと言える。一方で、なかにはかなりパーソナルな意図が込められている曲もあるんだ。個人的な感情や出来事を具体的に描いているわけではないけど、すごく個人的なものだったりする。軽薄で楽しいだけの曲もあるし、ファンキーなグルーヴをひたすら追求した曲もあるけどね。ただ多くの曲は、僕らの人生で起こった出来事と関係があって、それを明確に言わないだけで、そこには悲しみだったり喜びだったりの私的な表現が含まれている。
 今回のアルバムには、フェスティヴァル以外の特定のテーマはないけど、個々の曲にはそういった私的なものがあって。たとえば“Perspex”に関して言うと、ある亡くなった友人に関わっていて。もちろん歌詞はないけど、その人生を讃えたり、光になって宇宙と再結合するとかそういうね。メタなレヴェルで何かを伝えようとするというか、言葉にするのが難しい、あるいは言葉にしたら安っぽくなりがちだけど音楽でなら言える、というかね。

5曲目の“Cwtchr”は、リズムもシンセも1992年風の音色に感じたのですが、意識されましたか? 

エド:これもさっきのノスタルジアの話の一環だね。パンデミックの最中に、より幸福だった過去を振り返るという。物事がもっとシンプルに見えていた時代……と言ってもそれは自分たちが住んでいる場所を含む世界の一部の地域に限った話だけど、すべてがもうちょっと意味をなしていた。災害もパンデミックもとんでもない気候変動もなく、絶望的な恐怖に震えながら暮らしていたわけじゃなかった時代。そういういまよりシンプルな時代を振り返っていたのかもしれない。あの曲はかなりビンテージな感触があるよね。もちろん92年当時も音楽を作っていたわけだけど、当時自分たちが作っていた音楽にはそういう92年感がなかった。つまり当時作るべきだった音楽をいま作っているということかな。

ハイテンポで展開される“Nightcrawler”以降は、とらえどころのない、ある意味プラッドらしいエレクトロニック・ミュージックが続きますが、このあたりは、前半で油断させておいて、後半で驚かすというか、プラッドの実験的な側面、未来的なところを出したかったという感じなのでしょうか? 

エド:たしかにアルバムとしての流れが他の作品とは違うかもしれない。かなり多様なサウンドスケープになっていると思う。他の音楽を聴く時にも対比があったり衝撃や驚きがあったりするものが好きだし、間違いなく今作にもそういった対比を生み出そうという試みはあったと思う。過去を振り返る部分もあれば未来志向の部分もあって。懐かしかったり未来を想像したりね。

後半とくに拍子記号的にもユニークなアプローチをしているように思いました。

エド:たしかに4/4拍子ではない拍子記号が多いかもしれないね。いままでもやってきたけど、今回は7拍子系が多いかな。単純にやっていて楽しかったというだけで何かちゃんとした理由があるわけではないんだ。

アルバムからは話が逸れますが、音楽以外でいま楽しみにしていることは何でしょうか?

エド:DIYを少々。壁を作ったりボイラーを設置したり。物理的な世界で何か作ることを学んでいるよ。アンディはロックダウン中にちょっとガーデニングをやって野菜を育てたりしていた。あとは散歩かな。年を取ったら自分を大事にしないとね。最近はフランスにいることも多くて、散歩するのが楽しいというのもあるし。ただ全般的には小説を書くわけでもなく抽象画を描くわけでもなく音楽一筋だね。他の人とのコラボレーションも多いし、さっき言ったように常に音楽の新しい作り方、新たなソフトウェアも取り入れようとしていて、だから音楽だけで十分忙しいんだ。

最近だと、自分の楽しみに聴く音楽はなんになりますか?

エド:かなり幅広く聴いているな。エレクトロニック・ミュージックもいろいろ聴くし、探求すべき音楽は世界中にあるわけだから果てしない。制作中はあまり聴かないけどね。現在のところこれと言ってとくに聴いているアーティストはいないかな。ただいまもたまにDJをやるからダンス・ミュージックもけっこう聴くし。あとはままで聴いたことがなかったクラシックなんかもね。

いま流行っている音楽や話題になっているような新しい音楽を聴いたりしますか? たとえばケンドリック・ラマーやビヨンセだとか。あるいは、若手で面白いとおもったプロデューサーはいますか? ロレイン・ジェイムズとか。

エド:甥と姪がいろいろ聴かせてくれるから、それでケンドリック・ラマーも聴いたりするよ。まあ外出先でもかかっているしね。あとは仕事仲間からいろいろ聴かせてもらうことも多い。たとえばRival Consolesなんかは僕らと似ているからっていうことで聴かせてもらったし。僕らはヒップホップを聴いてブレイクダンス好きとして育ったからヒップホップの耳は持っていて、いかにヒップホップが発展して変化してきたかもわかる。特定の意味や社会的メッセージを持つ音楽が復活しているのは喜ばしいことで、そういう観点から言うとケンドリックのような人は素晴らしいと思う。僕自身にとって音楽的にもっともエキサイティングなものではないけど、歌詞だったりの部分でね。というわけでさまざまな音楽に触れる機会があるし、もちろん実験的な音楽もいろいろ聴くよ。自分たちも半分実験音楽みたいなもので、ポップ・ミュージックへの大きな愛を持ちつつ実験音楽をブレンドするという感じだからね。

そうですね。今回も良いアルバムをありがとうございました。 (了)

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