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Oliver Coates

Modern Classical

Oliver Coates

Skins n Slime

RVNG Intl. / PLANCHA

小林拓音   Oct 23,2020 UP
E王

 スライムといえば日本ではザコキャラの代名詞だけれど、こんなに凶暴でそして、悲しげな顔をしたスライムは見たことがない。
 正統なクラシック音楽を修めたエリート中のエリートでありながら、スクエアプッシャーやオウテカを敬愛するチェリスト、相棒の音を躊躇なく加工し、むしろ典型的な弦のイメージから遠ざけることを心がけ、大胆にひずませることもいとわないオリヴァー・コーツは、いま、だれも到達したことのない山頂に立っている。クラシカルとエレクトロニカとの幸福な結合を実現した『Shelley's On Zenn-la』から2年、ジョン・ルーサー・アダムズとの共作を経て届けられた新作『Skins n Slime』が、あまりにも圧倒的かつ独創的なサウンドを誇っているのだ。
 タイトルに冠された「スライム」とは、ディストーションとコーラスのエフェクツペダルを用いて彼がつくりあげた、チェロのテクスチャーを指している。さらに「肌」まで付け足すくらいだから、今回コーツは音の触感になみなみならぬ情熱を注いでいるのだろう。まさにスライムこそが本作の鍵を握っているわけだ。

 アルバムの前半は、5つのパートからなる組曲 “Caregiver” によって構成されている(「介護者」なる曲名からは一瞬パンデミックを連想してしまったけれど、本作は昨年12月の時点ですでに完成していたそうなので無関係)。ミニマルな弦の反復からはじまる “part 1” は、低音のドローンがしっかりと曲に重量感を与えているところがポイントで、この工夫がビートを持たないアルバム全体にくっきりした輪郭を与えている。
 最初のハイライトは “part 2” で訪れる。弦であると同時に電子音でもあるような、器楽曲であると同時に騒音でもあるような、驚くべき未知のディストーション。いったいどうやったらチェロでこんな音を生成できるのだろう? 比較的素朴に弦の響きを聞かせる “part 3” と “part 4” をはさんで、“part 5” でもエフェクトがめざましい活躍を見せている。現界するシューゲイズ的サイケデリア。だが注意しなければならない。これはギターではなく、チェロなのだ。
 先行シングルとして公開された7曲目の “Butoh baby” において、かのスライムは悲しみを爆発させている。主旋律の音色もだいぶおかしなことになっているが、地を這う低音の濁り具合はただただ圧巻というほかない。つづく “Reunification 2018” もすさまじい。これまたシューゲイズ的なノイズに覆われているが、繰り返そう。ギターではない。チェロだ。
 その後アルバムは高音にフォーカスした “Still Life” やティム・ヘッカー風の寂寥を携えた “Honey” を経て、マリブーを迎えた “Soaring X” で静かに幕を下ろす。こういうクラシカルに寄った曲もいい。しかしやはり本作を他と分かつ最大の特徴は、チェロに施された強烈なエフェクトだろう。

 新作のリリースに先がけて公開された『Fact mix』が、序盤はアンビエントで固められているにもかかわらず、途中からマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやザ・ジーザス・アンド・メリー・チェインを招き入れ、おなじ空間系ペダルを採用していると思しきザ・キュアーやコクトー・ツインズ(やディーン・ブラント)の曲をはさみつつ、最後はブラックメタルで〆るという謎の構成をとっていたので、はてこれにはどのような意図が? と頭を抱えていたのだけれど、今回フルでアルバムを聴いてみてわかった。『Skins n Slime』は、かつてエレクトリック・ギターが繰り広げた音響的冒険を、チェロで探究しようと試みたアルバムなのだ。
 ただし本作は、夢見心地なムードや浮遊感のたぐいは搭載していない。スライムはどこまでも悲しみと向き合っている。そこがいまの時代とマッチしていて、とても今日的だと思う。

小林拓音