Home > Reviews > Album Reviews > Chip Wickham- The Eternal Now
チップ・ウィッカムはスペインとイギリスを股にかけて活動するサックス/フルート奏者で、2024年に『Cloud 10 – The Complete Sessions』がリリースされた際にインタヴューをおこなった。ブライトンでの生い立ちから、マンチェスターの音楽学校に進学してジャズを本格的に学んだ時代、クラブ・カルチャーと出会ってそうしたシーンのアーティストたちと共演していた時代、〈ゴンドワナ〉のマシュー・ハルソールとの出会い、スペインへ移住してからソロ・アルバムをリリースするようになったことなどいろいろな話をしてもらったのだが、それから1年ぶりとなる新作『The Eternal Now』がリリースされた。『Cloud 10 – The Complete Sessions』は『Cloud 10』(2022年)とEP「Love & Life」(2023年)をカップリングした編集版だったので、正確にはフル・アルバムとしては3年ぶりの新作となる。
今回はマシュー・ハルソールとの共同プロデュースで、1990年代から一緒に仕事をするベーシストのサイモン・“スニーキー”・ホートンや、トランペット奏者のエオイン・グレースを除き、メンバーは一新されている。新メンバーで目につくのは、シネマティック・オーケストラやファンク・バンドのハギス・ホーンズなどで演奏してきたドラマーのルーク・フラワーズ、アシッド・ジャズの時代に人気者となり、その後はラテン・ジャズやアフロ・キューバンのコンガ&パーカッション奏者としてUKにおける第一人者的存在のスノウボーイだ。それぞれチップ・ウィッカム同様に長いキャリアを持ち、ジャズとクラブ・ミュージック両面で活躍してきた人材である。特にラテン・ジャズへの造詣が深いチップにとって、スノウボーイの参加は百人力を得た感じだろう。ほかではヴァイオリン、チェロというこれまで見られなかった楽器をフィーチャーしている点は、これらストリングスの扱いに長けたマシュー・ハルソールからの助言によるのではないかと想像する。その結果、これまで以上に深みや奥行きが増したサウンドとなっている。シンガーでは『Cloud 10』に参加していたアマンダ・ウィッティングのソロ・アルバムでフィーチャーされていたピーチや、恐らくチップの娘と思われるリサ・ウィッカムが参加する。
透明感に溢れたソプラノ・サックスと、それを包み込むエレピやストリングスが堪らなく優美な “Drifting” は、1970年代末から80年代初頭に活動したロサンゼルスの伝説的スピリチュアル・ジャズ・ユニット、アンビアンス(ダウド・アブバカル・バレワ)を彷彿とさせる。“Nara Black” は日本古来の「奈良墨」にインスパイアされた曲で、ピーチのヴォーカルをフィーチャー。クラブ・ジャズ的な雰囲気を持つ曲で、ルーク・フラワーズのドラムもジャズ・ファンクやブロークンビーツ的なエッセンスを感じさせる。チップのフルートは神秘的にはじまりつつ、次第にエモーションを湛えていき、どちらかと言えばフルート演奏のほうに長けた彼らしい楽曲である。“The Eternal Now” はオーボエのような木管楽器を思わせる音色のアルト・サックスを用い、チップのディープな側面が表われた幽玄のような作品。フルート奏者としてのチップは、ユゼフ・ラティーフ、サヒブ・シハブ、ハロルド・マクネアなどの影響が感じられるが、ここでの演奏は1960年代末から1970年代にかけ、ワシントンDCで活動したロイド・マクニールを連想させる。エリック・ドルフィーの流れを汲む彼も、スピリチュアル・ジャズにおける伝説的なプレーヤーである。
“No Turning Back” はサントラ的なムードを持つ作品で、シネマティック・オーケストラに関わったルーク・フラワーズの色が出ている。“The Road Less Travelled” も映画音楽のように優美なストリングスに包まれ、中間の陰影に満ちたフェンダー・ローズのソロも印象的。メロウネスに満ちた広がりのある空間構築は、クラブ・ジャズやクラブ・ミュージックに接してきたチップならではと言える。“Falling Deep” はリサ・ウィッカムのワードレス・ヴォイスをフィーチャーし、極めてフェアリーな世界へと導く。この曲でもストリングスが大きなアクセントとなる。スノウボーイによるラテン的なリズムに支えられた “Outside” も、とてもメロディアスで美しい。この曲を含めてサントラ的な音作りのなされた “No Turning Back”、 “The Road Less Travelled”、 “Falling Deep”は、これまでになかったチップの新たな魅力を導き出している。
小川充