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Simi Lab

Simi Lab

Page 1 : ANATOMY OF INSANE

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竹内正太郎   Nov 30,2011 UP
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「アンダーグラウンドのままでいよう。どうせ、ブロンクス以外でこんなものを聞きたがる奴なんていないんだから」(グランドマスター・フラッシュ)

 だが......ヒップホップは世界中に拡がった。どんなにヒップホップを嫌悪する人間でさえ、『Arular』(M.I.A.、2005)が世に問われる頃には、その普及度を認めずにはいられなかった。たかだか30年の歴史ではあるが、サンプリング・ビートという特殊な構造を持つこの音楽は、理論的には無限のトラックを生み出すことが可能であり、また、この音楽特有のラップという手法も、あらゆる隙間を流れ、R&Bやロック、ポップスといったジャンルの半径を拡張させている。それは、ジャンル間での交流・交通を流動的に促し、ヒップホップそれ自体をも変えていった。もはや、それはヒップホップと呼べない、呼ぶべきではない、という声もある。しかし、カニエ・ウェストとジェイ-Zがビルボードの頂上からヒップホップのチャンピオンシップを宣言するような現在、それでもなお、変わっていく変わらないもの(changing same)がこの文化にはあり、すなわち、「優れたヒップホップは必ずアンダーグラウンドからやって来る」、ということだ。

 そう、『ヒップホップはアメリカを変えたか?』(菊池訳、2008)の序盤で、この音楽の持つ種々の潜在性を軽視していた言葉として強調されている冒頭の、フラッシュによる自虐的なフレーズは、いまや、ヒップホップの持つべき矜恃をむしろ代弁している。あるいは、『いるべき場所』(ECD、2007)を思い出してもいい。この音楽にはこの音楽に相応しい場所があるのだ。しばしば、それが「どこからやって来たか」が、音楽以上に評価を決めることもある。この国のドメスティック・ラップは、商業的な規模にはいまだ恵まれていないが、そうした意味で、シーンのルールが一夜にしてひっくり返る、そうした可能性を孕んだ文化なのだ。具体的には、YouTube、SNSが音楽伝播の補助インフラとして機能する現在、王が城で高いびきをかく夜に、伏兵がひとつの鮮烈な動画を世界に問いかけ、一晩でシーンのルールを変えてしまうこともあり得る。"WALKMAN"(2009)は、いち部ではそのようなざわめきとともに迎えられた。

 以降、準備は着実に進められてきており、じらすようにして各所で発表されたSIMI LABの断片は、すでに収集困難になりつつある。また、クルーの核となるQN(a.k.a Earth No Mad)は、各所でのインタヴューによればヒップホップ・クラシックに限らず広い射程で音楽を聴くというし、何人かの異なる趣向を持つビート・メイカーを抱えているわけだから、SIMI LAB名義でのアルバムがどのような内容になるのか、想像し難かった。が、結果から言えば、本作『Page 1 : ANATOMY OF INSANE』はどちらかと言えばこれまでの「伏線回収」の観が強く、個人的には『The W』(Wu-Tang Clan、2000)を思い出すなど、ひとまずはヒップホップの面子を立てた作品となった。Hi'Specによる、ハスラー・ラップばりに高圧的なトラックの上で堂々とマイクを回すクラシック・スタイルの"Show Off"が、それを象徴している。

 思えば、アメリカのローカル・ミュージックが複雑な変換を伴って受容されるに際して、この国のドメスティック・ラップは様々な歪み、膿、しがらみを抱え込んできた。不毛な内紛もあった。また、先人らの奮闘の甲斐あり、90年代のうちに「何語でラップするか」という段階を越え、USのシーンとの時差を一挙に減らしながら、ゼロ年代には「何をラップするか」という次元に突入しつつも、結局、新しい季節に「何をラップするか」で再び躓いた。SIMI LABはいま、この国で日本語を使ってラップすることの不自由さをまったく感じさせない。むしろ、日本語と英語のあいだを自由にフロウしつつ、意味性に囚われることなく無意味性をも避け、武装よりは内省を好む彼らのラップは、絶妙なバランスの上でラップ本来の軽やかさを取り戻しているようでもある。また、ネット・ネイティヴなのだろう、YouTube、Twitterなどの拡散力を巧みに利用しつつも、隠すべきものは隠しており、Googleでどう検索をかけても、SIMI LABの全貌は見えない。彼ら・彼女らのそうした自由な振る舞いを見ていると、この国のドメスティック・ラップが新しい季節を通過していることがわかる。

 正直、アルバムとしてはいささかムラのある仕上がりとなった。個人的には、QNにもう少し出しゃばりを期待していたが、それを含めてもやはり、SIMI LABはいずれの固有性をも拒絶し、物語性を排除することでアンダーグラウンドの掟を守ったのであり、敬意を込めて言えば、この音楽を好む人はまだ少ないだろう。にも関わらず、SIMI LABの周辺がにわかに騒がしくなってきた。そう、あらゆるジャンルにおいて、既存の価値観を問い直すような表現は、喝采ではなく常にざわめきとともに迎えられる。前例なきメンバー構成が成す魅力的なヴィジュアル・イメージも、極めてクールだ。このざわめきが聴こえるだろうか? プレスされたような息苦しいアンビエンス、不穏な金属音、淡々と進行するビート、各々のメランコリアを内破するような堂々たるマイク・リレー、いまの閉塞感に対するアンサーのようにもなったアンダーグラウンド・クラシック"The Blues"(pro by OMSB'Eats)は、この先もっと多くの聴き手にこのざわめきを届けるだろう。

竹内正太郎