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Nas

Hip Hop

Nas

King's Disease

Mass Appeal

大前至   Oct 06,2020 UP

 90年代にデビューした年齢的にも現在40代後半以降のラッパーのなかで、いまもなおヒップホップ・シーンおよび広くアメリカ社会に対しても大きな影響力を持つアーティストとして真っ先に名前の挙がるのは、おそらく Jay-Z と Nas のふたりであろう。アーティストとしての活動だけでなく、ビジネスマンとしても(それぞれ規模の違いはあれど)大きな成功を収めているふたりであるが、自らのレーベルである〈Mass Appeal〉を通じてアンダーグラウンドなシーンのサポートなども積極的に行なっている Nas は、リリース作品に関しても年々よりストイックな方向性を貫いているように感じる。
 Kanye West をトータル・プロデューサーとして迎え、ソロ・アルバムとしては6年ぶりのリリースとなった前作『Nasir』に続く今回のアルバム『King's Disease』では、Jay-Z、Kanye West、BeyoncéASAP Rocky、Drake、Kendrick Lamar、Jay Park など錚々たるアーティストたちの楽曲を手がけてきた Hit-Boy が全曲のプロデュースを担当。様々なヴァリエーションのサウンド・スタイルでありながらも、そこには一本の真っ直ぐな芯が貫かれており、ワンパッケージのアルバムとして非常に完成度の高い作品に仕上がっている。
 先行シングル曲でもある “Ultra Black” は間違いなく本作を象徴する一曲であるが、タイトルが示す通り、BLMムーヴメントとも連動して、Nas の黒人としての高いプライドがこの曲には込められている。様々なヒットチューンを生んできた Hit-Boy であるが、この曲のサウンドはサンプリングを多用し、おそらく楽器も足しながら全体のトーンをコントロールして抑制を効かせることで、Nas のラップのなかにあるエモーショナルな部分を見事に引き出す。Lil Durk と共に黒人女性の持つ強さについてラップする “Til the War Is Won” や、さらに直接的に切り込んだ “The Definition” など、“Ultra Black” と同様にBLMと深くリンクした曲を盛り込む一方で、Big Sean をフィーチャした “Replace Me” や Anderson .Paak との“All Bad” では恋愛(および失恋)をテーマにしていたりと、このリリックのトピックの振れ幅も実に Nas らしい。そして、サンプリングと打ち込みのビートのバランス感が絶妙な Hit-Boy のトラックとの相性も実に見事だ。その反動というわけでもないだろうが、ボーナストラック的なラストチューンの “Spicy” では Fivio Foreign と ASAP Ferg というヤンチャな若手勢を引き連れながら、強烈なトラップ・ビートの上でダーティなストリート臭を思いっきり吐き出すのもまた痛快である。
 本作の最大のサプライズが、90年代に Nas が一時的に組んでいたスーパーグループ、The Firm のメンバーである AZ、Foxy Brown、Cormega が参加した “Full Circle” という曲だ。The Firm、あるいは Nas “Life's A Bitch” をリアルタイムに聞いていた人であれば、AZ が登場する瞬間、頭が20年以上前に持っていかれる感覚になるだろうし、Foxy Brown の相変わらずのラップの格好良さに身震いするだろう。さらにこの曲の最後にシークレットゲストとして The Firm のプロデューサーでもあった Dr. Dre がスピットする演出も実に見事としか言いようがない。
 ベテランならではの貫禄を見せながら、通算13枚目というアルバムでこれだけ強い満足感を与えてくれる Nas。まだまだ枯れることのない彼のクリエイティヴィティが今後も末長く続くことを期待したい。

大前至

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