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2018年のジャズ・シーンではサウス・ロンドン勢の活躍が大きな話題を集めたが、もうひとつのトピックとして南アフリカのシーンに注目が集まってきたことがあげられる。アメリカから遠く離れた国々において、近年はイスラエルやアルメニアなどのジャズも話題になることが増えてきたが、ジャズの世界では僻地にあたる南アフリカ共和国のアーティストが取り上げられるきっかけのひとつは、シャバカ・ハッチングスとアンセスターズによる『ウィズダム・オブ・エルダーズ』(2016年)だろう。サウス・ロンドンを拠点とするシャバカだが、彼は2008年から数年来に渡って南アフリカに赴き、現地のミュージシャンと交流を深め、当地のジャズを研究してきた。南アフリカでアンセスターズという現地のバンドと録音した『ウィズダム・オブ・エルダーズ』は、そうした成果の表われである。
南アフリカはかつてアパルトヘイトという人種隔離政策がとられ、ギル・スコット・ヘロンやピーター・ガブリエルなどは作品の中でそれを痛烈に批判してきたのだが、一方でアフリカ大陸においてもっとも西欧音楽が広まった国でもある。ジャズでもヒュー・マセケラ、アブドゥール・イブラヒム、ベキ・ムセレクなどの優れたミュージシャンを輩出し、1960年代半ばにはクリス・マクレガー、ドゥドゥ・プクワナ、ルイス・モホロ、モンゲジ・フェザらによるブルー・ノーツが渡欧して演奏活動をおこない、その後彼らはロンドンを拠点に活躍した。彼らのように世界的に知られるようになった者以外にも、南アフリカでは多くのジャズ・ミュージシャンが活動してきた。現在もシャバカ・ハッチングスなどと同世代の若いプレイヤーが台頭してきており、彼らはロバート・グラスパーに代表される新しい世代のジャズを吸収したミュージシャンである。アンセスターズのトランペット奏者のマンドラ・マラゲニ、ピアニストのンドゥドゥゾ・マカシニ、ドラマーのトゥミ・モロゴシはその筆頭で、それぞれリーダー・アルバムをリリースしている。トゥミ・モロゴシの『プロジェクト・Elo』(2014年)はUKの〈ジャズマン〉からリリースされており、今年リリースされたニコラ・コンテのアルバム『レット・ユア・ライト・シャイン・オン』にもトゥミとンドゥドゥゾ・マカシニは参加し、彼らのプレイを聴くことができる。こうした南アフリカ勢の中、1987年生まれのカイル・シェパードは世界的にも活躍するピアニストのひとりで、彼の周辺からは次々と注目すべきアーティストが生まれている。2018年で見ると、カイルのトリオのベーシストであるシェーン・クーパーがマブタというグループを結成し、『ウェルカム・トゥ・ディス・ワールド』というアルバムを発表。シャバカ・ハッチングスもゲスト参加して話題となった作品である。そして、『ウェルカム・トゥ・ディス・ワールド』と並んで今の南アフリカのジャズを伝えるアルバムと評判になったのが、タンディ・ントゥリの『エグザイルド』である。
タンディ・ントゥリはクラシックからジャズの道へと進んだピアニスト兼シンガー・ソングライターで、ケープタウン大学でカイル・シェパード、シェーン・クーパーらと共にジャズ・パフォーマンスを専攻した。彼女のインタヴューを読むと、マッコイ・タイナーから多大な影響を受けたと述べている。2014年に自主制作となる『ジ・オファーリング』でアルバム・デビューし、地元では著名な音楽賞にノミネートされるなど着実に実績を積んでいった。その後、2016年に“コズミック・ライト”という曲をシングル・リリースするのだが、それが映画監督のスパイク・リーの目にとまり、彼の原作によるネットフリックスのドラマ・シリーズ『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』で劇中曲として使用される。そうしてアメリカでも彼女の名前は知られるようになっていき、今年2月にセカンド・アルバムの『エグザイルド』を発表する。収録曲の“フリーフォール”のライヴ映像をOFWGKTAのアール・スウェットシャツがSNSでシェアし、それまでジャズに興味がなかった層にまで拡散を見せた。そうした中、最初bandcampでの発売だった『エグザイルド』がCDリリースされた。
ヨハネスブルグでの録音となる『エグザイルド』の参加ミュージシャンは、スフェレロ・マジブコ(ドラムス)、キーナン・アーレンズ(ギター)、ベンジャミン・ジェフタ(ベース)、マーカス・ワイアット(トランペット、フリューゲルホーン)、ジャスティン・サスマン(トロンボーン)、ムサンジ・ムヴブ(アルト・サックス、フルート)、シソンケ・ゾンティ(テナー・サックス)、リンダ・シカーカーネ(テナー・サックス)、トゥラレ・マケーネ(パーカッション)などで、ほかにヴヨ・ソタシェとスファ・ムドラロセがヴォーカル、レボ・マシレがスポークン・ワードで参加。ほとんどのミュージシャンが『ジ・オファーリング』から続いての参加で、中でもベンジャミン・ジェフタはカイル・シェパードのトリオのメンバーであると共に、自身でも『ホームカミング』(2015年)や『アイデンティティ』(2017年)というリーダー作も発表するなど、ソロ活動も精力的におこなっている。『エグザイルド』には彼のアルバムと同じようなメンバーが集まり、マブタにも参加するシソンケ・ゾンティ、アフリカ・プラスというピアノ・トリオを結成するスフェレロ・マジブコと、南アフリカ新世代ジャズの精鋭たちが集まっている。
ヴヨ・ソタシェが歌う“イッツ・コンプリケイティッド”のパート1は、R&BやAORのマナーも含んだ心地よい演奏で、エスペランサ・スポルディングのポップ~ネオ・ソウル寄りのナンバーに近い印象。パート1のメロウネスはパート2にも引き継がれ、エレピ、トランペット、サックスによるインプロヴィゼイションの上を浮遊するスキャットが印象的だ。“コズミック・ライト”や“エグザイルド”も同様にスキャットによるワードレスなヴォイスがフィーチャーされ、アフリカ民謡に基づくディープ・ジャズの“ザ・ヴォイド”では、詩の提供者でもあるレボ・マシレのほかタンディ自身もスポークン・ワードを披露する。このようにヴォイスと楽器のコンビネーションがアルバム全体でもひとつの鍵となっている。古代エジプトの呼称である“アビシニア”は、エチオピアン・ジャズを下敷きにミニマル・ミュージックを取り入れたユニークなナンバーで、イントロ部分はサン・ラーも想起させるようだ。本編はトゥラレ・マケーネが加わったパーカッシヴなアフロ・ジャズで、シソンケ・ゾンティも情熱的なテナー・サックス・ソロをとる。マッコイ・タイナーなどを彷彿とさせるスピリチュアル・ジャズであると共に、後半のドラミングやコズミックな質感はグラスパー以降のジャズであることを感じさせる。ピアノ・トリオ曲の“フリーフォール”では、タンディの現代的な即興演奏の凄さ、研ぎ澄まされた美しさが遺憾なく発揮されている。“ワッツ・レフト?”は“レフト・アローン”を思わせる深遠なバラード曲で、ピアニストだけでなくシンガーとしてのタンディの豊かな才能も示している。同じくヴォーカルをフィーチャーした“ニュー・ウェイ”は、クラシックから導かれた高度な和音にアフリカ民謡からのメロディも取り入れ、作曲家としての能力の高さを見せる。南アフリカにはUSやUKの現代ジャズ・シーンと同等に評価すべきミュージシャンたちがいる、ということを示す作品だ。
小川充