「ZE」と一致するもの

Olive Oil - ele-king

 福岡のプロデューサー/DJの Olive Oil はおのれの信じた道を突き進む。エイフェックス・ツインやスクエアプッシャーを好むこの特異なヒップホップのビートメイカーは、近年、たとえば MURO とのコラボや、直近でいえば沖縄のラッパーCHOUJIと組んだ昨年のアルバムのように、さまざまな共作をとおしてコンスタントに作品を発表しつづけているわけだが、このたびソロ名義としては2009年の『Space in Space』以来になるという、5枚目のアルバムを送り出すことになった。題して『No.00』。11月1日発売。インスト曲だけでなく、やはり沖縄の柊人が参加した曲などラップ入りのチューンも収録。なかでも注目なのは MILES WORD&SNEEEZE を迎えた紅桜の曲のリミックス、そして FEBB が亡くなるまえに制作されたというコラボ曲だろう。Olive Oil の新展開、これは目が離せません。

20周年を迎えたOILWORKSを牽引し、地球を舞台に活躍し続けるプロデューサー/トラックメイカーのOlive Oilが『Space in Space』以来となる5枚目のアルバム『No.00』をOILWORKS Rec.よりリリース!

アーティスト:Olive Oil
タイトル:No.00
レーベル:OILWORKS Rec.
フォーマット:CD
発売日:2023年11月1日
規格番号:OILRECCD034
バーコード:4988044848429
価格:3,000円(税込)

OZROSAURUS、OMSBのプロデュースワーク、DJ MUROとのコラボレーション作品など、幅広い活躍で国内外問わず熱い支持を集めるOlive Oil。

本作では、貫禄のビートは勿論、様々なアーティストも交じり合った全14曲を収録!! 生前に制作されたFEBBとの楽曲「MURDER ONE」、「紅桜 /悲しみの後 Remix」にMILES WORD、SNEEEZEを迎えた間違いないコンビネーションの「FAVORITE SONG」、沖縄を拠点に活動する柊人による「あなたがいいと」などを収録。

さらに、「ジャパニーズマゲニーズ / Lights On」でも使用された”REVENJAR LAS”から、多くのセッションを重ねてきたAaron Choulaiが「5lack(5O) / 早朝の戦士」のメロディを奏でた”TO BE CONTINUE SHAKE FINGA”、「Miles Word / WAKABA」を韓国のピアニストCHANNY Dが弾きなおした”WAKABA PIANO”など、聴き応え充分の内容です。プロデュースは勿論、ビートメイク、DJとしても存在感を残すOlive Oilだからこそ生み出る珠玉の1枚。

アートワークにはPOPY OIL、マスタリングには塩田浩が担当!

[Track List]
01. SUPER Cz
02. REVENJAR LAS
03. MURDER ONE feat.FEBB
04. MY RED BRIDGE
05. OBRDRNX
06. D YU R M IND
07. JUS P2
08. FAVORITE SONG feat. 紅桜 , MILES WORD , SNEEEZE
09. DNKN
10. AKI DANNA
11. あなたがいいと feat. 柊人
12. ASHICARAZUCAL
13. TO BE CONTINUE SHAKE FINGA
14. WAKABA PIANO

All Tracks & Produced by Olive Oil
Album Mastered by Hiroshi Shiota
Designed by Popy Oil

Piano by
・Trk13 - Aaron Choulai
・Trk14 - CHANNY D

Lyrics by
・Trk3 - FEBB
・Trk8 - (悲しみの後 Remix)紅桜 , MILES WORD , SNEEEZE
・Trk11 - 柊人

Mixed by
・Trk3,Trk8 - Green House st.

■Olive Oil profile
南の楽園設計を夢見る男
風は常に吹いている
人並外れた製作量と完全無欠のアイデアで世界を翻弄しつづける無比の個性
クリエイター集団OILWORKS
プロデューサー/リミキサー/DJ
ワールドワイドでありながらアンダーグラウンドシーンと密接に結びつく感覚は唯一無二。

Larry Nozero & Dennis Tin - ele-king

アフリカは自分たちのゴスペルを創出する - ele-king

 2020年、コロナ禍のさなか、多くの人が〈Jerusalema〉に合わせて踊るところを自撮りし、SNSに投稿した。南アフリカの歌手が歌ったこの曲は神への信仰を歌ったゴスペルであると同時に、サブサハラのダンス・ミュージックを取り入れたアーバン・ミュージックの範疇にある。アフリカ南部とコートジボワール、コンゴのゴスペル音楽シーンを概観する。

 1922年ロンドンで行われた世界初のアフリカ人歌手による宗教音楽の録音が大英図書館のアーカイブに保存されている。西アフリカに広く普及しているヨルバ語の「Jesu olugbala ni mo f’ori fun e」という歌詞は明解である。「われは救世主イエスに身を捧ぐ」という意味だ。この曲を歌い、作詞・作曲者でもあるジョサイア・ジェシー・ランサム=クティ(1855-1930)は、イギリス保護領ナイジェリアの英国国教会の聖職者であり、人々を教会に惹きつける強い力を音楽に見出していた(1)。彼は録音の8年後に亡くなったが、彼の血筋はアフリカの知的・文化的歴史に名を刻むことになる。孫のフェラ・ランサム=クティ(1938-1997)はアフロ・ビートのパイオニアであり、「ブラック・プレジデント」と呼ばれているが、1977年に録音されたアルバム『Shuffering and Shmiling』(2) の中で、ナイジェリア国民が盲目的に宗教を受け入れている様を非難している。しかし、これは無駄なことだった。2060年には、地球上のキリスト教徒の40%がアフリカにいるだろう。そして、アフリカの宗教音楽も同様に社会での地位が高まりつつある。まず、典礼聖歌のレパートリーが解放されて、礼拝堂や教会の外で、「霊的に生まれ変わった」歌手たちによって歌われた。彼らはサブサハラの福音派、ペンテコステ派の信者で、時として女性である。この新しいアフリカのキリスト教音楽のアーティストたちは、福音派信仰の特徴のひとつである、「新生」に(たと) えるべき回心を自ら体験しているが、教会の中だけで歌い報酬を受け取らない典礼聖歌の歌い手とは異なっている。

 コロナ感染症拡大が社会や経済に与えた影響と魂の癒やしへの欲求が、音楽配信プラットフォームで新しい世代の歌手たちが頭角を現す後押しとなった。彼らはリンガラ語で、ヌシの言葉で(3)、ナイジェリアのピジン英語で、神の言葉と家族の価値を説く。彼らのリズムは、サブサハラのアーバン・ビート(南アフリカのアマピアノ[ハウス・ミュージックのサブジャンルのひとつ]、ナイジェリアのアフロ・ビート)も、5千万人以上のアメリカ人が高く評価している、R&B、ポップ・ミュージック、大編成のオーケストラとバイオリンといった、信仰に結びついた音楽の規範的様式も同じように取り入れている。

 ジンバブエ、エスワティニ(旧スワジランド)と南アフリカは、アフリカ南部にあって、才能が育つ好環境の土地である。そこは合唱団が数多く存在する土地であり、ボーカル・ミュージックが重要な地位を占めて、サブサハラの文化産業のニッチにあるキリスト教音楽の中心地であり続けている。2015年に行われたある調査によると、南アフリカの国民の13%がゴスペルを聴くのを好むということだ。この数字は世界の平均の3倍以上の値である(4)。この国では、国内のゴスペル・ミュージック市場は「世俗」音楽市場と競い続けている。それは、ソウェト・ゴスペル・クワイア(5)のような国境を越えて評価されている大合唱団や、ベンジャミン・ドゥべ(6)のような歌う牧師、活気あるこの業界、毎年11月にゴスペル音楽の活況をテレビを通して祝う南アフリカ放送協会のクラウン・ゴスペル・アワードの放送などのおかげである。アパルトヘイトの間、ゴスペル音楽は批判をかきたて、希望を鼓舞してきた(7)。今日でも「大部分の南アフリカ人にとってゴスペル音楽は、自分が何者であるか、人生をどう考えているか、どのような試練を経てきたかを表現するよすがとなっている」と、ヨハネスブルクのウィットウォーターズランド大学の民族音楽学教員、エヴァンス・ネチヴァンベは指摘している。

 モータウン・ゴスペル・アフリカはデトロイトのソウル・ミュージック会社の子会社レーベルである。2021年、1994年に結成された南アフリカのゴスペル合唱団ジョイアス・セレブレーション(8)との契約からアフリカ大陸での活動を始めた。アビジャンにあるユニバーサル・ミュージック・アフリカの社屋内に本社を構えて(9)、最近アフリカの3つのキリスト教歌曲が成し遂げた国際的成功を再現しようと、新しい才能の発掘も行っている。3つの曲のうちのひとつである〈Jerusalema〉[原題の意味は「エルサレム」]は、メソジスト教会の信者で、DJでもありプロデューサーでもある、南アフリカ人のガオゲーロ・モアギ、別名Master Kgが制作し、ノムセボ・ズィコデが歌って、2019年末に発表された(10)。リンポポ・ハウス(アフロ・ハウスのサブジャンルのひとつ)に乗ったズールー語の歌詞の最初の部分は、聖書(新約聖書の最後の書である『黙示録』)から引用されている。国内で発表されたあと、SNSのTikTokのダンス・チャレンジに用いられて(11)、まずアンゴラでヒットし、ポルトガルで勢いを得て、2020年夏のヨーロッパにおけるヒット曲のひとつとなった。そして、ナイジェリアのスター歌手ブルナ・ボーイのリミックス(12)のおかげでアフリカ大陸に凱旋した。この曲は今までに、5億6400万回以上YouTubeで再生されている。


スィナッチ photo by Pshegs, CC-BY-SA-4.0

 同じ時期にアメリカ合衆国では、別のアフリカのゴスペル曲が話題になっていた。ナイジェリア人歌手スィナッチの〈Way Maker〉である(13)。彼女は、いろいろと批判を受けているナイジェリアの牧師、クリス・オヤキロメ氏(カルト的偏向が特に非難されている)が設立した福音派教会である「キリスト大使館」の合唱団出身で、この曲は教会のレーベルLoveworldから2015年末に発売された。4年後、アメリカの白人キリスト教徒の歌手マイケル・W・スミスにカヴァーされて、〈Way Maker〉は(14)、コロナ・ウイルスの世界的蔓延の中、癒やしの曲になった。それと同時に、アメリカ音楽産業のバイブル、ビルボード誌で、キリスト教歌曲部門の1位を占めた最初のメイド・イン・ナイジャ(ナイジェリア)のゴスペル曲となった。そして、国際的ヒットの3つめは、[10年以上も前に作られた]〈Comment ne pas te louer〉[原題の意味は「あなたをほめたたえずにはいられない」](15)がSNSで爆発的に話題になったことである。この曲は、カメルーン出身のベルギー人で、聖霊布教会の聖職者であるオーレリアン・ボレヴィス・サニコの作曲で、今年初め、ヨーロッパの隅々まで圧倒的な人気を博したカトリック歌曲となった。

 この3曲は、メディア・グループAudiovisuel Trace TVが2015年に開設したチャンネルであるTrace Gospelで何度も放送され、「フランス語圏アフリカのメンタリティの縛りを破り、自分たちの勢力圏に留まっていてはいけないと理解させることになりました」と、アビジャン在勤の番組編成者、カーティス・ブレイ氏は指摘している。「これまで私たちは実際のところ、英語話者に比べると、まったく保守的で伝統主義的でした。宗教音楽は教会でしか聴くことができませんでした」と彼は続ける。今では、ますます多くの、回心した若いフランス語話者のキリスト教信者が「自分の神への愛だけでなく、ミサを離れたコミュニティの中にあるアーバン・ミュージックへの情熱を正しいものだと認めることができる」この新しい考え方に従うようになってきているとブレイ氏は見ている。ブレイ氏はまた、「音楽クリップでわかるように、フランス語ゴスペルは明らかにプロフェッショナル化」しているとも指摘している。2019年、コンゴ人歌手、デナ・ムワナの〈Souffle〉[原題の意味は「いぶき」](16)のために制作されたクリップは、英語圏で制作されたクリップに比べても、まったく遜色がない。「目には見えないことを/聴くことができないことを/神の霊よ、あなたは知っている/そうあなたは知っている……」


デナ・ムワナ photo by Missionnaire2013, CC-BY-SA-4.0

 このデナ・ムワナは、モータウン・ゴスペル・アフリカのサポートを受けた最初のフランス語話者アーティストのひとりである。コンゴの福音派教会の合唱団で名を高めた後に、Happy Peopleレーベルと契約した[この契約を継続しつつ、モータウン・ゴスペル・アフリカのサポートを受けている]。このレーベルは、彼女の夫のミシェル・ムタリ氏が、モバイル決済サービスのマネージャーを経験した後、Canal+ Afriqueのセールス・ディレクター を経て立ち上げたもので、そのLinkedIn[ビジネス向けSNS]のページによると、「キリスト教の文化活動・感化活動の企画・実行に特化している」としている。ムタリ氏によれば、「新しいゴスペルにはふたつの目的がある。福音伝道と、アーティストが自分の才能によって生活することを可能にすることである」。アビジャンのゴスペル音楽業界に端的に表れているように、今やMP3のシステム、すなわち、3カ月ごとに1曲発表する、ということが大切である。


Femua15開会式のKSブルーム photo by Aristidek5maya, CC BY-SA 4.0

 コートジボワールの経済の中心地アビジャンでは、キリスト教ラップを歌う売出し中のラッパー、スレイマン・コネ、別名KS・ブルームが「人々を神の御許に導く(17)」ために歌っている。彼は2017年に「万物の創造主」と出遭ったという。それ以来、2021年に発表されたアルバム『Allumez la lumière』[原題の意味は「光をともせ」]とシングル曲〈C’est Dieu〉[原題の意味は「 神がお始めになった」](18)の発売にも支えられて、彼の人気は急上昇した。昨年の夏には、フランスの一般メディアの注目は集めなかったが、カジノ・ド・パリ[コンサート・ホール]を満員にした。4月の終わり、マジック・システム(19)のリーダー、サリフ・トラオレが創設したコートジボワールのFemua フミュア(アヌマボ・アーバン・ミュージック・フェスティバル)の第15回フェスティバルで、KS・ブルームはラッパーのブーバ(20)と並んで、出演者の一角を占めた。この26歳の若いアーティストの航跡には、コートジボワールの音楽シーン「クーペ=デカレ[ダンス・ミュージックのひとつの流れ]」の離脱者の驚異的な成功を見ることができる。多くの者が2019年8月のDJ アラファト(21)の事故死の後、[彼がいなくなった]クーペ=デカレから離脱して、それぞれ国内に4千ある福音派教会のひとつへと戻っていったのだった。

 新しい世代の出現があっても、新しいゴスペルも仲間内の足の引っ張り合いや意見の対立から免れているわけではない。「気をつけていなければ」とコンゴ人のキリスト教徒のラッパー、エル・ジョルジュ(22)は2022年7月に警告している。「キリスト教徒のアーバン・ミュージックは[主流のアーティストの模倣となってしまって]実のないものになってしまうだろう……。もしアーバン・ミュージックを通して神に仕えるように神が本当に君を呼んでいるのなら、君は同様に、独創性を発揮するビジョンももっているはずだ。独創性を伸ばせ(23)

 救世軍の一員で、ジンバブエのゴスペルの父である80歳のギタリスト、マカニック・マニエルーケ(24)は、これまでに約30のアルバムを出してきた。その彼は独創性をどう伸ばすかという問いを自らに問うたことはない(25)。「歌っている内容に自分が納得できているかだけが重要です」と、2018年に彼は説明している。若い人への彼のアドバイスはどういうものか? 「神を信じて、罪を犯さぬよう立派に行動しなさい。私たちが今日生きている世界は、まったくのところ、誘惑に満ちています」。今やそのひとつに、神を賛える歌を歌うことで財産を築くことができるという誘惑がある。

出典:ル・モンド・ディプロマティーク日本語版9月号

(1) Janet Topp Fargion, «The Ransome-Kuti dynasty », The British Library, janvier 2016. [このサイトで〈Jesu olugbala ni mo f’ori fun e〉(「 われは救世主イエスに身を捧ぐ」)を聴くことができる]
(2) [訳注]Fela Ransome-Kuti - Shuffering and Shmiling https://youtu.be/kjEObOMRJJE
(3) [訳注]nouchi:コートジボワールで主に若者によって用いられている、ジュラ語・マリンケ語・フランス語が混交した言葉。ラルース仏語辞典による。
(4) Darren Taylor, « In South Africa, Gospel Music Reigns Supreme », VOA, 8 octobre 2015.
(5) [訳注]Soweto Gospel Choir https://youtu.be/fjiVG1QKZJs
(6) [訳注]Benjamin Dube https://youtu.be/jkAcQs39fuA?list=RDcs0mtACUd58
(7) ヨハネスブルクのメソジスト宣教団がもつ学校の合唱団のために、教員のエノック・ソントンガが1897年に作曲した〈Nkosi Sikelel’ iAfrika〉(神よ、アフリカに祝福を)は、アフリカ民族会議(ANC)の賛歌となり、[アパルトヘイト反対運動の中でさかんに歌われ]のちに新生南アフリカのふたつの国歌のうちのひとつとなった。
(8) Murray Stassen, « Universal Music Africa and Motown Gospel sign superstar South African music group joyous celebration », Music Business Worldwide, 19 mars 2021. [Joyous Celebration - Ndenzel’ Uncedo Hymn 377 https://youtu.be/g-4QAtOrIoA]
(9) [訳注]モータウン・グループはユニバーサル・ミュージックの傘下にある。
(10) [訳注]Master KG - Jerusalema [Feat.Nomcebo Zicode] https://youtu.be/fCZVL_8D048
(11) [訳注]Jerusalema Dance Challenge https://www.youtube.com/watch?v=mdFudLPyqng
(12) [訳注]Master KG - Jerusalema Remix [Feat. Burna Boy and Nomcebo] https://youtu.be/9-RhCvYpxqc
(13) [訳注]Sinach - Way Maker https://youtu.be/QM8jQHE5AAk
(14) [訳注]Michael W. Smith - Way Maker https://youtu.be/iQaS3KudLzo?list=RDiQaS3KudLzo
(15) [訳注]Aurélien Bollevis Saniko - Comment ne pas te louer https://youtu.be/Wv_KsPW0tIY
(16) [訳注]Dena Mwana - Souffle https://youtu.be/NM-eXztJFc4
(17) « En Côte d’Ivoire, l’engouement pour le rap chrétien », Radio-France Internationale, 30 avril 2023.
(18) [訳注]KS Bloom – C’est Dieu https://youtu.be/m0N965nXmXY
(19) [訳注]Magic System - Anoumabo est joli https://youtu.be/oPK3-ogvAqI
(20) [訳注]Booba - Préstation Femua 15 Abidjan 2023 https://youtu.be/XRDes6dEipU
(21) [訳注]DJ Arafat - Ça va aller https://youtu.be/SfMd87D16a8?list=PLuD1V5DZjZV7uoReuPNyF2e1jPhbbWe3e
(22) [訳注]El Georges – Jubiler https://youtu.be/9l7fW_A9k2c
(23) « El George[sic] agacé par les artistes urbains qui imitent Tayc, Hiro», Infos Urbaines, 19 juillet 2022.
(24) [訳注]Machanic Manyeruke - Madhimoni (“Demons”) https://vimeo.com/452912642
(25) Sur cette figure zimbabwéenne, on peut voir Machanic Manyeruke : The Life of Zimbabwe’s Gospel Music Legend, de James Ault, https://jamesault.com

PJ Harvey - ele-king

PJハーヴェイのいくつもの声

 2001年、PJハーヴェイはロックの女神としての絶頂期を迎えていた。前年にリリースされた『Stories from the City, Stories from the Sea』は、これまででもっとも洗練された、理解を得やすいアルバムとなり、1998年の緊張感をはらんだ『Is This Desire?』でつきまとわれた暗い噂を一掃するような自信に満ちた一撃となった。その年の9月にマンチェスター・アポロでのハーヴェイのライヴを観たのは、彼女がマーキュリー賞を受賞してから数週間後のことで、私がこれまでに観た最高のロック・ギグのひとつとなった。ラジオ向きの、煌びやかな加工がされていない “This Is Love” や “Big Exit” のような曲は、より記念碑的に響き、まるで彼女がブルース・ロックの原始的な真髄にまで踏み込み、マッチョ的な要素や、陳腐なエリック・クラプトンのような、このジャンルにありがちなものすべてが刈り取られたかのようだった。

 だが、そのショウは、ほとんどウィスパーといえるほどの小声で始まった。ハーヴェイは単独でステージに上がり、ヤマハの QY20 でのハーモニウム風の伴奏に合わせ、子どものような、物悲しいメロディを歌った。私はその曲を判別できなかったが、サビのコーラスに差しかかると、客席でクスクス笑いが起こった。バブルガム・ポップのグループ、ミドル・オブ・ザ・ロードの1970年のヒット曲 “チピ・チピ天国” の有名なリフレイン「Where’s your mama gone? (あなたのママはどこへ行ったの?)」をとりあげたからだ。ポリー・ジーンにはユーモアのセンスが欠如しているなんて、誰にも言わせない。

 昨年リリースされたコンピレーション『B-Sides, Demos & Rarities』を聴くまで、このことはすっかり忘れていた。“Nina in Ecstasy 2” は、『Is This Desire?』のセッションで録音され、結果的には「The Wind」のB面としてリリースされたものだ。当時は珍品のように見做されていたに違いないが、この曲はハーヴェイの、その後のキャリアの方向性を示す初期におけるヒントだったのではないかと思い当たった。この曲で使われた、浮遊感のある、ほとんど肉体から切り離されたような儚い高音域の声は、2007年の『White Chalk』や、2011年の『Let England Shake』などのアルバムで再び使われた種類の声だ。さらに、今年の『I Inside the Old Year Dying』でも聴くことができる。この作品をハーヴェイのフォーク・アルバムと呼びたい衝動にかられるものの、それは、私がこれまでにまったく聴いたことのないフォーク・ミュージックなのだった。

 熟練したアーティストが、自分の強みを離れたところで新たな挑戦をするのには、いつだって心惹かれる。彼女のレコード・レーベルにとってみれば、『Stories from the City, ~』の路線を継承し、クリッシー・ハインド2.0へと変化を遂げてほしかったことだろう。だが、彼女は2004年に、セルフ・プロデュースしたラフな感じを楽しむようなアルバム『Uh Huh Her』 を発表した。アートワークは、セルフィ(自撮り写真)と自分用のメモをコラージュしたもので、そのひとつには、「普通すぎる? PJHすぎる?」との文字があり、彼女の創作過程を垣間見ることができる。「曲で悩んだら、いちばん好きなものを捨てる」という一文は、ブライアン・イーノとペーター・シュミットの「オブリーク・ストラテジーズ」のカードからの引用ではないかとググってしまったほどだ。

 ハーヴェイにとって「いちばん好きなもの」とは、彼女自身の声、あるいは少なくとも彼女の初期のアルバムで定義づけられた生々しい、声高な叫びを意味するのではないか。それは、驚くべき楽器だ。1992年のデビュー作『Dry』のオープニング・トラック “Oh My Lover” を聴いてみてほしい。歌詞はかなり曖昧なトーンで書かれているのに、彼女の歌声には驚くべき自信とパワーが漲っている。このアルバムと、それに続く1993年のスティーヴ・アルビニによる録音の『Rid of Me』にとって効果的だったことのひとつは、荒涼としたパンク・ブルースのおかげで、ヴォーカルに多くのスペースが割り当てられたことだった。ハーヴェイの喉の方が、当時のグランジ系が好んで使用したディストーションの壁よりも、より強力だったのだ。1995年の豊穣なゴシック調の『To Bring You My Love』では、彼女は自分の声をさらに先へと押し出し、BBCスタジオでの “The Dancer” のパフォーマンスでは、ディアマンダ・ガラスとチャネリングしているかのように聴こえたし、そう見えた。実際に彼女は自身の声の形を変える実験も始めていた。最近のNPRとのインタヴューでは、プロデューサーのフラッドに、閉所恐怖症的な “Working for the Man” の録音の際、毛布をかぶされ、マイクを喉に貼りつけて歌わされたことを回想している。

 10枚のソロ・アルバムと、長年のコラボレイターであるジョン・パリッシュとのデュオ・アルバム2枚というハーヴェイのディスコグラフィを貫く共通項は、おそらく、頑なに繰り返しを拒んできたことだろう。多くのアーティストが同じことを主張しがちだが、ハーヴェイは暴力的なほどの意志の強さでこれを貫き、デイヴィッド・ボウイと匹敵するほど、自分をコンフォート・ゾーン外に意図的に追いやってきた。『White Chalk』では、ギターを、ほとんど弾くことのできないピアノに替え、元来の声域外で歌った(彼女は当時のKCRWラジオのインタヴューで「多分、自分が得意なことをやりたくなかっただけ」と語っている)。歌詞においても、それまでの自分には、手に負えないだろうと思うようなテーマに努力して取り組んでいる。『Let England Shake』は主にオートハープを使って作曲されたが、第一次世界大戦の歴史を考慮に入れて、自らをある種の戦争桂冠詩人に変身させた。2016年の『The Hope Six Demolition Project』 では、写真家のシェイマス・マーフィーと世界中を旅した経験から、現代政治と外交政策の意味を探ろうと試みた。

 『I Inside the Old Year Dying』は、もうひとつの、ドラマティックな変化を示している。この作品は、2022年に出版された、彼女の生まれ故郷のドーセット地方の方言で書かれた長編の詩集『Orlam』が進化したもので、歌詞カードには、曲を彩る難解な言い回しの意味の説明の脚注が付いている。「wilder-mist(窓にかかった蒸気)」、「hiessen(不吉な予感)」、「femboy(フェムボーイ=少女のような少年)」、「bedraggled angels(濡れた羊)」などだ。それらの言葉の馴染みのなさは、音楽にも反映され、音楽の元の素材から連想できるようなフォークの作風は意識的に避けられている。ハーヴェイはこのアルバムを、パリッシュとフラッドというもっとも信頼するふたりのコラボレイターに加え、フィールド・レコーディングをリアルタイムで操作した若手のプロデューサー、アダム・バートレット(別名セシルとして知られる)と共に制作した。フラッドは、より伝統的な楽器編成を古風なシンセサイザーで補い、「sonic disturbance(音波の攪乱)」としてもクレジットされている。これは、温かいが、尋常ではない響きのアルバムであり、ハーヴェイの成熟した作品を定義するようになった、どこにも分類することのできないクオリティを保っている。この音楽は、時間や場所を超えて存在するようなものではあるが、彼女にしか創り得なかったものなのである。

The many voices of PJ Harvey

written by James Hadfield

In 2001, PJ Harvey was at the peak of her rock goddess phase. “Stories from the City, Stories from the Sea,” released the previous year, had presented her slickest, most accessible album to date – a confident blast to dispel all the dark rumours that had accompanied 1998’s fraught “Is This Desire?”. The show I saw her play at the Manchester Apollo that September, just weeks after winning the Mercury Music Prize, was one of the best rock gigs I’ve ever seen. Without their radio-friendly production gloss, songs like “This Is Love” and “Big Exit” sounded even more monumental, as if she was tapping into some primal essence of blues rock, shorn of all the macho, Eric Clapton cliches you’d normally associate with the genre.

Yet the show had started almost at a whisper. Harvey took the stage alone and sang a plaintive, childlike melody, over a harmonium-style accompaniment played on a Yamaha QY20. I didn’t recognise the song, but when she reached the chorus, a chuckle rose from the audience: she’d lifted the “Where’s your mama gone?” refrain from “Chirpy Chirpy Cheep Cheep ,” a 1970 chart hit by bubblegum pop act Middle of the Road. Let nobody say that Polly Jean doesn’t have a sense of humour.

I’d forgotten about this until I heard the song again on the “B-Sides, Demos & Rarities” compilation, released last year. “Nina in Ecstasy 2” was recorded during the sessions for “Is This Desire?” and ended up getting released as a B-side to “The Wind.” It must have seemed like a curio at the time, but in retrospect it strikes me as an early hint of where Harvey would head later in her career. The voice she used on that song – floating, almost disembodied, delivered in a fragile higher register – is one that she would return to on albums such as 2007’s “White Chalk” and 2011’s “Let England Shake.” You can hear it again on this year’s “I Inside the Old Year Dying,” which I’m tempted to call PJ Harvey’s folk album, except that it doesn’t sound like any folk music I’ve heard before.

It’s always striking to hear an accomplished artist play against their strengths. Harvey’s record label probably would have loved her to continue on the trajectory of “Stories from the City…,” morphing into Chrissie Hynde 2.0. Instead, she delivered 2004’s rough, self-produced “Uh Huh Her,” an album that seemed to revel in its imperfections. The artwork, a collage of selfies and notes-to-self, offered glimpses into her creative process. “Too normal? Too PJH?” reads one of the notes. “If struggling with a song, drop out the thing you like the most,” reads another – a quote that I had to Google to check it wasn’t actually from Brian Eno and Peter Schmidt’s Oblique Strategies cards.

For Harvey, “the thing you like the most” can mean her own voice – or at least the raw, full-throated holler that defined her earlier albums. It’s a formidable instrument: just listen to “Oh My Lover,” the opening track on her 1992 debut, “Dry.” There’s a startling confidence and power in her delivery, even as the lyrics strike a more ambiguous tone. Part of what made that album and its 1993 follow-up, the Steve Albini-recorded “Rid of Me,” so effective was that their stark punk-blues left so much space for the vocals. Harvey’s larynx was more powerful than the walls of distortion favoured by her grunge contemporaries. On 1995’s lushly gothic “To Bring You My Love,” she pushed her voice even further: in a BBC studio performance of “The Dancer,” she sounds – and looks – like she’s channelling Diamanda Galas. But she had also begun to experiment with altering the shape of her voice. In a recent interview with NPR, she recalled that producer Flood recorded the claustrophobic “Working for the Man” by getting her to sing under a blanket with a microphone taped to her throat.

If there’s a common thread running through Harvey’s discography – 10 solo albums, as well as two released as a duo with longtime collaborator John Parish – it’s a stubborn refusal to repeat herself. Plenty of artists claim to do this, but Harvey has shown a bloody-mindedness to rival David Bowie, deliberately forcing herself out of her comfort zone. For “White Chalk,” she switched from guitar to piano – an instrument she could barely play – and sang outside her natural vocal range. (“I just didn’t want to do what I know I’m good at, I guess,” she told an interviewer on KCRW radio at the time.) Lyrically, too, she has made a deliberate effort to engage with themes that had seemed out of her grasp. “Let England Shake” – written mostly on autoharp – found her transformed into a kind of war laureate, reckoning with the history of World War I. 2016’s “The Hope Six Demolition Project” attempted to make sense of modern politics and foreign policy, based on her experiences travelling around the world with photographer Seamus Murphy.

“I Inside the Old Year Dying” marks another dramatic shift. It evolved from “Orlam,” a book-length poem that Harvey published in 2022, written in the dialect of her native county, Dorset. The lyric sheet comes with footnotes explaining the meanings of the arcane terms that pepper the songs: “wilder-mist” (steam on a window), “hiessen” (a prediction of evil), “femboy” (a girly guy), “bedraggled angels” (wet sheep). The unfamiliarity of the language is mirrored by the music, which consciously avoids the folk idioms which the material would seem to encourage. Harvey created the album with Parish and Flood, two of her most trusted collaborators, along with the younger producer Adam Bartlett (otherwise known as Cecil), who supplied field recordings that were manipulated in real-time. Flood complemented the more traditional instrumentation with archaic synthesisers, and is also credited for “sonic disturbance.” It’s a warm but also uncanny-sounding album, with an unplaceable quality that has come to define Harvey’s mature work. It’s music that seems to exist out of time, out of place, but could only have been created by her.

Tirzah - ele-king

 ティルザの格好良さは、そりゃあ、いろいろある。何気にトリップホップを更新し、R&Bにさりげなく前衛を持ち込んでみせるところとか。彼女が、派手なメイクや衣装やリリース前の政治発言なんかで自己アピールすることはない。なにせ昨年リリースしたリミックス・アルバム『Highgrade』のアートワークは洗濯物が入った洗濯機だった。これはセカンド・アルバム『Colourgrade』の裏ジャケットから来ているわけで、ぼくが所有しているアナログ盤のインナーには、さらに生活感がにじみ出ている台所(あるいは女性の居場所は台所という父権社会へのアイロニー)の写真がデザインされていると、つまりこれはもう、彼女にとっては人生が実験であり政治であり前衛であるべきものだという、フルクサス的なことなのだ、とぼくは勝手に思っている。ミカ・リーヴィ、そしてコビー・セイ、あるいはディーン・ブラントといった、女性とブラック・ブリティッシュが彼女の音楽仲間であることも、現代の新しい物語にリンクしていると言えるんじゃないだろうか。
 そうそう、ちゃんと紹介しなかったけれど、昨年のリミックス・アルバム『Highgrade』も良かった。リミキサーが超豪華で、アルカにロレイン・ジェイムス、天才肌のアクトレスラファウンダ、ウー・ルー、スピーカズ・コーナー・カルテット、期待のAnja Ngoziや新作が待ち遠しいスティル・ハウス・プランツ……とか(三田さんはアクトレスのリミックスがいちばんだね、と言ってたな)。で、それに続いて早くも3枚目のアルバムが配信のみとはいえ、こんなに早く聴けるとは望外の喜びである。そう、喜びではあるのだが、しかし『trip9love...?』は微笑みかけるような種類の音楽ではない。むしろ、人生が必ずしも自分の思うようにはうまくいかないということ、あるいは、自分がほんとうにいちばん欲しいものこそ手にすることができないというザ・スミス的なその空しさ、そして諦め切れなさに焦点が当たる。
 そこでは「時間」がひとつのキーワードだ。「時間は存在しない」というイタリアの物理学者の本が数年前に流行ったけれど、ティルザの「時間」は物理学では計れない感情的な時間だ。時間はないし、時間はある。しかしやはり時間はない。

費やした時間は必要のない時間だった
“Promises”

嘘だと思いながら、時間をかける
君を連れ戻すよりは近いだろう
君のガラクタ、時間のかけら
間違いを数え、領収書を保管する
“u all the time”

 にべくもなく魅力的というか、『trip9love...?』は冷たい月夜の美しさにも似ている。ここには、これまでのティルザ作品にはなかった、荒々しさもある。前作にもあった攻撃性と甘美さ、冷たさと愛とのコントラストはここにもある。ただ、今回はよりダークだし、ややもすればハードで、不協和音があって、しかし陶酔的だったりもする。ひずんだリズムの“F22”、そして続く“Promises”、さらに続く“u all the time”……まず最初の3曲がキラー過ぎる。サウンド面での協力者は今作もミカ・リーヴィだが、『trip9love...?』は過去2作よりもラフな音響で、ギター・ループがフィーチャーされ、トリップホップというよりはヒップホップ化したコクトー・ツインズというか、インディ・ロックの暗いムードの疾走感に近い。その寒々しいテクスチャーを後ろに歌われるソウルフルな“their love”のなんと美しいことか。

彼らの愛はただの夢
失うのは愛だけ
“their Love”

 ティルザとミカは、1年のあいだ互いの家を行き来しながらレコーディングをし、本作を完成させた。壊れたピアノとひずんだ機械音に溶け込むスウィートな歌声は“today”という曲となり、トラップめいたリズムとインダストリルの洪水に、ちょっとグルーパー風の彼女のメランコリーが立ち上がるのは“stars”という曲だ。ディストーション・ギターが唸りをあげるMBV風の“2 D I C U V”も悪くないが、静寂のなかティルザが自由に歌っている“6 Phrazes”のほうがおそらく光っている。しかし、最後の曲“nightmare”の歌詞におけるよるべない気持ちと、サウンドにおけるヴェルヴェッツ風の冷たさを聴いたら、テュルザがこのアルバムを生ぬるい感情におさめるつもりなどさらさらないことを思い知るのだ。

時は過ぎ去り/語られないことの多く/ とても近い
私は知らない /私がもっているすべてのこと
君はもっている/いま時間がある、抱きしめる時間
時間がない、語られないことの多く、近い、とても近い
君の愛をもっと見せてくれないか
“nightmare”

Christopher Willits & Chihei Hatakeyama - ele-king

 およそ20年にわたり〈12k〉や〈Ghostly International〉といったレーベルからリリースを重ねてきたエレクトロニカ~アンビエント作家のクリストファー・ウィリッツテイラー・デュプリー坂本龍一とのコラボでも知られる彼だが、このたび2019年以来となる来日公演が決定している。今回の公演では最新アルバム『Gravity』からの楽曲に加え、未発表の新曲も披露する予定とのこと。岐阜・大禅寺と神田・POLARISでの2公演、いずれも畠山地平との共演だ。この秋注目のアンビエント・ライヴのひとつ、見逃せません。

 ちなみに、10月20日発売の別エレ最新号『アンビエント・ジャパン』には畠山地平のインタヴューを掲載しています。ぜひそちらもチェックを。

Christopher Willits – Japan Live Performances – October 2023

クリストファー・ウィリッツの2019年以来となる来日が決定致しました。昨年Ghostly Internationalから最新アルバム『Gravity』をリリースしましたが、そこからの楽曲に加え、未発表の新曲も披露する予定です。
また、日本での公演は、複数のアルバムで共演した故・坂本龍一氏の友情と指導に捧げられているとのことです。

2004年の初来日イベントから、ウィリッツは日本で熱心なリスナーの支持を集めてております。彼の日本への愛と尊敬は、天河寺、伝書会館、大島洞窟、坂本さんとの複数のコラボレーションなど、これまでの公演で示されているように、心からの生涯の旅路です。

Christopher Willits – Japan Live Performances – October 2023

▶︎7th October @DAIZENJI Gifu

▶︎14th October @POLARIS Tokyo

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LISTENING IN THE TEMPLE
『大禅寺でリスニング』

日程:10月7日(土)
会場:岐阜・大禅寺

時間:17:00 – 21:00
料金:ADV ¥5,500

LIVE:
Christopher Willits
Chihei Hatakeyama

チケット:https://listening-in-the-temple.peatix.com/

クリストファー・ウィリッツと畠山地平のライブセットによる世界最高峰の没入型アンビエント・ミュージック・イベントを岐阜県の歴史ある大禅寺で体験しませんか?

この魂の癒しとなるイベントは、大禅寺住職の根本一徹紹徹上人の指導による瞑想で調和のとれた夕べのはじまりを迎えます。畠山地平につづきクリストファー・ウィリッツの上演は彼の親愛なる友人である坂本龍一氏へのトリビュート・ライブパフォーマンスを披露。両公演とも、原音に忠実な四音没入型サウンドで、深遠なリスニング体験に最適な音の聖域を作り上げることでしょう。

ライブ終了後には、軽食を囲んで談話などのために集まります。この親密なイベントが、みなさんとのつながりや絆を感じるひとときとなることを楽しみにしています。

「やわらかくしなやかなに流れるものは、硬く強固なものに勝る」– 老子

Sponsored by Envelop (https://envelop.us/)

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Christopher Willits / Chihei Hatakeyama

日程:10月14日(日)
会場:POLARIS, Tokyo

時間:OPEN 19:30 / START 20:00
料金:ADV ¥4,000 / DOOR ¥4,500 *別途1ドリンク代金必要

LIVE:
Christopher Willits
Chihei Hatakeyama

チケット:https://polaris231014.peatix.com/view

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CRISTOPHER WILLITS:
クリストファー・ウィリッツ(Christopher Willits)はミズーリ州はカンザスシティ出身で、現在はサンフランシスコを拠点に活動しているミュージシャン/アーティストである。彼は地元カンザスシティのアート研究所で絵画、写真、ビデオ/インスタレーション・アート、サウンド・アートを学んでおり、ミルズカレッジではフレッド・フリス(Fred Frith)やポーリン・オリヴェロス(Pauline Oliveros)に師事し、電子音楽の修士号も取得している。多岐に渡るその活動はコンポーザー、プロデューサーに留まらず、フォトグラファー、フィル ムメイカー、システム・デザイナーにまで及ぶマルチぶりだ。電子音楽とギターを融合させるスタイルのパイオニアであり、自身が作成したソフトウェアを駆使 して、複雑に練り込まれたパターン、テクスチャー、ハーモニーなどで彩り豊かな視聴覚パフォーマンスをみせ、音と光が重なり合い、没入させる独特のサウン ドを構築している。それはかつてピッチフォークに「ギターでペイントをしているようだ」、Nownessに「魅惑的で複雑なエレクトロニック・サウンドス ケイプ」と称された。90年代後半から音楽活動を開始し、自身のソロだけでなく、坂本龍一やブルックリンのサウンド・アーティスト、テイラー・デュプリー(Taylor Duepree)等とのコラボ、マトモス(Matmos)とのサブコンシャス・アトラクション・ストラテジーズ(Subconscious Attraction Strategies)、ヘラ(Hella)のドラマーで、先日惜しくも解散したデス・グリップス(Death Grips)のメンバーでもあった、ザック・ヒル(Zach Hill)とブレイクコアのパイオニア的存在、キッド606(Kid 606)とのトリオ編成によるフロッシン(Flossin)などのプロジェクトがあり、これまでに20枚以上の作品をリリースしている。それらは自身の主宰するOverlapをはじめ、テイラーの12K、Fällt、Sub Rosa、Nibble Records、Ache Recordsなど様々なレーベルから発表されており、近年はGhostly Internationalに所属している。2014年には、これまでの集大成とも言えるオーディオ・ヴィジュアル・プロジェクト作品『OPENING』をリリース。そして2017年には『Horizon』、2019年には『Sunset』をリリース。収録曲は数千万再生を記録している。2022年には現時点での最新作である『Gravity』をリリースし、深いリスニングへの意図を持ったスローダウンし、感じ、癒すためのツールだという極上のアンビエント・ミュージックを披露し、幅広いリスナーに支持されている。

畠山地平:
1978年生まれ、神奈川県出身、東京在住の電子音楽家。2006年にKrankyより1stソロ・アルバム『Minima Moralia』を発表。以降、デジタル&アナログ機材を駆使したサウンドで構築するアンビエント・ドローン作品を世界中のレーベルからリリース。そのサウンドはリスナー個々人の記憶を呼び覚まし、それぞれの内的なストーリーを喚起させる。2013年より音楽レーベル『white Paddy Mountain』を主宰。2023年には音楽を担当した映画『ライフ・イズ・クライミング!』が公開。近年は海外ツアーにも力を入れており、2022年には全米15箇所に及ぶUS Tourを敢行した。またマスタリングエンジニアとしても活躍中。

Mike Nogami『METROSCAPE』 - ele-king

 野上眞宏……『風街ろまん』ジャケット用写真や『HOSONO HOUSE』をはじめ、サディスティック・ミカ・バンドや大瀧詠一ほか、YMOのニューヨーク公演など、日本のロックの黎明期である60年代末から70年代の数々のエポックメイキングな作品や現場で撮影をしてきた超ベテランの写真家。1970年代には渡米し、数年間現像所で働きながら撮影したりと、ある意味ビートニクな生き方をしつつ活動してきている。そんなレジェンド級の写真家がいま渋谷で写真展を開いているのだが、これがすごく面白いので紹介します。
 今回の写真展「METROSCAPE」は、2001年から2005年までのニューヨーク(つまり9.11以降のNY)の風景を、8×10のフィルムカメラで撮影した作品が展示されている。「8×10」といってわかる人は昔ながらの編集者かよほどの写真好きになってしまうだろうけれど、20cm×25cmのもっとも大判のフィルムを使った、フィルムカメラの最終到達地点とも言われる超高画質な作品を可能にする、古くて優れた代物である。外に持ち運ぶの決して楽ではないこの大型フィルムカメラによる風景写真は、あらためてデジタルが現実をそっくりに模造することに対して、フィルムが、ベンヤミンのいうように「視覚の無意識」さえも写すことを立証している。いや、ほんと、展示されている大きく引き伸ばされた作品をぜひ見てください。街のぬくもりやそのにおいさえ感じます。写真展は、9月3日まで開催。発見が待ってます。なお、写真集『METROSCAPE / New York City 2001-2005』はOSIRISから絶賛発売中。

■展覧会
METROSCAPE

開催期間:2023年8月22日(火)~9月3日(日)
開催時間:11:30 – 19:00(最終日9/3は17:00まで)
休廊日:8/28(月)
場所:Gallery LE DECO(ギャラリー・ルデコ)
〒150-0002東京都渋谷区渋谷3-16-3 髙桑ビル
https://ledeco.net/?p=19425

■写真集
METROSCAPE / New York City 2001-2005

120 pages, 252 x 279 mm, hardcover.
Japanese and English texts.
Publish August 21, 2023 by OSIRIS Co., Ltd.

Mike Nogami – 野上眞宏
www.mikenogami.com

写真評論家、飯沢耕太郎氏とのトークショウ
@METROSCAPE写真展会場内
ギャラリー・ルデコ 渋谷区渋谷3-16-3高桑ビル4階
8月26日土曜日17時から19時
入場無料


【野上眞宏】
1947 年東京生まれ。1970年立教大学社会学部卒業。1971年に鋤田正義事務所でアシスタントをつとめ、翌年からフリーランスの写真家となる。1974年に渡米、ロサンジェルスに住む。東海岸に移り、ワシントンD.C.、ヴァージニア州アーリントンに住んだ後、1978年、ニューヨークに転居。1985年、グリニッジヴィレッジで写真ラボを開業、1994年まで営業した後日本に帰国。2000年にふたたびニューヨークに戻り、2015年に帰国。現在東京在住。これまでに数多くの個展を開催.。主な著書に『New York-Holy City』(美術出版社/1997)、『Snapshot Diary』(二分冊/ブルースインターアクション/2002)、『Mike Nogami’s Snapshot Diary』(iPADアプリ/2014)、『Shibuya 1999』(Zen Photo Gallery/2016)、『Blue: Tokyo 1968-1972』(Osiris/2018)『ゆでめん』(ミュージック・マガジン社/2021)、『1978アメリカーナの探求』(Osiris/2022)。mikenogami.com

不屈のペーター・ブロッツマン - ele-king

 何年もの間、ペーター・ブロッツマンの来日は、四季の巡りのように規則的で、晩秋の台風が通り過ぎていくかのように感じられたものだった。彼には、どこか自然で率直なところがあり、それは嵐のように吹き荒れる叫びが、やがては柔和でブルージーな愛撫へと代わるような彼が創りだすサウンドのみならず、その存在自体についていえることだった。セイウチのような口髭、シガーをたしなむその印象的な風貌は人目を引き、無意味なことを許さない生真面目なオーラを纏っていた。ブロッツマンは、侮辱などは一切甘受しなかった。

 6月22日に82歳で死去したドイツのサクソフォン及び木管楽器奏者は、そのキャリアの多くの時間を、無関心とあからさまに辛辣な批評との闘いに費やした。若い頃には、ヨーロッパのジャズ界の伝統的なハーモニーと形式の概念を攻撃して憤慨させ、同時代のアメリカのアルバート・アイラ―やファラオ・サンダーズたちよりも先の未知の世界へと自らの音楽を押し進めた。ドン・チェリーが命名した「マシン・ガン」というニックネームは、1968年に発表したブロッツマンの2枚目のアルバムのタイトルとなり、フリー・ジャズの発展を象徴する記念碑的な作品となった。

 最初は自身の〈BRÖ〉レーベルから300枚限定で発売されたこのアルバムは、ヴェトナム戦争やヨーロッパを揺さぶった大規模な抗議活動など、当時の爆発的な雰囲気の世相を反映していた。アルバムではベルギーのピアニスト、フレッド・ヴァン・ホーフ、オランダのドラマー、ハン・ベニンクやイギリスのサクソフォン奏者エヴァン・パーカーを含む、世界のミュージシャンたちがキャスティングされていたが、『マシン・ガン』は明確にドイツという国の、ナチスについての恥とトラウマという過去を標的にしていたようだ。

 「おそらく、それが、このような音楽のドイツとそのほかのヨーロッパの演奏の響きに違いをもたらしているのかもしれない」とブロッツマンは、亡くなる数週間前の6月初旬にディー・ツァイト紙のインタヴューで語っている。「ドイツの方が常に叫びに近くて、より残忍で攻撃的だ」

 その叫びは、今後何十年にもわたり響き続けるだろう。その一方、彼のフリー・ジャズの同僚たちは、若くして死んだか、年齢とともに円くなっていったのに対し、ブロッツマンは以前と変わらぬ白熱した強度での演奏を続けた。それが彼の健康に相当な負担となり、最後の数十年には、生涯にわたって強く吹き続けたことで、呼吸器に問題を抱えるようになった。2012年のザ・ワイヤー誌のインタヴューでは「4人のテナー・サックス奏者のように響かせたかった……。『マシン・ガン』で目指したことを、いまだに追いかけている」と語っていた。

 そのサウンドは、直感的な反応を引き起こすようなものだった。2010年10月に、ロンドンのOtoカフェで彼のグループ、フル・ブラストを聴きに、彼についての予備知識のない友人を連れていった際、演奏開始の瞬間に彼女が物理的に後ずさりをした光景を思いだす。

 しかし、ブロッツマンの喧嘩っ早い大男という風評は、彼の物語のほんの一部に過ぎない。独学で音楽を始め、最初はディキシーランドやスウィングを演奏し、コールマン・ホーキンスやシドニー・ベシェなどのサクソフォンのパイオニアたちへの敬愛を抱き続けた。それらの影響は、『マシン・ガン』でも聴くことができる。ジャン=バティスト・イリノイ・ジャケーのホンキーなテナーや、初期のルイ・アームストロングの熱いジャズなどもそうだ。その凶暴性とともに、ブロッツマンは抒情的でもあり、スウィングもしていたのだった。

 このことは、背景をそぎ落とした場面での方が敏感に察することができるだろう。有名な例としては、1997年にドイツの黒い森にてベニンクと野外で録音した『Schwarzwaldfahrt』があるが、これは彼の生涯のディスコグラフィの中でももっとも探究的で遊び心のあるアルバムのひとつだ。ブロッツマンのキャリアの後期にペダル・スティール・ギタリストのヘザー・リーと結成した意外性のあるデュオも、多くの美しい瞬間を生み出した。彼の訃報に接し、私が最初に手を伸ばしたのは、このデュオにふさわしいタイトルをもつ2016年のアルバム『Ears Are Filled With Wonder(耳は驚きで満たされる)』 で、彼のもっともロマンティックなところが記録されている。

 ブロッツマンは、文脈を変えながら、自身の銃(マシン・ガン)に忠実でいるという特技を持ち合わせていた。そのキャリアを通して、1970年代のヴァン・ホーフとベニンクとのトリオから2000年代のシカゴ・テンテットなど、多数のグループを率いたが、目標を達成したと感じるとすぐにそこから手を引いてしまうのが常だった。2011年にオーストリアのヴェルスでのアンリミテッド・フェスティヴァルのキュレーションを担当した際には、当時の彼の活動の範囲の広さが瞬時にわかるような展開だった。彼はシカゴ・テンテット、ヘアリー・ボーンズとフル・ブラストとともに登場するだけでなく、日本のピアニストの佐藤允彦からモロッコのグナワの巨匠、マーレム・モフタール・ガニアまで、ヴァラエティに富んだミュージシャンたちとのグループで演奏した。(このフェスのハイライトは、5枚組のコンピレーション『Long Story Short』 に収録されており、最初から最後まで聴覚が活性化されるような体験ができるだろう)。

 ブロッツマンの日本のアーティストたちとのもっとも実りの多い関係が、彼自身と匹敵するぐらい強力なパーソナリティを持つ人たちとのものであったのは、至極当然である。私が思い浮かべるのは、灰野敬二近藤等則、羽野昌二そして坂田明だ。彼はまた、若い世代のマッツ・グスタフソンやパール・ニルセン=ラヴなど、彼のことを先駆者としてお手本としたミュージシャンたちをスパーリング・パートナーに見出した。セッティングがどうであれ、中途半端は許されなかった。

 「ステージに立つというのは、友好的な仕事ではない」と2018年のレッド・ブル・ミュージック・アカデミー・レクチャーで、ブロッツマンは語った。「ステージ上は、たとえ親友と一緒だとしても、闘いの場なのだ。戦って、緊張感を保ち、挑戦し、新しい状況が必要で、それに反応しなくてはならない。それが、音楽を生きたものにするのだと思う」

The indomitable Peter Brötzmannwritten by James Hadfield

For years, Peter Brötzmann’s visits to Japan felt as regular as the seasons, like a late-autumn typhoon rolling through. There was something elemental and earthy about him. It wasn’t just the sound he made – a tempestuous roar that could give way to tender, bluesy caresses – but also his presence. He cut an imposing figure, with his walrus moustache and penchant for cigars, his no-nonsense aura. Brötzmann didn’t take any shit.

The German saxophonist and woodwind player, who died on June 22 at the age of 82, spent much of his career battling against indifference and outright vitriol. As a young man, he scandalised the European jazz establishment with his assaults on traditional notions of harmony and form, pushing even further into the unknown than US contemporaries like Albert Ayler or Pharaoh Sanders. Don Cherry gave him the nickname “machine gun,” which would provide the title for Brötzmann’s 1968 sophomore album, a landmark in the development of free jazz.

Initially released in an edition of just 300 copies on his own BRÖ label, it was an album that captured the explosive atmosphere of the times: the Vietnam War, the mass protests convulsing Europe. Although it featured an international cast of musicians – including Belgian pianist Fred Van Hove, Dutch drummer Han Bennink and British saxophonist Evan Parker – “Machine Gun” also seemed to be taking aim at a specifically German target: the shame and trauma of the country’s Nazi past.

“That’s maybe why the German way of playing this kind of music always sounds a bit different than the music from other parts of Europe,” Brötzmann told Die Zeit, in an interview conducted in early June, just weeks before his death. “It’s always more a kind of scream. More brutal, more aggressive.”

That scream would continue to resound through the decades to come. Whereas many of his free-jazz peers either died young or mellowed with age, Brötzmann kept playing with the same incandescent force. This came at considerable cost to his health: during his final decades, he suffered from respiratory problems that he attributed to a lifetime of overblowing. As he told The Wire in a 2012 interview, “I wanted to sound like four tenor saxophonists... That’s what I was attempting with ‘Machine Gun’ and that’s what I’m still chasing.”

It was a sound that provoked visceral responses. I remember taking an unsuspecting friend to see Brötzmann perform with his group Full Blast at London’s Cafe Oto in 2010, and watching her physically recoil as he started playing.

However, Brötzmann’s reputation as a bruiser was only ever part of the story. A self-taught musician, he had started out playing Dixieland and swing, and he retained a deep love for earlier saxophone pioneers like Coleman Hawkins and Sidney Bechet. These influences are audible even on “Machine Gun”: you can hear the honking tenor of Jean-Baptiste Illinois Jacquet, the hot jazz of early Louis Armstrong. For all his ferocity, Brötzmann was lyrical and swinging too.

This was perhaps easier to appreciate in more stripped-back settings. A notable example is 1977’s “Schwarzwaldfahrt,” recorded al fresco with Bennink in Germany’s Black Forest, and one of the most inquisitive and playful albums in his entire discography. Brötzmann’s late-career duo with pedal steel guitarist Heather Leigh – an unlikely combination – also gave rise to many moments of beauty. When I heard about his passing, the first album I reached for was the duo’s aptly titled 2016 album “Ears Are Filled With Wonder,” which captures him at his most romantic.

Brötzmann had a talent for sticking to his (machine) guns while changing the context. He led many groups during his career, from his 1970s trio with Van Hove and Bennink to his Chicago Tentet during the 2000s, but would typically pull the plug on each of them as soon as he felt they had fulfilled their purpose. When he curated the 2011 edition of the Unlimited festival in Wels, Austria, it provided a snapshot of the extent of his activities at the time. He appeared with the Chicago Tentet, Hairy Bones and Full Blast, but also in a variety of other groupings, with musicians ranging from Japanese pianist Masahiko Satoh to Morocccan gnawa master Maâlem Mokhtar Gania. (Highlights of the festival are compiled on the 5-disc “Long Story Short” compilation, an invigorating listen from start to finish.)

It makes sense that some of Brötzmann’s most fruitful relationships with Japanese artists were with personalities as forceful as his own – I’m thinking of Keiji Haino, Toshinori Kondo, Shoji Hano, Akira Sakata. He also found sparring partners among a younger generation of musicians, such as Mats Gustafsson and Paal Nilssen-Love, who owed much to his trailblazing example. Whatever the setting, there was no excuse for half measures.

“Being on stage is not a friendly business,” he said during a Red Bull Music Academy lecture in 2018. “Being on stage is a fight, even if you stay there with the best friend. But you have to fight... You need tension, you need challenges, you need a new situation, you have to react. And that makes the music alive, I think.”

C.E presents Low Jack, Rezzett & Tzusing - ele-king

 ファッション・ブランドC.Eによる最新パーティが9月8日(金)に開催される。ヴェニューはVENT。パリからロウ・ジャック、ロンドンからレゼット、上海/台北からツーシンとなかなかに強力な面子で、これは楽しい一夜になること間違いなしだ。詳細は下記よりご確認を。

[9月4日追記]
 当日、会場限定のTシャツが販売されるとのことです。これは行くしかない!


Aphex Twin - ele-king

 みなさん、7月28日にリリースされたエイフェックス5年ぶりの新作EP「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」はもうお聴きになりましたか?
 まさにそのリリース日である先週末、エイフェックス・ツイン本人だと推定されている「user18081971」なるアカウントが、サウンドクラウドに2曲のトラックを投稿しています。
 タイトルは “Short Forgotten Produk Trk Omc” と “2nd Neotek Test Trac Omc” で相変わらず意味がよくわかりませんが、2006年から07年につくられたもののようです。

 そしてサプライズはつづき、翌29日にはさらなる新曲 “matriarch test 3+Om1 Cass+909 edit1 F6 omc+1” も公開。いったいどれほど曲をストックしているんでしょうね。

 〈Warp〉からの最新EPのほうにも動きがあります。表題曲のオフィシャルMVが、今夜深夜1時(日本時間8月1日1時)に解禁される予定です。MVとしては前回の “T69 Collapse” 以来。手がけるのはおなじみ Weirdcore。もうページは公開されていてカウントダウンがはじまっていますので、1時にそなえましょう。
 最新作「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」の魅力について佐々木渉と編集長が語りあう対談は、こちらから。

Aphex Twin - Blackbox Life Recorder 21f (Official Video)
https://youtu.be/e_Ue_P7vcRE


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