「Noton」と一致するもの

 その人はちょっとだけラッパーの田我流に似ていたが、田我流よりもがっちりした体型で、白いタンクトップに紺の短パンを履いていた。荷物はたったひとつしかなかった。書道部を舞台にした青春漫画『とめはねっ!』である。カバンなどはなく、本当に手に『とめはねっ!』1冊だけを手にしているのだ。しかも単行本ではなくて、コンビニでしか売っていないペーパーバック版だった。調べてみると2016年に発売されたもののようである。さっきふらっとコンビニに寄って買ったというわけではなく、何らかの意思によって『とめはねっ!』が選ばれたものと思われた。
 その人は、最初はドアの前に座り込んでいた。この暑さである。具合が悪いのかと思った。しかし、見た感じ顔色もよいし、表情も苦しげでないし、何よりのんびりと『とめはねっ!』を読んでいる。問題は全くなさそうに見えた。
 ドアによりかかっていたその人物は、不意に『とめはねっ!』を閉じて、ドアにくっつけるような形で床に置くと、そこへおもむろに寝転がった。片方のドアに頭、もう片方のドアに足が向く形で、電車の中で眠り始めたのだ。目を閉じ、まるで自宅の居間にいるかのように、その人はくつろいでいた。この段階でほかの乗客が動揺する気配があった。私も少し動揺した。しかし、その人はいっさい周囲に迷惑をかけていなかった。人の少ない電車で寝転がって何が悪いというのか。何も悪くない。
 何よりその人がしっかりしていたのは、駅が近づいた旨のアナウンスがあると、素直に起き上がってそばの空いていた椅子に腰かけ、人の出入りの完了まで待っていた点だ。電車が動き出し、もう次の駅までドアとドアの間に立つ人がいないと確信できてから、椅子を立ってもう一度同じ場所で寝るのである。椅子がないから床に座ったり寝たりしているわけではなく、床にこだわってそれをしているのだということが明らかだった。待っている間、その人は先ほどまで枕にしていた『とめはねっ!』を読んでいた。
 これを2度繰り返したのち、3駅目でついに人がどっと乗ってきたので、『とめはねっ!』を枕に寝転がれるスペースはほぼなくなってしまった。すると、その人は無理に寝転がることはせず、素直に椅子に腰掛けてそのまま『とめはねっ!』の続きを読み始めた。
 私はその人を見ながら、ざわつくべきじゃない、ざわつきたくない、と思いながらも、ざわつくことをやめられなかった。そして結局ざわついていた自分を反省した。
 あの人に対してざわついてしまった自分は、まだ追い出したいと思っていたものを追い出しきれていなかったのだと思う。自分が内面化した「電車の乗り方」からはみ出る人に対して、私は身構えたのだ。そして同時に「白いタンクトップであんな床に寝転がるなんて、背中が汚れるのではないか」という、みみっちい心配までしていた。別にタンクトップの背中が汚れていたところで問題はないのにタンクトップの心配をしたのは、自分の「身構え」から目をそらすための一種の「ずらし」だったのだと思う。タンクトップはあの人が身につけているものであり、あの人と密着しているが、あの人そのものではないからだ。あくまであの人のことは自分は許容しているのだと思い込もうとしていた。結局まだ私は都市の論理に馴致されきっている。
 一方で、ある程度周囲に配慮しながら漫画本1冊で自分の望む姿勢を取る人のやり方に、わくわくしていたのも事実である。空いた電車で寝転んではいけない差し迫った理由は何もなく、ただ目の前にあるものと少ない持ち物で狭い空間をよりよく利用するやり方は、本来望ましいものなのではないか。寝転がった先で誰かの足の間を覗こうとしているとか、今にも踏まれそうな場所で陣取っているとか、そういう加害/被害の可能性とはいっさい離れていた。横暴なことをしたくて寝転がっているつもりはなく、ただ寝たほうが快適だから、寝られる範囲で寝そべったのだ。そして読み物と枕というふたつの機能を有した『とめはねっ!』1冊だけを携えて、あの人は「電車の乗り方」を撹乱したのだ。
 なんだろうこの気持ちは、と思いながら、私は電車を降りた。『とめはねっ!』の人はまだ座って『とめはねっ!』を読んでいた。あの人がその後どこへ向かったのか、もしくは特にどこも目指していなかったのか、子細は何も知らない。

『とめはねっ!』の人から目を離して乃木坂で降りた私は、国立新美術館のボルタンスキー展に向かった。
 ボルタンスキーはユダヤ系フランス人のアーティストだ。記憶や死にまつわる作品を多数発表している。これは個別具体的なテーマではなく、もっと抽象的で、何も確かなものを掴みとれないような、だだっ広い概念としての記憶と死だ。ボルタンスキーはユダヤ系医師の父とその友人からホロコーストの記憶を聞いて育ったため、ホロコーストがモチーフにされる作品も多いが、それはあくまでボルタンスキーの中で死とホロコーストが剥がせないほど近い位置にあるためであって、おそらくボルタンスキーのやりたいことはホロコーストについて何か言うことではない。ボルタンスキー自身の思い入れの表現以上に、ボルタンスキーがボルタンスキー本人、あるいは他者の記憶として提示しているものを通じて、観客は自分の中にも似たような記憶がすでにあることをふっと自覚する、この構造の方に工夫が凝らされている。
 例えばボルタンスキーがそのへんで適当に声をかけて撮影させてもらった少年の写真を年齢順に並べ、あたかも自分の成長記録であるかのように見せる「1946年から1964年のクリスチャン・ボルタンスキーの10枚の肖像写真」(1972年)、ある一家の古い家族写真が大量に並べられているが、そのありきたりな「家族写真的構図」からはその一家の歴史以上に自分の家の写真を思い出してしまう「D家のアルバム」(1971年)などがある。
 また、「死んだスイス人の資料」(1990年)という作品では、大量の錆びたクッキー缶(ボルタンスキー作品では古着に並んで多用されるアイテムだ)ひとつひとつに、スイスの新聞の死亡記事から収集されたスイス人の顔写真が貼り付けられている。一見ロッカー墓のようだし、箱を開ければこの顔写真の人たちの骨か遺品のたぐいが入っているのではないかと予感させるが、別にそんなことはない。ひとりひとりの顔写真を近寄って眺めてみても、そもそも誰なのか、どういう人物なのか、いっさいわからない。そして彼らは別に歴史的に重大な出来事と結びついた死を迎えているわけではない。ただ生きて死んでいったどこかの誰かである。かといって全くの無味乾燥なわけではない。全く知らない人を見ていると、記憶の中の全く別の誰かが引きずり出されてくる。私があまり人間の顔つきを判別できないから、というのもあるだろうが、メガネ、ショートカット、白髪、首に巻いたショール、というふうに容貌がパーツのレベルで認識されると、それはそのまま頭の中で同じ要素を持つ別の人間(身近な人間、あるいは自分)について想起する行為に繋がっていくのだ。それは死と目が合うことでもある。

 最も印象深く感じたのは、大量の電球をまっ黒い空間に配置した「黄昏」(2015年)である。会期中、初日は全て点灯しているが、光は毎日三つずつ消されていくそうだ。電球の影すら見えないまっ黒い部屋の中で、電球が川を流れる灯篭のように光る。じっと見ていると、頭の芯がじゅわっと溶けて、わずかにトリップするような感覚がある。〈今私は国立新美術館の展示室の一角に設けられた空間に置かれたたくさんの電球を見ている〉という、他者によって確認しうる状況説明が意識から遠のくのだ。死ぬときってこういう光の川を見るのかなあ、と何も意識せずにぽろっと思ったとき、ボルタンスキーの作品はこういう「なんとなく、死」という感覚をぐっと送り込むものなのだ、と「理解」した。

 私は個別具体的な人間の営みが好きだ。
 冒頭に書いた『とめはねっ!』の人にざわつき、同時にわくわくしてしまったのは、あの人の『とめはねっ!』および電車という空間の利用法が「共有されたルール」に毒されていない、極めて個別具体的な振る舞いだったからだ。本当に素直に、ただその場にいる人間の視点だけを持っていた。
 ルールに従う行為は、免責を意味する。その空間で何か問題が起きたとき、その場に存在しないはずの、ルールを作った者にも責任が流れていくのである。ルールの全てが悪いとは絶対に言わないが、同時にルールには「作った側」と「従う側」というヒエラルキーがあり、それぞれの内側でも関与の程度に差があることを常に意識せねばならない。そうなると、結局責任はうやむやになりがちだ。悪いこともいいことも、結局「場」でわかちあえなくなっていく気がする。
 本当はもっと気軽に責任を負い合ったほうがいいとずっと思っている。隣にあなたがいたから、目の前でそういうことが起きていたから。そういう考え方をもっとスムーズに実践したい。

 ボルタンスキーは神話を作ろうとしていた。神話は誰が作ったのかもわからない、大きく、長く尾を引いた概念である。例えば「アニミタス(白)」(2017年)では、チリの砂漠に設置した大量の風鈴が風に揺れる映像を用いたインスタレーションである。チリの砂漠であることは確かだが、そもそも砂漠のどこなのかはもはやほとんど誰も知らないし、風鈴はいずれ風化するだろう。たどり着いてこの場所を見る必要はどこにもないのだ。ただ、どこかに死者を祈る地があるらしい、という伝聞だけが漠然と語り継がれていく。当該の地が滅び去ったあとも語りだけが続いていく。
 神話が産まれて、何の意味があるのだろうか。ボルタンスキーがやっていることは、個別具体的な個人の死とは真逆のものを産む行いではあるが、同時に私たち鑑賞者がボルタンスキーの神話を信じるとき、最終的には個別具体的なものとしてその結論を受け取ることになるのだろう。ボルタンスキーが作り上げた神話は死者への祈りであり、死者への祈りにまつわる神話を私が受け入れ、誰かに渡していくのなら、私の中に思い起こされるのはすでに死んだ人についての具体的な記憶なのだ。本当はわれらのすぐそばに、常に親しい死者、隣人としての死者がいる。い続ける。

 このふたつのできごとについて「ぐるっとつながった」のは翌日のことである。ボルタンスキーは親友とふたりで鑑賞したが、当日はあまり展示の内容に関して話し合うこともなく、『とめはねっ!』の人について話すこともなく、ただ美術館を出て、「このへん何があるかよくわからんよね」と言って土地勘のある川崎まで行き、タピオカを飲み、駅ビルで日傘を購入するか迷って結局買わず、疲れて入ったカフェで閉店間際までしゃべり、帰りに本屋へ寄って『進撃の巨人』の新刊を買って帰宅した。その日の話題の中心は表現の不自由展であり、天皇制だった。
 本当はこのコラムでも表現の不自由展について書きたかったのだが、今の自分にとってはあまりに重く、結局こうして違う話題を選ぶに至ったのである。しかし、問題としてはどこかしらで地続きなのだろう。地に足をつけて手が届く範囲の対象に身軽に責任を負うことと生活のなかに死者の存在を組み込むことは、他者に誠実に向き合うという線で私の中では連結しているが、表現の不自由展で発生したテロや作品に対するあまりにも見苦しい攻撃は、この流れの対極にあるように思えてならないからだ。
 どうすればいいのかわからない。特にオチとして言えることもない。ただ今のところ私のリアルはこういう形で雑に縫い付けられていて、毎日それなりに困っている。

参考文献 滝沢英彦著『クリスチャン・ボルタンスキー──死者のモニュメント』(水声社、2004年)

Laura Cannell - ele-king

 この夏の切ない思いはたとえばこんな感じだろう。それを表現するのに複雑なプログラミングもそれらしい言葉も要らない。ヴァイオリンひとつあれば、こんなにも突き刺すような音楽を奏でることができる。ローラ・キャネルの『The Sky Untuned』、すなわち「チューニングされていない空」という素晴らしいタイトルのアルバムを聴いてそう思った。

 もっともこのアルバムは今年の春先にリリースされたもので、「天球の音楽」をコンセプトに作られている。ローラ・キャネルはイングランドはノリッジという古い街並みが残る街を拠点に活動しているヴァイオリン奏者で、じっさい彼女は荒廃した古い教会(の反響を利用して)レコーディングしている。その音楽はときに“中世的”と形容されているわけだが、シーンとは言えないまでも、イングランドの田舎の土着性を掘り起こすリチャード・ドーソンやハーブ奏者のエイン・オドワイヤー(このひとはアイルランド出身だが)のように、最近は都会とは距離を保ち、近代以前と現代とを往復するアヴァン・フォークとでも呼べそうなスタイルがUKでは目につくようになった。
 そもそも「天球の音楽」というコンセプトが中世ヨーロッパのものと言える。それは宇宙はじつは音楽を奏でていると、天体の運行と音楽とを結びつける考え方だ。ローラ・キャネルはそれを彼女のヴァイオリンで表現する。つまりこれは一種のスペース・ミュージックなのである。

 が、それは決してプラネタリウムで流れるようなロマンティックな音楽ではない。「チューニングされていない空」は、必ずしも牧歌的な欲望を満たす作品ではない。アルバムには張り詰めた緊張感と深いメランコリーがあり、エレガントで美しくあるが同時に破壊的でもあり、音は「アンチューンド=不協和」へと展開する。この温暖化、異常気象、ボリス・ジョンソンが首相になるくらいだからむべなるかなである。
 ……なんてまあそういうことではないのだが、しかし想像してみてほしい。たとえば披露宴かなんかで、ヨーロッパの綺麗な庭園にひとびとがいると。ひとりのヴァイオリン弾きがそこにいて演奏をはじめる。最初はその美しい音色にうっとりしていた人びとだが、演奏の途中で席を立つひともちらほら現れ、そして最後まで聴いていたひとの目には哀しみの涙が流れていると。
  アルバムには笛を演奏した曲もあり、多重録音もしているが、1曲のなかに複数の楽器を使わないことは徹底されている。そしてちょうどつい最近、彼女にとって初のヴォーカル・アルバム(ポリー・ライトとの共作)『Sing As The Crow Flies』がリリースされた。

Burial × The Bug - ele-king

 最近はルーク・スレイターをリミックスしたりテクノに寄ったシングルを発表したりしているベリアルと、初めて本名のケヴィン・リチャード・マーティン名義でアンビエント・アルバムをドロップしたばかりのザ・バグ、両者による新たな共作「Dive / Rain」が昨日唐突にリリースされている。彼らは昨年 Flame 1 という名義でコラボを果たし、「Fog / Shrine」という12インチを送り出しているけれど、どうやらこのコンビは継続するらしい。名義は機械的にアップデイトされ Flame 2 に。前回同様マーティンの〈Pressure〉からのリリースで、タイトルどおり“Dive”と“Rain”の2曲を収録。いまのところ Boomkat で買える模様(デジタルのみなら Bandcamp でも販売中)。

Flying Lotus × Ras G - ele-king

 去る7月29日、40歳という若さでこの世を去ったラス・Gことグレゴリー・ショーターは、LAビート・シーンの要人であり、縦横無尽にジャズやダブやグリッチを混合する音の魔術師であり、名作10インチ・シリーズで知られる〈Poo-Bah Records〉の共同設立者であり、昨年10周年を迎えた〈Brainfeeder〉の創設者のひとりであり、「ゲットー・サイファイ」の提唱者であり、サン・ラーの強力な支持者であり、すなわちアフロフューチャリズムの継承者でもあった。
 昨日、その彼と親しかったフライング・ロータスが追悼の意を込め、ふたりでコラボした新曲“Black Heaven”を発表している。これは8月3日に BBC Radio 6 で放送された、ジャイルス・ピーターソンによるトリビュート番組「Celebrating Ras G」にフライローが出演した際に公開されたもので、そのときの録音をフライローが自身の SoundCloud ページにアップロードしている。同曲はLAのラス・Gのスタジオ Spacebase で即興的におこなわれたセッションをもとにしているが(タイトルもラス・Gが命名)、それがふたりの最後の対面になってしまったそうだ。R.I.P. Ras G

※〈Brainfeeder〉はラス・Gのアルバムを2枚リリースしている。『別エレ』フライロー号をお持ちの方は66頁と110頁を参照。

The Mauskovic Dance Band - ele-king

 かつて1950年代から1960年代にかけて、ダンスホールやクラブには専属のバンドやオーケストラがいて、その頃のダンス音楽の主流であるラテンやアフロ・キューバンの生演奏を繰り広げる時代があった。その後1970年代に入り、ダンスホールはディスコティークに取って替わられて、バンドの役割も次第にDJへと変換していくわけだが、当時のディスコ時代でもMFSBやサルソウル・オーケストラなどはそうしたダンス・バンドの系譜を受け継ぐ存在で、バンドからDJカルチャーへの橋渡しをおこなった。ヨーロッパにおいても同様で、1950年代から1970年代にかけては多くのラテン・バンドが存在していた。ベルギーやオランダではニコ・ゴメス楽団、チャカチャス、エル・チックルズ、ショコラッツといったグループが活動していて、チャカチャスの“ジャングル・フィーヴァー”はムード・ラテンにディスコを取り入れた最初の例として世界中で大ヒットした。ベルギーとフランスの混成バンドのショコラッツは、セローンやドン・レイがいたコンガスと共にアフロ/ラテン~トロピカル・ディスコを確立した。オランダを拠点とするニック・マウスコヴィッチ率いるダンス・バンドは、それらかつてのラテン・ディスコ・バンドの現代版と言える存在だ。

 ニック・マウスコヴィッチはアムステルダムで活動するマルチ・ミュージシャン/プロデューサーで、トルコ系のミュージシャンたちによるサイケ/フォーク・バンドのアルティン・ガンに参加する一方で、マルチ・ミュージシャンのジャコ・ガードナーとニューウェイヴ/バレアリック・ディスコ・ユニットのブラクサスを組んでいる。そんなニックによる5人組ダンス・バンドは、彼の兄弟のチョコレート・スペース・ドニー(キーボード、エフェクト)、マーニックス(ギター、シンセ、パーカッション)、マノ(ベース)が中心となり、そこにクンビア・ミュージシャンのフアン・ハンドレッド(ドラムス)が加わっている。2017年にデビューしてスイスのレーベル〈ボンゴ・ジョー〉からシングルを2枚リリースし、その後2018年にアフロやカリビアンなどワールド・ミュージック/辺境音楽系に強いUKの〈サウンドウェイ〉から「ダウン・イン・ザ・ベースメント」というEPをリリース。この中の“コンティニュー・ザ・ファン(スペース・ヴァージョン)”という曲がジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ・13』に収録され、彼の催す「ワールドワイド・アワーズ・2018」の“トラック・オブ・ザ・イヤー”にノミネートされるなどして注目を集める。そして7インチの“シングス・トゥ・ドゥ”を経て、ファースト・アルバムとなる本作を〈サウンドウェイ〉からリリースという流れとなる。アムステルダムのスタジオで録音された本作は、現在ポルトガルのリズボン在住のジャコ・ガードナーによってミックスされた。

 ザ・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドのサウンドは、直接的には1980年代前半頃のアフロやラテン・ジャズと結びついたオルタナティヴ・ディスコやエレクトロ、ポストパンク~ニューウェイヴ・ディスコの中でも特にパーカッシヴでトライバルなサウンド、あるいはファンクとラテンが結びついたファンカラティーナなどの影響が強い。具体名を挙げればUSならアーサー・ラッセルによるダイナソー・Lやインディアン・オーシャン、オーガスト・ダーネルによるキッド・クレオール&ザ・ココナッツやサヴァンナ・バンド、リキッド・リキッド、コンク、ワズ・ノット・ワズ、UKならファンカポリタン、モダン・ロマンス、ブルー・ロンド・ア・ラ・ターク、ファンボーイ・スリー、ピッグバッグ、リップ・リグ&パニックなどだろうか。彼らのサウンドに共通するのは、どこか特定の国の本格的な民族音楽に倣うのではなく、世界の様々な民族音楽や辺境音楽をゴチャ混ぜにしたような無国籍感が漂うもので、ある意味で本場のサウンドではない偽物ならではの怪しさが漂うものだった(さらにそれらの源にあるのは、マーティン・デニーやレス・バクスターなど1950~60年代のエキゾティック・サウンドだろう)。
 ザ・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドもそうしたB級感覚を継承していて、それこそがダンス・バンドといういかがわしい存在を体現している。チープなドラムマシーンやアナログ・シンセにキーを外したヴォーカルがフィーチャーされる“ドリンクス・バイ・ザ・シー”や“セイム・ヘッズ”がまさにそうで、1980年代のレトロ感満載のサウンドだ。性急なビートの“スペース・ドラム・マシーン”やファンカラティーナ調の“ダンス・プレイス・ガレージ”は、パラダイス・ガレージでラリー・レヴァンがプレイしていたようなアンダーグラウンド感一杯のもの。“パーカッション・アンド・スパジオ・サウンズ”は文字通りマッドでコズミックなパーカッション・トラック。スティールパンのようなパーカッションの音色が印象的な“アルト・イン・ヴァカンザ”では、このバンドにとってダビーなテイストも重要な要素であることを示していいて、“レイト・ナイト・ピープル”や“イッツ・ザ・ロング・グッディ”にもそうしたディスコ・ダブの要素が表われている。レトロなラテン・バンド・スタイルを下敷きにしつつ、ニューウェイヴ・ディスコやディスコ・ダブの要素を交えて現代的にアップデートさせた彼らは、2010年代以降のヴェイパーウェイヴの流れの中にも位置づけられる存在と言えるだろう。

Shinobi, Epic & BudaMunk - ele-king

 ビートメイカーとしてLAのアンダーグラウンド・シーンにて活動しながら、のちのLAビート・シーンを築く面々とも交流し、日本への帰国後は〈Jazzy Sport〉や〈Dogear Records〉などを基盤にソロや様々なプロデュース・ワークを生み出しながら、5lackISSUGI とのユニットである Sick Team や mabanua との Green Butter など幾つものコラボレーションによるプロジェクトを手がけてきた、ヒップホップ・プロデューサーの BudaMunk。その彼が、新たに Shinobi と Epic というふたりのラッパーと組んで完成させたのが、本作『Gates To The East』だ。実の兄弟という Shinobi と Epic のふたりは、過去にも BudaMunk の作品にたびたび登場しており、今回、満を持してのアルバム・デビューとなる。横須賀を拠点に活動していたという彼らのラップは基本的に英語がベースであるのだが、本作はなんとも不思議なオリエンタル感がアルバム全体に漂っているのが興味深い。過去にはLA時代の盟友であるラッパーの Joe Styles と100%英語のリリックによる、LAアンダーグランドのフレイヴァ溢れるアルバムをリリースしている BudaMunk だが、本作の雰囲気は明らかに異なる。当然、ごく僅かながらリリックに挟み込まれる彼らの日本語もスパイス的に作用しているであろうが、決してそれだけではない。言葉では明確には表現できない“わび・さび”のような感覚が、このアルバムの空気感を作り上げているように思う。
 90年代、2000年代のヒップホップをベースにしながら、それをいまの感覚でアップデートした上での“ブーンバップ・ヒップホップ”が、BudaMunk のサウンドの軸になっているわけだが、本作でもその軸は全くブレていない。フィルターの効いたサンプリングのウワモノやドラム、ベースとの組み合わせが、心地良さとドープネスを同時に生み出し、さらに絶妙な揺らぎが独特なグルーヴを生み出す。そして、そのサウンドに、同じ温度感を持った Shinobi と Epic のレイドバックしたラップが実に見事にフィットしている。兄弟ということもあってか、多少の声の高低の違いはあるものの、ふたりのラップの質感は似ている部分も多い。それゆえにフィーチャリング・ゲストが入ることで生まれる変化の振れ幅は非常に大きく、ISSUGI が参加した本作のメイントラックでもある“Mystic Arts”の破壊力の凄まじさがそれを物語っている。一方、ある意味、飛び道具的な“Mystic Arts”に対して、アルバム全体は実にいぶし銀の仕上がりだ。しかし、ひとつひとつの曲を聴き込めば聴き込むほど、そのトラックとラップが実に複雑に絡み合い、共鳴していることが分かるだろうし、2019年の最先端のストリート・サウンドが本作には充満している。
 アメリカやヨーロッパなどにも着実に根付いているブーンバップ・ヒップホップのムーヴメントだが、BudaMunk こそがこのムーヴメントの中で、日本を代表する存在であることを改めて認識させてくれる作品だ。

vol.117 魔女になれる店 - ele-king

 最近はめっきり、ブッシュウィックで過ごすことが多くなった。自分がイベントをやっているスペースや事務所があり、友だちがレコード店や酒醸造所をオープンしたり、お気に入りのレストランがあったり、自然とブッシュウィックに来てしまう。
 歩いていると、お? と思うお店を発見する。983というレストランは、ブッシュウィックのリビングルームと言われ、アメリカンと謳っているのにメキシカンやイタリアンが混ざり、アートが壁に飾られ、メニューも読みにくいのだが、心地よく大人気だし、ブルックリン・カヴァは、カヴァ(コショウ科の灌木。南太平洋のフィジー、サモアなどで飲用される嗜好品)を中心としたティーショップで、心を穏やかに落ち着けてくれたり、不眠症に効いたりと、精神に効くお店であり、カフェイン・アンダーグラウンドは、CBDコーヒー(マリファナを作っている主要原料の一つであるカナビディオル(Cannabidiol)が入ったコーヒー)などの、CBDドリンクが飲めるお店で、みんなそれを飲みながら、リヴィングルームのようなスペースでショーやワークショップを楽しむ。ヴィーガンスイーツもあり、学校の寮にいるみたいだ。

 そんなブッシュウィックで、また妖しげな雰囲気を醸し出しているお店を発見した。ロゴからして何かスピリチャル。一見本屋? かと思うが、恐る恐るなかに入ると、思いのほか混んでいて、お客さんは真剣に本を立ち読み(?)していたり、熱心に店員さんとお話していた。キャットランドというお店で、ブッシュウィック唯一の、オカルトショップ、スピリチャル・コミュニティスペース、通称、魔女になれる店だった。
 店内は、本、ジン、クリスタル・ストーン、インセンス、タロット占いグッズ、ロウソク、儀式の道具、ハーブ香水、コヨーテや猫の頭蓋骨、孔雀の羽、ワニの足など、妖しげなものがたくさん売っていて、独特の雰囲気が漂っている。
 さらに、魔女のためのヨガ、インセンスの作り方、初心者のための魔女講座、メディテーション、初心者の為のマジック、惑星についての深い話、占星術について、エネルギーの洗浄などなど、イベントが毎日のようにある。うーん、時代は、バンド活動ではなくスピリチャル活動なのか。

 そういえば一時、ヒップスターの間でタロット占いが流行り、ショーに行ったりマーケットに行くとタロット占いベンダーがよく出ていたし、人気引っ掛けバーのムードリングも星占いバーだし、ブッシュウィックは、スピリチュアルが流行りの予感。
 みんな何かにすがりたい今日この頃なのであろうか。

Moodymann - ele-king

 ドレイクの人気曲“パッションフルート”には、ムーディーマンのMCがサンプリングされている。けだるく、Fワード連発のなかば酩酊したその声は、ブラック・ミュージックとしてのハウスという点において、そしてまたはアンダーグラウンドの生々しい猥雑さを伝える意味において極めて重要な意味を持っている。
 ラナ・デル・レイの“ボーン・トゥ・ダイ”をハウスの部屋に強引に連れ込み、煙ともどもドアを閉めてしまったデトロイトのDJには、彼自身にしかできない“型”というものを持っている。つまり、かつてカール・クレイグがムーディーマンについて説明したように、リアルな話ソウルにはアグリーな側面もあり、が、アグリーさはとくにアメリカにおいては隠蔽されるがちだ。たとえばインディ・シーンなんかを見ていると、アメリカ人はみんなスマートであるかのような錯覚を覚えてしまう。流行の服に流行の髪型。実際に行けばわかることだが、まったくそんなことはない。とくにデトロイトは、なんともじつにいなたいひと/イケてないひとばかりで、自分はそういうひとたちの側にいるんだと強く主張しているのがムーディーマン(ないしはマイク・バンクス)のようなひとだ。

 こうしたムーディーマンのアティチュードは、彼の音楽性に直結しているというよりも、彼の音楽そのものである。今回もまた1曲目の“I'll Provide”で度肝を抜かれた。ここにはセックスと教会がある。うねるようなベースラインと崇高なストリングス、聖と猥雑さと陶酔の三重奏はハウス・ミュージックの真骨頂だ。
 裏面の“I Think Of Saturday”はその後半戦といえるだろう。黒いゲンズブールたる彼のささやき声は、暗い人生をほのめかしながら、たえずパーティの快楽をうながしている。素晴らしいグルーヴとセクシャルなフィーリング。これが超一級品のディープ・ハウスというものである。
 もう1枚のレコードのC面に掘られた“If I Gave U My Love”、ここでのムーディーマンはジャズに接近しながら女性ヴォーカルをフィーチャーし、雲のうえに浮いているようなムードを演出する。ミュージシャンであり活動家でもあったカミラ・ヤーブローの1975年のアルバムから歌詞を引用しているということだが、曲調は初期から続いている彼の得意なスタイルだ。
 D面には2曲ある。ダウンテンポの“Deeper Shadow”はナイトメアズ・オン・ワックスの同曲のリミックス。「彼は私の考えていることを知らない」と繰り返される哀しみの入り混じった歌詞もそうだが、この艶のあるダウナーな展開は最盛期のマッシヴ・アタックを彷彿させる。また、その甘美さはC面2曲目の“ Sinnerman”にも引き継がれる。アナログ盤のみに収録されたこのスローテンポな曲はやはり女性ヴォーカルもので、けだるくロマンティックに展開する。

 Sinner =罪人がこの2枚組のタイトルで、普通に考えれば「罪」がひとつのテーマなのかと思ったりするものだが、そもそもこの2枚組は、本人主催のバーベキューで売っていたものらしい(いったいどんなバーベキューだ)。それがこのような形で一般販売され、またbandcampにはアナログ盤未収録の2曲がある。そのうちの1曲、ジャズの生セッションからはじまる“Downtown”からはバーベキュー・パーティの笑い声が聞こえてくる、気がしないでもない。
 今回はアナログ盤を予約しなかったので買いそびれてしまい、セカンド・プレスを待つしかなかった。もしそれがゲットできなければ仕方ないデジタルで買おうと思っていたところだが、先週末運良くレコードをゲットできた。日本や欧州では高価で売られるムーディーマンのアナログ盤だが、地元デトロイトのショップやKDJ/Mahogani Music主催のパーティでは手頃な価格で売られているという。

Bruce Springsteen - ele-king

 スプリングスティーン本人は本作を政治的なアルバムではないと説明している。だが、それはオバマの前でピート・シーガーと「我が祖国」を歌ったときのように直接的な政治への関与を目指しているわけではないということ。あるいは『レッキング・ボール』(2012年)のときに「We」で示した連帯のように直接的な表現を避けているということで、彼がずっと目をかけてきた庶民へのまなざしが失われているということではない。というより、カウボーイ・ハットをかぶってブックレットにたたずむスプリングスティーン69歳を見るだに、いまの彼がアメリカの「下」にいる人びとのことを考えているように思えてくるのである。
 ここ数年とくに、彼は回顧的なムードを深めている。自伝の出版、『ザ・リバー』の35周年ツアー、そして自伝の内容をもとにしたブロードウェイ・ツアー(この模様は Netflix でも観られる)。老境に差しかかったロックンローラーが自身の人生を振り返りたくなるのは自然なことだが、しかしスプリングスティーンの過去に触れるということは、アメリカの普通の人びとが生きてきたあり様に触れるということでもある。『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』を観ていてつくづく感じたことだが、スプリングスティーンというロック・ヒーローが特異なのは、彼は自分の人生だけを生きていないということだ。彼が描いてきた庶民のメロドラマ、市井を生きる人びとのフィクションを通じて、光の当たらない片隅で生きる人間たちの生を一貫して鳴らしている。

アメリカの兄弟たちが国境を越え、昔のやり方を運んでくる
今夜は西部の星が再び輝いている
“ウエスタン・スターズ”

 『ウエスタン・スターズ』はロック・アルバムというよりポップ・アルバムだと言われる。本人いわく「グレン・キャンベル、ジミー・ウェッブ、バート・バカラックといった70年代の南カリフォルニアのポップ音楽に影響を受けている」。得意としてきたロック・バンドのアレンジではなく、オーケストラを大きく導入したスタンダード・ポップスを思わせる音が詰まったアルバムである。なかでもジミー・ウェッブを思わせる瞬間が多く、フォークやカントリーを下敷きにしながらもシアトリカルなアレンジでどこかレトロな洒脱さを醸している。
 アメリカでジミー・ウェッブを聴いていたのはどんな人びとだろうか。いまのスプリングスティーンと政治的に共鳴するようなコンシャスな人間や、現在のハリウッドで活躍するような典型的な「リベラル」ばかりではないだろう。というか、むしろ保守的な田舎でヒット・ソングばかりを聴いてきたような連中に向けて『ウエスタン・スターズ』は作られたのではないか。アートワークの馬とアルバム・タイトルははっきりと古き良き西部劇を想起させるものだが、それはアメリカのかつての開拓精神に拘泥する側の人びとの心情を射程に入れたものであるだろう。言い換えれば、メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン……の標語に惹きつけられてしまう側のことを、このアルバムは突き放していないのである。
 けれども古き西部を思わせる本作で、スプリングスティーンは昔ながらの西部劇のヒーローを登場させない。いるのはしがないヒッチハイカー、年老いた西部劇俳優、苦悩するスタントマンといった、やはり片隅で生きる者たちである。彼らはそれぞれうまくいっていない人生のさなかで孤独を抱え、アメリカ西部のどこかを彷徨している。全体として歌のトーンとアレンジは軽快だが、描かれる物語はけっして明るいものではない。誰にも顧みられることのない者たちの、誰にも気に留められることのない感傷が現れては消えていく。“ドライヴ・ファスト(ザ・スタントマン)”の「2本のピンで固定した足首、砕けた鎖骨/鉄の棒が入った脚/それでなんとか歩くことができる」というフレーズを聴いて、あの悲しい映画『レスラー』を思い出さないのは難しい。古き良き西部劇を支えていたのは名もなき人間のくたびれた人生であったことを、スプリングスティーンは忘れていない。

 かつて『ザ・リバー』を聴いて涙した者たちは『ウエスタン・スターズ』を聴いているだろうか。いま、アメリカでスプリングスティーンの歌を必要としているのは、豊かな多様性文化を経済的に余裕のあるところで楽しみ、アンチ・トランプに溜飲を下げるようなエスタブリッシュされた「リベラル」ではない。わたしたちがアメリカと聞いていまだに連想する荒野のどこかで、彷徨いながら生きる人びとだ。いまスプリングスティーンが民主党支持者の連帯のためのスローガンを引き下げ、懐かしいポップ・サウンドを鳴らしていることには何か強い気持ちがあるように思えてならない。
 国内盤の対訳を担当した三浦久氏は終曲“ムーンライト・モーテル”の訳の難しさについて、時制が入り乱れていることをその理由として説明している。そこでは過去と現在が混ざり合い、溶け合っている。スプリングスティーンがずっと描いてきたはぐれ者たちの悲しみの物語が交錯するように。弾き語りのフォーク・ソング、優しい歌唱、歴史に名を残さない誰かへの慈しみ……。

Seba Kaapstad - ele-king

 〈メロー・ミュージック・グループ〉はアメリカのヒップホップ・レーベルとして知られるところだが、今回リリースとなったセバ・カープスタッドは南アフリカ共和国出身者、スワジ人(スワジランドや南アフリカ共和国に居住するバントゥー系先住部族)、ドイツ人2名による異色の混成グループで、音楽ジャンル的にはネオ・ソウルに分類される。そしてかなりジャズ色が強いので、タイプ的にはハイエイタス・カイヨーテとかムーンチャイルドとかに近く、さらにエレクトリックなプロダクションも兼ね備えている。リーダー格はドイツ人のセバスチャン・シュスター(ベース、キーボード、シンセ)で、彼が2013年にケープタウンを訪れた際に南アフリカの文化や音楽に魅了され、もうひとりのドイツ人のフィリップ・シェイベル(ドラムス、ドラム・プログラミング)、ダーバン生まれでピーターマリッツバーグ育ちのゾー・マディガ(ヴォーカル)、スワジランド出身のンドゥミソ・マナナ(ヴォーカル)とセバ・カープスタッドを結成した。

 ゾーとンドゥミソは南アフリカ音楽大学でジャズ・ヴォーカルを学び、南アフリカで開催されるいろいろなジャズ・フェスにも出演し、セバ・カープスタッドとは別にふたりでのデュエット・ライヴ活動もおこなっている。ゾーは大御所のルイス・モホロなどから、タンディ・ントゥリ、マーカス・ワイアット、ベンジャミン・ジェフタといった南アフリカの新世代ジャズを代表する面々とも共演している。そんな彼女がシンガーを務めるところからも、セバ・カープスタッドというグループのカラーが見えてくるのではないだろうか。グループでの活動はドイツと南アフリカにまたがっており、このデビュー・アルバムとなる『シーナ』はメンバー以外にドイツ人ミュージシャンがいろいろと参加していて、ドイツのスタジオでレコーディングを行った模様。ちなみに「シーナ(Thina)」とはズールー語で「私たち」の意味とのことだ。

 アルバムを象徴する曲はタイトル・トラックでもある“シーナ”。セバスチャンの洗練されたジャズ・ピアノが、フィリップの編み出すしなやかなビートと相まってメロウな空間を作り出す。そしてリード・ヴォーカルをとるゾーの歌は、エリカ・バドゥやジル・スコットら往年のネオ・ソウル・シンガーの系譜に属しつつも、アフリカ民謡の影響も感じさせる独特のもの。ズールー語によるラップ~スポークンワード調のヴォーカルも交えたところがセバ・カープスタッドならではの個性のひとつで、ゾーとンドゥミソがデュエットする“アフリカ”でもそうした彼らのルーツを意識した歌が聴ける。ヒップホップ/R&B色の強い“ウェルカム”にしても、途中でアフリカ音楽的なフレーズが登場するなど、常にアフリカというのが彼らの意識の中にはあるようだ。

 牧歌的なコーラスや重厚なストリングスを配した“ドント”に見られるように、サウンド的にはロバート・グラスパーあたりの影響も感じさせると共に、タンディ・ントゥリのような南アフリカ・ジャズとの共通項も見出せる。セバスチャンのピアノがアルバムの中でも聴きどころのひとつだ。ンドゥミソの歌声は中性的な感じで、ナット・キング・コールのようなジャズ・シンガーの系譜を引き継ぐと共に、同時代のシンガーとしてはフランク・オーシャンとかサンファなどに近いところを感じさせる。そんな彼の歌声が印象的な“ディザスター”や“バイ”は、ビート・ミュージックやベース・ミュージック的なアプローチも交えたサウンド。これらの曲や“RFRE”はじめ、アコースティックとエレクトロニックのブレンドはアルバムの随所に見られ、それと混声コーラスの多重録音を交えた“プレイグラウンド”や“ブレス”がセバ・カープスタッドならではの魅力と言える。ジャズとソウル、そしてアフリカ音楽を融合し、そのアフリカ音楽の土着性と現代的で洗練されたアプローチを巧みに両立させたアルバムと言えるだろう。

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