「!K7」と一致するもの

interview with Bibio - ele-king

二重のノスタルジアが存在する。ひとつ目は、ぼくが当時その曲をとおして呼び起こしたかったオリジナルのノスタルジア。そしてもうひとつは、自分がその曲をつくっていたときを思い出すノスタルジア。

 ギターでこんなに独特の音楽を生み出すことができるのか──当時のリスナーはきっと、そう驚いたに違いない。本人の弁を借りて言えば、「エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮に」感じた、と。
 2006年に〈Mush〉から送り出されたビビオのセカンド・アルバム『Hand Cranked』が、このたびデラックス・エディションとなって蘇った。おなじく〈Mush〉からリリースされた記念すべきファースト『Fi』(2005年)のリイシュー(2015年)に続く復刻だ。
 1997年に設立されたLAの〈Mush〉は、クラウデッドや(のちに〈Lex〉へと移ることになる)ブーム・ビップなどの、いわゆるアンダーグラウンド・ヒップホップをリリースしていたレーベルである。まだヒップホップのビートをとりいれてはいなかった初期ビビオの作品が、そのようなレーベルから出ていたという事実はなかなかに興味深い。
 当時の彼はまた、みずからの歌声をほとんど披露していない。“Overgrown” に顕著なように、ライヒから影響を受けたギター・フレーズの反復と、何度も録音を重ねることによって得られるロウファイなテクスチャーのみで勝負に挑んでいる。シンプルではあるが、だからこそそれは今日まで続く彼の音楽の、根幹を成す要素となりえたのだろう。変わるものもあれば、変わらないものもある、と。
 二重のノスタルジア──彼はそう表現している。15年前に思い出していた過去と、15年前に過去を思い出していたというその過去。『Hand Cranked』が奏でる特異なギター・サウンドは、折り重なる時間の迷宮へとわたしたちを誘う。まだまだ続く長い道のりで、ちょっと休憩をとりながら、これまでの来し方を振り返るように。

あのロウファイさは、ある意味ああなる以外の道はなかったんだ。自分が持っている機材の魅力に焦点を当てるということ。それを悟ったとき、ビビオという名前が生まれた。

今回のリイシューにあたり『Hand Cranked』を聴き返してみて、当時は気づいていなかった、新しい発見はありましたか?

B:いや、そんなにないよ。自分のトラックは時間をかけてしっかりと聴き込んでいるから、曲のことは徹底的に理解してるんだ。古い作品だと、いま聴き返したときに、少しほかの人がつくったように聴こえることはあるかもしれない。そういう曲からは、魅力的でもあり同時に痛烈でもある自分の若さを感じるね。

2006年から15年が経ちました。当時10歳の子どもはいま25歳です。あなたご自身はこの15年でどんなところが変わったと思いますか?

B:いろいろな意味で、ぼくは変わってないと思う。でもミュージシャン、そしてアーティストとしてはもっと自信がついた。それに、その自信がぼくをもっと進化させ、成長させてくれていると思う。いまは音楽的に自分がやりたいことを前よりも心地よくできているし、なにをすべきとか、どんなアーティストになるべきとか、そういうことを気にしなくなった。多様性を生み出せば生み出すほど、安心感が生まれる。ぼくの音楽を聴いてサポートしてくれているみんなにはもちろん感謝しているけれど、まずは自分自身のために音楽をつくっているということはつねに頭のなかに置いておかなければならないんだ。

『Hand Cranked』には、当時のあなたの私的な思い出が込められていたそうですね。そのとき思い浮かべていた「パーソナル・ノスタルジア」と、そこから15年を経て、いま聴き返して蘇る「パーソナル・ノスタルジア」との間に、差はありますか?

B:ぼくの初期の作品には、いまでは二重のノスタルジアが存在する。ひとつ目は、ぼくが当時その曲をとおして呼び起こしたかったオリジナルのノスタルジア。そしてもうひとつは、自分がその曲をつくっていたときを思い出すノスタルジア。ある意味、この第二波のノスタルジアは、ぼくのなかで大きな存在になっている。20代半ばのぼくを思い出させてくれるんだ。

その「パーソナル・ノスタルジア‐個人の経験」を共有することは意図していないと思いますが、話せるかぎりでそれは具体的にどのような体験だったのでしょう?

B:うーん、ことばで説明するのは難しいな。自分にとってパーソナルな経験だった特定の事柄をいくつか挙げることはできるけど、音楽の力というものは、ひとりひとりそれぞれに、そのひとにとっていちばん良い方法で作用するものだとぼくは感じている。だから、ぼくがことばで説明するより、音楽のほうがそれをうまくできるんじゃないかな。

長い年月が経つと、たいせつなこともじょじょに記憶が薄れていきます。「いつまでも覚えていること、しっかり思い出せること」と、「忘れていくこと、変化していくこと」とでは、どちらが重要だと思いますか?

B:写真や映像がどんどんぼやけ、鮮明さがなくなり、色あせ、暗くなっていくように、記憶というものは時とともに小さくなっていく。「ノスタルジア」のなににハマってしまうかって、それはそれが持つほろ苦さかな。回想するには美しいんだけれども、痛みがあってこそ、そのノスタルジアが成り立っている。もう戻ることはできないと理解しながら、幸せな時期、とくに幼少期なんかを思い出すと、その思い出に内在する悲しみが付いてくるんだ。ノスタルジアを呼び起こすのには、音の質感やレコーディング技術もたいせつだけれど、メロディックでハーモニックな内容もかなり重要になってくる。悲しみと幸福感、そしてその間に存在するすべての感情、これらの感情が提示するニュアンスや陰影の混ざり合いをプレイすることは、激しく恋しがるというフィーリングを喚起させる上でとても重要な部分なんだ。

この『Hand Cranked』や『Fi』の時期に、シンプルなギターの反復を多用していたのはライヒからの影響だったのでしょうか?

B:そのとおり。“Electric Counterpoint” を1998年に聴いたのとおなじ年に、初めてサンプラーを手にいれたんだ。小さくてベーシックなマシーンだった。コンピューターや Portastudio は持っていなかったから、ぼくはその小さなサンプラーを使ってサウンドのレイヤーをつくっていたんだ。そのやり方だとかなり制限があって、クオリティはロウファイで、できあがるものはかなり制限のかかったポリフォニー(多声音楽)になる。だから、ぼくはその制約と付きあいながら作業しなければならなかった。そして、ぼくにはサンプルをバックアップする術もなかったんだ。そういうわけで、一度つくられた曲はカセットかMDに録音され、新しいサンプルの容量をつくるために、そのメモリは削除されなければならなかった。“Electric Counterpoint” にインスパイアされたギター・ピースをつくりたかったけど、設備がじゅうぶんでなかったためにあのロウファイ・サウンドが生まれ、そしてカセットを使っていたこともあり、結果的に曲が「Camberwick Green」や「Trumpton」、「Bagpuss」のような70年代や80年代のイギリスの教育番組のオープニング・テーマみたいなサウンドになったんだ(編註:前二者は60年代にBBC1で、後者は70年代にBBC2で放送されていた子ども向けのテレビ番組。たしかに驚くほどビビオを想起させるサウンドなので、興味のある方はご検索を)。

シンプルなギター・コードの反復は、それ自体を聴かせるためのみならず、あなた特有のロウファイな音色や音響を際立たせるために用いられているようにも聞こえますが、いかがでしょう?

B:ぼくは、使われている材料が正しければ、「簡潔さ」というものは独自の魅力を持つものだと思う。当時のぼくは、洗練されたサウンドをつくる機材を持っていなかった。だから、あのロウファイさは、ある意味ああなる以外の道はなかったんだ。意識したことは、よりプロフェッショナルなサウンドをつくろうとすることよりも、自分が持っている機材の魅力に焦点を当てるということ。それを悟ったとき、ビビオ(Bibio)という名前が生まれた。そのときまでに、ぼくは『Hand Cranked』の作業をはじめていて、その時点ではコンピューターと Logic を持っていたけど、初期のころに使っていた技術や機材はぼくにとってとてもたいせつな存在で、個人的発見のように感じていた。だから、ぼくはそれらを使い続けたんだ。じつは(2019年作『Ribbons』収録の)“Curls” や “It’s Your Bones” でも、『Fi』や『Hand Cranked』とおなじサンプラーを使ったんだよ。すごくユニークだと思うから、すべてのアルバムでおなじFXペダルのいくつかをずっと使い続けているんだ。

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ループは手で操作され、不完全であったということ。でも、ぼくはそれが魅力的だと思ったし、エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮にも感じた。

このアルバムのなかだと “Black Country Blue” が、テープ音によってつくられたミニマルなアート作品のようで異色に感じました。これはどのようにしてつくられたトラックなのでしょう?

B:『Hand Cranked』で何度も使ったテクニックのひとつは、レコーディングしたものをカセットに移し、それをまたコンピューターに戻して、それをカセットに戻して、そしてまたそれをコンピューターに戻し、またそれをカセットに……という繰り返し。それを繰り返せば繰り返すほど、よりロウファイになっていったんだ。

「フォークトロニカ」ということばは、『Hand Cranked』をあらわすのにふさわしいと思いますか?

B:いや、ぼくは「フォークトロニカ」ということばが好きじゃない。この作品はエレクトロニック・アルバムではないと思う。もちろんエレクトロニックなデヴァイスを使ってはいるけど、そういう意味ではビートルズだって使ってるよね。

あなたを〈Mush〉に紹介したのはボーズ・オブ・カナダのマーカス・オーエンです。なぜ彼はあなたのことを、クラウデッドなどのリリースで知られるアンダーグラウンド・ヒップホップのレーベルに推薦したのだと思いますか?

B:当時ぼくは彼と連絡をとっていて、彼がぼくの音楽を気に入ってくれていたんだ。で、ぼくが「だれにデモを送っていいものかわからない」と彼に話したら、彼がいくつかアメリカのレーベルを勧めてくれた。で、〈Mush〉が興味を持ってくれて、プロモーションのためにマーカスからなにか一言もらえないかとぼくに尋ねてきた。そしたら彼が親切に承諾してくれて、ちょっとした文章を書いてくれたんだ。

あなたにとってボーズ・オブ・カナダはどういう存在だったのでしょう?

B:1999年にぼくが彼らの音楽と出会ったころは、すごく大きな存在だった。もちろんあのノスタルジックな要素もすごくパワフルだけど、彼らの音楽には隠された参照と意味がある。それが、リスナーの「もっと深くこの音楽を探りたい」という気持ちを駆り立てるんだ。もうひとつ好きだったのは、テープのようなハイファイのギアを使ってサウンドを加工しながら、昔っぽいダメージがかったサウンドをつくる技術。それに、彼らはよく、一度しか姿を見せない小さな要素を曲のなかに加えていた。あれは、彼らの音楽をより中毒的にしている要素のひとつだと思うね。

2004年、あなたと契約したことを伝える〈Mush〉の文章では、「もしボーズ・オブ・カナダがインクレディブル・ストリング・バンドや初期ティラノザウルス・レックスをプロデュースしたら」と表現されています。それについて、いまどう思いますか?

B:うーん、それはぼく自身が書いたものではないと思う。ぼくはそういった描写があまり好きではないから。でもまあ、変わってるっていう意味ではありがたく思うかな。

“Ffwrnais” とはウェールズの村で、あなたにとってとてもたいせつな場所だそうですね。“Marram” の鳥の鳴き声もそこに近い砂丘で採ったとか。あなたにとってウェールズとはどのような地域なのでしょうか?

B:ぼくが田舎に魅了された大きなきっかけはウェールズ。ウェールズには、小さな子どものころからずっと通い続けているんだ。とくに中部と西部。子どものころは、ウェールズの田舎で時間を過ごすのが大好きでいつも楽しみにしていた。空気は新鮮だし、芝は青いし、あのカントリーには、あそこでしか得られないヴァイブがある。いくつか似たヴァイブをもった場所に行ったことはあるよ。日本にもそんな場所がある。でも、ウェールズにはあの場所独特のユニークな個性があるんだ。個人的にはとくに渓谷や森のなか、渓流の側なんかにいるのが大好きだね。ああいった場所は、活気と自然のサウンドに満ちているから。ウェールズは湿地だから、ランドスケープが青々としていて、渓谷や森ではコケと地衣類をたくさん見ることができるんだ。あと、ヒツジの鳴き声はウェールズならではのサウンド。朝になると、キャンピングカーのなかで、モリバトやクロウタドリ(blackbird)のさえずり、ヒツジの鳴き声、川が流れる音を聴き、湿った芝生の匂いを感じながら目が覚める。それらは全部ぼくにとってマジカルなもので、すぐさま魂を元気にしてくれるんだ。ファーニス(Ffwrnais)は滝がある小さな村で、友だちと何度かキャンプをしにいって、すばらしい時間を過ごした。あのエリアを参照したトラックタイトルはほかにもある。“Dyfi”(ダビ)もそのひとつで、アイルランド海に続く谷を流れるメインの川の名前なんだ。エイニオン川(river Einion)はクーム・エイニオン(Cwm Einion)を流れる小さな川で、ファーニスの滝をとおりすぎて流れていき、ダビ川(river Dyfi)につながっている。アラスニス・ビーチ(Ynyslas beach)も近くにあって、砂丘、金色の砂、マーラム(植物)が広がるビーチで、春や夏には、砂丘の上で鳴くヒバリのさえずりが聞こえるんだ。

このころはまだヒップホップのビートはとりいれていませんが、『Hand Cranked』の時点でJ・ディラMFドゥームマッドリブの音楽にはもう出会っていたのですか?

B:彼らの音楽にはもう少し後で出会った。『Hand Cranked』の大半は2005年までに仕上がっていたんだけれど、『Fi』のほうが古かったから、先にそっちをリリースしたかったんだ。あと、当時のぼくはまだビートをつくることにじゅうぶんな自信を持っていなかった。そして、その少し後になってぼくはAKAIのサンプラーを買い、それからディラの影響が作品のなかに入ってくるようになったんだ。

また、このころはまだご自身ではほとんど歌っていません。このアルバムでは唯一 “Aberriw” にだけ歌が入っています。当時この曲だけヴォーカルを入れようと思ったのはなぜ?

B:当時のぼくは、シンガーとしてはものすごくシャイだった。どんなふうに歌いたいかもわかっていなかったし、ほかのひとたちに囲まれて歌うのも嫌だった。自信がつくまでに何年もかかったし、訓練を積む時間を必要だったんだ。いまはスタジオもあるし防音だから、だれかに聴かれてることを気にせずに、その部屋のなかで好きなだけ歌える。だから歌にもっと時間を注げるようになったし、シンガーとしてより自信もついたし、前よりもずっとうまく歌えるようになった。でも、オーディエンスに観られながらステージの上で歌うまでの自信がつく日が来るのは想像できないな。

今回ボーナスとして5曲が追加されます。なかでも “Cantaloup Carousel” は1999年の録音とのことで、あなたの原点といってもいいトラックのように思いますが、『Fi』収録のものとはだいぶヴァージョンが違いますよね。それぞれのヴァージョンにどういう狙いがあったか、教えてください。

B:“Cantaloup Carousel” ができたのは、ビビオという名前がつくよりも前のこと。大学の寮でレコーディングしたんだよ。なぜ『Fi』の別ヴァージョンをつくろうと思ったのかはわからない。じつは『Fi』のあのヴァージョンは、オリジナルとしてレコーディングで同時につくられたものなんだ。そのオリジナルをテープに録音して、それをスローダウンした。あのオリジナル・ヴァージョンはつねにぼくのお気に入り。だから、いまあの作品を世界にリリースすることができてすごく嬉しく思っているよ。

『Hand Cranked』は、ぜんまいじかけのおもちゃや回転木馬の模型など、手回しの装置がテーマだそうですね。それらは機械のようでもありますが、こちらでなにかをしないと動きませんし、いつか止まってしまいます。そういった「不完全さ」に惹かれるのはなぜでしょう?

B:あれはどちらかというと音楽がまずできあがって、それがそういった装置を思い出させ、そこに魅力を感じたんだ。ぼくが使用したサンプラーにシーケンサーはついてなかったし、サンプルを量子化する方法はなかった(たとえばタイミングを正すとか)。つまりそれは、ループは手で操作され、不完全であったということ。でも、ぼくはそれが魅力的だと思ったし、エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮にも感じた。ループする不完全なギター・フェイズがぼくに手回しの装置を思い起こさせる理由は、スピードが不安定であることと、アコースティックのサウンドがぼくにはすごく木の質感を感じさせるから。だから、ヴィクトリア朝の木製の機械仕掛けのおもちゃのイメージが想像されるんだよね。

15年後、あなたはどんな音楽をつくっていると思いますか?

B:おっと! これは難しい質問だ。検討もつかないよ。そして、だからこそ昂奮する。15年前のぼくは、自分が〈Warp〉からさまざまなアルバムのコレクションをリリースすることになるなんて思ってもみなかった。自分が歌っているとも思っていなかったし、ミュージック・ヴィデオに出たり、ポップ・ソングをつくってるなんて想像もできなかった。だからぼくはただ、これからも川の流れに身を任せ続けるつもり。まだまだ掘りさげたいことがたくさんあるし、それがぼくの関心を保ち続ける。でもぼくは同時に、すでに学んだこと、すでにつくりだしたものをふたたび訪れることも好きなんだ。だから、『Fi』で使った技術や装置はいまだに使われているし、守られている秘密なんだよ。

3 久しぶりにCDを買った。 - ele-king

 先日久しぶりにCDを買いました。

 自分でCD買ったのは中学1年生のときのThe Strypes以来。Blue Collar Jane。懐かしい。 雑貨屋さんで良さげな音楽がかかっていて、売ってるものも可愛いし、いい店だなと思いながら見ているとCDが売っていてどうやら店内でかかっているのもそのCD。手に取ってみる と自作で小さい字でタイトルと曲名とアーティスト名がプリントされたシールが貼ってあるだけ。情報量の少なさが俄然興味をそそる。お店の方の話を聞くと店員さんの同居人が作っ たそう。ミステリアスで益々気になる。

1. Tomoya Ino - Phantasmagoria

 帰ってきて、埃のかぶったCD読み込むやつを探し出しダウンロード。17曲入りで全部良い。適当に買ったのにこんなに良いのってくらい良い。

 ほとんどインスト曲だけどギターの曲、ピアノの曲、padぽいシンセのアンビエントなどなど、バラエティ豊かだけど雑多で無く、派手すぎず地味すぎず、ちょうど良い。基本Lo-fiだけど飽きてきた頃にカオティックなノイズが出てきたり。こういうオールラウンドな“ちょうど良さ”を見つける感覚って貴重。

 残念ながら僕の買ったアルバムはネットには上がっておらず、アルバムの中の数曲が soundcloudとBandcampで聴けるようです。

 ネット上になかった僕のお気に入りの''Good morning''という曲はSteve Hiett, The Durutti Columnライクなメロディアスなギターの曲。ヴィニよりもバレアリック、チルアウト、 Lo-fi寄りなのが現代っぽい。

 最近僕はこういうまだほとんど世に知られていない音楽やミステリアスなアーティストに心惹かれる気持ちをより大切に思っていて。検索すればわりとマイナーなアーティストでもインタヴューの1、2本は出てくるし、TwitterやらInstagramで本人のつぶやきや私生活が見れる人もいるからネット上に情報が少ない人って好奇心をくすぐられる。 いままで貴重で興味深いものだったアーティストの私生活が、インターネットの発達とSNSの普及によって価値が薄れていってるのは社会全体でもあるんじゃないか。

2. Daft Punk

 さらばDaft Punk、the most enigmatic superstars in pop。いまさらダフト・パンクについてレヴューすることもないのですが、いざ解散すると言われると彼らについて話したくなる。僕は小学生のときipodに入れてもらってよく聴いていたので、たぶん僕のダンス・ミュージックの原体験はDaft Punk。自分がダンス好きって気付く前にポップ・ミュージックとしてDaft Punkを聴いてた人、若い世代だと多いのではないのでしょうか。

 久しぶりに“One More Time”なんか聴いたら、月並みですが、本当に体が勝手に踊り出す。“One More Time”の歌詞なんか気にしたことなかったけど、「We're gonna celeblate, don't stop dancing」ってダンス・ミュージックの歌詞としてこれ以上ないんじゃないかとちょっと感動。幼少期の記憶と結びついてる空っていうのもあるけど、開放と祝祭性の濃度が高すぎてパソコンの前で聴いてるだけなのにお腹がくすぐったくなる。

3. Zongamin - O! Versions

 カナダ・モントリオールの〈Multi Culti〉から2018年リリースの「O!」のリワーク版、「O! Versions」。 Mukai Susumuさんという日本生まれイギリス在住のアーティスト。Funk、Disco、House、Post Punkなど要素が多くて形容しがたいけど、怪しくオリエンタルな雰囲気で統一されて いる。自身で手掛けているジャケットのイラストも変で良い。

 KEXPでのFloating Pointsのライヴ映像でベースひいてたり意外なところで見かける。Mukai さんがメンバーのVanishing Twinというサイケバンドも◎。

4. ​Heisei No Oto - Japanese Left-field Pop From The CD Age (1989-1996)​- Various Artists

 アムステルダム、〈MUSIC FROM MEMORY〉から日本が最高潮で微妙な時代の珍妙なポップス。 僕はこの時代の邦楽全然聴いていないし、生まれてもいないので時代感もいまいちわからないのでJ-popというよりどこか近くの別の国の音楽に聞こえる。僕と同世代には新しいジャンルの音楽かも。

 細野晴臣アレンジの井上陽水「Pi Po Pa」は’90年NTTのイメージソングだったらしいですが、電話ランデブーって笑。いかにもバブリーな語感でウケる。
 シティポップ旋風もそろそろ下火かなと思ってたけどまだまだ掘り下げるようです。 そのうち“うっせぇわ”や“夜に駆ける”がどこかの国でヴァイナルとして再発されることでしょう。

tau contrib - ele-king

 電子のシャワーか。仮想空間に降り注ぐ光の雨か。電子音の欠片が粒子になって、透明な音の結晶としてリコンストラクションされていくかのごときエレクトロニック・サウンドか。不可思議なサイエンス・フィクションがもたらす電子的ノスタルジアの安らぎか。ここにあるのはまさに電子の精霊たちの饗宴、とでもいうべき清冽なサウンドスケープである。奇妙なオリジナリティに満ちた電子音響/アンビエントを聴いた。タウ・コントリブの『encode』(https://sferic.bandcamp.com/album/encode)のことである。
 リリースはロメオ・ポワティエ『Hotel Nota』、ジェイク・ミュアー『he hum of your veiled voice』などの優れたアンビエント作品のリリースで知られるマンチェスターのアンビエント・レーベル〈Sferic〉からだ。このレーベルからリリースされたこれらのアルバムは、どの作品も仮想空間をトラベルするような独特の没入感を誇るサウンドを有している。いわば「ネオ・アンビエント」とでもいうべき新時代の音響作品ばかりなのだ。『encode』もまた同様に2021年の「新しいアンビエント」を象徴するような聴きやすさと緻密さを併せ持った仮想空間アンビンエス・サウンドを構築していた。

 タウ・コントリブは、ライプツィヒ在住のアーティストである。彼は2019年にベルリンのレーベル〈Infinite Drift〉からオティリオ名義の『6402』(https://infinite-drift.bandcamp.com/album/6402)を2019年にリリースしているが、タウ・コントリブとしては今回の『encode』が初のリリースでもある。オティリオのときからすでに実現していた有機的に交錯する電子音のサウンドデザインは、『encode』ではよりいっそう研ぎ澄まされていたのである。
 アルバムには全7曲が収録されているが、全曲を通してサウンドが大きなウェイヴを描くように展開しており、じっくりと聴き込んでサウンドに没入していくと、心地良いノイズと電子音のシャワーが交錯し聴覚に浸透していくような感覚を覚えた。まるで電子音響を通じて自身の知覚が「エンコード」されていくようである。
 いわゆるアンビエント・ドローンのように一定の音に波が心地良く流れていくようなサウンドではない。『encode』の音たちは、まるでいくつもの音の生命が動き、飛び、弾け、交錯し、ひとつの音響空間を生成するような独特のものである。それはときに歪ですらあり、同時に透明な光の粒が輝くようなクリスタルなサウンドでもある。このような質感やコンポジションはほかのアンビエント作家には、近年あまりない。むしろフェネスやピーター・レーバーグ(ピタ)、フロリアン・ヘッカーなどの初期グリッチ/電子音響作家の系譜を継ぐもののようにも思えてくる(本作のマスタリングを手掛けたのがジュゼッペ・イエラシであることも見逃せない)。
 そのような00年代的なサウンド・アート的なサウンドに、10年代的なポストインターネット/ヴェイパー感覚と、20年代的なチルのムードが交錯しているところに『encode』の「新しさ」がある。この「新しさ」はASMR的な音の聴取が普通になった時代特有の「モード」でもあるように思えた。

 そうして生まれた音はいかなるものか。いわば「非反復的」な音の構成というものだ。この「非反復的」ともいえる電子音の蠢きは、反復音や持続音とは違う気持ち良さがある。例えば波の音は一定の反復ではないが、しかしその音には不思議な安らぎがある。『encode』から感じるサウンドも同様なのだ。例えば3曲め “thripSwarms” を聴いてほしい。サウンドの持続と接続が交錯することとで、非反復的な電子音の心地良さが生まれていることが分かってくるのではないか。大げさなたとえを許して頂ければ『encode』の音たちは、それぞれが自由に電子の海を泳ぐ生命体のようだ。まるで音の人工生命か、音による人工自然の生成か。
 タウ・コントリブの音響は、サウンド・アートだけでもなく、アンビエントだけでもなく、ドローンだけでもない。そうではなくそれら「すべて」が音響空間のなかで同時に自律し、生成していくような音なのだ。その音はとても清冽で美しい。まさにネオ・アンビエント/ネオ・アンビエンスである。

KID FRESINO - ele-king

 今年1月の頭にリリースされた KID FRESINO の2年ぶりとなるアルバム『20, Stop it.』。まだ年が明けて2ヶ月ほどしか経っていないが、間違いなく2021年の日本の音楽シーンを代表するアルバムであり、日本のヒップホップ・シーンの最先端かつ輝かしい未来というものを見せてくれる素晴らしい作品だ。

 2018年にリリースされた前作『ai qing』では、バンド編成を軸にトラックの制作をしながら、セルフ・プロデュース曲に加えて外部のプロデューサーも入り、ゲスト・アーティスト勢も含め、アルバム全体のディレクション/トータル・プロデュースという面でも素晴らしい才能を発揮した KID FRESINO。制作方法に関しては本作も前作と同じ流れの上にあるわけだが、約2年という月日の中でより研ぎ澄まされ、洗練されたサウンドへと発展している。ひと昔前はヒップホップとバンド・サウンド、あるいは他ジャンルとの融合というのは、あくまでもオルタナティヴなものであったり、完全には一体化しないズレみたいなものを楽しむ部分もあった。そんな時代と比べると、本作のようにここまでシームレスに混ざり合うのは驚きでもあるし、ジャンルの融合というものを意識することさえ野暮のように思える。これほどまでの完成度の高さは、ある意味、KID FRESINO 自身がひとつのジャンルとも言えなくもないが、そのバックボーンにはしっかりと “ヒップホップ” というものが存在している。しかもそれは最高級の “ヒップホップ” だ。

 先行シングル曲でもある “No Sun” や “Rondo” が本作の主軸となっているが、その一方でサウンドの面での振れ幅は非常に広い。その中でも最も激しく触れているのが1曲目の “Shit, V12” だろう。ロンドンを拠点に活動する object blue によるテクノとベース・ミュージックをミックスしたようなトラックの上に KID FRESINO がバイリンガルの高速ラップを乗せ、感覚的に発せられる彼のラップの絶対的な格好良さがストレートに伝わってくる。外部プロデューサーという意味では、前作から引き続き参加の Seiho が手がけた “lea Seydoux” のトラップやダブステップなど様々なテイストが入り混じったトラックに対する、KID FRESINO の乗りこなし方も実に見事だ。

 一方でこれらの曲とは全く異なる方向性で非常にエッジの効いているのが、バンド・サウンドが全面に出ている “Lungs” という曲で、ゲスト参加している Otagiri というラッパーの存在感は群を抜いている。彼のスタイルはラップというよりもポエトリーにも近いのだが、フロウや言語感覚が実に独特で、しかもバンド主体のトラックとも相性良く、KID FRESINO との掛け合いまで全てが完璧だ。ラッパーの参加曲としては Campanella をフィーチャしたトライバルなビートがめちゃくちゃ格好良い “Girl got a cute face” や “incident” (JAGGLA参加)、“dejavu” (BIM参加)といずれも素晴らしい出来なのだが、結局、“Lungs” を一番繰り返して聞いてしまっている。そんな中毒性がこの曲にはある。

 一方でシンガーをフィーチャした “Cats & Dogs” (カネコアヤノ参加)と “youth” (長谷川白紙参加)も本作の振れ幅の広さを象徴する曲だろう。フォーキーなテイストを持つ前者に、現代音楽とポップスを融合させたような後者と、それぞれテイストは全く異なるのだが、KID FRESINO のフィルターを通すことでそれぞれがひとつのアルバムの中で見事に溶け合っている。
 本作はヒップホップ以外のフィールドにいるリスナーにも間違いなく響く作品であるし、逆にヒップホップの中にいる人にも新たな刺激と気づきを与えてくれる作品に違いない。

Various - ele-king

 これまでに2刊が発売されている『ゲーム音楽ディスクガイド』発のリイシュー・シリーズから、待望の第二弾作品がリリースされた。
 ヴィンテージなゲーム音楽のサントラ盤というと、一般的には、いわゆる8bitの「ピコピコ」音が想像されるだろうが、本作『銀河伝承 オリジナル・サウンドトラック』はだいぶ趣を異にしている。冒頭からして生音のフルオケではじまり、ヴォーカル楽曲としてきちんと独立したポップス、手の込んだ多重録音スコア等、一聴して、実際のソフトに収録されていた音とは別に制作されたものだとわかる。かといって、筐体やソフトに収録された音源に追加演奏をレイヤーするという、いわゆる「アレンジ盤」の類とも違う。

 『銀河伝承』は、1986年11月、ファミリーコンピューターディスクシステム用ソフトとして発売された、縦スクロール型シューティングゲームだ。ソフト本体のほか、小説や関連資料を収録した副読本、音声ドラマは主題歌を収録したメディアミックス商品として、豪華化粧箱に入れられて発売された。このサウンドトラック盤もそれと連動した企画であり、音楽面からよりいっそう『銀河伝承』ワールドを味わうことのできる商品として、〈ビクター〉から単体でリリースされたものだ。
 制作を取り仕切ったのは、元博報堂でゲームソフト発売元のイマジニアスタッフ飯田祥一と、彼から音楽面のコーディネートを委託された S.V. Labo (スーパーマーケット業界大手ダイエー内映像・音楽制作部門)の菅原裕。単なるサントラ盤でない、メディアミックス企画ならではのオリジナルトラック集が模索され、多彩な才能が集結することになった。この時代、コミック作品やライトノベルを元にして、ヴォーカル曲を含むオリジナルトラックを「イメージ・アルバム」として発売する手法が隆盛していたが、いわば本作も、「ゲーム版のイメージ・アルバム」といえるかもしれない。

 オリジナル盤CDが、2021年現在、オークションやマケプレで40,000円を超えるプレミア値を叩き出している(本再発が発表される以前には10万円超えという例もあった!)ことからもわかるとおり、本アルバムは、ヴィンテージゲーム/ゲーム音楽のマニアにはかねてより名の知られた存在だったという。しかし、今回再発に至ったのは、もちろんそういった理由だけではない。ゲーム音楽を、単なるBGMとしてではなく「音楽的」視点で評価する、という『ゲーム音楽ディスクガイド』が掲げるスタンスの通り、「和レアリック」や「シティポップ」が浸透した今だからこそ正当に聴かれるべき、実に豊かな内容を持った作品なのだ。
 まず、その作家陣が凄い。ゲーム本編の音楽を手掛けた増子司をはじめ、宮本光雄、宮城純子といったジャズ~フュージョン系のミュージシャン、伊藤銀次、佐藤博、久保田麻琴(久保田真箏名義)、西平彰、Pecker といったロック~ポップス系のアーティストがこぞって参加し、作編曲に腕を奮っている。

 DJ的な目線から気になる曲をいくつかピックアップしよう。
 ②“ロマンティック・オデッセイ” は、ゲームソフト付属のカセットには荻野目洋子歌唱版として収録されていた伊藤銀次作編曲のトラックのリメイク。代打として歌唱を担当しているのは、和モノマニアならご存じ、広谷順子だ(オリジナル盤のクレジットでは匿名名義だったが、今回の再発にあたっての調査で発覚したらしい)。伊藤銀次らしいビートの聴いたポップスで、ゲートリヴァーブバリバリのスネアやシーケンサー使いなど、ザ・’86なムード。
 ③“伝説の唄” は久保田麻琴が作編曲を担当した、かなりベタに「インド風」を狙ったエスニック・ニューウェーヴ曲で、本作中でも最も今ウケしそうな曲のひとつだ。曲中でリフレインされる謎のコトバは、ゲーム世界において重要な役割を果たす祈りの文言より。歌唱クレジットは「ザ サラミ」という謎の表記になっているが、特徴的な声質からして、これはおそらく久保田麻琴のパートナー、サンディーによるヴォーカルではないか?
 ⑥“ファンタジー” も目玉曲だ。ここ数年で爆発的に再評価されたシティポップ・レジェンド、佐藤博による作編曲。ただただ極上のミディアムライトメロウなのだが、「あれ、どこかで聴いたことのあるメロディーだな」と思ったら、翌年佐藤のソロ・アルバム『フューチャー・ファイル』に収録されている同名曲のオリジナル版なのであった。ヴォーカルは、佐藤のソロ作にも作詞、コーラス参加していた音楽評論家の藤井美保。佐藤自身もヴォーカルに加わる。
 西平彰が手掛けた⑦“洞窟のテーマ” はいかにもイメージ・アルバム的なインスト曲。若干ミュンヘン・ディスコっぽくもあり、現在ならシンセウェーヴ的解釈でもリスニング可能か。宇多田ヒカル “Automatic” でのアレンジワークが最も知られているだろう西平彰は、沢田研二のバック・バンド「エキゾチックス」としても活動しており、そちらも和モノ的人気が高い。その上外部仕事にも面白いものが多く、なかなか掘りがいのある人物。
 ⑨“惑星のテーマ” は、ゲーム本編の音楽を手掛けた増子司が作曲で、本曲のメロディーも本編で使用されている。編曲は THE SQUARE の初期メンバーとしても知られるフュージョン系キーボーディスト、宮城純子が担当。バシンバシン打ち込まれるスネアが気持ちいいソリッドなブギーだ。ブリッジ部のコズミックな展開も素晴らしい。

 ゲームはもちろん、アニメやライトノベルなど、スピンオフ的に制作された当時の(主に)CDには、本作のように優れたものが少なくない。一部マニアやDJのおかげもあってだいぶディグが進んできたジャンルではあるが、こうやって入手困難だったものが優れたマスタリング/パッケージで再発売されることは実に喜ばしい。一方で、まだまだ「手つかず」の秘宝が眠っている気配もひしひしと感じる。レアグルーヴの先端は、今このあたりにある。

北欧に端を発し世界に広まったブラック・メタルというアンダーグラウンド音楽。その過激な音楽性に加え、悪魔崇拝に極右思想、さらには教会放火、殺人、テロといった犯罪行為に至り、衝撃を与えました。
いまやエクストリーム・メタルの一大勢力となったブラック・メタルの初期に起こった一連の出来事を丁寧に綴ったドキュメンタリー書籍が『ロード・オブ・カオス』です。
当事者であるミュージシャンに加え、オカルトや右翼思想の研究家、さらにはチャーチ・オブ・サタンの教祖アント・ラヴェイまで至る数多くの取材と、膨大な文献資料をもとに書き上げられた本書は大きな反響を呼び、映画化もされました。
その映画がついに日本で一般公開されるのに合わせ、かつて『ブラック・メタルの血塗られた歴史』として刊行されながらも長らく絶版となっていた本書をここに復刊します。

巻末には『プリミティヴ・ブラックメタル・ガイドブック』著者としても知られる田村直昭さんによる解説も追加収録。映画では描ききれなかったこのシーンの奥深さに触れられる一冊です。

目次

謝辞
新版の序
序 その闇の中へ
第一章 悪魔を憐れむ歌
第二章 デス・メタルの死とブラック・メタルの誕生
第三章 北の空を燃やす炎
第四章 デッド・ゾーンの騒乱(メイヘム)
第五章 ウェルカム・トゥ・ヘル
第六章 灰
第七章 死の沈黙
第八章 カウント・クヴィスリング
第九章 先祖返り―ヒーザン・ブラック・メタルの形而上学
第十章 サタニック・マジェスティーズ
第十一章 ゲルマンの激情
第十二章 混沌の王たち
第十三章 ラグナロク
附録
解説(田村直昭)
参考文献リスト/音源/脚注

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あのこは貴族 - ele-king

 名前を伏せても思わせぶりなのでそのまま記すが、以前つとめていた雑誌の特集に箭内道彦さんにご登場いただき、取材のあとなんとなく雑談にながれた。そこで箭内さんがおっしゃっていたことで妙に印象にのこったのが、移動中につかまえたタクシーの運転手さんが、あなた東京のひとじゃないでしょ、と声をかけてきたこと。箭内さんの特徴的な風貌はごぞんじの方もすくなくないだろうが、バックミラー越しに一瞥をくれた運転手さんが断定したのは、東京のひとはあなたみたいな目立ち方は好まないんですよ、ということだったと思う。じっさい箭内さんは福島のご出身で、ちょうど10年前の東日本大震災以降は地元にまつわる活動もさかんだが、お話をうかがったのはそれより前なので、たとえメンがわれていたとしても故郷(くに)までしれるとも思えない。だのにきめつけるのは職業的な生理か接客業由来の千里眼かヘタなテッポウ流の当て推量か、いずれにせよそういいたくなるなにかがあった。

『あのこは貴族』の冒頭で門脇麦が演じる榛原華子がのりこんだタクシーの運転手は、あなた東京の方でしょ、と話しかける。ときは2016年1月、ホテルにむかう車中で、正月早々の東京でそんなとこにいくなんて東京のひと以外にありえないというのが運転手のみたてだった。はたして華子は東京の裕福な家庭に生まれた三姉妹の末っ子で、家族が顔をそろえる会食へ急いでいたのだった。2015年の『グッド・ストライプス』につづく岨手(そで)由貴子監督の2作目『あのこは貴族』はこの華子と、水原希子演ずる時岡美紀を並行的に描くなかで私たちの暮らしに目にみえないかたちで覆いかぶさるものを描き出そうとする。東京うまれの箱入り娘の華子にたいして、地方出身者の美紀は大学進学を期に上京する。ただしふたりは物語の中盤まで出会うことはない。不可視のものが両者を線引きするからである。それがタイトルの「貴族」の由来でもある階級的なものだというのがこの映画の基調をなしている。
 階級ときいて、この国にそのようなものがあるのかといぶかる方もおられるかもしれない。日本における階級は近代にいちど再編し敗戦と日本国憲法の法の下の平等により廃止になったが、ここでいう階級とは法とはむすびつかない。職業や収入がつくりあげた地位などを親から子へ継承する過程で自然発生的にあらわれる「家柄」のようなものといえばよいだろうか、この点では英国やインドをひきあいに私たちがしばしば述べる階級ともニュアンスがいささかことなる。はっきりとはみえないけれど、あっちとこっちをへだてている壁のようなもの。コロナ禍のずっと前から私たちのまわりにはアクリル板みたいなのがあってひとはそれに沿って生きてきた――のかもしれない、と監督の岨手由貴子はいいたがっているかにみえる。

 山内マリコの原作による物語は5章からなる。そこでは二項対立的な価値観が通奏低音のようにくりかえしあらわれてくる。階層の上と下、社会的な領域の内と外、東京と地方に男と女などなど、私たちの日々の生活にそのような区分や線引きがいかに根を張っているか、岨手由貴子は告発調とも無縁に描いていく。親のお膳立てに応えつづける上流階級のひとたちも、地元が世界のすべての地方のひとたちにも、彼女はひとしくまなざしをそそぎ、俳優たちは監督の狙いに自然体でこたえている。主人公ふたりのほかにも、華子の友人役の石橋静河、美紀と地元と大学が同じ女友だち役の山下リオの存在が物語に奥行きをもたらしている。彼女たちをふくめて、作中人物はひとしなみにひかえめで楚々としており、家柄や性別や居住地や経済状況がさだめる条件に、積極的と消極的とにかかわらず、結果的には忠実に生きようとする、生きてしまう。
 ある側面からみれば、これは未来という来たるべき時間にたいする期待の剥奪であり、階級を再生産する統治の技法である。作中でも、東京は住み分けされていて、ちがう階層のひととは出会わないようにできている、というようなセリフがある。そこでは社会階層は固定化し流動性はきわめて低い。下から上へ、階層の移行が成立しない社会は努力しても報われない社会であり、そのような空間は反動的に生得的なものへの没入がおこりうる。ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)は英国の労働者階級の若者がなぜ、親と同じ仕事に就く傾向にあるのかを考えた社会学の古典だが、そこで取材を受けた労働者階級のある若者は学校教育を不要なもの、まどろっこしいもの、寄り道みたいなものだと述べる。世間の荒波にすこしでも早くふれるのが人生のなんたるかを知る近道だと彼は語るのだが、教育の猶予と選択肢を捨て去ることは他方では階級移行の可能性にみずからフタをすることにほかならない。『ハマータウン』は1977年の刊行だが、これは同じことは40年後の日本の地方でも地元志向の名のもとにくりかえされている。地方都市に生まれた美紀は進学という機会をテコに、生得的な共同体への懐疑なき没入からの離脱をこころみるが、家庭の経済的な事情で東京での学生生活の夢はついえてしまう。

 教育における階層化を論じるのは本稿の任ではないが、ひとことだけもうし述べれば、努力主義を内面化した果ての自助(自己責任)論は端的に欺瞞である。欺瞞のことばは未来をしぼませ、ひとを支配しようとする。生得的な属性はそのさい恰好の材料となり、ときに宿命を擬制するが、それらは偶然や宿命が本来的にそなえるあの複雑さを欠いている。せいぜいが占いレベル――であるにもかかわらず、固定化した社会通念がその価値観を内面化させるというこの無限ループ。むろん『あのこは貴族』に登場するだれひとりとしてこのような構図を俯瞰するものはない。彼らはあたりまえと思う暮らしをおくり、お見合いし、結婚し、ときに都合のいい女になり、家庭に入ったり仕事をしたりする。交錯することのないはずだった異なる階層のふたりの生がまじわるのも、高良健吾が演じる華子の夫幸一郎が美紀とも関係をもっていたからである。そのことに偶然勘づいた友人の仲介で華子と美紀ははじめて出会うが、ふたりは恋情のサヤあてをおこなうでも『黒い十人の女』さながら共謀して男をワナにかけることもない。物語における人物の相関関係は対立的なのがお約束だが美紀と華子はたがいに理解をしめし相手の領分にふみこもうとしない。ましてや「貴族」の表題から連想する革命的階級闘争(ということばを、私もひさしぶりに書きましたけれども)も出来しない。それぞれの問題をかかえそれぞれの暮らしにもどるのだが、出会いにより生まれた内面の揺れは、さざ波のように広がり、彼女と彼らが居るべき場所の外へほんのすこしふみだすときの背中を押す力にもなるだろう。そのかすかなうつろいを岨手由貴子はもうひとりの友だちのような距離感からていねいに掬いとっている。ロケーションや衣裳、小道具などの細部はそのさいのリアリティを担保し、渡邊琢磨のスコアは弦楽四重奏の形式に作中人物たちの関係性をおりこみ楽曲の構造で映画の主題を反復する、けっして大きくはないが、手仕事の巧みさとあたたかさの伝わる好ましい一作である。

映画『あのこは貴族』予告編


Various - ele-king

 1960年代から1980年代半ばにリリースされた日本のジャズ。日本人プレイヤーによるこれらの録音は、現在は一般的に和ジャズとして認知される(広義では海外ミュージシャンの来日時の録音や日本盤オンリーの作品も含む)。こうした和ジャズは1990年代からDJによって発掘されており、2000年代に入るとジャイルス・ピーターソンやU.F.O.、キョウト・ジャズ・マッシヴらが選曲したコンピ・シリーズの『シブヤ・ジャズ・クラシックス』が出たりした。そうしたところから次第に和ジャズが注目されるようになり、2009年には『和ジャズ・ディスク・ガイド』が刊行され、また福居良や板橋文夫などのいわゆるレア盤がいろいろリイシューされるようになった。

 こうした和ジャズのブームが定着した現在だが、最近は日本だけでなくアメリカ、ヨーロッパ、中国などで和ジャズを探すリスナーが増えている(中古盤市場的には中国がいまいちばん勢いがあるそうだ)。そして近年は和モノ全般が海外でもウケていることもあり、その一環として海外レーベルから和ジャズのリイシューやコンピがリリースされている。その筆頭がイギリスの〈BBE〉で、これまでに相澤徹の『Tachibana』、森山威男の『イースト・プランツ』、松風鉱一の『アース・マザー』、寺下誠&ハロルド・ランドの『トポロジー』、佐々木秀人+関根敏行の『ストップ・オーバー』など、マニア垂涎のレア盤を続々とリイシューしてきた。
 これまでにCD化された音源もあるが、〈BBE〉はアナログでリイシューしていて(わざわざ2枚組にするなど音質の向上に努め、また帯をつけるなど装丁も拘っている)、特に『ストップ・オーバー』などオリジナルは10~20万円もの値が付く作品は、その筋ではかなりの話題を集めたのだった。《J-Jazzマスタークラス・シリーズ》と銘打たれたこれらリイシューは、トニー・ヒギンズとマイク・ペンデンという〈BBE〉のスタッフが手掛けており(彼らはかなりの和ジャズのハード・ディガー&コレクターのようだ)、もともと2018年にリリースされた『J-Jazz:ディープ・モダン・ジャズ・フロム・ジャパン1969-1984』というコンピが引き金となっている。このコンピはシリーズ化され、2019年に第2弾がリリースされ、そしてこのたび第3弾が発表された。

 原盤からのライセンスの取得などでなかなかスムーズに作業ができないこともあったようだが、今回は〈ジョニーズ・ディスク〉〈A.S.CAP〉〈レッド・ホライズン〉〈ALM〉など自主レーベルの音源を中心に、第1弾、第2弾からさらに深く踏み込んだ選曲となっている。この中では河野康弘の “ソング・オブ・アイランド”、寺川秀保の “ブラック・ナイル”、古澤良治郎の “バーニング・クラウド”、友寄隆生の “キリサメ”、峰厚介の “モーニング・タイド” あたりがレア音源として知られるところ。ピアニストの河野康弘がヴィブラフォン奏者の菅野正洋をフィーチャーしたモーダルでスピリチュアルな “ソング・オブ・アイランド” が聴けるのは個人的にも嬉しいところだが、こうしたハード・バップやモードなどモダン・ジャズの主流をきちんと押さえたコンピだ。
 寺川秀保の1978年度録音の “ブラック・ナイル” はウェイン・ショーターのカヴァーで、〈ブルー・ノート〉の新主流派ジャズを彼なりに咀嚼した演奏。1970年に録音された峰厚介の “モーニング・タイド” には、菊池雅章のほかにラリー・リドレーやレニー・マックブラウンら海外勢も参加していて、当時の日本ジャズ界と海外との関りが見えて面白い。中島政雄の1979年録音の “キモサベ” にもドナルド・ベイリーが参加しているのだが、古い音源を聴くということはこうした歴史や当時のジャズ界の状況にもフォーカスを当てることでもある。このコンピには “ソング・フォー・ホープ” が収録される高瀬アキは、国内よりもむしろ海外で高く評価され、ベルリンを拠点に活動を続けている。日本のジャズ界の慣習にとらわれることなく、世界に羽ばたいていったひとりだ。

 ひとくちにモダン・ジャズと言ってもさまざまなヴァリエーションがあり、白木秀雄によるジャズ・サンバの “グルーヴィー・サンバ”、中山英二のスパニッシュ・タッチの “カモラー” などラテン音楽とジャズの融合を見せてくれるパターンが多い。特にサンバはじめブラジル音楽とジャズの相性はよく、“グルーヴィー・サンバ” はじめ中村達也の “1/4・サンバ・II”、板倉克行の “ハニー・サンバ” など音源も豊富だ。ハードなジャズ・ロック調の “1/4・サンバ・II”、しっとりと落ち着いたピアノ・トリオの “ハニー・サンバ” とアプローチも正反対で、こうした自由度の高さがジャズの魅力でもあるし、ジャズにしてもブラジル音楽にしてももともと異国の音楽であるが、それを取り入れて結びつけるうまさが日本人ならではのものだろう。
 フュージョン系では向井滋春の “カムロニンバス”、村上寛の “フィーバス”、中村誠一の “ウルフのテーマ” が収録されるが、このあたりは現在の和モノ・ブームにおけるシティ・ポップなどと同じ1970年代後半~1980年代前半の音源で、和モノと地続きで聴くことができるだろう。一方、“キリサメ” の友寄隆生は沖縄出身で、本土のジャズとはまた異なる沖縄のテイストを感じることができる。ジャズは民謡を取り入れることもあるのだが、こうした地域性を感じることができるのもジャズの楽しみのひとつである。
 そして、松風鉱一と古澤良治郎による1975年の中央大学の白門祭でのライヴ録音となる “アコースティック・チキン” は、ジャズ・ロックとフリー・インプロヴィゼイションがスリリングに融合した20分超えの演奏。ポスト・バップ、モード、フュージョン、ジャズ・サンバ、フリーと、ジャズの多様性や振れ幅の広さを映し出したコンピである。

Jlin × SOPHIE - ele-king

 ポーランドで毎年開催されている音楽とアートの祭典《Unsound Festival》が、初めてのアルバムをリリースした。
 おもに同フェスに関わってきたアーティストたちによる楽曲が収められており(どれもパンデミックに対する応答として委嘱された作品のようだ)、エッセイや詩、小説などから成る325ページにもおよぶ本とのセットも用意されている。
 冒頭のクリス・ワトソンにはじまり、ニコラス・ジャーベン・フロストムーア・マザーディフォレスト・ブラウン・ジュニアティム・ヘッカーなど、強力な面々が大集合しているが、目玉はやはりジェイリンソフィーのコラボだろう。
 ほかにも上海の 33EMYBW、スウェーデンの Varg²™、ナイロビのスリックバックなど、近年要注目のアンダーグラウンドの精鋭たちが参加しており、ショウケースとしても楽しめる内容になっている。ヴァイナルは4月16日に発売。

Various
Intermission
Unsound Festival
March 5th, 2021

01. Chris Watson - Unlocked
02. Bastarda - Aperte
03. Slater, Guðnadóttir, Grisey - Happy, Healthy, Safe
04. mixed by Nicolás Jaar - Aho Ssan, Angel Bat Dawid, Dirar Kalash, Ellen Fullman, Księżyc, Laraaji, Nicolás Jaar, Paweł Szamburski, Resina, Rolando Hernandez and Wukir Suryadi - Weavings (Part 1)
05. Zosia Hołubowska and Julia Giertz - Community of Grieving (Part 1)
06. Ben Frost, Trevor Tweeten & Richard Mosse - Fire Front near Humaitá (excerpt from Double-Blind)
07. Lutto Lento - Good Morning Go Tears
08. Jlin X SOPHIE - JSLOIPNHIE
09. 33EMYBW - The Room
10. Varg2™ & VTSS - VARGTSS2
11. Moor Mother & Geng - This Week
12. Slikback - ZETSUBO
13. DeForrest Brown, Jr. & James Hoff - Project for Revolution in New York
14. Tim Hecker, Agata Harz & Katarzyna Smoluk - Demeter & Johannes' Song of Pandemia
15. Jana Winderen - re_Surge

https://unsoundfestival.bandcamp.com/album/v-a-intermission

Julien Baker - ele-king

 アルバム・ジャケットには手書きの字体で「There's no glory in love / Only the gore of our hearts(愛に栄光はない、あるのは血まみれの心だけ)」と添えられている。もし自分がいまアメリカで暮らす10代だったなら、この言葉をタトゥーにして身体に刻んでいたかもしれない。ジュリアン・ベイカーのその歌でさらけ出す生々しい感情は、なにか深いところで共感するとともに、それが彼女の芯から絞り出されたものだとわかるからだ。インクは血液に溶けて、やがて心臓に届くだろう。
 けれどもジュリアン・ベイカーの「エモ」は、いたずらに自分のトラウマや痛みを振りかざすものではない。エモ・リヴァイヴァルがポップやラップとも合流し、いまの若い世代の閉塞感を掬っていると言われる昨今だが、そのなかにあってベイカーは卓越した抑制でこそ内面のドラマを描き出してきたシンガーソングライターだ。デビュー作『Sprained Ankle(捻挫した足首)』(2016)の時点で多くのひとが魅了されたその声と歌唱は、どこか俯きがちな控えめさと暗がりでそっと見せられるような親密さを湛えていた。あるいは弾き語りによるインディ・フォークの名作『Turn Out the Lights(灯りを消して)』(2017)ではやむにやまれぬ昂ぶりを表したような高音の歌声を聴かせていたが、それを受け止めるのはあまり大きくない音量で丁寧に演奏されるギターやピアノだった。熱心なキリスト教徒が多いバイブルベルトでレズビアンとして育ったベイカーが様々な抑圧を受けてきたことは想像に難くないが、自分(薬物依存、信仰に対する疑念、自殺未遂、孤独)を音楽とともに外側に解放していくことは、それだけデリケートなことだったのだろう。

 そのことを思うと、3枚めとなる本作『Little Oblivions(小さな忘却)』での音楽的飛躍は息を呑むような新鮮な驚きがある。オープニングの “Hardline” における、厚みのあるシンセ・ノイズ、躍動するドラム、音の壁となるシューゲイズ・サウンド……どれもが彼女のこれまでの歌からは聞こえてこなかったものだ。アコースティック・ギターの弾き語りを基調にしながら印象的にブレイクするビートを持った “Heatwave”、柔らかいギター・アルペジオが包容力のあるドラミングや色味のあるシンセと合流する “Faith Healer” と、構成のダイナミックさによって光を増しているナンバーも目立つ。スケールを増したサウンドのなかで、そして、いっそう輝くのがベイカーの歌にほかならない。微妙にジャストな拍から遅れるそのヴォーカリゼーションは内側の深いところから振り絞られるようで、ドラマティックに広がっていく。聴き手のなかに眠っていたエモーションを覚醒させるようだ。
 ベイカーの表現者としての同志フィービー・ブリジャーズが跳躍を見せた昨年のアルバム『Punisher』と、ちょうどシンクロするようなアルバムだと言えるだろう。ただ、ソーシャル・メディアでのキャッチーな振る舞いなどから今後ヒップな存在になっていくだろうことを予感させるブリジャーズに対して、ベイカーはもっと遠慮がちでシャイなところがあると思う。だからこそ、たとえば “Ringside” のギター・ストロークの激しさには圧倒され、よりロウ(raw)な手触りを感じる。ベイカーが得意とするところのフラジャイルだが温かみのあるピアノ・バラッド “Song in E” から、後半の反復がストレートにロック的なグルーヴを擁した “Repeat” へと至る流れも感動的だ。

 その大きな影響元にパラモアなどのいわゆるエモがあること、エリオット・スミスのソングライティングに何よりもそのフラジャイルさでアクセスしてきたことを鑑みても、ベイカーは現在のフォーク・ロックとエモの接近を象徴する存在だ。フォーク(・ロック)という伝統的に公共性を負ってきた音楽と、あくまで私に立脚するエモが固く結びついていることを僕は興味深いと思うのだけれど、本作にも参加しているブリジャーズやルーシー・ダッカス(ふたりはベイカーとボーイジーニアスという魅力的なフォーク・ロック・ユニットを結成している)らクィア女性がその中核を担っていることは、時代を表しているように感じられる。抑圧されてきた私的な情感こそが、他者と深いところで共有されうるものとなるのである。『Little Oblivions』は前作に比べて、ベイカー自身がバンジョーやシンセ、ドラムにパーカッションといった多彩な楽器を演奏していることが伝えられているが、それは彼女のマルチ・プレイヤーとしてのテクニカルな側面を示すものではなく、その音楽において自分のエモーションを自分でコントロールする意思の表れだろう。
 自分の感情を自分で扱う──書いてしまうとシンプルに見えるそのようなことが、ベイカーにはずっと困難だった。それは聴き手のわたしたちも抱えているはずの生きがたさだ。『Little Oblivions』には変わらぬ痛切さがあるし、その内面の問題は何ひとつ解決していないのだろうけど、音の眩しさにはそれらをそのまま受け止める強さがあると僕は思う。冒頭で引用した言葉でベイカーは、当然のように「our hearts」と複数形を使っていた。わたしたちの血まみれの心。それらは温かい血を滴らせたままで、この美しいエモ・フォークと共鳴する。

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