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Deadletter

Post-Punk

Deadletter

Existence is Bliss

So

村田タケル Mar 03,2026 UP

「ちいかわの逆張り」なんて書いたらアーティストに怒られてしまいそうだが、図らずも、私のなかでデッドレターとちいかわの二項対立ができ上がってしまった。

 のっけから何を言い出しているのかという感じだが、どうかお許しいただきたい。UKはノース・ヨークシャーを出身として現在はロンドンを拠点に活動するポスト・パンク・バンド、デッドレターの2ndアルバム『Existence is Bliss』のレヴューを書くこととなり、まずは公開されている本作品のプロモーション文章を読むことにした。なるほど、彼らはこの作品について以下のように語っている。

(前略)この現実のなかで、たんに「存在する」のではなく、あえて「生きる」ことを選択するのは──ある偉大な哲学者の言葉を借りれば──英雄的な行為である。ただ存在するだけであることを選ぼうとする誘惑は、あまりに強力で、馴染み深い感覚だ。しかし、自らの目をまっすぐに見つめ、人生の葛藤を引き受け、世界の酸素をたんなる呼吸のためではなく、「行動」し「耽溺」するために使うこと。それこそが、我々を人間たらしめるのだ。ただ在ることは至福かもしれない。だが、「生きる」ということは大きな混乱であっても、その先に待つ報いは計り知れない。

 私は冷や汗が出てくる。おいおい、ここは、なにも考えず、食べて、働いて、怖い目に遭いながらも「生き延びる」ことが何より肯定され、無力であることも、立ち止まることも等しく祝福される世界観を持つ「ちいかわ」さまが絶大な指示を得ている日本である。「ただ存在するだけ」を拒絶し、「生きること」を英雄的行為として言及するこの一文は、この国のマジョリティが縋り付く安寧の空気に対し、あまりにも鋭利なクエスチョンを投げかけているように思えたのだ。

 まずはデッドレターについて説明すると、2010年代後半のUKサウス・ロンドンを端にしたポスト・パンク・リヴァイヴァル以降に出現したこの6人組は、その大所帯ゆえの厚みと、ストイックなまでの緊張感を武器に頭角を現してきた。タイトに刻まれるドラムはダンス・フレンドリーな推進力を持ちながら、つねに楽曲に抜き差しならない緊迫感を走らせる。ビートを導火線として機能させる切れ味鋭い2本のギターと、感情を煽り立てるサックス。ダンスフロアに直結するようなテンポの良さのなかで、フロントマンのザック・ローレンスは、ビートの上にしかめっつらに言葉を叩きつける。
 その手法において、彼らはヤード・アクトらと地続きに見えるかもしれないが、ヤード・アクトが皮肉とユーモアで現代社会の滑稽さをなぞるのに対し、相当な読書家として知られるザックのヴォーカルは、もっと剥き出しで、哲学的な問いの「豪速球」を投げ込んでくる。ストイックなサウンドがもたらす肉体的な快楽性と、リリックに現れる文学的・形而上学的なアプローチ。このコントラストこそがデッドレターの面白さだと感じている。個人的には、初期の代表曲 “Fit For Work” や “Line The Cows” はDJでも大変お世話になった楽曲なので、未聴の方はぜひチェックしてみて欲しい。

 今作のリード・トラック “To The Brim” は、バンドの洗練された進化を端的に示す一曲だ。BPM132の太く踊れるビートが刻まれながらも、アコースティック・ギターのスローモーションな旋律が並走し、カオスと美しさの両面に立ち上がる二重構造が浮かび上がる。パンクの衝動を超えた計算されたアンサンブルが叙情的な輪郭を描き出しているのは、“What the World Missed” や “Focal Point” といった楽曲でも明らかで、彼らがたんなる「怒れる若者」から「思考する表現者」へと脱皮したことを物語っている。

 さて、今作のテーマ、そしてタイトルである『Existence is Bliss(存在は至福だ)』についてもう一度考えよう。本作を通して聴こえてくるのは、「ただ存在する」ことの危うさを、社会構造・テクノロジー・自己欺瞞・トラウマ・承認欲求・アイデンティティの喪失といった複数のレイヤーから解体していくプロセスである。

 例えば、“It Comes Creeping” における「それ(It)」とは、あらゆる依存や観念に読み替え可能な寄生体だ。それは私たちの意識の隙間に忍び込み、人格を乗っ取っていく。「Before it skins you / hangs you out / And wears you like a sweater(お前を剥ぎ取る前に/吊るし上げ/セーターのように着る)」というラインは、現代ホラー的な生々しさで、主体性を失った人間が無残な「器」へと成り下がる恐怖を突きつける。また、“Among Us” では、私たちの欲望と一体化したテクノロジーが、監視する側とされる側の主客を逆転させるディストピアを描き出す。

 こうした冷徹な観察眼は、たんなる社会批判に留まらない。アルバム中盤の “Cheers!” では、「Cheers! Cheers for waking up!(乾杯! 目覚めに乾杯!)」という叫びが響く。字面にすれば素朴な一言だが、ザックの切迫したヴォーカルで放たれるとき、それは自分自身と向き合うことを決意した者への、血の通った祝杯へと変貌し、奇妙な清々しさを残す。“Focal Point” で示される、人生の混乱を拒絶せず、かといって悲観主義にも陥らない強かな態度は、本作の底流にある「意志」の強さを象徴している。

 クロージング・ソング “Meanwhile, In A Parallel” で放たれる「the opposite of living isn’t death, it is existing(生きることの反対は死ではない、存在することだ)」という一節。これに触れたとき、本作のタイトルがたんなる皮肉ではなく、切実な「存在の再定義」であることに気づかされる。

 情報の濁流に呑まれ、思考を停止して「ただ存在する」ことで嵐をやり過ごす。それは、ちいかわたちが過酷な世界で「生き延びる」ために選択する切実な生存戦略と似ている。その倫理を否定することは誰にもできない。しかし、デッドレターはそこから「もう一歩」を踏み出すことを促す。彼らにとっての「Bliss(至福)」とは、平穏な静止状態ではない。葛藤し、傷つきながらも、自らの意志で世界の酸素を使い切る瞬間に火花が散る、爆発的な生の実感を指すのだ。存在は至福かもしれないが、放置されたままでは腐るのだと。

 ちいかわ的な「生き延びる」倫理と、デッドレターが提示する「生きる」倫理。実際のところその狭間で揺れ続けることこそが、現代を生きる私たちの正直な姿であり、どちらも否定はできないだろう。だが、その揺れすらも引き受け、混乱の渦中へ能動的に飛び込んだとき、私たちの目に映る『Existence is Bliss』の景色は、少し違ったものに見えてくるのかもしれない。

村田タケル