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Chip Wickham

Jazz

Chip Wickham

La Sombra

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小川充   Mar 02,2017 UP

 昔からジャズの管楽や吹奏楽の世界では、フルートというのはサックスやトランペットに比べてマイナーな楽器であり、専門のプレイヤーも少ない。エリック・ドルフィーやジェイムズ・ムーディーのように、サックス奏者が第二楽器として演奏するケースが多く、フルート専門で有名なのはハービー・マンとかヒューバート・ロウズ、ジェレミー・スタイグあたりだろうか。それからユセフ・ラティーフ、ローランド・カーク、サヒブ・シハブのようにマルチ・リード奏者から名手が出ている。ヨーロッパに目を移せば、英国のハロルド・マクネア、イタリアのジノ・マリナッチ、スウェーデンのビョン・イーソン・リンド、ブルガリアのシメオン・シュトレーエフなど、個性的なプレイヤーが生まれている。クラシックの伝統があるヨーロッパであるから、フルートの演奏技術も高いと言えるし、また民族音楽やジプシー音楽などの要素を取り入れる際にも効果的な楽器である。でも、やはりマイナーな楽器ということに代わりはなく、今もフルート奏者がリーダーのアルバムは滅多にお目にかかることはない。本作はそんな珍しいフルートが主役のアルバムである。

 チップ・ウィッカムは本名をロジャー・ウィッカムといい、英国出身のミュージシャンである。テナー・サックス、バリトン・サックスなども演奏するマルチ・リード奏者だが、メインとする楽器はフルートである。1990年代半ばよりマンチェスターを拠点に演奏活動をおこない、ジンプスター、ジャージー・ストリート、レイ&クリスチャン、エイム、スクエア・ワンなど、主にクラブ・シーンのアーティストの作品に客演している。そうしたクラブ・ミュージックだけでなく、地元マンチェスターのマシュー・ハルソールのファースト・アルバムにも参加するなど、純粋なジャズ・ミュージシャンとしても活動。マンチェスターのジャズ・シーンでは、マシュー・ハルソールの〈ゴンドワナ・レコーズ〉からも作品を出すナット・バーチャルや、ゴー・ゴー・ペンギン結成前のロブ・ターナーたちとも共演している。他の共演者はファーサイドやロイ・エアーズなどから、ナイトメアズ・オン・ワックスにニュー・マスターサウンズと実に様々なタイプに渡り、それだけ音楽性の幅が広く、どんな演奏にも対応できる技術の高さがあるということだ。

 セッション・ミュージシャンとしての活動が主だったチップ・ウィッカムだが、2007年にマレーナというスペインのラテン・ハウス系プロジェクトに参加し、それを機にマドリッドへ移住している。マレーナではフルート演奏のみならず、プロダクション方面も手掛け、そこから発展してキッド・コスタ名義でリミックスなどもおこなうようになる。また、地元マドリッドのミュージシャンたちとファイアー・イーターズというジャズ・ファンク・バンドを組み、英国時代からの旧友であるエディ・ロバーツ(ニュー・マスターサウンズ)のバックを務め、アルバム・リリースもおこなっている。その頃のマドリッドではディープ・ファンクの人気が強く、自然とファイアー・イーターズのようなファンク寄りのサウンドへと傾倒し、自身の名義でも2010年前後に地元の〈ラヴモンク〉からレア・グルーヴやラテン・ファンクの7インチを出していた。

 そうした時期から5年ほど経過し、このたび自身名義では初となるソロ・アルバム『ラ・ソンブラ』をリリース。今回はディープ・ファンクやレア・グルーヴではなく、純粋なジャズ演奏に終始している。音楽シーンの移り変わりということもあるのだろうが、そもそもマシュー・ハルソールたちと演奏していたというジャズ・ミュージシャンとしてのチップ・ウィッカムの生い立ちを、素直に作品として残したかったという気持ちが強かったのではないだろうか。表題曲や“トーキョー・スロー・モー”、“プッシュド・トゥー・ファー”など、ベースにあるのは1960年代頃のモード・ジャズ。これらには幻想的で高貴なムードが漂っており、そうした作品にはやはりサックスなどよりもフルートの神秘的な音色がピッタリである。また、伴奏はピアノのほかにヴィブラフォンがあり、土着的でミステリアスな雰囲気を作り出すときには、フルートとヴィブラフォンのコンビネーションが最適だ。そのあたりの楽器の特性をチップ・ウィッカムはよく理解しており、そうしたプロデューサー・センスがよく表われた作品でもある。

 そして、長年クラブ・シーンで演奏しているだけあり、クラブ・ジャズとしても通用する作品も多い。“スリング・ショット”“レッド・プラネット”“ザ・デェトゥール”“ラ・ルイェンダ・デル・ティエンポ”がそれで、モーダルなテイストの変拍子や、ラテン・ジャズ的な演奏をおこなっている。ワルツ・テンポの“レッド・プラネット”は、ハロルド・マクネアのダンス・ジャズ古典である“ヒップスター”を彷彿とさせるところもある。恐らく意図的にそうした作曲や演奏をおこなっているのだろうが、クラブ・ジャズというものをいかにチップ・ウィッカムが理解しているかの証ではないだろうか。

小川充