![]() 石橋英子 キャラペイス felicity/Pヴァイン・レコード ![]() |
孤独を好む少女だったのだろう。同世代が子供に見えて仕方がなかったのかもしれない。エレガントなピアノとこの音楽のアトモスフィアが伝えるものは、より濃密なひとりの時間である。真夜中の永遠の物思いに耽るように、石橋英子の『キャラペイス』はゆっくり流れていく。美しい響きをもった控えめなこの音楽は、ただ何も思わず聴き流しこともできるが、こちらが熱心に耳を傾ければ強く応えてくる。
女性でピアノで歌と言えばジョニ・ミッチェルだろうというのはあまりにも早計だ。彼女の音楽はカンタベリーやクラウトロックといった1970年代の偉大なる冒険の系譜にある。つまりジャズやクラシック、現代音楽などさまざまな要素がなりふりかまわず混在している。ジム・オルークがプロデュースした今作では、そうした彼女の音楽性のなかに彼女自身の歌がミックスされている。一見、シンガーソングライターを装っているようにも聴こえるが、声は透明でピアノの音が耳にこびり付く。そして、こちらがより熱心に耳を傾ければ『キャラペイス』はまったく別の世界を見せてくれる。要するにこれは、奥が深いアルバムなのだ。
何よりも秀逸なアートワークが雄弁に中身を教えてくれる。暗い道の濃い霧のなかから、エレガントなピアノが聴こえてくる......。
人から「あー、プログレや変拍子が好きだね」って言われることはありますけど、でも、作っているときはそういうものを作ろうと思って作ってないんですよ。自分では、大きく見て4とか8だと思ってやっている場合もあって、でも達久くんから「これ9じゃないの」って言われたり(笑)。
■前作も好きだったんですけど、新作はさらに好きです。
石橋:ありがとうございます。
■ここ1~2年、石橋さんのプレイは、七尾旅人くんやphewさんのバックでの演奏を聴いているんですけど、なんか四六時中ライヴをやっているような印象があるんですよね。
石橋:そうですよね(笑)。
■:いろいろな方々のサポートをしたり、コラボレートしていますよね。年間100本以上のライヴをこなしているという話ですが、そうなると1週間に2回というか、3日に1回はステージに立っていることになります。
石橋:今年(2010年)はそうでもなかったんですけどね。でも、前の年は本当にそんな感じでしたね。今年は......数えてないけど、ヨーロッパで1ヶ月で22公演というのはありましたね(笑)。
■ヨーロッパへは何で行かれたんですか?
石橋:向こうで、イタリアのサックス奏者といっしょに即興のセッションがあって。現地でいろんな人たちとセッションしたり。
■石橋さんは本当にいろんな方とそうしたセッションをされていますが、ご自身で思う自分の属性としては、他人とコラボレートしたりサポートにまわるほうが自分らしく思えるのか、あるいは、今回の作品のように自分がフロントに立っているほうが「らしく」思えるのか、どちらなんでしょうか?
石橋:自分らしいと思えるのは、家で録音しているときですね。人に見られることなく、誰もいない空間で曲を作っているのが自分らしいかなと思うんですよね。それが誰かのサポートであれ、自分がフロントに立つのであれ、いまでも人前に出ることには抵抗があるんですよ。
■その発言は誰も信じないですよ(笑)。
石橋:実はそうなんですよ(笑)。で、人前に出ることを前提とするなら、サポートであったり、バックで演奏しているほうが自分らしいのかなと思っています。
■演奏行為そのものはお好きですか? ピアノを弾いているときがいちばん幸せだとか?
石橋:ぜんぜんそれもないですね(笑)。演奏が大好きって感じではないんですよ。楽器自体にも興味がないし。
■それはとても意外ですね。
石橋:ピアノの種類も知らないし、演奏することが「楽しい!」っていう感じじゃないんですよね。演奏する前も演奏した後も、「楽しかった」という感じじゃないんです。それはライヴで私の様子を見ればわかると思いますが、なんか淡々としている......。
■ハハハハ。新作を聴かせていただいて、資料を読むと「歌に挑戦した」みたいなことが書かれているんですけど、曲を聴くとどうしてもピアノの音のほうが耳に入ってきてしまって、たとえば1曲目のようにピアノのリフが踊っているような演奏を聴くと、やっぱ演奏することに快楽を感じてらっしゃるのかなと思ってしまうんですけどね。
石橋:いや、もし自分がそれを感じてしまったら寒いと思うんですよね。そこでカタルシスみたいなものを得てしまったら自分に対して寒いというか......。今回のアルバムも、曲を作っているときに気持ちいいものを求めたいと思っていると絶対にしっぺ返しをくらって、ピアノから「違うよ」と言われて、それで何回も曲を捨ててはまた作ってと、そんなことを繰り返しながらできがあった感じです。
■4歳のときからピアノを習っていたという話ですけど、幼稚園の年少ですよね。英才教育じゃないですけど、小さい頃から楽器演奏を追求してきたという経験から来るいまの言葉なんでしょうかね?
石橋:たしかに小さい頃からふたりの先生について習ってきたんですけど、どちらも近所のおばちゃんみたいな感じの人たちで、いわゆる"音大を出てます"という感じの先生とはちょっと違った先生だったんです。ふたりとも変わった先生でした。で、16歳までクラシックをやるんですけど、16歳でピタッと止めてしまったんです。それから10年以上人前でピアノを弾かなくなってしまって。弾かなかった時期も長いんです。バンドをやっていたときもドラムだったし。
■クラシックを止めたのは、練習が厳しいから?
石橋:単純に飽きてしまったんです。高校生になったら、何だか急に無気力になり、ひたすら音楽聴いたり、映画をみているばかりでした。
■コンクールには出てたですか?
石橋:コンクールには出ましたが、そういうところで賞を獲ることに興味がなかったし、音大に行くことにも興味がなかった。ピアノを弾くことやクラシックに単純に飽きてしまったんです。
■16歳というと高校生ですよね。
石橋:そうですね。
[[SplitPage]]子供の頃から、感情に振り回されたくなかったんですよね。親に今日はどうだった?」と言われてもなんと答えていいのかわからないというか、いちどに複雑な感情や表情を表にできない子供だったし、ずっとそのまま来ているというか、昔からの癖みたいなもので。感情を表に出すのが苦手だというのもあると思うんですよね。
■それではリスナーとして感動的な体験をした作品をいくつか教えていただければ。
石橋:最近では、ギャビン・ブライヤーズの『タイタニック号の沈没』、あれのライヴ盤ですね。
■あれ良かったんですか?
石橋:良かったです。あとはセシル・テイラー。彼のドキュメンタリーを観て、それから彼のレコードを買い漁っているんですけど、どれも素晴らしいです。フリー・ジャズですけど、すべての音に鮮やかな色があって、一音一音がすべて深いんです。すごく速くて、すごく複雑な和音を使っているんですけど、音がすごくクリアなんです。あとは5年前に初めて聴いたんですけど、アルベール・マルクールというフランス人の作品も良かったですね。
■どんなジャンルの方なんですか?
石橋:フランスのキャプテン・ビーフハートみたいに言われている人で、私はもっとユーモアを感じるんですけど。まあ、キャプテン・ビーフハートもユーモアがありますけどね。ただもっとフランス人ぽいというか、ちょっとオシャレなんですね。とにかく、聴いてとても驚きました。
■10代の頃は?
石橋:キャプテン・ビーフハート。
■先日亡くなりましたね。
石橋:キャプテン・ビーフハートとカンと......。
■ハハハハ。
石橋:10ccとか。
■フランク・ザッパの系譜ですね。
石橋:あと、ジョニ・ミチェル、ロバート・ワイアット......。
■追体験というか、過去の作品なんですね。
石橋:そうです。そのときにリアルタイムで聴いていたものは、音楽が好きになってから逆に興味がなくなった。
■そういうマニアックな音楽をどうして知ったんですか?
石橋:ほとんどラジオですね。ラジオでかかっているのを録音して、でも、ラジオでかかっている曲って、アーティスト名とかよくわからいから録音したテープを持って近所のレンタル・レコード屋さんに行そこのおじちゃんに教えてもらったり。
■へー、貸しレコード屋の世代なんですね。
石橋:そうなんです。
■すいません、もっとお若いのかと思っていました(笑)。
石橋:けっこうババアなんです(笑)。
■いやいや(笑)、そんなことはないですけど、でも、旅人くんぐらいなのかなと思ってました。
石橋:旅人くんとは5つ違うんですよ。
■なるほど。しかし、カンやビーフハートみたいなマニアックな音楽はアクセスしやすいものではありませんが、ラジオだけが情報源だったんですか?
石橋:あとは雑誌ですね。ホントに田舎だったので。
■どちらなんですか?
石橋:千葉の茂原市というところです。
■ぜんぜん関東じゃないですか。
石橋:いまでも電車が1時間に数本しかないし、外房のほうは取り残されているんですよ。埼玉や神奈川みたいな東京に近い感じとは違うんですよ。レコード店もないし。だから、『レコード・コレクターズ』で情報を得て、東京に行ったときに探したりとか、そんな感じでしたね。
■石橋さんにとって音楽体験とはどこを刺激されるモノだったんですか?
石橋:どこ?
■感情なのか、想像力なのか、あるいは音楽的な知識欲とか、知的好奇心とか......。
石橋:私、自転車で放浪するのが大好きだったんですね。徘徊するのが好きだったんです。高校生のときにいろんなことをするのが嫌になって、諦めというか......何にもなりたくなくなっちゃって、ただただ自転車で徘徊していることが多くて、それがいつも音楽を聴きながらだったんですよ。だから、そういう音楽が私に必要だったんですね。
■なるほど。キャプテン・ビーフハートを聴きながら千葉の田舎を自転車で走る女子高生というのもシュールですね(笑)。
石橋:そうなんですよ(笑)。
■はははは。
石橋:部屋で聴いていると親に怒られるし。
■まあとにかく、ジャズはワイアットやビーフーハートといったロックを入り口にして入ったわけですね。
石橋:そうです。ただ、10代のときに聴いていたわけじゃないし、いまでもジャズに詳しいわけではないんですけどね。
■しかし、なんでピアノではなく、ドラマーとしてプロデビューしたんですか?
石橋:プロ・デビューしてないですけどね。メジャー・デビューしてませんから(笑)。大学生のときもね......まあ、ぜんぜんダメな大学生でして、音楽やるつもりもなくて、8ミリの映画を撮っていたんですね。それで上映会のとき、アフレコするのが嫌だということで、生演奏をつけようという話になったんですね。とはいえ、音楽経験がない人ばっかりで、そういう人たちとバンドを組むことになったんですね。私は当時すでに宅録とかも好きだったから、4トラックのMTRで録音した曲をみんなで演奏することになった。で、ドラマーがいないから私がドラマーになった。
■ヤッキ・リーヴェツァイトやクリス・カトラーの役を引き受けたと(笑)。
石橋:いやいや(笑)。そんないいものじゃなかったですけど、子供の頃の音楽教室にたまたまドラムセットも置いてあって、ピアノのレッスンが終わるとドラムを叩かせてもらってて、そういう経験があったから。それでドラムをはじめて、学生とのときにそのバンドで〈20000V〉とかに出ていたんです。それであるときパニック・スマイルと対バンになって、で、九州に呼んでもらったりもして。しばらしくてそのバンドも解散して、24歳くらいまで、3年くらい何もしていない時期があって、で、25歳のときにたまたま灰野敬二を観に行ったら〈20000V〉でパニック・スマイルの人が働いていて、「何でいるんですか?」って言ったら「上京してきたので、一緒にバンドをやらないか」って言われて、「じゃあ、やります」と(笑)。
■なるほど(笑)。石橋さんが年間100本くらいのライヴに参加するようになったのは、何かきっかけがあったんですか? いつの間にかそうなっていたって感じなんですか。
石橋:けっこうふたつ返事なんですよね。
■断れない性格なんですね(笑)。
石橋:はははは。だからいつの間にかそうなっていた。自分でも企画をやっていたんです。セッションの企画とか。人から誘われて、自分でも企画して、サポートもして、パニック・スマイルもやって......っていう感じでいたらいつの間にかそうなっていた(笑)。
■自分でやっていた企画とはどういうものだったんですか?
石橋:それこそ七尾さんとか、チューバの高岡(大祐)さんとか、梅津(数時)さんのサックスとか、組み合わせを考えて即興のセッションを何セットかやるという。
■即興に対する興味はいつからなんですか?
石橋:即興はわりと最近で、3年前くらいですね。吉田達也さんのデュオに参加するようになってからですね。吉田達也さんはしょっちゅう即興やっているので、吉田さんや、吉田さんの周りのミュージシャンの方々と即興やるようになって、あとは山本達久くんと知り合って。
■今回、ドラムを叩いている。
石橋:そうです。山本達久くんも即興やりたいって人なので、ふたりで即興やったり、あとは......内橋(和久)さんとの出会いも大きいですね。
■即興はどういうところが面白いんですか?
石橋:チャレンジというか、思いがけない自分が引き出されるというか。無意識を引っ張り出すというか、一瞬の輝きでもそれを出すというところが好きですね。
■即興も一時は過去の遺物になったかのように思われましたが、アメリカの若いバンドでも多いし、ここ10年でまた復活してますよね。デジタル時代に入って、日常生活のなかのインプロヴィゼーションみたいなことがなかなかできなくなったということで、新たに価値を高めているんじゃないかと思うんですよね。
石橋:本当にそうかもしれないですね。
■いっかい限りの演奏の面白さというか。
石橋:これからますます価値が出てくるんじゃないかと思いますけどね。ただそれを観に来るお客さんはまだ少ないと思いますけどね(笑)。今後も多くなるのかと言えば多くならない気がするし......。ある程度一定の、絶対数みたいなのが昔からあって、そういう人たちが確保できれば成り立っていくものだと思うんですけど。あとはネーミングとかに凝って、お客さんをうまく騙すというか。
■絶対数はそんな変わらないけど、お客さんの世代交代が起きるかなと思うんですよね。
石橋:そうですね。
■ところで、前作の『ドリフティング・デヴィル』がソロとしてはデビュー作になるんですか?
石橋:あれは2作目です。
■あの前に1枚あったんですか?
石橋:ただ実質、あれがファーストと言ってもいいかもしれないですね。その前に出したアルバムは、映画のために作った曲やいろんな人のために作ったCDRなんかを集めたものだったんです。
■編集盤だったんですね。
石橋:はい。だから作品として最初に作ったのはセカンド(『ドリフティング・デヴィル』)です。
■あのアルバムを出した動機みたいなものは何だったんですか? やっぱりいろんな人と競演するなかで、自分のソロを作ってみたいという欲望がどんどん高まっていって......。
石橋:実は人から言われて。
■ハハハハ。そうだったんですね。
石橋:友だちがレーベルをやって、「そろそろ2作目を作ったほうがいいんじゃない」と言って、私は「そうか」って感じで、だけど私は右から左に聞き流していった、「あー」とか言って(笑)。ただ、その年、妙な夢を見ることが多くて、それで「作れるかも」と思ったんですね。ちょうど作ろうと思っていた時期に、七尾さんと出会って......。
■それで彼が歌うことになったと。
石橋:七尾さんと出会って、3ヶ月か4ヶ月後に彼に歌ってもらうことになったんです。
■いろんな人たちとやっていくなかで、自分の音楽のスタイルみたいなことは考えていましたか?
石橋:ないです。いまでも自分のスタイルというものがわからないです。なんだろう?
■奇数拍子とか(笑)。
石橋:それは自分のスタイルじゃないですよね。
■はい、スタイルじゃないですよね(笑)。
石橋:人から「あー、プログレや変拍子が好きだね」って言われることはありますけど、でも、作っているときはそういうものを作ろうと思って作ってないんですよ。
■奇数拍子や変拍子を偏愛しているわけじゃないですね。
石橋:はははは。なんかね、昔からそういうのが好きだったのかもしれないんですけど、やっているときは意識していないんですよ。自分では、大きく見て4とか8だと思ってやっている場合もあって、でも達久くんから「これ9じゃないの」って言われたり(笑)。そういう風に気がつくことが多いんですよね。
■ある種の癖みたいなものなんですね。
石橋:癖というか、体に入っているものですよね。
■さすがですね。
石橋:いや、そんなにいいものでもないので。
■すごく滑らかに聴こえるんですよね。いかにもプログレっぽい、「うわ、変拍子!」って感じではないじゃないですか。
石橋:私、そういうプログレはあまり好きじゃないんです。実はクリムゾンはあまり好きじゃなかったりする(笑)。
■ハハハハ。そういうのって、ホントにキング・クリムゾンですよね(笑)。
石橋:だから実はマグマもあまり好きじゃなかったりとか......。
■はははは。クリムゾンはどこがダメなんですか?
石橋:かちっとし過ぎているし、スクウェアな感じがするんですよね。
■そしてあの大げさな世界観というか(笑)。
石橋:ある意味、笑えるんですけど。裏面白くもあるんですけど(笑)。
[[SplitPage]]死は大きなテーマなんですね。友だちの死、自分に近い人間の死、あるいは自分の死とか......。想像のなかの死、想像のなかで人を殺したりとか。前作でもそれはけっこうあったんですけど、今回ではより明確になったというか、強いと思います。曲を作っているときにつねにつきまとうものですね。
■いまとなってはそういう感じですよね。20世紀だなーという感じがしますよね。ところで、石橋さんのインスピレーションはどこから来るんですか?
石橋:子供のときの心象風景だったり、まわりの出来事だったり......ですかね。
■感情についてはどうですか?
石橋:感情の扱い方は難しいです。いつもバランスを考えています。感情はすごく大事なものだけど、ある意味では危険なモノというか。あまり感情に流されると面白くなくなるんですよね。それをパッション、情熱という言葉に置き換えたら私のなかではすごく扱いやすいものなんですけど、でも感情となると一筋縄にはいかない。もちろん大事なものだと思うんですけど。心が出発点でなければぜんぶが嘘になるし。
■いまおっしゃったことって、石橋さんの音楽にも出ていると思います。Phewさんも感情を決して露わにしないことのすごさみたいなのがあると思いますけど、石橋さんはなぜ感情に支配されたくないんですか?
石橋:子供の頃から、感情に振り回されたくなかったんですよね。親に今日はどうだった?」と言われてもなんと答えていいのかわからないというか、いちどに複雑な感情や表情を表にできない子供だったし、ずっとそのまま来ているというか、昔からの癖みたいなもので。感情を表に出すのが苦手だというのもあると思うんですよね。
■なるほど。曲のテ-マはどういうものが多いんですか?
石橋:死ですね。
■し?
石橋:死です。死ぬこと。
■それはどうしてまた?
石橋:死は大きなテーマなんですね。
■非常に抽象的な言葉ですけど、どんな文脈における死なんですか?
石橋:友だちの死、自分に近い人間の死、あるいは自分の死とか......。想像のなかの死、想像のなかで人を殺したりとか。
■なるほど。死か......死をテーマにしているという話は初めて聞いたなぁ。
石橋:前作でもそれはけっこうあったんですけど、今回ではより明確になったというか、強いと思います。
■それは主に歌詞に出てくるんですか?
石橋:曲を作っているときにつねにつきまとうものですね。
■僕は聴いてて、死は感じなかったなぁ。重たくなるような死は。
石橋:それは良かったなと思います。
■1曲目なんかはむしろ軽やかな感じさえしたのですが......。
石橋:良かった。
■歌詞を書くのは好きですか?
石橋:書き溜めするほうじゃないし、好きじゃないんだと思います。好きな人はつねに書いているでしょう。ただ、歌は言葉があったほうがいいので、それで書いてるって感じですね。歌詞となると歌い回しもあるし、言葉がそのまま使えるわけではないので、難しいですよね。
■演奏と歌のバランスで言うと、繰り返し聴いていると演奏のほうが耳に残るんですよね。そこは意識されたんですか?
石橋:意識してないですね。音量のバランスで言えば、ジム(・オルーク)さんがミックスしているんですけど、ジムさんも、いわゆる歌手という感じの方ではないので、そういうバランスになったかと思います。私自身も恥ずかしいとうのもありますし(笑)。
■恥ずかしいんですか(笑)?
石橋:恥ずかしいですね(笑)。
■メロディは残るんですが、言葉が残らないんですよね。あえてそうしたミックスにしているんですか?
石橋:あー、そこは私が滑舌が悪いんです。とあるピアニストの方に言われたことがあって。「あなた滑舌が悪いからもっとはっきり歌ったほうがいいわよ」って(笑)。
■親しみやすさみたいなことは意識しましたか?
石橋:そこはまったく意識してませんね。そういうことを意識するといい結果を生まないので。
■ピアノを強調しようとかも?
石橋:前もって考えないですね。
■前もって考えたことはないですか?
石橋:ピアノと歌だけでデモを作ろうと。それが自分にとっての決まりで、大きな縛りでしたね。前作はもっと自由でしたね。ドラムから作った曲もあった......。
■さっき録音のバランスについて話してくれましたが、ジム・オルークが関わることによって他に変わったところはどんなところですか?
石橋:私の実感だけなんですが、デモは産みの苦しみがあったというか、曲もボツにしたいくらいの勢いだったというか......。
■なんでですか?
石橋:やっぱひとりで作っているからじゃないですかね。ずっとひとりでやっているとわからなくなってしまうんです。「こんな作品を出す意味があるのだろうか」とか、「なぜ出すのだろうか」とか、「多くの名作があるなかでこんな駄作を出しても仕方がないじゃないか」とか......。そういうことを考えてしまうんですね。ジムさんにデモを渡すまでなんの確信も持てなくて、大丈夫かなと思ってて、それでジムさんに聴いてもらって、そうしたらジムさんが1曲づつアイデアを書いてくださって。そのときはまだプロデュースするとかぜんぜん決まってなかったんですけど、録音の何日か前だったのかな......、録音と演奏を手伝ってくれることぐらしか決まってなかったんです。それで、まさか彼がいろんなアイデアを出してくださるとは思わなかったんです。でも、ジムさんがいろんなアイデアを出してくださって、彼のアイデアを聞いているだけで曲が生き返ってくるというか......。
■細かいアレンジまで?
石橋:そうです。ここにホーンセクションがあって、ここにはヴァイオリンだとか。曲のデモを聴いて、そこからいろんなことを感じ取ってくださって、上っ面ではないアイデアをどんどん出してくれて、そうしたら曲が息をしはじめたというか......。それは私の実感としての彼がもたらしてくれた"変化"です。
■本当に彼がプロデュースした、ということなんですね。
石橋:そうです。
■つまりコニー・プランクだったんですね(笑)。
石橋:ジムさん、コニー・プランク大好きで、コニー・プランクのTシャツ着てましたからね(笑)。
■ハハハハ。それはすごい。石橋さんから見て、ジム・オルークのどこが突出していると思いますか?
石橋:うーん、難しいなぁ......。作曲家としても演奏家としても、プロデューサーとしても、どれとっても優れてますけど、私がいちばん驚いたのは......、ジムさんは自分が良いと思った埋もれた作品をリイシューするレーベルを作っていたんですね。私、それを知らなくて。で、彼のそういう精神が、すべてに反映されているんですね。演奏するときにも、プロデュースするときにも、ジムさん自身を大切にしないというか、捧げている感じがあるんですね。カヒミさんのサポートをいっしょにやっていてもわかるんですけど、すごいさりげないんですね、演奏も。実はすごいことやっているんだけど、あまり表立たないというか......、つねに音楽の全体像が見えている。そのなかにジムさんという人間が埋もれたとしてもそれを良しとする清らかさみたいなものがあるんです。音楽に対する清らかさがあると思います。それが素晴らしい。ジムさんのおかげでこの作品もできたと思っているし。ジムさんは「私は何もしてない」と言うけど、かなりいろんなことをしているんです(笑)。
■なるほど。ところで、歌うのが恥ずかしいとのことですが、前作はたしかに旅人くんの力を借りたりしてましたよね。でも、今回はすべて自分で歌っていますよね。
石橋:前作から今作にかけての期間は、ひとりでライヴをやることが多かったんです。小さなライヴハウスで25人くらいのお客さんを前に2時間くらいやるんです。それを定期的にやってました。そのときはすごく緊張するんです。緊張しながらも、自分の作品は自分が歌うべきじゃないかという気持ちが芽生えたんでしょうね。自分の声とつきあうようになってきたということかな。そういう心構えができた(笑)。
■いろんなゲスト・ヴォーカルを招いてやるという考えはなかったんですね。
石橋:まったくなかったです。今回はなかったです。
■しかし、25人を前に2時間というのは緊張感ありそうですね(笑)。
石橋:観ているお客さんも緊張すると思いますよ。私の緊張感がフィードバックされて、お客さんと私で緊張のキャッチボールになるとういか(笑)。
■アルバムのタイトルの『キャラペイス(carapace)』はどういう意味が込められているんですか? 言葉自体は「甲羅」という意味でいいんですか?
石橋:甲羅......殻のなかに閉じ籠もって作った感じだったのと、歌詞が最初、生々しかったので、それでぜんぶ亀が歌ったことにしてやろうかとか(笑)。自分が子供の頃から亀は特別な動物だったので......。
■いちばん大きな理由は?
石橋:作っているときの自分の状態ですね。甲羅のなかでいろんな景色を見たというか......人それぞれの甲羅のなかにはどんな景色があるのか、とか。
■アルバムのなかでとくに思い入れがある曲はどれですか?
石橋:3曲目の"rhthm"か、最後の"hum"ですね。
■それは曲自体に対する思い入れですか?
石橋:そうです。"hum"に関しては、いちばん最後にできた曲だったというのもあrますけど。
■アートワークの写真もとても良いですね。まるで闇のなかに佇んでいるようですけど、この音楽に暗闇があるとしたら、それはさっきも言った死という言葉に集約されるものですか?
石橋:そうですね。それと、夜中によく徘徊しているので。闇のなかを歩いて行く感覚......そういうのって誰にでもあると思います。そういうものに興味があります。
■じゃ、最後に石橋さんの2011年の抱負を聞かせてください。
石橋:企画を仕掛けたいですね。2010年は自分の作品に時間を費やしたので、企画をやる時間がなかったから。それから、勉強したいですね。自分には足りない部分がなくさんあって、次に向けて勉強しなければならないことがたくさんあります。
■どこが足りないと思ったんですか?
石橋:演奏もそうですし、曲を作ると言うことを一から見直したいと思っています。もっといろんな音楽を知って、知ったうえで自分の作品を作っていきたいです。ミックスも自分でやりたいし、自分の演奏できない楽器も弾けるようになりたいし(笑)。
■なるほど(笑)。今日はどうもありがとうございました。





