Home > Reviews > Album Reviews > GoGo Penguin- Man Made Object
ゴーゴー・ペンギンという名前を聞いて、普通それがジャズのピアノ・トリオだとは誰も思わないだろう。そんなネーミング・センスからして、従来のジャズの文脈から切り離されたところにいるのがマンチェスター出身のこの若き3人組だ。クリス・アイリングワース(ピアノ)、ロブ・ターナー(ドラムス)、グラント・ラッセル(ダブル・ベース)がゴーゴー・ペンギンをスタートしたのは2009年のこと。そして、2012年に地元の〈ゴンドワナ・レコーズ〉から『ファンファーレ』でアルバム・デビュー。〈ゴンドワナ〉はマシュー・ハルソールやナット・バーチャルらのリリースで知られるインディ・ジャズ・レーベルだ。その後2013年にベースがニック・ブラッカへ交代し、その顔ぶれで2014年に発表した『v2.0』は「マーキュリー・プライズ」にノミネートされ、一気にブレイクしたのである。ライヴでも着々と評価を高めていった彼らは〈ブルーノート〉の社長のドン・ウォズの目にもとまり、このたび〈ブルーノート〉と契約して3枚めのアルバム『マン・メイド・オブジェクト』をリリースする。
すでに『ファンファーレ』のときから、ゴーゴー・ペンギンのスタイルは高い地点で確立していたと言える。耽美的でメランコリックなメロディを奏でるピアノ、細かく刻まれた縦ノリのビートを叩くドラム、クールで重厚な空気を伝えるベースは、アメリカで生まれた黒人音楽のジャズとは異なる匂いを放っていた。米国ジャズに付きもののブルースやゴスペルとの関連性はなく、エモーショナルでブルージーな香りはしない。そのかわりにクラシック的なピアノ(クリスはクラシックを学び、ラフマニノフ、ドビュッシー、ショパンの影響を受けたそうだ)、ロック的なドラムというように、イギリスというかヨーロッパらしいジャズというのがその印象だった。きっちりとした学理に則って緻密に構築された楽曲は、フリー・ジャズやアヴァンギャルドのイディオムともまた違ったものだ。同じ若手のジャズ・ピアノ・トリオで比較するなら、カナダ出身のバッドバッドノットグッドはパンクとヒップホップの影響がうかがえるのに対し、ゴーゴー・ペンギンからはUKジャズ・ロック~プログレ、ポスト・ロック~シカゴ音響派などの影がチラついた。当時のUKのメディアが彼らについて、「エイフェックス・ツインからスクエアプッシャー、そしてマッシヴ・アタックにブライアン・イーノの影響を受けたアコースティック・エレクトロニカ・サウンド」と評していたのだが、たしかにドリルンベースのように細断された不定形のビート(こうした傾向は『v2.0』においてさらに強まっていく)、暗鬱としてダークなメロディ、アンビエントで現代音楽やクラシックに通じるスコアにはそうした論評を裏づけるところがあった。録音時のミックスや編集を含めたポスト・プロダクション面では、IDMやエレクトロニカ以降のアーティスト(バンド編成はあくまでアコースティックなピアノ・トリオだが)ということを感じさせたし、そこにポスト・ロック~シカゴ音響派と近似するものを見たのかもしれない。いわゆる横ノリのグルーヴではないので、ソウルやファンクと結び付いたUKのダンス・ジャズ~クラブ・ジャズの文脈とも異なるものだし、ヒップホップやR&Bなどと対峙するUSの新しいジャズの流れとも違う。『v2.0』を聴いたときは、むしろこれはオルタナ・ロックなどと同列で聴くのがピッタリくるのでは、と思ったものだ。
『マン・メイド・オブジェクト』は〈ブルーノート〉からのリリースとはいえ、過去2作の延長線上にあるものだ。彼らの演奏スタイル自体も、表面上での大きな変化はない。ただ、いままで以上にいろいろ多彩なリズムに取り組んでいる印象がある。それが、作曲面に新しい試みを与えているようだ。ドラマーのロブは、「アルバムの多くの作品はロジックやエイブルトンなどのソフトウェアを使って作曲し、そこから演奏を膨らませていった」と述べているが、そうしたエレクトロニックなアプローチを人力の生ドラムへと変換したのが“オール・レス”であり、“アンスピーカブル・ワールド”だろう。これらのリズムは、エレクトロニック・ミュージック的なプリ・プロダクションがないと生まれ得ない発想によるものだ。“ウィアード・キャット”や“グリーン・リット”は彼ら特有のドリルンベースの発展的なジャズ・ロックだが、一方“ブランチーズ・ブレイク”ではいままで見られなかったような4つ打ち的なビートを取り入れ、一種のアンビエント・テクノ的な場面も見せている。疾走感に富む“スマーラ”や“フェイディング:フェイニング”からは、かつてテクノなどと結びついて生まれた「フューチャー・ジャズ」という言葉を思い起こした。そうしたクラブ・ミュージック的な視点で見ると、いままでの彼らはあまりループ感のあるビートは用いてこなかったのだが、たとえば“クワイエット・マインド”のビートはクラブ・ミュージック特有のループ、サンプリング感を抽出したようなものと言える。“イニシエイト”のビートには、いままで希薄だったヒップホップ的なテイストも感じられるし、“プロテスト”にはヒップホップからロックまでを取り込むような力強いビートがある。
こうしたリズム面での進化を見せる『マン・メイド・オブジェクト』だが、エレクトロニック・ミュージック的なアプローチを曲作りに導入したことは、彼らのライヴや今後の制作の方向性にも関わってくる可能性がある。4月に初来日公演も予定されているので、そのライヴでは彼らがどのように楽曲をステージで再現するのか(それとも、アルバムとはまた違った形で表現するのか)、そこに注目が集まることだろう。
小川充