Home > Columns > TINY POPというあらたな可能性
2018年、私は新しいポップスの気配を感じながら過ごしていました。明確にポップス構造を持った、しかし小さくささやかな音楽が生まれつつあるようです。何年か前に“あたらしいシティポップ"などと言われた音楽は、どうしてもフォークやロック的な価値観がそこにありましたが、インターネット以降に音楽を始めた世代の人たちはギター・ミュージックに迂回することなく直接ポップスに接続し、それを手元のプラグインで再現しています。ポップスを獲得して手元に置いておくささやかな喜び。表面的な粗さ、ローファイさ、デモっぽさはありますが、それすら魅惑的に思える曲たちを、ここではTINY POPと呼んでいくつか紹介させていただきます。
mukuchiは兵庫県北部の日本海側沿岸にある漁村で1人音楽を作っている女性宅録ミュージシャン。
Teenage Engineering POシリーズ、KORG VOLCA-KEYSなどのガジェット系シンセを駆使して作られたこのトラックの隙間から普遍的なポップスが立ち上がるのが見えませんか。毎回1小節だけ挿入される聞き慣れない転調にも驚かされる。
NNMIEは山形出身のミュージシャン。2011年からインターネット上に曲をアップし始め、彼の影響で音楽を始めたと公言する人も多い。2017年に入ってから東京でもライブ活動を始めている。この男女のユニゾンで歌われるメロディは2018年耳にしたもので最も美しいものの1つだった。
ゆめであいましょうは5人のバンド編成では日本のフォークやサイケの影響を感じさせる演奏をするが、この打ち込み80年代歌謡の路線は現世を生きている人とは思えない歌詞とメロディだ。完全に構造を把握して作曲しているのがうかがえる。中心人物の宮嶋さんはヤマハのポプコンに出場するのが目標と言っていたがやはり現世を生きているとは思えない。女性ボーカルのJ-POP的な上昇志向とは無縁の真っ直ぐな歌声(これもJ-POP的な声の評価で使い古されている表現だがまさに)も本当に素晴らしい。2019年はこの打ち込み80s路線の音源を作るらしいので期待です。
どろうみは日本のオルタナティブフォークの伝統を受け継ぐユニットで、現在はボーカル・ギター・チェロ・アコーディオンの4人で活動している。この曲は天童よしみに歌わせるつもりで作ったとコメント欄にあるように演歌の構造を手元にトレースすることに成功している。関係ないが先日浅草の宮田レコード(演歌の営業・インストアライブでも有名な老舗レコード屋)に久しぶりに立ち寄った際、店内を見回してもまだ新譜を7インチで出すという文化は演歌界には届いていないことがわかった。インディー演歌という理論上は存在するジャンルのこの曲をレコードにしてどろうみのポスターと一緒に店頭に並べることは可能だろうか?
onettは埼玉の宅録ミュージシャン。この曲は彼の代表曲ではないかもしれないが筆者の心に刺さり2018年の前半によく家で口ずさんでいました。エルヴィスコステロ、そして"日本のエルヴィスコステロ"の構造を譜割りから音色まで抽出することによって明らかにし、そこに平易な歌詞が載る(いきなり拙者という言葉が飛び込んでくると驚いてしまいますね)。この曲から、ポップスの構造把握には移入とは別にまだまだ可能性があると気づかされました。
アフリカレーヨンはボーカルを担当するmimippiiiと作曲を手がけるmikkatororoのユニット。現在は活動を休止している。
ボーカルのmimippiiiも80年代初期グループアイドルを彷彿とさせるような曲を作る優れたソングライターだが彼女の楽曲は現在全て非公開になっている。(ナイーブさを持った作家の人も多いので曲がアップされたらすぐ聴かないと!という気になってしまいます。) mikkatororoが作詞作曲を手がけたこの曲はアフリカレーヨンが残した全6曲の中の最高傑作で、このまま他のシンガーが歌ってヒットになってしまってもおかしくないくらいのクオリティだ。活動再開としかるべき形でのリリースを期待したい。
シンガー・トラックメイカーのMaho Littlebearは現在は京都からドイツ・フランクフルトに拠点を移して活動中。硬質なビートに自身のボーカルが乗るトラックが多数soundcloudに公開されているが、3年前のこの曲は趣を異にしている。これはリスボンへの郷愁を歌ったもので、ここで発せられるカリプソのパルスからは80年代後半のワールドミュージックブーム(トレンディエスノ by anòuta)を取り入れた日本のポップス(早瀬優香子、ANNA
BANANA、戸川京子、岩本千春の91年コンピレーション”World Beat Beauty”が有名)が偶然か聴こえてこないだろうか。
モバイル版GarageBandで制作したオケにチャイルディッシュなボーカルを載せるスタイルで"ニュー餅太郎(2015)"という名曲とともに世に登場したにゃにゃんがプー。その音色から日本のニューウェーブやテクノポップの文脈で語られることが多いが、一昨年に出たこの曲のイントロや間奏への転調、音色を使い分け交わされるインタープレイなどを改めて聴くとlate 80s歌謡を現代にトレースした最良の曲の1つだという確信をもった。今年アルバムが出るらしいので期待したい。
“森で暮らす”氏はジャズスタンダードを素材にしたサックスの多重録音やジャズクラブでの演奏にも取り組むアルトサックス奏者。この曲はシンセを使ったフュージョン調でここ数年のVaporwaveやフュージョン再評価の流れに沿ったものではあるがジャズプレイヤー側から出てきたのは悲願というかやっと来たか!と唸ってしまいました。ジャズ出身の人でこの価値観をsoundcloudでやる人が出て来てほしいと思っていた人も多いだろう。サックスの音色が素晴らしい!今後の活動にも注目です。
Utsuro SparkはPIPPI・コロッケ・土萠めざめの3人によるユニット。昨年各所で話題になったネットレーベルLocal Visionsから出たEPは私の2018年ベストチャート1位でした。声・作曲・編曲全て素晴らしい。どの曲もアイデアがありながらオーセンティックな響きを持っているがこの曲だけ一聴しても異様で、様々なポップスの記憶に引っ張られそうになりながらもそれを裏切り続けて進むコード進行が素晴らしい。PIPPI氏は "最近もう「明日からアマチュアの曲しか聴けない」という制約を受けても余裕だと思えるな。音楽が商業化して大資本が管理してた時代が一段落して個人個人のもとに戻ってきたように思える"とツイートしていたがそれこそTINY POPの思想そのものです。
waiwai music resort は作曲と演奏を担当するエブリデと歌のLisaによる兄妹ユニット。ここ数年、日本でも起きているキューバのフィーリン再評価によってボレロという言葉がポジティブに響く時代になっているが、その反射がTINY POPS界にも届いている。この曲はそのボレロのリズムに乗って螺旋状に上昇していくブラジル寄りのメロディが素晴らしい。
feather shuttles forever はhikaru yamadaと西海マリによるユニット。この曲は関西を代表する90年代シティポップディガーのinudogmask
aka.台車によるmix(https://soundcloud.com/inudogmask/inudogmask) にインスパイアされて書きました。多数のゲストを迎えたTINY POPSのチャリティーソング。2人でメロディを書き分けているので一度もループしないのが特徴です。
この他にも自薦・他薦に関わらずこれこそtiny popだと思うものがあったら連絡ください。ぜひ紹介させてもらいたいしリリースの手伝いなどもやります。