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Joni Void

ElectronicaMusique Concrète

Joni Void

Mise En Abyme

Constellation

Bandcamp

三田格   Apr 08,2019 UP
E王

 デビュー・アルバムは『セルフレス』というタイトルだった。セルフィーが撮りまくられる時代に「自分がない」と訴えていたのである。セカンド・アルバムは少し難しくなる。「Mise En Abyme(ミザナビーム)」とはフランス語で深遠な状態を作り出すことを意味し、日本語では「紋中紋」と訳される。モチーフの中に同じようなモチーフが入れ子構造になっているというイメージらしく、具体的には電話やカメラ、ゲームやヴィデオといったデバイスに残っている自分の痕跡をなくし、言葉になっていない他人の声をソースとして使うことによって、昔の自分を再構築するということのようである。短絡的に言えば自分という存在は複数の他人との関係のなかに存在していると考えるラカンの思想を音で表現するということになるのだろう。他人に「いいね!」をされなければ存在していると思えない、いわゆる承認欲求が蔓延しているSNS時代にはありがちというか、遅すぎた発想だし、そのような理屈が先にあったと知っていたら初めから聴かなかったかもしれない作品なんだけれど、そうとは知らずに聴いていた僕は、この作品が非常に面白く聞こえ、ミュジーク・コンクレートの傑作とされるリュック・フェラーリの『Presque Rien』をポップにしたような印象まで受けてしまった。そして、これが調べてみたらゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!のレーベルからリリースされていたのである。先入観のない音楽体験ほど人を驚かせてくれるものもない。あれよあれよという間に僕はジョニー・ヴォイドの過去音源にも手を伸ばしてしまった。

 ジョニー_リッパーの名義で2010年から5枚のアルバムをリリースしてきたジャン・クザンが2017年から使い始めたミュジーク・コンクレート用の名義がジョニー・ヴォイドのようである。生まれはフランスで、14歳から独学で音楽を学び、2012年からはゴッドスピードユー~やティム・ヘッカーが拠点としていたカナダのケベックへ移住、ジョニー_リッパー名義では主にサウンドクラウドやバンドキャンプで作品を発表してきたものが名義を変えてからは〈コンステレーション〉とタッグを組んだという流れになっている。ケベックに豊穣なDIYシーンがあったことが彼をベッドルームから外へと誘い出し、パフォーマーとしての成長を促した上にオーガナイザーとしての活動にも発展していったという。フランスにいた頃は『アメリ』のヤン・ティルセンやフィリップ・グラスの映画音楽に影響を受け、サンプリング・ミュージックとしてのボーズ・オブ・カナダベリアルに多くを学んだとも。そして、彼にとっての最大のヒーローはなんとBBCレディオフォニック・ワークショップに在籍していたデリア・ダービシャー(後にホワイト・ノイズ)で、細かく切り刻んだサンプリングや偶然性といった方法論はさほど珍しいものではなくなったと思うものの、音楽を演奏せず、徹底的にテープ編集にこだわるのは彼女の方法論に追従したいがためのよう。またミュジーク・コンクレートにポップな要素を持ち込むのも『ドクター・フー』のサウンドトラックを手がけていたダービシャーの影響といえるらしい。

 2017年の『セルフレス』はややとっちらかった印象が強かったものの、その後の失意を背景にしてつくられたという『ミザナビーム』は縦横なイメージの広がりがあるにもかかわらず、全体のまとまりはよく、上に書いたようにボーズ・オブ・カナダやベリアルをミュジーク・コンクレートの文脈で受け継ぐものと考えていいと思う(『IDMディフィニティヴ』に2019年のページがあったら、完全にこれが大枠ですね)。オープニングは混沌としたフィールド・レコーディング(?)。続く“Dysfunctional Helper”から前半はメランコリックなコンポジションが並び、彼がタイム・トラヴェル実験と呼ぶ時間感覚の遡行が柔らかな感触とともに意識の反芻を織りなしてゆく。とくに“Lov-Ender (with YlangYlang)”というシャレたタイトルの曲はストレートにベリアルを思わせるところがあり、しかも、闇の中からベリアルを引っ張り出そうとする衝動も併せ持つ重層性が素晴らしい。似たような曲を畳み掛けているようでいて、周到に回避されている回帰性と微妙にずれてゆく感傷性やリズムは確かにモチーフの入れ子構造をなしており、パズルを解き明かすように耳を傾けたくなってしまうことは確か。話し中の電話音やファックスの送信音などで構成された“No Reply (Interruption)”を挟んで、後半は徐々に躍動感に満ちていく。アシッド・ハウスが床を踏み外したような“Safe House”、コーネリアスの悪ふざけを思わせる“Cinetrauma”、後半のハイライトといえる“Voix Sans Issue”では「音声なし問題」というタイトルとは裏腹にヴォイス・サンプルだけで複雑に絡み合うドローンをつくり上げているように聞こえるのだけれど……。最後の2曲はジョニー_リッパー時代の作風に戻り、それまでとは打って変わってアグレッシヴで重厚な曲調で締めくくられる。実験的な音楽であることをすっかり忘れてしまうほどイメージの展開が豊かで、見事な力作である。マーク・フィッシャーには悪いけれど、時代は前に進んでいる。

三田格