「AY」と一致するもの

七尾旅人 - ele-king

歌から生まれる音楽北中正和

 デビューしたころから既知感のある音楽だった。はじめて聞く曲ばかりなのにそんな気がしなかった。お父さんの影響で子供のころからジャズを聞いていたことや、彼が興味を持っているというミュージシャンの名前を見て、なるほどと思えるところもあったが、音楽が誰かのフォロワーというわけでもなく、その既知感がどこから来るのか、しばらく説明できなかった。しかしいつしか曲の作り方がそう感じさせるのかもしれないと思うようになった。

 いま世間では、リズム・トラックを先に作ってそこにメロディをのせて最後に歌詞を合わせていくような音楽の作り方が主流だ。そういう音楽ではリズムが細分化され、転調が多用され、コントラストの強い音がぎっしり詰めこまれている。それはそれで目立つための工夫であり、いまの社会のありようの一面をとらえた音楽ではあるのだろう。
 ところが七尾旅人の音楽はそんなふうに感じさせない。もちろん、いろんなタイプの作品があるので、一概には言い切れないのだが、あえて言えば、歌なりメロディなりが先にあって、リズムやサウンドがそれに寄り添う形で作られてきた作品が多いように思える。それは80年代までは普通にあった伝統的な曲の作り方だ。つまり彼の音楽が誰かの何かに似ているという以上に、歌声とメロディとリズムの織りなし方に、ぼくのような高齢者は既知感や懐かしさをおぼえてきたのだ。

 そんなふうに構造的にいまの時代の方法論から一歩距離を置いたオルタナティヴなところで“きみはうつくしい”や“スロー・スロー・トレイン”や“DAVID BOWIE ON THE MOON”、ジャジーな“いつか”のような曲を作れるのは素晴らしい才能だと思う。伝統的といえば、5音階的なメロディとケルト系のサウンドが重なる“天まで翔ばそ”のような曲もある。
 ただし伝統的といっても、彼はアンティーク趣味の音楽をやっているわけではない。レイヴ・パーティ的なイベントにギターひとつで出て行っても違和感がないたたずまいを持ち、ネット配信の可能性も試みてきた人だから、彼がいまのポップスのありように無関心であるはずがない。歌詞のはしばしや声の加工からひとつひとつの楽器の音色まで、どこを切り取ってもいまの音楽だ。音を引き算して聞き手の想像がふくらむ余地を残すところも、考えてそうする人が多いのだが、彼の場合はとても自然な感覚でやっている印象を受ける。
 旅する感覚にも似た、せつない希望に満ちた余韻が残るアルバムだと思う。

北中正和

Next > 木津毅

[[SplitPage]]


「こうしてまた、かき集められる声とともに」木津毅

 『Stray Dogs』というタイトル、そして岡田喜之による少年と犬が向かい合う可愛らしいイラストに僕はなんだか『犬ヶ島』を連想してしまったのだけれど、たしかに『Stray Dogs』はウェス・アンダーソンによるストップモーション・アニメのような愛らしい見た目と人懐こさ、茶目っけと温かみに満ちたアルバムだ。『兵士A』のような緊迫感やシリアスさはずいぶん和らぎ、怒りを堪えることができなかった七尾旅人そのひとの歌う姿を息を呑みつつ見つめなくても、寒い日の午後に紅茶でも飲みながら聴くこともできるだろう。が、あるいはこうも言えるかもしれない――『Stray Dogs』は、その柔らかく優しい感触とともに、この国や世界で起こっていることに想像を巡らせさせるようなアルバムである。その言葉とメロディ、音に耳を澄ませば、縦横無尽に繰り広げられる架空の冒険が待っている。それはどうしようもなく、僕たちが暮らす過酷な現実世界と結びついている。
 そういえば『犬ヶ島』の主人公は、野良犬(Stray Dog)だった。それまで誰にも心を開かなかった野良犬チーフは、少年アタリと暴走する権力と闘うための冒険をしているうちに彼との絆を育んでいく。僕はだから、あの映画はチーフが「thank you」とアタリに伝える声を聞くためのものだと思っている。ブライアン・クランストンによる、あの低く深い声。もちろん現実では犬の声を聞くことは僕たちにできない。だが想像のなかでなら、耳を澄ませば、もしかしたら聞こえてくるのかもしれない……。「野良犬」というのは、もちろんボヘミアンたる七尾旅人の生き方を表した言葉であるだろう。と同時に、僕には声を持たない人びとのことだと思える。七尾旅人は、世界に散らばった彼らの小さな声を懸命に拾い集めようとしている。ビリオン・ヴォイシズ。それをある種のファンタジーやフィクションに仮託して物語ること。だから、『Stray Dogs』はまったくもって『兵士A』の続きの地平で鳴っている。

 アルバムは、七尾旅人が20年でそうして集めてきた「声たち」とともに積み重ねてきた音たちをコレクションしたものだ。初期からの弾き語りフォーク、『billion voices』以降に顕著なソウルを中心としたブラック・ミュージックからの影響、いくらかのシンセ・ポップ、ギター・ポップ、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、それに童謡。それらは少し悪戯っぽくとっ散らかりながら、しかし彼らしいチャーミングなメロディと少年性を残した声によって統合されていく。なめらかなアコースティック・ギターの演奏とシンセが重ねられる“Leaving Heaven”はあまりにも「らしい」オープニング・ナンバーだし、強めの打ちこみビートとエフェクト・ヴォイスが炸裂するエレクトロ・ポップ“Confused baby”には少し面食らうけれど、歌が入ってくれば変わらぬ愛嬌に微笑まずにはいられない。なんだかんだ言って、七尾旅人の歌はどんな装飾をしようとその芯でこそ聴き手の心をわし掴みにする。
 だから、たとえばヘリパッド建設問題で揺れる沖縄・高江で録音したと知らなければ、“蒼い魚”が政治的な歌だとは気づかないかもしれない。シンプルな言葉と強いメロディに支えられた美しいフォーク・ナンバーだ。僕たち聴き手はただ陶然とすることもできる。が、かすかに注がれる沖縄の音階と波の音、それに「泣かないで 泣かないで 蒼い魚はまだ泳いでいる」という言葉の意味をじっくりと考えてみれば、そこに沖縄で暮らす人びとの声や想いが重ねられていることがわかる。ほとんど幻想的なほどに華麗な弦の調べと反比例するように、必死に振りしぼられる歌声。そのひたむきさだけが、この歌たちの原動力になっていることがよく伝わってくる。もしくは、モザンビークからNadjaをヴォーカルに迎えた“Across Africa”はモザンビーク内戦をモチーフにしているそうで、音色やリズムはアフロ・ポップからの引用だ。日本のポップスとしてはオルタナティヴな類のものだろう。だが、誤解を恐れずに書いてしまえば、僕はこの曲をBUMP OF CHICKENやRADWIMPSのようなJ-ROCKを聴いている若い子たちにも聴いてみてほしいと思う。ナイーヴさと勇壮さを併せ持つメロディやコーラスとともに、知らない言語のスポークン・ワードを楽しんで、アフリカの歴史に想いを馳せてみてほしいと願う。それぐらいオープンなところで鳴っている歌だと、少しばかり頼りなくもしなやかなポップ・ソングだと感じる。
 僕たちは自分たちの生活や人生にいっぱいいっぱいだから、世界中に散らばった声なき声に耳を澄ましている余裕など失っているのかもしれない。シリアの現状を伝えるために危険を顧みなかったジャーナリストを攻撃せずにはいられないほどに。ただ生き延びるだけならば、そんな声たちに耳を塞いだほうがいくらか楽なのだろう。七尾旅人はそれらを無視することができず、しかし、その「できない」ことこそを歌うたいとしての力に変えていく。

 『Stray Dogs』はそんな風にしてこの世界の悲しみや嘆きを見つめているが、驚くほど肯定的な響きを有している。たとえば近しいひとの自死がきっかけとなったという“きみはうつくしい”は、ある喪失を根拠など持たぬまま「きみはうつくしい」という断言にひっくり返してしまう。やや唐突なラップでまくしたてられる、「誰かが最後に遺したフレーズ 読まれぬまま 流れるメール/誰かが最後に あれから迷子に そう 見逃される 無数のトレイル」という誰にも顧みられないまま消えていった存在への物想いは、七尾旅人流のソウル・チューンとして昇華される。「うつくしい」という単語は5音であるがゆえに少し収まりが悪く、だが、だからこそチャーミングなフロウとなる。その歌は、どうしたってはみ出してしまう存在や想いをどうにかして肯定し、祝福しようとする。清潔な響きのピアノが純粋な想いと呼応するラヴ・ソング“スロウ・スロウ・トレイン”。オートチューンド・ヴォイスがメロウなムードを醸すダウンテンポ“DAVID BOWIE ON THE MOON”。どれもが小さな人間の感情について描いているが、それらは宇宙にだって旅をする。  ところで、はっきりと犬が主人公になっている歌はアルバムには収録されていない(と思う)。代わりに鍵盤の音がまろやかでキュートなポップ・ソング“迷子犬を探して”は、いなくなってしまった子犬を探す少年の目線で語られる。「あの子の場所をぼくに教えてよ」とお願いする七尾旅人は本当に子どものようだ。そして僕たちがもし声を持たず、帰る場所もない野良犬だとして、懸命に探してくれる誰かがいる限りは存分に彷徨い続けることができる。彼の歌はそういうものだと思う。永遠の流浪を詞に託し、ジャズ・ピアノが静かな夜を彩る“いつか”はまったくもって美しいエンディングだ。

月明かりのその下を 二匹の犬が歩いていく
どこへ行くの? どこまでも
どこへ行くんだ? どこまでも
どこまでも どこまでも
横切って消えた  “いつか”

木津毅

Felicia Atkinson/Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 本作は、フランスにおいてエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈シェルター・プレス〉を主宰し、自身も気鋭の電子音楽家であり、2017年にリリースしたソロ・アルバム『Hand In Hand』も話題を呼んだフェリシア・アトキンソンと、イギリスの老舗音響レーベル〈タイプ・レコード〉よりリリースされた『Love Is A Stream』(2010)、ニューヨーク・ブルックリンのインディー・レーベル〈メキシカン・サマー〉から送り出された『A Year With 13 Moons』(2014)などをはじめ、多くのシューゲイズ/アンビエントな作品を多く発表してきたサンフラシスコを活動拠点とするジェフリー・キャントゥ=レデスマのコラボレーション作品である。

 このアルバムは、極めて現代的なアンビエント音楽だ。ノイズと音楽が互いに矛盾することなく(もしくは矛盾のまま)、同居している。私はこの『Limpid As The Solitudes』を一聴し、その密やかさと解放感が同居する音響構築に惹き込まれた。空間的で映画的。音楽的で音響的。構造的で快楽的。アトモスフィアなアンビエント・サウンドのアップデート。

 とはいえ2人のコラボレーションは本作が初ではない。2016年に〈シェルター・プレス〉からリリースされた『Comme Un Seul Narcisse』についで2作目である。むろん前作『Comme Un Seul Narcisse』も素晴らしい音響空間を生みだしていたが、本作のシネマティック・サウンドは前作を超えたアンビエンスを展開していた。ひとことでいえば「映画的」なのである。
 音による光景と光景の接続、シネマティック・アンビエント……?その意味では旧来の意味での「アンビエント・ミュージック」とはいえないかもしれない。じじつ本作には「音楽的」な要素が音響的要素と融解するように導入されているのだ。音のむこうに「音楽」が立ち現れ、そして溶け合って消えていく。そして微かな痕跡が残る。音楽的要素が豊穣でありながら、それでいて騒がしくない。この感覚こそ(本作に限らず)2010年代的な「新世代」のアンビエント・ミュージックの特徴ではないかと私は考える。00年代以降、アンビエント・ミュージックはブライアン・イーノが提唱した古典的な概念からさらに変化を遂げた。つまり環境を満たす意識されない音楽として存在するだけではなく、この騒がしい世界の中での静謐さを摂取するための音響による音楽作品としての自律性を高めてきたのだ(そこにおいてはドローン音楽のアンビエント化も大きい)。音響の音楽化ではなく、音楽の音響化が実践されているというべきだろうか。
 アルバムには全4曲収録されている。フェリシア・アトキンソンのヴォイスがボーカルのように音響空間を舞うような曲もあれば、不意にベースのような低音が断片的に鳴る曲もある。そのうえ記憶の残響のようなピアノが素朴な旋律を奏でる曲もある。ドローンは楽曲のそこかしこで生成し、ノイズの粒子が音を立てサウンドのアトモスフィアを形成するだろう。世界の光景を描写するかのようにシネマティックな環境音がエディットされてゆき、まるで映画のような1シーンのように音楽と音響が編集される。音と音楽を交錯・融解させることで、映画的・映像的ともいえる持続と音響空間を織り上げているのだ。そこに不思議な鎮静感覚が生れているわけである。
 とくに17分に及ぶ4曲め“All Night I Carpenter”は圧倒的だ。音、ノイズ、音楽、声の欠片によって、音と音楽が時間の中に溶け合うようなサウンドスケープを生成しているのだ。不意にアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画や坂本龍一『async』を思い出しもした。ちなみにマスタリングはお馴染のダブプレート&マスタリング(ヘルムート・エルラー)が担当している。
 すでに名の知れた電子音楽家2人のコラボレーション作品だが、フェリシア・アトキンソン『A Readymade Ceremony』(2015)や『Hand In Hand』(2017)や、ジェフリー・キャントゥ=レデスマ『On The Echoing Green』(2015)などとも異なる「新しいアンビエント音楽」を聴きとることができた。何より、音楽が、音が、これほどまでに心身に染みる音響作品も稀ではないか。「孤独のように卑劣な」という意味を持つアルバムだが、その密やかな気配によって鎮静を与えてくれる緻密なモダン・アンビエント音楽である。

 それにしてもCV&JAB『Thoughts of a Dot as it Travels a Surface』、マイヤーズ『Struggle Artist』、トーマス・アンカーシュミット『Homage to Dick Raaijmakers』、イーライ・ケスラー『Stadium』など、今年の〈シェルター・プレス〉のリリース作品は重要作ばかりだ。そのうえスティーヴン・オマリーとピーター・レーバーグ(ピタ)によるKTL『The Pyre: versions distilled to stereo』のアルバムまでリリースされてしまった。個性的なラインナップとクオリティ。いま、もっとも勢いに乗っているエクスペリメンタル/電子音楽レーベルのひとつといえよう。

 日本のアンダーグラウンド・テクノ・シーンで、つねに尖っている音をスピンするDJのひとり、KEIHINが自ら立ち上げたレーベル、〈Prowler〉からファースト・シングル「Esoteric Communication」をリリースする。UKの〈Whites〉あたりとも共振するベース・ミュージックおよびインダストリアルを通過したテクノ・サウンドがここにある。デトロイティッシュな響きもあり、格好いいので、ぜひチェックしてみて欲しい!



Artist : KEIHIN
Title : Esoteric Communication
Cat: PROW001
Label: Prowler

Track List:
A1:Dawn
A2:Dawn(Katsunori Sawa Remix)
B1:Rust
B2:Stiff
※ダウンロードパス付き


【レーベル資料より】
日本のアンダーグラウンドシーンでDJ NOBU達と共にキャリアを積んだDJ、KEIHINが自身の音楽性をより深く掘り下げる為のレーベル〈Prowler〉を始動。第一弾として彼自身による、ブレイクビーツやベース・ミュージック、インダストリアルを非イーブンキックのミニマル・テクノに落とし込んだ様な、それぞれコンセプトは違いながらも1本筋の通った3曲に、10LABELやWeevil Neighbourhoodからのリリース、YUJI KONDOとのユニットSteven PorterやAnthoneとのユニットBOKEHでもお馴染みのアーティストKATSUNORI SAWAによるRemixを収録した1st EP“Esoteric Communication”をリリースします。今後も彼やその仲間による、シーンの多様性を拡張するリリースを予定しております。

Makaya McCraven - ele-king

 2018年はサウス・ロンドン勢の活躍により、US以上にクローズ・アップされることの多かったUKのジャズ。そして、いままで以上にUSのジャズ、UKのジャズと対比されることも増えていったのだが、その両方が交わった希少な作品にマカヤ・マクレイヴンの『ホエア・ウィ・カム・フロム』がある。マカヤ・マクレイヴンはシカゴを拠点とするドラマーだが、彼が2017年10月にロンドンを訪れた際、トータル・リフレッシュメント・センターで南ロンドンのミュージシャンとセッションしたライヴ録音である。その後シカゴに戻ってマカヤ自身の手で編集を施し、今年になってミックステープとして発表したものだ(最近になってアナログ盤もリリースされた)。マカヤ以外のセッション参加メンバーは、ジョー・アーモン・ジョーンズカマール・ウィリアムズ、ヌビア・ガルシア、テオン・クロス、ソウェト・キンチで、彼らが演奏する作品以外にもダークハウス・ファミリー、クワイエット・ドーン、エマ・ジーン・ザックレイらUK勢の曲に、マカヤと同じシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉所属のコルネット奏者で、ボトル・ツリーでの活動のほかにソロ作もリリースするベン・ラマー・ゲイの曲などが織り交ぜられていた。サブ・タイトルの「シカゴ×ロンドン」どおり、まさにUSとUKのアンダーグラウンド・ジャズの最前線が交差し、ぶつかり合った熱い記録である。ミックステープという形式ではあるが、2018年度にリリースされた作品の中でも極めて重要な一枚と言えるだろう。

 マカヤ・マクレイヴンは2015年の『イン・ザ・モーメント』で一躍注目を集め、クリス・デイヴ、マーク・ジュリアナなどと共にUS新世代のジャズ・ドラマーとして評価されてきた。アーチー・シェップやユセフ・ラティーフなどと共演するドラマー、ステファン・マクレイヴンとハンガリー出身のフォーク歌手アグネス・ジグモンディの息子で、マサチューセッツで育ち、ティーン時代にザ・ルーツに影響を受けたヒップホップ・バンドのコールド・ダック・コンプレックッスを組む。マサチューセッツ州立大学卒業後、コールド・ダック・コンプレックッスでレコード・デビューも果たすが、大学で講師を務める妻の仕事の関係で2006年にシカゴへ移住している。シカゴでマカヤはヒップホップ以外にさまざまな音楽的体験を積み重ね、昔からシカゴに根付くフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼイションなどから、ポストロックやシカゴ音響派などからの影響も併せ持つミュージシャンとなる。『イン・ザ・モーメント』はそうした彼の特徴がよく表れたもので、トータスのジェフ・パーカーやタウン&カントリーのジョシュア・エイブラムスたちと重ねたライヴ・セッションを、DAW上で再構築して生まれたものだ。そこにはニューヨークなど東海岸のジャズとは違う、ロサンゼルスなど西海岸のジャズとも違う、シカゴ特有のジャズがあった。
 また、LAのジャズにフライング・ロータスなどビート・ミュージックの影響が介在するとすれば、マカヤのジャズにはシカゴや隣接するデトロイトのクラブ・サウンドからの影響もあると言える。2017年にリリースした『ハイリー・レア』は、まるでセオ・パリッシュやムーディーマンがジャズをやったかのようなアルバムで、さらにアフリカ音楽や民族音楽などの要素も交え、レフトによるターンテーブルもフィーチャーされていた。このアルバムもベン・ラマー・ゲイたちとやった2016年のライヴ録音を編集したミックステープで、そもそもカセットでリリースされたもの。マカヤはこうした通常のジャズのレコーディングではないDJミックス的なスタイルを好み、ライヴでもドラム以外にキーボードやサンプラーなどを用いて、ビートメイカー的に即興演奏をおこなっている。『ホエア・ウィ・カム・フロム』は音楽的にもスタイル的にも『ハイリー・レア』の延長線上にあるもので、さらにそこへ南ロンドンのジャズのエッセンスを加えたものだった(レフトも『ハイリー・レア』に続いてミックスで参加している)。

 そんなマカヤ・マクレイヴンの最新作『ユニヴァーサル・ビーイングス』は、『イン・ザ・モーメント』、『ハイリー・レア』、『ホエア・ウィ・カム・フロム』と続いてきた彼の世界を総括する、CD2枚組に及ぶ圧倒的なヴォリュームの作品となった。アルバムは4つのパートに分かれ、それぞれニューヨーク、シカゴ、ロンドン、ロサンゼルスでおこなわれたセッションから構成される。NYセッションはハープ奏者のブランディ・ヤンガー、チェロ奏者のトメカ・リードとの共演。“ホリー・ランズ”や“ヤング・ジーニアス”でコラやンゴニなどアフリカの民族楽器を思わせる神秘的な音色が奏でられる一方、イントロダクションや“ブラック・ライオン”は彼のヒップホップ・ドラマーだった頃を思い起こさせるもの。全体的にはディープで美しいスピリチュアル・ジャズを展開する。
 シカゴ・セッションはトメカ・リードと『ハイリー・レア』にも参加していたベーシストのジュニアス・ポールのほか、ロンドンからシャバカ・ハッチングスがテナー・サックスで参加。“ファラオズ・イントロ”から“アトランティック・ブラック”へと続く流れは、シャバカ・ハッチングスとアンセスターズによる『ウィズダム・オブ・エルダーズ』に通じるアフリカ色濃厚なもので、さらにセオ・パリッシュなどのディープ・ハウスのエッセンスも加わっている。ヒップホップ・ビートを咀嚼した“インナー・フライト”にしてもアフリカ的なテイストは濃く、アルバム・ジャケットや『ユニヴァーサル・ビーイングス』というタイトルを含め、アフリカをルーツとするジャズの在り方を示すというのがアルバム全体のコンセプトとなっているようだ。

 ロンドン・サイドは『ハイリー・レア』にも参加したヌビア・ガルシアがテナー・サックスを演奏するほか、ピアノのアシュレイ・ヘンリー、ベースのダニエル・カシミールが参加。カリビアンな雰囲気が流れる“スイート・ハウス”は、変拍子から次第に四つ打ち風へと変化し、クラブ・ジャズ的なエッセンスも交えたものとなっている。“フリップド・アウト”のズレたJ・ディラ的なビートは、マカヤの新世代ドラマーたるところを見せるものだ。
 LAセッションはジェフ・パーカーの自宅で行われたもので(現在、ジェフはシカゴからLAへと移住している)、彼がギターを弾くほか、ヴァイオリンでミゲル・アトウッド・ファーガソン、パーカッションでカルロス・ニーニョ、アルト・サックスでジョシュ・ジョンソン、ベースでアンナ・バタルズが参加。“バタルズ”や“タートル・トリックス”などで見られるマカヤとジェフとの共演は、『イン・ザ・モーメント』におけるポストロック的な雰囲気を思い起こさせるものであり、そこへミゲルとカルロスによるフォークトロニカ的な要素も融合されている。4つのセッションのなかでももっともフリーフォームで、即興演奏の色合いが強いのがLAサイドである。四つの都市で行われたこれらセッションを通じ、マカヤはアメリカのそれぞれの都市のジャズ、そしてロンドンのジャズを繋げたと言える。

Yves Tumor - ele-king

 この秋、サプライズでアルバム『Safe In The Hands Of Love』をリリースし話題を集めたイヴ・トゥモア、その来日公演が急遽アナウンスされました。エレクトロニック・ミュージックにおけるロック的展開を担うイヴ・トゥモア、ヴィジュアル面にも力を入れているアーティストだけに、ライヴではいったいどのようなパフォーマンスが繰り広げられるのか、要注目です。12月20日はコンタクトへ。

Yves Tumor "Safe In The Hand Of Love" release tour
12/20 (木) Open 18:30 Close 23:00
¥2500 (別途1D ¥600) Door
¥2000 (別途1D ¥600) Advance / Before 19:30
【前売取扱】 Resident Advisor / clubberia / iflyer / e+

Studio:
Yves Tumor (Warp | US) -Live
machìna -Live
Aya Gloomy -Live
SINSENSA -Live

Contact:
Compuma
Mari Sakurai
and more


■ Yves Tumor
ダーク・ポップ界のカリスマ Yves Tumor は、電子音楽を軸に多彩なジャンルを掛け合わせることからエレクトリック・ミュージック界の冒険家と称され、アーティスト/作曲家としての評価は高い。
彼のサウンドはダークでゴシックな一面を持ち、グロテスクさの中に耽美さを調和させる音楽性は、他を寄せ付けないほどに孤高的である。一方で彼のライヴは、先鋭的なノイズからクラシカルなサウンドまで、万華鏡を覗き込む様に音の変化を体感できる。
先鋭的音楽を追求するレーベル〈PAN〉からリリースしたデビュー・アルバム『Serpent Music』で Yves は、'70sソウルのエッセンスとエクスペリメンタルがサイケデリックに邂逅したような新次元の音楽を披露し、Arca や Brian Eno 等と並んで、2016年の Pitchfork エクスペリメンタル・アルバム・ベスト20に選出されている。
今年、〈Warp Records〉から初となるアルバム『Safe in the Hands of Love』をリリースし、彼の活動からますます目が離せない。

Yves Tumor 『Safe In The Hands Of Love』
[BRC-584 Warp Records ¥2400 +tax in stores]

時代を切り拓く謎の先駆者となるのか?
〈WARP〉移籍で話題を読んだイヴ・トゥモアが突如フル・アルバムをリリース!

ベルリンの最先端を行く実験的レーベル〈PAN〉からの前作『Serpent Music』が、アルカやブライアン・イーノらと並んで、米Pitchforkの【The 20 Best Experimental Albums of 2016】に選出されるなど、最高級の評価を獲得し、注目を集めたイヴ・トゥモア。昨年には〈Warp〉との電撃契約が発表され、同年12月には、坂本龍一のリミックス・アルバム『ASYNC - REMODELS』に、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、アルヴァ・ノト、コーネリアス、ヨハン・ヨハンソンらと共にリキミサーとして名を連ねた。そして今年7月、移籍後第一弾シングル「Noid」をリリースすると、さっそくPitchforkで【Best New Music】を獲得。その後立て続いて「Licking An Orchid」をリリースし、今週には Beat 1 の看板DJ、ゼーン・ロウの番組で「Lifetime」が解禁(こちらもPitchfork【Best New Music】を獲得)。そして本日、それらを収録したフル・アルバム『Safe In The Hands Of Love』がデジタル配信限定でリリースされた。合わせて、ボーナストラックが追加収録された国内盤CDも10月12日にリリース。

WWW New Year Party 2019 - ele-king

 今年も渋谷のヴェニュー WWW が新年パーティを開催します。なんとW、X、βの3フロアがフル・オープンとのことで、気合い十分。ダニエル・ベルのほか、Yoshinori Hayashi、STEREOCiTI、ハウィー・リー、ニディア食品まつり a.k.a foodmanYousuke Yukimatsu、LIL MOFO、E.L.M.S. と、強力かつ豪華な面子が目白押し。これは素敵なカウントダウンを迎えられること請け合いです。イベントに先がけてプレイリストが公開されていますので、これを聴きながら予習しておきましょう!

WWW 2019年のニューイヤーパーティがW、X、βの3フロア・フル・オープンで開催決定! 上下に分かれた各レギュラー・パーティを“静なるミニマル”と“動なるオルタナティブ”とし、“パラレル・ダイナミクス”をテーマに現代のエレクトロニック/ダンス・ミュージックのダイナミズムを描いた新たな幕開けを迎える。

U_Know - ele-king

 2016年の『Word Of Words』が話題となったコンビ、福岡のビートメイカー=Olive Oil と、BLAHRMY の一員でもある藤沢のMC=Miles Word によるユニット、U_Know が再始動! 去る11月21日にニュー・アルバム『BELL』をリリースしたばかりの彼らだが、昨日新たに収録曲“In A Row”のMVが公開されている。映像を手がけたのはもちろん Popy Oil。まだ聴いていない方は要チェック。

U_Know [Olive Oil × Miles Word] - BELL

あの奇跡のコラボレーションはまだ序章に過ぎなかった……
Olive Oil × Miles Word [BLAHRMY] 再び!!!

2016年11月に発表された Olive Oil と Miles Word のジョイント・アルバム『Word Of Words』。福岡と藤沢、音楽が繋げた数奇な出会いは、このアルバムを聞けば必然であったことは疑いの余地がなかった。あれから2年、Olive Oil は全国でのライヴはもちろん、5lack や Wapper とのジョイント・アルバムなど、止まらずに楽曲を世に送り出し、Miles Word は仙人掌、I-DeA のアルバム他、ソロ、そして SHEEF THE 3RD との BLAHRMY として、ライヴ、客演などでその存在感を高めてきた。そんな、前作発表時よりもさらに進化した2人が帰ってきた。先行シングル的に夏に MV が解禁、7インチで限定発売(ジャケも最高◎)された、哀愁あるホーンと変則的なドラムが鳴り響くビートと、三拍子すらも、江ノ島の波の如くさらりと乗りこなすラップが極上だった“Sunny”をはじめ、前作を経たことでよりぶつかりながら融合するビートとライムは極上。いまだにある場所に安住せずに数々の挑戦と実験を繰り返して進み続けるふたりの新たな挑戦であり提示だ、しかと受け止めてほしい。

ARTIST : U_Know [Olive Oil × Miles Word] (オリーヴオイル × マイルス・ワード)
TITLE : BELL (ベル)
LABEL : DLiP Records × OILWORKS Rec.
発売日 : 2018年11月21日(水)
CAT NO. : DLIL-0008
FORMAT : CD (デジパック) / DIGITAL
税抜価格 : 2,500円 / TBC
バーコード : 4526180463832

収録曲
01. Sonnnatoko
02. XX
03. Free Jazzz
04. Sunny
05. BACK AGAIN
06. オドラニャ
07. Nice
08. Stylee
09. ONEDAY
10. In A Row
11. Guess What
12. A SHIT A
13. マタフユ -Winter Again-
14. Midnight
15. Bell Remixx feat. DLiP

All Tracks Produced by Olive Oil
Mixed & Mastered by NOAH

■U_Know [Olive Oil × Miles Word] (ユーノー[オリーヴオイル × マイルス・ワード])
福岡(FKC)を拠点に活動する Olive Oil (OILWORKS Rec.)と湘南・藤沢(Moss Village)を拠点に活動する Miles Word (DLiP Records/BLAHRMY)によるユニット。2016年に発表したアルバム『Word Of Words』から2年、再び動き出す。

Mr Twin Sister - ele-king

 逃げたい。そう思うことは何も間違っていない。いや、というよりむしろそう思ったのなら一目散に逃げ出してしまったほうがいい。でも、なぜか、みんな、逃げない。
 ポピュラー・ミュージックにはある種の逃避性が具わっている。それは、目の前のつらい現実から遠く離れて浮遊しているかのような錯覚を引き起こす音響上の効果のことで、そういったサウンドに耽溺しているリスナーにたいしてはしばしば「現実逃避だ」とのそしりが寄せられるけれど、そのような非難の声は間違っている。なぜなら、音楽を聴いてもけっして現実から逃避などできないのだから。
 心地よく快適な音に身を浸したリスナーはまず間違いなく翌朝、いつもどおり会社なり学校なりに赴きいつもどおり自らのタスクをこなすことだろう。もちろんなかにはめんどくさくなって一日二日休んだりする人もいるかもしれないが、そのままどこかの山奥なり海底なり北国なり南国なりを目指して逃げて逃げて逃げて、ひたすら逃げて、そのまま二度ともとの生活に戻らないような人間はそうそういない。すくなくとも現行の秩序下で流通している音楽は、それがどれほど逃避を促す響きを有していようとも、じっさいに人を逃避させることはない。それはどこまでもリスナーをつらい現実へと引きとどめる。ようは一時的に気分を紛らわせる嗜好品とおなじで、音楽もまた資本主義社会があらかじめ用意しているあめ玉のひとつなのである。
 それでも。たとえ一時的であったとしても。音楽が私たちをつらい現実のくびきから解き放ってくれるのなら、それはとても素晴らしいことじゃないか――かつてチルウェイヴやドリーム・ポップをドライヴさせていたのは、そのような動機だったのではないか。

 トゥイン・シスターは引きこもりというわけではないが、そんな10年代初頭のムーヴメントとリンクするかたちで頭角を現してきたバンドである。にもかかわらず彼らはセカンド・アルバムにおいて、その文脈から距離をとることを願うかのようにテクノを導入し、作風(と名義)を変えてみせた。そして彼らはこのたびリリースされたサード・アルバムにおいてもまた、いくらか作風を変えている。
 今回とくに目立つのは、ジャズとファンクの要素だ。それはエリック・カルドナのサックスが夜のムードを演出する“Alien FM”や、ぶりっとしたベースが絶妙なグルーヴを生み出す“Tops And Bottoms”によく表れているが、加えてもうひとつ、“Taste In Movies”や“Jaipur”に見事に昇華されているように、ダブもまた本作の大きな特徴だろう。アンドレア・エステラのルーツを表現するためにスペイン語で歌われる“Deseo”においてそれは、ダブ・テクノとして実を結んでいる。いやはや、なんとも完成度は高い。

 興味深いのは、それらジャジーだったりファンキーだったり機能的だったりする曲たちが、昂揚や夢見心地なムードからは距離を置いているところだ。このどこか覚めた感じ、よそよそしい感じはいったい何に由来しているのだろう。
 中盤の“Buy To Return”では「返品するために買う」という消費をテーマにしたと思われるリリックが登場するが、歌詞のうえでより決定的なのは最後の“Set Me Free”だろう。「死ねば平穏になれるだろうか/それでも私の一部は泣き続けるだろうか?/べつの終わりを待っている」と歌われる同曲は、現代社会の出口のなさを表現しているとしか思えない。どれだけ逃げたつもりになっても、私たちはつねに囲いこまれている。「セット・ミー・フリー」という悲痛なフレーズが、霧がかったダブの彼方へとむなしく消えていく。
 この最終曲へとたどり着いたとき、本作のアートワークもまた強烈な意味をともなって私たちのもとへと迫ってくる。ジャケに掲げられたどこか悲しげなマリオネットは、エステラが手ずから制作したものだそうだけど、この構図を見るとオーディオ・アクティヴの『SPACED DOLLS』を思い出さずにはいられない。逃げたつもりでいても、手綱はしっかりと握られている――そのような逃避の不可能性こそが、本作を昂揚やハピネスから遠ざけているのではないか。

 もはやチルウェイヴやドリーム・ポップといったタームとはほとんど縁のないサウンドへと到達したミスター・トゥイン・シスター、彼らが前作で名を改め、段階を踏んでサウンドを変容させていったのは、現実逃避が現実逃避にならないこと、むしろ一時的な現実逃避こそが現実への隷属をより強固にすることに気がついたからなのではないか。
 子どもの頃は『デ・ジ・キャラット』がお気に入りだったというアンドレア・エステラ、高畑勲が亡くなった際には「あなたの暗闇のおかげで私は自分の暗闇を乗り切ることができた」と意味深な言い回しで追悼の辞を述べていた彼女は、他方で何度かインスタに綾波を滑り込ませていることから察するに、少なくとも一度は碇少年の「逃げちゃダメだ」という言葉の意味をかみ締めたことがあるにちがいない。それが社会の要請の強烈な内面化であること、そこから逃れようとしても逃れられないこと、資本主義に外部など存在しないということ、音楽がときに私たちをそのようなつらい現実へとつきかえす門番でもありうること――つまりは、山奥なり海底なり北国なり南国なりを目指して逃げて逃げて逃げて、ひたすら逃げて、そのまま二度ともとの生活に戻らないなんてことがどうしようもなく不可能であること、彼らがドリーミーなムードと手を切ったのは、そういった絶望を真摯に受け止めるためではないだろうか。

Kode9 - ele-king

 名ミックスCDシリーズ「Fabric」の最終作をベリアルとともに担当して話題をかっさらったばかりのコード9が、なんと、年末に来日ツアーを敢行するとの情報が飛び込んでまいりました。昨年は日本のゲーム音楽にフォーカスしたコンピ『Diggin In The Carts』のリリース記念イベントのために来日していたコード9ですが、今回の12月29日の東京公演@CIRCUS TOKYOでは3時間のロング・セットを披露予定とのこと。12月30日の大阪公演@クリエイティブセンター大阪では《THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING》パーティに出演、そちらは Cassy、D.J.FULLTONO の追加出演も決定しています。年末年始へ向けてすでにさまざまなイベントの情報が出てきていますが、これまた見逃し厳禁な案件です!

〈Hyperdub〉のボス、KODE 9が年の瀬Asia tourを敢行!!

【東京公演】
TITLE: KODE 9 ASIA TOUR in TOKYO
DATE: 2018.12.29 (SAT)
OPEN: 23:00

LINE UP:
KODE9 (Hyperdub / UK) -3hours set-
Romy Mays (解体新書 / N.O.S.)
and more...

ADV: ¥2,500
DOOR: ¥3,000

プレイガイド:
【ローソンチケット: L-CODE (75574) / イープラス: https://eplus.jp / Peatix: https://hyperdubkode9.peatix.com/ / RA: https://jp.residentadvisor.net/events/1193428

VENUE: CIRCUS TOKYO
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-26-16
03-6419-7520
https://www.circus-tokyo.jp

【大阪公演】
TITLE: THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING
DATE: 2018.12.30 (SUN)
OPEN: 21:00~ ALL NIGHT

LINE UP:
Peter Van Hoesen (Time to express / Berlin)
Metrik (Hospital Records / UK)
Cassy (Kwench / UK) -NEW-
Kode9 (Hyperdub / UK) -NEW-
yahyel
EYヨ (Boredoms)
AOKI takamasa -live set-
BO NINGEN
環ROY
SEIHO -live set-
Tohji (and Mall Boyz)
D.J.FULLTONO -NEW-
YUMY

VJ: KOZEE
LIGHTING: SOLA

OPEN AIR BOOTH:
YASUHISA / KUNIMITSU / MONASHEE / KEIBUERGER / AKNL / MITSUYAS / DJ KENZ1 / 81BLEND / GT

ADV: ¥3,500
DOOR: ¥4,000
GROUP TICKET (4枚組): ¥12,000 (別途1ドリンク代金¥600必要)

プレイガイド:
【チケットぴあ: P-CODE (133-585) / ローソンチケット: L-CODE (54171) / イープラス https://eplus.jp / Peatix: https://tsfclosing.peatix.com/

VENUE: Creative center osaka (Studio partita & Black chamber & Red frame)
〒559-0011
大阪市住之江区北加賀屋4-1-55 名村造船旧大阪工場跡
06-4702-7085
https://www.namura.cc/

TOTAL INFO:
https://thestarfestival.com/

KODE9 (コードナイン)
コードナインは、ブリアルや、今は亡きDJ ラシャド、ほか多くのアーティストが所属するレーベルとして有名な〈ハイパーダブ〉の主宰者である。自身のレーベルからは、ザ・スペースエイプと共同で2枚のアルバム、10枚以上のシングルをリリースしており、さらに〈K7〉、〈リンス〉、〈オンユー・サウンド〉、〈ワープ〉、〈ドミノ〉、〈ゴーストリー〉、〈テンパ〉、〈リフレックス〉などのレーベルからもリリース、リミックス、DJコンピレーションを手掛けてきた。ヨーロッパ全域、北アメリカ、アジアなど広範囲においてDJをしてきた彼は、《ソナー》、《コアチェラ》、《グラストンベリー》、《ミューテック》、《アンサウンド》といった最先端のエレクトロニック・フェスティバルでパフォーマンスを披露。去年の夏、コードナインは最新EP「キリング・シーズン」を、2014 年に他界したザ・スペースエイプとともにリリースした。本名のスティーヴ・グッドマン名義では、2010 年に、著書『ソニック・ワーフェア』をMITプレスから出版。人工頭脳文化研究団(CCRU)の一員であった彼は、AUDINTという音波研究組織の一員でもあり、(トビー・ヘイズとともに)、北アメリカとヨーロッパでインスタレーションを作成し、2014 年には、「マーシャル・ホントロジー」プロジェクト(本/レコード/印刷物)を発表している。2015年にはともに制作をしてきたスペースエイプ、DJラシャドを失った喪失感から制作に取り組んだというソロ名義でのファースト・アルバム『ナッシング』をリリースした。そして、2018年にはコード9とブリアルが〈Fabric〉のミックス・シリーズ最終章に登場し大きな話題となった。
https://www.hyperdub.net/

▶〈Hyperdub〉を主宰するKODE 9と、レーベルを代表するアーティスト、BurialがミックスCDシリーズの頂点たるFABRICシリーズの最終章に登場!
Fabriclive 100 "Kode9 & Burial"
https://www.fabriclondon.com/store/FABRICLIVE-100-vinyl.html

Renick Bell - ele-king

 つい5年前は本当にベース・ミュージックがブームだったのかと思うほど、最近はベースの存在感がない。ウエイトレスやアフロビートはパーカッションやドラムが曲を推進していくし、食品まつりもジュークからベースを抜いてしまった。OPNに至っては「窓が割れるから」という意味不明な理由でベースを遠ざけている。もちろんドラムン・ベースがダンスホールを取り込み、サンダーキャットも超絶技巧でクラブ・ジャズの改良には余念がない。しかし、パブリック・エナミーが「ベース!」と叫んで30年、ついにあのマジック・ワードがクラブ・ミュージック全体を覆うことはなくなり、必ずしも相撲界が貴乃花を必要としない事態と同じことになっている。ヒトラーが演説するときは土のなかに埋めたスピーカーから低音を出していたように、低音は共同体意識を増強させるものだと言われてきた。ということはクラブ・ミュージックと共同体意識はとっくに乖離し、SNSで結びついた村がたくさん集まったもの(=それは90年代に流行った島宇宙論を踏襲する構造)にクラブ・ミュージックも等しくなったということだろう。フロアでSNSを見ている人は多い。5年前のベース・ミュージックは最後のあがきだったのかもしれないし、孤独を誤魔化すためのニュー・エイジがマルチカルチャリズムを否定し、共同体意識のイミテーションづくりに邁進している現状にも合点が行く。EDMの合言葉はちなみに「フューチャー・ベース」である(大笑い)。
 ベースレスのトレンドを決定づけたのはアルカだろう。彼のデビュー作『ゼン』(13)はインダストリアル・リヴァイヴァルを洗練させ、刺々しい感触だけを残して下部構造を捨ててしまったことでステータスをなした。これが様式性として反復・強化され、レイビットやロティックに至る過程はここ数年の白眉だったといっていい。たいていはハードにするか、グラマラスに盛り付けるかで、オリジナルを超えた気分を味わえた。しかし、その本質はファッションであり、それに耐えうるだけのものをアルカは用意していたといえる。「死」を内包したファッションほど強いものはない。ジョイ・ディヴィジョンしかり、ドレクシアしかり。『ゼン』はそうした古典のひとつに数えられる作品になるだろう。

 テキサス出身で多摩美を出てから東京で教師をしているというレニック・ベルによる今年、2枚目のアルバム『ターニング・ポインツ』はベースレスの流れにあって、どこかアルカの様式性に反旗を翻し、ベース・ミュージックが持っていたヴァイブレーションへの回帰を促そうと、必要以上にもがき苦しんでいる印象を残す。パーカッションを多用し、曲が進むにつれてビートの叩き方はだんだんとマイク・パラディナスのような暴走状態となり、かえって淀んだ空気を引き立てている。作曲方法はプログラムとインプロヴィゼーションとオープン・ソースを使った自動作曲を混ぜ合わせたアルゴレイヴと呼ばれるもので、ライヴでは二度と同じことが繰り返されないことが特徴だという。そのようにして出来上がったサウンドがオウテカと比較されるのもなるほどで、それはファッションの外側に抜け出したいという衝動を意味しているのだろう、そのような葛藤を共有できるレーベルはむしろ〈パン〉ではないのかと思うけれど、『ターニング・ポインツ』はアイワやジェイ・グラス・ダブスをリリースしてきたカセット・レーベル〈シーグレイヴ(海の墓場)〉からとなった(デビュー・シングルはリー・ギャンブルの〈UIQ〉、デビュー・アルバムはレイビット主催の〈ハルシオン・ヴェイル〉から)。この、痒い所に手が届かないもどかしさは近い将来、何かを生み出すのではないかという予感に満ち、どこか先が読めてしまうアルカ・フォロワーよりも僕には新鮮だし、未完成の魅力がこれでもかと詰まっている。テクニックが向上したら面白くなくなってしまうという可能性もはらんではいるものの、だとしたら、楽しめるのはいまだとも言えるし(ウェルメイドしか聴かないという人には、だからオススメしませんけれど)、“ Splitting”によるビートの躓き具合なんて、期せずしてJ・ディラを乗り越えているとも言える(多分、違うと思うけど)。3月にリリースされた1作目の『ウェイリー(用心深い)』ではまだここまでパーカッションがボカスカ打ち鳴らされることはなかった。ベースで曲を転がすのではなく、パーカッションやドラムでグルーヴを生み出そうとした結果、このようなフリーク・ビートが導き出されることになったのだろう。この先どっちに向かうのかは見当もつかないけれど(自分で『ターニング・ポインツ』といっているぐらいだし)、いい意味で洗練されていけばいいなと思う。

 アルゴレイヴについて詳しくは→https://www.renickbell.net/doku.php?id=about


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377