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Terry Riley

Classical Experimental

Classic Album Review

Terry Riley

In C & A Rainbow In Curved Air

ソニー
※オリジナル盤『In C』は1968年、同『A Rainbow In Curved Air』は1969年、ともに〈Columbia〉からリリース

小林拓音 Jan 14,2025 UP
E王

 誕生からちょうど60年。去る7月、清水寺で演奏された “In C” の音盤化は、2024年暮れの小さくはないトピックのひとつだった。「私は “In C” を引退します」とは、紙エレ最新号の巻頭インタヴューで高橋智子さんが山梨在住のテリー・ライリー本人から引き出したことばだけれど、この絶好のタイミングで1968年に初めて録音された “In C” が日本の〈ソニー〉からリイシューされている。しかも、ライリーのもうひとつの代表曲 “A Rainbow In Curved Air” とのカップリングで、手にとりやすい廉価盤だ。
 いうまでもないことかもしれないが、すでに “In C” はさまざまな奏者たちによりたくさんのヴァージョンが録音されている。個人的に気に入っているのはデイモン・アルバーンが立ちあげたアフリカ・エキスプレスのヴァージョン(2015)だ。ライリーが属する西洋クラシック音楽の文脈にアフリカなど非西洋圏で培われた文化がみごと合流を果たしたそのサウンドは聴くたびに新たな発見があるのだけれど、68年盤 “In C” の録音にも参加していたジョン・ハッセルが(ブライアン・イーノとともに)ミックスに立ちあったワン・ヨンジー+上海フィルム・オーケストラのヴァージョン(1989)もまた歴史的意義のある1枚といえるかもしれない。
 とまあそんなふうにクラシック音楽としては異例の波及のしかたをみせる “In C” だが、その楽曲上のあれこれだったり、まだ知られていない秘密だったりについてはぜひ紙エレ最新号をお読みいただくとして、ここでは同曲が音楽文化にもたらした意味について考えてみたい。
 53のフレーズを奏者それぞれが任意に繰り返す “In C” のポイントのひとつは、やはりまずその一回性ないし偶然性ということになるだろう。参加人数にも使用楽器にも制約がなく各フレーズを繰り返す回数も決められていないこの曲は、当然ながら演奏されるたびに新たなヴァージョンが生み出されるわけで、まだ人力とはいえ自動生成的な音楽のプロトタイプともいえる。
 もうひとつの大きなポイントは、参加メンバーがクラシック音楽のプロの演奏家でなくとも構わない点だ。ストラスヴァリウスを買ったり高い謝礼をセンセイに払ったりできる裕福な家庭に育ち、幼いころから毎日8時間も10時間も練習を繰り返さなければ獲得することのできないハイレヴェルな技術がなくとも、独創的な “In C” を生み出すことはできる──これは、少なくとも1964年の初演時点ではそうとう画期的だったはずだ(似たアイディアをもつコーネリアス・カーデューのスクラッチ・オーケストラが結成されるのは1969年、ギャヴィン・ブライアーズによるポーツマス・シンフォニアの結成は1970年)。
 こうした「民主的」ないし「大衆的」アプローチをライリーは政治活動としてではなく、あくまで音楽、作曲の方法として実践している。それは、彼が同曲を生み出した60年代という時代がまとっていた空気とも無縁ではない。もうひとつの代表作『A Rainbow In Curved Air』(1969)のアートワークでライリーは、戦争の終結、ペンタゴンの倒壊、核兵器の解体、労働の遺棄といったオリジナル・ヒッピーの理想主義を詩のようにつづっている。ハイ・カルチャーであり難解だと思われていたクラシック音楽をカウンター・カルチャーに接続したという点でもテリー・ライリーは重要なのだ。たとえばザ・フーはライリー賛歌とも呼ぶべき “Baba O’Riley” をつくっているし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、カン、イーノなどなど、これほどまでにポップ・ミュージックに影響を与えた実験音楽は(ラ・モンテ・ヤングを除けば)ないだろう。
 嬉しいことに、その『A Rainbow In Curved Air』のA面曲もまた、この〈ソニー〉のリイシュー盤には併録されている。1968年に録音された “A Rainbow In Curved Air” は、電子オルガンから打楽器まですべての楽器をライリー本人が演奏し多重録音、テープループも用いたこれまた画期的な1曲だ。ここにはフリップ&イーノの青写真も『E2-E4』の萌芽も出揃っている。こんにちアンビエントやクラブ・ミュージック、エレクトロニカと呼ばれる音楽のアイディアの根幹、そのほとんどすべてがここには詰まっているのだ。
 自動生成もエレクトロニック・ミュージックも当たり前になったいまだからこそ、あらためてその原点のひとつを訪ねてみるのも一興ではないだろうか。

小林拓音