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interview with Phil Parnell

interview with Phil Parnell

ニューオリンズのジャズ、ロンドンのIDM、北欧の香気

――フィル・パーネル、インタヴュー

沢井陽子 、 野田 努    通訳:沢井陽子   Sep 20,2011 UP

10代の頃はよく車でドライヴをしていました。ミシシッピ河川堤防や湖に行ったり、カフェや映画やパーティに行ったり......その頃は、実際のところ私は車に住んでいました。夜に何度か空港にいったとき、元滑走路があった場所をバックで運転し、その滑走路の最後まで行って、そこに寝転んで、飛行機が降りて来るのを見上げていたりしました。

■まずはあなたのバイオ的なことを訊かせてください。

パーネル:いいですよ。

■日本のリスナーは、フィル・パーネルといえばまずはマシュー・ハーバートの諸作品(『ボディリー・ファンクションズ』(2001)、ビッグバンドでの『グッドバイ・スウィングタイム』(2003)、『スケール』(2006)などなど)でピアノを弾いていたり、作曲にも関わっているジャズ・ピアニストという認識で、ひょっとしたらテクノのリスナーにとっては〈パーロン〉や〈アクシデンタル〉からもソロ作品を出している人、ハウスのリスナーには〈マンティス〉からアルバムを出している人という認識かもしれません。しかし、あなた自身の最初のキャリアは伝統的なジャズにあります。ニューオリンズで思春期を過ごしたあなたの最初のジャズ体験から教えてください。どうしてあなたはそんなにジャズの虜になったのでしょう?

パーネル:1971年頃、私は友だちといっしょに中古車を見に行きました。古い黄色のvw bugです。友だちと家の戸口に立ってクルマについて話していると、別の部屋から、サックスの音が聴こえてきました。ぼくはクルマを売っていた人に「このレコードは誰のですか?」と訊ました。それはジョン・コルトレーンだったのですが、これで私は最初のコルトレーンのレコードを買いました。コンピレーションでした。それは私の人生を変え、ジャズへの情熱とインスピレーションの出発点になりました。

■とくに影響を受けたジャズ・ピアニストは誰で、どのような影響を受けましたか?

パーネル:それは難しい質問です。ひとつに絞り込むことはできません。私はピアニストだけでなくギタリスト、ヴォーカリスト、ドラマーにも影響力を受けています。私のプレイを分析すると、ひとつはオスカー・ピーターソン、ひとつはアマッド・ジャマル、ひとつはチック・コリア、さらにファッツ・ウォラー、ジェイムス・ブッカーから基本的なアイデアを得ていますが、リストにするのは長すぎます。影響をうけたのも同じで、ある部分は、エロール・ガナーから、他はハービー・ハンコック、さらにマッコイ・タイナー、アート・タットム、フィニース・ニューボン、プロフェッサー・ロングヘア、ジェリー・ロール・モートン......などです。

■10代で、エリス・マルサリス(ブランフォード・マルサリスとウィントン・マルサリスの父)のもとで学んだそうですが、その経緯を教えてください。

パーネル:私はエリスと勉強をはじめた、ピアノの先生について勉強していましたので、私自身もエリスに教えてもらえないかという考えが浮かびました。そのときはブギー・ブルース・パターンを勉強していて、ジャズはプレイできなかったので怖かったのですが......。きっと彼は「あー、またブルースをプレイしたい田舎の白人キッズが来たのか」と思ったことでしょう。
 ある日私は『ジャイアント・ステップ』のジョン・コルトレーンのソロをコピーしようと決めました。コーラス部分はいくつか習得し、その週にエリスのレッスンを受けました。彼は私の努力に大変感心してくれました。彼にとってそれは、私ができると思った範囲以上のことだったようです。彼はこのあと私にもっと興味を持つようになりました。
 彼から学んだのは彼が喋った言葉ではありません。最初の頃のレッスンで、彼のためにプレイしていたところ、曲が終わる前にいびきが聞こえました。私は彼を眠らせてしまったのです。これはとても大切なレッスンでした。彼には5人の子供がいてふたつの仕事をしているので、ただたんに疲れていたのかもしれません。でもこれのおかげで、僕はもっと良い、面白い演奏をしなければならないと思うようになりました。
 エリスは私を助けてくれ、バークリーに行くことを提案してくれました。去年、ニューオリンズにいるときに彼に会いました。喜ばしいことに彼は私を座らせると曲を演奏するよう僕に言ってくれましたよ。

■バークレーに進学して本格的にジャズを学びますが、どのような生徒でしたか?

パーネル:私が通ったのはボストンのバークリー音楽大学です。バークリーは良かったです。ミュージシャンになりたいなら、もっと努力しないとダメだと、 私を目覚めさせてくれました。そこはたくさんの若い良いプレイヤーがいて、そのレヴェルの高さに恐れを抱いていました。
 私は良い生徒でした。上手くなりたかったのでいつも練習していました。2年しかいなかったのですが、あとから考えると良かったと思います。ひとつ悪いところを言いましょうか。ちょっと工場みたいに、バークリーの卒業生は教育された音ばかりをプレイしがちだということです。即興演奏を習っているにかかわらず、学んだパターンから自由になれず、理論から離れられないのです。私も自身の演奏から身につけた悪いくせを直すのにずいぶん苦労しましたよ。"バークリー・サウンド"を打破するのに数年かかかりました。
 それと自分が音楽都市、ニューオリンズ出身であることをあらためてたいへん幸運に思えるようになりました。ボストンの音楽シーンはとても小さくて、ラフなニューオリンズの観客に比べると、リスナーのほうでもわりと「これはやっていけない」という禁止ごとが多かったですからね。

■卒業してニューオリンズに戻り、そこでプロのジャズ・ピアニストとしての活動をはじめますよね。ニューオリンズはそれこそ優秀なジャズ・プレイヤーが数多くいるように思いますが、最初、あなたはどんな風な活動をしいていたのですか?

パーネル:ラッキーなことに、その頃のニューオリンズにはたくさんの仕事があったのです。「スウェット・ショップ・バンド」というバーボン・ストリートの観光客向けの場所で、すぐに仕事をするようになりました。1日に5時間、45分セット、15分休憩で、"セインツ・ゴー・マーチング"をいつもセットの終わりにプレイしました。ときどき1日に2セットすることもありました。かなり自分の耳を使い、古い曲を何曲も学ばなければなりませんでした。
 はじめたときは、どの曲も知らなかったので難しかったですが、いったん習得するとプロのプレイヤーたちから他に良い支払いのギグを紹介してもらえるようになりました。そしてそこでプレイするように呼ばれるようになりました。ニューオリンズは小さな町ですが、大きな音楽シーンがあります。演奏が良かったり、良くなかったりすると、すぐに噂は広まります。もしあなたが良い演奏者ならたくさん仕事がきますよ。

■ニューオリンズ時代の良い思い出を教えてください。

パーネル:たくさんあり過ぎます。多くのバンドや素晴らしいミュージシャンとのギグ、マルディ・グラス、フェスティヴァル、パーティ、クラブ、レストラン......どこからスタートしたら良いかな。
 10代の頃はよく車でドライヴをしていました。ミシシッピ河川堤防や湖に行ったり、カフェや映画やパーティに行ったり......その頃は、実際のところ私は車に住んでいました。夜に何度か空港にいったとき、元滑走路があった場所をバックで運転し、その滑走路の最後まで行って、そこに寝転んで、飛行機が降りて来るのを見上げていたりしました。いま考えるとおかしいですよね。大きなジェット機が私たちの数メーター先にあったのですから。

取材:野田 努(2011年9月20日)

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Profile

沢井陽子沢井陽子/Yoko Sawai
ニューヨーク在住20年の音楽ライター/ コーディネーター。レコード・レーベル〈Contact Records〉経営他、音楽イヴェント等を企画。ブルックリン・ベースのロック・バンド、Hard Nips (hardnipsbrooklyn.com) でも活躍。

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