「!K7」と一致するもの

Saint Etienne - ele-king

 18歳のあの夏の日、もっとも重要だったのは、つまずいてしまったぼくが一緒に歩いていた彼女の白いブラウスの胸に思い切りコーラをこぼしてしまったことだった──これはあくまで喩えだが、長い人生におけるほんのわずかなこの瞬間、しかしもう二度と再現はされないこの出来事、あるいは失恋の切ない経験だけで、ポップおよびロックは何万曲もの名曲を生み出してきた。おそらくそれは戦争に反対した歌よりもずっと多く、表現力の質においても豊かなヴァリエーションがあるに違いない。ボブ・スタンレーはコーラをこぼした少年(少女)から広がるポップスをいまも愛しているひとりである。ポップス研究家でレコード・コレクターでもある彼は、いまならチャーリーXCXが最高だと言える人で、10代のときに初めてポップス(かつてのロックンロール)を聴いたときの胸がうずくような感覚をずっと追い求めている、というのは言いすぎだが(彼はもっと幅が広い方なので)、でもぼくは彼のそうした気質を100%ではないにせよある程度は共有できるし、共有したいと思う。
 スタンレーはセイント・エティエンヌの頭脳かもしれないが、だからといってバンドはスタンレーのソロ・プロジェクトではない。セイント・エティエンヌは、サラ・クラックネルとピート・ウィッグスの2人を加えた3人の個性の集合体で、とりわけ前作と今作においてはヴォーカルのサラの存在の大きさをぼくは感じている。前作『アイヴ・ビーン・トライング・トゥ・テル・ユー』では、彼女の、いわゆる“エーテル”系のヴォーカル/ヴォイスがバンドの新境地となったムーディーなダウンテンポの魅力を増幅させていることはたしかで、バンドにとって初のアンビエント作となった今作においても、言葉少なめの彼女の声は“レス・イズ・モア”なサウンド効果となっている。
 セイント・エティエンヌがアンビエントをやることは、彼らがそもそも90年代初頭のダンス・カルチャーの突出したエネルギーに大いに触発されたバンドだったことを思えば意外ではないし、アンビエントがポップの領域にまで浸透した昨今の状況を考えれば当然の成り行きと言える。また、本人たちがザ・KLFの『チルアウト』のようなアルバムを作りたかったという意図もまったく理解できる。『チルアウト』はもちろん独特のムードを持った名盤で、アルバム全体には、アンビエントにありがちな学際的な言説の代わりに、自分をいかにも頭良さげに見られようとはしない、あのころの英国インディ・ミュージックならではの風味がある。また、セイント・エティエンヌにとっては、『チルアウト』と同様にサンプリングは制作においてもっとも重要な作業/手法である。スコット・ウォーカーの誇張された悲しみ、エンニオ・モリコーネのロココ調のバラード……じっさいサウンドとして使われているかどうかはわからないが、本作『ザ・ナイト』がちまたのアンビエント・ポップと一線を画しているのは、ここにはそうした他にはないテイストやアプローチ、ともすればブロードウェイ・ミュージカルめいた陶酔もあり、セイント・エティエンヌ独自のポップス主義と混合術が効いて、夜のサウンドトラックとしての魅惑的な薄明かりを創出している。
 『ザ・ナイト』はきわめてムーディーで親密な夜の音楽だが、アルバムのはじまりには前作から続くセイント・エティエンヌの永遠のテーマが組まれている。それはこんな風に。

  20歳か21歳であれば
  信念は揺るぎなく、エネルギーは満ち溢れている
  それが黄金か? 私の運命を教えて
  時は飛び滑り落ち、すべての道はここに続く

 サラのモノローグは、いかようにも解釈できる。前作における18歳であることの美しさを、ぼくは後から稲垣足穂の「彼等」と重ねてみた。長い人生において誰もが若く美しい、しかしそれはほとんど一瞬にして消える儚いもの、計らずともセイント・エティエンヌも足穂も「若さ」を同じような感覚で表現している。そして今作においても失われた「若さ」はアルバムに通底する意味深い主題となっている。

  あなたが若かった頃
  私たちが過ごした時間、あなたが言ったこと
  私たちが過ごした時間、あなたが言ったこと
  それらはまだ私の頭のなかにある

 ボブ・スタンレーは、少しアンドリュー・ウェザオールと似ているところがあって、どちらも10代の音楽=ロックンロールやロカビリーを愛している。ニール・ヤングの若さゆえに生まれた名失恋ソング “オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート” の歌詞をウェザオールも好きだったに違いないが(彼は同曲の最初のリミキサーである)、彼らのように、若さゆえにクリエイトできた文化を若くなくなってからも愛することは、若く見られようと薄い髪をごまかすこととは意味が違うということをここで断っておこう。
 傷つきやすい10代の恋心は、大人になるとフィリー・ソウルになり、それがディスコの土台になった。それからずいぶんときを経て、郷愁を慈しむ大人の夜が、いまここにアンビエントを生んだ。この音楽はスピってもいなければ枯れてもいないが、ときに悲しく、冷たい。遊び心があって敷居も低いが、前作と同様、初期の楽天性は遠い昔の話である。それでもこれはリスナーに寄り添っているインディ・ミュージックであって、あの夏の日のことを歌ったポップ・ソングをいまでも忘れられない大人たちが作ったアンビエントなのだから、孤独だけれどドリーミーで、そして音楽に依存してきたぼくのような人間にとっては貴重な癒やしになるのだった。
(いや、自分もこの年になって、ふたたびセイント・エティエンヌを聴くようになるとは思わなかったです)

ele-king presents HIP HOP 2024-25 - ele-king

ヒップホップ/ラップ・ミュージックの年刊専門誌が創刊!

たったいま、アメリカで起きていること、
これを読めば、USヒップホップの “現在” がわかる!!

現在のUSヒップホップのメインストリーム概観、乱立するサブジャンル解説、ヒップホップと大統領選、『ヒップホップ・ジェネレーション』の著者=ジェフ・チャンのインタヴュー、海外アーティストの来日ライヴ・レポート、そして、2024年ベスト・アルバム50を発表!!

Kendrick Lamar, MIKE, BossMan Dlow, Latto, Xaviersobased, Rapsody, Tyler, The Creator, Doechii, Common & Pete Rock, GloRilla, ScHoolboy Q and more...

菊判218×152/160ページ

目次

Intro (For the First Issue) 二木信

[巻頭対談]
歴史的ビーフからサウスの女性ラッパーの躍進、カントリーとの蜜月、ベテランの健闘まで
――2024年のアメリカのヒップホップでは何が起こっていたのか?(池城美菜子×渡辺志保)

[インタヴュー]
ミーガン・ザ・スタリオン、グロリラの元気と、タナハシ・コーツの勇気に出会えた年──押野素子
私の役割はコミュニティの歴史を伝えること──ジェフ・チャン(通訳:SRCFLP)
海外アーティスト来日ライヴ・レポート!──PoLoGod.×$hirutaro
ShotGunDandyが解説する2024年ベスト・パンチライン!

2024年ベスト・アルバム50
二木信、アボかど、池城美菜子、市川タツキ、イワタルウヤ、奧田翔 、小澤俊亮、小林雅明、島岡奈央、高久大輝、つやちゃん、野田努、長谷川町蔵、吉田雅史、渡辺志保

[コラム]
サブジャンルが乱立する2024年。シーンでは何が起きている?(アボかど)
あらゆる戦争が交差するストリートから生まれる音楽──bigsosとムスタファについて(磯部涼)
ラッパーほど信頼できる存在はいないだろ?──ヒップホップと大統領選(辰巳JUNK)
「USヒップホップ」の境界線をかく乱する──2024年のサウンドの冒険(つやちゃん)
2024年の怪物キメラへ──ビーフの裏側で誰が本当に殺されていたのか(緊那羅:Desi La/青木絵美訳)
アンビエント・ラップというオルタナティヴの発生現場(野田努)
私はアンチ・カーディ・Bじゃない──フィメール・ラップのいくつもの物語(島岡奈央)
50周年を迎えたヒップホップと「年齢」の壁(ネコ型)
ヒップホップ・メディアは「ほとんどがゴミ」なのか?──岐路に立たされるジャーナリズム(竹田ダニエル)
2024年のヒップホップ・カルチャーと社会──そして「政治」とは何か?(塚田桂子)
ラップの虚構性とキャンセル・カルチャー(小林雅明)
燃えつきることなく燃えつづける「反ポップ」のともしび──アンチポップ・コンソーティアムのふたりがそろって新作を出した年(小林拓音)

レコード店が選ぶ2024年のベスト10
ディスクユニオン/EBBTIDE RECORDS/HMV record shop 渋谷/Jazzy Sport Shimokitazawa/JET SET KYOTO/Manhattan Records/VINYL DEALER

BONUS TRACK まだまだあった! 2024年の見過ごせない注目作

[編集・監修者プロフィール]
二木信(ふたつぎ・しん)
1981年生。ライター。『素人の乱』(松本哉との共編著)、単著に『しくじるなよ、ルーディ』、企画・構成に漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』、編集協力に『ele-king vol.27 特集:日本ラップの現状レポート』、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』など。

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お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『ele-king presents HIP HOP 2024-25』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●36、39、52、55、94、97、114、117、130、133、136、149ページ ショルダー

誤 COLUNM
正 COLUMN

●101ページ 下段最終行

誤 ジャフ・チャン
正 ジェフ・チャン

●153ページ 右段チャート7番目

誤 BIGMUTHA
正 BbyMutha

●159ページ プロフィール記載漏れ

奧田翔(おくだ・しょう)
1989年3月2日生まれ。宮城県仙台市出身。2008年、大学入学を機に上京。入会したキックボクシング・ジムでかかっていたBGMをきっかけにヒップホップ/R&Bを聴き始める。主な仕事にケンドリック・ラマーらの国内盤ライナーノーツ、YouTubeチャンネル『HIPHOPで学ぶ英語』など。最近毎朝コールドシャワーを浴びている。

●159ページ 左段

誤 池城美奈子
正 池城美菜子

COMPUMA - ele-king

 まだキリリとした寒さと、春の暖かなまどろみが混ざりあう、新たなる息吹も感じる浅春の候、2025年3月6日(木)、渋谷はWWWにてCOMPUMAのワンマン・ライヴを開催のお知らせです。昨秋リリースの、『A View』以来、2年ぶりとなった新作アルバム『horizons』のリリース・パーティ。
 『horizons』は、コンピューマ、自身のルーツとなる熊本は江津湖のほとりでの散策を、エレクトロニックな質感とともにイマジナリーなサウンドスケープとして描き出した作品で、淡くまじり合う豊かな色彩でその情景を宿したエレクトロ~ダウンテンポ~アンビエント etc、を展開。年末には待望のデジタル配信もスタート、さらには今後、アナログLP化も予定されている模様。

 今回のコンピューマ・ライヴも音響に内田直之、映像に住吉清隆と、鉄壁の三すくみ。同地で幾度か行われたライヴでも訪れた知覚の新たな体験は、今回もまた別の扉も開けてくれることでしょう。
 さらに今回はオープニング・アクトとして、ANJI(あんじ)というアーティストが登場する。彼女は2012年生まれ滋賀県在住で、盲学校中学部1年生。視神経形成異常症により生まれつき全盲のアーティストだが、幼い頃から楽器と戯れ、現在ではビートメイクやライヴ・パフォーマンスを行っている。脱線3のM.C.BOOがそんな彼女の演奏動画をコンピューマに紹介したことが発端となり、その音に感銘を受けたコンピューマのリクエストによって今回のオープニング・アクトとしての出演が決定した。
 当日どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。自然も、人間も新たな一歩を踏み出す春という季節に、そして新たなる音楽体験へと一歩踏み出す、そんなワンマン・ライヴになることは、まず間違いないだろう。(河村祐介)

 こちらの公演詳細は下記、前売チケットはただいまより販売開始となる。

■COMPUMA『horizons』Release ONE-MAN

■出演 :
COMPUMA(音響:内田直之、映像:住吉清隆)
Opening Act : ANJI

2025年3月6日(木曜日)開場/開演 18:30/19:30
WWW
前売券(2025年1月15日(水曜日)19:00発売):
 一般 : 3,500円/U25 : 2,500円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
前売券取扱箇所:イープラス
問い合わせ先:WWW 03-5458-7685

※U25チケットは25歳以下のお客様がご購入可能なチケットです。
ご入場時に年齢確認のため顔写真付き身分証明書の提示が必要となります。

ARTWORK : 鈴木聖

▽COMPUMA 2nd Album『horizons』INFO
アーティスト : COMPUMA
タイトル : horizons
リリース日 : 2024年9月20日(金)
レーベル : SOMETHING ABOUT
品番 : SOMETHING ABOUT 008
フォーマット : CD(デジパック+ブックレット)
CD価格 : ¥2,500(税込)
URLs : https://linkco.re/ETZvyenP


◇トラックリスト
1. horizons 1 / 2. horizons 2 / 3. horizons 3 / 4. horizons 4 5. horizons Interlude / 6. view 2 electro / 7. horizons 5

マスタリング:中村宗一郎
アートワーク:鈴木聖

Félicia Atkinson - ele-king

 フェリシア・アトキンソンの新作『Space As an Instrument』は、ピアノを中心に据えた美しいアンビエント作品でありながら、アトキンソンの音楽に秘められた「音の本質」を深く掘り下げる試みでもあった。
 本作は、アトキンソンがこれまで築いてきた音楽的世界をさらに進化させ、聴く者を新たな感動と音そのものへの洞察へと誘うアルバムである。アトキンソンは聴き手に対して「聴くこと」とは何かと問いかける。ちなみにリリースは、アトキンソン自身が主宰するレーベル〈Shelter Press〉である。

 フェリシア・アトキンソンの特徴的な「語り」は、この『Space As an Instrument』でも重要な役割を果たしている。アトキンソンの「声」はたんに言葉を伝える手段ではなく、音楽そのものの一部として機能している。囁くような抑えた表現は、ピアノや電子音、環境音と調和し、すべてが平等な素材として扱われる。彼女が生み出す音楽のなかでは、「声」は特権的な存在ではなく、あくまで音響のなかの一要素である。このアプローチには、音と音、要素と要素のあいだにある関係性を問い直すアトキンソンの哲学が色濃く反映されている。
 アルバム全体に散りばめられた環境音もまた、重要な役割を果たしている。雨音、風のざわめき、足音といった音が、楽曲に深い奥行きと現実感を与える。これらの音は背景として存在するのではなく、楽曲そのものの一部として聴き手に作用する。そして、その上に重なる電子音が、楽曲に抽象的な要素をもたらし、現代的な響きを付加しているのだ。こうした複雑な要素が絡み合うなかでも、最も心に残るのはやはりピアノの音色である。
 アトキンソンのピアノ演奏は、派手な技巧を見せつけるものではない。しかし、その音色には濁りがなく、一音一音が丁寧に紡ぎ出される。即興と作曲のあいだを行き来しながら生まれる旋律には独自の魅力があり、聴き手を引き込む力がある。音と音のあいだに生まれる余白や静寂さえもが、音楽としての存在感を持つ。アトキンソンの演奏は、単純でありながら豊かな深みを持つものであり、それがアトキンソンの音楽を特別なものにしている。1曲目 “The Healing” を聴けばそれは即座に理解できるだろう。

 アルバムのタイトル『Space As an Instrument』が示すように、アトキンソンは「音と空間の関係」の重要性を理解している。音。空間。響き。持続。消失。再生。そのすべて。
 『Space As an Instrument』を聴くことで、リスナーは自身の内的世界に広がる「音空間」を創り出す感覚を体験できる。それはたんなる反復のリズムではない。身体のなかで崩れ、新たなリズムへと変化していく有機的な流れである。こうした音楽の構造は、聴き手に無理のない自然な感覚をもたらし、結果的に音楽そのものが呼吸しているかのような印象を与えるはず。
 アトキンソンの音楽が持つ「自然さ」と「無理のなさ」は、このアルバムの随所に感じられる。それは音楽が技巧や理論の枠組みを超えた有機的な響きとリズムがあるからだ。この作品を通じて感じられるのは、音楽がただの娯楽ではなく、聴く人の身体や心と深く繋がる体験として存在していることだ。この自然な流れが、アトキンソンの音楽をほかのアーティストの作品と一線を画すものにしている。実験のための実験ではないのだ。
 アトキンソンの音楽はたんなる音楽にとどまらず、現代アートとしての価値を持っている。それはアトキンソンがエクスペリメンタル・ミュージックの最前線に立つアーティストだからこそ可能な表現といえよう。アトキンソンの音楽には、ジャン=リュック・ゴダールの映画に見られるような断片的な語り口や、坂本龍一の音楽に通じるミニマルな美学が感じられる。しかし同時にこの『Space As an Instrument』のサウンドが極めてパーソナルな音の集積に感じられた。まるで日々の音を記した日記のような音楽なのだ。その意味で坂本龍一『12』に近い音楽性ともいえる。

 今回のアルバムは、これまでの作品以上にシンプルなサウンドで構成されている。アルバムには全7曲が収録されており、ピアノとドローンと環境音が交錯する曲が多くを占めている。だがその音のレイヤーはこれまでよりいっそうシンプルになっている。
 このシンプルさにより、音楽そのものの素の部分が鮮明に浮かび上がる。余計な装飾を排した結果、リスナーは音楽の本質に直接触れることができる。アルバム全体を通じて生み出される感情と想像力の豊かさは、アトキンソンの音楽が持つ普遍的な魅力を改めて感じさせる。技巧に走るというよりは、その音そのものを響かせていく方法とでもいうべきか。そこには余白があり、その余白が魅惑的な静寂を醸し出す。7曲目にしてアルバム最終曲 “Pensées Magiques” の消え入りそうなフラジャイルなピアノの音と微かな環境音の交錯は、とてつもなく静寂な感覚を聴き手に与えてくれる。真夜中の音のように静けさとでもいうべきか。

 この『Space As an Instrument』を聴くという行為は、たんなるリスニングの行為を超えたひとつの音の体験となるだろう。それは、音楽が生み出す空白や余韻を感じ取り、そのなかで自分自身と向き合う時間でもある。アトキンソンの音楽は、音楽の可能性を探る探求の成果であると同時に、聴き手にとっても新たな発見の旅路となるに違いない。
 このアルバムが問いかけるのは、「音楽とは何か」「それを聴くとはどういうことか」という根源的なテーマである。彼女の音楽は、音楽とリスナーの関係を問い直し、双方が互いに作用し合う場を創り出しているかのようだ。
 『Space As an Instrument』は、これまでのアトキンソンのキャリアの集大成であり、新たなスタートでもある。このアルバムは、聴く者にとって「音楽の可能性と、その力」を再発見させてくれる極めて重要な作品となるだろう。

Whatever The Weather - ele-king

 昨年は二度目の来日公演が実現、mouse on the keysのライヴへの出演も話題を呼んだロレイン・ジェイムズ。そのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーのセカンド・アルバムがリリースされることになった。3月14日、おなじみの〈Ghostly International〉から発売(CDは日本盤のみ)。現在、新曲 “12°C” のMVが公開されているが、このヴィデオもジェイムズ本人が手がけたものだという。アルバム、楽しみにしておきましょう。
 なお、ファースト・アルバムのレヴューはこちらから。

Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!先行ファースト・シングル「12°C」がMVと共に公開!

Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているサウス・ロンドンのプロデューサー、Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!

そして先行ファースト・シングル「12°C」が公開されました。この曲はアルバムのクロージング・トラックで、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、魂を揺さぶるような充実感を生み出している感動的な楽曲です。Loraine本人が手がけたミュージック・ビデオも同時に公開されております。

Whatever The Weather new single “12°C” out now

Whatever The Weather – 12°C (Official Video)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=p4BgcSlKd0g

The video was self-made by Loraine James.

Whatever The Weather new album “Whatever The Weather II” 3/14 release

Artist: Whatever The Weather
Title: Whatever The Weather II
Label: PLANCHA / Ghostly International
Cat#: ARTPL-230
Format: CD
Release Date: 2025.03.14
Price (CD): 2,200 yen + tax

※日本独自CD化
※ボーナス・トラック1曲収録
※解説付き予定

WTW第二章!Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているLoraine JamesのWHATEVER THE WEATHER名義での待望のセカンド・アルバムが完成!

ロンドン拠点のLoraine Jamesは、エレクトロニック・ミュージックの第一人者として名を馳せる一方、洗練された作曲、骨太な実験、予測不可能で複雑なプログラミングを融合させることで、そのサウンド・アイデンティティを確立してきた。名門レーベルHyperdubからリリースされる彼女の本名名義での作品は、IDMの影響を受け、ヴォーカルを多用したコラボレーションが多いのに対し、別名義であるWhatever The Weatherでは印象主義的で内面的な視線のアプローチをみせている。セカンド・アルバムとなる『Whatever The Weather II』では、催眠術のようなアンビエンスから、斑模様のリズム、日記的なフィールド・レコーディングの切り刻まれたコラージュまで、重層的なテクスチャーの豊かな世界がシームレスに流れていく。その結果、デジタルとアナログのさまざまな方法で加工された有機的な要素と人間的な要素の説得力のある結合から生まれた、独特の分断された美しさが生まれた。

レコーディング時の「感情の温度」に基づいて『Whatever The Weather』というタイトルをつけたが、彼女はレコーディングされた作品を改めて聴くと温度計の温度とは全く別の場所に感じられることがよくある、と述べている。それは環境の気まぐれであり、前作とその南極のイメージに比べれば、本作『Whatever The Weather II』は暖かい作品である。それは、再びCollin Hughesが撮影したジャケット写真の砂漠の気候や、Justin Hunt Sloaneがデザインしたパッケージが物語っている。また、両アルバムに共通しているのは、友人でありコラボレーターでもあるJoshua Eustis (aka Telefon Tel Aviv)のマスタリング作業で、彼は複雑な音に鋭い耳を傾け、驚くほど立体的なサウンド体験を作り上げている。

アルバムの冒頭を飾る「1°C」では、Loraineが「ちょっと肌寒いね…夏になるのが待ち遠しいよ」と話し、粒状の音と散在するヴォーカル・サンプルの層が浮かび上がる。この言い表せないムードは「3°C」にも引き継がれ、高周波の振動がステレオ・フィールドを飛び交い、力強くミニマルなキックが壊れたスピーカー・コーンを揺らし、広々としたシンセのハーモニーがはじけ、霧の中に消えていく。アルバム中最も長尺の「20°C」は、会話とマイナー・キーのコードの喧噪の中で白昼夢を見た後、グリッチでスタッカートなパーカッション・パターンの連続が花開く。「8°C」は、最小限の対位法で彩られた、1つのさまようようなキーボード・ラインに乗っている。これらの瞬間、Loraineは拡散するアイデアから難なく秩序を導き出し、遊び心のある自発性が共通の糸を生み出している。

このプロジェクトについて語る上で、最初の『Whatever The Weather』LP(Ghostly, 2022年)は『Reflection』(Hyperdub, 2021年)と同時期に制作されたこと、そして彼女の2つの音楽的心構えの間にはある程度のスタイルの相互作用があったことを指摘している当時、彼女はPitchforkのPhilip Sherburneにジャンルに対する思いを語り、「そう、私はIDMを作るほとんどの人とは違って見えるかもしれないし、違う時代から来たけれど、その言葉が否定的か肯定的かはあまり気にしていない。私の音楽はIDMだと思うし、他のものからインスピレーションを得て、それを融合させながら自分なりのアレンジをしている」。今回は、数か月間、この別名義とその特徴の開発に集中してエネルギーを注いだ。コラボレーターはおらず、ビートは少なく、主に本能と即興に基づいたプロセスだった。

このアルバムの特異なサウンドは、彼女がソフトウェアよりもハードウェアを好んだことに起因している。シンセサイザーのバッテリーは、ほとんどオーバーダビングされることなく、数々のペダルによって変調、変形、再構築され、各アレンジメントが作成された瞬間に効果的に固定されている。ポスト・プロダクションでは、アーティストが最も重要視しているシーケンスに最大の努力が払われた。全体として、この組曲は、季節の移り変わりと自然主義的な優美さの感覚にふさわしい満ち引きを見せる。

この曲では、東京の遊び場にいる子供たちの心に響くエコーが、断続的に鳴り響く静寂を突き抜け、オフキルターな泡のような音色に包まれる。ここでLoraineは、彼女の多くの強みのひとつである、大胆不敵な音のコラージュへのアプローチを、野心的な実験と驚きに満ちたテンポによって高めている。同じ音空間に長く留まることに満足しない「15°C」は、ソフトなパッドと輝くカウンター・メロディが続き、突然、回転する機械の中の緩んだ部品を模倣した、耳障りで周期的なリズムが加わる。 Loraineの作品の多くがそうであるように、彼女の手によってのみ意味をなす内部論理を帯びている。
クロージング・トラックの「12°C」は、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、実に珍しい、魂を揺さぶるような充実感を生み出している。その最後の瞬間、私たちは初めて、彼女のピッチシフトした声の上で、物憂げなアコースティック・ギターと優しく指でタップするビートを耳にする。これは、皮肉な曖昧さでアルバムを締めくくるコールバックであり、地平線の向こうにさらに何かが見つかるというヒントである。『Whatever The Weather II』には、まるでネガフィルムのような形式的な構成と、ウィット、インテリジェンス、そしてスキルで常識を覆すような、そんな魅力的な箇所がに満ちている。

マスタリングは引き続きTelefon Tel AvivことJoshua Eustisが担当。CDリリースは日本のみで、ボーナス・トラックが追加収録。

Track list:
01. 1°C
02. 3°C
03. 18°C
04. 20°C
05. 23°C (Intermittent Sunshine)
06. 5°C
07. 8°C
08. 26°C
09. 11°C (Intermittent Rain)
10. 9°C
11. 15°C
12. 12°C
13. null (Bouns Track for Japan)

Loraine James // Whatever The Weather

ロレイン・ジェイムス(Loraine James)はノース・ロンドン出身のエレクトロニッック・ミュージック・プロデューサー。エンフィールドの高層住宅アルマ・エステートで生まれ育ち、母親がヘヴィ・メタルからカリプソまで、あらゆる音楽に夢中になっていたおかげで、エレクトロニカ、UKドリル、ジャズなど幼少期から様々な音楽に触れることとなる。10代でピアノを習い、エモ、ポップ、マス・ロックのライヴに頻繁に通い(彼女は日本のマスロックの大ファンである)、その後MIDIキーボードとラップトップで電子音楽制作を独学で学び始める。自宅のささやかなスタジオで、ロレインは幅広い興味をパーソナルなサウンドに注ぎ込み、やがてそのスタイルは独自なものへと進化していった。
スクエアプッシャーやテレフォン・テル・アヴィヴといった様々なアーティストやバンドに影響を受けながら、エレクトロニカ、マスロック、ジャズをスムースにブレンドし、アンビエントな歪んだビートからヴォーカル・サンプル主導のテクノまで、独自のサウンドを作り上げた。
彼女は2017年にデビュー・アルバム『Detail』をリリースし、DJ/プロデューサーであるobject blueの耳に留まった。彼女はロレインの才能を高く評価し、自身のRinse FMの番組にゲストとして招き、Hyperdubのオーナーであるスティーヴ・グッドマン(別名:Kode 9)にリプライ・ツイートをして、Hyperdubと契約するように促した。それが功を奏し、Hyperdubは2019年に彼女独特のIDMにアヴァンギャルドな美学と感性に自由なアプローチを加えたアルバム『For You and I』をリリースし、各所で絶賛されブレイク作となった。その後『Nothing EP』、リミックス、コラボレーションをコンスタントにリリースし、2021年に同様に誠実で多彩なフルレングス『Reflection』を発表。さらなる評価とリスナーを獲得した。2022年には1990年に惜しくも他界したものの近年再評価が著しい才人、Julius Eastmanの楽曲を独自の感性で再解釈・再創造した『Building Something Beautiful For Me』をPhantom Limbからリリースし、初来日ツアーも行った。そして2023年には自身にとっての新しい章を開く作品『Gentle Confrontation』をHyperdubから発表。これまで以上に多くのゲストを起用しエレクトロニック・ミュージックの新たな地平を開く、彼女にとって現時点での最高傑作として様々なメディアの年間ベスト・アルバムにも名を連ねた。

そしてロレインは本名名義での活動と並行して、別名義プロジェクトWhatever The Weatherを2022年に始動した。パンデミック以降の激動のこの2年間をアートを通じて駆け抜けてきた彼女はNTSラジオでマンスリーのショーを始め、Bandcampでいくつかのプロジェクトを共有し、前述のHyperdubから『Nothing EP』と『Reflection』の2作のリリースした。そして同時に自身が10代の頃に持っていた未知の創造的な領域へと回帰し、この別名義プロジェクトの発足へと至る。Whatever The Weather名義ではクラブ・ミュージックとは対照的に、キーボードの即興演奏とヴォーカルの実験が行われ、パーカッシヴな構造を捨ててアトモスフィアと音色の形成が優先されている。
そしてデビュー作となるセイム・タイトル・アルバム『Whatever The Weather』が自身が長年ファンだったというGhoslty Internationalから2022年4月にリリースされた。ロレインは本アルバムのマスタリングを依頼したテレフォン・テル・アヴィヴをはじめ、HTRK(メンバーのJonnine StandishはロレインのEPに参加)、Lusine(ロレインがリミックスを手がけた)など、アンビエントと親和性の高いGhostly Internationalのアーティスト達のファンである。
「天気がどうであれ」というタイトルにもちなんで、曲名は全て温度数で示されている。周期的、季節的、そして予測不可能に展開されるアンビエント~IDMを横断するサウンドで、20年代エレクトロニカの傑作(ele-king booksの『AMBIENT definitive 増補改訂版』にも掲載)として幅広いリスナーから支持を得た。

私、VINYLVERSEの開発チームに所属しています。このアプリ、まだベータ版ですので、少々わかりづらい部分も多いかと思います。皆様にうまく使っていただけるよう、ここで簡単に紹介させていただきます。

VINYLVERSEは、レコード好きのために作られた音楽アプリです。このアプリには大きく分けて2 つの主要な機能があって、初めて使うとちょっと複雑に感じるかもしれません。
でも慣れてくるとすごく楽しくなります(自分で使っていてそう思います)。
今回はその楽しい部分の中心である「ギャラリー機能」をピックアップしてご紹介します。
(※もう1つの大きな機能であるPHYGITAL VINYL(NFTとレコードを融合した技術)の管理はまた別の機会に紹介いたします!)

ギャラリー機能について

ギャラリー機能はとてもシンプルです。自身の所有するレコードをアプリ上でコレクションとして整理・閲覧することができます。

レコードの追加方法

1.アプリ下段の中央にあるブルーのボタンを押すとカメラが起動します。

2.レコードジャケットを撮影すると、外部データベースから該当レコードのデータが自動的に取得され、アプリに表⽰されます。

3.表示されたレコード情報にある「マイギャラリーに追加」をタップすれば、自分のギャラリーに保存されます。

■ここで注意点!!

・現在、画像検索機能の改良を進めております。そのため、⼀部の画像検索がうまく機能しない場合があります。今すぐ活用できるのはテキスト検索です。

・検索窓にレコードのタイトルや品番を入力すると該当レコードが表示されるので、タップしてギャラリーに追加してください。
※なかなか出てこない場合は、正式な名称や品番をネットで検索してコピペしてください。


マスターとバージョンについて

ギャラリーに追加できるのはバージョンのみです。レコードには複数のバージョンが存在し、それらを束ねているのがマスターです。所有するレコードの該当バージョンを選んでギャラリーに追加してください。

ギャラリーを作り上げよう

1枚ずつレコードをギャラリーに追加していき、自分だけのコレクションを完成させましょう。 50枚ほど揃うと、なかなか見応えのあるギャラリーが作れますよ。

他のユーザーのギャラリーを見る

VINYLVERSEでは、他のユーザーをフォローし、そのギャラリーを閲覧することができます。現時点では他者の投稿が見れるタイムライン機能は未実装ですが、現在開発中です。

では、どうやって他のユーザーを見つけるのでしょうか?

※裏技(1)ユーザーを探す

1. 検索窓に「A」と入力して検索します。(アルファベット1文字であればOKです)

2. 検索結果の⼀番下に「ユーザー」が表示されるので、「すべて表示」をタップします。

3. 現時点で登録されているすべてのユーザーが表示されます。興味のあるユーザーを見つけてフォローしてみましょう。


VINYLVERSEの使い方を広げよう

基本的にこのアプリは無料で利用できるので、どのボタンを押しても基本的には問題ありません。なのでまずはいろいろな機能を試してください。そのうちの⼀つなのですが、ギャラリーに追加したレコードにはオーナーカードというものがついてきます。

このカードでは以下のような情報を記録できます。
•盤やジャケットの状態
•個人的なメモ(他のユーザーからは閲覧されません)

またデータベースの写真ではなく、自分のレコードの写真をアップしたい方は以下の方法があります。

※裏技(2)自分が所有するジャケット写真を登録可能

1. レコードをタップします。

2. 画面右上にある『・・・』ボタンをタップし「レコードを編集」を選択

3. 「写真をアップロード」を押して撮影、もしくはアルバムから登録された写真を選択→「~カバー写真に保存」を選択してから「保存」をタップ。

他にもさまざまな機能がありますので試してみてください。
今後もさらにアップデートを重ねていく予定です。
(常にアップデートしていますので随時ご確認いただけると幸いです)

先にも書きましたが「ギャラリー機能」はとてもシンプルです。アプリを通じて、自分の好きなレコードを並べているだけですが、これは、自身の趣味性や価値観、さらには音楽との関係性が自然と映し出されるように感じています。この行為自体が⼀種のアートであり、音楽活動であり、自己表現のひとつと言えるのではないでしょうか。自分だけのセレクトで作られた唯⼀無⼆のギャラリーには、並べた瞬間に得られる満足感や、新たな発見が詰まっています。それは、まるで自分自身を再発見する旅のように思います。ぜひ、自分なりの使い方を見つけて、楽しんでください。

VINYLVERSE アプリ

Terry Riley - ele-king

 誕生からちょうど60年。去る7月、清水寺で演奏された “In C” の音盤化は、2024年暮れの小さくはないトピックのひとつだった。「私は “In C” を引退します」とは、紙エレ最新号の巻頭インタヴューで高橋智子さんが山梨在住のテリー・ライリー本人から引き出したことばだけれど、この絶好のタイミングで1968年に初めて録音された “In C” が日本の〈ソニー〉からリイシューされている。しかも、ライリーのもうひとつの代表曲 “A Rainbow In Curved Air” とのカップリングで、手にとりやすい廉価盤だ。
 いうまでもないことかもしれないが、すでに “In C” はさまざまな奏者たちによりたくさんのヴァージョンが録音されている。個人的に気に入っているのはデイモン・アルバーンが立ちあげたアフリカ・エキスプレスのヴァージョン(2015)だ。ライリーが属する西洋クラシック音楽の文脈にアフリカなど非西洋圏で培われた文化がみごと合流を果たしたそのサウンドは聴くたびに新たな発見があるのだけれど、68年盤 “In C” の録音にも参加していたジョン・ハッセルが(ブライアン・イーノとともに)ミックスに立ちあったワン・ヨンジー+上海フィルム・オーケストラのヴァージョン(1989)もまた歴史的意義のある1枚といえるかもしれない。
 とまあそんなふうにクラシック音楽としては異例の波及のしかたをみせる “In C” だが、その楽曲上のあれこれだったり、まだ知られていない秘密だったりについてはぜひ紙エレ最新号をお読みいただくとして、ここでは同曲が音楽文化にもたらした意味について考えてみたい。
 53のフレーズを奏者それぞれが任意に繰り返す “In C” のポイントのひとつは、やはりまずその一回性ないし偶然性ということになるだろう。参加人数にも使用楽器にも制約がなく各フレーズを繰り返す回数も決められていないこの曲は、当然ながら演奏されるたびに新たなヴァージョンが生み出されるわけで、まだ人力とはいえ自動生成的な音楽のプロトタイプともいえる。
 もうひとつの大きなポイントは、参加メンバーがクラシック音楽のプロの演奏家でなくとも構わない点だ。ストラスヴァリウスを買ったり高い謝礼をセンセイに払ったりできる裕福な家庭に育ち、幼いころから毎日8時間も10時間も練習を繰り返さなければ獲得することのできないハイレヴェルな技術がなくとも、独創的な “In C” を生み出すことはできる──これは、少なくとも1964年の初演時点ではそうとう画期的だったはずだ(似たアイディアをもつコーネリアス・カーデューのスクラッチ・オーケストラが結成されるのは1969年、ギャヴィン・ブライアーズによるポーツマス・シンフォニアの結成は1970年)。
 こうした「民主的」ないし「大衆的」アプローチをライリーは政治活動としてではなく、あくまで音楽、作曲の方法として実践している。それは、彼が同曲を生み出した60年代という時代がまとっていた空気とも無縁ではない。もうひとつの代表作『A Rainbow In Curved Air』(1969)のアートワークでライリーは、戦争の終結、ペンタゴンの倒壊、核兵器の解体、労働の遺棄といったオリジナル・ヒッピーの理想主義を詩のようにつづっている。ハイ・カルチャーであり難解だと思われていたクラシック音楽をカウンター・カルチャーに接続したという点でもテリー・ライリーは重要なのだ。たとえばザ・フーはライリー賛歌とも呼ぶべき “Baba O’Riley” をつくっているし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、カン、イーノなどなど、これほどまでにポップ・ミュージックに影響を与えた実験音楽は(ラ・モンテ・ヤングを除けば)ないだろう。
 嬉しいことに、その『A Rainbow In Curved Air』のA面曲もまた、この〈ソニー〉のリイシュー盤には併録されている。1968年に録音された “A Rainbow In Curved Air” は、電子オルガンから打楽器まですべての楽器をライリー本人が演奏し多重録音、テープループも用いたこれまた画期的な1曲だ。ここにはフリップ&イーノの青写真も『E2-E4』の萌芽も出揃っている。こんにちアンビエントやクラブ・ミュージック、エレクトロニカと呼ばれる音楽のアイディアの根幹、そのほとんどすべてがここには詰まっているのだ。
 自動生成もエレクトロニック・ミュージックも当たり前になったいまだからこそ、あらためてその原点のひとつを訪ねてみるのも一興ではないだろうか。

 今年の正月は、例年にないほど惨めなモノだった。年末から身体のだるさは感じていたけれど、まあ、なんとかなるでしょ! と楽観的な姿勢を崩さずやり過ごす算段だった……のだが……元旦の昼過ぎから体調は悪化し、夜に熱を計れば38度。これはやばいと、翌日、開業中の病院を探し行ってはみたものの、待合室に入りきれない30人ほどの患者たちが野戦病院さながら道ばたでうずくまっているではないですか。なすすべなく2時間ほど待って診てもらい、その夜は39度まで上がった。
 というわけで、じつを言うといまもまだ本調子にはほど遠いのです。咳は出るし身体はだるい。体調はいっこうに優れないのでありますが、編集部コバヤシからの情け容赦ないプレッシャーがこうして文字を綴らせている、というわけではありません。正月のあいだずっと寝ていたので、リハビリがてら書いてみようと思う。

 音楽ファンにとってのここ数十年の年末年始の風物といえば、各メディアの「年間ベスト・アルバム」だ。昔と違っていまはネットで多くのメディアのベスト50なりベスト100なりを見ることができるので、ぼくもご多分の漏れず、(『レジデント・アドヴァイザー』と『ミックスマグ』以外の)いろんなメディアのいろんな順位を楽しんでいる。順位を決めるは、それぞれのメディアの考え/姿勢/好みだろうし、それぞれのリストを見ながら聴いていなかった作品を聴いてみたり、順位の意味を読み解いたりするのがぼくには面白かったりする。
 こうした、いろんなメディアのいろんな年間ベストの時代は、ネットによって1950年代から1990年代まで続いた大衆音楽の生態系が破壊されたことによって現出している(*)。だから当初は、このような状態が良きことなのかどうなのか、正直なところ懐疑的だった。昔なら、日本在住者が『ガーディアン』をチェックすることなどなかった。そして昔なら、『NME』が2年連続で年間アルバムの1位をパブリック・エネミーにしたことは音楽ファンにとってその後何年も語りつがれる大事件だった。1989年にはストーン・ローゼズのデビュー・アルバムではなくデ・ラ・ソウルを1位に選んだことも洞察力に富んだ順位として記憶されている。
 昔は読むメディアも限られていた。順位に対するメディアと読者の緊張感/思い込みに関して言えば、年齢的なこともあったのだろうけれど、いまとは比較にならない。自分が好きなアルバムの順位が低かったりすると、本気で頭にきていたものだったよなぁ……と、そんなことを回想しながら、思いはさらに昔へと飛ぶ。
 ぼくが音楽を好きになったのは、小学4年生以降に夢中になったラジオに原因がある。あの頃──1970年代なかば以降の日本のラジオ放送では「チャート」番組のようなものがいくつかあって、ぼくはそんなものをよく聴き漁っていたのだ。とくに「全米ポップス・チャート」みたいな番組が好きで、お恥ずかしい話だが、中学生になるとノートにその週の順位を記録するようにもなった(*2)。自分にとってはすべてが新しい世界に思えたのだろう。

 そしていま、デジタルな世界におけるいろんなメディアのいろんな年間ベストを、「うーん」、「なるほどなぁ」、「そうかぁ?」、「やっぱりなぁ」、「これは聴いてなかったなぁ」、なんて独り言をつぶやきながら見ているのである。たとえば、 『ピッチフォーク』がシンディ・リーを1位にしたのは予想通りだった。まあ、これはこれでいい。これは同メディアの原点回帰だと解釈している。そんなことよりぼくにとっての問題は、チャーリーだ。多くのメディが賞賛する『brat』だが、そもそもぼくはチャーリーXCXがどうも苦手であることもここに白状しておこう。ポップ・ミュージックにおけるハイブリッド性とその展開、嫌いな話ではない。しかも彼女は、大枠で言えばクラブ系エレクトロニック・ミュージック。それでも『brat』を素直に楽しめないのは、古典的なポップのナルシズムを逆手に取った、PC Music以降のポスト・モダニズムな感性を理解できないからではないと思う。これはもう、単にぼくが年老いているからだ。ぼくのような老兵にはブリトニー・スピアーズのデビュー・アルバムで充分だし、もっと言えば、それをいまさら聴き直したいとも思わない。(しかしなんでもまた近年になってマライア、ブランディ、ブリトニーなのかという話はまたいつか)
 セイント・エティエンヌのメンバーで、音楽ライターであり音楽史研究家でもあるボブ・スタンレーの著書『Let's Do It- The Birth of Pop Music- A History』には、この世界にポップが誕生したときの、じつに象徴的な逸話が紹介されている。

『ニューヨーク・イブニング・ポスト』紙の45歳の批評家ヘンリー・T・フィンクはワーグナーの信奉者であった。彼は大衆音楽やサロン・ソング、あるいは街角での口笛さえも好まなかったが、1900年2月、彼は来るべき世紀について、辛辣ではあるが悲観的な見解を示した。「ある日の午後、裏庭の花に水を撒いていると、通りすがりの少年が、それまで聞いたことのない曲を口笛で吹いた」。フィンクは目を細めてその「不快な下品さ」に顔をしかめながらも、「夏のあいだ、1000回は耳にするだろう」と感じていた。そして、彼の予言は真実を言い当てた。1、2週間も経つと、街中の少年たちがその曲を口笛で吹き、他の男たちは鼻歌で口ずさみ、10人に1人の女性がピアノで弾いていた」。フィンクは「まるで伝染病のようだった」と吐き捨てた。彼が耳にした曲は数か月間は地元でも全国でも避けられないものとなるほど、「ヒット」したのだ。

 そう、かつては自分も外で口笛を吹く少年のひとりとしてロックやパンクを聴き、ハウスやテクノを聴いたのであった。間違っても、「不快な下品さ」に顔をしかめるフィンクではなかった。だがねコバヤシ君、生態系崩壊後において事態はそう単純なものではなくなったのだよ。今日では、笛を吹く少年たちも進化している。細分化もしているし、彼らがいる街角は、昔のようにひとつではない。フィンクのほうも、1900年とは違っていまではずいぶん物わかりが良くなっていることだろう。
 また、ポップであることを拒否した音楽(モダン・ジャズ、ポスト・パンクなど)に惹かれていたりすると、別の情熱も高まったりするものなのだ。自分はポップ・ミュージックから音楽に入った人間だが、ポップでない音楽がどんどん好きになっている。でも、自分がどこから来ているのかはわかっている。だから、こうしていまも21世紀の末裔たちの、いろんなメディアのいろんな順位を気にしているんだと思う。
 平均的に高順位だったアルバムのなかで自分が聴いていなかった1枚に、ジェシカ・プラットの新作がある。サウンド面で言えば聴きやすいメロディックなフォーク・ロックで、ノスタルジックに感じられる。これは否定ではない。シンディ・リーのアルバムにも、60年代のガールズ・グループ、たとえばザ・シュレルズやザ・ジェイネッツなんかを彷彿させるロマンティックな曲がいくつかある。ぼくが昨年好きだったピープル・ライク・アスは、前衛的手法で60年代のこの手の、いわゆるブリル・ビルディング系ポップスをサンプリングして夢の世界を描いていた。ていうことは……なんだぁ、みんな同じようなことを思っていたんだなぁ。ポップの世界では、大人が新しいものに警戒心を抱き、若者が過去を甘美に思うとき、こうしたトレンドがたびたび生まれているのである。
 でも待てよ、そう考えるとチャーリーはどうだろうか? 未来的なのだろうか? いや、彼女こそ、後ろを見ながら前を向いている典型でもある。この、後ろを見ながら前に進むというのは、ポップの世界では何度も繰り返されてきている。既述のストーン・ローゼズのデビュー・アルバムがまさにそれだ。 “アイアム・ザ・リザレクション” は60年代モータウンのリズムとメロディをハウスのテンポに落とし込み、独自の言葉が歌われている。彼らは同郷のハッピー・マンデーズと違ってダンス・シーンとほとんど関係がなかったが、 “フールズ・ゴールド” でボビー・バードの “ホット・パンツ” をループさせたりしているうちに、セカンド・サマー・オブ・ラヴを象徴するバンドになった。そして、それにもかかわらず、当時の『NME』(アシッド・ハウスを大いに扱っていたメディア)は、1989年のベスト・アルバムの1位を、ほとんどすべてにおいて新しかった『3フィート・ハイ&ライジング』に決めたのだった。

 ポップ・ミュージックにおける実験性は、ときに気まぐれだ。遊び心ゆえに形式的な境界線を飛び越える。また、1976年の作品でいみじくもカンが記したように、「偽物」であることは逆説的な「真実」でもある。往々にして「偽物」がおもしろいポップを創出したりもするし、そしてすぐに廃れもする(*3)。ぼくの机のうえのパソコンからは、いまも『brat』が流れている。つい先ほど、すぐにそれに反応した松島君がやって来て、彼の昨年のDJセットでは同アルバムからエディットしたものをかけていることを教えてくれた(なるほど、じゃあ松島君のDJのなかで聴いたら印象が変わるかもね)。ほかにもチャーリーに関して彼は一家言あるみたいだが、彼のマシンガントークの相手をする体力がいまのぼくにはない。ただ、松島君が言うように、同作は良くも悪くも洗練され過ぎてもいる。ぼく的に言えば、ちょっと過去を尊重し過ぎているかな……という話はもうどうでもいい。よしわかった、音楽には時代を知る手がかりがある。2025年は後ろを見ながら前に進めばいいのだな。
 では最後にもういちど確認しておこう。優れたポップ・ソングとは、順位や人気が決めることではない。その曲が、あなたの人生についてより多くを語っているとあなたが思っているかどうか、これがひとつの基準である。古くても新しくてもいい。2025年、そんな曲と出会えたらいいよね。

(2025年1月9日)


(*)
 若者文化が形成され、7インチEPが普及、ラジオがそれを流し、英国で『NME』が創刊されたのが50年代のこと。おおよそ我々がざっくり思うところのポップ・ミュージック業界はその頃にカタチが生まれ、60年代から70年代にかけて成長し、1990年代まで続いた。
 さて、そもそもポップ・ミュージックとは、主観的に使われる言葉ではあるが、ここではまず売るために作られた音楽を指している。つまりセックス・ピストルズもホアン・アトキンスもポップ音楽。だから、スタンレーが言うように地元の酒場で仲間内で歌っている歌はポップにはならない。ポップ・ミュージックとはもちろんポピュラー・ミュージックの略で、スタンレーの長年の研究によれば、この言葉が世に出たのは、1901年の英国の演劇業界紙『The Stage』に掲載された広告においてだった。「マネージャー募集。世界最大の優良図書館であるロンドン音楽貸出図書館にすぐ応募のこと。最新のポップ・ミュージックばかり。アルジャーノン・クラーク経営、ロンドン・ロード18番地、バーンズSW13」。ちなみに1900年当時の英国おける最大のポピュラー・ミュージックといえばミュージック・ホール。歌手と作家、興行主も労働者階級という、大戦前まで栄華をほこった大衆芸術。
 ともかく最初の「ポップ・ミュージック」は、限りある広告スペースに適当すべく短縮された言葉だった。そして、やや遅れてアメリカでは当時の新しい音楽形式、ラグタイムが誕生し、これをもって、より広い社会の枠組みにおけるポップ・ミュージック業界はスタートする。19世紀末に生まれたラグタイムとは、アメリカらしい、もっとも古いブラック・ポップ・ミュージックで、つまりビートがあり、シンコペーションがあった。たちまち踊り出したくなるようなミニマルな音楽で、とくにルールはなく、楽譜を必要としなかった。ラグタイムのピアノが弾けたら女性にもてたし、スコット・ジョプリンという売れっ子もいた。当初は安酒場や売春宿といったアンダーグラウンドでしか聴けなかったが、それがスタジオで録音され、最終的にはシェラック盤(78回転の10インチ)になる。ティン・パン・アレーはラグタイムを簡素化し、注文に応じて大量生産されるポピュラー音楽としてこのスタイルをさらに売った。そしてその人気の高まりにおいて、こりゃまあ、たんなる騒音、穀物倉庫の音楽だな、などという批判も噴出した。
 こんな話を書いていると、ブロンクスでヒップホップ、シカゴでハウスが生まれていったことと、最近ではジュークが生まれていったことと同じようなことが120年前には起きていたんだなぁとしみじみと思う。決定的な違いは、1900年当時の世界にはまだ「若者」という概念も存在もなかったことだ。「英国では15歳も50歳も同じように土曜の夜に給料をはたいて同じ演目を観に同じミュージック・ホールに通っていた」とスタンレーは書いている。世界史に「若者文化」が登場するのは、第二次大戦後のことである。

(*2)
 ぼくがラジオ少年としてチャート番組を聴いていた70年代なかば以降は、あとから考えてみると、悲しいかな、アメリカの売れ線ポップスのほとんどが低調だった時代と一致している。たとえば、ドゥービー・ブラザーズにジョン・デンバー、リンダ・ロンシュタット(オリジナルより遙かに気迫を欠いた “ヒートウェイヴ”) 、イーグルス(富裕ヒッピーの憂鬱)……70年代ポップスの発信地としての西海岸(通称ローレル・キャニオン)衰退期におけるカントリー・ポップ、じゃあ英国はどうだったかと言えば、ベイ・シティ・ローラーズにクイーン……、デイヴィッド・ボウイの『ロウ』を好きになるにはあと数年必要だったし、ドナ・サマーを楽しむには若すぎた。70年代なかばの、たとえばスタイリスティックスの “愛がすべて”やスリー・ディグリーズ の “天使のささやき” ような素晴らしいポップスとぼくが出会うのは、ずっと先の話になる。というわけで、AMラジオの深夜放送で聞いたRCサクセションのほうがよほどがつんときたし、ローレル・キャニオン系末期の感覚にうんざりしたぼくが、たとえばニール・ヤングの『トゥナイツ・ザ・ナイト』のようなアルバムと出会うには、オルタナ・カントリーの回路が必要だった。とはいえ、1978年以降、つまりパンク以降のニューウェイヴの時代にはたくさんの優れたポップ・チューンが生まれている。しかしその頃にはぼくはもうラジオ少年ではなかった。

(*3)
 歴史を振り返れば、たとえばブームタウン・ラッツやポリスのような、リアルタイムでは人気も評価もあったバンドが、いつしか時間のなかでほとんど愛されなくなっていくという事例や、ザ・KLFの一連のヒット曲のように瞬発力こそ凄かったが数年後には飽きられていった曲も少なくない。それとは対照的に、売れてはいたけれど評価はされていなかった曲が、いつしか時間のなかで評価を高めていった事例も、ほとんどのディスコ・ミュージックをはじめ数多くある。

interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones - ele-king

ジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べてもジョーのコードのチョイスはすごくいい。(沖野)

 これはもはやジャズではなくルーツ・レゲエそのものではないか──ジョー・アーモン・ジョーンズの最新シングルをチェックしたリスナーの多くはおそらく面食らったにちがいない。
 大胆にアフロビートやラテン音楽などをとりいれる雑食的スタイルで10年代後半以降のUKジャズを牽引してきたグループのひと組、エズラ・コレクティヴ。その鍵盤奏者であり、ソロ・アーティストとしても確固たる地位を築きあげているのがジョー・アーモン・ジョーンズだ。UKらしいというか、おなじトゥモロウズ・ウォリアーズで学んだヌバイア・ガルシア同様、音楽的冒険を厭わない彼の射程にももともとレゲエ/ダブが含まれており、その影響は当初から作品に反映されてきた。
 しかしここまでストレートなルーツ・サウンドに舵を切るとだれが予想できただろう。12月6日にリリースされた「Sorrow」によくあらわれているように、2024年にジョーンズが自身のレーベルから送り出した3枚の12インチ・シリーズは、どれもこれまで以上に深くダブに傾斜している。ただ、さりげなく3枚ともB面にローズ・ピアノ・ヴァージョンが収められている点は見過ごせない。それらのヴァージョンからは、通常異なる文脈にあると思われている音楽との接点を探ろうと果敢に奮闘する、ひとりのジャズ・ミュージシャンの姿が浮かび上がってくるからだ。
 そんなジョー・アーモン・ジョーンズのことをかねてより高く評価してきたのがKYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也である。2024年にデビュー30周年を迎えた沖野は、これまでKYOTO JAZZ MASSIVEがカヴァーしてきた曲を集めたコンピレイション『KJM COVERS』を12月4日にリリースしている。彼らがどんな音楽からインスパイアされてきたのか俯瞰できるありがたい1枚だが、ブギーからブロークンビーツまで横断するその軽やかな身ぶりは、ジョー・アーモン・ジョーンズの越境性と共通するところかもしれない。
 そんなわけで、ほぼおなじタイミングで最新タイトルを発表したふたり、昨秋来日していたジョー・アーモン・ジョーンズと、まもなくKYOTO JAZZ MASSIVEとしてリリース・ライヴ(1月16日@COTTON CLUB)を控える沖野修也による特別対談をお届けしよう。

優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。(JAJ)

おふたりが直接対面するのは、今回が初めてですか?

沖野:いえ、以前から何度も会っていました。最初はジャイルズ・ピーターソンの《Worldwide Festival》で。あと、コロナ前に大阪でエズラ・コレクティヴのライヴがあったときに、ジョーはぼくのラジオ番組で「ベスト・ニュー・アーティスト」というのを受賞していましたので、トロフィーをあげました(笑)。大阪まで持っていったんですよ、トロフィーを。そのときに初めてちゃんと話をしました。

JAJ:2019年ころだったと思う。

沖野:最後に会ったのは去年の《We Out Here》というフェスティヴァルで、彼はエズラ・コレクティヴとしてメインステージにいたんですが、ぼくもKyoto Jazz Massiveとして早い時間にライヴをやって。そのときにも会いましたね。

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは以前インタヴューでKyoto Jazz Massiveのことをすばらしいと発言していましたが、Kyoto Jazz Massiveの音楽と出会ったのはいつごろで、どういう経緯で知ったんですか?

JAJ:Kyoto Jazz Massiveは日本のアーティストで最初に好きになったバンドなんだ。たぶん、ジャイルズ・ピーターソンがプレイしていたのを聴いて知ったのが出会いだったんじゃないかな。それで興味を持って、作品を聴いたりライヴを観たりしてすごくいいなと思って。

逆に沖野さんがジョー・アーモン・ジョーンズの存在を知ったのはいつごろでしょうか。

沖野:ぼくもジャイルズがかけていたのがきっかけで。『Starting Today』に収録されていた曲を彼がかけていて。

JAJ:『Starting Today』はアルバムって呼ぶひともいればEPって呼ぶひともいるんだ。

沖野:以降、ジョー・アーモン・ジョーンズの名前の音源が出るたびにチェックしていて、自分のラジオ番組でもかかて、アウォードにもノミネートして。

JAJ:ジャズがつないでくれたコネクションだよね。とてもありがたいと思う。

沖野:ジョーの音楽はコードのセンスがいいんですよ。ぼくはジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べても彼のコードのチョイスはすごくいい。もちろん作曲能力もすばらしいんですが、最初にぼくが惹かれたのはコード感ですね。

JAJ:いま名前が挙がったひとたちはぼくのヒーローでもあります。Kyoto Jazz Massiveの音楽は、たとえばロンドンのような都会に住んでいると「ジャズとはこういうものだ」っていう固定観念があって、みんな同じようなことをやっているし過去のコピーに陥りがちなんだけど、それらとはまったく違った音楽性、サウンドにたいするアプローチを感じて、そこにすごく惹かれた。新しいエネルギーを感じたね。ジャズっていうのは本来そういうものであるべきで、他人と違った新しいアプローチこそジャズのすべてだと思うんだけど、まさにそれをやっているなと思った。

雑食性または横断性はおふたりの音楽に共通するものかもしれません。

沖野:もともとジャズってハイブリッドな音楽ですし、ぼくはさっきコードのことしかいいませんでしたけど、ジョーの音楽にはいろんなエッセンスが入ってもいる。ジャズ、フュージョン、ソウルにファンクに、R&Bにレゲエに、アフロビート。そのミックスされた感じが彼の魅力でもあるし、ぼくらに共通するジャズのあり方かなと思います。混ざってる要素が必ずしも一致してるわけではないんですが、いろんな音楽をとりこんで自分のサウンドにするという点はKyoto Jazz Massiveにもジョー・アーモン・ジョーンズにも共通する要素だと思いますし、指向性は似ているかもしれないですね。

JAJ:その意見には賛成だね。いろんなジャンルをとりこむか、もしくはまったく新しいジャンルを生み出すものがジャズだと思っています。ぼくが好きな尊敬しているジャズ・ミュージシャンもそういうことをずっとやってきていると思う。ロンドンに来て、音楽を勉強するためにカレッジに入ったとき、そこでは「スウィングがジャズにとって大切だ」とか「技術的にどうインパクトを与えるか」といったような部分ばかりが強調されていて、学生たちもそういうことに執着していたんだけど、ぼくが思うジャズはもっと「音楽のための音楽をつくる」ものというか、コンセプトありきで、自分の発想のなかで自由に音楽をつくっていくものなんじゃないかな、とずっと考えていて。たとえばソウルフルなものをつくるのでもいいし、即興でもいいんだけど、優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。

沖野:こういうふうにしっかり語れるのも彼のすごいところ(笑)。自分の意見をしっかりもっているひとだなと思います。日本にはなかなかいないですね。UKのひとたちは年齢はそこまで関係なくおなじ視点で話せるんですよ。それもあってぼくはロンドンが好きですね。

JAJ:いまのイギリスには2種類の上の世代がいて、いちばん上の世代のなかには、若いひとたちがやっていることには興味を示さず、若いひとたちのギグを観に行ったり音楽を聴いたりはしないんだ。自分のやっていることだけで完結しているような、ちょっとオタクっぽいひとたちがメインで、自分のやっていることと違うことを受け容れられないひともいる。一方で、自分にも若いときがあって、自分が新しいことをやりはじめたときに上の世代がどう感じたかをちゃんとおぼえているひともいて。
 たとえばギャリー・クロスビーがいい例だと思う。彼は若者が新しいことをはじめるとき、それに興味を持ってサポートをしてくれるんだ。自分がエズラ・コレクティヴをはじめたときも手厚いサポートをしてくれて、「どんな音楽をやっても大丈夫だし、どんな服装でも大丈夫だよ」って受け容れてくれた。UKのジャズ・シーン全体もいまはそういう方向に向かっていて、若いひとたちをもっとサポートしていこうというムードになっているから、それはすごくいいことだととらえています。

レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。(JAJ)

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは2024年に3枚シングルを出しています。これまでもダブの要素は大きな特徴でしたが、今回のシリーズはジャズとのブレンドではなくかなりストレートなルーツ・サウンドですよね。

沖野:ぼくもびっくりしました。ぐっとルーツに寄っていて。でもヴァージョンがあって、最新シングル「Sorrow」も、ホーンが入っているもの(“Sorrowful Horns”)とローズ・ピアノのもの(“Sorrowful Rhodes”)が収録されていて、アウトプットをちゃんと考えているなと思いました。「ルーツに寄ったね」ってみんなから言われることを想定したうえでフェンダー・ローズを弾きまくっているのがすごく気持ちよくて。発信の仕方を練っているなと感じましたね。

最初の「Wrong Side Of Town」でもヌバイア・ガルシアのサックスがフィーチャーされていました。

JAJ:レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて、たとえばA面にはヴォーカル・ヴァージョンとダブ・ヴァージョン、B面にはホーン・ヴァージョンとディージェイ・ヴァージョンが入っていたり。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。キング・タビーにしても、いろんなヴァージョンのものをひとつにまとめてリリースして。そういうやり方はもともとはジャズの大ファンだったひとによって発明されたんじゃないかな、って考えることもある。たとえばジャズのスタンダード “Autumn Leaves” もいろんなひとが新たなスタイル演奏したり新しいヴァージョンをつくってきた。そういうことに面白さを感じる。

昨年ヌバイア・ガルシアに取材したときにロンドンのサウンドシステム文化で育ったことが大きいと言っていたんですが、ジョー・アーモンさんもやはりおなじ文化から影響を受けてきたのでしょうか?

JAJ:さまざまな音楽のジャンルの多くはロンドンから出てきたもので、たとえばドラムンベースもそのひとつだけど、そういったもののルーツをたどるとかならずダブやサウンドシステム文化に行きつく。だからダブやサウンドシステムは、ジャズに限らずいろんなジャンルに影響を与えていると思う。
 ぼくは田舎育ちだから、ロンドンのサウンドシステム文化で育ったわけではなくて。上京してきた17歳、18歳のころに出会ったんだ。サウンドシステムでプレイされる音楽はある意味で守られたジャンルというか、ラジオで聴くことはできなくて、そういう場やなにかのイヴェントに行かないと出会えない音楽だった。それ以前からレゲエ自体はふつうに聴いていたけど、強くおぼえている初めてのダブの体験は、ロンドンのスカラというヴェニューでやっていた《University of Dub》ってパーティだね。通常のイヴェントであれば、みんなDJのプレイに集中しているけど、そこではひとつの部屋にふたつのサウンドシステムがあって、ひとつのサウンドシステムで30分プレイして、次にもうひとつのサウンドシステムで30分プレイする、っていうのを行ったり来たりするような感じなんだ。両サイドから音楽が流れてきてクラッシュしているような瞬間もあった。最初はそれぞれが違ったものをひとつの部屋でかけているということにすごく混乱したけれど、来ているオーディエンスもDJがそれぞれやっていることにフォーカスするというよりも、部屋全体に流れている音楽を楽しんでいたのがすごく印象的だった。DJのことを見ているというより、音楽そのものを聴いているような感じがしてね。そこでは自分の好きなDJ、たとえばムーディマンなんかもプレイしていたんだけど、そういうDJたちを観る感覚ではなくて、純粋に音楽を楽しめたんだ。

沖野さんにお伺いしたいんですが、「ジャズとダブ」というキーワードからはどういった作品が思い浮かびますか?

沖野:意外と少ないんですよね。自分のキャリアのなかでもレゲエとかダブの影響が入った曲って2曲しかプロデュースしたことがなくて。MONDO GROSSOがカヴァーしたことでも知られるファラオ・サンダースの “Oh Lord, Let Me Do No Wrong” (1987年)はレゲエ寄りの曲ですね。MONDO GROSSOのカヴァーはキーボードがスタイル・カウンシルのミック・タルボットで、ヴォーカルは2年前に亡くなってしまったんですが、UKのソウル・シンガーのノエル・マッコイでした。その後、MASA COLLECTIVE(Sleep Walkerのサックス奏者、中村雅人によるソロ・プロジェクト)でおなじノエル・マッコイをヴォーカルにフィーチャーして、フレディ・マクレガーの “Natural Collie” をカヴァーしています(2007年)。ジャザノヴァのマネージャーのダニエル・ヴェストが〈Best Seven〉というダブのレーベルをやっているんですが、“Natural Collie” もライセンスされてそこから出ていますね。
 あとはやっぱりエズラ・コレクティヴになりますよね。最近の、ヤスミン・レイシーとコラボした “God Gave Me Feet For Dancing”(最新作『Dance, No One's Watching』収録)ではジャズとダブのテンポが入り混じっていて。すごくよくできた曲なんです、遅いテンポと早いテンポが混在していて。だから、レゲエのエッセンスをとりいれるうえではやっぱり、エズラ・コレクティヴやジョー・アーモン・ジョーンズがすごく参考になる。もし次のKyoto Jazz Massiveの曲にレゲエとかダブのエッセンスが入っていたら、それは彼に影響を受けたものになると思います(笑)。

JAJ:やっぱり自分たちの世代だと、たとえばハービー・ハンコックのようなレジェンドからインスパイアされることが正しいとされがちなんだけど、それは間違っていて、やっぱり同世代やおなじ時代の音楽家からもインスピレーションを受けるべきだと思う。

自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。(沖野)

ジョー・アーモンさんの「Sorrow」とほぼおなじタイミングで、Kyoto Jazz Massiveのデビュー30周年記念盤『KJM COVERS』もリリースされましたね。これまでのカヴァー曲を集めたコンピレイションですが、なぜカヴァー集になったんでしょうか?

沖野:じつはぼく、Kyoto Jazz Massiveではカヴァーを禁止しているんです。むかしイギリスの先輩DJに「日本人アーティストはカヴァーが多すぎる」と言われたことがあって。ぼく自身も “Still In Love”(2011年)というローズ・ロイスのカヴァーがヒットしたりしているので、Kyoto Jazz Massiveとしては封印しているんですよ。だからこの先もカヴァーはやらないと思うんですが、30周年記念としてなにかしら出したいなと思ったときに、こういう区切りであればファンへの感謝として、これまで出してきたカヴァーをまとめるのも許されるかなと。それと、次のアルバムを出すにあたって、自分たちが影響を受けてきた音楽をもう一度検証する機会でもあった。ただ、先ほど話に出た “Natural Collie” は諸事情あって漏れているんですけど(笑)。

最後に、おふたりそれぞれ、音楽活動をしていくうえでポリシーのようなものがあれば教えてください。

JAJ:ひとつ言えるのは、自分がバンドで曲を書くときは、各パートの音楽性をメンバーに押しつけるんじゃなくて、メンバーごとに解釈を任せられるように、オープンな部分を残しておくことはかならず念頭に置いているね。それはたとえばデューク・エリントンがやっていたことでもあるんだけど、ぼくは彼のやり方を参照していて、その姿勢を自分の創作にもとりいれている。すばらしいジャズのアーティストたちは──たとえばマイルス・デイヴィスもそういった余白をバンド・メンバーに与えていたと思うから、そういうことは心がけているね。

沖野:ぼくの場合は、これまで出した曲よりいい曲を書くこと、それにしか興味がないんです……ってあらゆるインタヴューで答えています(笑)。できれば、ハービー・ハンコックとスティーヴィー・ワンダーのあいだにかけられる曲とか、ロイ・エアーズとかアース・ウィンド・アンド・ファイアのあいだにかけられる曲をつくりたいと思っているんです。もちろんすごく高い目標ですし、ぼくは現時点ではまだその域には達していない。だから、自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。そういうことは、かならずしもレジェンドたちだけではなくて、ヤスミン・レイシーとジョー・アーモン・ジョーンズのあいだにかけられる曲とか、ヌバイア・ガルシアとエズラ・コレクティヴのあいだにかけられる曲とか、ぼくはコンポーザーですがDJでもあるので、やはりこの曲とこの曲のあいだに挟みたい、ということはよく考えるんですね。
 もうひとつは、繰り返しになりますが、できればカヴァーはやりたくない(笑)。カヴァーにもどの曲をどうアレンジするのかっていう面白さがあるんですが、やはりオリジナルで勝負したいなと思っています。

Kafka’s Ibiki - ele-king

 去る12月、ジム・オルーク、石橋英子、山本達久から成るバンド、カフカ鼾の3作目『嗜眠会(シミンカイ)』が発表されている。2016年の『nemutte』以来、じつに8年ぶりのアルバムだ。そのリリースを記念し、2月24日、渋谷WWWにてワンマン・ライヴが決定。この3人だからこそ奏でることのできる刺激的なセッションをぜひ堪能しにいこう。

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