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Liturgy

Black MetalExperimental

Liturgy

93696

Thrill Jockey / Daymare Recordings

つやちゃん Apr 18,2023 UP

 ピンクパンサレスやニア・アーカイヴズがドラムンベースを、オリヴィア・ロドリゴや WILLOW がポップ・パンクを再編集しリヴァイヴァル・ヒットさせたというのは、つまりマチズモの解体や柔軟なサウンド演出には少なからず女性性に立脚した視点が必要だったということだろう。ヒップホップにおいてジャージー・クラブのリズムを導入し、ラップ・ゲームに軽やかさという新たなムードを打ち立て TikTok を賑わせているのは、海外だとアイス・スパイスであり国内だと LANA である。クィアな世界観を持ち込むことで、ラウド・ロックにおいて近いことを成し遂げているのはマネスキンかもしれない。

 では、メタルといういささか異質なジャンルにおいてはどうだろうか。メタルは基本的に重さ/速さ/激しさといったエクストリーム化を志向するため、軽やかさというベクトルを欲していない。けれども、実は一部のジャンル内ジャンルにおいては、極めて早い段階からメタル的価値観に対する解体が試行錯誤されていた事実を忘れてはならない。

 それがまさしく、本稿のテーマとなるブラック・メタルである。サタニックな世界観とともに惨烈なニュースばかりが紹介されがちなこのジャンルだが、実は以前から非常に包括的かつ柔軟な音楽性を持ち合わせていた。90年代にデビューしたメイヘムや Dødheimsgard に始まり、ブラックゲイズの先駆者となった00年代のブルート・アウス・ノートに至るまで、シンセサイザーを中心とした電子音、メタルらしからぬ過度なリヴァーブ、現代音楽やジャズといった異ジャンルの音楽性を貪欲に取り入れ、いわばブラック・メタルという枠組みの内側から練り上げる形で前衛性を獲得していったバンドが多く存在したのである。メタル音楽を表現する際に頻繁に使われる「ソリッドな」「メリハリの効いた」「アグレッション」といった言葉は、つまりメタルが攻撃的かつ切れ味あるサウンドで空間を切り裂き明確な境界を提示するがゆえの表現だが、その境界線をやや曖昧なニュアンスで滲ませてきたのがブラック・メタルではないだろうか。

 もっとも、この音楽が優れた曖昧さを最も効果的に発揮するのは2010年代以降のことである。ブラック・メタルの包括性という側面において決定打となった一手が、2013年リリースのデフヘヴン『Sunbather』であることに異論を唱える者はいまい。彼らはメタル的な輪郭の生成に対し本格的な揺らぎを持ち込んだが、むしろそれはブラックメタルだったからこそ成立したとも言えるだろう。いつの時代においても越境的/抽象的な音を奏でるバンドに対しては批判の声が大きいメタル・シーンだが、このジャンルはある程度そういった議論の余地を用意しながらも自律的で前向きな成長を遂げてきたように思う。だからこそ、近年は、ジェンダー観点でのアイデンティティの揺らぎ~確立をブラック・メタルという様式に投影した作品を作り上げるような動きが一部で見られている。アンビエンスなムードを漂わせながらミニマルな音でアプローチする女性SSWのチェルシー・ウルフ、性的暴行を受けた経験により合意なきセックスへのアンチテーゼを楽曲へ反映し続ける GGGOLDDD、トランス女性としてブラック・メタルの成分を吸収し無秩序なキメラ・サウンドをぶちまけるジ・エフェメロン・ループなど、枚挙に暇がない。そして、その代表的な人物となるのが、リタジーの中心を担うラヴェンナ・ハント・ヘンドリクスである。

 2020年5月にトランス女性であることを公表したラヴェンナは、リタジーを率いながらこれまで5枚のアルバムをリリースしてきた。6作目となる最新作『93696』では、バンドが試してきたあらゆるアプローチ──哲学をもとにした深遠なコンセプト、重層的なトレモロ・ギター、絶え間ないクレッシェンド、トラップのリズム、突如挿入されるグリッチ音、壮大なオーケストレーション、現代音楽を参照したような不協和音──それら全てを融合させることで、集大成的な彩りを見せている。冒頭の “Djennaration” から、ヒップホップを間に挟みつつシンフォニックな攻撃性がシームレスに繋がれるさまに驚くほかない。以前から「ブラック・メタルはロックというフレームとその楽器を使ってクラシックを作るもの」と発言してきたラヴェンナらしく、本作もアルバムはいくつかのまとまり≒楽章に分かれ、楽器のみで世界観を構築していくインスト曲も多く収録されている。執拗な反復とその先にある上昇が解放感を生み出すという点で、そもそものメタル作品としての完成度が高い。リタジーの最高傑作であるのはもちろんのこと、近年のメタル・シーンを見渡しても指折りの出来だろう。

 けれども、『93696』が胸を打つ理由はそれだけにとどまらない。まず、破裂するかのような勢いで叩かれるドラムの音がプリミティヴに響くさま、そのクリアな質感が生々しいフィジカリティを表出させる点。次に、ドラムにとどまらず、バンド・サウンドを形成する鮮やかな音それぞれが緊張感に支えられ均衡している点。ラヴェンナが「バンドの一体感が欲しかったから、今回はよりライヴに近い音で録りたいと思った。もともとこのバンドのバックグラウンドがパンクだったということもあるんだけど、アルバム自体がこうしたライヴ感で作られることが最近非常に少なくなってきているからね」と述べている通り、肉体性を獲得するようなパンクの要素に加え、各楽器の力関係が拮抗しバランスが釣り合い保たれるようなサウンドが鳴っているのだ。その効果は、プロデュースに入ったスティーヴ・アルビニ、ミキシングを担当したセス・マンチェスターの力量によるところが大きいのだろう。

 そして以上のようなアプローチは、ブラック・メタルの様式に対するクリティカルな打ち手にもなり得る。ひとつは、ときに思想を強く投影したコンセプトによって観念的になりがちなこのジャンルに対し、地に足の着いたフィジカリティを与えるという意味で。「独りブラック・メタル」という形容があるように、このジャンルにはたとえバンド編成であったとしても中心人物のワンマン・プロジェクトと化しステートメントのBGMとして楽曲が添えられてしまうような倒錯性がある。本作はその倒錯を振り払い、パンク由来の肉体感を巡らせることに尽力する。さらにもうひとつは、トレモロ・ギターとブラスト・ビートの応酬により極端に偏重しがちなサウンドに対し、「調和」という反‐ブラック・メタルとも言える均衡を作り出しているという意味で。クリアなバンド・サウンドを構成するどの楽器についても均等に音が引き出され緻密なバランスを保つがゆえに、極めて繊細な音の鳴りに浸ることができる。

 リタジーは、リスナーを自己発見と自己実現に向かわせることをステートメントに掲げているからこそ、『93696』はただただ圧倒的な完成度を誇示する「だけ」の作品ではない。本作は、既存のブラック・メタルの方法論を踏襲しながらも、パンク由来の肉体性と繊細な均衡によって反‐ブラック・メタルとしての魅力を奏でるのだ。ジャンルに倣いながらもジャンル内で揺らぎ前衛を編み出していくこと──それは、まさしくリタジーとしての活動を展開していく中でトランス女性であることを公表することになった、ラヴェンナ自身の姿と重なりやしないだろうか。『93696』はラヴェンナのアイデンティティが存分に反映された、メタルというジャンルのジェンダー観を捉え直すには格好の、重要な作品である。

つやちゃん