「Nothing」と一致するもの

interview with Cantaro Ihara - ele-king

 イハラカンタロウの最新作『Portray』は、たとえば彼が愛するヤング・ガン・シルヴァー・フォックス『Ticket To Shangri-La』、クレア・デイヴィス『Get It Right』、あるいはボビー・オローサ『Get On the Other Side』との同時代性を有すると言えるのではないか。もちろんそれぞれの作品の音楽性は異なる。しかし、過去の豊饒なソウル・ミュージックをいかに現代的なアプローチと方法論で解釈し、新しい音楽を生み出すかという点では共通している。

 イハラカンタロウの音楽はソウル・ミュージックへの深い愛が基盤にある。愛情だけではない。飽くなき探究心が同時にある。研究熱心な彼は、自身が影響を受けてきたさまざまな広義のソウル・ミュージック──AOR、ブルー・アイド・ソウル、ニューオリンズ・ファンク、フィリー・ソウル、レアグルーヴ、シティ・ポップなどについてとても丁寧に語る。その丁寧さは、彼が繊細な感性でじっくりと積み上げて作り出した最新作のサウンドに通じている。

 イハラカンタロウの作品を聴いて、彼の語る音楽の話に耳を傾けているとソウル・ミュージックをもっともっと聴きたくなる。自身が創作した楽曲に具体的に影響を与えた音楽やリファレンスを明かしたがらないミュージシャンも多いなか、イハラカンタロウは違う。「自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しい」とも言う。

 1992年生、埼玉県川越市出身のイハラカンタロウは、作詞、作曲、ヴォーカル、アレンジのみならず、複数の楽器を演奏し、ミックスやマスタリングもこなす。2020年にファースト・アルバム『C』を発表、そして、約3年ぶりにフル・アルバム『Portray』をリリースする。前作に比べてサウンドはゴージャスになり、メロウネスはより洗練され、艶のある滑らかなヴォーカルもグッと色気を増している。ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” の日本語カヴァーや、ブレイクビーツとソウル・フィーリングを見事に融合させた “ありあまる色調” などは、ヒップホップのリスナーにも訴えるものがあるだろう。イハラカンタロウが、最新作と彼の愛する音楽について語ってくれた。

自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しいですね。そういうのもあって、ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” に日本語詞を付けたカヴァーをやりましたし、原曲も聴いてほしいです。僕は基本リスナーなんですよ。

まず、本作はファースト・アルバム『C』から比べて、サウンドがだいぶゴージャスになりましたよね。

イハラ:『C』ももちろん納得して出したんですけど、自主制作で予算の制限もありましたし、大学時代にカヴァーをやっていたようなバンドでの制作でしたから、自分が頭に思い描いているアレンジだとかをうまく表現できない面もありました。今回はレーベルのバックアップもあり、メンバーは僕がひとりひとり声をかけていったような感じです。欲をいえば、理想のサウンドからはまだ遠いですけど、ずいぶん前に進めたとは思います。

制作はどのように進めていきましたか?

イハラ:僕はシンガー・ソングライター的な作り方はしたくないんです。歌詞が決まっていて、この歌にはこういう思いがあるというのを伝えるところからははじめたくはなくて。歌も歌詞も最後の最後まで何も決まっていないこともありますね。サウンドのミックスが終わってから歌詞を書くこともあるぐらいなんです。あくまでもサウンド重視です。だから、頭のなかで曲の音が鳴っているけど、その演奏をするのに自分では力不足だというときに、その演奏に適した人に頼みますね。コード進行とリズム、ビートの感じは決めて、デモを自分で作ってメンバーに渡します。バンド・メンバーを集めてヘッド・アレンジなどはせずに、デモとリファレンスの楽曲を複数聴いてもらって、演奏してもらいました。さすがにいきなりハード・ロックの演奏をはじめたら止めますけど、ミュージシャンのひとたちを型にはめることはしないです。それでも、想定以上の演奏をしてくれましたね。みなさん、やっぱりすごいなあと。

参加されているミュージシャンの方々が、それぞれ個性的で興味深いです。たとえば、多くの楽曲でピアノ、エレクトリック・ピアノ、シンセやムーグなどを演奏されている菊池剛さんはキーパーソンではないかと。菊池剛さんはいま Bialystocks (=ビアリストックス)のメンバーとして大活躍されています。

イハラ:菊池剛さんと出会ったのは、剛さんが Bialystocks をやる前ですね。Bialystocks の音源を最初に聴いたとき「これは絶対売れるな」って感じましたし、次のキーボードを探さないといけないなと思いましたね。でも、いまも連絡は取れています(笑)。

ははは。良かったです。

イハラ:最初に観たのは大石晴子さんのライヴです。そこで鍵盤を弾いていたのが菊池剛さんでした。その後リリースされた大石さんのEP「賛美」を聴きまして。それで今回の作品を制作するにあたって弾いてほしいと思いましたね。僕が剛さんのピアノが好きなのは、頭に残るフレーズを弾くところで、楽器でそれをできる人はなかなかいないと思うんです。今回の作品でベースを弾いている菊地芳将くん(いーはとーゔ)も大石晴子さんのバックをやっていますが、彼に仲介してもらいましたね。

自分はそもそも音楽をノッて聴くより、研究、分析してしまうんです。展開やコード進行に耳が行きますね。自分の制作にどう活かせるかと分析しながら聴いてしまう。それはそれで良くないなとは思っているんですよね。もっと音楽を楽しんで聴けるようになりたいと思います(笑)。

山下達郎『僕の中の少年』が「音楽的原体験」のようなアルバムとあるインタヴューで語っていますが、どのようにして音楽をやるようになりましたか?

イハラ:中学生のころにアコースティック・ギターを触ったのが最初ですね。それは長くつづかなかったんですけど、高校に入ってバンドをやりたかったんです。ただ、受験のときに高校を調べると、軽音楽部がある高校は男子校で、共学には軽音楽部がなかった。で、僕は共学を取った(笑)。軽音楽部を自分で作ればいいやと思ったんです。でも作れずに、クラシック・ギターで吹奏楽をやるような、変わった部活に入って。いま考えれば、アレンジや音のバランスを考えるミックスをやるうえでは、そこでの経験が活きていますね。

そもそも、なぜバンドをやりたいと思いましたか? 

イハラ:なんでしょうね。アコギを弾いて歌うのが好きでしたし、そのころはグランジとかも好きでしたから。いまでもソニック・ユースとかを好きで聴きますし。ただ中学のときに邦ロックが流行っている時期があって聴いてみるけれど、僕はあまりグッとこなくて。それよりは、平井堅さんや CHEMISTRY の音楽に感じるものがありました。松尾潔さんがプロデュースしたR&Bが好きで。EXILE もそうですね。そういう音楽をやりたくて、譜面も買ったんですけど、難しすぎて何にもできませんでした。

ちょっと古い言い方をすると、ブラック・コンテンポラリーいわゆるブラコン的な音楽に反応する感性があったと。

イハラ:そうですね。ボビー・コールドウェルやボズ・スキャッグスとかのCDは家にあったし、そのあたりの音楽が土台にはあります。ただ、当時の僕の周りではEXILEはイケイケな人らの聴く音楽だったし、中高のころはDTMの存在も知らなくて、バンド以外のアウトプットの方法がわからなかった。自分の立ち位置もわからないし、バンドもできずにぜんぜん違う方向に行ってしまった、きつい10代でした。それから大学に入ってバンドでいろんなカヴァーをやるようになって、卒業してからもつづけて『C』を出して、そこから今回の『Portray』に至った感じです。

先ほどリファレンスという話が出ましたが、たとえば “つむぐように” ではどういった曲を参考にされましたか?

イハラ:これは僕のなかでは、“フリー・ソウル・アプローチ” です。僕が好きなプロデューサー、トミー・リピューマが70、80年代に作った音楽を参照しています。たとえば、マイケル・フランクスのエレピがキレイな楽曲やアル・ジャロウのセカンド『Glow』ですね。そこにソウル・ミュージックのエッセンスも入れたかった。そこで楽曲のコード進行は、ジャッキー・ウィルソンの『Beautiful Day』というアルバムに収録された曲を参考にしました。全体の音像は、ユーミンの “中央フリーウェイ” です。そこはエンジニアさんにも伝えています。ベース、ドラム、ローズを他のミュージシャンの方に演奏してもらって、コーラス、シンセ、パーカッション、ギターは僕が家で録音しました。あまり人に頼み過ぎるのもどうかな?という疑問もあり、大体の楽曲は、ベース、ドラム、ピアノ以外は自分でやっていますね。

“アーケードには今朝の秋” の「表通り いつも通り IT`S LONELY 表通り いつも通り」という歌詞からは、シュガーベイブの “いつも通り” を想起しますが。

イハラ:サウンドに関していえば、小坂忠さんの『ほうろう』のイメージですね。南部ソウル、ニューオリンズ・ファンクですね。他の曲はだいたい70、80年代の北部のソウル、たとえばフィリー・ソウルなんかを土台にしていますが、この曲だけは違う。

イナタさのあるファンク。

イハラ:そうです。でも、メンバーからは洗練されているね、キレイだねって言われました。僕からするとけっこうイナタイと思ったんですが、他のメンバーから演奏をもっともたらせたいと言われまして。ただ、僕が「ちょっとこれ以上はやめましょう」と(笑)。

イハラさんとお話していると音楽の話がたくさんできて楽しいのですが、ミュージシャンや音楽をやっている人のなかには、自身の楽曲のリファレンスを語りたがらない人が多いと思うんです。ある意味でネタばらしですからね。その点、イハラさんはそのあたりに躊躇いがないですよね。

イハラ:自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しいですね。そういうのもあって、ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” に日本語詞を付けたカヴァーをやりましたし、原曲も聴いてほしいです。僕は基本リスナーなんですよ。

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ことさらにシティ・ポップとか意識しなくても、そういうブラック・ミュージックの要素が入ったJポップを僕らも何気なく聴いてきたし、僕らの世代にもそういうエッセンスは自然と入っているんだと思いますね。

DJもされていますよね。

イハラ:DJと呼べるかわからないですが、音楽は大好きでCDとレコードはたくさん買っているので、それをでかい音で聴けるのが楽しいですね。ジャケットを撮影させてもらった〈渋谷花魁〉という場所にもDJブースがあって、そこでもやらせていただいたことがあります。

新宿の〈Bridge〉でDJしたときの選曲をプレイリストにしていましたね。1曲目がデニース・ウィリアムス “Free” でした。あの順番でかけたんですか?

イハラ:そうです。あのデニース・ウィリアムスの曲を真似したのが、今回のアルバムの1曲目の “Overture” ですね。それと、デレゲイションの “Oh honey” の最初のエレピがキラキラしているのが好きで、剛さんに「弾いて!」って頼みました(笑)。

レコードを好きで買っていると話をされましたが、無人島企画で選んでいる作品をサブスクで聴こうとしたらほとんどなくて。

イハラ:レコード屋さんの企画なので、ぜんぶレコードしかないものを選びました。買いに行ってもらえるように。ここでサブスクを出すものかと(笑)。

素晴らしい。イハラさんの主な養分は70、80年代の音楽だと思うのですが、そうした時代の音楽を現代的にアップデートしているものも聴いていますよね。

イハラ:そうですね。いまパッと浮かぶミュージシャンだと、ベニー・シングスが好きですね。

ああ、なるほど。ところで、ヒップホップは聴かれてこなかったですか?

イハラ:大きい声で言えないんですけど、あまり聴いてこなかったんです……(笑)。

いや、それはその人の好みなので大丈夫だと思います(笑)。

イハラ:自分はやっぱりメロディ、伴奏と旋律が欲しくなるんですよ。ヒップホップでカッコいいと思う曲はもちろんありますけど、いまだにガッツリのめり込んだことがないですね。これからあるかもしれないので、それは楽しみです。

ループ・ミュージックのグルーヴにハマれない感じがあるということですかね?

イハラ:自分はそもそも音楽をノッて聴くより、研究、分析してしまうんです。展開やコード進行に耳が行きますね。自分の制作にどう活かせるかと分析しながら聴いてしまう。それはそれで良くないなとは思っているんですよね。もっと音楽を楽しんで聴けるようになりたいと思います(笑)。

ははは。たとえば、シティ・ポップという括り方があります。さすがにここでシティ・ポップの歴史的背景や定義を深く議論することまではできませんが、イハラさんの音楽にそういう文脈で出会って聴く人もいるかと思います。それについてはどう思いますか?

イハラ:それはリスナーの方の自由ですよね。ただ、僕が個人的にシティ・ポップと考えるのは、たとえばアヴェレイジ・ホワイト・バンドのようなAORやブルー・アイド・ソウルを参考にして作られた日本の音楽です。

良い音楽が残せるのであれば、自分が歌わなくてもいいんです。サウンドありきなんで、良い音が残れば自分はいなくてもいいと思うぐらいです。

なぜ僕がシティ・ポップという話を出したかと言うと、今回参加されているミュージシャンの方々や、みなさんがそれぞれやっているバンドでうっすらと共有されているものがあるとすれば、シティ・ポップ・ブーム以降の感覚なのかもしれないとぼんやりと思ったからです。

イハラ:この前、麻布十番にある〈歌京〉というJポップがかかるダイニング・バーに行ったんです。そこで槇原敬之さんとかが流れていて、あらためてむちゃくちゃいいなと感じたんです。

たとえば、槇原敬之の “彼女の恋人” とかめちゃグルーヴィーですよね。ニュー・ジャック・スウィングとして聴けますよね。

イハラ:だから、ことさらにシティ・ポップとか意識しなくても、そういうブラック・ミュージックの要素が入ったJポップを僕らも何気なく聴いてきたし、僕らの世代にもそういうエッセンスは自然と入っているんだと思いますね。

それこそ前作の『C』でのイハラさんのヴォーカルを、ライターの峯大貴さんが、「シャウトせずとも突き抜けるようなソウル・フィーリンと力強さには、山崎まさよしや浜崎貴司(FLYING KIDS)を思わせる」(https://antenna-mag.com/post-40616/)と評されています。

イハラ:それこそ〈歌京〉で FLYING KIDS も流れていました。良い曲でしたね。それは懐かしいとは違うんです。良い曲は良い曲なんです。

この話の流れでいうと、いちばん最後の “Sway Me” は、山下達郎のどの曲だったか正確に思い出せなかったのですが、たとえば “蒼茫” を彷彿とさせるというか。

イハラ:ははははは。じつはこの曲はぜんぜん違うリファレンスなんですけど、コードを並べてみると、山下達郎さんの “YOUR EYES” にめちゃ似ていたんですよ。

ああ、そっちですね。その “Sway Me” や “ありあまる色調” はすべてひとりで作っていますね。

イハラ: “ありあまる色調” は自分のなかでは、実験的な曲です。全体に70年代後半、80年代初期の音像になっていますが、この曲は違う。こういう新しいアプローチをもっとできるようになって楽曲がまとめられたらいいなとは思います。ただ、ライヴで実現不可能な曲を作ってしまうことも多いんですが、ライヴができようができまいが、音として残ってしまうものに関しては妥協できないんです。だから、バンドは羨ましいですけど、僕はバンドができないと思います。バンドになると、みんなが対等になって自分がイニシアチヴを握れなくなってしまいますから。今回も、参加してもらったメンバーには言うことをきいてもらっていますので。

理想のサウンドが作れるのであれば、ひとりで制作するのでかまわないという考えもありますか?

イハラ:そうですね。ただ、自分でできるようになったら、永遠に終わらないかもしれなくて怖いですね。自分の作った音楽を毎日聴いていると麻痺するので、3日ぐらい空けて聴いて、クソ過ぎて全部消すというのもありますから。ただ、良い音楽が残せるのであれば、自分が歌わなくてもいいんです。サウンドありきなんで、良い音が残れば自分はいなくてもいいと思うぐらいです。

素晴らしいシンガーがいれば、プロデュースに徹したい?

イハラ:そういうことですね。今回のアルバムは『Portray』というタイトルですし、僕がぜんぶ歌っていますが、歌わずに裏方に回ってもぜんぜん良いんです。ただ、歌にこだわりがないということじゃありませんよ(笑)。ちゃんと歌って、ミックスもしていますから。自分の音楽を思想表現には使いたくないという考えがあります。だから、大好きなミュージシャンやプロデューサーはいますけど、その人の人生や生き方にはまったく興味が持てなくて。それでも強いていうならば、細野晴臣さんの生き方は羨ましいなと思います。

どういうところがですか?

イハラ:流行をつねに意識しつつ音楽を作っても、細野さんの音楽になって、しかもそれがリスナーにめちゃめちゃ受け入れられているところです。作曲提供をしても、細野さんの曲であることがわかるのがすごいですね。メロディの付け方が個性的なんです、プロデュースや映画音楽の仕事もされるし、彼自身のソロを聴きたいと思うファンもいてシンガー・ソングライター的にライヴもできる。もちろんご本人は苦労も葛藤もあるはずですが、すごく楽しい音楽人生なんだろうなと。むちゃくちゃ憧れているというより、羨ましいなという感じです。それはメディアを通して知っているだけなので、ご本人がどういう生活をされているかはわからないのですが。

やはりプロデューサーの仕事にも興味がある?

イハラ:それができるようになれば、自分の声を聴かなくていいし(笑)。

創造の生命体 - ele-king

 KLEPTOMANIAC(クレプトマニアック、以下KPTM)というアーティストをご存知だろうか?
 2000年代に、前衛ヒップホップ集団兼レーベル〈BLACK SMOKER RECORDS〉の主要アーティストの一人として、ペイティング、ビートメイキング、グラフィック・デザインなどを手がけ、ヴィジュアル・アートと音楽の表現者として、精力的な活動を行っていた。また、2006年の時点でその類い稀な求心力とDIY精神を発揮して女性アーティスト集団〈WAG.〉を立ち上げ、男の方が多いクラブ・ミュージック/ストリート・カルチャーのシーンでコンピレーション『LA NINA』を制作、画集を出版、音楽イベントや展覧会を主催するなどして奮闘していた。
 では、ベンゾジアゼピン(以下BZD)という薬のことはご存知だろうか?
向精神薬の一種で、一般に広く処方されている抗不安薬、鎮静剤、睡眠薬に含まれている。日本では約700万人が服用しているという2018年のデータもある。現在も非常に多くの人びとがこの薬の処方を受けて服用し続けている一方で、近年になってその副作用や依存性の高さ、急な減薬や断薬によって引き起こされる離脱症状が、深刻な薬害問題として世界的に注目を集め始めている。昨年の11月に、Netflixで『テイク・ユア・ピル:トランキライザーに潜む闇』という、この問題に踏み込んだドキュメンタリーが公開された。
 これから開始するこの連載は、KPTMとBZDとアートのはなしだ。KPTMという一人の人間、アーティストの、深く、奇妙で恐ろしい、薬との壮絶な闘い、そしてアートを通して自分を取り戻した体験を記録する試みである。



『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月19日の絵日記

闇に光を当てたい

 筆者は、元気いっぱいに東京でずっと活動していた頃のKPTMを知っている。当時も交流があったし、2009年に私がベルリンに引っ越すことに決めてから、彼女が〈WAG.〉メンバーと東高円寺〈Grassroots〉でレギュラー開催していた「WAG. in G」というイベントに私の送別会を兼ねてゲストDJとして呼んでくれた。芯の通った、カッコいい、まさに「ドープ」という形容詞が相応しい女性アーティストだった。その時のKPTMの姿が、私の知っているKPTMだったし、私の中の彼女のイメージはその時からずっと更新されないまま長い月日が経った。
 私が東京を離れてから数年後、KPTMも東京を離れて地元の広島に戻ったこと、体調が悪いということ、その理由が不明であることは伝え聞いていた。私が最近になって知ったのは、まだ長期服用による依存性の恐ろしさが周知されていない2000年代後半から、KPTMはBZDを服用していたということ、そしてその体調不良というのはこの薬からの離脱症状だったということだ。
 2010年代になってから原因不明の体調不要に悩まされ続けた彼女は、遂にはアーティスト活動が続けられない状態となっていた。その後、約9年間という気の遠くなるような年月にわたって人知れず減・断薬に挑み、筆舌に尽くしがたい離脱症状と闘いながら絵や音楽と向き合い、遂には完全な断薬に成功していたのだった。
 その彼女がリハビリのために描き溜めた絵日記を、〈BLACK SMOKER RECORDS〉が自主制作本『365+1 DAYS GNOMON』として出版した。2022年12月の〈BLACK GALLERY〉という毎年恒例の展覧会で、365+1枚すべての絵を展示するから、KPTMとトークをして欲しいという連絡が(レーベル・マネージャーの)JUBE君からきた時、私はまだその意味を全く理解していなかった。10年以上ぶりにKPTMと話せるなら、と、とりあえずその依頼は受けることにした。

 私は私で、ここ数年、特にパンデミック中に致命的に悪化した、わりと深刻な腰椎椎間板ヘルニアによる強烈な坐骨神経痛に悩まされ、それまで丈夫だった自分の、初めての「ヘルス・クライシス」を経験していた。一度手術を受けるも再発するなどして、自分の体が全く思い通りにならず、座る、仰向けに寝る、といった当たり前の動きや体勢ですらままならなくなり、震えるような激痛の中で正気を保つのに苦労したり、リハビリ施設に3週間入院したり、再発後は自力で克服する方法を模索しながらあらゆる治療法を試してみたりしていた。もしも私自身がこのような体験をしていなかったら、KPTMの話にもそこまで共感できなかったかもしれない。でも、2022年12月10日にZoom越しに聞いたKPTMの体験談に、私は衝撃を受けると共に、彼女の生命力と強い想いに、とても心を動かされた。

 その彼女の想いとは、「闇に光を当てたい」というものだった。

魂の声を聞こえなくする薬

 彼女自身が、自分の不調がBZDによって引き起こされていると確信するまでに長い時間がかかったように、この薬の長期服用、乱用による副作用についての情報がまだ決定的に不足しており、患者本人や担当医でも分からないことが多い。実際は薬の離脱症状に苦しめられていながら、情報が限られているためにどうすればいいのかわからない人、自覚がないまま間違った診断や治療や投薬をしている人、周囲の理解や協力が得られない人、酷いケースでは自死に至る人の数は潜在的にかなりの数に登ると推測される。

 特にKPTMが懸念しているのは、彼女が身を置いてきたヒップホップやスケートボードといったストリート・カルチャーに携わる人たちの間でも、入手しやすいベンゾジアゼピン系の薬をレクリエーション目的で使用する遊びが流行っていることだ。また、ストレスや不安、不眠といった症状を訴える人は増加する一方で、非常に広範囲に処方もされているのに対し、極めて身体的依存性が高いこと、また断薬が非常に困難であることは周知されていない。KPTMは、離脱症状サバイバーの一人として、アーティストとして、自らの体験を知ってもらうことで同じような思いをする人が一人でも減って欲しいと、リハビリ絵日記『365+1 DAYS GNOMON』を発表するに至ったのだった。これは、表現者としての彼女が抱いた使命感だとも言える。
 「BZDは魂の声を聞こえなくする薬」だと、KPTMは言う。アートと音楽を、”魂の声”を表現する手段として携わってきた彼女から、BZDは生命力、生きる意思、自己を表現する術、そのすべてを奪い去ろうとした。
 思えばKPTMは、爆発的な生命力と創造意欲を持った人だった。「生命力は、ありまくりだったと思います。バックパックでインドを旅したりとか、あらゆるところに精力的に出向いていって、何でも自分からやるみたいなタイプでしたね。フリーダムが好きな人間。昔から “魂の憤り”を感じていて(笑)。学校に対してだとか、親に対してだとか。『え? なんでダメなの?』って合点がいかないことが社会に対して多すぎて。魂の自由を奪うものに対して、ずっと中指立てて生きてきた、って感じですね(笑)。だから、 “閉塞感”というものが嫌いなのに、BZDのせいで何年も牢獄に閉じ込められていたようでした。ほんの短い距離ですら移動することもできなかったので」
 “魂の憤り”を、絵を描いたり音楽を作ることのエネルギーに変換してきたのが、KPTMというアーティストであり、彼女の多くの活動の原動力となっていた。「 “男社会”に対してもそうで。もう普通に、(男性の)人数が多いだけじゃん、としか思えなかった。私には。男が牛耳って、男が偉そうにしているけど、『それは(シーンにいる)女の人数が少ないだけで、女にできないわけじゃないからね! 女の人数が増えれば、全然女だけでもやれるし!』という思いがずっとありました。なんか、男社会に入らせてください、みたいな態度がすごく気持ち悪い。自立しておきたいだけなんですよ。それぞれの個性のまま、堂々と生きられるようにしたい。今はその頃と比べると女性も活動しやすくなったけど、WAG.はそういう気持ちで始めました。結局まだお金も産み出せてないし、まだやり切れていないんですけど。」


LA NINA (PV)

頑張るのを止めたら、それ以外は闇

 そんな彼女が、一時は「自我の99%をなくす」状態になり、自分は何者なのか、絵を描くどころか色鉛筆で色を塗る方法や、水道の蛇口の捻り方すら分からなくなったという。今こうして、かつてのように笑い合いながら会話ができていることが奇跡のように思えるし、画面越しの彼女の姿は驚くほど変わっていないように見えた。しかし、外観からはすっかり良くなったように見えていても、完全に断薬して以降も離脱症状は続いており、それが完全に消える日が来るのかどうか、またそれまでにどれほどの月日を要するのかは、誰にもわからない。彼女の戦いは終わっていないし、終わりは見えていないのだ。
 いまも強烈な神経痛や痙攣は止まらない。「『365+1 DAYS GNOMON』が出てからは、起きた瞬間に痛みは襲ってきますが、『おっしゃーこれをパワーに変えてやるぞ!』って、痛みを前進するエネルギーに変えるんだ、って自分に言い聞かせてます。どうせ、痛いから。マジでどこ行ってもどうせ痛いんですよ。こうしたらマシになる、っていうのがない。四六時中なんです。人に言葉で伝えても理解してもらえないので、1分間くらいいろんな人に体験してみて欲しいですよ。ホントにこの(体の)中マジでヤバいから!って(笑)。自分では、ムカデが体の中をニョロニョロしているような感覚があるんですけど、本当に伝わらなくて。外には見えないんですよね……私はこんなんなのに! ずっと人と会えない時期があって、会えるようになったら外からはけっこう普通に見えているってことに逆にビックリしましたね。中では妖怪級のものすごいことが起こってるんですけど!」


『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月7日の絵日記

 それでも、KPTMは戻ってきた。絵を描き、本を出し、展示をやり、ミックスCDを出し、イベントをやってDJをするところまで来た。長〜い道のりを経て、地獄を越えて、出口のなかった創造力をアウトプットし、生命力をスパークし始めた。
 「痛いのは神経。特に古傷のところがギューッと痛むんですけど、どうせ痛みがあるなら、あるなりにやるしかないと思って。何かに集中できている時は、その間少しだけ痛みを忘れられることがありますけど、今も神経がめっちゃ震えてるんですよ。フッと力抜いたら全身震える。パーキンソン病の人の症状に近いかな。震えるの見られるのは恥ずいから、人前ではそれを頑張って抑えているんです。アゴがガクガクガクガクって震えるんですよ。今も中では大振動を感じてます。気を抜いたらアゴが震えるので、歯医者の治療ができないんですよ。本当は治療したいところいっぱいあるけど。美容院も震えちゃうから行けないし。だから髪は自分でチョキチョキ切ってます」
 人前では震えないよう抑えることをもう何年もやってきているので、それが「ノーマル」になっているという。交感神経が暴れ、眠れない期間が長かった。最近は眠ることができるようになったことがハッピーなのだと語った。眠ることができるようになってやっと、活動を再開する気力が養われたようだ。頑張り続けることはは辛くないのかという私の質問に、彼女はこう答えた。「うーん……頑張るのを止めたら、それ以外は闇なんで。そっちの方向に引っ張られるよりは、頑張っていたい。それで何年も頑張り続けてます。根性で(笑)」
 このような強さを、同じ境遇に置かれた人のうちの何人が持っているのか、持てるのだろうかと、思いを巡らさずにはいられない。私などは1年半ほど坐骨神経の痛みと痙攣に悩まされただけで、すべてを投げ出したい気持ちになっていたものだ。
 「離脱症状って逃げ場がないんですよ。自分が違う何かに乗っ取られるような感覚なんです。死以外だったら、闇を進んでいくしか道がない。内臓に詰まっている変な感覚、そこを開いていくしか道がないような状態になった。何かに乗っ取られた状態の自分の体を自分に取り戻すには、そこに意識を持っていって、『ここは自分だ!』っていう風に、一個一個、ちょっとずつ入っていって意識を戻すようなことをしていかないといけない……こう言っても、ちょっと意味が分からないとは思うんですけど……」
 次元は違うものの、私は自分の経験からこの発言には共感できる部分があった。使い古された言い方だが、体の不調や痛みは、「体のサイン」、「体からのメッセージ」なのだ。何かがおかしいということを、体が伝えようとしてくれている。現代社会では、ほとんどの人が意識の中では自分で自分の体を使えているつもりでいるが、体が何か伝えようとしていることに自分で気づけていないことが多い。そのサインがよほど無視できないほど強烈になるまで。


『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月24日の絵日記

生命体に戻ろう

「離脱症状は、痛みとか震えとか炎症というかたちで、体からのメッセージを全部教えてくれるという感じですね。いっぱい薬を抜いたら、その分いっぱい教えてくれるから……先ほどの話に戻すと、普通だったら見たくない、自分の痛いところや辛いところを直視するしか生きる道がなくなるんです。死なないんだったら。それで、直視を始めたら、中にあったのは自分が小さい頃の母親とのトラウマだったり、古傷に意識を持っていったら、その時に受けた心の傷というかその時の感情のようなものをもう一度味わう感覚?傷の中には記憶も残されているのかなと。ちょっとオカルトっぽい話に聞こえるかもしれないですけど。古傷の中の癒しきれていない感情、ないことにしていたものを感じることによって、ちょっとずつ傷も治っていくんですよ」
 確かに、深刻な健康問題を経験する前の自分だったら、これはやや「スピッた」話に聞こえたかもしれない。しかし、今は大きく頷ける。自分の体を知ることはある意味、自然の神秘、真理に近づくことなのかもしれないと思うようになった。
 「『これは天罰なのか?』と思いましたからね……世の中、絶対的な悪とか善だって言えることって少ないと思うんですけど、一番罪なことって、人の魂の声を聞こえなくすることかもしれないと離脱症状を経験して感じだんです。生命体として、一番良くないのは薬で神経——“神経”と書いて神様の経路ですからね、それを傷つけたり、それをないことにして人間は外側だけで生きていると思うことが一番罪だったんだって。もうちょっとオカルトに足を踏み入れるような領域のヤバさなんですよね。BZDの離脱症状って」
 少し話を広げると、さまざまな疾患を画一的、短絡的、効率的に対処しようとする現代社会の傾向が、もしかするとBZDという薬の存在や、その他の対処療法的な医療に表れているのかもしれない。そもそも、これだけ複雑で謎が多い人間の体や精神の不具合を、そんな簡単に「治せる」と思う方が間違っているのではないか。それで”治った”ことにしてはいけないのではないか。
 「私が行き着いた結論は、『みんな、生命体に戻ろう』ってことです。葛藤を乗り越えることが生命体を進化させる。たまには逃避することも大事だけど、葛藤は向き合って乗り越えていくものだよ、って。乗り越えたら強くなるから!」
 KPTMは、今も様々な障害を乗り越え続けてる。強靭な(自称)狂人。ネクスト・レヴェルに到達したKPTMのようにみんながなれるわけではないが、彼女の経験からは、多くの人々が忘れてしまった、あるいは無視することに慣れてしまった生命体としての人間の肉体や精神からのメッセージが詰まっているように思う。
 KPTMとこれまで何度か話す中で最も衝撃的だった発言のひとつは、「ベンゾの離脱症状は、ものすごい勢いで “死 ” に引っ張られる。もし自分を簡単に殺す手段があったら、殺していたと思う」と言っていたことだ。これほど生命力と創造力に溢れ、周囲にもそれを伝播させるような存在だったKPTMをそこまでの状態に追い込んだもの、そこから”生きる”意欲を再び取り戻した過程について、これからインタビューを重ねながら探っていく。

KPTMが現在拠点としている広島で、『365+1 DAYS GNOMON』の展示が行われる。会場に足を運べる方はぜひ。

KLEPTOMANIAC
[365+1DAYS GNOMON]
EXHIBITION

2023
4/28fri. 4/29sat. 4/30sun.
5/05fri. 5/06sat.5/07sun.

15:00-20:00

at.dimlight

SUNDAY AFTERNOON PARTY
17:00-20:00

4/30 sun. DJ /satoshi,kenjimen,macchan
5/07sun.DJ /halavic,satoshi itoi,ka ho

広島市中区銀山町13-12 3F

Cornelius - ele-king

 『Mellow Waves』から早くも6年。編集盤の『Ripple Waves』から数えても5年だ。さまざまな出来事を経験した私たちは2023年、あらためてコーネリアスと出会い直すことになる。通算7枚目のオリジナル・アルバムは『夢中夢 -Dream In Dream-』と題されている。夢の中の、夢。はたしてそこではどのような音楽が紡がれているのか──。先行して12インチで出た “変わる消える” や7インチで出た “火花”、METAFIVE の楽曲として発表された “環境と心理” のセルフカヴァーも収録される。新作の発売は6月28日。

Cornelius オリジナルアルバム「夢中夢 -Dream In Dream-」発売!

コーネリアスが、6月28日にオリジナルアルバム「夢中夢 -Dream In Dream-」(漢字読み:むちゅうむ)を発売する。
今作はコーネリアスにとって7作目のオリジナル・アルバムで、前作「Mellow Waves」以来、丸6年ぶりのリリースとなる。

アルバムには、2月22日にアナログ12インチ・シングルに収録した「変わる消える」、5月17日にアナログ7インチ・シングル収録の「火花」や、METAFIVEの楽曲として発表した「環境と心理」のセルフカバー・ヴァージョンなどが収録される予定。発表に合わせ、新たなアーティスト写真も公開された。

[Cornelius 「夢中夢 -Dream In Dream-」]

収録曲

変わる消える
火花
環境と心理

他全10曲収録予定。

品番・価格
発売日:6月28日発売
品番:WPCL-13489
形態:CD
価格:¥3,000(税抜)/ ¥3,300(税込)
https://Cornelius.lnk.to/dreamindream

[Cornelius 「火花」]
収録曲
Side A
火花

Side B
QUANTUM GHOSTS
   Lyrics & Music by Keigo Oyamada

品番・価格
発売日 : 5月17日発売
品番 : WPKL-10008
価格:¥1,900(税抜)/ ¥2,090(税込)
アナログ7インチ・シングル
https://cornelius.lnk.to/hibana

先着購入特典:
以下の対象CDショップでお買い上げの方に先着で、特典をプレゼントいたします。在庫がなくなり次第終了となりますので、お早めにご予約・ご購入ください!

Amazon:メガジャケ
セブンネットショッピング:オリジナルステッカー

[PROFILE]
Cornelius(コーネリアス)
小山田圭吾のソロプロジェクト。
'93年、Corneliusとして活動をスタート。現在まで6枚のオリジナルアルバムをリリース。
自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX、インスタレーションやプロデュースなど幅広く活動中。


Kukangendai - ele-king

 独自の尖った路線をひた走るエクスペリメンタル・ロック・バンド、空間現代が新作をリリースする。近年は『Soundtracks for CHITEN』や12インチ『Tentai』、カセット『After』に、グラフィック・デザイナー=三重野龍とのコラボなど、変わらず精力的に活動している彼らだが、オリジナル・アルバムとしてはスティーヴン・オマリーの〈Ideologic Organ〉から送り出された『Palm』以来、4年振りの作品となる。題して『Tracks』、CD盤は5月31日発売、デジタル版は本日4月26日より配信がスタート。ちなみにエンジニアはDUB SQUADROVOの益子樹で、空間現代の拠点・京都「外」にてレコーディングされている。
 また、同新作の発表に合わせ、東京では6月20日にレコ発ライヴが催されるほか、5月と7月には京都で3本のリリパが予定されている。詳しくは下記を。

ARTIST:空間現代
TITLE::『Tracks』
LABEL::Leftbrain / HEADZ
CAT.NO.:LEFT 2 / HEADZ 257
FORMAT:CD / digital
BARCODE:4582561399138
発売日:CD 5月31日(水) / digital 4月26日(水)
流通:ブリッジ
定価(CD):2,200円+税(定価:2,420円)

1. Burst Policy
2. Look at Right Hand
3. Beacons
4. Fever was Good
5. The Taste of Reality
6. Hatsuentou

◎ CD盤には佐々木敦と角田俊也によるライナーノーツを日本語・英語で収録

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2023年6月20日(火)at 渋谷WWW
【空間現代『Tracks』release live】

LIVE:空間現代
DJ:UNKNOWNMIXER(佐々木敦)

開場:19:30/開演:20:00
予約:3,500円+1D/学割予約:2500円+1D

予約フォーム:
https://forms.gle/e2ERaL1tot6PWP859

WWW
〒150-0042
東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
TEL: 03-5458-7685

《Kukangendai “Tracks” Release Party》京都編

① 5月13日(土)京都・外

Kuknacke
NEW MANUKE
MARK
空間現代

開場 17:30 開演 18:00
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

② 5月20日(土)京都・外

空間現代

開場 19:00 開演 19:30

③ 7月1日(土)京都・外

contact Gonzo
D.J.Fulltono
空間現代

開場 18:00 開演 18:30
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

●予約・詳細:http://soto-kyoto.jp/event/230513/

R.I.P. Ahmad Jamal - ele-king

 ジャズ・ピアニストのアーマッド・ジャマルが2023年4月16日、前立腺癌のために92歳で死去した。1930年にピッツバーグで生まれたジャマルの本名はフレデリック・ラッセル・ジョーンズだが、ブラック・ムスリムの影響を受けて22歳の頃にイスラム教に改宗し、アーマッド・ジャマルの名に変えた。
 7歳の頃からピアノのレッスンをはじめ、高校で本格的に音楽の勉強をおこない、卒業後はシカゴに移り、自身のピアノ・トリオを組んでホテルなどで演奏活動をおこなっている。シカゴの〈アーゴ〉や〈カデット〉に多くのアルバムを残しているが、代表作と言えば1958年の『バット・ナット・フォー・ミー』や翌59年の『ポートフォリオ・オブ・アーマッド・ジャマル』で、特に “ポインシアーナ” を含む『バット・ナット・フォー・ミー』のセールスによって、彼は商業的な成功も収めている。
 しかしながら、ジャズ評論においては高い評価を得ることはなく、これらはいわゆるカクテル・ピアノという、ホテルのラウンジなどで演奏されるイージー・リスニング的な扱いだった。そうしたこともあってか、正直なところアーマッド・ジャマルはビッグ・ネームというほどのミュージシャンではないし、玄人好みの渋いミュージシャンか、または技巧に優れた名ピアニストというわけでもなく、芸術的にはあまり見るところのない、一段ランクの低いミュージシャンという見方が大半だった。大体のところ、1990年代半ばごろまでのジャマルのイメージと言えばそんなところだったろう。

 そうしたジャマルの評価を一変させたのは、1990年代半ばより数多くのヒップホップのアーティストによってサンプリングされたことによるところが大きい。それらのネタ探しを通じて若いリスナー、特にそれまでジャズを聴いたことのないようなリスナーがジャマルの作品に触れ、彼の再評価の機運が高まったと言える。ナズコモンなどがジャマルの曲を取り上げているが、その中でも1970年リリースの『ジ・アウェイクニング』が有名で、表題曲はじめ “ドルフィン・ダンス”、“アイ・ラヴ・ミュージック”、“ユア・マイ・エヴリシング” と、アルバム丸ごと一枚がサンプリングの宝庫となっている。
 なぜジャマルの曲が多くサンプリングされるのかということに関して、ジャマルは「間(スペース)のピアニスト」と言われることが多く、それが関係していたのではないだろうか。「間のピアニスト」というのは、音の鳴っていない瞬間も楽曲の一部として機能させるということで、ジャマルは音数が少なく、ピアノが鳴っていないそうした間でさえ音楽的なものとしてしまうことに長けていた。そうした間の取り方はリズム感や一種のグルーヴにも関係し、また独特のリリシズムを生み出す。ヒップホップ・アーティストがサンプリングする場合、基本的にはビートをサンプリングすることが多いのだが、90年代半ば頃からは上ものと呼ばれる楽器のフレーズや全体の空間作りにもサンプリングが用いられることが増え、そうした音響空間の構築においてジャマルのような間のある音楽はとても参考になるのである。

 そして、サンプリングから発展して、ジャマルの演奏そのものにも影響を受けるアーティストも出てくる。『ジ・アウェイクニング』は〈インパルス〉からのリリースだが、〈インパルス〉時代のジャマルはアコースティック・ピアノだけでなくエレピも演奏していて、マッドリブなどはそのエレピ演奏にも大きく影響を受けている。
 マイルス・デイヴィスがジャマルについて高く評価していたことも逸話として有名だ。マイルスは自伝において姉からジャマルを薦められて聴くようにったそうで、「リズム感、スペースのコンセプト、タッチの軽さ、控えめな表現などに感銘を受けた」と述べている。ジャマルとマイルスは1950年代半ばより親交を深めるようになり、マイルスはジャマルを自分のバンドに誘ったこともある。残念ながら実現しなかったのだが、マイルスは仕方なく、当時のバンド・メンバーだったレッド・ガーランドに「ジャマルのようにピアノを弾いてくれ」と言っていたそうだ。そして、日本においては上原ひろみがジャマルのプロデュースによってファースト・アルバムを発表したことが、ジャマルの名前を広めることに一役買った。

 私個人としては、ジャマルのアルバムの中でもっとも好きな作品を選ぶなら、1963年の『マカヌード』を挙げる。オーケストラ物でリチャード・エヴァンスがアレンジや指揮をおこない、ドミニカ、コロンビア、パナマ、ハイチ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなど中南米音楽の理解と咀嚼を見事に施して、重厚な表現においても素晴らしいところを見せている。ラテン系の作品ながら、軽いタッチのカクテル・ピアノとは一線を画するものだ。ここに収録された“ボゴタ”は、モントルー・ジャズ・フェスでのライヴ録音となる1972年の『アウタータイム・インナースペース』でも再演していて、エレピを交えた17分にも及ぶ情熱的な演奏を繰り広げている。それぞれ同じ曲ながら全く異なる演奏で、ジャマルが実に幅広い音楽性を持っていたことがわかる。
 ラテン音楽との相性が良かったジャマルは、1974年に『ジャマルカ』というアルバムも発表している。こちらはジャズ・ファンクからレゲエなどまでミックスしたもので、やはりリチャード・エヴァンスとタッグを組んでいる。同じエヴァンスとの作品では、1968年の『ザ・ブライト,ザ・ブルー・アンド・ザ・ビューティフル』、1973年の『アーマッド・ジャマル・73』、1980年の『ジェネティック・ウォーク』などもあり、60年代から80年代にかけての長い間ジャマルとエヴァンスは良きパートナーだった。エヴァンスは様々なタイプの作品に携わるプロデューサーで、これらジャマルの作品でもゴスペル、ロック、ポップス、ソウル、ファンク、ラテンなどとジャズの融合を試みている。ジャマルはこうした様々な音楽性を取り入れ、自身の演奏や表現に順応させていく力を持つピアニストであったのだ。

R.I.P. Mark Stewart - ele-king

文:野田努

「彼らはついに、変化とは、改革を意味するものでも改善を意味するものでもないことに気がつくだろう」——フランツ・ファノンのこの予言通り、世界は変わらなくていいものが変えられ、変わって欲しいものは変わらない。憂鬱な曇り空に相応しい訃報がまた届いた。その少し前にはジャー・シャカの訃報があり、今朝はマーク・スチュワートだ。いったい、坂本龍一といい、シャカといいマークといい、あるいは昨年から続いている死者のリストを思い出すと、勇敢な戦士たちがあちら側の世界に招かれている理由がこの宇宙のどこかに存在しているのではないかという妄想にとらわれてしまう。ファノンはまた、「重要なのは世界を知ることではない、世界を変えることだ」と言ったが、その意味を音楽に込めた人がまたひとりいなくなるのは、胸に穴が空いたような気分にさせるものだ。

 一般的に言えばマーク・スチュワートは、ブリストル・サウンドのゴッドファーザーだが、10代半ばのぼくにとってはファンクの先生だった。ジェイムズ・ブラウンが発明し、白いアメリカで生きる黒い人たちから劣等感を削除し前向きな自信を与えたこの決定的な音楽の語法を、ザ・ポップ・グループというバンドはパンクの文脈に流し込んだ。それだけでもどえらいことだが、ブリストルという地政学のなかで生まれたこのバンドは、実験音楽であると同時に脳内をふっとばす低音ダンス音楽でもあり、当時UKで起きていた移民文化にリンクするダブという概念もそこに混ぜ合わせたばかりか、さらにまたそこに、60年代のポスト・コルトレーンから広がる炎の音楽=フリー・ジャズにも手を染めていたのだった。

 カオスとファンクとの結合に相応しいそのバンドのディオニソスこそ、マーク・スチュワートに他ならなかった。彼らが標的にしたのは、資本主義であり植民地主義だったが(残念ながらいまや重要なトピックとなっている)、こうした政治的主張と音楽との融合において、最高にクールで、圧倒的に迫力があり、創造的で快楽的でもあったロック・バンドがいたとしたら、彼らだった。

 ザ・ポップ・グループとしてのずば抜けた3枚を残し、マークはザ・マフィアを名乗ってからもその手を緩めなかった。エイドリアン・シャーウッドとダブ・シンジケートのメンバーといっしょに録音したシングル「Jerusalem」(1982)とアルバム『Learning To Cope With Cowardice』(1983)は、〈ON-U Sound〉がダブの実験において、どこまでそれをやりきれるのかという、もっともラディカルな次元に没入していた時代の輝かしい記録である。サウンド・コラージュとダブとの境界線を曖昧にし抽象化した “Jerusalem” 、奈落の底から立ち上がるアヴァンギャルド・ゴスペル・ルーツ・ダブの名曲 “リヴァティ・シティ” はここに収録されている。

 新しい音楽のスタイルの出現をつねに肯定的に捉えていたマークが、ヒップホップを無視するはずがなかった。ザ・マフィアを経てソロ名義になった彼が最初に発表した、傑出したシングル「Hypnotized」と 『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade(民主主義というヴェイルに包まれた時代が終わりを告げようとしているとき)』(1985)は、オールドスクール・ヒップホップの拠点から、シュガーヒル・ギャングの主要バックメンバー3人を引き抜いての制作で、これらはシャーウッドのダブの新境地によってインダストリアル・サウンドのルーツにもなった。

 このように、マークや〈ON-U Sound〉系の音楽にすっかり魅了されたファンの度肝を次に抜いたのは、1987年の決定的なシングル盤「This Is Stranger Than Love」だった。エリック・サティにはじまり、粒子の粗いヒップホップ・ビートがミックスされるこの曲には、90年代のブリストルを案内することになるスミス&マイティが参加し、のちのちトリップホップの先駆的1枚としても認定されている。

 この頃、マークはハウス・ミュージックへの共感を示していた。じっさい、1990年にリリースされた『Metatron』に収録された「Hysteria」は、都内のテクノ系のパーティでもよくかかっていたし、1993年に初来日した際のステージは、その数年前まではダンス・ミュージックのヒットメイカーだったアダムスキーとふたりによるパフォーマンスだった。渋谷のオンエアーのステージに登場し、あの大きな身体を豪快にゆらしながらあちこち動き回り、胃袋のそこから鳴らしているかのような彼の独特のヴォーカリゼーションを、ぼくの記憶から消そうたって無理な話である。

 個人的な思い出を言うなら、もうひとつある。1999年の話だが、ぼくはロンドン市内の図書館に隣接した、コーヒー一杯1ポンドほどの食堂で、マークと待ち合わせて、会って、話を聞いたことがある。これにはいくつかの不安と驚きがあった。携帯が普及する以前の話なので、彼に指定されたその場所に、時間通りにほんとうに彼が来てくれるのか、行ってみなければ確認のしようがなかった。また、ぼくに言わせれば、自分のスーパーヒーローのひとりが、日本からダブについての話を聞きに来ただけの(つまり、彼の作品のプロモーションでもないでもない)小さなメディアのために、ブリストルという地方都市からわざわざロンドンまで来てくれるのかという心配も、じゅうぶんにあった。だいたいこういう場合は、せめてそこそこ気の利いたレストランでおこなうというのが、ひとつの作法のようなものとしてある。しかしカネのない学生同士が待ち合わせるようなその広い場所に、マークはぼくよりも先に来て、ひとり、どこにでもあるような丸いテーブルのイスに腰掛けていた。

 これは奇遇としか言いようがない。先日亡くなったジャー・シャカの話も、そのときマークから嫌というほどされた。〈ON-U Sound〉における実験旺盛な時代の(マークにとっての)重要な影響源のひとつは、ジャー・シャカだった。ぼくは幸運なことに、1992年と1993年にロンドン市内の公民館で開催されていたシャカのサウンドシステムを経験していたので、マークの話にすっかり納得した。なるほどたしかに、ロンドンにおけるシャカのシステムは、それ自体が実験的といえるほど、あり得ない低音とあり得ない音のバランスで、原曲をまったく別のものにしていたのである。

 彼の長いキャリアのなかで、ぼくにしてみれば、出さなければ良かったのにと思った作品もある。何年か前に、再結成したザ・ポップ・グループとして来日したこともあったが、いくらそこで往年の代表曲を演奏しようとも、初来日におけるアダムスキーを従えてのよれよれのライヴのときの異様な緊張感を味わうことはなかった。が、そう、しかそれもいまとなっては贅沢な話なのだ。

 マーク・スチュワート、ザ・ポップ・グループ、ザ・マフィア、これらの影響力はものすごいものがある。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドどころか、バースデー・パーティ(ニック・ケイヴ)のようなバンドだって、あのディオニソスがいなければ違ったものになっていただろう。

 フランツ・ファノンは、「抑圧された人たちは、つねに最悪を想定する」と言ったが、マークは逆で、未来に対して楽観的だった。新しいもの、若い才能をつねに褒め称え、あれだけ深刻な社会問題を取り上げてきたのに関わらず、よく笑う、あの豪快な佇まいの彼には、根っからの楽天性があった。いまぼくはそれをがんばって思い出そうとしているが、地のはるか暗い底から、ダブのベースとファンクの力強いリズムをともなって、彼の絶叫が呪いのように聞こえてくるのである。



文:三田格

 坂本龍一が83年に初めてラジオのレギュラー番組を持った「サウンドストリート」の第1回目を聞いていたら、『B2~Unit』を録音しているスタジオにスリッツのメンバーが毎日遊びに来るんだよと話している箇所があった。そして、お気に入りだというスリッツの曲をかける際に「ザ・ポップ・グループの兄弟バンド、いや、姉妹バンドです」と紹介し、ザ・ポップ・グループについてはなんの説明もなかった。第1回目の放送にもかかわらず、彼のラジオを聞いているリスナーはザ・ポップ・グループのことは知っていて当たり前といった雰囲気だった。ザ・ポップ・グループはその前年、セカンド・アルバムがリリースされると急に音楽誌で持ち上げられ、当時、大学生だった僕は波に乗ろうとする大人が大挙して現れたような気がしてしょうがなかった。ファーストに比べて明らかにフリーキーなセンスは薄まり、様式化が進んでいるというのに唐突に興奮し始めた大人たちの言動はどうにもナゾで、あの時のイヤな感じは40年経ってもいまだに身体から抜けてくれない。「ザ・ポップ・グループ」というネーミングがあまりにアイロニカルだったせいで、それはなおさらグロテスクに感じられ、資本主義的な文脈でアノニマスを気取ったネーミングはそれ自体がポップ・アートになっているという印象を倍増させる効果まであった。当時の音楽メディアがシーンを取り囲んでいた状況はXTC“This Is Pop”やPIL“Poptones”といったタイトルにも滲み出し、キング・オブ・ポップがトップに立つ日もすぐそこに迫っていた。ポップはもはや社会をテーマとして表現されるタームではなく、コマーシャリズムという姿勢に取って代わり、そのことに無自覚ではいられなくなった制度そのものを彼らは名乗っていたのである。消費主義が勢いを増す80年代の入り口でポップを対象化できなければ表現者の主体性が失われるという不安や焦燥をザ・ポップ・グループというネーミングは見事に集約していた。さらにセカンド・シングル“We Are All Prostitutes(私たちはみな金銭のために品性を落とす売春婦だ)”というタイトルはさすがに言い過ぎだと思ったけれど(いまだに少し抵抗がある)、ポップ・ミュージックをやるためにそこまで考えなければいけないのかという状況について認識できたことは大きかった。また、ザ・ポップ・グループについて何かを考えることはただの大学生でしかなかった僕が平井玄さんや粉川哲夫さんといった思想家たちと深夜ラジオで議論ができるパスポートになったことも僕にとっては少なからずだった。

 多大なインパクトを伴って現れたザ・ポップ・グループは、しかし、あっという間に解散してしまった。ザ・ポップ・グループはすぐにもピッグバッグとリップ・リグ&パニックに分かれてマテリアルやジェームズ・ブラッド・ウルマーといったフリー・ファンクの列に加わり、“Getting Up”や“You're My Kind Of Climate”がその裾野を大いに広げてくれたものの、マーク・ステュワートだけがどこかに消えてしまった。ザ・ポップ・グループが不在となった81年は僕にはパンク・ロックから続く狂騒が少し落ち着いたように感じられた年で、地下に潜った動きやドイツで始まった新たな胎動にも気づかず、個人的には音楽に対する興味が少し薄れた時期でもあった。日本では「軽ければ正義」といった風潮が蔓延し始めた時でもあり、TVをつければホール&オーツやシーナ・イーストンばかり流れていた。これが。しかし、82年になると様相が一変する。「破壊」と「創造」が必ずセットで訪れるものならば、82年はパンクによって破壊されたポップ・ミュージックが見事に再構築を成し遂げた年だと思えるほど、あらゆる場面に力が漲っていた。アソシエイツやキュアー、スクリッティ・ポリッティにファン・ボーイ・スリーと数え切れないアイディアが噴出し、それぞれが持っていた独自のヴィジョンはニュー・ロマンティクスから第2次ブリティッシュ・インヴェンジョンへと拡大していく。リップ・リグ&パニックやピッグバッグが先導したブリティッシュ・ファンクはディスコ・ビートとあいまってその原動力のひとつとなり、ナイトクラッビングがユース・カルチャーのライフスタイルとして完全に定着したのもこの時期である。ほんとに何を聞いても面白かった。ひとつだけ不満があるとしたら、それはダブの可能性が思ったほど翼を広げなかったことで、フライング・リザーズやXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作など、ダブをジャマイカの文脈から切り離して独自の方法論に持ち込むプロデューサーが期待したほどは増えなかったこと。ダブよりもファンクというキーワードの方が大手を振るっていたというか。マーク・ステュワートがマフィアを率いて“Jerusalem”を投下したのはそんな時だった。

 83年に入ってすぐに輸入盤が届いた“Jerusalem”は祭りに投げ入れられた石のようだった。さらなる興奮を覚えた者もいれば、白けて避けてしまった者もいたことだろう。“Jerusalem”はジャケット・デザインがまずはザ・ポップ・グループと同じ刺激を回復させていた。紙を折りたたんだだけのジャケットもラフで無造作なら、引っ掻き傷のような文字はナイトクラッビングやニュー・ロマンティクスとは異なる文化の健在を表していた。ザ・ポップ・グループが放っていたヴィジュアルと言語による挑発はすべてマーク・ステュワートによるものだったと再確認させられた瞬間でもあり、“Jerusalem”やカップリングの““Welcome To Liberty City””などインダストリアル・ミュージックとダブをダイレクトに結びつけたサウンドは鮮烈のひと言で、カリブ海を遠く離れたダブ・サウンドがポップ・ミュージックの再構築ではなく「パンクの再定義」と評されたのもなるほどだった。様式化されたパンクやマイナー根性に支配されたアンダーグラウンドとは異なり、不遜で広く外に開かれた攻撃性はそれこそパンク直系であり、アソシエイツやスクリッティ・ポリッティに覚えた興奮とは異なる次元が存在していたことを一気に思い出させてくれた。パンク・ロックに触発された言説に「誰でも音楽ができる」というワン・コード・ワンダーとかスリーコード万能論のようなものがあり、その通りチープな音楽性が勢いづくという局面が当時から、あるいは現代でも少なからず存在している。それとは逆にパンクが高度な音楽性と結びついてはいけないというルールがあるわけもなく、パンクがトーン・ダウンした時期にファンクやジャズをパンクと結びつけたのがザ・ポップ・グループだったとしたら、マーク・ステュワート&マフィアは同じくそれをダブやレゲエと結びつけ、もう一度、同じインパクトまで辿り着いたのである。それはやはり並大抵のクリエイティヴィティではなかった。追ってリリースされたファースト・アルバム『Learning To Cope With Cowardice』ではさらにその方法論が縦横に展開されていた。どれだけテープを切ったり貼ったりしたのか知らないけれど、“To Have A Vision”や“Blessed Are Those Who Struggle”の目まぐるしさは格別だった。

 90年代に入ってからマーク・ステュワートがアダムスキーを伴って来日し、ボアダムズなどが出演するイヴェントで前座じみたステージやったことがあった。アダムスキーというのはレイヴ初期にコマーシャルな夢を見たスター・プロデューサーの1人で、レイヴがヒット・チャートとは異なるオルタナティヴな磁場を独自に切り開いた頃にはバカにされて放り出された存在だった。マーク・ステュワートとアダムスキーというのは、つまり、水と油のような組み合わせだったのに、これがそれなりに泥臭いテクノとしてまとまったステージを成立させていた。『Learning To Cope With Cowardice』やその後のソロ・アルバムでもそうなんだろうけれど、マーク・ステュワートのサウンドはおそらくエイドリアン・シャーウッドの力によるところが大きく、マーク・ステュワートという人は自身のアイデンティティと音楽性がそれほど強くは結びついていないのだろう。シンセーポップかと思えばニュービートとあまりに節操がなく、サイレント・ポエッツにザ・バグと交際範囲も度を越している。彼にとって大事なことは極左ともいえるメッセージを伝えることであり、イギリスでは活動家と認識されるほど明確に権力と対峙することで、確か自分のことをジャーナリストと呼んでいた時期もあった。とはいえ、彼はやはりヴォーカリストだった。目の前でマイクを握りしめていた時の存在感は圧倒的で、彼の声には独特の張りがあり、彼が敬愛していたらしきマルカム・Xに通じるカリスマ性も申し分なかった。

 ある時、インタビューを始めようと思ったらマーク・ステュワートに「腕相撲をしよう」と言われて彼の手を思いっきり握ったことがある。当たり前のことだけれど、彼の手は暖かく、少しがさがさとしていて分厚かった。あの手に二度と力が入らないと思うとやはり悲しく、どうして……という気持ちにならざるを得ない。R.I.P.

interview with Alfa Mist - ele-king

 現代のジャズ・シーンで、ヒップホップやビート・ミュージックなどを融合するスタイルの新世代のミュージシャンは少なくないが、そうした中でも独自のカラーを持つひとりがイースト・ロンドン出身のアルファ・ミストである。ピアニスト/ラッパー/トラックメイカー/プロデューサー/作曲家と多彩な才能を持つ彼は、コンテンポラリー・ジャズからジャズ・ロックやフュージョン、ヒップホップやR&Bなどクラブ・サウンドからの影響のほか、映画音楽やポスト・クラシカルを思わせるヴィジュアライズされた音像が特徴で、繊細で抒情的なメロディはときに甘美な、ときに物悲しい世界を演出していく。どちらかと言えば内省的で思索的な作品が多く、人間の心理などをテーマにしたダークで重厚な曲調もアルファ・ミストの作品の特徴のひとつと言えるだろう。

 2015年に発表した『ノクターン』以降、2017年の『アンティフォン』、2019年の『ストラクチャリズム』、2021年の『ブリング・バックス』とアルバムをリリースし、シンガーのエマヴィーと共作した『エポック』はじめ、ドラマーのリチャード・スペイヴンと組んだ44th・ムーヴでの活動、トム・ミッシュ、ユセフ・デイズジョーダン・ラカイロイル・カーナーなどとのコラボと、多彩に自身の可能性を拡大してきたアルファ・ミスト。
 そんな彼が『ブリング・バックス』以来2年ぶりとなるニュー・アルバム『ヴァリアブルズ』を完成させた。長年の演奏パートナーであるカヤ・トーマス・ダイクはじめ、ギタリストのジェイミー・リーミングなど、『ブリング・バックス』から演奏メンバーに大きな変動はなく、基本的にはこれまでの路線を継承する作品と言えるが、南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーした作品や民族調の作品、さらにこれまであまりなかったハード・バップ調の作品と、また新たな表情を見せてくれるアルバムとなっている。コロナで中断を余儀なくされていたライヴ活動も再開し、この5月には2019年以来となる来日公演も予定しているというアルファ・ミストに、『ヴァリアブルズ』について話を訊いた。

放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。

アルバムの完成とリリース、おめでとうございます。アルバムをリリースしたいまの気分はいかがですか?

アルファ・ミスト:ありがとう。アルバムをリリースすると、作品が自分の元を離れてほかの皆のものになる。もう僕のものではなくなるんだ。だから、すごく落ち着くんだよね。

なるほど。ニュー・アルバムは2021年の『ブリング・バックス』以来、2年ぶりとなりますね。『ブリング・バックス』はコロナによるパンデミック後にリリースされた作品で、そうした体験も曲作りに反映されたのではと思います。その後ツアーなども再開し、少しずつ日常を取り戻す中で『ヴァリアブルズ』は作られていったと思いますが、『ブリング・バックス』から『ヴァリアブルズ』に至る中で何か音楽的な変化などはあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:『ヴァリアブルズ』を作っていた期間は、既にライヴを始めていたんだ。その影響は少しあったのかなと思う。ライヴをすることでエネルギーが増して、より高いエナジーが生まれるんだ。だから、『ヴァリアブルズ』はそのパワーを反映しているんじゃないかと思うんだよね。パンデミックで家に閉じこもっているときと外に出ているとき、そこにはふたつの異なる感情とエネルギーがある。僕は家にいるのが好きだから、パンデミック中に家にいるのは心地よくはあった。でも今回、再び外に出てライヴで演奏していたことは、間違いなく『ヴァリアブルズ』に対するアプローチに影響を与えたと思う。

今回のアルバムに参加するメンバーですが、『ブリング・バックス』で演奏の中心となったジェイミー・リーミング(ギター)、カヤ・トーマス・ダイク(ヴォーカル、ベース)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ジョニー・ウッドハム(トランペット)らが引き続いて行っているのでしょうか? ジェイミー・リーミングの印象的なギターが聴けるので、ほぼ同じメンバーでやっているのかと。ほかに新たに参加するミュージシャンなどはいますか?

アルファ・ミスト:ほとんどのメンバーが同じなんだけど、ドラムのジェイミー・ホートンの代わりに、今回はジャズ・ケイザーに参加してもらっているんだ。彼女は本当に素晴らしいドラマーで、僕がユーチューブで公開している『ブリング・バックス』のライヴ・ヴァージョンでもドラムを演奏してくれている。僕はライヴで一緒に演奏しているミュージシャンと一緒にアルバムを作ることが多いんだよ。ジャズ以外のメンバーは以前と同じだ。

ジャズ・ケイザーはアルバムに何をもたらしてくれたと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女だけじゃなく、全てのミュージシャンが自分自身の精神を高め、自分自身の音と声をしっかりと伝えてくれたと思う。それが音楽の一番素晴らしい部分だからね。彼女に関して言えば、僕やカヤやジェイミー・ホートンは独学で音楽を勉強したミュージシャンなんだけど、ジャズ・ケイザーはちゃんとアメリカのバークレー音楽院に通ってジャズ・ミュージックを学んで作ってきたミュージシャンなんだ。だから、彼女の演奏はすごくバランスが取れている。その状況に合ったことをすぐにできるのがジャズなんだよね。それに、彼女には彼女にしか奏でられない音があるし、それがサウンドに違いをもたらしてくれたと思う。

これまでリリースした『アンティフォン』ではメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が、『ストラクチャリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話がモチーフとなっています。今回のアルバムでは何かモチーフとなっているものはありますか? 「いま自分がどこにいるのか?」「どうやってここに来たのか?」というのが『ヴァリアブルズ』におけるあなたの問いかけとのことですが。

アルファ・ミスト:今回のテーマ、またはモチーフは「無限の可能性」。つまり、あらゆる可能性がアルバムのテーマなんだ。ほんの少しだけど、人生の中で僕はいくつかの決断をしてきた。そして、そのおかげでいまの自分が存在している。それは君にも、誰にでも同じことが言えるんだ。ひとつの小さな決断。例えば僕が学校に通っていたとしたら、放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。そして、それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。だから、『ヴァリアブルズ』は基本的に僕自身が興味を持っていて、作ることができる様々な音の可能性を表現した作品なんだよ。今回はそれを一枚のアルバムに収めた。そして、僕はオーストラリアのアニメーター/ビデオグラファーのスポッドとコラボをして、彼がヴィジュアルのコンセプトを作ってくれたんだ。僕が彼に歌詞と各曲に込めた思い、そして無限の可能性というアイデアを伝え、あのいろいろなものが動き続け変化し続ける作品を作り上げた。動き続け、変わり続ける。それこそ人間だからね。今回のアルバムでは、僕はそのアイデアに興味を持っていて、それを作品に反映させたんだ。

そのアイディアはいつ頃から頭の中にあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:アイデア自体はずっと前から頭の中にありはしたんだ。でもいまになって、それをじっくりと音楽で表現したいと思うようになったんだよね。僕のアルバムのほとんどは、僕の頭の中で交わされる会話から生まれたもの。それが今回は「変化するもの」だったんだ。特別何か理由があったわけではなく、ただそれについて表現したいと思った。もしかしたら、それは自分がこれまでずっと自分が何を考えるかとか、自分のメンタルヘルスのことを話してきたからかも。それってつまりは、自分が自分のことをどう思うかってことだよね。でも、「無限の可能性」はそれとはちょっと違う。自分のことではなくて、いまの自分に自分を導いてきた出来事や行動についての話だから。

僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は人生はそんなものじゃない。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。

面白いですね。では、いくつか収録曲について聞かせて下さい。“フォワード” は1950年代から60年代にかけてのチャールズ・ミンガスやマックス・ローチのようなビッグ・バンドによるハード・バップ調の始まりです。ジャズ・ロックやフュージョン的ないままでのあなたの作品にはあまりなかったタイプの曲ですが、これまでとは何か違うイメージが生まれてきたのでしょうか?

アルファ・ミスト:これはさっき話した可能性に関係している。僕が最初にピアノを習ったとき、できる限りジャズ調の音楽を作り続けて、もっとジャズよりの音楽を作り続けて、さらに時間をさかのぼって伝統的なものを作ることだってできたわけだよね。つまり、それができる可能性もあったということ。この曲はその可能性についての曲で、自分が伝統的な曲を作ろうと精一杯頑張ってみたらどんな曲ができるかが形になっているんだ。だから、この曲では自分自身は普段はあまり演奏しないけれど、聴くのは大好きな、僕自身が心から尊敬している音楽で幕を開ける。作りたければ、こういう曲だけでアルバムを作ることもできるんだけど、この要素はあくまでも自分が好きなたくさんある要素のひとつで、全てではない。でも、これも僕が持っている可能性のひとつなんだ。確かにいままでこういう音楽も好きだということを、自分の音楽で説明したことはなかったかもしれない。ずっと好きではあるんだけど、こういうサウンドを取り入れようとしたことはなかったかも。だからこそ、今回のアルバムにそれを取り入れたかったんだと思う。

今回はそういった音楽を作る心の準備がもっとできていたと思いますか?

アルファ・ミスト:そうなんだ。聴くのが好きだからって、演奏したくてもそれが演奏できるとは限らない。この曲だってそれを完全に演奏できてるとは思わないしね。でも、これは僕が持つ可能性なんだ。僕が聴いてきた素晴らしい音楽ではないけれど、僕が作った僕のヴァージョンなんだよ。

チャールズ・ミンガスやマックス・ローチの話を続けると、彼らは作品に人種差別の反対など政治的な主張を投影することもあり、ジャズとポエトリー・リーディングの融合なども試みました。それは現在のジャズとヒップホップやラップの関係にもなぞることができると思います。あなたはこれまでジャズとヒップホップの融合をおこなってきて、自分でラップもしますし、『ブリング・バックス』では著述家のヒラリー・トーマスのポエトリー・リーディングもフィーチャーしていましたが、こうした活動は何か意識しておこなっているのでしょうか?

アルファ・ミスト:インストの音楽だと、アーティストのメッセージが伝わりきれないと思うんだ。でも、スポークンワードやポエトリー・リーディングが入ると、はっきりとそのアルバムの内容が伝わって誤解が生まれにくくなる。メッセージによりフォーカスを置くことができるんだよね。だから、これまでのアルバムではそうやってメッセージや内容をよりクリアにしてきた。でも、今回のアルバムではそこから一歩引いているんだ。一曲だけラップしている曲があるけどね。あの曲だけは自分が何を言いたいかをはっきりと伝えたかったから。でも、今回は全ての曲でラップをしてはいない。今回はリスナーに曲の解釈をまかせたかったんだ。全ての人が僕と同じように育ったわけじゃない。だから、僕が作ったものを全ての人が僕と全く同じように受け取る必要はないんだよ。今回は自分の経験や生き方、感じ方に合わせて皆に自由に曲から何かを感じて欲しいと思った。そういうわけで、『ヴァリアブルズ』ではメッセージを明確にすることから一歩引いたんだ。ラップをしているのは1、2曲だけ。その曲以外は曲の解釈はリスナー次第で、その人の好きなように理解して、好きなように感じて欲しい。その曲が何を意味するかは、聴く人自身で決めて欲しいんだ。

それによって、より多くの人が作品に繋がりを感じることができるかもしれませんね。

アルファ・ミスト:その通り。そうすることで、より多くの人を迎え入れることができるからね。

今回のアルバムでは数少ない、あなたがラップを披露している “ボーダーライン” では自然対育成の議論をしているとのことですが、具体的にどんなメッセージを持つ曲なのでしょう?

アルファ・ミスト:そう、その曲では自分が言いたいことがかなり明確だった。だから、はっきりとそれを示しているんだ。僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。これまで一度もロンドンを出たことはなかったし、自分のまわりにあるものしか見たことがなかったんだ。僕の友人たちやまわりにいる人たちは、誰もが成功するために戦っていた。そして僕らは、僕らと同じような人たちの中に、3つのタイプの成功者しか見たことがなかったんだ。そのうちふたつはテレビで見る人たち。有名なミュージシャンかサッカーみたいなスポーツ選手。そしてもうひとつはテレビに映っていない人たちで、僕たちの地域でTVに映っていない有名人とは犯罪者だったんだ。自分たちの目で実際に見ることができた有名人は犯罪者たちだけ。だから僕たちは、有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は、人生はそんなものじゃない。僕たちはただ狭い世界の中にいたから、それを知らなかっただけなんだ。そんな風に視野が狭くなってしまう理由はたくさんあって、それは子どもたちのせいじゃない。その地域がそういう場所になってしまっていたから、仕方がないんだよ。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。誰もができる普通のことでも成功できるなんて知らなかった。それが可能だなんて思いもしなかった。有名になるにはその3択しかないなんて間違った考え方なんだけど、僕らはそれが間違いだと知らなかったんだ。“ボーダーライン” では昔そんな風に考えていたあの頃に心を戻し、そこから抜け出そうとしているんだ。
 多くの物事を見れば見るほど、そこから抜け出せる。例えば僕の場合、ロンドンを出てから田舎や木々、家、木を見るようになった。そういうのって、それまではテレビでしか見たことなかったのに。あるひとつのエリアを出れば、自分の知っているもの以上のものがこの世にはたくさん存在していることに気づき、マインドが広がるんだよ。だから、旅ってすごく良いものだと思うんだ。違う国や異なる文化圏に行けば、問題が自分だけのものでないことにも気づけるし、ある地域でこういう人間でいなければいけない、みたいなプレッシャーもなくなる。自分の世界以外にも世界は存在し、異なる生き方をしている人たちがいるということを知ると、僕はとても落ち着くんだよね。リラックスして、より大きなヴィジョンで物事を考えることができるようになる。そうなれば自分が好きなことができるし、存在することが心地よくなるんだ。

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ドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。

“エイジド・アイズ” はカヤ・トーマス・ダイクの繊細な歌声が美しいフォーク調のナンバーです。彼女とは長年に渡ってコラボを続けていますが、どんな魅力を持つミュージシャンですか?

アルファ・ミスト:彼女は本当にすごい。単にミュージシャンとしてだけじゃなく、僕がこれまでに出した全てのアルバムのアートワークも手がけてくれているんだ。もちろん今回のアルバムのアートワークもそう。彼女は素晴らしいヴィジュアル・アーティストでもあるんだよ。ヴォーカルに関しては、彼女は僕と違うタイプだと思う。僕は自分ができることを見つけて、それを磨いていこうとするタイプなんだけど、彼女はたまにいる、何をやっても上手いアーティストだから。たまに何でもできるうらやましい人たちっているよね(笑)。彼女もそのひとり。そんな彼女と一緒に仕事ができるなんて最高だよ。いま、彼女は自分の作品にも取り組んでいるところなんだけど、それがリリースされるのが待ち遠しい。『ヴァリアブルズ』がリリースされるのは〈アンチ〉だから違うけど、僕のレーベルの〈セキト〉では、僕のまわりにいる素晴らしいミュージシャンたちの背中を押し、彼らの作品をリリースして、世界に広げていきたいんだ。去年はジェイミー・リーミングのアルバムを出したし、ジョニー・ウッドハムも最近ジェイ・スフィンクス(JSPHYNX)の名義でアルバムを出した。僕は自分のまわりで音楽を作っている人たち皆に輝いて欲しいんだよね。そして、その光を世界とシェアすることで、そのミュージシャンたちが前進することができる。その力になることが僕の望みなんだ。

カヤの声のどんな部分が特に素晴らしいと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女の声は今年録られたものに聴こえない。いつの時代の声なのかわからない部分が魅力なんだ。1960年代の声にも聴こえるし、1970年代の声にも聴こえる。彼女のあの時代を超えた独特の声は本当に素晴らしい。声に込められた彼女の感情が、僕たちをタイムスリップさせてくれるんだ。

自分がいま作る作品をタイムレスなものにするのは、すごく難しいことですよね。

アルファ・ミスト:かなりね。“今” という時代に縛られたサウンドにしないためには、目をつぶって周囲にあるものを全部シャットダウンしなければいけない。まわりから気をそらされることなく、ただただ自分が好きなものを作ろうとしないと。それができれば時代に縛られない作品を作ることができると思う。

タイムレスな音楽を作るということは、あなたにとって重要なことなのでしょうか? 何か意識してそうしようとはしていますか?

アルファ・ミスト:あえてタイムレスなものを作ろうとはしていない。でも、自分が作っている音楽が、自分自身が好きな音楽であることは常に意識しているし、自分の音楽にとって重要なことだね。心がけているのは新しいトレンドに乗ることなく、皆がやっているから自分もやらなければいけないというプレッシャーを感じることもなく、自分の音楽を作ること。周囲を見渡して何かを真似することだけは絶対にしないようにしている。もしいまの流行りで自分が気に入ったものがあればそれを取り入れることはしていいと思うし、まわりで何が起こっているのか見渡すことはもちろんある。でも、それはあくまでも耳を傾けてほかのこと、新しいことを学び視野を広げるためなんだ。それを取り入れたとしても、それがもし本当に自分が好きだから取り入れたのだとしたら、そのサウンドは自分から発信しているものにちゃんと聴こえると思うしね。例えそれが自分のまわりにあるもの、影響を受けたものから生まれたものであっても、ちゃんと自分自身が心から好きなものである限り、それは自分の作品に聴こえると思う。

“アフォ” は南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーしていて、牧歌風の野趣溢れる楽曲となっています。これもいままでのあなたの作品とは異なるタイプの楽曲かと思いますが、彼と共演するようになったきっかけは何でしょう?

アルファ・ミスト:彼は南アフリカの出身で、彼が自分の言語で曲の歌詞を書いたから、タイトルも彼につけてもらったんだ。南アフリカって11言語くらい話されているらしいんだけど、彼がそのうちのどの言語で歌詞を書いたのかはわからない。僕はもちろんその言語を理解できないから、内容を知るために英語に訳してもらわなければいけなかったしね。彼の音楽には本当に強い感情が込められているんだ。僕は自分が音楽を聴くときに感情を求める。だから、自分の音楽にもそれをもたせたいと思って彼を選んだよ。彼とのコラボは僕にとって、一緒に演奏をしたことのないミュージシャンとの初めてのコラボだった。これまでお互いをそこまで知らないアーティストと一緒にコラボしたことはなかったからね。でも、今回は彼を招くことが重要だと思ったんだ。前に南アフリカに行ったときに南アフリカの音楽シーンの素晴らしさ、彼らが作る音楽の素晴らしさを知って、とにかくボンゲジウェと一緒に作品を作りたいと思ったんだよ。

いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなもの。

彼とはどのようにして一緒に仕事をする機会を得たのでしょう?

アルファ・ミスト:まず、僕が彼の音楽を見つけたんだ。どうやって見つけたのかまでは覚えてないけど、スポティファイとか、オンラインのどこかだったと思う。僕はフォーク・ミュージックを演奏している黒人ミュージシャンに興味があるんだけど、ギターを使ったアフリカ音楽を探していたときに彼の音楽を見つけたんだ。聴いてすぐに、すごく良いと思った。そしたら、ラッキーなことに僕のマネージメントが彼と以前仕事をしたことがあって、彼らがボンゲジウェに連絡してくれたんだ。

“サイクルズ” はあなたのエレピにギターやサックスなどが絡んで織り成すメランコリックなサウンドが特徴的です。『ブリング・バックス』やそれ以前からもこうしたダークで抒情的なサウンドがあなたのトレードマークと言え、それは映画音楽にも通じるものですが、こうしたサウンドの原風景となっているものは何でしょう?

アルファ・ミスト:多分、それだけが僕が作れるサウンドなんじゃないかな。僕はヴィジュアル・アートに興味があるし、さっきも言ったけど僕にとって感情と音楽は繋がっているから。僕が興味を持っていること、夢中になっていること、感じていることが自然と音楽に反映されているんだと思う。音楽を作るときは、できるだけ自分に対して正直で、リアルである必要があると思うんだよね。僕はそうやってアルバムを作ってきたから、多分僕が持っている感情が音楽に伝わって、そのヴィジュアルを思い起こさせるものができ上がってるんじゃないかな。

意識的にそのようなサウンドを作ろうとしているわけではないんですね?

アルファ・ミスト:そうではないね。もちろん、数学的に音楽を作ることもきっと楽しいとは思うけど。僕自身もドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。ピアノもギターもそう。ドラムと違って僕はピアノの全てを知らないし、技術的に正しく弾くことができない。知らないことも多いし、自分の頭の中にあるものをどうにかそれを使って表現してみようという段階にいるんだ。でも、それが逆にいいと思う。決まりを知ってしまうと、そこから動けなくなってしまうからね。あえてマスターし過ぎず、新しいことを自分で自然に発見し続けていくほうがいいと思うんだ。

“ゲンダ” は民族音楽調の作品で、土着的なリズムが特徴です。アフリカ音楽など何か題材となっているものがあるのでしょうか? ロンドン生まれの黒人第2世代として、あなたのルーツが反映されているのかなと……

アルファ・ミスト:僕の母親はウガンダ出身で、僕はロンドンで生まれたけど、家系的にはウガンダ人。そしてウガンダ語で、「Genda(ゲンダ)」というのは「Go Away(あっちへ行きなさい)」という意味。子どもの頃、母はよく僕にウガンダ語で話しかけてくれた。母が話していたのはウガンダで話されている言語のひとつ、ルガンダ語。僕はその言葉を理解することはできたんだけど、英語で返事をしても通じるからルガンダ語を自分で使うことはなく、学ぶ必要性もなかったから話すことはできないんだ。子どもに話すときって、指示することが多いよね? だから最初に覚えたのは、「止まれ」、「こっちに来なさい」、「あっちへ行きなさい」だった。でも “ゲンダ” は「消えろ」みたいな厳しい言葉ではなくて、遊び感覚で使う感じ。僕にとってこれは親近感がある言葉で、母がそう言っていたのをよく覚えているんだ。
“ゲンダ” では僕の姪っ子が一緒に歌ってくれている。彼女に歌ってほしかったんだ。僕と姉はロンドンで生まれたけど、親がウガンダ生まれだった。でも姪っ子は、もちろん僕らの次の世代で、親からさえもルガンダ語を聞かずに育つわけだよね。“ゲンダ” を聴いたら、ウガンダの人たちは「それは正しいアクセントじゃない」ってきっと言うと思う。でも、ロンドンに住んでいる僕らにとってはあれが僕らのアクセントなんだ。僕にとっては正しい発音はどうでもよかった。それよりも、僕にとってリアルなものにするほうが大切だったからね。ウガンダに行ってウガンダの聖歌隊に歌ってもらうことだってできたのかもしれないけど、それは僕がしたいことではなかった。そうじゃなくて、姪っ子にそのフレーズを教えて、ふたりで一緒に歌いたかったんだ。それが、僕たち家族の言語だから。あれは楽しい経験だったし、曲を想像以上にリアルにしてくれたと思う。

サウンド的にも参考にしたものは特になかったですか?

アルファ・ミスト:もしかしたら、リズム的にはアフリカ音楽の影響を受けているかもしれない。でも僕にとっては、全てがアフリカの影響だと言えるんだけどね。だって、僕はアフリカ人だから。まあでも、ビートは特にアフリカ音楽の影響があると思う。アフロ・ビートみたいなフィーリングかな。あの曲のハーモニーはすごく感情的で、コーラスはどちらかといえば悲しい感じだと思うんだけど、ビートはすごく生き生きしていて、僕にとっては南アフリカのアマピアノを思い起こさせる。生き生きしたビートと静かで悲しげなハーモニーの組み合わせ。実際のアマピアノとは全然違うかもしれないけど、僕自身があの曲を説明するとしたらその言葉を使うかな。

“BC” はマハヴィシュヌ・オーケストラのようなジャズ・ロックで、“ヴァリアブルズ” もジェイミー・ホートンのギターがジョン・マクラフリン張りに印象に残ります。マハヴィシュヌ・オーケストラやリターン・トゥ・フォーエヴァーなど、1970年代のフュージョン・サウンドが何かあなたに影響を及ぼしているところはありますか?

アルファ・ミスト:僕にとっての1970年代の魅力は、70年代に作られた5枚、10枚、15枚のアルバムがあったら、そのどれもが全然違う作品であり得ること。だから、“70代フュージョン” って言葉があるんだよ。ジャンルをどうカテゴライズしていいかわからない音楽がたくさんあったから。ギターが3本あっても4本あってもいい。それくらい何でもアリだったからね。マハヴィシュヌ・オーケストラもそうだった。ディストーションのかかったギターの上にストリングスが乗せられ、ドラムもあったり。あの頃は、全ての人びとが自分独特のアプローチを持っていた。僕はあの自由なアプローチとスピリットに影響を受けていると思う。“BC” はジャングルやドラムンベースの影響も受けている曲だけど、演奏のアプローチは70年代と同じで、ほとんどが即興なんだ。演奏してみるまで何が起こるかわからない。そして何かが起これば、それをそのまま活かす。そんな感じ。それは僕が好む音楽へのアプローチで、よく人びとは僕の音楽をジャズと呼ぶけど、ジャズではそうしたことがしょっちゅう起こっている。この曲では、ジャズ・ミュージシャンや70年代のフュージョン・サウンドのアーティストのように、自分がやりたいことを数分間やり続けて音楽を作っていく、というアプローチとスピリットをエンジョイしているんだ。

“4th Feb(ステイ・アウェイク)” はロイ・エアーズのようなメロウ・グルーヴにラップをフィーチャーしています。一方で後半から女性のワードレス・ヴォイスとストリングスが登場し、前半とはまた異なるムードを持つ楽曲となっています。こうした異質の要素を融合するところもあなたの才能のひとつだと思いますが、いかがでしょうか?

アルファ・ミスト:あの曲ではラップがチェロの四重奏に変わる。あのチェロの部分では、ペギー・ノーランっていうチェロ奏者に参加してもらったんだ。僕は人が予測できないことをするのが好きなんだよね。例えば、まさかラップが最後にはストリング・カルテットに変わるなんて、誰も考えないと思う。そこで、僕はラップもストリングスも好きだから、それをひとつの曲で取り入れることにしたんだ。そのふたつを分けないといけないという決まりはないしね。ラップのトラックって普通の曲と違って実はいろいろなものが共存できるものだと思うんだ。それがヒップホップだと僕は思う。僕が音楽を作り始めたときは、映画のサントラを持ってきて、そこにドラムやベースを乗せたりなんかもしてた。でもいまは最初から自分で作っているので、もっといろいろなことができるんだよね。自分が好きなものを、気分次第で好きに組み合わせることができる。それが楽しいんだ。

最後に、リスナーに向けて『ヴァリアブルズ』が持つメッセージをお聞かせください。

アルファ・ミスト:僕からのメッセージは、この世には様々な方法や道があるということ。いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。そして、誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは、僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなものなんだ。その過程であらゆる可能性を探っている。さっきも言ったように、10曲のトラックとは10種類のアルバムができる可能性だからね。

ありがとうございました。

アルファ・ミスト:ありがとう。6月に来日して、ショーで皆に会えるのを楽しみにしているよ。

アルファ・ミスト来日公演情報

6月5日(月):Billboard Live OSAKA
6月7日(水):Billboard Live TOKYO
6月8日(木):Billboard Live YOKOHAMA

詳細はこちら:https://smash-jpn.com/live/?id=3896

NAKAMURA Hiroyuki - ele-king

 なんて爽やかな「ピアノ・アルバム」だろう。
 綺麗で、楽しい。伸びやかだけど、整っている。風のように爽やかで、透明なピアノ。「音楽」を全身で追求し、そしてそれを楽しんでいるさまが、音のすみずみから聴こえてくる。

 なんて精密な「ピアノ・アルバム」だろう。
 コード、旋律、演奏、サウンド。そのすべてが計算され、磨き上げられ、傷ひとつない結晶体=サウンドスケープを形成している。映画のように味わい深い音響がここにある。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴いて、まずはそんなことを思った。リリースはブルックリンのレーベル〈Youngbloods〉。

 NAKAMURA Hiroyukiは、ピアニスト、電子音楽家、作曲家である。彼はサックス奏者にしてミキシング・エンジニアの宇津木紘一とのエレクトロニカ・ユニット UN.a のメンバーとしてエレクトロニカ・ファンによく知られた存在だ。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴き、私は彼は作曲・演奏家としても一流だが、音響作家/サウンド・デザイナーとしても卓抜したセンスと技量を持っていると確信した。とうぜん、音楽も徹底的に分析している。
 だが彼の音楽は実験のためだけにあるわけではない。その音には「音楽へのよろこび」にあふれている。これが重要だ。

 華麗さと緻密さ。喜びと分析。音楽と音響。
 そのふたつが共存することに、まったく矛盾がない作品である。どうしてだろう?と思いつつ、NAKAMURA Hiroyuki のnoteを読んでいると次のようなことが書いてあった。少し長くなるが大切なことなので引用しておきたい。

あなたとの距離。

複雑さを受け入れていく音楽。

 クラシック、ジャズ、エレクトロニカ、音響が一つの物語となった新しいピアノの表現。
 シューマンの「子供の情景」にインスパイアされ制作しました。

電子音は全てピアノの音から制作されています。

 「複雑さを受け入れること」。
 この言葉に本作のすべてがあると思った。音と音の複雑な交錯。その「複雑さ」にこそ、音楽の美しさがある。いや音楽の未来があるとでもいうべきか。われわれの耳は多様な音のうごきを感じることができるのだ。このアルバムは、われわれの耳の可能性を信じている。「あなたとの距離」。

 しかも驚いたことに「電子音」はすべてピアノから作られた音なのだという(!)。これには驚いた。もちろん技術的には可能なことなのだろうが、本作を「ピアノ・アルバム」とするという「意志」に驚いたのだ。
 さらに重要なのは、シューマンの「子供の情景」にインスパイアされているという点である。あのシューマンのロマンティックなピュアで、「子供の心を描いた、大人のための作品」という曲に。まさに本作のようではないか。

 彼はこうも書いている。

本アルバムは、シューマン以外にもフランクオーシャンの[ブロンド]から影響を受けています。 また、アジア人であることを意識し、ノイズと捉えられる音も意図的に取り入れています。

 この作曲者自身の言葉を読むと、このアルバムについて明晰に説明されており、もはや何も書くことがないように思える。ロマンティックなピュアさ(シューマン)。深いアンビエンス(フランク・オーシャン)。そしてアジア的なノイズへの意識/感覚。

 アルバム1曲目 “Distance” は環境音的な音から幕をあける。その後、滴り落ちるようなピアノといくつもの心地よいノイズが折り重なり、踊るように楽しげなピアノ演奏になる。SF的な仮想空間における輪舞曲のようなピアノ曲だ。
 2曲目 “Sing” はジャズとも無調とも印象派的ともとれる静謐な端正なピアノに微かにミニマムなノイズが絡みあう曲だ。3曲目 “Lay” はダイナミックなアルペジオから始まる力強い曲である。
 以降、アルバムは変装と即興と作曲を織り交ぜながら、蒼穹のごとき爽やかな和声と煌めくような旋律と、映画のように味わい深く精密なサウンドスケープを同時に展開する。
 海外のヨハン・ヨハンソンやニルス・フラームのポスト・クラシカル勢とは異なるジャズ風味がミックスされた新しいクラシカル・ミュージックとでもいうべきか。

 アルバム中、もっとも気になった曲は、やや暗い曲調で展開する6曲目 “Tomtom” だ。20世紀後半のクラシック音楽的な無調の響きが、やがてジャズ的な響きに変化し、ドローンやアンビエンスが変化していく。さまざまな音が折り重なるが、静謐なムードは保たれる。
 いうならば静かなエモーショナルとでもいうべきか。いくつもの相反する要素が静かな水面のむこうに渦巻くように展開している曲に思えた。
 どうやら NAKAMURA Hiroyuki が20歳のときに作曲した曲のようである(https://note.com/bbmusic/n/n9404e596804d)。私はカオスの先に、最後の最後に表出するエレガンスなピアノがたまらなく好きだ。

 やがて最終曲にしてアルバム・タイトル曲でもある7曲目 “Look Up At the Stars” へと至る。煌びやかで華やかに始まったこのアルバムは、うす暗い陰影に満ちた音世界(ノイズと音楽の交錯)を抜けて、静謐にして透明な音楽世界へとに行き着くわけだ。
 ノイズですら光景のひとつとして認識するアジア的な感覚と西洋の構築された音楽・和声の交錯のはてに行きつく、静謐な星空のような音世界に。

 この美しい音楽の結晶体を簡単に表現するなら、こうなる。
 
 春風か夏の空のような爽やかな「ピアノ・アルバム」。
 心の奥深く潜っていくような静謐な「ピアノ・アルバム」。
 映画のようなサウンドスケープを展開する緻密な音響の「ピアノ・アルバム」。

 そしてこの相反する三つのエレメントがまったく矛盾することなく交錯する点が重要なのだ。音楽と音響の豊かさの結晶とでもいうべきかもしれない。

 繰り返し聴き込むほどに、発見と味わいが増してくるアルバムだろう。ピアノのクリスタルな音、華麗な演奏と旋律、細やかで静謐なサウンドスケープ。そのどれもが耳に染み込んでくるような美しく、心地よい。
 「新しいモダン・クラシカル・ミュージック」がここにある。ぜひとも多くの人の耳を潤してほしいアルバムだ。

Liturgy - ele-king

 ピンクパンサレスやニア・アーカイヴズがドラムンベースを、オリヴィア・ロドリゴや WILLOW がポップ・パンクを再編集しリヴァイヴァル・ヒットさせたというのは、つまりマチズモの解体や柔軟なサウンド演出には少なからず女性性に立脚した視点が必要だったということだろう。ヒップホップにおいてジャージー・クラブのリズムを導入し、ラップ・ゲームに軽やかさという新たなムードを打ち立て TikTok を賑わせているのは、海外だとアイス・スパイスであり国内だと LANA である。クィアな世界観を持ち込むことで、ラウド・ロックにおいて近いことを成し遂げているのはマネスキンかもしれない。

 では、メタルといういささか異質なジャンルにおいてはどうだろうか。メタルは基本的に重さ/速さ/激しさといったエクストリーム化を志向するため、軽やかさというベクトルを欲していない。けれども、実は一部のジャンル内ジャンルにおいては、極めて早い段階からメタル的価値観に対する解体が試行錯誤されていた事実を忘れてはならない。

 それがまさしく、本稿のテーマとなるブラック・メタルである。サタニックな世界観とともに惨烈なニュースばかりが紹介されがちなこのジャンルだが、実は以前から非常に包括的かつ柔軟な音楽性を持ち合わせていた。90年代にデビューしたメイヘムや Dødheimsgard に始まり、ブラックゲイズの先駆者となった00年代のブルート・アウス・ノートに至るまで、シンセサイザーを中心とした電子音、メタルらしからぬ過度なリヴァーブ、現代音楽やジャズといった異ジャンルの音楽性を貪欲に取り入れ、いわばブラック・メタルという枠組みの内側から練り上げる形で前衛性を獲得していったバンドが多く存在したのである。メタル音楽を表現する際に頻繁に使われる「ソリッドな」「メリハリの効いた」「アグレッション」といった言葉は、つまりメタルが攻撃的かつ切れ味あるサウンドで空間を切り裂き明確な境界を提示するがゆえの表現だが、その境界線をやや曖昧なニュアンスで滲ませてきたのがブラック・メタルではないだろうか。

 もっとも、この音楽が優れた曖昧さを最も効果的に発揮するのは2010年代以降のことである。ブラック・メタルの包括性という側面において決定打となった一手が、2013年リリースのデフヘヴン『Sunbather』であることに異論を唱える者はいまい。彼らはメタル的な輪郭の生成に対し本格的な揺らぎを持ち込んだが、むしろそれはブラックメタルだったからこそ成立したとも言えるだろう。いつの時代においても越境的/抽象的な音を奏でるバンドに対しては批判の声が大きいメタル・シーンだが、このジャンルはある程度そういった議論の余地を用意しながらも自律的で前向きな成長を遂げてきたように思う。だからこそ、近年は、ジェンダー観点でのアイデンティティの揺らぎ~確立をブラック・メタルという様式に投影した作品を作り上げるような動きが一部で見られている。アンビエンスなムードを漂わせながらミニマルな音でアプローチする女性SSWのチェルシー・ウルフ、性的暴行を受けた経験により合意なきセックスへのアンチテーゼを楽曲へ反映し続ける GGGOLDDD、トランス女性としてブラック・メタルの成分を吸収し無秩序なキメラ・サウンドをぶちまけるジ・エフェメロン・ループなど、枚挙に暇がない。そして、その代表的な人物となるのが、リタジーの中心を担うラヴェンナ・ハント・ヘンドリクスである。

 2020年5月にトランス女性であることを公表したラヴェンナは、リタジーを率いながらこれまで5枚のアルバムをリリースしてきた。6作目となる最新作『93696』では、バンドが試してきたあらゆるアプローチ──哲学をもとにした深遠なコンセプト、重層的なトレモロ・ギター、絶え間ないクレッシェンド、トラップのリズム、突如挿入されるグリッチ音、壮大なオーケストレーション、現代音楽を参照したような不協和音──それら全てを融合させることで、集大成的な彩りを見せている。冒頭の “Djennaration” から、ヒップホップを間に挟みつつシンフォニックな攻撃性がシームレスに繋がれるさまに驚くほかない。以前から「ブラック・メタルはロックというフレームとその楽器を使ってクラシックを作るもの」と発言してきたラヴェンナらしく、本作もアルバムはいくつかのまとまり≒楽章に分かれ、楽器のみで世界観を構築していくインスト曲も多く収録されている。執拗な反復とその先にある上昇が解放感を生み出すという点で、そもそものメタル作品としての完成度が高い。リタジーの最高傑作であるのはもちろんのこと、近年のメタル・シーンを見渡しても指折りの出来だろう。

 けれども、『93696』が胸を打つ理由はそれだけにとどまらない。まず、破裂するかのような勢いで叩かれるドラムの音がプリミティヴに響くさま、そのクリアな質感が生々しいフィジカリティを表出させる点。次に、ドラムにとどまらず、バンド・サウンドを形成する鮮やかな音それぞれが緊張感に支えられ均衡している点。ラヴェンナが「バンドの一体感が欲しかったから、今回はよりライヴに近い音で録りたいと思った。もともとこのバンドのバックグラウンドがパンクだったということもあるんだけど、アルバム自体がこうしたライヴ感で作られることが最近非常に少なくなってきているからね」と述べている通り、肉体性を獲得するようなパンクの要素に加え、各楽器の力関係が拮抗しバランスが釣り合い保たれるようなサウンドが鳴っているのだ。その効果は、プロデュースに入ったスティーヴ・アルビニ、ミキシングを担当したセス・マンチェスターの力量によるところが大きいのだろう。

 そして以上のようなアプローチは、ブラック・メタルの様式に対するクリティカルな打ち手にもなり得る。ひとつは、ときに思想を強く投影したコンセプトによって観念的になりがちなこのジャンルに対し、地に足の着いたフィジカリティを与えるという意味で。「独りブラック・メタル」という形容があるように、このジャンルにはたとえバンド編成であったとしても中心人物のワンマン・プロジェクトと化しステートメントのBGMとして楽曲が添えられてしまうような倒錯性がある。本作はその倒錯を振り払い、パンク由来の肉体感を巡らせることに尽力する。さらにもうひとつは、トレモロ・ギターとブラスト・ビートの応酬により極端に偏重しがちなサウンドに対し、「調和」という反‐ブラック・メタルとも言える均衡を作り出しているという意味で。クリアなバンド・サウンドを構成するどの楽器についても均等に音が引き出され緻密なバランスを保つがゆえに、極めて繊細な音の鳴りに浸ることができる。

 リタジーは、リスナーを自己発見と自己実現に向かわせることをステートメントに掲げているからこそ、『93696』はただただ圧倒的な完成度を誇示する「だけ」の作品ではない。本作は、既存のブラック・メタルの方法論を踏襲しながらも、パンク由来の肉体性と繊細な均衡によって反‐ブラック・メタルとしての魅力を奏でるのだ。ジャンルに倣いながらもジャンル内で揺らぎ前衛を編み出していくこと──それは、まさしくリタジーとしての活動を展開していく中でトランス女性であることを公表することになった、ラヴェンナ自身の姿と重なりやしないだろうか。『93696』はラヴェンナのアイデンティティが存分に反映された、メタルというジャンルのジェンダー観を捉え直すには格好の、重要な作品である。

Boris - ele-king

 去る2022年、30周年記念アルバム『Heavy Rocks』をリリースしたBoris。同作を引っ提げたツアーは北米、オーストラリアをめぐり終え、今月末からは欧州ツアーがはじまる(最終日は6月8日、スペインのプリマヴェーラ・サウンド)。それに先がけ、昨年LAおよびサンフランシスコでおこなわれたパフォーマンスの映像が公開されている。チェックしておきましょう。

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