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Man Power Presents Bed Wetter

Ambient

Man Power Presents Bed Wetter

Billy Mill Is Dead

Me Me Me

三田格   Apr 13,2020 UP

 エールのJ・B・ダンケルによるソロ・アルバムがあまりに暗かった。随所にエールらしさはあるものの、最初から悲愴な面持ちに包まれ、最初の何曲かを聴くだけでどんよりとした気分に陥ってしまう。それもそのはずで、ソロ4作目となる『Capital in the Twenty-First Century』はトマ・ピケティ著『21世紀の資本主義』(みすず書房)を映像化した作品に提供されたオリジナル・サウンドトラック盤で、格差社会の歴史や現状がこれでもかと詰め込まれた内容なのだから。曲名も「巨大な鬱・悲しみ」とか「ミセス・サッチャー」「奴隷制」など、映画は観ていないけれど、音楽を聴くだけで内容の深刻さが想像でき、映画館に足を向ける気力さえなくなってしまう(明日から緊急事態で映画館も閉鎖みたいだし)。そして、コロナ・パニックで株価が落ちているのをいいことに、富裕層はいま安くなった株を買い占めているそうだから、コロナ騒ぎが終息すれば以前よりもさらに強力な格差社会が出現し、経済復興という名の奴隷労働だけが待ち受けているのである。いつのまにか誰もがカイジや黒沢である。上位26人なんて、この世界のどこにいるのかさえわからなくなってしまうに違いない。

 マン・パワー(=人的資源)を名乗るジェフ・カークウッドによるソロ3作目はこれまでのタイトなハウス路線を踏襲するものではなく、希望も絶望も織り交ぜたような不気味で謎めいたアンビエント・アルバムとなった。古いラップトップと家族の声、そしてユーチューブからのサンプリングだけで、編集もオーヴァーダビングもせず、3日で仕上げたという『Billy Mill Is Dead 』はカークウッドの個人史を音楽で表したものだといい、ケン・ローチ監督『家族を想うとき』やジョン・S・ベアード監督『僕たちのラストステージ」の前半で寂れた風景が広がっていたニューカッスルがその舞台になっている。いわゆるカラードが目立たず、白人同士が足を引っ張り合う土地柄にインフォームされた(=形作られた)という思いがカークウッドには強くあるようで、“It's Not All Black And White”はそういった人種的環境の描写なのか、あるいは“The Childrens Choir In Newcastle Sing Somewhere Over The Rainbow For BBC’s Children In Need”ではタイトル通り、子供たちの合唱による”虹の彼方”が奇妙に歪められ、希望はあってもぐじゃぐじゃだということが表現されているのだろうか(ジュディ・ガーランドの死を描いたルパート・ゴールド監督『ジュディ』を観た直後だったので、この曲にはかなりびっくりした)。

 人間の記憶をアンビエント・ミュージックに変換するのはジョニー・ヴォイドも試みていたばかりで、概して自然や外宇宙を描写するのがアンビエント・ミュージックだし、ニュー・エイジにしても外部を取り込むことによって瞑想を完成させるというのが理想であり、エイフェックス・ツインの「夢を音楽にした」というような感覚はこれまであまり例がなかった。ある種の言葉遊びにすぎないかもしれないけれど、他人の内面を自分の内面と接続させるという行為にはヒーリングだとかリラックスといった有用性は期待できないだろうし、むしろ危険な感じの方が濃厚である(それこそ究極のマッチング・アプリというか)。ジョニー・ヴォイドやカークウッドたちの嗜好によってこうした傾向は大きく変わっていくのだろうか、それともほんの数例で終わるのだろうか。今敏監督『パプリカ』やクリストファー・ノーラン監督『インセプション』といった他人の夢に入り込むことをテーマにした作品が異常に好きな僕としては気になって仕方がない。誰もがインスタグラムやフェイスブックで記憶を映像的に共有することは可能になり、他人の記憶がエンターテインメント性を発揮している時代はすでに始まっているわけだから。

 そして、まさか新自由主義の得意フレーズだった「移動の自由」が制限される世界になるとは露とも思っていなかった。そのことによって誰もがいま、自分が住んでいる地域のことはどこかで意識せざるを得ないものになっている。「移動の自由」を飛躍的に増進させたのはたかだか200年前にニューカッスルが生んだスティーヴンソンの「鉄道」であり、鉄道が可能にした物流の「量」によって資本主義は現在のような規模に発展することができた。スティーブンソンたちはイタリアの港からウイーンまで歩いて鉄道の部品を運び、現地で組み立てたというけれど(どんだけかかったんだろう)、いまでは1週間で武漢に病院を建設することも可能である(水漏れはしたらしい)。そういった規模の物流が普通のこととなり、気がつくと鉄道は止められないものとなってしまい、泳ぎ続けていないと死んでしまうサメと同じようなものに人類もなってしまった(たかが1ヶ月も社会を休ませることができないなんて!)。ところがいま、コロナ・パニックにより鉄道よりもスケールの大きな輸送手段であった飛行機がほとんど飛ばなくなり、異常気象の原因をつくり出していた大気汚染がインドでもアメリカでも解消することで、いつの間にかグレタ・トゥンベリとフライデー・フォー・フューチャーたちが理想として掲げていた世界が(まるでパリ・コミューンのように)一時的に実現しているのである。ここは、やはり、奴隷労働が再開する前に、のんびりとアンビエント・ミュージックを聴く方がいいのではないだろうか。

三田格