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Lucy Railton - ele-king

 ルーシー・レイルトンの新作『Blue Veil』は、レイルトンにとって初となるチェロ独奏によるアルバムだ。ドローンというよりも、一定の周期で反復される持続音によって構築された音響・音楽作品と表現すべきだろう。聴き進めるうちに、次第に意識は内側へと向かい、心が静かに鎮まっていく。センチメンタルな要素を排した硬質な音響でありながら、不思議な安らぎをもたらすのは、その響きが備えるシンプルでありながらも豊かな音の質感ゆえかもしれない。

 アルバム『Blue Veil』について語る前に、まずはルーシー・レイルトンの経歴について簡単に述べていこう。レイルトンは、イギリス出身のチェロ奏者/作曲家である。ボストンのニューイングランド音楽院、そしてロンドンの王立音楽院で研鑽を積み、2008年に卒業した。クラシックを基礎に持ちながら、彼女のキャリアはジャンルを越境し、実験音楽シーンでの重要人物として知られるようになる。
 その実力は折り紙付きで、ジャンル横断的なコラボレーションが非常に多いのが特徴だ。ドローン/エクスペリメンタル界隈では、カリ・マローン、ラッセル・ハズウェル、スティーヴン・オマリーベアトリス・ディロン、キャサリン・ラムといった先鋭たちと共演。また、ポーリン・オリヴェロスやマトモスのプロジェクトにも関与してきた。また、2023年にリリースされ大きな話題を呼んだローレル・ヘイローによるクラシカル・アンビエント・ドローンの傑作『Atlas』でも印象的なチェロを披露していた。
 活動の拠点であるロンドンでは、先進的な音楽空間カフェ・OTOにおいて「カマークラン・シリーズ」を立ち上げ、10年間にわたり運営。さらに2013年から2016年には「ロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティヴァル」を共同設立し、共同監督も務めた。クラシックの分野でも着実に歩みを進めており、〈ECM〉のバッハ・アルバム『Three Or One』(2021年)への参加も話題となった。加えてボノボミカ・リーヴィとの共演歴もあるなど、その活動領域は極めて広い。近年では、パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴによる「コレスポンデンス」の日本公演に出演していたのも記憶に新しい。

 そんなルーシー・レイルトンが自身名義のアルバムを初めて発表したのは、2018年にUKのレーベル〈Modern Love〉からリリースされた『Paradise 94』だった。ドローンを基調としつつも、ミュジーク・コンクレート的手法で多様な音響要素をコラージュした鋭利な作品であり、現代音楽とエクスペリメンタル・ミュージックを越境するような内容だった。
 〈Modern Love〉といえば、ポスト・ダブステップやポスト・インダストリアルの色が濃かったレーベルだが、そこからこのようなアヴァンな音響作品がリリースされたことに、当時シーンはざわめいたものだ。振り返れば、2018年頃からエクスペリメンタル・ミュージックの地殻変動が始まっていたようにも思える。現代音楽との交錯、それも権威的なアカデミズムではなく、純粋な音への探究が交差しはじめた時期だった。
 2020年には、ベルリンの〈PAN〉より電子音楽の先駆者ピーター・ジノヴィエフと共作した『RFG Inventions for Cello and Computer』を発表。同年、フランスの〈Portraits GRM〉からはEP「Forma」をリリース。翌2021年にはUKの〈SN Variations〉よりキット・ダウンズとの共作にしてクラシカル・ドローンの『Subaerial』を発表、ヤイル・エラザール・グロットマンとのサウンドトラック作品『False Positive』をリリースしている。
 そして2023年には、スティーヴン・オマリー主宰の〈Ideologic Organ〉より、盟友カリ・マローンによる長編傑作ドローン作品『Does Spring Hide Its Joy』に参加した。同年、〈Another Timbre〉からは日本の作曲家・小川道子との共作『Fragments of Reincarnation』を発表。さらに久々に〈Modern Love〉からはソロ・アルバム『Corner Dancer』をリリースする。こうして彼女の歩みを振り返ってると、2021年以降は、ほぼ2年ごとのペースで作品をリリースしていたことがわかる。

 そして2025年、ルーシー・レイルトンはついに〈Ideologic Organ〉から初の完全ソロ・アルバム『Blue Veil』をリリースした。はじめに書いたように本作『Blue Veil』は、ルーシーにとって本格的な「チェロ・アルバム」であり、ドローン作品としても極めて硬質かつミニマリズムを極めたハードコアな音楽性となっている。その響きは冷徹で美しく、センチメントとは無縁の構築美がある。むしろそれは「音の原理」への徹底した探求から導かれたものだ。
 プロデュースとレコーディングはティーヴン・オマリーとカリ・マローンが担当。録音はパリのサン・テスプリ教会で2024年6月におこなわれた。サウンド・アーティストのジョシュア・サビンによるプレミックスが同年8月、マルタ・サローニによるミックスが同年9月、名匠ラシャド・ベッカーによるマスタリングが同年11月に行われた。

 全7曲から構成される本作『Blue Veil』では、「微分音と和声の知覚」を主題とし、和声が生まれる直前の揺らぎ、あるいは弦が震える微細なノイズが、音の存在そのものを問い直すような響きをもたらしている。硬質なチェロの音が、微細な揺らぎとともに交錯し、やがて一体化していく。そのサウンドは単なるドローンではなく、一定の周期で持続音が反復される構造的なコンポジションで構成されていた。
 “Phase I” から “Phase VII” まで全7曲にかけて、チェロはゆるやかにトーンを変えながら持続と反復を繰り返し、聴く者を深い瞑想の領域へと導く。時間感覚を曖昧にするような音の連なりが、静かに精神を包み込む。それは「音楽」になる直前の濃密な状態であり、まるで世界を包み込む青いベールのようである。それは自身と世界を隔てる「ベール」でもあるのかもしれない。タイトル『Blue Veil』は、その象徴のように感じられる。
 もっとも、その響きに身を委ねていると、青だけではなく、どこか赤い鋭さ、緊張感すらも感じられる。おそらくこの作品の核心は、その色彩のグラデーションのような中間感覚にあるのだろう。聴覚の感覚が拡張されていくような体験は、モートン・フェルドマンの後期弦楽作品に通じるミニマリズムに通じる。

 『Blue Veil』──チェロという古典的な楽器を通じ、ここまで硬派で緻密なドローン/音響を成立させた作品は稀だ。その意味でも2020年代以降のドローン/エクスペリメンタル・シーンにおいて、間違いなくひとつの金字塔といえよう。ルーシー・レイルトンはいま、実験音楽と現代音楽の最前線で、「音そのもの」の探求を続けている。

interview with Lucy Railton - ele-king

 ルーシー・レイルトンのライヴではひとつの音を構成する複数の「聴こえない音」がある。それが突如可聴域にあらわれる。増幅されたバイオリンの旋律が会場の壁や床、観客の手元にあるビールグラスに共振することで、モノフォニックな音のハイフンが生まれ、不安定な声部連結が起こる。またあるときはノンビブラートで演奏する持続音から汽笛のようなハーモニクスがあらわれて空間と調和する——弦楽の特定帯域を加減すると別帯域にあった潜在的な音が幽霊のように漸進してくる現象と似ている——その西洋音楽の語彙だけではとらえきれないライヴの数ヶ月後、ルーシーから新作が届いた。

「実験音楽」という用語はまさに「市場」を目的としたものであり、カテゴリーとはそのためのものに過ぎないと思います。

TW:MODE(https://mode.exchange/)3日目のソロ・ライヴとても印象に残りました。まず、日本滞在中のことなどお伺いできればと思います。

LR:今回の日本での旅では、とても素晴らしい時間を過ごすことができました。フェスティヴァルの主催者であるロンドンの33-33と東京のBliss Network、そしてベアトリス・ディロンYPYカリ・マローンスティーヴン・オマリー、エイドリアン・コーカーという素晴らしい仲間たちと東京で過ごしました。それから、藤田さん(FUJI||||||||||TA)の田舎にある自宅を訪問し、自然のなかで彼の家族と静かな時間を過ごすことができました。日本に来たことはありましたが、今回は特別でした。

TW:新作『Corner Dancer』は何かしらのコンセプトに基づいているのでしょうか。それとも音楽的直感を起点として作られたのでしょうか。

LR:今回はさまざまなアプローチをとりました。私はときに構造、空間、美学について明確なアイデアを持っていて、多くの意味を持つ身近な素材から音のイメージを構築していくこともあれば、表現の衝動から自由に音楽を作ることもあります。また、私の音楽は自分がいま感じていることを表しているので、このアルバムは私が昨年経験してきた様々な状態をトレースしたものでもあります。

TW:作曲をするとき特定の音色または音響を想定していますか。その場合、演奏行為の結果を確認しながら進めていくのでしょうか。

LR:このアルバムを作りながら、私は音楽を作るときに様々なアプローチを取るのが心地よいことに気づきました。私の音楽家としての存在は多岐に渡るので、創作に対する方向性も興味も多様です。スタジオでもステージ上と同じように、アイデアや表現を即座に伝達するような演奏をすることもありますが、そういうときはあなたが言うように特定の音響を探求しているのかもしれません。アルバムの楽曲 “Rib Cage” や “Held in Paradise” では、私にとってまったく新しいプロセスで作業しています。新しい美学や形、色、アイデンティティに取り組んでいます。ほかの創作と同様、究極的には展開するイメージ、あらわれる声、形成される形への執着です。チェロだけを使って作業をすることもありますが、この楽器は私にとって非常に馴染みのある音で身体の経験です。チェロは私の血であり故郷であり古い友人と話しているようなものなので、創造性が別の意味を帯び、深く個人的で古いものと繋がろうとする試みになります。

TW:作曲をする際に典拠、文脈は重要ですか? 文脈は時代と共に再解釈されていく面もありますが。

LR:私は音の抽象的な同一性、音そのもの、そして音の由来となる歴史的、物語的背景双方に関心がありますが、どちらか一方が重要というわけではありません。私のチェロは所有している楽器の中で最も高価なものですが、今回のアルバムではiPhoneで録音した(チェロの)音も聴くことができます。日本製のBOSS SP-303デジタル・サンプラーとエフェクト、GRMのツール、壊れた弓の毛、Buchlaのサンプル、アーカイブ録音によるチーターの声などを使っています。私は音のエネルギーとキャラクターに夢中になっていて、それは私の創作方法の道標にもなります。ほとんどの場合、音そのものに直接心を奪われ、その音がどこから来たかよりも音自体の物語りに耳をかたむけています。

TW:超低周波音(周波数100Hz以下の音)を楽曲に使用することと、近年の音楽再生環境やエンジニアリングの変化は関係していますか?

LR:それらのトラックは再生システムに依存しているため、サブ周波数を聴くことができるのは一部の人だけかもしれません。なのでこれは少し意地悪なトリックです。私は音楽が大きな空間、劇場やクラブ、洞窟などで演奏されることを想像しているので、多くの人にとって聴こえない音であるにもかかわらず、サブ周波数を使用しています。私は、サブ周波数の物理的な影響と私たちの生理的な反応に興味があり、そういった感覚を呼び起こすためにサブ周波数を使用しています。そして、私のミックスダウンの方法は少々型破りで、ときに完全にアンバランスで奇妙なものですが、それによって挑戦的なリスニング体験を生み出すので、私にとっては非常に魅力的です。

Lucy Railton ‘Blush Study’ from album 'Corner Dancer'

チェロは私の血であり故郷であり古い友人と話しているようなものなので、創造性が別の意味を帯び、深く個人的で古いものと繋がろうとする試みになります。

TW:サブ周波数に関連してもう少しお伺いできればと思います。音の現象といいますか、聴こえない音が聴こえるというような音のパラドックスに関心があるのでしょうか? “Suzy In Spectrum ”では完全四度を繰りかえし聴いているうちに様々な倍音が聴こえてきました。

LR:もちろんチューニング・システムを扱う音楽家として、音の現象学は私がやっていることの大部分を占めています。『Suzy In Spectrum』では、和音(とその倍音)を分析しパラメーターの選択によって設計されたハーモニーを生成するスペクトル変換ツールを使っています。つまりある意味では、チェロの和音から自然な倍音(これを「現象」と呼ぶこともできますが)を聴いていることになるわけですが、それに加えて合成された和声素材を聴いていることにもなります。これを音の中のゴースト、背景のフェード、オーラのように扱っています。

TW:ライヴ・パフォーマンスでは演奏をする環境だけではなく、オーディエンスにも影響を受けますか。

LR:そうですね、ライヴでは空間にこだわります。ライヴ会場のWall&Wall(http://wallwall.tokyo/)はドライな音の四角い空間で、素晴らしい音響システムがあることは知っていました。とてもシャープで構造的なサウンドを会場に持ち込みたかったし、クラブスペースで予想される大音量に逆らうような音量を工夫しました。音のステレオイメージを美しくする一方、会場全体をとても静かにしなければなりませんでした。私はそのようにして人々を近づけるのが好きです。そうすることで自分がどこに誰といるのか、どのように聞いているのかを感じ取ることができます。

私は「巨匠」や「専門家」にはあまり興味がありません。伝統は厳格さや俗物主義につながるものであり、私は創造する上でこのふたつの要素にアレルギーがあります。

TW:主要楽器ではないツールやソフトウェアを使って作曲をする際に困難やジレンマを感じることはありますか。またどんな楽器であれその特性や性質を知っておく必要はありますか。

LR:私の楽器であるチェロに関しては、非常に規律ある技術的立場から取り組んできました。もう30年も演奏しているので、どのように音作りのツールとして使うかは熟知していますし、チェロの音の可能性を探求することはやめたというか、もう十分に知っていると思います! チェロに比べれば多くのことに関して私は初心者ですが、ほかの楽器の技術やプロセス、テクノロジーにおける新しさや好奇心が、私の創造性の多くを駆り立ててもいます。私は「巨匠」や「専門家」にはあまり興味がありません。伝統は厳格さや俗物主義につながるものであり、私は創造する上でこのふたつの要素にアレルギーがあります。私は慣れていない方法も自由であると感じる場合は採用しますし、創造の妨げになるようなことがあれば直ちにその道具を使うのをやめます。例えば“Held in Paradise”では、ヴァイオリンを膝の上に置き、チェロのような持ち方でシンプルなコードを弾いています。チェロであそこまで高い音域を弾くのは技術的に難しいので、ヴァイオリンという選択肢が高音域を自由に演奏することに役立ちました。これは私が困難にどのように対処しているかを示す好例です。私は苦労するのではなく、創造的になるための流動的な方法を見つけるようにしています。テクニカルで複雑なメソッドには興味ありませんが、そういったことも時間が経つと出来るようになったので、実際は簡単に作業できるものだけを使っていると思います。

TW:ジャンルというのは普段意識することがない一方で、音楽史上厄介かつ複雑な問題でもあります。そこであえてお伺いしたいのですが「実験音楽」がひとつのジャンルにもなった現在、音楽における実験とは.……?

LR:その用語はまさに「市場」を目的としたものであり、カテゴリーとはそのためのものに過ぎないと思います。私は、声を使ったりクラシック音楽の解釈を通じて実験しているオペラ歌手たちに会ったこともありますが、私はそれを文字通りなにか新しいものを探求しているという理由から「実験的」であると言います。ジャズのドラマーがシンバルで新しいサウンドを実験することも同じく重要です。民俗の伝統や古代の宮廷音楽に根ざす人びとも同様に実験していました。実験なしにはなにもはじまりません。問題なのは、ほとんどすべての音楽が実験的であるのに、なにがほかのジャンルと実験音楽を分けるのでしょうか? その質問には正確に答えることはできませんが、このラベルを付けられている私が知っている音楽家たちは、そのこと自体あまり気にしていないと思います。私たちは新しいことに挑戦し、自分を追い込む個人であるという考えがアーティストの特性だと思いますし、これをやっていないなら何をしているのでしょう?

TW:最近はどんな音楽を聴いていますか?

LR:今週は. . . . Tirzah『trip9love...??? 』、Wolfgang von Schweinitz『Plainsound Study No. 1, Op. 61a』、 Kendrik Lamar 『Mr. Morale & The Big Steppers』、Matana Roberts 『Coin Coin Chapter Five in the Garden』、Ellen Arkbro and Johan Graden『I get along without you very well』。

Lucy Railton & YPY - ele-king

 先週5月25日から明日6月3日まで、ある意味一年でもっとも過ごしやすいこの梅雨入り直前の季節(今日は台風だけれど)、東京ではエクスペリメンタルな音楽にフォーカスしたイヴェントが開催されている。先日ニュースでもお伝えした「MODE」がそれだ。複数の日にち・会場に分散されているそのなかでも、とくに観ておきたかったのがルーシー・レイルトンYPYビアトリス・ディロンの3組が一堂に会する5月30日の公演だった。会場は WALL&WALL。VENT としても知られている表参道のヴェニューである。

 先陣を切ったのはルーシー・レイルトン。〈PAN〉や〈Modern Love〉などからのリリースをつうじて徐々にその名を広めつつある、実験的なチェロ奏者だ。開始早々、フロッグ(持ち手部分の箱)から毛が外れた弓をぶんぶん振りまわしている。宙で弧を描く馬のしっぽ──うん、だいぶ変だ。この時点ではオーディエンスはフロアの半分を埋めるくらい。演出の一環として空調が切られている。漏れ聞こえてくるラウンジの雑談。この静寂を利用し彼女は、ときおり電子音も絡めつつ、通常のチェロからは想像もつかない音を奏でていく、というより鳴らしていく。エフェクターをかまし、オリヴァー・コーツのようなサイケデリアを轟かせる時間帯もあった。なるほど、〈Ideologic Organ〉から出たカリ・マローン&スティーヴン・オマリーとの最新作しかり、尖ったレーベルやアーティストが彼女のもとに集まってくる理由がわかるようなパフォーマンスだ。

 つづいて登場したのは日野浩志郎。バンド goat からソロ、オーケストラ・プロジェクトまで多岐にわたって活動している大阪のプロデューサーで、いうなればポスト・バトルズ的なことから現代音楽的なもの、クラブ・ミュージックまでこなせる唯一無二の才能だ(昨年末に出た KAKUHAN の素晴らしいアルバムも記憶に新しい)。
 今回の名義は YPY。エレキングでもたびたび取り上げてきたように、彼がエレクトロニック・ミュージックをやる際に用いる名前である。序盤はいくつかの電子音を控えめに鳴らすところからはじまり、次第にグルーヴが増大していく流れ。バンドからソロまで、日野の音楽を特徴づける最大の特徴といっても過言ではないズレ、ポリリズム、変拍子のようなリズムの実験がつぎつぎと繰り広げられていく。頭でっかちなひとがそれをやるとたいていの場合踊れなくなってしまうものだけれど、日野はダンスを忘れない。レイルトンのときは静かだったオーディエンスも、かなり身体を揺らしていたように思う。実験と快楽が同居した、圧倒的なパフォーマンスだった。半月後の goat のライヴも楽しみだが、2010年代日本が生んだこの最高の実験主義者のインタヴューを、7月5日発売の紙エレ最新号ではフィーチャーしている。ぜひそちらもチェックしてみてください。

 最後はビアトリス・ディロン。ラウンジやバーカウンターにたむろしていた人びとも、みなフロアへと消えていく。2020年、〈PAN〉からのブレイクスルー作『Workaround』が出た直後の来日公演がパンデミックにより中止になってしまって以来、ずっとライヴを観ることを楽しみにしていたのだけれど、どうしても外せない用事があったたため泣く泣くここで離脱(この日ビアトリス・ディロンを観ずに会場をあとにしたのはおそらくぼくくらいだろう)。無念ではあるものの、日野浩志郎の卓越した演奏を目撃することができただけでも十分お釣りのくるイヴェントだったと思う。

Kali Malone featuring Stephen O’Malley & Lucy Railton - ele-king

 ストックホルムのドローン音楽家・実験音楽家カリ・マローンの新作アルバム『Does Spring Hide Its Joy』は、2019年にリリースされたパイプオルガン・ドローン作品『The Sacrificial Code』や、2022年の電子音響ドローン作品『Living Torch』などの近作と比べても、よりいっそうハードコアなドローン・アルバムだった。
 このアルバムの最大のポイントは、SUNN O))) のスティーヴン・オマリーと、〈Modern Love〉からのソロ作品もよく知られているチェロ奏者のルーシー・レイルトンというふたりの優れた音楽家・演奏家が参加している点だ。この3人がめざす音響は、エレクトロニック・ギターとチェロと、マローンによる微かな電子音の持続音が延々と続く、混じりっ気なしの純度100%の持続音、ドローン・ミュージックである。
 中途半端に音楽的な要素が入っていない持続音のみの音を聴取したいというドローン・マニアの方には絶対お勧めできるアルバムだし、同時に音楽に沈静・瞑想的な感覚を求める方にも深く推奨したいアルバムでもある。
 この『Does Spring Hide Its Joy』に収められた音のみに意識を向けて聴いているだけで、世俗の騒がしくも煩わしいあれこれを忘却することができる。世界から隔離されていく感覚こそ、本作の肝ではないかと私は考える(それについては後述する)。

 『Does Spring Hide Its Joy』は、CDでは3枚、LPでも3枚、デジタルでは総収録時間5時間という長大な作品である。フィジカル版では “Does Spring Hide Its Joy” のヴァージョン違い3曲、デジタル版では “Does Spring Hide Its Joy V1” と “Does Spring Hide Its Joy V2” のヴァージョン違いがそれぞれ、3トラックに分けて収録されている。簡単にいえば、『Living Torch』でコンパクトに提示されたドローンの作曲技法(高周波と持続音の交錯)を長時間に渡って展開したとでもいうべきか。ただ『Living Torch』に多少とも残っていた音楽的なハーモニーの要素が本作『Does Spring Hide Its Joy』はさらに希薄になっている。「音」とその「トーン」だけがある。
 だがもっとも重要なのは「時間」への意識だ。この長大な楽曲にはドローン音楽の夢である「永遠に続く音響」への希求があるように思えてならない。まるでラ・モンテ・ヤングの「永久音楽劇場」の精神を継承するかのようなドローンの真髄を聴かせてくれる作品なのだ。
 『Does Spring Hide Its Joy』が、ここまで純粋なドローン作品に仕上がったのは、エレクトリック・ギターのスティーヴン・オマリーとチェロのルーシー・レイルトンというふたりの演奏者との共演だからという側面もあるだろう。じっさいふたりの発する音は本作の印象を決定付けるほどのものだ。
 特にオマリーのエレクトリック・ギターのメタリックなトーンは本当に素晴らしい。硬質な音でありながら、ドローンという音響のに必要な微細な変化を常に生成しているのだ。むろんレイルトンのクールなチェロの響きも本作のマニシックなドローンのムードを促進させていく。電子音楽の伝説的作曲家ピーター・ジノヴィエフとの『RFG Inventions for Cello and Computer』や〈ECM〉からのリリースも有名なピアニスト/オルガン奏者キット・ダウンズとの『Subaerial』とはまた違ったマテリアルなチェロの音響を生成している。
 一方、マローンは本作ではパイプオルガンではなく、サインウェーヴ・オシレーターを用いている。マローンのサインウェーヴ・オシレーターはどこか影のようにふたりの音に寄り添っていく。まるでふたりの「音を影」のように。いわばドローンの作曲者として演者ふたりのコンダクターのようである。
 いずれにせよ3人が発するトーンが微妙な差異を発しつつもレイヤーされていく点がポイントに思える。3人の音が同時に、しかし異なる地平に存在するような多層感覚があるのだ。3人の音が微妙な差異を孕みつつ、一定の持続音として生成していくさまを集中して聴取していると深い瞑想感覚を得ることすらできる。まさにドローンの真骨頂とでいうべきリスニングを可能とするのが本作『Does Spring Hide Its Joy』なのである。

 『Does Spring Hide Its Joy』が録音されたのは2020年3月から5月というコロナウイルスの感染が世界的に増大した時期だ。当時ベルリンに滞在していたマローンたちはベルリンの複合スタジオ施設 Funkhaus(https://www.funkhaus-berlin.net)内にある「MONOM」に招かれて、本作を録音したという。いわば初期のコロナ禍、3人は世界から隔離するかのように、MONOM に滞在し、本作を作り上げたわけだ(アルバム・タイトル「春は喜びを隠すのか」という言葉も、コロナ・ウイルスが猛威をふるいはじめた2020年春の気分を伝えてくれる)。
 録音も MONOM のスタジオでおこなわれ、エディットと編集はステファン・マシュー(Schwebung Mastering)によっておこなわれた。リリースはオマリーが主宰する実験音楽レーベル〈Ideologic Organ〉である。
 ちなみに Funkhaus ではさまざまな先端的なコンサートやイベントがおこなわれ、アルヴァ・ノトと坂本龍一のコンサートも開催されたことでも知られている(https://www.funkhaus-berlin.net/p/jun18.html)。

 パイプオルガン・ドローン、ノイジーな電子音響ドローンなどで培った経験をもとに作曲された長時間ドローンを収録した本作は、コロナウィルス下で隔離されることで生まれた「停滞する時間」の感覚があるように思えた。
 時間を意識し続けることで、時が溶けていくような意識・感覚とでもいうべきか。3人は、MONOM の広い空間をほぼ占有しつつ、「時間」を考察するように本作を作り上げていったのであろう。「密室での隔離」という状況によって、マローンたちのドローン作曲・演奏技法がより研ぎ澄まされていったのではないか。
 気鋭のドローン作曲家と、ふたりの優れた演奏家が生み出す研ぎ澄まされた鋭利で美しい持続音がここにある。そしてコロナ・ウィルスの感染拡大という最悪な状況の中でも、人はこれほどまでに深い瞑想感覚をリスナーに与えてくれる芸術作品を生み出すことができることも教えてくれる。まさに希望のドローンでもある。
 『Does Spring Hide Its Joy』は、確かに長大な作品だが恐れることはない。フィジカルが3時間、デジタル版で5時間ものあいだ音に向かい合う経験は貴重だし、それでしか得られない絶対的な聴取体験はあるのだが(そして本来はそのように聴くべきなのだが)、いっぽうで聴きたいときに聴きたい時間だけ集中して聴くという方法でも本作の魅力を体験することはできるはずだ。
 ドローン音楽の現代最高峰ともいえる本作『Does Spring Hide Its Joy』。ぜひとも多くの音楽ファンに聴いてほしい。

interview with Lucy Railton - ele-king

 今春、イギリスのレーベル〈SN Variations〉から、本稿でご紹介するチェリスト/作曲家のルーシー・レイルトン(Lucy Railton)と、ピアニスト・オルガニストのキット・ダウンズ(Kit Downes)による作品集成『Subaerial』が送られてきた。アルバム1曲目“Down to the Plains”の中程、どこからともなく聴こえてくる木魚のようなパルス、篝火のように揺らめくパイプオルガンの音、ノンビブラートのチェロが直線的に描き出す蜃気楼、そして録音が行われたアイスランドのスカールホルト大聖堂に漂う気配がこちらの日常に浸透してくる。その圧倒的な聴覚体験に大きな衝撃を受けた。

 ルーシー・レイルトンの〈Modern Love 〉からリリースされたファースト・アルバム『Paradise 94』(2018)は、当時のドローン、エクスペリメンタル・ミュージックを軽く越境していくような革新的な内容であると同時に、音楽的な価値や枠組みに留まらないダイナミックな日常生活の音のようでもあった(アッセンブリッジな音楽ともいえるだろうか?)。その独自の方向性を持ちつつ多義的なコンポジションは、その後の諸作でより鮮明化していくが、前述の新作『Subaerial』では盟友キット・ダウンズとともに未知の音空間に一気に突き進んだように思われる。絶えず変化し動き続ける音楽家、ルーシー・レイルトンに話を伺った。

私には素晴らしい先生がいました。その先生はとても反抗的で、クラシック音楽の威信をあまり気にしない人だったので、その先生に就きたいと思いました。というのも、私はすでにクラシック音楽に対して陳腐で嫌な印象を持っていて、何か別のことをしたかったので。

ロンドンの王立音楽院に入学する以前、どのようにして音楽やチェロと出会ったのでしょうか。

ルーシー・レイルトン(LR):私はとても音楽的な家系に生まれたので、子供のころから音楽に囲まれていました。胎内では母の歌声や、父のオーケストラや合唱団のリハーサルを聞いていたと思います。父は指揮者で教育者でもありました。母はソプラノ歌手でした。父は教会でオルガンを弾いていたのですが、その楽器には幼い頃から大変な衝撃を受けてきました。私は、7歳くらいになるとすぐにチェロを弾きはじめました。その道一筋ではありましたが、子供の頃はいろいろな音楽を聴いていて、地元で行われる即興演奏のライヴにも行っていました。即興演奏やジャズは、私がクラシック以外で最初に影響を受けた音楽だと思います。そこから現代音楽や電子音楽に引かれ、ロンドンで本格的に勉強を開始しました。

王立音楽院在籍時印象に残っている、あるいは影響を受けた授業、先生はいましたか?

LR:英国王立音楽院では、特別だれかに影響を受けたことはありませんでしたが、私には素晴らしい先生がいました。その先生はとても反抗的で、クラシック音楽の威信をあまり気にしない人だったので、その先生に就きたいと思いました。というのも、私はすでにクラシック音楽に対して陳腐で嫌な印象を持っていて、何か別のことをしたかったので。その先生は、私に即興演奏や作曲することを勧めてくれて、練習の場も設けてくれたので感謝しています。
 それから、ニューイングランド音楽院(米ボストン市)で1年間学んだときは、幸運にもアンソニー・コールマンと、ターニャ・カルマノビッチというふたりの素晴らしい音楽家に教わることができました。彼らは私のクラシックに対する愛情を打ち破り、表現の自由とはどのようなものかを教えてくれました。同院にはほかにも、ロスコー・ミッチェルのような刺激的なアーティストが来訪しました。彼はたった1日の指導とリハーサルだけで、ひとつの音楽の道を歩む必要はないことを気づかせてくれました。私はその時点でオーケストラの団員になるつもりはなく、オーディションのためにドヴォルザークのチェロ協奏曲を学ぶ必要もありませんでした。創造的であること、そしてチェリストであることは、オーケストラの団員になるよりも遥かに大きな意味があることを理解しました。これはその当時の重要な気づきでした。

私は、チェロに加えて新しい音の素材を探していたのですが、それらのとても混沌としたシンセは、私が作りたい音楽にとって必要十分で甚大なものだと感じました。自分の好みが固まったところで、すべてのものを織り交ぜる準備ができました。

ジャズや即興演奏に触れる稀有な機会のなかで、クラシック以外の音楽に開眼されていったとのことですが、電子音楽やエレクトロニクスをご自身の表現や作品制作に取り入れるようになった経緯も教えていただけますか。

LR:それは本当に流動的な移行でした。まず、ルイジ・ノーノの『Prometeo』(ルーシーは同作の演奏をロンドンシンフォニエッタとの共演で行っている)のような電子音響作品や、クセナキスのチェロ独奏曲のような作品に、演奏の解釈者として関わりましたが、その間、実に多くの音楽的な変遷を遂げていきました。それは、私がロンドンのシーンで行なっていたノイズやエレクトロニック・ミュージシャンとの即興演奏、キット・ダウンズとの演奏、そしてアクラム・カーンの作品(「Gnosis」)におけるミュージシャンとの即興演奏に近いものです。インドのクラシック音楽のアンサンブルである「Gnosis」のツアーに参加した際、即興演奏の別の側面を見せてもらいましたが、それは実験とは無縁で、すべてはつながりと献身に関連していました。
 また20代の頃は、自分でイベントや音楽祭を企画していたので、自然と実験的な音楽への興味を持つようになりました。そういった経過のなかで、何らかの形で私の音楽に影響を与えてくれた人びとと出会いました。とくに2013年から14年にかけては多くの電子音楽家に出会いました。ことピーター・ジノヴィフとラッセル・ハズウェルとのコラボレーションでは、即興と変容が仕事をする上で主要な部分を占めていて、そういった要素を自分で管理することがとても自然なことだと感じ、いくつかのモジュールを購入して、シンセを使った作業を開始しました。
 それから、Paul Smithsmithに誘われてサリー大学のMoog Labに行き、Moog 55を使ってみたり、EMSストックホルムに行ってそれらの楽器(Serge/Blucha)を使ってみたりしました。
 私は、チェロに加えて新しい音の素材を探していたのですが、それらのとても混沌としたシンセは、私が作りたい音楽にとって必要十分で甚大なものだと感じました。自分の好みが固まったところで、すべてのものを織り交ぜる準備ができました。私のアイデンティティのすべてを、何とかしてまとめ上げようとしたのが『Paradise 94』だったと思います。

テクノロジーや電子音と、ご自身の演奏や音楽とのあいだに親和性があると考えるようになったのはなぜでしょうか。あるいは、違和感を前提としているのでしょうか。

LR:これらの要素を融合させることには確かに苦労しますし、まだ適切なバランスを見つけたとは言えません。チェロのようなアコースティック楽器をアンプリファイして増幅することは少々乱暴です。しかし、スタジオでは編集したりミックスしたり、あらゆる種類のソフトウェアやシンセを使ってチェロをプッシュしたりすることができて、それはとても楽しいです。ライヴの際、チェロをエレクトロニック・セットのなかのひとつの音源として使いたいと思っていますが、それをほかのすべての音と調和させるのは難しいですね。
 なぜなら、私がチェロを弾いているのを観客が見ると、生楽器と電子音のパートを瞬時に分離してしまい、ソロ・ヴォイスだと思ってしまうことがあるのです。また(チェロが)背景のノイズや音の壁になってしまうこともあり、観客だけではなく私自身も混乱してしまうことがあるのです。スタジオレコーディングでは何でもできますが、ライヴでの体験はまだ難しいです。

そして2018年に、〈Modern Love〉から鮮烈なソロ・デビュー・アルバム『Paradise 94』をリリースされます。先ほど、ご自身のアイデンティティのすべてをまとめ上げようとしたのが本作であるとお伺いしましたが、本作の多義的なテクスチュアや音色は、生楽器と電子音によるコンポジションと、そのコンテクストに静かな革命をもたらしていると思います。本作における音楽的なコンセプト、アイディアは何だったのでしょうか?

LR:私は、ミュージシャンとしてさまざまなことに関わってきた経験から多くのことを学んだと感じていました。『Paradise 94』を作りはじめるまでは、自分の音楽を作ったことがなかったので、いろいろな意味で自分の神経を試すようなものでした。私は初めて自分の声を発表しましたが、それは当然、自分が影響を受けてきたものや興味のあるものを取り入れたアルバムです。自分の表現欲求と興味を持っている音の世界に導かれるように、このふたつの要素を中心にすべてを進めていったと思います。素材や少ないリソースから何ができるかを試していましたが、このアルバムはその記録です。

‘Paradise 94’

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それぞれの楽曲は、別々の時期に制作されたものですか? また制作過程について教えてください。

LR:はい。完成までに約3年かかりました。終着点のない、ゆっくりとした登山のようなものでした。私は期限を決めずに作業をしていました。時間をかけて、気分的にも適切な時にだけ作業していましたし、その時期は、ロンドンとベルリンを頻繁に行き来していました。ロンドンではフリーランスのミュージシャンとして活動していましたが、ベルリンでは自分の仕事に専念するようになりました。その為このアルバムは、さまざまな場所や状況と段階で制作されたので、多くの点で焦点が定まっていませんでした。だからこそ、ヴァラエティに富んだレコードになっているのかもしれません。私はこの点はとても気に入っています。

本アルバムには、巻上公一さんが、“Drainpipe(排水管?)”で参加されてますね。巻上さんとはどのようにして知り合ったのですか?(私事ですが、巻上さんがコンダクトしたジョン・ゾーンの『コブラ』に参加したことがあります)

LR:巻上さんとは、日本のツアー中に出会いました。彼の芸術性には刺激を受けましたし、とても楽しい時間を過ごすことができました。実際にはアルバムのなかでは、あまり実質的なパートではなかったのですが、巻上さんとロンドンで一緒にパフォーマンスをしたとき、彼は’drainpipe’を演奏したのですが、それはとても特別なものでした。彼のエネルギーが、その時の私に語りかけてきました。当時の私は、レコーディングのためにいろいろな音を集めて準備していたのですが、巻上さんが親切に彼の音を提供してくれました。それは今も、素材の網目のなかに埋め込まれ、彼のインスピレーション記憶として存在しています。彼のパフォーマンスは、私のライブにも影響を与えてくれました。彼は素晴らしいアーティストです。

あらゆる点で。私は音楽業界に近づくことよりも、創造性に焦点を当て、自分と同じ価値観を共有できる人々と時間を過ごすことが重要だと感じています。私が音楽をやる理由はそこ(業界)にはありません。

2020年には多くの作品をリリースしています。はじめに、ピーター・ジノヴィエフとのコラボレーション作品『RFG - Inventions for Cello and Computer』についてお伺いします。あなたとピーターはLCMFで出会って、コラボレーションのアイディアについて話し合いました。それから、あなたの即興演奏を録音したり、ピーターがエレクトロニクスを組み立てたりしながら、一緒に作品を作り上げていきました。このプロセスから生まれた作品をライブパフォーマンスでおこなう際、そこに即興の余地はあるのでしょうか?

LR:『RFG - Inventions for Cello and Computer』における演奏は、固定された素材と自由なパーツの混在から成る奇妙なものです。そのため、ライヴで演奏するのは難しく、チャレンジングな部分があります。ピーターのエレクトロニクスは固定されているので、私は彼と正確に(演奏を)調整しなければならないので(その指標として)時計を使います。もちろん時計は融通が効かないので、更にストレスがたまります。このように苦労はしますが、これもパフォーマンスの一部であり、意図的なものです。私は作曲時に固定した素材を使って即興で演奏していますが、時には素材から完全に逃れて「扇動者」、「反逆者」、「表現力豊かなリリシスト」のように振る舞います。また、電子音のパートと正確に調整する際には、通常の楽譜を使用することもありますし、例えば、ピーターのパートとデュエットすることもあれば、微分音で調律された音のシステムを演奏することもあります。本作の演奏方法は、既知のものとかけ離れていることが多いので、ガイドが必要になります。それはなければ即興演奏をすることになりますが、(作品には)即興ができる場所と禁止されている場所がありました。

一般的にピーター・ジノヴィエフは、EMS Synthiなどのシンセサイザーを開発した先駆者と言われていますが、このコラボレーションにおいてピーターは、実機のシンセサイザーではなく、主にコンピュータを使用したのでしょうか?

LR:はい。実はピーターはアナログシンセで音楽を作っていたわけではないのです。もちろん、彼がアナログシンセを開発した功績は称えられています。しかし作曲家としては、伝統的なアナログ・シンセはあまり使っておらず、所有もしていませんでした。『RFG - Inventions for Cello and Computer』では、彼の2010年以降の他の作品と同様、コンピュータの技術やソフトウェアを利用しています。彼は常に私の録音を素材としていたので、作品のなかで聞こえるものはすべてチェロから来ています。彼がおこなった主な作業は、Kontaktやさまざまなプラグインを使って音を変換し、電子音のスコアをつくることでした。彼はソフトウェアの発展に魅了され、コンピュータ技術の進歩に驚嘆し魅了されていました。それと同時に彼は、人間と楽器(私やチェロ)がコミュニケーションをとるための新しい方法を常に模索していました。ですから、私たちの実験の多くは、コンピュータによる認識、特にピッチ、リズム、ジェスチャーに関するものでした。

同年、オリヴィエ・メシアンの『Louange à l'Éternité de Jésus』がリリースされましたが、このレコードの販売収益を、国連難民局のCovid-19 AppealとThe Grenfell Foundationに均等に分配されています。10年前に録音された音が、この激動の時代に明確な目的を持ってリリースされたことに感銘を受けました。

LR:LR:これは、私が24歳の時の演奏で、家族の友人が偶然コンサートを録音してくれたのですが、そのときの観客の様子や経験から、ずっと大切にしてきたものです。それが録音自体にどう反映されているかはわかりませんが、その演奏の記憶はとても強く残っています。そのことについては、ここで少し書きました
 当時の私は、自分が癒される音楽を人と共有したいと思っていましたが、この曲はまさにそれでした。最初は友人や家族と共有していましたが、その後、リリースすることに意味があると気づきました。その収益を、Covid-19救済を支援していた団体に寄付しました。そのようにしてくれた〈Modern Love〉(マンチェスターのレコードショップ’Pelicanneck’=後の’Boomkat’のスタッフによって設立された英レーべル)にはとても感謝しています。

INA GRMとの関係とアルバム「Forma」の制作経緯について教えてください。

LR:彼らは若い世代の作曲家と仕事をすることに興味を持っており、2019年にINA GRMとReimagine Europereimagine europeから(作品制作の)依頼を受けました。私はすでにミュージック・コンクレートや電子音楽に興味と経験を持っていたので、GRMのアクースモニウム(フランスの電子音楽家、フランソワ・ベイルによって作られた音響システム)のために作曲するには良い機会でした。この作品を初演した日には54台のスピーカーがあったと思います。私は主にチェロの録音、SergeのシンセサイザーとGRMのプラグインを使って作業しました。ただ、マルチチャンネルの作品を作ったのはこれが初めてでしたし、非常に多くのことを学びました。この作品が(音の)空間化の旅の始まりになりました。GRMのチームは、信じられないほど協力的で寛大です。作曲からプレゼンテーションまで、チームが一緒になって新しい作品制作を行います。私はこれまでとても孤独な経験を通してレコードを作ってきましたが、それらと(本作は)全く違いました。「Forma」(GRM Portraitsより、2020年リリース)では、とてもエキサイティングでチャレンジングな時間を過ごし、この作品を通して自分の音楽に新しい形をもたらしたと感じました。

'Forma'

Editions Mego · Lucy Railton 'Forma' (excerpt) (SPGRM 002)

今年の初めに、Boomkat Documenting Soundシリーズの『5 S-Bahn』がレコードでリリースされました。Boomkatのレヴューによると、ロックダウン下にご自宅の近所で録音されたそうですね。このアルバムに収められたサウンドスケープを聴いていると、あなたの作品は音楽的な価値や枠組みから逃れて、よりダイナミックな日常生活の音に近づいているように思えます。パンデミック以降、日常生活はもちろんですが、音楽制作に変化はありましたか?

LR:そうですね。あらゆる点で。私は音楽業界に近づくことよりも、創造性に焦点を当て、自分と同じ価値観を共有できる人びとと時間を過ごすことが重要だと感じています。私が音楽をやる理由はそこ(業界)にはありません。私は、業界の人びとがいかに自分の成功を求めて、互いに競い合っているかに気づきました。これまで音楽制作においても社会生活においても、彼らの期待や要求に気を取られ過ぎていました。いまでは、自分の価値観や芸術的な方向性をより強く感じていますし、それは1年以上にわたって家やスタジオで充実した時間を過ごしたからです。自分の方向性が明確になり、それを認めてくれる人やプロジェクトに惹かれるようになりました。ですから、今の私の音楽作りは、よりパーソナルなものに自然となってきています。来年には変わるかもしれませんが、それは誰にもわかりません。

新作『Subaerial』についてお伺いします。キット・ダウンズと一緒に演奏するようになったきっかけを教えてください。

LR:キットと私は、2008年にロンドンに留学して以来の知り合いで、長い付き合いになります。主に彼のグループで演奏していましたが、他の人とも一緒に演奏していました。『Subaerial』は、チェロとオルガンを使ったデュオとしては初めてのプロジェクトです。この作品は私たちにとても合っています。私は、ジャズクラブでチェロを弾くのはあまり好きではありませんでした。というのも音が悪いのが普通で、特にチェロの場合、私は音質に敏感です。オルガンのある教会やコンサートホールで演奏するようになってから、突然快適になり、アンプリファイの問題も解消され、表現力を発揮できるようになりました。
 教会では、音に空気感も温かみもあり、空間や時間の使い方もまったく違うものになります。このアイディアに辿り着くまで13年かかってしまいましたが、待った甲斐がありました。このアルバムは、私たちにとって素晴らしい着地点だと思います。私たちはお互いに多くの経験をしてきたので、自分たちの音楽のなかに身を置き、一緒に形成している色や形に耳を傾ける時間を持つことができます。チェロがリードしているように思えるかもしれませんが、実際にはそんなことはなく、私は部屋のなかの音に反応しているだけなのです。
 キットは最高の音楽家ですから、彼がやっていることからインスピレーションを得ることも多くありますが、私たちはすべてにおいてとても平等な役割を担っています。お互いが、非常に敬意を持って深く耳を傾けることができるコラボレーションに感謝しています。

Lucy Railton & Kit Downes Down ‘Subaerial’

このアルバムは、アイスランドのスカールホルト大聖堂で録音されたものです。あなたとキットは、なぜこの大聖堂をレコーディングに選んだのでしょうか? また、レコーディングの期間はどのくらいだったのでしょうか?

LR:車を借りて、海岸沿いの小さなチャペルからレイキャビックのカトリック教会まで、いくつかの教会をまわりました。実際にはすべての教会で録音してみましたが、スカールホルトでは最も時間をかけて録音しました、というのも場所、音響、空間の色が適切だったからです(太陽の光でステイングラスの赤と青の色が内部の壁に投影されることがよくありました)。だから、私たちは快適で自由な気分で、一週間を過ごしました。しかし、アルバムに収録されている音楽は、ある朝、数時間かけて録音したものを42分に編集したものです。

このアルバムは、基本的に即興演奏だと聞いています。レコーディングを始める前に、あなたとキットは何かコンセプトやアイデア、方向性を考えていましたか?

LR:いえ、私たちはただ何かをつかまえたかったのです。新曲を作るつもりではありましたが、しばらく一緒に演奏していなかったので、その演奏のなかで再開を楽しみました。また、ピアノではなくオルガンを使った作業は、私たちデュオにとってまったく新しい経験だったので、「音を知る」ことが多く、その探究心がこのアルバムに強く反映されていると思います。なので、ある意味では、新しい音を求めるということ自体がコンセプトでしたが、音楽を作ることは常に、未来への探求、そして発見だと思います。

今後の予定を教えてください。

LR:実はまだ手探りの状態で、先が見えない不安もあります。しかし、パンデミックが教えてくれたのは、このような状況でも問題ないということ、そして期待値を下げることです。「大きな」プロジェクトも控えていますが、最近は最終的なゴールのことをあまり考えないようにしています。その代わり、もっと時間をかけて物事をより有機的に感じ取るようにしています。なぜなら、そのポイントに向かう旅路が最も重要だからです。たとえすべての予定がキャンセルになったり、何かがうまくいかなかったとしても、創造の過程にはすでに多くの価値があり、それはすべて集められ、失われることはありません。

Lucy Railton & Kit Downes
タイトル:Subaerial
レーベル:SN Variations (SN9)
リリース:2021年8月13日
フォーマット:Vinyl, CD, FLAC, WAV, MP3

ルーシー・レイルトン/Lucy Railton
ベルリンとロンドンを拠点に活動するチェリスト、作曲家、サウンドアーティスト。イギリスとアメリカでクラシック音楽を学んだ後、即興演奏や現代音楽、電子音楽に重点を置き、Kali Malone、Peter Zinovieff、Beatrice Dillonほか多岐に渡るコラボレーションを行っている。また、Alvin Lucier、Pauline Oliverosなどの作品を紹介するプロジェクトにも参加している。2018年以降、Modern Love、Editions Mego/GRM Portraits、PAN、Takuroku等から自身名義のアルバムをリリースし、約50のリリース(ECM、Shelter Press、Ftarri、Sacred Realism、WeJazz、Plaist)に客演している。https://lucyrailton.com/

Peter Zinovieff & Lucy Railton - ele-king

 本アルバム『RFG Inventions for Cello and Computer』は、ピンク・フロイドやブライアン・イーノなども用いたことで知られるイギリスのシンセサイザーのメーカーである EMS (Electronic Music Studios ltd)の共同創設者にしてヴェテラン音響技師のピーター・ジノヴィエフと、若手チェリストにして尖端的な電子音響の作り手ルーシー・レールトンのコラボレーション・アルバムである。リリースは現代エクスペリメンタル・ミュージックの総本山ベルリンの〈PAN〉から。『RFG Inventions for Cello and Computer』はとても重要なアルバムと思う。世代を超えた音響的対話によって「現代音楽」と「尖端音楽」の交錯が極まっている。

 『RFG Inventions for Cello and Computer』に横溢しているのは、サウンド・マテリアルの衝突と交錯だ。震える弦、硬質な電子音などの「音の意味」をはぎ取られ、ただの「音響体」へと蘇生するさまとでもいうべきか。「今」の時代における新しいミュジーク・コンクレートであり、2020年なりの「アクースマティック・ミュージック」の実践なのである。
 ふたりの年齢差は50歳ほど。親子以上に世代差のあるふたりだが、『RFG Inventions for Cello and Computer』におけるサウンドのコンビネーションは抜群だ。無調の弦とオールドスクールな電子音のライヴミックスという現代音楽的ともいえる音響ながら、モダンなサウンドの緻密さも兼ね備えている。いわば「2010年代以降のモダンなエクスペリメンタル・ミュージック/尖端音楽のコンテクスト」の中に落とし込まれた興味深い音響作品とでもいうべきか。

 もともとはライヴ演奏として主体として構想されたプロジェクトのようで、2016年から2017年にかけていくつものフェスティヴァルで演奏されたものだ。その成果を踏まえてレコーディングされた本楽曲は33分の長尺1トラックにまとめられた。
 33分の1トラック内は17ブロックに分割される。単純な持続は反復ではなく、接続と変化による複雑な音響構造を有してもいる。基本的にはルーシー・レールトンのチェロをピーター・ジノヴィエフがコンピューターで加工したものだろうが、2018年に〈MODERN LOVE〉からファースト・アルバム『PARADISE 94』をリリースしたルーシー・レールトンなのだからチェロ奏者としてだけでなく、音響作家としての手腕も卓抜なのは言うまでもない。おそらくは互いにサウンドのエディットを重ねながら、電子音響やノイズが交錯されていったものであろう。その結果、非常に緊張感に満ちた仕上がりの音響空間を生むことになったのではないか。世代を超えたふたりの音響作家/音楽家は、音響のマテリアルによって、言葉を超えた「対話」を繰り広げているのだ。
 そう、『RFG Inventions for Cello and Computer』は、まさに接続と交錯を続けながら変容し続けていく「音響実験と音による対話」の音響劇である。

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