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Rice Is Nice Records/Pヴァイン

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野田 努   Jun 14,2011 UP
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 実はいま、今月末発売予定の紙ele-kingの2号目を制作中で、例によって松村正人は眠れぬ夜を過ごしながら磯部涼に毎朝電話しているという事態がここ1週間続いている。そんなわけで、無事に完成することができるかいまだ予断を許さない状況とはいえ、いまここで特集のテーマをひとつ言うと「現実逃避」だ。
 日本においては音楽における「現実逃避」がいまだネガティヴなものだと思われがちな理由のひとつはテオドール・アドルノによる有名な『音楽社会学序説』から逃れられないからではないだろうかと思う。こうした古い教養主義には学ぶことも多いが、「複雑な和声と多声の錯綜をも明確に把握」できるエキスパートとはかけ離れたリスナーである僕は、「娯楽」として音楽を享受するところからはじまったのであって、基本的には逃避(=快楽)は音楽体験における重要な醍醐味のひとつだと認識する立場にいる。
 当たり前の話だが、「娯楽」としての音楽が必ずしもそれに興ずる人が属する社会を肯定するわけではないことは、モータウンが公民権運動のサウンドトラックになったことからもわかる。そして、こうした前口上は抜きにしても、とくに震災後、未曾有の歴史に突入した我々としては、ひとりの消費者としても生活を少しでも明るくさせてくれるような音楽、一瞬でもこの現実を忘れさせてくれる音楽という娯楽の身近さをより敏感に感じているのではないだろうか。アドルノ先生が皮肉っぽく「音楽は空虚な時間を装飾する」と言っても、装飾のやり方次第では「だから良い」としか言いようがなく、おそらく我々は非日常を楽しんでいた日常を愛していることを再認識しているのだ。
 興味深いことに、そうしたドリーミーな音やそのエスケイピズムは、2008年の金融危機以降のアメリカを中心に産業が管理する音楽シーンとは別のところで、加速的に、ずいぶんと多様に、だーっと拡大している。そうした最近の傾向――チルウェイヴ、アンビエント、ドローン、ドリーム・ポップ、ローファイ・サイケデリック、IDM――などなどを紙ele-kingの2号では100枚のディスク・レヴューとして紹介している。オーストラリア出身の3人組、シーケイのセカンド・アルバム『+ドーム』も、その100枚に入れるべきアルバムである。チルウェイヴやアンビエント・ポップ、あるいビビオのようなはフォーキーなIDM、あるいは〈ブレインフィーダー〉周辺のドリーミーなダウンテンポと呼応している音楽だ。
 さらにまた興味深いことに、こうした新しいローファイ音楽の広がり、世界各地からの感応の仕方は、クラブ・ミュージックにおけるそれとほとんど同じなのだ。つまり、ベッドルーム時代における音楽の広がり――「あいつが作ったあの音は良いな、じゃ、俺はもうちょっと柔らかくそれをやってみよう」とか「あいつのあの感じと昔のあの感じをミックスしてみよう」などといった、いわば受け手側の再生産という、かつてはクラブ・カルチャーを通じておこなわれていたものが、現在はそれにインターネット共同体まで絡ませながら進行している。それで......毎週のように、新しい音があっちこっちから聴こえてくるというわけだ。ある意味では、そういった音楽においては芸術的な優劣ではなく個人の好みが尊重される。たとえば「俺はIDMでも、ドリーミーで楽天的なほうが好きだな」という人には、LORN(ロサンジェルス)よりはLONE(バーミンガム)だろう。この手の音楽には、クラブ・ミュージックのように機能性というところがあるのだ。
 シーケイの『+ドーム』は、バーミンガムのほうのローンの『エクスタシー&フレンズ』の陶酔感が僕がいま思いつく限りではもっとも近い。ビビオの『アンビヴァレンス・アヴェニュー』ほどフォークが強調されてはいないけれどフォーキーで、あの夢うつつな感覚とも繋がる。そして、こちらのほうがややサイケデリックで、ボーズ・オブ・カナダのメランコリーも少々入っている。真面目に作られた優しい音楽で、僕は自分の"好み"である。

 ところで、最近は三田格さんのレヴューがアップされていないじゃないかと数人の方からご叱咤を受けた。三田格さんはいま話題騒然の『ドミューン・オフィシャル・ガイド・ブック』の編集でテンパって......いや、がんばっているのです。乞うご期待ですよ。

野田 努