「K Á R Y Y N」と一致するもの

Rainbow Disco Club 2020 - ele-king

 リボ核酸(RNA)、それ自身では生きられないが生き物に寄生することで生きる新型のウイルスの影響によって、ことごとくライヴおよびクラブは休止を余儀なくなされている。この状態は永遠に続くわけではないが、しばらくのあいだ(ワクチンが普及するまでは)以前のようには行動できないだろう。こうしたシビアな状況のなかで海外でも国内でも「じゃあ、いまこの条件でできることをクリエイトしよう」という前向きな動きが出て来ている。ぼくはもう歳が歳なので夜更かしはできず、RDJのライヴもNOのライヴも見逃してしまったが(NOはあとから見ました)、RDCは国内イベントなので、しかとリアルタイムで楽しませていただきました。

 Rainbow Disco Club、通称RDCは、日本がほこるDIYフェスティヴァルのひとつで、音楽もさることながら環境のクオリティをふくめ海外でも評価が高く、またele-kingでもかねてからリコメンドしているのだけれど、今年は周知のように早々と開催を断念し、配信による開催に切り替えていた。
 とはいえ、RDCにリピーターが多いのは、なんといってもあのロケーションであり、あの場のヴァイブなので、ぶっちゃけ言えば、試みは素晴らしいが実際どうなんだろうと訝ってはいた。ドネーション感覚で、というのはある。あれだけ楽しい思い出を作らせてもらったフェスに対して感謝があるし、少しでも赤字の足しになってくれればという思いもある。
 しかし、である。ぼくのように妻子がいる立場の人間が、そして土曜日の昼から家でダンス・ミュージックを浴びながらひとりでダンスするというのは、これ簡単そうに見えて難儀なことなのだ。ただでさえ自粛生活のなかで家人のストレスは上昇している。「土曜日ぐらい、家の掃除を手伝えや」というオーラが午前中の段階ですでに発せられているのである。これが日常生活のなかで“体験する”ことの難しさだろう。いきなり自分ひとりだけ非日常化するわけにはいかないし、じゃあ、家族全員で楽しめば良いという意見もあるろうが、世界はピースな家庭ばかりではないということだ。

 そんなところに長年の友人である弘石雅和からショートメールが届く。「いま瀧見さんですよ~」、時計を見るとすでに14時過ぎ。外は暴風雨で、寒い。だが、ぼくはいよいよ覚悟を決めた。コンビニでビールを買い込み、部屋を閉めて、チケットを購入しチューンイン。弘石君にメール。「パーティに間に合ったぜ!」
 こうして長い1日がはじまった。


(こんな感じの画面です。瀧見憲司には間に合ったぜ~)

 弘石雅和からメール。画面では「俺を見ろ」と言わんばかりに、すでにクラフトワークのTシャツを着て部屋のなかで踊っている(笑)。すげー、この男もうすっかり入っていやがる。最初ぼくは、DJのプレイするダンス・ミュージックを部屋で鳴らしながら(PCをDJミキサーに突っ込んでオーディオ装置で聴いてました)、ただぼんやりと座っていた。音質はかなり良かった。ちゃんとPAの方がミキシングしているのがわかる。また、当たり前かもしれないが、やはりどうしても画面を見てしまう。画面では、すべて録画だが伊豆稲取の山の中腹になるいつもの場所でDJたちがプレイしている。いつもの山、空……もっと山とか空とか写してーと思いながら椅子に座ってダンス・ミュージックを聴いていると、いつの間にだんだん気持ち良くなっていった。で、ここあたりで弘石雅和とZOOMで話すことに。


(自室でひとり踊っている弘石氏。U/M/A/A主宰、ケンイシイやジェフ・ミルズなんか出してます)

 「けっこう良いね」「いま何飲んでるの?」「俺レモンサワー」「俺ビール」といったどうでも良い話からコロナのシリアスな話、いつの間にか最近の身の上話までして、「ちょっと冷蔵庫までビール取ってくるわ」などと言ってまた音楽に集中したり、「こりゃ、ヴァーチャルなフェス空間作れるかもな」なんて言い合ったりして、どんどん時間が過ぎていった。DJがWATA IGARASHIからNOBUのあたりで、それまでの寒々しい暴風雨から一転、空から晴れ間が見えはじめ東京地方はいっきに青空。「うっひょー」「やっぱ天気って重要だね」
 やがてあたりは暗くなり、さらにパーティのテンションは上がっていく。「弘石君、この画面に出ているチャットに書き込みたいんだけど、どうすればいい?」「ツイッターのアカウントで書けますよ」「俺、ele-kingの公式アカウントしかない」そんな会話をしながら、どうしてもチャットに書き込みしたい衝動が抑えられなくなってきた。これは、クラブやライヴハウスでテンションが上がると叫んだり奇声を上げたくなるあの衝動と同じだ。いまの思いを伝えたい──我慢できずにele-kingの公式アカウントで書き込みと、「弘石君もチャット書き込めよな」と思いきり同調圧力を加える。ノリの良い彼はしっかりと書き込み、「もっと場を盛り上げようぜ」と逆に煽ってくる。「場って何だよ、場って(笑)」「この場ですよ」「ああこの場ね」……
 すっかり夜で、DJはLICAXXX。「おお、テクノだねー」「テクノだねー」……、ホントにどうでもいい会話(酔っぱらいトーク)をしつつ、我々はお互い踊り続けている。


 こんなシチュエーションもいまだけなのだろう。いや、意外とこれはこれで面白いし、パンデミックが収まっても根付く可能性だってある。そう、実際体験してみて思ったのは、それだった。いや、もちろんこれを伊豆の稲取の山の中腹の芝生の上での経験と比較してはダメです。やっぱダンス・ミュージックはダンスフロアでしょうとか、そういう話ではない。これはそれとは別モノとしての楽しさがあるということを発見したと。そう、いまこの条件のもとでもできることはある。不安は星の数ほどあれど、使い慣れたフレームがいま使えないなら新たなフレームをクリエイトすればいい。それがアートってもんだ。ブライアン・イーノがそんなようなことを言っていた。

 さて、弘石雅和はすごい男だ。夜も深まりはじめた頃、その日の夜同時にやっていた「BLOCK. FESTIVAL」に行ってみないかと誘ってきた。「ちょうどいまチャラが歌ってるんだ」という彼はすっかり家でトランスしている。(失笑しながら)「ごめん、俺は腹減った。風呂に入って、風呂でトランスさせてもらうよ」「そうか、わかったよ、いつか野外でトランスしよう」「それまで感染しないように気をつけよう」
 そんなことを言いながら弘石君と別れて、ぼくは夕食を食べて風呂に入った。それからベランダに出て外気浴をしつつ、PCの画面のなかのCYKを見た。夜の22時過ぎ。楽しい1日だった。ありがとう弘石君、そしてRDC。可能性を見せてもらいました。


(LICAXX、盛り上がりましたね~。隣にはチャットが書き込めて、みなさんと一緒にいるような気持ちになります)

 昨今のコロナ禍を受け、world’s end girlfriend が興味深い試みをスタートさせている。新たに Fatal Defect Orchestra なる名義を始動、寝ているだけでアーティストをサポートできるというアルバム『Sleep Resistance』を4月17日にリリースしているのだ。30秒程度のアンビエント・トラック全36曲が詰め込まれたトータル20分ほどのこの作品、就寝時にリピート再生しておくことで一晩で300~500円ほどの売り上げになるのだという。同作の売上はアーティストやスタッフなどのサポートに用いられるとのこと。スポティファイやアップル・ミュージックなどのストリーミング・サーヴィスに加入している方は、ぜひ実践してみよう。


https://linkco.re/xh29EU3r

world’s end girlfriend が現在の新型コロナウイルス蔓延、そしてポスト・パンデミックの時代へむけた新たな抵抗/実験のひとつとして、ストリーミングサービスだけで作品を発表する新名義 “Fatal Defect Orchestra” を始動しアルバム『Sleep Resistance』を4月17日急遽リリース。
『Sleep Resistance』はリスナーが各ストリーミングサービス上で睡眠時に今作をBGM(または最小音量による非BGM的物音)として毎晩リピート再生することにより、リスナー自身への金銭的負担はほぼなく、直接アーティストに金銭的サポートができる、という作品になっている。
美しい鼓動のごとく20分間静かに展開される今作は全トラックが約30~40秒で刻まれる、これによって1リスナーが睡眠時にアルバムをリピート再生することにより一晩で約300円~500円程度の売上が推測される。
今作の売上は新型コロナウイルス蔓延の影響によって厳しい状況に追い込まれた友人アーティストへのサポート、身近なフリーランスの演奏家、スタッフ等へのギャラ上乗せ分、また今後のレーベル存続のための資金にあてられます。

コメント:
「この作品はお金を生むことをメインの目的とした方法論の作品です。その金によって今を生き抜き、そしてまた自由に音楽作品を作り、リスナーに届け続けれるように。
この作品がどのくらい金を生むかはわかりませんが、これはこれから繰り返し訪れるであろうより厳しく新しい地獄の季節への抵抗と実験の一つです。
私は新しい闘い方を探し続けます。
皆様に美しい睡眠が訪れますように。そして共に闘い、また爆音の中で身体を寄せあい踊り笑いあいましょうね。

world’s end girlfriend / Virgin Babylon Records」


artist: Fatal Defect Orchestra
title: Sleep Resistance

Spotify: https://open.spotify.com/album/2XGxtxNKc7q2s7M84LL9qL
Apple Music: https://music.apple.com/jp/album/sleep-resistance/1505442953
その他ストリーミングリンク: https://linkco.re/xh29EU3r

Tony Allen & Hugh Masekela - ele-king

 シャバカ・ハッチングスとジ・アンセスターズによる新作『ウィ・アー・セント・ヒア・バイ・ヒストリー』は、人類の絶滅をテーマとしたまさに今の時期にリンクするような示唆的な作品となっているが、ジ・アンセスターズのメンバーであるンドゥドゥゾ・マカシニも同時期にリーダー・アルバムの『モーズ・オブ・コミュニケーション』を発表するなど、南アフリカ共和国のミュージシャンたちの活躍は続いている。そうした南アフリカが生んだジャズ・ミュージシャンの先人で、国際的に活躍した人物として、まずはアブドゥーラ・イブラヒムとヒュー・マセケラの名前が挙がる。デューク・エリントン、セロニアス・モンク、ルイ・アームストロングなどアメリカのジャズに影響を受けた彼らは、1950年代末にジャズ・エピッスルズというバンドを結成し、ヨハネスブルグやケープタウンを拠点に演奏活動をしていた。その後、アブドゥーラ・イブラヒムはヨーロッパ、そしてアメリカへと進出・移住して演奏活動を行なうようになるが、ヒュー・マセケラもニューヨークに音楽留学し、ハリー・ベラフォンテなどと交流を持つようになる。ヒューは正統的なジャズ・トランペット奏者を出自としながら、ロック、ポップス、ファンク、ディスコなどを早い段階で取り入れてきた先駆的存在である。1968年の “グレイジング・イン・ザ・グラス” などポップ・チャートにも入るヒット曲を出し、モントレー・ポップ・フェスティヴァルにも出演し、ザ・バーズやポール・サイモンのアルバムにも客演するなど、ジャズの枠を超える活動を行なってきた。1977年に元妻のミリアム・マケバとプロテスト・ソングの “ソウェト・ブルース” を発表し、1987年のヒット曲 “ブリング・ヒム・バック・ホーム” がネルソン・マンデラの支援アンセムとなるなど、反アパルトヘイトを貫いたことでも知られる。欧米の音楽の影響を受けつつも、祖国のアフリカ音楽を核として持ち続け、ハイ・ライフやアフロビートなどが底辺に流れているのがヒューの音楽である。

 1990年代以降は南アフリカへ戻って活動を続け、2016年に地元のミュージシャンと『ノー・ボーダーズ』を録音したのを最後に、2018年1月に78歳の生涯を終えたヒュー・マセケラだが、1970年代初頭にはフェラ・クティと出会って交流を深めていった。その中でアフリカ70のメンバーだったトニー・アレンとも親しくなり、フェラ・クティの没後も両者の関係は続いた。アフロビートの創始者で、現在もジャンルを超えて多くのミュージシャンに影響を与え続けるトニー・アレンだが、両者のコラボはずっと念願であり、いつかアルバムを一緒に作ろうと話し合っていた。そして、2010年にふたりのツアー・スケジュールがイギリスで重なったことをきっかけに、〈ワールド・サーキット〉の主宰者のニック・ゴールドが彼らのセッションをロンドンのリヴィングストン・スタジオで録音した。この録音は当時未完成のままニックのアーカイヴに保管されたのだが、2018年にヒューが亡くなった後にトニーと一緒にオリジナル・テープを発掘し、2019年夏に再びリヴィングストン・スタジオで残りの録音が完了された。そうしてできあがった『リジョイス』は、新たな録音部分についてはエズラ・コレクティヴジョー・アーモン・ジョーンズココロコのムタレ・チャシ、アコースティック・レディランドやジ・インヴィジブルのトム・ハーバートなどサウス・ロンドン勢が参加し、さらにかつてジャズ・ウォリアーズのメンバーとして鳴らしたスティーヴ・ウィリアムソンも加わっている。トニー・アレンのアフロビートはモーゼス・ボイドやエズラ・コレクティヴなど、サウス・ロンドンのミュージシャンにも多大な影響を及ぼしており、『リジョイス』ではその繋がりを見ることができるだろう。またスティーヴ・ウィリアムソンはジャズ・ウォリアーズ~トゥモローズ・ウォリアーズの繋がりで、やはりサウス・ロンドン勢にとっては大先輩にあたる。そしてルイス・モホロやクリス・マクレガーなど南アフリカ出身のミュージシャンとも共演が多く、ヒュー・マセケラと共通の音楽的言語を持っているので、今回の参加は自然な流れと言える。『リジョイス』はヒュー・マセケラとトニー・アレンの貴重なセッションに加え、新旧のロンドンのミュージシャンも巻き込んだ録音となっているのだ。

 “ロバーズ、サグズ・アンド・マガーズ(オガラジャニ)” はトニー・アレンのトライバルなドラムとヒュー・マセケラのフリューゲルホーンを軸とするシンプルな構成で、ときおりヒューのチャント風のヴォーカルが差し込まれる。ジョー・アーモン・ジョーンズがピアノ、トム・ハーバートがベースでサポートするが、いずれも最小限にとどまり、ドラムとフリューゲルホーンの引き立て役に回っている。“アバダ・ボウゴウ” に見られるように、トニーのドラムは基本ゆったりとしていて、ヒューのフリューゲルホーンも派手に立ち回ることなく、ロングトーンで奥行きのある音色を奏でている。これがアルバムの基本となるスタンスで、“アバダ・ボウゴウ” や “スロウ・ボーンズ” ではスティーヴ・ウィリアムソンのテナー・サックスも参加してどっしりと深みのある演奏を披露している。“ココナッツ・ジャム” や “ウィーヴ・ランディッド” はトニーらしいアフロビートだが、キーボードのように横でコードやメロディを奏でる楽器が入ってこないぶん、ドラムの細かな動きが際立って伝わってくる。バスドラ、スネア、タム、シンバルひとつひとつが異なった音色を持ち、それらが立体的に重なってトニーの独特のビートが生まれてくることがよくわかるだろう。“ネヴァー(ラゴス・ネヴァー・ゴナ・ビー・ザ・セイム)” はある種フェラ・クティへのトリビュート的な楽曲となっていて、ヒューのヴォーカルも踊ったり、飛び跳ねたりと体を動かすことを求めるものだ。改めてヒューとフェラ、トニーの交流がどんなものだったのかが伺える。オバマ前アメリカ大統領をイメージしたと思われる “オバマ・シャッフル・ストラット・ブルース” は、ベースが入らない代わりにキーボードがベース・ラインを奏でるが、それが独特の土着性とミニマルな感覚を生み出していて、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオとトニー・アレンの共演を思い浮かべるかもしれない。この曲に象徴されるが、一般的にアフロビートやアフロ・ジャズは熱く扇情的な演奏を思い浮かべがちだけれど、本作はそれと反対のクールなトーンに貫かれている。トニーによると『リジョイス』は「南アフリカとナイジェリアを繋ぐスイング・ジャズのシチューのようなもの」とのこと。トニー・アレンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのトリビュート・アルバムを出しているが、本作もそのラインに近いものと言える。仮にマイルス・デイヴィスとフェラ・クティが共演していたら、恐らくこうしたアルバムとなっていたのでは、そう思わせるのが『リジョイス』である。

Thundercat - ele-king

 家の外の世界へ出づらい、という状況がいまもなお続いている。これからも当分続くだろう。少し前だったらサンダーキャットが歌う歌詞も「あー生きてるとたしかにそういうつらいこともあるなぁ」と、楽観的に共感したり、楽しめたりしていた。なので今回のニュー・アルバムからの先行リリース曲“Black Qualls feat. Steve Lacy & Steve Arrington”を聴いたときも、新しいアルバムはきっと前作の『Drunk』(2017)より突き抜けたハッピーでマッドな雰囲気を更新したイケイケな感じなのだろう、とそのときは思っていた。発売日、CDをゲットして一度スピーカーで流し聴きした。「なんか地味だな……」それが第一印象。日が落ちて、バスに乗って出かける用事があり、全部ヘッドホンでもう一度通して聴いてみる。今度は歌詞カードも一緒に。すると、アルバムのラストを飾る曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”に差し掛かったところで、泣きたい気持ちになっていた(というかちょっと泣いた)。え、このアルバム、この終わり方はめっちゃせつなくないか……ここで終わり?! Pedro Martinsの哀愁漂いまくりのギターとバスの窓からの少し肌寒い風も余計にそういう気持ちに拍車をかけていた。まるでストーリーが解決していない映画を見終わったような感覚。間違いない、サンダーキャット史上もっとも完成されたアルバムで、これからも大事にしていきたいと思える1枚だ。もう一度初めから聴いてみよう。

 最初に彼の作る音に触れたのは2010年過ぎたころあたりだろうか。今回のアルバムでも話さないわけにはいかない共同プロデューサーのフライング・ロータスがリリースしたアルバム『Cosmmogramma』(2010)での参加においてだ。ちなみにフライング・ロータスは、ヒップホップとかブレイクビーツ、といった音楽しか聴かなかった人びとにも新しい扉を開放した1人だと思っている。その『Cosmmogramma』では要所要所でベースの鬼のようなプレイや渋い演奏が聴こえ、前作『Los Angeles』(2008年、これも名盤)にはなかったファルセットで歌う男性の声も収録されていた。のちのち、どうやらサンダーキャットなる人物がかかわっているらしい、とわかってYoutubeで調べたら、ドラゴンボールのコスプレをした男性が目をハートにして、猫のトイレでうんこしているわけのわからないヴィデオがヒットした。なんだこいつは……『Cosmmogramma』のスピリチュアルでコズミックな世界観に正直少々スピっていた僕は拍子抜けした。

 そのフライロー(フライング・ロータスの愛称)はLAの2010年代のビート・ミュージックにおいてもっとも重要なレーベルのひとつ、Brainfeeder(Ras G “R.I.P.”、Samiyam、MONO/POLY、等のビート・ミュージックのヒーローが所属)を発足させた。これもサンダーキャットを語る上では欠かせない要素の一つだと思う。2011年、彼はフライローのレーベルから1stソロ・アルバム『The Golden Age of Apocalypse』(2011)を出した。フライロー経由でBrainfeederを知り、なおかつビートメイカーとして音楽を作りはじめていた自分にとって、このレーベルはとても可能性があり、新しい未来を予感をさせるものであった。そんなビート・ミューックのレーベルから出た、ベーシストのアルバム。打ち込みと生演奏のコラボというのはそれまでにもいろいろあったろうけど、どれもクールでかっこいいものという印象だったし、そこには演奏の妙、という打ち込みばかりを聞いてきた者にしてみれば少し難しい未知の領域……の、すこし語弊があるかもしれないが「なんとなくのかっこよさ」を与えていた。『The Golden Age of Apocalypse』はそういう「クールでかっこいい」がもちろん全編を通してありながらも、同時に近年の彼の作品にも通ずる「バカバカしいほどのふざけた感じ」がすでに同居していた(このころのヴィデオで言うなら「Walkin’」を見ればわかると思う)。個人的には彼に対して「猫のトイレでうんこ」という印象が正直いまでもあるが、そういうユーモア感覚は「クールでかっこいい」や「高尚なもの」とばかり勝手に思っていた音楽を聴いたり語ったりすることに対する敷居を下げ、音楽を楽しむ、という頭で聴くのではない、もっともピュアで原初的な楽しさを明示してくれた。Brainfeederが試みてきたこの約10年にわたるさまざまな実験がもたらした、ジャズとビート・ミュージックの融合、ということもたしかに大事ではあるが、いま述べたような部分もかなり大きいと思っている。それに大きく貢献した1人がサンダーキャットだった。

 そういう「すごいけどバカバカしい、とっつきやすい」というような感覚を同じBrainfeederレーベルで共有しているであろう人物は間違いなくLouis Coleだ。今回のニュー・アルバムにも“I Love Louis Cole feat. Louis Cole”(タイトルのふざけた感じが良い)で参加している。彼のBrainfeederからのソロ・アルバム『Time』(2018年、サンダーキャットも参加している)のリリースの時期あたりに出た自宅セッションを見ていただければ、なんとなくその「すさまじい演奏技術をバカバカしく、楽しいものに見せる感覚」というのはわかりやすいかもしれない。

 彼がサンダーキャットに歌唱やソングライティングの点で大きい影響を与えているような気がしてならない。前作『Drunk』でいうならば、彼がプロデュースした“Bus In The Street”なんかがそうで、この曲のファルセット感はLouis Cole自身のそれとかなり近しい。それ以前よりファルセットを披露してきたサンダーキャットだが、前述のアルバム『Time』なんかを聴くとそれがよくわかる。僕は正直『Time』を聴いたとき、この人はサンダーキャットのゴーストライターなんじゃないの? くらいのことは正直思った。それくらい親和性がある。こういう曲はそれまでのサンダーキャットにはあまりなかった作風だったので、すごい意外な曲だなこれ、とアルバムが出るもっと前(調べたところ2016年なので、約1年前)シングルがリリースされたときに感じた。Louis Coleのコンポーザーとしてのポップさは、近年のサンダーキャットの「突き抜けた感じ」の大きい要素のひとつだと思う。

 そんなLAの太陽のように明るい性格で人柄のよさそうなサンダーキャットの良さはもうひとつあって、それは意外とその反対の陰の部分である。これはBrainfeederからの2作目『Apocalypse』(2013)からじょじょに作品に滲みはじめてきた。数々のインタヴューでも彼は言及していることように、その原因は彼自身が都度抱えてきた「喪失感」にあり、今回の『It Is What It Is』でもっとも重要なファクターといえる。“Apocalypse”は、同じBrainfeeder所属だったAustin Peraltaという友人のキーボーディストが2012年に逝去したことに対するフィーリングが反映されており、彼のそれ以降の作品は「死」や「喪失感」といったテーマが通底している。それはサンダーキャットも大きくプロダクションに関わったフライング・ロータスのアルバム『You’re Dead!!』(2014)や『Drunk』の夜明け前かのようなEP「The Beyond / Where the Giants Roam」(2015)にて感じることができる。なので、当時の個人的な所感を思い出すと、「もしかしてこのままダークで落ち着いた作風へ向かうのか?」というのが正直なところであった。

 『It Is What It Is』はそう考えると、いままでのサンダーキャットの総仕上げのようになっているように思う。前半はとても前向きで楽しく、バカバカしいような歌詞の内容もあるが、後半はダークでシリアス。暗い部分はフライング・ロータスの近年の死生観からも大いに影響を受けていると思う。しかし、いままでと決定的に違うのはアルバムのラストを飾る表題曲“It Is What It Is feat. Pedro Martins”だ。僕がこの曲を聴いたときに泣きたくなったのは、「どれだけ自分ががんばっても何かや誰かを失う。それは避けられないし、そういうものだよ」というある種達観したようなメッセージにある。一見してみればこのメッセージは諦めにしか聞こえないが、これはとても前向きなものではないだろうか。たとえ時間が解決しないことだろうと、それ自体を「間違ったこと」としてとらえるのではなく「そういうものだよ」と肯定的にとらえている。そうでなければ、その「間違っている」という、正常な状態への途中段階にある自己を作品として明確に表現することは難しいように思う。自分を含めてたいていの人は、「何も起こっていなく、安全な状態」を正しいものとし、それ以外は間違っている、というバイアスが無意識のうちにかかりがちではないだろうか。誰だって、ネガティヴなことはふつう避けたい。しかし、その痛みさえも生きていることの一部であり、そこに目を向けるということの重要性をサンダーキャットは伝えているように感じてならない。もちろん、間違っている常識や習慣は存在するし、そういうのは正していかなくてはならないが、心持としてはこの考え方で生きていきたいものだ、と強く思わされる。そう思うと、前半の“Overseas feat. Zack Fox”や“Dragonball Durag”のような妙にピンプでイケイケな感じも、アルバム全体として考えたとき何か含みのあるような曲に思えてくる。本人にはきっとそんなつもりは一切ないのだろうけども。

 いままでならポジティブなヴァイヴスで世界をよくしていこう! とシンプルに思うことも可能だったが、実際はもっと複雑で現実的な問題が各地で噴出しはじめた。もちろんのことながら、彼がこのアルバムを制作していた頃はいまみたいな世界の状況ではなかった。しかし、彼がこのアルバムを通じて語り掛けてくれる、「楽しいことも、悲しいこともあるけどすべて「It Is What It Is」(そういうものだよ)」という優しい言葉にはいまの世界ではなにか救われるものがある。

R.I.P. Larry Sherman - ele-king

 シカゴ・ハウスの伝説的レーベル〈Trax〉の創始者、ラリー・シャーマンが4月10日心不全のために亡くなった。70歳だった。シカゴ・ハウス──すなわち今日我々がハウス・ミュージックと呼んでいる音楽を世界で最初にリリースし、ハウスのための専用レーベルを世界で最初に創設したという,とてつもない功績を残しながらシャーマンほど悪評に包まれた人物もまずいない。しかしそれでも初期シカゴ・ハウスの重鎮マーシャル・ジェファーソンから哀悼のツイートがされたように、彼がシカゴ・ハウスの歴史の一部であることは動かしようがないのである。
 ジェシー・サンダースによる『ハウス・ミュージック』に描かれているように、シカゴにプレス工場を持っていたシャーマンのところにサンダースとヴィンス・ローレンスがプレスの依頼をしたことがハウス・レーベル〈Trax〉の序章だった。そして86年から88年までのあいだ〈Trax〉からは初期シカゴ・ハウスの輝かしい歴史的傑作たち──ミスター・フィンガーズの“Can You Feel it”、フランキー・ナックルズの“You Love”、マーシャル・ジェファーソンの“Move Your Body”、フューチャーの“Acid Trax”などなどがリリースされている。ところがシャーマンは、プロデューサーへのロイヤリティの未払い、あるいはプレスの原材料に中古レコードを使った質の悪いレコード盤など、レーベル・オーナーとしては問題だらけだった。ライヴァルからの盗作だって余裕でやっている。もともとはジュークボックスのコレクターだったというシャーマンだが、シカゴの若い黒人たちのベッドルームで作られた音楽がやがて世界で革命を起こすなんてことまでは想像できなかったにしても、少なくともこれが人を魅了する音楽であることは理解していたのだろう。彼がいなかったら、ぼくたちが“Can You Feel it”を聴けなかった可能性だってある。ジェファーソンはツイッターで「愛を送る」と書いている。

インディ・シーン団結しようぜ! - ele-king

 いま音楽にできることは何だろう? ことインディと呼ばれるシーンにできることは……どんなに小さくとも、そこに人が複数いればシーンだ。小さいシーンほど政府がアテにできないのはもうわかっている。だからといって白旗を揚げるのは冗談じゃない。自分たちのコミュニティが破壊されようとしているんだから。おたがい支え合うことがまず重要だ。
 これまで多くの刺戟的なアクトを輩出してきたイアン・F・マーティン主宰のレーベル〈Call And Response Records〉が、新型コロナウイルスの影響で危機に瀕している地元のシーンを支援すべく、日々サウンドクラウドなどに動画や音源をアップ、高円寺の音楽スポットを支援するための寄付金を募っている。
 日本のインディ・シーンはこのように無数の小規模なスペースや有志たちの手によって成り立っているもので、そのような全国のスポットにびっくりするくらい足を運んでいる猛者がイアンであり、この国のインディの状況をもっともよく理解している者のひとりである。彼による声明はわたしたちにとって大きなヒントを含んでいるので、以下に掲げておくが、これは現時点でのひとつの解ともいえるアクションではないだろうか。
 そもそも音楽がどういうところから生まれてくるものなのか──すでに被害が甚大な欧米の『ガーディアン』などメディアでは、来年秋頃まですっきりしない感じが長引くのではないかとも言われている現在、それを思い出しておくのはたいせつなことだろう。政府に補償を要求するのもたいせつなことだけれど、DIY精神やコミュニティへの眼差しを忘れずに行動していくことも、とっても重要なことである。(それは高円寺だろうが静岡だろうが京都だろうが)
 インディ・シーン、団結しようぜ!

キャンペーン・ページ:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/
キャンペーン・ステイトメント:https://callandresponse.jimdofree.com/help-our-local-music-spots-地元の音楽スポットに救いを/campaign-statement/

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!
(ENGLISH TEXT BELOW)
イアン・マーティン(Call And Response Records)

突如世界的なパンデミックが巻き起こり、世界中の多くの人々は現状を受け止めることが困難な状況にあります。いま私にできることは、微力ながらも自分のコミュニティのために何ができるかを考えることです。

Call And Response Records は、東京のライブミュージックシーン、その中の高円寺周辺から生まれました。高円寺は私たちのホームです。日本でコロナウイルス危機の対応が遅れさらに悪化するにつれて、ミュージックバーやライブ会場はますます困難な立場に置かれています。

私は幸運にも家に居ることができ、自分の部屋から執筆作業をすることができます。しかし、東京の独立した小さな音楽スポットのオーナーにとって、補償がないのでこれは簡単なことではありません。彼らは自分たちの生計を立てるために残され、皆にとっては恐ろしくて不安定な状況です。現状は誰もサポートをしないので、彼らの力になりたいです。店を開ければ批判と個人への誹謗中傷に直面し、店を閉めれば生計を立てられなくなり倒産へ追いやられてしまいます。

この危機を乗り越える為に正式な支援を求める運動をして居る方々がいらっしゃるので、今後少なくとも政府はこの問題を認識することを願います。取り急ぎ、できる限り早く、少なくとも Call And Response Records を支援してくれたいくつかの小さな会場・お店を助けたいと思います。

今、世界は混乱しており、おそらくあなた自身も問題を抱えているでしょう。Call And Response は、それを理解しています。しかし、これまで音楽に関わる活動を楽しんできた皆さんのために、私たちのコミュニティが集い、成長させる場所を与えてくれた、私たちの周りの音楽会場や音楽スポットについて考えてみてください。

また、ライブビデオと無料DL音源をこのページに集めて、人々が自由楽しめるようにする予定です。

そしてもし可能なら、少しのお金を支払うことで彼らを助けてください。

地元のインディー音楽スポットに救いの手を!

募金の寄付先については以下の3つのライブ会場、バーです。レーベルと私たちのコミュニティにとって、ここ最近で重要な場所となっている3つの小さなインディースポットにフォーカスしました。今後状況を見て、このページも随時アップデートしていきます。

Help us support our local independent music spots

By Ian Martin (Call And Response)

Seeing the massive devastation the global pandemic is causing to so many people’s lives around the world is overwhelming and difficult to process. The only way I can get through each day is by thinking small and thinking about what I can do for my own community.

Call And Response Records was born out of the live music scene in Tokyo, and the neighbourhood of Koenji in particular. It’s our home. But as Japan’s experience of the Coronavirus crisis drags on and gets worse, music bars and live venues are increasingly in a difficult position.

I am lucky enough that I can stay at home and do writing work from my room. But without support, that isn’t so easy yet for the owners of small, independent music spots in Tokyo. They have been left to fend for themselves, trying to stop their livelihoods falling apart in a situation that’s scary and uncertain for everyone. They face criticism and personal danger if they open, bankruptcy and the end of their livelihoods if they close.

There are people campaigning for formal support to help the music scene get through the crisis, so at least the government is being made aware of the problem. In the meantime, though, I want to at least help some of the places that have helped Call And Response Records if I can.

The world is in a mess right now, and you probably have your own problems. We at Call And Response understand that. But for those of you who enjoy what we do, just take a moment to think about the venues and music spots around us that have given us a place to gather and grow our community. We plan to upload live videos and free downloads, gathering them all on this page for people to take and enjoy freely. And if you can, please drop a bit of money to help.

With any donations we receive on this page, we’re focusing for now on three small, independent spots that have become important places to the label and the community around us in recent years. We will keep an eye on the situation as it changes and make any of our own changes if they seem appropriate (updates posted here).

KURANAKA & 秋本 “HEAVY” 武士 × O.N.O - ele-king

 今年でなんと25周年(!)を迎える KURANAKA a.k.a 1945 主催のパーティ《Zettai-Mu》が、4月25日(土)にストリーミングにてライヴ配信を敢行する。題して「Zettai-At-Ho-Mu」。もともと24日に開催される予定だった NOON でのパーティに代わって開催されるもので、秋本 “HEAVY” 武士 と O.N.O によるスペシャル・セッションもあり。これはすばらしい一夜になること間違いなしでしょう。なお視聴は無料の予定とのことだが、投げ銭のような仕組みも試験的に導入されるそうなので、アーティストや運営・製作に携わる人たちをサポートしよう。

[4月23日追記]
 上記の「Zettai-At-Ho-Mu」ですが、開催が5月23日(土)に延期となりました。詳しくはこちらをご確認ください。

朱文博「一半」 - ele-king

パンデミック下の即興/ノイズ/実験音楽の場


水道橋 Ftarri 入口
(2019年8月4日撮影。手前のマイクはこの日の出演者・大城真の機材)

 社会全体が危機的状況に陥っている。多くの人々が明日の、いや今日の生存と生活を脅かされている。こうした状況下で文化は、音楽はどんな役に立つと言うのだろうか。むろん音楽で生計を立てている人々にとって文化の停滞は生活の地盤が揺らぐことへと直結する。だがそうではなく、文化そのものの、音楽そのものの意義をどのように主張すればよいのだろうか。たしかに音楽はわたしたちの日常にささやかな喜びを、ときには生きることの価値観が激変してしまうような衝撃をもたらしてきた。しかしそれは生活の豊かさではあっても必需品としてあるわけではない。むしろ文化が、音楽がどれほど生活に必要であるのかを主張しなければならない状況ほど悲惨なものはない。音楽はどんなに生活を根底から支えていたとしても、生活の役に立つために存在しているわけではないのだ。そしてそうした「役立たず」であればこそ、わたしたちに楽しみを与えてきたはずだ。多くの人々にとっていま必要なのは、音楽ではなくパンデミック下を生き抜くうえで直接的に有用な諸々の道具であり制度である。だからいま音楽を語ることはどんなに流暢な言葉をもってしても近視眼的な振る舞いにならざるを得ない。だがそれを承知のうえでなお、音楽について何がしかを書かざるを得ないのだとしたら、それはおそらくわたしにとって何一つ生活の役に立つはずのない音楽が、しかしながらその有用性の彼方で生活と密接に関わり続けてきたからに他ならない。

 新型コロナウイルスの影響により各地でイベント中止が相次ぐなか、東京・水道橋のCDショップ兼イベント・スペース「Ftarri」でも、4月に開催される予定のすべての公演が中止または延期となった。スペースを運営する側にとってイベント中止は収入源が断たれることを意味するものの、感染拡大を防止するためにそのようにせざるを得ないという八方塞がりの状況は、ライヴを中心的な現場の一つとしてきた音楽文化全体が直面しているこれまでにない危機だと言ってもいい。こうした事態は、自粛期間中の補償を政府に求める「#SaveOurSpace」が3月31日に開いた会見で繰り返し強調していたように、単に音楽の現場だけではなく、美術館や映画館、飲食店など、パブリックなスペースを運営するあらゆる業界に共通する問題でもある。むろん商業主義とは一線を画したインディペンデントな活動において、ふだんのライヴ活動は利潤追求だけが目的とされているわけではないのかもしれない。しかし同時に、決して慈善事業として無償でパフォーマンスを提供しているわけでもない。小規模ながらもミュージシャンとスペース、そして来場するリスナーとの関係性が、絶妙なバランスのもとに成立することによってこれまで継続してきたのだ。さらに言えばそうした活動は、ある特定の場所でしか生まれないような唯一無二の音楽と文化を生み出してきた。スペースが立ち行かなくなることは、単にひとつの場所が消え去るという話ではなく、こうしたオルタナティヴでマイナーな音楽文化それ自体の存続に関わってくる。

 そうしたなか、4月4日に水道橋 Ftarri で開催が予定されていたイベントの中止を受けて、4名の出演者たちがビデオ会議アプリケーション「Zoom」を用いた配信セッションを敢行した。配信の内容はもともと予定されていたものと同じく朱文博(Zhu Wenbo)による作曲作品「一半」のリアライゼーションである。これまでも複数回来日してライヴをおこなったことがある朱文博は、中国実験音楽界の第一人者である顔峻(Yan Jun)の下の世代にあたる北京在住の作曲家/演奏家であり、「Zoomin’ Night」という名のイベントおよびカセット・レーベルを企画/運営している、近年もっとも精力的に活躍している気鋭の音楽家の一人だ。同楽曲は昨年11月に開催されたフタリ・フェスティバルの際に出演者として来日した朱文博が、日本で出会った新旧の友人知人との交流をきっかけとして翌12月に作曲したものだという。本来であればこの日、徳永将豪(アルト・サックス)、池田陽子(ヴィオラ)、竹下勇馬(エレクトロベース)、浦裕幸(その他)のカルテットで Ftarri で演奏されるはずだったが、ウェブ上へと場所を移し、出演者でもある浦裕幸によるパンデミック下のリモート・コンサートのプロジェクト「People, Places and Things」を通して同一メンバーでのライヴ配信が披露されることとなった。なお同公演は、外出が厳しくなって以降中国で朱文博らが取り組んできたライヴ・ストリーミング・シリーズ「Practice」の一環としても配信された(「Practice」の活動についてはライターの山本佳奈子による記事「対コロナ期における中国での実験的な音楽─空白を乗り越えるために」(https://offshore-mcc.net/column/843/)に詳細が記されている)。


4月4日の配信セッションの様子(https://youtu.be/-8bpDXSE9Dw
(左上:浦裕幸、右上:竹下勇馬、左下:池田陽子、右下:徳永将豪)

 楽曲は全体が90分からなり、演奏と休止を特定のルールに従って交互におこなうといった簡単な指定を除けば、演奏内容や発音時間など多くの要素が演奏者に委ねられている。即興的にその場で決定できる側面が多分に含まれた楽曲となっており、演奏人数の指定はないものの、ソロよりも多人数でのセッションをおこなった方がよいと朱文博自身は記している。複数人で同時に演奏するということであれば、共演者の演奏を受けて自身の行為を変えることもあるだろう。すなわち一種の集団即興であり、リモート・セッションにおいてどのようなアンサンブルが実現するのかが要点となるのだが、今回配信されたライヴ映像で真っ先に耳に飛び込んできたのは他でもなく音色の特異さだった。ふだんのライヴとは異なるデッドなサウンドと、共演者同士の演奏が直接的に共振することのない奇妙な感触。また、ノイジーな演奏音や微かに聴こえる弱音と、配信にともなう接触不良音のような響きが混濁し、ライヴの現場では聴くことのできないようなストレンジな音色が現出していたのである。だがそれだけに、4人の奏者それぞれが本来持つ音響の特性よりも、演奏行為によって音と沈黙とに分割されていく時間間隔の方が際立っていた。そしてこの時間間隔という点から言うのであれば、想像以上に違和感のないセッションとなっていたところも印象に残った。作曲作品の演奏であることに加えて、たとえ即興でおこなわれたとしてもそれぞれがソロとして成立し得るような演奏であることが、こうした配信の場においてもアンサンブルとして聴かせることに貢献したのだろう。

 一方でたとえば配信時に混入するノイズをどの程度抑えるのか、または音量バランスをどのように整えるのかなど、小規模な配信セッションをこれから洗練させていくうえで向き合うことになる課題も見えてきたように思う。ラップトップやスマートフォンなどを介したセッションをおこなうにあたって、こうしたインターフェイスをできる限り透明なものにして、生演奏の現場に近いような状況を作るのか。それともインターネットを介した配信セッションならではの特性を引き出すのか。今後の展開が気になるところだ。また、言うまでもなくこうした配信セッション自体は今にはじまった試みではないものの、ウェブ上があくまでも日常的な音楽空間の一つとなることによって、演奏者の身体の用い方や配信空間に対する意識がこれからの音楽そのものにフィードバックしていくこともあるのかもしれない。いずれにしてもパンデミック以降、わたしたちはすでに後戻りのできない局面に差しかかっていることは間違いない。そうしたなか、即興/ノイズ/実験音楽の根を絶やすことなく、現場をウェブ上へと移して活動を継続していくためにも、こうした配信空間を開拓していくことには大きな意義がある。そしてパフォーマンスを継続していくことと同時に、いずれは水道橋 Ftarri というフィジカルなスペースでふたたびライヴをおこなうことができる日が来ることを願ってやまない。そのためにも自粛要請とセットで迅速かつ柔軟な補償がおこなわれなければならないことは論を俟たない。繰り返しになるものの、このことは音楽のみならず、公的空間に携わるあらゆる人々が、さらには生活の危機に立つすべての人々が直面している問題でもあるのだ。

Headie One & Fred again.. - ele-king

 北ロンドン出身のラッパー、ヘディー・ワン(Headie One)の8枚目のミックステープ『GANG』はUKドリルのジャンルを超えて力強さとその裏側にある脆さを強く感じる作品だ。
 ヘディー•ワンは前作『Music × Road』(2019)で一気に知名度を高め、シルバー・ディスクの獲得やEUツアーの成功といった実績を積みながら、着実に人気を集めるラッパーとなった。彼自身の声や、ラフでギミックに富んだリリックもさることながら、UKドリル・ミュージックとソウルやゴスペル、R&Bといった他ジャンルの音楽性をミックスしたことで、ハードさを失わずにポップな肌触りを獲得し、多くのファンを惹きつけた。本作『GANG』では、数々のメインストリームのヒット曲をプロデュースしてきた Fred again.. とコラボレーションし、音楽性をさらに深化させながらヘディー・ワンの様々な側面に光を当てた。

 ピアノとコーラスが印象的な 1. “Told” で幕をあける本作。彼が前作のタイトル曲 “Music × Road” のラインをラップする形で入り、それがオートチューンをかけられて変形させられるところに、音楽的な冒険の予感を感じ、2. “Gang” ではドラッグや音楽で成功を収めた彼が他のギャングに目もくれず、自分のビジネスに邁進することをラップしている。しかし、その威勢の良い言葉はオートチューンで歪められ、深いリヴァーブとともに孤独や不安を覗かせる。コラボレーターの Berwyn のコーラスは、Francis Starlite やボン・イヴェールを彷彿とさせるオートチューンで、ある種の行き場のなさや不安を感じさせる。

 3. “Judge Me (Interlude)” にはFKAツイッグスが参加し、ヘディー・ワンの「Don’t Judge Me (俺をジャッジするな)」と同じラインを復唱しながら、優しいコーラスでその孤独を歌い、音楽に幅を与えている。先行リリースで発表された 4. “Charades” は Fred Again.. のビートも素晴らしいが、リリックもウィットに富んでいる。「Charades=ジェスチャーゲーム」を意味するタイトルは意味深だが、フックに重ねられた意味を紐解くと、その抜け目ないリリックに唸らされる。
 5. “Smoke” では裁判所や刑務所の経験を織り交ぜながらラップする。そこには彼の孤独、賭け、幸運がシリアスな言葉で綴られる。ジェイミーxxのUKガラージを彷彿とさせる重心の低いシャッフルビートはアップダウンの激しい人生そのものを表しているようだ。
 スロータイが参加した 6. “Tyron” のインタールードを挟み、アルバムのラストは、サンファが参加した 8. “SOLDIERS”。サンファ自身が書いたというサビの言葉は、この作品全体で一貫している自分を信じる力強さ、その裏側にある孤独や脆さをエモーショナルに歌い上げ、スピリチュアルな余韻を残して幕を閉じる。
 作品を通じてギャング同士の敵対といった「ドリル」の定番的な要素は減り、ヘディー・ワンの内省的な部分が増えたことで、キャリアとともに成熟している。物足りなかったのは全体的な曲数の少なさだが、今年1月にナイフ所持の罪で6ヶ月の服役を言い渡されたことを考えれば致し方ないかもしれない。未発表の Kenny Beats とのコラボレーションも含めて、2020年後半に新たな作品とともにシーンに舞い戻ってくることを期待したい。

Man Power Presents Bed Wetter - ele-king

 エールのJ・B・ダンケルによるソロ・アルバムがあまりに暗かった。随所にエールらしさはあるものの、最初から悲愴な面持ちに包まれ、最初の何曲かを聴くだけでどんよりとした気分に陥ってしまう。それもそのはずで、ソロ4作目となる『Capital in the Twenty-First Century』はトマ・ピケティ著『21世紀の資本主義』(みすず書房)を映像化した作品に提供されたオリジナル・サウンドトラック盤で、格差社会の歴史や現状がこれでもかと詰め込まれた内容なのだから。曲名も「巨大な鬱・悲しみ」とか「ミセス・サッチャー」「奴隷制」など、映画は観ていないけれど、音楽を聴くだけで内容の深刻さが想像でき、映画館に足を向ける気力さえなくなってしまう(明日から緊急事態で映画館も閉鎖みたいだし)。そして、コロナ・パニックで株価が落ちているのをいいことに、富裕層はいま安くなった株を買い占めているそうだから、コロナ騒ぎが終息すれば以前よりもさらに強力な格差社会が出現し、経済復興という名の奴隷労働だけが待ち受けているのである。いつのまにか誰もがカイジや黒沢である。上位26人なんて、この世界のどこにいるのかさえわからなくなってしまうに違いない。

 マン・パワー(=人的資源)を名乗るジェフ・カークウッドによるソロ3作目はこれまでのタイトなハウス路線を踏襲するものではなく、希望も絶望も織り交ぜたような不気味で謎めいたアンビエント・アルバムとなった。古いラップトップと家族の声、そしてユーチューブからのサンプリングだけで、編集もオーヴァーダビングもせず、3日で仕上げたという『Billy Mill Is Dead 』はカークウッドの個人史を音楽で表したものだといい、ケン・ローチ監督『家族を想うとき』ジョン・S・ベアード監督『僕たちのラストステージ」の前半で寂れた風景が広がっていたニューカッスルがその舞台になっている。いわゆるカラードが目立たず、白人同士が足を引っ張り合う土地柄にインフォームされた(=形作られた)という思いがカークウッドには強くあるようで、“It's Not All Black And White”はそういった人種的環境の描写なのか、あるいは“The Childrens Choir In Newcastle Sing Somewhere Over The Rainbow For BBC’s Children In Need”ではタイトル通り、子供たちの合唱による”虹の彼方”が奇妙に歪められ、希望はあってもぐじゃぐじゃだということが表現されているのだろうか(ジュディ・ガーランドの死を描いたルパート・ゴールド監督『ジュディ』を観た直後だったので、この曲にはかなりびっくりした)。

 人間の記憶をアンビエント・ミュージックに変換するのはジョニー・ヴォイドも試みていたばかりで、概して自然や外宇宙を描写するのがアンビエント・ミュージックだし、ニュー・エイジにしても外部を取り込むことによって瞑想を完成させるというのが理想であり、エイフェックス・ツインの「夢を音楽にした」というような感覚はこれまであまり例がなかった。ある種の言葉遊びにすぎないかもしれないけれど、他人の内面を自分の内面と接続させるという行為にはヒーリングだとかリラックスといった有用性は期待できないだろうし、むしろ危険な感じの方が濃厚である(それこそ究極のマッチング・アプリというか)。ジョニー・ヴォイドやカークウッドたちの嗜好によってこうした傾向は大きく変わっていくのだろうか、それともほんの数例で終わるのだろうか。今敏監督『パプリカ』やクリストファー・ノーラン監督『インセプション』といった他人の夢に入り込むことをテーマにした作品が異常に好きな僕としては気になって仕方がない。誰もがインスタグラムやフェイスブックで記憶を映像的に共有することは可能になり、他人の記憶がエンターテインメント性を発揮している時代はすでに始まっているわけだから。

 そして、まさか新自由主義の得意フレーズだった「移動の自由」が制限される世界になるとは露とも思っていなかった。そのことによって誰もがいま、自分が住んでいる地域のことはどこかで意識せざるを得ないものになっている。「移動の自由」を飛躍的に増進させたのはたかだか200年前にニューカッスルが生んだスティーヴンソンの「鉄道」であり、鉄道が可能にした物流の「量」によって資本主義は現在のような規模に発展することができた。スティーブンソンたちはイタリアの港からウイーンまで歩いて鉄道の部品を運び、現地で組み立てたというけれど(どんだけかかったんだろう)、いまでは1週間で武漢に病院を建設することも可能である(水漏れはしたらしい)。そういった規模の物流が普通のこととなり、気がつくと鉄道は止められないものとなってしまい、泳ぎ続けていないと死んでしまうサメと同じようなものに人類もなってしまった(たかが1ヶ月も社会を休ませることができないなんて!)。ところがいま、コロナ・パニックにより鉄道よりもスケールの大きな輸送手段であった飛行機がほとんど飛ばなくなり、異常気象の原因をつくり出していた大気汚染がインドでもアメリカでも解消することで、いつの間にかグレタ・トゥンベリとフライデー・フォー・フューチャーたちが理想として掲げていた世界が(まるでパリ・コミューンのように)一時的に実現しているのである。ここは、やはり、奴隷労働が再開する前に、のんびりとアンビエント・ミュージックを聴く方がいいのではないだろうか。

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