「IO」と一致するもの

Special Conversation - ele-king

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難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。 ——タナカカツキ

変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察すること

ガビン:自分がヨボヨボのじいさんになったときのことは考えたりしますか?

カツキ:ヨボヨボといえば、ちょうど一昨年ぐらいに、オトンが一回死にかけたんですよ。医者からも今夜が山ですと言われ、私も急いで東京から大阪に帰って、身辺整理から祭事場の予約、お墓まで全部買ったんですけど……オトンが復活したんです。

ガビン:奇跡の復活。

カツキ:ただ、死は免れたけど老人なので、すごくヨボヨボでギリギリ歩けるって感じなんですよね。体も脳機能も老化していて、もうすぐ認知症っていう感じはあるんですけど、唯一楽しみにしてるのがおしゃべりの時間なんですよね。だから自分も、年をとってヨボヨボになるのは自然のことだし、もうしょうがないんだけど、おしゃべりを奪われるのは辛いなって。だから、最後までおしゃべりをどれだけずっと続けられるか。友達が大事なんだろうなって思いますね。

ガビン:カツキさんとはこれまでいろいろ仕事もいっしょにしてきたけれど、たいはんの時間はおしゃべりがメインですよね。でも、世のおじさん達はおしゃべりをしてないんじゃないですかね? せいぜい酒場でクダをまくかんじで。でもカツキさん周辺は、おしゃべりが主食ですよね。あと、今では当たり前になったオンラインでのおしゃべりもずいぶん前からやってましたよね。

カツキ:Skypeが潰れるなんてね。本当に感慨深いですよ。

ガビン:Zoomが登場する前はskypeを繋ぎっぱなしでめちゃくちゃおしゃべりをしてましたよね。

カツキ:そう、Skypeで繋いで。同じ仕事をやっているとかじゃなくて、もう本当に雑談で。なんか聞いてほしい話があるからとあらたまって繋ぐわけじゃなくて、当たり前のようにずっと繋いでる。で、繋ぎっぱなしでお互いに仕事をしたり、コーヒーをいれたり、トイレに行ったりとか。もうずっと繋ぎっぱなしだった。

ガビン:2人だけじゃなくてみんなつないでね。うちのスタッフがタイに移住したときもずっとSkypeでつないで、特に会話がなくなってもそのままで「そういえばさあ?」とか話しかける感じの。カツキさんのところは歌を歌ったりギター弾いたりとかしてましたね……。なんせ、東日本大震災のときもね、ワーって大きく揺れて最初にやったのはカツキさんにSkypeを繋いだことだった。

カツキ:あの日は水槽もだいぶ揺れて感電したり。危なかったですよね。

ガビン:震災直後はまだ状況もわからなくて、いつもより大きめの地震だと思ってたというのもあるし、安否確認もあるけど。地震の瞬間におしゃべりチャンスだ! って。

カツキ:あとはやっぱり、皆さんが自宅作業だったことも大きい。Skypeをつけていると図書館に行って自習しているみたいになるんですよね。けっこう気力も持つし。それに部屋の中でずっと作業をしていると、どうしたって空気が重くなる。だけどSkypeでお互いの作業場につないでおくと、風通しがよくなるんですよね。かといって誰かがしゃべっていたり、音が聞こえればなんでもいいわけじゃない。それがたとえばラジオだと、心がザワザワしたりイラッとすることもあるので。

ガビン:「過払い金」の広告とかも耳に入ってくるからね。法務大臣認定司法書士の専用ダイヤルも覚えちゃうし。

カツキ:妙にテンションの高いDJとかも気になっちゃう。だから好きなもの同士が、それぞれのペースでおしゃべりをしたり、しゃべらなかったり、ゆるくいられる空間ということでSkypeを永遠にやっていましたね。我々はおじさんのころからずっとおしゃべりをしてきたよね(笑)。

ガビン:みなさんが想像しているレベルじゃない「おしゃべりおじさん」でしたね。なんといってもカツキさんは、ファミレスを出禁になったりしていますから(笑)。それこそ前さんの本(『死なれちゃった後に』著:前田隆弘)で、朝までファミレスでおしゃべりをしていて、「次はあなたの番ね」と一人で喋らなくちゃいけなくなった瞬間のことが書かれてるけど、あれもカツキさんとか僕とかと一緒にファミレスに行ったときの話ですよね。


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:おしゃべりの話でいうと、この本もガビンさんは言文一致の文体とおっしゃっていましたけれど。老いを観察して文章にするとして、ガビンさんならいくらでも笑わせることに振った文章が書けると思うんですけど、この本はそのバランスがめちゃくちゃすごいなと思って。やりすぎない感じが。

ガビン:ありがとうございます。

カツキ:今は老後を語る本もたくさん出ているけど、その多くは「老いても大丈夫!」と励ますような文脈です。でも、『はじめての老い』はそうしたある種の信仰だったり加齢を賞賛するような文脈ではなく、変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察している。難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。

ガビン:老いを励ましてはいないですからね。

カツキ:だから僕が思ったのは、『はじめての老い』は老いのことが書かれている本なんだけど、まるで伊藤ガビンとしゃべっている感覚なんです。昔の本は、読者と作家ってしゃべっていたんですよ。文章を通して、作家と読者っていうのがちゃんと一本の線で結ばれていた。でも今は、もちろん社会情勢もあるかもしれないけれど、僕が知る限り書店に行って最初に目に入るのは、ビジネス書が平積みされている光景なんですよね。お金や社会的な肩書、自由な時間、人間関係……。“ラベリングされた何か”を確実に得るための実用的な本が、それこそ棚にわーっと並んでいる。別にそういう本を批判するわけじゃないけど、そうした実用的な情報って、別に本じゃなくても得られるんですよね。だからサウナの話にも通じるんですけど、これからは「ガワ」ではない時代がくると思う。みんな、どこかで人の存在を感じたい、誰かとおしゃべりをしたいっていう時代が来ていると思うんですよね。その中にはもちろんこの本の存在があるなと思いますし。

ガビン:あー。これがおしゃべりだと意識してなかったけど、言われてみれば確かに。この本は、老いることへのハウツーではなくただの「おしゃべり」の記録ですね。カツキさんが言ってくれた通り、この本には老化にまつわる悩みを解消するためのハウツー的なものは載っていないんですよね。だから有益な知識やエビデンスとかは期待しないでほしくって。というのも、僕がいま大学にいるってことあって「老いの専門家」だと思われるとそれはそれで困る。だから「大学教授」という肩書が先に出てくるとへんに信用されちゃうし、それは本当に怖い。

カツキ:「老いの偉い人」ではないからね。

ガビン:そう。だからこの本はあくまで自分の体験しか書いてないぞっていうことなんだけど。それで積極的には老いに詳しくならないでおこうと思っているだけど、でも書いていると自然にと情報は集まってきちゃうので。そうすると中には「やっぱりこれはめちゃめちゃ面白いから入れよう」というのは書いて、という感じです。だけど一般書の領域のなかでできること、というのは念頭には置いて書きましたね。
 あとは僕の中では、90年代のことをどう昇華したらいいのかはけっこう考えました。僕は、懐かしいものがそもそも苦手なので、90年代に対する思い入れとかは全然ないんだけど……。今はあの時代のことがあまりにも悪く言われすぎなんじゃないか、とは思います。たとえば90年代は冷笑的な時代で、冷笑=悪くらいの評価ですけど、当時はアレはアレで機能を持っていたとは思う。今はできないですけどね。『はじめての老い』は昭和軽薄体ではないんだけど、やっぱりその文体も自分にとっては強い影響を受けているので。でも今は昭和軽薄体自体がなかったことになってるような……?
 ただ、90年代的なことを露悪的にやろうっていう気は全然なくて、普通にこういうことを考えているということです。

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僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。 ——タナカカツキ

魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。 ——伊藤ガビン

還暦を前に、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな?


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:僕は、この本を読んで私も老いについて話したいと思ったんですよね。今58歳で還暦が目の前なんです。ガビンさんも書いていましたけどそれぐらいの年齢っていわゆる前期高齢者の一歩手前じゃないですか。なのに、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな? と思うんですよ(笑)。昔、思い描いていた還暦の姿はもうちょっとちゃんとしていたはずなのに。見た目と同じくらい心も成熟すると思っていたんですけど。ちゃんとおじいちゃんみたいな気持ちになるんだろうなって。でも現実は全然なってないですよね。

ガビン:なってないですか?

カツキ:だって、おじいちゃんになるとふざけたいと思わないじゃないですか。いや、「思わないだろう」と思っていたんですよ。そもそもおじいちゃんで、ふざけている人をあんまり見てきてこなかったし。でも僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。

ガビン:その話でいうと、数日前、親に会いに行ったんですよね。もうかなり認知症が進んでいるから、僕のことをギリギリわかっているかどうかって感じなんだけど。「一緒に写真撮ろうや」って言って。あとで、ふたりで自撮りした写真を見たらベロだしてふざけた顔をして映っていた。

カツキ:最後はふざけだけが残るんだ。

ガビン:そうなんですよ。ギャグも言っていましたし。その前に会ったときはもう少ししっかりしていて、「仕事は何してるの」「大学の先生をやってるよ」「大学校の先生か、そこで強盗の仕方でも教えてるのか?」って会話があったり。だから人間は、脳が老化して認知機能が低下してもギリギリまでふざけるんだと思って。

カツキ:ふざけている人は老人になってもそこはあんまり変わんないぞ、ってことですよね。そこは聞いておきたかったな。

ガビン:でもやっぱり、全体的にタガが緩んでくるから、いままで自分で倫理的に抑制していた部分が抑制できなくなってきたりするでしょ。そういうのは恐いですけどね。ちなみにカツキさんは理想とする死のイメージはあるんですか? 

カツキ:僕が気になるのはそのとき医療がどうなのかな? って話ですね。

ガビン:あーなるほど。我々はまだ、老衰までにはちょっとあるもんね。この先は安楽死の議論が進んでもうちょっと整備されそうな気もするし。

カツキ:これからは人口統計的にみても死を迎える人数が多くなるし、葬式のバリエーションのような「死のデザイン」も増えてくると思うんです。で、じゃあ自分がどういう風に最後を迎えたいかでいうと、自分が知らない間に死んでいたぐらいがいいなとは思う。ただ、一方でちゃんと死ねるのかな? って。だって、遠くない未来ではアバターみたいな自分の身代わりの出てきそうじゃないですか、「ただ肉体が死んだだけでしょ」みたいな感じで。だから死んだ後も、まるでまだ生きているかのようにアバター版の自分がZoomで喋ることもできそうだなって思うんですよね。そうなったときに、今とは「死」の概念がだいぶ変わっているとは思う。だから理想の死については、テクノロジーによりますね。現実的な話でいうと、モルヒネをいっぱい打ってくれるならそれはちょっと試してみたいと思います(笑)。

ガビン:僕の場合はカツキさんとはまた違って、どっちかというと死を迎える前段階が気になります。自分がかなりヨボヨボになっても、妻はピンピンしていると思うんです。そうなると妻に自分の介護をさせたくはないので、いっそのことホームに入りたい。ただ、気になるのがそうしたときにインターネットはどこの段階で捨てるのかな? ってこと。

カツキ:インターネット問題だ。

ガビン:そう。これはまだ書けていない原稿だけど、細馬宏通さんとかと話していたときに「サブスク老人」っていう言葉が出たんです。たとえば仕事や家、ものなどいろいろ手放したとしても、Spotifyだけあったら音楽は無限に聴けるじゃないですか。だから年金でサーヴィスを継続できると思うんですよね。この先、Wi-Fiさえあればどこでも、お金を使わなくても無限に音楽とか映画が享受できる環境が来るじゃないですか。とすると、え、老人になったらなったで忙しいで! っていう(笑)。

カツキ:仕事を辞めた後も確実に使うしね。

ガビン:そもそも仕事以前に、成人したと同時にインターネットを使い始めているぐらいの感覚があるから。当時はパソコン通信でしたけど。これを手放す時は来るのかな? だとしたらそれって一体いつなんだ? というのは気になる。たとえば80代とかになって、サブスクリプションは使っているはずだけど、はたしてインターネットでコミュニケーションをどれぐらいできているかってのは気になるかな。というのも既に他界している方の話なんですけど、一時期知り合い(当時80代)がFacebook上でどんどん新しいアカウントを作っては僕をフォローしてくるということがあって。たぶん、どれが自分のアカウントなのかわけがわからなくなって新しいアカウントを作っちゃうみたいな。

カツキ:次々作るんだ(笑)。

ガビン:こっちはスパムなのかどうかもわかんないし、うわーってなりますよね。で、家族はきっと心配になりますよね。だからどこかのタイミングでインターネットとのつながりを遮断するってことが起きるのかなと思って。それが外部による遮断なのか自主的返納なのかは気になりますよね。

カツキ:インターネットの返納。

ガビン:スマホに関しては本で書きましたけど(「らくらくホンを買う日を想像する」に収録)、第三者に取り上げてもらわないと危険だなとは思っています。だから、それをいつまでどんな感じでやるのか? 最近はカツキさんとそんなにおしゃべりをできていないですけど、これからはたまにつないでね。おしゃべりができたらと思っていますけど。

カツキ:うん、まだインターネットの返納はせずに。ガビンさんの話を受けて、これから我々が老境に入っていく上でやりたいことは……やっぱり老人ホームを作ることなのかもしれない。

ガビン:独身の友達も多いしね。

カツキ:我々の周りには、ホームを運営できるスキルを持っている人たちもいっぱいいるじゃないですか。それこそ温浴施設を作ることもできるし。おいしい料理があって自分がやりたいことができる環境があって……と考えたら、いまある施設で満足できる場所がないんですよ。だから、いっそのこと我々でホームを作るのかなと思うんですよね。一時滞在もできて楽しかったら家に帰らなくてもいいし、好きなだけ居られるし。仕事を辞めて老境に入り体が衰えても、最後はめちゃめちゃ面白い放課後がずっと続く、みたいな。

ガビン:そうなるとお金をどうにかしなきゃ(笑)。面白ホームに入るお金も必要だね。

カツキ:やっぱり誰でも入れるわけじゃなくて、そのホームに入るためには面白くないとダメですよね。ガビンさんはもう無料でしょう(笑)。

ガビン:無料でいいんですか(笑)。

カツキ:やっぱりサーヴィスできる人は、基本無料ですよ。

ガビン:炎がついた球のジャグリングとかする可能性あるし。

カツキ:あれ老人でやったらダメなんでしょ。

ガビン:魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。

カツキ:絶対にやるでしょ。点滴でオレンジジュースを飲むとか(笑)。 だからやっぱり、ふざけ続けてふざけたまま亡くなるみたいなのもいいけど、まずは生きているうちに、ここに天国(面白ホーム)をつくる。で、天国を作っておいて、逝ったかどうかがもうわかんないの(笑)。

ガビン:死んでも生きていてもどっちも天国に行ける。どっちも一緒っていう。それはたしかに理想的ですね。

カツキ:そう思うと、やっぱり老いって奥深いですね。はじめての老いの後編として、老いへ抗う編もありそう。

ガビン:そう、抗い編はやりたいなと思っています。年とって、「抗えるところ」と「抗えないところ」が明らかになってきていて。たとえば筋肉はけっこう抗えるけれど、そんなに簡単には付かないぞ、とか。知り合いで走りはじめた人は「考え方がめっちゃヤンキーみたいになってきました!」とか言っていて(笑)。

カツキ:筋肉脳になっちゃうってことですかね。

ガビン:そこも興味あるかな。自分はそうはなりたくないなと思いつつも、身体を鍛えているうちに筋肉脳になっていくかどうかみたいなところもすごく興味ありますね。あと、肛門括約筋はどれぐらいキュッとできるんや! みたいな。尿もれに対する抗いとかって興味ないですか?

カツキ:肛門のまわりも筋肉ですからね。たしかに老いへどう抗うのか、抗ったときの観察も面白そう。そもそも、僕は老いを観察すること自体が一種の抗いだと思うんですよ。だって老いを敵とみなしているわけでしょう。昔、私が年齢を上にサバ読んでいたかのように、老いを観ることによって相手をまずしっかり観るということになってるのかなって。

ガビン:あー。ぼくはもう単純にびっくりしてるだけなんですけどね、「あれ?」「え、いまこれ?」っていうことの連続だから。でもまあ、自分に起きていることがなんなのかっていうのは知ろうとはしていますね。

カツキ:完全に抗うことってできないので、基本負けは認めつつも、ランダムにやってくるこの老いをどこまで冷静に見つめられるかなって。急に「こんなん知らんかったわー」っていうよりは、だいぶスロープがなだらかになる。

ガビン:だからこの本は、老いの予習にはいいと思うんですよね。たとえ今読んでピンときてなくても、いつか「あ、あれ? ガビンが言っていたのはこれかぁ」みたいな。本の中で白内障とか緑内障とかの話もちょっと書いたけど(「老いの初心者として、はじめての老眼」に収録)、ほぼみんな発症するものって多いみたいで。手術でだいぶ見え方は改善することができるみたいですけどね。

カツキ:今回は老いに対しての向き合い方で、次は「抗い編」をやるとなると、私的には楽しみですね。

ガビン:まあ大変なのと、時間がかかるんですよね。やりだしてから結果が出るまで。

カツキ:でも、結果は出なくともなにをするかの選択でもすごく面白いと思う。

ガビン:ですかねー。

カツキ:人にとっての抗う方法も違うだろうと思うんですよね。だからガビンさんが老いに抗うために、「これだ!」っていうものを選択するまでの話や道具だったり、向き合い方も検討しがいがいっぱいあるので。そこは広がっているなと思いますけどね。

ガビン:そうですね、続けたいです。

カツキ:続けないと「はじめての老い」も売れないですからね(笑)。「このシリーズなんか続いているな」っていうので読もうと思いますし。

ガビン:シーズン2ね。気長に待っていてください。

(構成:児玉志穂)

タナカカツキ 1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。

LA Timpa - ele-king

 ブライアン・イーノなら、これも「新しいアンビエント・ミュージックだ」と評するだろうか。ナイジェリア出身でトロント育ちのクリストファー・ソエタン(Christopher Soetan)による通算5作目。クラインが『Loveless』をリミックスしたような『IOX』は様々なループを駆使するのはこれまで通りとして、前4作にはないドローンないしはドローン状のサウンドが全編で取り入れられ、さらにはドローンとループを組み合わせたサウンドを縦横に発展させた上でこれまでになくポップへの道筋も見えている。5年前に〈Halcyon Veil〉からリリースされた2作目『Modern Antics in a Deserted Place』が一部で注目され、トリッキー “I’m in the Doorwaye” のリミックスやスペース・アフリカ『Honest Labour』への客演を経て、昨年はクラインのインダストリアル・アルバム『Marked』など彼女の諸作に様々な形でフィーチャーされている。以前からディーン・ブラントと類似性を指摘する声もあり、5作目はロリーナことインガ・コープランドの〈Relaxin Records〉からとなった。

 これまで様々なフォームの曲を展開してきたティンパ・サウンドから5作目全体の雛形となったのは前々作の “Through Mine” や前作の “Spar” 、あるいはドローンをループさせた “Redo(Etching for Walls)” や雑にギターをかき鳴らす “ornary pt.2” もひと役買っているかもしれない。比較的ヒップホップ寄りだった “Through Mine” のテンポをスローダウンさせて黄昏れたロック・サウンドに近づけたのがオープニングの “Pressure (Don't Show On You)” であり、続く “Remain” となる。リズムもかつてなくパーカッシヴで歯切れのいい叩き方に変えているものの、それを凌駕するようにドローンが様々な強度で吹き荒れ、曲全体はどれもドローンによって性格づけが決まっていく。ほとんどの曲にヴォーカルが入っているものの、霞がかかったようなエフェクトがかけられていて1単語も聞き取れない(言葉は重視していないのか、声を楽器として聞かせるというやつか?)。

  “Brought On” が最初の白眉。ふわふわとした雰囲気のつくり方はマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン “Soon” を思い出すとかいうと杉田元一にぶっ飛ばされるかもしれないけれど、この曲はなかでは珍しくドローンを背景に退かせ、シンプルなギターらしき弦のループを際立たせている。ソウル・ミュージックの破片も混ざり込んでいて、コクトー・ツインズ好きを表明していたプリンスが生きていたらいつかたどり着いた……いや。同趣向ながらリズムを逆回転させているのかなと思うのが “Sk (I Let Them In)” と続く “Deceived” で、この辺りはノイ!が溜めの多いファンキー・サウンドを陰気に演奏したらスライのモデル・チェンジになりました的な印象。最初は気持ち悪いのに、だんだんグルーヴィーに感じられてくるからあら不思議で、そういえばインダストリアル・ボディ・ミュージックにブラック・ミュージックのグルーヴを結びつけたのがジェフ・ミルズだったとしたらシューゲイザーにブラック・ミュージックのグルーヴを持ち込んだ例ってなんかあったっけ? A・R.・ケインも違ったよなー。

 自ら編み出した独特の手触りを裏切るようにアグレッシヴなパッセージで幕をあける “Capture” 。これも杉田元一に殴られるのを覚悟で持ち出すのが “Only Shallow” 。このあたりからドローンよりもループの存在感が増してきて、ここではまったく調和の取れていない3つか4つのループが重ねられている。「シュトックハウゼンの捨て曲です」と言われれば信じてしまうかもしれない煩雑さ。雰囲気をコロっと変えてしれっと終わった後は冒頭に帰ったような “Twin Action” へ。雰囲気を自在に操るというのか、なんか手玉に取られている感じ。ここではくっきりとしたスネアの背後でランダムに打ち鳴らされる複数のドラムが前の曲からイメージを引き継ぎ、悲しげなヴォーカルを引き立てもしなければ足を引っ張りもしない。単なるスキゾフレニアック・ポップ。一転して洪水のようなノイズ・ドローンで始まる “Make It Count” は全体的には妙にクールで誰にも憎しみを抱いていないインダストリアル・ミュージック? フェネスやエメラルズを思わせるノイズのネオアコというか、ハーシュ・ノイズがファシズムではなく優しさに包まれる感じを呼び起こす。ここからの展開は杉田元一を狙い撃ちしているかのような構成で、 “We Must Devisen” がまずは “Brought On” のヴァリエーション。やはりシンプルなギターらしき弦のループが前面に押し出され、半透明な空気をゆっくりと撹拌する。イーノのジェネレイト・ミュージックと同じようにループを重ね合わせた “One Too Many” は “Capture” のヴァリエーションで、この発想だけでアルバム・サイズまで拡大させればエレクトロニカの作品となるんだろうけれど、ここから2000年代前半のティム・ヘッカーやイエロー・スワンなどを思わせる長尺のローファイ・ドローン “Living Moment” へと続く。どこかに意識が飛んでいくようなトリップ感覚はまるでなく、どことなく内省的で疲れていない時に聞くとやや退屈。この曲はこの曲順で聞くよりDJでかけていた時の方が数倍カッコよかった印象がある。ちなみにDJはかなりのフリースタイルで、フリー・アドヴァイスとのB2Bでは実験音楽を16で刻みながらレイヤー化し、音の断片でオーケストレーションを編み出していくのが圧巻。最後におまけみたいな “Wish” で、締めるというよりは別な入り口に立っているような終わり方。

 「IOX」というのはオーディオ・インターフェイスのことでしょうか。音を楽しみ、音楽に終始したアルバムという印象で、これまで孤独や環境の変化をテーマにしてきたLAティンパが内なる平和を模索したということか。

BarChitChat - ele-king

 小田急線沿いの新百合ヶ丘といえば再開発された小綺麗な、無菌室のような駅で、そこに住んでいる勤め人くらいしか用のない街といえばそうなのだが、しかし、ワタクシ=野田は、わざわざここまで、宇宙日本世田谷から新百合へと、暗くなる頃に通っていた時期がある。なぜならこの街には、BarChitChatがあるからだ。
 若さは逞しい、そこがどんな場所だろうと、好きなことをやってしまう。誰にも止められやしない……いまから20年ほど前、この店には新種のボヘミアンたちが集まっていて、忌野清志郎が住んでいた70年代の国立はこんな感じだったのではないかと空想させるような空気が流れていたのである。
 というわけで、BarChitChatが年にいちどのパーティをやるので紹介しましょう。せっかくなので、その店主である渕上零にミニ・インタヴューしました。彼が、日本のロック/ポップス史の美しい流れのなかにいることがわかると思います。


21周年おめでとう! ところで、いまさら言うのもなんですが、そもそもレイ君は何者なの(笑)? 昔、ムロケンさんにご紹介いただき、ご機嫌な音楽がかかかっているんでよく飲みにいかせていただいて、そのまま仲良くなってしまいましたが、いったいこの若い店主が何者なのか、いまだによくわかってないので、この機会に教えてください。

渕上零:10〜20代にギタリスト、映画俳優、詩人、写真家、絵。色々やっていて、天才アーティストと名乗っていました。29歳でBarChitChatを始めました。話し出すと長いですが、これからブレイクする直前の人達に出会う事が多い人生でした。

レイ君自身の音楽遍歴は? お母さんがヒッピーだったんだっけ?

渕上零:ヒッピーというわけではないと思うのですが、まわりにそういう大人が多かったとは思います。日本三大フーテンの一人、通称キリストがBarChitChatの看板を組み木絵で作ってくれました。ぼく自身も18〜19歳の頃彼の助手をしていました。赤ん坊の頃からの付き合いでした。また、まわりに伝説のライヴハウス吉祥寺OZを作った人や店長など、裸のラリーズまわりりの大人たちがいましたね。母はサイケデリックライティングを僕が産まれる前にやっていたようです。父は1970年代前半、横浜根岸でロック喫茶をやっていたようです。
産まれた頃から家ではロックやレゲエが流れていました。母はボブ・マーリーのライヴにも行っていましたね。13歳のときにRCサクセションの発売禁止になったアルバム『COVERS』にヤラれて音楽に目覚めました。いまは、オサムちゃん&RC SESSION with梅津和時という清志郎バンドでギター弾いてます。

BarChitChatのコンセプトは? 

渕上零:庶民派Barでありながら、いろいろなことを発信していけるお店でありたいと。そして何より出会いの場。そして想像の場。実験の場でもあると思います。

ぼくが行っていた頃は、東京郊外の(じっさいは川崎?)若いヒッピー的な感性がある子たちが集まっていたような印象なんだけど、それはぼくの勘違い? あんま好きなことじゃないけど、オーガニック系とか? わりとザ・バンドとか、キャロル・キングやジェームス・テイラーのようなSSW、70年代の西海岸(クロスビー、スティルス&ナッシュ、ジョニ・ミッチェルほか)みたいなイメージだったんだけど、最近お店のなかはどんな感じなの?

渕上零:川崎市ですが、反対側はすぐ東京都、こっち側も少し行くと横浜市という川崎の端っこになります。そうですね、ヒッピー感性の人たちも来ますが、最近はHip Hop好きの若い子たちも来てくれます。ジャンルにとらわれず、自分がいいと思う音楽をセレクトしています。ぼく自身は1975年くらいまでの音楽を聴いてきましたが、最近はHip Hopも若い子たちに教わって少し聞くようになりました。

Anniversary Party!のテーマみたいなものは何でしょう?

渕上零:ここ10年くらいは年に一度、ぼくがかつて働いていた横浜の老舗THUMBS UPで開催させていただいているのですが、よそでなかなか一緒にならないような組み合わせですし、BarChitChatでライヴしてくれてるアーティストたちが集います。インディーからメジャーまで様々に。知らなきゃモグリなアーティストを毎年呼んでいます。

いま人気上昇中の井上園子さんについてコメントください。

渕上零:歌う前からBarChitChatに来てくれていたのですが、ある日再会したら、私歌いはじめました! と。そこから毎月のようにBarChitChatで歌ってもらうようになりました。音はカントリー、メロディはポップだけど、歌詞はするどくて尖っていたり、そして文学的。なかなか出てこない才能の持ち主のひとりだと思っています。アニバーサリーでは、毎回トップバッターに光る才能の新人を起用するのですが、20周年の昨年は彼女でした。今年はこの日限りの7人編成です。ぼくもギター弾きます。

最後に、いま現在のChitChatのフェイヴァリット・アルバム10枚を挙げてください。

(順不同)
・松倉如子『パンパラハラッパ 』
・Circles Around The Sun『Interludes For The Dead』
・MARC RIBOT&JAKOB ILJA『17 HIPPIES PLAY GUITAR』
・Fishmans『Long Season』
・ハバナエキゾチカ『踊ってばかりの国』
・La Lom『The Los Angeles League Of Musicians』
・Srirajah Rockers『ENDURO』
・ラブワンダーランド『永い昼』
・ 与世山澄子『Interlude』
・ ADRIAN YOUNGE & ALI SHAHEED MUHAMMAD『JAZZ IS DEAD 011』

ありがとう。じゃ、またビールを飲みに行くよ!

渕上零:久々乾杯しましょう!

 2004年春、アーティスト渕上零が新百合ヶ丘で始めた唯一無二のMusic Bar。 “小さなお店で、大きな奇跡を ” をモットーに。
この春21周年を迎えるBarChitChatで巣立ってきたアーティスト達が集結する。渕上零の古巣THUMBS UPにて、年に一度の祝祭が今年も開催される。

BarChitChat 21st Anniversary Party!

2025.420.Sun.
at 横浜THUMBS UP
【出演者】
✳︎ASOUND
✳︎光風&GREEN MASSIVE
✳︎井上園子楽団
(井上園子/gnkosai/大澤逸人/長尾豪大/西内徹/Chaka/渕上零)

✳︎ F.I.B JOURNAL DUO+2
(山崎円城/沼直也/Guest :Little Woody/ハタヤテツヤ)

✳︎junnos
✳︎禅座DUBNESS
(小林洋太/越野竜太(らぞく)/大角兼作(らぞく) &dub mix)

✳︎ COSMIC JUNGLE
(MONKY/TOMOHIKO HEAVYLOOPER/小林洋太)
DJ:HOMERUN SOUND

VJ:Oshoz

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open15:30 Live16:20

※限定200名
前売4200円/当日5000円

■チケット
⚫︎TEL予約 045-314-8705
⚫︎ネット予約
https://www.stovesyokohama.com/thumbsup/

THUMBS UP
神奈川県横浜市西区南幸2-1-22
相鉄Movil3F

Black Country, New Road - ele-king

 まもなく最新アルバム、新体制となって初めてのスタジオ盤『Forever Howlong』を送り出すブラック・カントリー・ニュー・ロード。嬉しいことに、2023年4月以来となる二度目の単独来日ツアーが12月に決定した。今回は12/8(月)大阪 BIGCAT、12/9(火)名古屋 JAMMIN’、12/10(水)東京 EX THEATERの3公演。新たな音楽性を確立した彼らの現在をその目で確かめにいこう。

Black Country, New Road

ブラック・カントリー・ニュー・ロード、来日ツアー決定!
最新アルバム『Forever Howlong』 は、いよいよ明日発売!

儚さと力強さが共存する唯一無二のアンサンブルで、高い評価と人気を誇るブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下BC,NR)が、待望の3rdアルバム 『Forever Howlong』 を4月4日 (金) に〈Ninja Tune〉よりリリースする。

2010年代後半、南ロンドンのインディー・ロック・シーンの音楽的聖地となっているThe Windmillでブラック・ミディやスクイッドらと共にステージ経験を重ね、The Quietus誌から「世界最高のバンド」と称賛されるまでに成長したBC,NR。2021年のデビューアルバム『For the first time』が全英チャート4位&マーキュリー・プライズにノミネート、翌年の2ndアルバム『Ants From Up There』 は全英3位を記録。そして強固な結束を築き、更なる進化を遂げ成し遂げ、今も語り継がれる全曲新曲で臨んだフジロック/ホワイトステージでの感動のライブを経て、翌2023年には新曲のみで構成されたライブアルバム『Live at Bush Hall』 を発表し、バンドの実力を証明してきた。そして遂に届けられたスタジオ録音の3rdアルバム『Forever Howlong』 で、またしても彼らは新たな音楽的地平へと到達した。タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショーのという女性メンバー3人でほとんどの曲のリード・ヴォーカルとソングライティングを分担し、彼らの豊かな才能と、6人それぞれが卓越したミュージシャンだからこそ生み出せる極上のハーモニーと一体感が楽曲の魅力を最大限に引き出している。

果敢にチャレンジし歩み続ける我らがBC,NRが、遂にここ日本に帰って来る。彼らにとって2度目の単独ジャパンツアー、チケットの確保はお早めに!

Black Country, New Road
JAPAN TOUR 2025

12/08(MON) 大阪 BIGCAT
12/09(TUE) 名古屋 JAMMIN’
12/10(WED) 東京 EX THEATER

OPEN 18:00 / START 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可

INFO:[ WWW.BEATINK.COM] / E-mail: info@beatink.com

【チケット詳細】
前売:8,800円 (税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可

先行発売:
★BEATINK主催者先行:4/5(sat)10:00 → [ https://beatink.zaiko.io/e/BCNR2025] (※限定枚数・先着、Eチケットのみ)
★イープラス・プレイガイド最速先行受付:4/9(wed)10:00~4/13(sun)23:59 → [ https://eplus.jp/BCNR2025/](抽選)

[東京]
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)10:00~4/22(tue)23:59
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)10:00~4/20(sun)23:59

[名古屋]
イープラス ジェイルハウスHP先行:4/14(mon)12:00~4/16(wed)23:59
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)12:00~4/21(mon)23:59
チケットぴあプレリザーブ:4/14(mon)11:00~4/21(mon)11:00
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)12:00~4/21(mon)23:59

[大阪]
イープラス・プレオーダー:4/14(mon)10:00~4/17(thu)23:59
LAWSONプレリクエスト:4/14(mon)10:00~4/21(mon)23:59
ぴあプレリザーブ:4/14(mon)10:00~4/22(tue)23:59
イープラス・2次プレオーダー:4/19(sat)10:00~4/22(tue)23:59

一般発売:4月26日(土)10:00~

[東京]
イープラスLAWSON TICKETBEATINK
INFO: BEATINK 03-5768-1277 www.beatink.com

[名古屋]
イープラス [ https://eplus.jp/BCNR2025/]、チケットぴあLAWSON TICKETBEATINK
INFO: JAILHOUSE 052-936-6041 www.jailhouse.jp

[大阪]
イープラスチケットぴあLAWSON TICKETBEATINK
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 https://smash-jpn.com/

イベント詳細: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883


発売日4/4(金)に世界各国でリスニングパーティーが開催!


アルバムリリースを記念し、世界各国でリスニングパーティーが開催されることが発表され、日本では発売日の4月4日 (金) にBig Love Records (東京) とAlffo Records (大阪) にて開催決定!来場者には特別なBC,NRグッズを詰め込んだグッディーバッグを先着順でプレゼント! 各バッグには、オリジナルのクレヨンや折りたたみ式の塗り絵シート、その他のアイテムが含まれる。

アルバムを聴きながら塗り絵を楽しんでもらい、以下のフォームから写真をアップロードすると、バンドが気に入った作品を選んでBC,NRの公式アカウントから発表される。
https://blackcountrynewroad.os.fan/listening-party-images

Big Love Records
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-31-3 3F-A
日時:4/4(金)18:30~

Alffo Records
〒550-0013 大阪府大阪市西区新町1-2-6 3F
日時:4/4(金)20:30~

本アルバムはタワーヴァイナル渋谷/梅田のマンスリープッシュアイテムに選出に決定!!アルバムリリースから店頭にてコラボポスターが掲出される。

BC,NR待望のニューアルバム『Forever Howlong』は、CD、LP、カセット、デジタル/ストリーミング配信で4月4日 (金)に世界同時リリース。国内盤CDにはボーナストラック「Forever Howlong - Live at The Cornish Bank, Falmouth」が追加収録される。LPは、リサイクル・ブラック・ヴァイナルの通常盤2LPに加え、反転カラーのアートワークを採用したエコ・ジャズ・トランスパレント・ブルーのインディー限定2LPおよび初回生産限定日本語帯付インディー限定2LP、油絵キャンバス風加工を施した箔押しゲートフォールドスリーブ仕様のトランスルーセント・エコ・ジャズ・レッドのコレクターズ・エディション2LPが発売され、コレクターズ・エディション・カセットも発売される。コレクターズ・エディション2LPとコレクターズ・エディション・カセットではオリジナル・バージョンとは異なるトラックリストが採用されている。さらに、国内では原宿BIG LOVE RECORDS限定となるブルー・スパークル2LPも発売される。国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPには、歌詞対訳と解説書が封入され、それぞれ異なるデザインのTシャツ付きセットが発売される。購入者特典として、今作で採用された新しいロゴ・ラバーキーホルダーを先着でプレゼント!


CDセットのTシャツ


LPセットのTシャツ


先着特典:ラバーキーホルダー


BEAT RECORDS / NINJA TUNE
artist: Black Country, New Road
title: Forever Howlong
release: 2025.4.4
TRACKLISTING
01. Besties
02. The Big Spin
03. Socks
04. Salem Sisters
05. Two Horses
06. Mary
07. Happy Birthday
08. For the Cold Country
09. Nancy Tries to Take the Night
10. Forever Howlong
11. Goodbye (Don’t Tell Me) 
12. Forever Howlong - Live at The Cornish Bank, Falmouth *Bonus Track
商品ページ
各種予約リンク: https://bcnr.lnk.to/forever-howlong


CD+Tシャツセット


LP+Tシャツセット


CD


コレクターズ・エディション2LP
(Beatink.com限定)


通常盤2LP


限定盤2LP


カセット

釈迦坊主 - ele-king

 この記事を書くにあたって、釈迦坊主について調べていて驚いてしまった。作品のレヴューらしいレヴューが存在せず、表向きにはほとんど語られていない状況になっているのだ。SNSやYouTubeのコメント欄を見てみても、語りの多くはネタ化されたものばかりで、釈迦坊主という人物は、どこか口承でしかニュアンスが伝えられない奇妙な存在になってしまっている。確かに、彼のリリックやサウンドは意味にも物語にも回収できない断片の集積に近いし、それゆえ、言葉で語ろうとするとかえってその音楽が持つ輪郭がこぼれ落ちてしまう気もする。語りにくいというより、語ろうとすればするほど、感覚がするりと逃げていくようなタイプなのだと思う。とはいえ、「アンダーグラウンドの神」などという安易な枠に押し込んで長らくすませておくのもいかがなものか──だからこそ無粋を承知で、彼の打ち立ててきた偉業を振り返りつつ、およそ7年ぶりとなる(!)アルバム『CHAOS』について書き残しておきたい。

 まず結論から言うと、釈迦坊主のすごさとは「先駆性」である。だからこそ、それは「いま」語られなければならない。彼が切り拓いてきた感性や手法はいまや多くのアーティストが当然のように身につけており、それが当たり前ではなかった時代に、先んじて形にしていたのが彼だったからだ。

 筆頭に挙げられるのは、精神世界とサブカルチャーを結びつけるような美学の展開だろう。アルバム『HEISEI』(2018年)などで表現されていたアンダーグラウンドとスピリチュアルを橋渡しするようなアプローチは、「病み」「闇」「天使」「瞑想」「死生観」といった形に変容したうえで、2020年代のオルタナティヴ・ヒップホップにおいてもはや前提の共有テーマとなっている。しかも彼の場合、自らトラックメイキングを手がけてきたという点も重要だ。それもいまとなっては特段珍しいことではないが、釈迦坊主は早熟なトラックメイカー兼ラッパーとして、クラウド・ラップ~トラップ~アンビエントを横断しながら、自身の感性をオカルト的宗教性へと結びつけてきた。当時としては先駆的であり、クラウド・ラップ~トラップ〜アンビエントを横断するビートに詩的で断片的なリリック、エフェクトのかかった声が重なり、トラックとラップの分業制では生まれえない美学先行のアウトプットを実現していた。あのとき異端とされていたものが、いまでは感覚的なスタンダードになっているというわけだ。

 さらに画期的なのは、そういった感覚を場所性と接続させてきた点である。元ホストという出自の延長線上として作品を新宿・歌舞伎町と重ね合わせ、青年と都市の境界線的なまどろみを表現してきたことはもちろん、彼の自主企画〈TOKIO SHAMAN〉が果たしてきた功績も語り尽くせない。初期の頃、Tohjiらとともに作り上げていたあの空間は、個人という枠を超えたある種の思想・集合体としての文化的磁場だった。言うまでもなく、前者はトー横キッズ的トライブの感性へ、後者は多様なオルタナティヴ・パーティ文化へと、それぞれ形式を膨らませている。

 こうした彼の先駆的試みは、「神秘性の再発見」とも言うべき現在の動きと地続きだ。宗教的な信仰というよりは、魂や霊、宇宙、死後といった目に見えないものへの畏れ・憧れ、自分という存在の輪郭が溶けていくような体験、またはそれを求める欲望──によって、自己を定義していくこと。それは、「私とはまだわからない存在」であり「何かとつながっていて変化しうる存在」であるという、未定義性の肯定である。そういった2010年後半を起点とした潮流が、いま実を結びはじめているのはとても興味深い。先日のTohjiのアリーナ単独公演の成功はその物理的・動員的な到達点だと言えるし、今回の釈迦坊主のアルバム・リリースは、預言者としての帰還とも言えるだろう。

 そう考えると、アルバム・タイトルが『CHAOS』であり、音楽性も混沌としているのは、「未定義性の肯定」が釈迦坊主流に爆発した結果だと言える。ダンス・ミュージックの要素が強まったものの、躍れる曲がほとんどないというのも重要だ。ただただドラッギーに鳴る、彼の内的宇宙がそのまま詰まったようなサウンドは、現行シーンを騒がせているエレクトロの再燃やハイパーポップ的BPM感とは明らかに異なるアンサーとして、オーディエンスを「躍らせる」というよりも「溶かす」役割を果たしているように見える。捻じれたダンス・ミュージックを密度低い音数で表現することによって80sニューウェーヴの香りも漂っているし、エロ・グロ・ナンセンスのなかに突如ふと「愛」や「祈り」といった言葉が挿入される歌詞も含めて、どこか90s後半のBUCK-TICKらヴィジュアル系バンドのルーツも感じられる。どの曲も冗談とマジが次から次に押し寄せる展開の中で、ふと優し気な歌を聴かせる “Metropolis” などは、不意打ちの感動だ。解釈よりも没入が先立ち、意味と無意味を交互に織り成すことによって「この世」と「あの世」を行き来する、まさしくそれが本作の醍醐味。釈迦坊主が提案するのは「踊ろう」というアクションではなく、「踊るとはどういうことか?」「ダンス・ミュージックとは肉体的なものなのか、精神的なものなのか?」「そもそも私は何者なのか?」といった問いかけなのかもしれない。

 ゆえに、2025年の派手なビートの喧騒のなかにおいて、『CHAOS』は静かな中毒性を持つ作品であると言えよう。ここには、わかりやすいフックや爆発的な展開はない。音のアタックや音圧よりも余白が際立ち、空間と残響で構築されている。ラップはあくまでトラックと一体化していて、ヴォーカルが主役という構造にはなっていない。釈迦坊主というアーティストは、やはりラッパーである前にトラックメイカーなのだと改めて思うし、「曲」というよりも、「状態」としてデカダンスな音が存在している。そう考えると、音像の演出美学にも、やはり一部のアヴァンギャルドなヴィジュアル系の影響を感じ取ってしまう。本作は一見するとヒップホップの形式を取っているが、その深層にはニューウェーヴ寄りのヴィジュアル系が持っていた幻想性と退廃美が脈打っているのだ。ポスト・ヴィジュアル系を体現する(sic)boyとの共作 “Agares” は、その象徴のような楽曲だろう。

 つまり『CHAOS』は、2020年代のオルタナティヴ・ヒップホップが持つ神秘性の再発見という動きを回収しながら、未定義性の肯定をさらに突き詰め、釈迦坊主自身のルーツのひとつであるヴィジュアル系にまで遡行する作品として聴くことができる。この国の30年にわたるサブカルチャーを見通すような視座こそ、彼が「アンダーグラウンドの神」と呼ばれる内実なのだ。

Lust For Youth & Croatian Amor - ele-king

 2025年の2月6日〈Posh Isolation〉の終了が発表された。16年間の歳月に渡る活動の終わり、コペンハーゲンでクリスチャン・スタズガードとローク・ラーベクによって設立されたレーベルが送り出す電子音楽はどこか未来的で儚さを感じるような美学があった。いつの間にかリリースがなくなり自然消滅的になくなってしまうレーベルも少なくないなかでこうやって区切りがつくというのはある意味で幸せなのかもしれない(少なくともこんな風に考える時間と機会が与えられるのだから)。このニュースを見て寂しく思うのと同時に移ろいゆく時の、もののあわれを感じた。それは〈Posh Isolation〉がリリースしていた音楽にもあった美しさなのだと思う。2010年代を振り返ろうとしたならば、僕の頭にはきっと間違いなく〈Posh Isolation〉のことが浮かぶだろう。10年代の半ば、アイス・エイジのエリアス・ベンダー・ロネンフェルトのプロジェクト・マーチングチャーチにCTM、コミュニオンズ、メイヘイムでスタジオを共有していたコペンハーゲンのギター・バンドのシーンから入って、そこからレーベル・オーナーであるローク・ラーベクのクロアチアン・アモールラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィドとフレデリック・ヴァレンティンのユニットKYO、ソロとしてのフレデリック・ヴァレンティンらの電子音楽の方に流れるというようなルートで自分は〈Posh Isolation〉に触れ、新たな領域が接続されるように音楽的嗜好が広がっていった。硬く繊細な電子音楽とギターバンドからこぼれ落ちた感性を拾い上げたような音楽がそこにはあったのだ。
 コペンハーゲンのシーンとサウス・ロンドンのインディ・シーンの類似性を指摘されることもあるが、いまこうやって考えてみるとやはり似たところがあったのかもしれない。〈Posh Isolation〉の美学と姿勢はロンドンの〈Slow Dance Records〉に通じるところがある。電子音楽とギター・ミュージックの両方が境目なくそこにあり、電子音楽作家であるレーベルの創始者のひとりがポップ・ミュージックを奏でるギター・バンドに参加しているというのも同じだからなおさらだ。

 クロアチアン・アモールことローク・ラーベクはかってラスト・フォー・ユースのメンバーだった。2014年『International』と2016年『Compassion』この2枚のアルバムのリリース時ローク・ラーベクは確かにそこにいたのだ。甘さと切なさが混じったようなシンセ・ポップ、あるいはセンチメンタルなダンス、そのどちらのアルバムも色あせない青春の記憶が封じ込められたような音楽だった。そうしてロークが自身の活動に専念するために袂を分かった。その後それぞれの活動を続けるなかで2023年のシドニーのオペラハウスでの公演をきっかけにラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィド、マルテ・フィッシャーのふたりと再び音楽を作るようになったのだという。しかしなぜ再びラスト・フォー・ユースのメンバーに加わるのではなくクロアチアン・アモールとして共作名義の音楽を作ろうとしたのだろう? アルバムを聞く前にそんなそんな疑問が浮かんだが、しかしアルバムを聞いた後ではそうするのが当然だと感じられた。なぜならアルバムのコンセプトがまさにクロアチアン・アモールとラスト・フォー・ユースを結びつける感覚そのものだったからだ。

 1977年に打ち上げられた2機のボイジャー探査機に搭載されたゴールデン・レコード、地球外知的生命体や未来の人類が見つけて解読することを期待し作られたそのレコードにインスピレーションを得て制作したという本作『All Worlds』はまさにかつてそこにあった世界の記録の音楽といった様相をていしている。ここにあるのは、ひとつひとつが独立した10の世界の断片のその記録だ。クロアチアン・アモールの美しく硬いオーロラのようなサウンドスケープにラスト・フォー・ユースのセンチメンタリズムが載る。電子の海にポップネスと物語性が加えられ、メランコリックな青春に記憶のヴェールがかけられる。両者の良さがそのまま出て、かつテーマに沿って補完されたようなこのアルバムは理想的なコラボレーション・アルバムだろう。記憶の断片をつなぎ合わせたような不鮮明なアンビエントのサウンド・コラージュ “Light In The Center”、アルコールが抜けかけた夜明け前の陰鬱で感傷的なダンス “Kokiri”、これまでのラスト・フォー・ユースの色がより濃く出ている影のあるリゾート・ディスコの祝祭 “Dummy”、アルバムの楽曲のジャンルはバラバラで統一感には少しかけるが、しかしそれがかえってゴールデン・レコードのコンセプトを際立たせている。「私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像のなかに再び私たちがよみがえることができれば幸いです」ボイジャー計画のジミー・カーターの言葉のように『All Worlds』はヘッドフォンのなかに遠く離れた世界の記憶を浮かばせる。記憶のチップを差し込み、誰かが生きた日々を再生するSF映画のような未来の出来事、ラスト・フォー・ユースとクロアチアン・アモールの3人が作り出したこの音楽はそこにある世界がここには存在しないという薄ぼんやりとした喪失感を伝えてくる。だけどもそれは決して不快な感覚ではない。柔らかい光に包まれた終焉の音楽は同時に新たな始まりを感じさせる希望の音楽でもあるのだ。寂しさはあるが、その先にある未来の世界を夢見ている。ある意味でこれは時を隔てた10年代のコペンハーゲン・シーン、あるいは〈Posh Isolation〉の時間を締めくくるようなアルバムなのかもしれない。

Special Conversation - ele-king

 この春、発売された編集者・伊藤ガビン(61歳)によるエッセイ『はじめての老い』。本書は、薄毛や老眼、ブランコが怖い、筋力の低下や免許の返納について、らくらくホン問題、老害側に立って見えてきた景色……。60代を手前に、自身の体から刻々ともたらされる身体的・感覚的な老いによる変化をつぶさに見つめ、驚き、記録したもの。ポジティブ/ネガティブといった二極化で老いを語るのではなく、俯瞰した視点で老いを綴ったnoteの連載に、書下ろしを加えたエッセイです。
 今回は、本の発売を記念して25年来の付き合いであり、帯にコメントを寄せてくれたマンガ家のタナカカツキ氏(58歳)と伊藤ガビン氏のオンライン対談を実施。本が立ち上がるきっかけとなったnote版「はじめての老い」の題字を担当するなど、ガビン氏とは前からの間柄だからこそ話せる老い以前/以後のこと、人生をどう終えたいかなど……前期高齢者(65歳~)という区分が迫りつつある初老の2人が語ります。
 「年を重ねて体力も気力もますますパワーダウン」!

タナカカツキ
1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MVのディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。


60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし ——タナカカツキ

そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね ——伊藤ガビン

文章の大天才がついに動き出した!


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

Amazon

伊藤ガビン(以下ガビン):帯のコメントありがとうございました。カツキさんが帯に「文章の大天才が動き出した!」と書いてくれたことに驚きました。内容やテーマではなくそこを褒めるんかーい! となりました(笑)。余談ですが、最初amazonに本の紹介文が載ったときは「大天才」ではなく「天才」って書かれてたんですよ。それで版元に「あのー、カツキさんの帯文では“天才”ではなく、“大天才”なんですけど」と自ら訂正した経緯があって……え、何だこの時間? 自分に「大」を付ける時間がやって来るとは! とちょっと面映ゆかったです(笑)。自分では「文章の大天才」とは思っていないですしね。

タナカカツキ(以下カツキ):ガビンさんは文章の人ですよ。この本にしたって「老い」はモチーフじゃないですか。ガビンさんが書くなら何だって絶対に面白くなるから。もうね、私的には、『はじめての老い』はやっと大きな山が動いた! と感激していますよ。これまで表に出てこなかった大天才がやっと単著を出したって。これは世の中的にも大事件ですよ!
 とにかくこの記事を読んでいる人に言いたいのは『はじめての老い』が発売に至った背景には長い歴史があるってことです。知り合って25年、ガビンさんの仕事を近くでみてきましたが、いろいろなプロジェクトはやってきたけれど単著だけは書いてこなかった。本のあとがきに、noteを始めた理由は嫁に言われたからとありましたけども。本当にそれこそ私も、ずいぶん前から散々、これだけ文章がうまいんだから書いてくださいよ! とすすめてきましたし、周りからもずっと言われ続けていた。それはある意味ガビンさんの中で、単著を出すというのは大切にしてきた部分でもあったはずです。だからこそ、そうやすやすと書いてこなかった。それがこの度、ようやくまとまった1冊の本になったことは、本当に世の中的にも大事件だなと。

ガビン:はい。やっと出しました。これは言い訳になっちゃうけど……自分の性格的なのかなんなのか、自分のことを後回しにしちゃうんですよ。たぶんそれを理由としたモラトリアムなんだと思うけど。ここ10年は、定期的に文章を書いて発表をすることから離れていたので、3年前にはじめたnoteは久々に取り組んだ文章の連載だったんですよね。
 それで久しぶりに腰を据えて文章を書こうと思ったときにテーマをどうするか、どんな文体にするかはいろいろ考えたんです。で、あれこれ考えて、なんというか80〜90年代の自分が非常に影響を受けた文章のスタイルについて考えたような、そうでもないような。僕の文章には明らかに昭和軽薄体の影響があるし、自分はそういう風にしか書けないっていうのもあるのに、なんか、世の中的にはなかったことになっているなというのはあって、そういう文章は書きたいと思ったんですよね。そんな経緯があり、いままで共著とか編集者としてはいろいろと本を作ってきたけれどソロ・アルバムを出すタイミングが来たってことですね。で、本を出したからにはこれから執筆活動を活発にしなきゃいけないんですけど、どうしよう(笑)。

カツキ:60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし。

ガビン:そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね。ちなみに本にはカツキさん絡みの話もいろいろ書いているんですよ。戸田誠司さんの「濃霧が来るぞ」っていう発言もカツキさんと一緒にいたときの話だし。

カツキ:立ち会っていましたね(笑)。

ガビン:戸田さんが急に40代は濃霧が来るって言い出して、2人で「えっ、濃霧?」って顔を見合わせたよね(笑)。これは最終的には書きませんでしたが、カツキさんのお父さんのお話に影響を受けて、「カツラ」について書く予定もあったんです。「おもてなしとしてのカツラ」ってタイトルで。昔カツキさんが話していたじゃないですか。家で寛いでいたらお父さんがおもむろにカツラを脱いで机の横に置いてびっくりしたって話。

カツキ:ありましたね。あれは50年ぐらい前の話かな。当時、弟はまだ1歳で上手に発語はできないし、主語も述語もめちゃくちゃだった頃です。そんな弟が、目の前でカツラを脱ぐ父の姿を見て、「髪の毛ちょっとしかないね」って(笑)。人生で初めてちゃんとした文章になっている言葉を口にしましたから。あまりの衝撃で言語野に電気が走ったのかもしれない。

ガビン:いい話。

カツキ:そもそもなぜ父がカツラだったかというと、当時うちの父親はシャンプーやコンディショナーなどを、美容院に卸す美容業界の仕事をしていたんです。それなのに、髪が薄いと自分が営業している商品の信用にも関わるじゃないですか。

ガビン:取引先も「地肌にいいシャンプーなんですね(お父さんの頭に視線がいって)……???」ってなるよね。

カツキ:そう、信用がない(笑)。「お前が地肌にいいシャンプーを売っているのか」ってツッコまれちゃう。だからあくまで父としては、仕事のためにかぶっていたカツラだったんですけど、当時にしてはすごく自然な仕上がりで、至近距離で見ても絶対にバレないぐらいいい商品だったんですよね。なんでも、仕事の縁で知り合ったカツラメーカーに勤める友人のコネがあって、当時の新技術をつぎ込んだカツラ産業の黎明期の産物みたいなサンプルを特別にもらったそうです。今では当たり前かもしれませんが、白髪が絶妙なバランスで混ざっているカツラでしたから。

ガビン:50年前の話ですもんね。当時、カツキさんからその話を聞いたときは、世の中的にはまだカツラは揶揄の対象でしたよね。でも、もしかしたら自分の美的センスのためではなく対社会とか業務を円滑に進めるためにとか、礼儀として使っている人はけっこういるんじゃないかと思ったんです。まあそんな感じで、これまでカツキさんと交わしたいろんなやりとりから生まれた文章が、本の中にけっこう入っているよって話です。
 一応、読者のために、我々がどういう関係かを話しておくと、いやべつにそんな特別な関係って言うわけでもないですけど(笑)。2人で初めて会ったのは30代の頃、僕がカツキさんの仕事を知っていて、いつか一緒に仕事するかもしれないなーと思っていたんだけど待てど暮らせど誰も紹介してくれないんですよ(笑)。で、「どうせいつか会うやろ」っていうことで、友人からカツキさんの連絡先を聞いて僕から直接連絡したんですよね。渋谷で2人で会いましょうって言って、初めて会って、なんかそのまま卓球しましたよね。

カツキ:初めて2人で会ったその日にね。

ガビン:カツキさんはすごく卓球していましたよね、その頃。

カツキ:2000年ぐらいでしたっけ?

ガビン:無言で卓球して、それを機にそれで僕がやってるゲームのプロジェクトに入ってもらって、ゲーム制作っていうことで毎日顔合わすようになり、気が付けばカツキさんの弟子筋の人たちもスタッフに入るようになり……。それがどんどんつながっていって、なんなら今も一緒に仕事していますしね。

カツキ:僕はもともと、純粋にガビンさんのファンだったんです。ガビンさんがやっている展覧会とかも見に行ったりしてて。それに当時、自分の読んでいる本とかにも名前が出てきますからね。だからそれで、なんとなくどんな人なのかイメージはできてたんですよ。だから、初めて2人きりで会うといってもいきなり旧知の感じでできないかな、って思って(笑)。

ガビン:それで初対面で卓球(笑)?

カツキ:同級生と久々に再会したぐらいの感じで(笑)。実際そんな感じだったよね?

ガビン:お互いに、どんな人でどんな仕事をしていて、何が好きで、好みとか嫌いなものとか、なんとなく自分と方向性が一緒というか、気が合うぞっていうのは、本とかで読んでいるからもう分かっていたから。

カツキ:初めて会ったのにもう「よそよそしい感じはやめましょう」ぐらいの(笑)。

ガビン:時間のムダですもんね。探り合いはショートカットで。僕は普段、完全に社交性ゼロの人間なんですけど、カツキさんのような「いずれ会うやろ」っていう人には直接会いに行くんですよ。まあその渋谷で卓球をした日から本当に毎日のようにいろいろ一緒にやっていた。ジャグリングしたりね。VJチームでLA行ったり。アレいまにして思えば一体なんの時間だったんだっていう。それで、これちょっと老いの話に関係あるかもしれないと思って思い出したのが、あの頃、カツキさんって年を上にサバ読んでましたよね?(笑)アレなんだったんですか?

カツキ:そうそう(笑)。あの頃、ちょっとだけサバを読んで35歳を38って言ってましたね。そうすると実際に38になったとき、「あれ? まだ38か」って心持になるから。対外的に貫禄を出すためとかじゃなくて、あくまで自分の心構えとしてサバを読む。

ガビン:ちょっとした老いへのシミュレーションね(笑)。その話もだし、カツキさんはもともと自分の人生の全体像を俯瞰するところがありますよね。子どものころにマンガ描き始めたのも晩年の回顧録のためなんでしょう?

カツキ:自分の回顧展をやる体でいろいろ作品を残してましたね、幼い頃から。

ガビン:人生を俯瞰してるところありますよね。人の人生まで俯瞰してるでしょ? なんとなく苦手な人と対峙しないとならない時、相手を勝手に「生前のこの人」ってテイにしてましたよね。「あー、このひとは嫌なやつだったけど、もう亡くなっちゃったしな……」みたいな視線で(笑)。サルバドール・ダリが相手の頭の上にうんこを乗せていたように。

カツキ:いや、鳩ね。

ガビン:あれ、うんこじゃなかったっけ? 俺、最近も何回かうんこって言っちゃってるかもしれない(笑)。

カツキ:鳩を頭と接着するときにうんこを使う……いや、フクロウだ! フクロウを乗せてさらに人を白塗りにするとなにも怖くなくなる、っていうことをダリは発見したんですよね。とまぁ横道にそれましたが、たとえ相手が嫌な奴でも、脳内で「生前の人」として受け止めたり、脳内イメージで相手の頭の上にフクロウを乗せたりすれば、大体のことは許せるというか。

ガビン:ビジネス書にかかれてない「なんとか思考」ですね。

カツキ:そうですね、ものごとをフラットに受け止めるライフハックとしてやってましたね(笑)。

ガビン:当時からお互いに今でいうメタ認知っていうか、いろんなことを俯瞰して考えてること、話していましたよね。たとえばすごく嫌な人から酷いことを言われて、怒らなくちゃいけないタイミングがあったとして、相手に怒りのメールを送る際にbccにカツキさんを入れたりとかしてました。関係ないのに。

カツキ:ccだと相手にバレちゃうからね。

ガビン:こっちとしてはカツキさんにメールを見てもらうことで、怒っている自分を一回俯瞰できるし他人事として見ることができる。「うわあ、この人本気で怒ってるわ」みたいな。そういえば一緒に会社やっていた人に送る決別メールも転送しましたよね(笑)。

カツキ:ありましたね。

ガビン:しかもそれはカツキさんに限った話じゃなくて、一時期、周りの人達に「怒っているメールがあったらちょうだい」と言ってメールを転送してもらっていました。第三者に感情が爆発したメールを送ることでその人への怒りをお焚き上げするみたいな。

カツキ:怒りを成仏できますからね。

ガビン:「嫌いな人誰?」って会話もよくしていましたよね(笑)。

カツキ:してた。好きな人じゃなくて嫌いな人の話。

ガビン:やっぱり「嫌いな人」って、ある種の同族嫌悪じゃないけど、どこかで自分と何らかの関わり合いというか被る部分があるから。そういったことをカツキさんと根掘り葉掘り聞きあったのはすごく面白かった。お互いの言動を俯瞰しながら観察して。

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老いに関してはこちらから何かアクションを起こさなくても、ただ待っているだけで、生活をしているだけで日々思いもよらなかった方向からいろいろ起きるから。その都度びっくりして、じっと観察をして、文章にする
——伊藤ガビン

もうね、サウナは15年ぐらいやっているけど、その間に体はどんどん老いていっているから正直なところ作業のペースは落ちていますね。でも今それをやってしまうと、身体がついていかなくなるし確実に後でガタがくる。
——タナカカツキ

加齢によってクリエイティビティは変化するのか


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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ガビン:クリエイティビティの話でいうと、正直どうですか? 僕はもうね、だいぶ枯渇しています(笑)。今はもう、枯渇したままどうやって生きるかっていうことですよね。今回、文章を久しぶりに書いて、もちろん原稿自体は書けるんだけど、特に面白いことは言ってないっていうか。本の中では路上観察という言葉を使っていますけど、基本的に自分を取材対象者に�

レコード収集、そして音楽文化を愛するすべての人に――
奥深きアナログ盤の世界にもう一歩踏み込むための案内

ストリーミング全盛の今日、他方でレコードが大いに脚光を浴びてもいる。
アナログ盤はなぜかくも音楽愛好家たちを惹きつけてやまないのか?
その買い方から聴き方、歴史、そして未来への展望まで、いまあらためてレコードならではの魅力を徹底解剖する!

・MURO、エヂ・モッタら究極のレコード・コレクターたちが語るその収集哲学
・レコード好きのライフスタイル
・海外レコード買い付け紀行
・未知なる場所での新たな1枚との出会い
・購入時のことが鮮明に記憶に残るレコード5選(JAZZMANジェラルド、マシュー・ハルソール、メイヤー・ホーソーン、坂本慎太郎、MOODMAN、角張渉、イハラカンタロウ、スヴェン・ワンダー、水原佑果、岡田拓郎、Licaxxx、塩田正幸、T-Groove、ほか)
・VINYL GOES AROUND PRESSING:プレス工場潜入レポート
・アナログ愛好家が営む異業種名店
・レコードにまつわる映画紹介
・コレクター道を極めるための心得
・ヴァイナルで音楽を楽しむためのオーディオ環境
など、さまざまな角度からレコードの魅力に迫る完全保存版ガイド。

菊判/160頁

目次

はじめに

MURO、いまあらためてレコード愛を語る――プレス工場見学からレコード遍歴、そしてコレクティングの現在(by 野田努)
エヂ・モッタ、インタヴュー――レコードは手にとって味わえる芸術作品(by Jun Fukunaga)

●#1 レコードを探し求めて
レコード買付は悲喜こもごも――とあるバイヤーのアメリカ紀行
あるレコード店主の一日 永友慎(Upstairs Records & Bar)
レコードを探しに訪れたインドネシアで起こった出来事 馬場正道(KIKI RECORD)
VINYLVERSEのアプリ/フィジタル・ヴァイナルの楽しみ方――ヴァイナル中毒者たちのコミュニティを創造する
鈴木啓志のレコード蒐集術――ネットもなく、レコード店も少なかった時代、音楽好きはいかにして情報を入手し、盤と出会っていたのか

●#2 購入時のことが記憶に残るレコード5選
ジャズマン・ジェラルド/MOODMAN/坂本慎太郎/マシュー・ハルソール/メイヤー・ホーソーン/角張渉/イハラカンタロウ/スヴェン・ワンダー/岡田拓郎/水原佑果/T-GROOVE/塩田正幸/Licaxxx/田之上剛

●#3 レコードの作り方
レコード・プレス工場見学記――VINYL GOES AROUND PRESSING(by 小林拓音)
78RPMレコードを作ってみました。~VINYL GOES AROUNDチームによる78回転への道 其の一~ 水谷聡男×山崎真央×イハラカンタロウ

●#4 レコードのもっと深い話
SP盤を集める魅力は戦前ブルースにあり 高地明
オリジナル盤入門――その魔力とディグのススメ 山中明
ライトハウス・レコーズ店主が語るオーディオが引き出すレコード体験の真髄(by Jun Fukunaga)
SL-1200がDJの定番機材になるまで――Technics×VINYL GOES AROUND特別座談会
針先に広がるスクリーン――レコードと映画の出会い 鶴谷聡平(サントラ・ブラザース)
美容室TANGRAMオーナー坂本龍彦が語る希少レコードと出会いの物語(by Jun Fukunaga)
BIG LOVE RECORDSオーナー、仲真史が追求するレコード店のあるべき姿(by Jun Fukunaga)
私的90~ゼロ年代レコ袋ガイド TOMITA
なんでこんなに不便なものに時間と金をかけ続けるのだろう 野村訓市

after talk レコードは飾りじゃない 水谷聡男×山崎真央×小林拓音
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Jules Reidy - ele-king

 光が降り注ぐようなサウンドが展開する。それはいわばエレクトロニカ・サイケデリア。幽霊化する世界。漂う魂の粒子……。本作『Ghost / Spirit』を聴いたとき、まずは、そんな言葉を思い浮かべだ。同時にジュールス・レイディはついに大きな転換点となるアルバムを作ったのだ、とも。

 加えて、『Ghost / Spirit』が〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたことにも驚いた。これまで〈エディションズ・メゴ〉、〈ブラック・トリュフ〉、〈シェルター・プレス〉などの実験音楽系レーベルから作品を発表してきたジュールス・レイディが、USインディ・レーベルの代表格のひとつ〈スリル・ジョッキー〉を選んだことは意外だった。しかし、本作『Ghost / Spirit』を聴き進めるうちに、それは必然だったと確信した。というのも、このアルバムは、昨年同レーベルからリリースされたクレア・ラウジーの『Sentiment』と並ぶべき作品だからだ。単に似ているということではなく、音楽の内にある意志や必然が共通しているのである。その変化を〈スリル・ジョッキー〉も理解し、この作品をリリースしたのではないか。

 『Ghost / Spirit』と『Sentiment』。二作とも変調したヴォーカルと洗練されたエレクトロニカ的なトラックという基本的なスタイルは似ている。だが本質的な共通点は「歌う」ということに対する「必然」と「変化」にあるように思える。『Ghost / Spirit』でも、ジュールス・レイディは「歌うこと」に向かう明確な意志を持っている。とはいえ、そもそも、ジュールス・レイディの作品には以前から「声」が多用されてきたことも事実だ。特殊チューニングのギター、電子音、そして声という組み合わせ自体は、『In Real Life』(〈Black Truffle〉/2019)や『Vanish』(〈Editions Mego〉/2020)、『Trances』(〈Shelter Press〉/2023)などの過去のアルバムと大きく変わらない。『Ghost / Spirit』におけるジュールス・レイディのサウンドはこれまでのアルバムの延長線上にある。そう大差はないというべきだろう。だが、本作では「歌うこと」がこれまで以上に必然性をもって響いているように思えたのだ。音楽自体が、実験的で創造的でありながら、同時に自然に「歌」へと向かっているのである。

 では「大きな違い」は何か。それは「ソングライティング」に対する意識の変化のように思える。単に「声」を使うのではなく、歌を作り、メロディを紡ぎ、歌詞を構築すること。そのすべてを意識的におこない、サウンドの中心に据えている。『Ghost / Spirit』は、その点で過去の作品とは一線を画しているのだ。 自身の音を精査し検証し突き詰めていった結果、「歌/サウンド」という形式にソングライティングという方法論が「必然」として、こう言ってよければ「運命」として、結果的に浮かび上がってきたというべきか。そう、ジュールス・レイディにとって、このアルバム『Ghost / Spirit』を作ることは運命づけられていたようにさえ思える。音、声、響きが交錯し、「ソングライティング」という形で結実した。

 クレア・ラウジーの『Sentiment』と共鳴するのは、まさにこの点にある。ラウジーもまた、音の実験を重ねた末に「歌うこと」という「必然」にたどり着いた。〈スリル・ジョッキー〉は、このふたりの異なる個性が「歌」に向かう「必然」を見逃さず、1年ごとにリリースしたとはいえないだろうか。そのキュレーションの的確さは、同レーベルが現在、再びピークを迎えている証拠といえる。ヘヴィ・ミュージックからエクスペリメンタル、エレクトロニカ・ポップまでを網羅するカタログは唯一無二であり、インディ・ミュージックの「現在」を更新し続けている。

 何よりも強調すべきは、音楽そのものの鮮烈さだ。1曲目 “Every Day There's a Sunset” の冒頭、変調されたジュールス・レイディの歌声が響いた瞬間、耳が開かれた。堂々としたメロディ、硬質なギターの響き、背後に漂う電子音、ドローン──10年代以降のエクスペリメンタルとポップが融合した、ほぼ完璧なサウンドスケープが展開する。途中、声は溶け合い、サイケデリックな空間へと変貌する。その流れは圧巻だ。続く “Interlude I” では、どこかコーネリアスを思わせるギター・サウンドスケープが広がる。そして3曲目 “Satellite” では、独自のチューニングによるギターのアルペジオと歌声が交錯し、実験とポップの境界を軽々と超えていく。アルバムには14曲が収録されているが、その基本的な構造は最初の3曲に凝縮されている。声、ギター、電子音、ポップ、メロディ、歌詞──それらが織りなすサウンドスケープは、新世代のポップ・ミュージック、あるいはエレクトロニカ・フォークと呼ぶべきものだろう。どの楽曲も構築と即興のバランスが端正であり、じつに繊細に、じつに自由に、じつに高密度に音がコンポジションされている。

 個人的に気になった曲は、まず、5曲目 “Ghost” である。硬質な響きのギターのアルペジオのミニマルな反復に、フックの効いたメロディのヴォーカル・ラインが乗る。わずか2分程度の曲だがまるで太陽の光が降り注ぐような感覚を持った。音が崩れるかのように終わりを迎えるコーダ部分もじつに素晴らしい。加えて6曲目 “Breaks” でいきなりヴォーカルから始まるという曲の構成も見事だ。不吉な打撃音のむこうから天上から響くようなヴォーカル・ラインが鳴る8曲目 “Every Day There's a Sunrise” も良かった。やがて打撃音は消え去り、ヴォーカルとギターと電子が残り、9曲目 “Spirit” に繋がるという構成も実に卓抜だ。さらにはアルバム中でももっとも電子的加工のされていない(であろう)ギターの音が麗しいインスト曲12曲 “Letter” も鮮烈だった。そして14曲目にして最終曲 “You Are Everywhere” も忘れられない。ミニマル。アンビエント。ヴォーカル。“You Are Everywhere” でも、これらが折り重なり、まるで天上から降り注ぐ声と音のシャワーを浴びたような解放感を覚えた。アルバムの音楽のエレメントが控えめに集結し、ラストを華麗に彩る。まさにそんな曲だった。

 私は、本作『Ghost / Spirit』をすべて聴き終えたとき、この作品がどこか「祈り」に近いもの(感情?)を持っていることに気がついた。テクノロジーを駆使した音響作品でありながら、メロディの美しさが際立つ本作には、抽象的で神秘的な響きがあったのだ。どうやらアルバムのテーマは「神秘主義とエゴの消滅」らしい。それはアルバム・タイトル「Ghost / Spirit(幽霊と魂)」とも呼応している。そのせいか、聴き進めるほどに心が解放されていくような感覚を覚えたのである。

 いやそうではない。ジュールス・レイディは、もともとそのような崇高さと清冽さを追求してきたのではないか。そもそも過去のアルバムにも同様の「響き」が満ちていたはず。しかし本作では、その心の開放が、「ポップ=ソングライティング」という形をとることで、より濃密に表現されたのではないか、と。それこそ本作『Ghost / Spirit』の意義なのではないか。

 本作は、エンプティセットのジェイムズ・ギンズブルクがミックスを担当し、マスタリングはラシャド・ベッカーが手がけた。鉄壁の布陣といえよう。また、実験音楽のチェロ奏者ジュディス・ハマンのサンプルも使用されている。細部まで作り込まれた音像は、深く聴き込むほどに新たな発見をもたらしてくれる。音の実験から精神の解放へ。エゴの牢獄から心の解放すること。その希求。没入的なリスニング体験にふさわしい、素晴らしいアルバムである。

The Weather Station - ele-king

 「人間性」という簡潔だからこそ深遠なアルバム・タイトルは、ザ・ウェザー・ステーションことタマラ・リンデマンが音楽で探究する領域を端的に言い当てているだろう。管弦楽器が生き生きと躍動するタイトル・トラックで、彼女は「わたしは人間だったのだろうか? と考えている」と打ち明ける。「この人間らしさを背負ってきた/それを実現しようとしている」。人間とは何なのか――そのような大いなる問いを、あくまで個人的な場所から掲げる7作目である。

 飾りけのないインディ・フォークとして始まったザ・ウェザー・ステーションが大きな飛躍を遂げたのは5作め『Ignorance』でのことだった。ツイン・ドラムと管楽器を含むフルバンドによって音楽的にスケールアップしたそのアルバムでリンデマンがテーマにしていたのは、環境破壊と気候変動を中心とする現代社会の破壊的な現状だった。というと政治的なアルバムのようだが――いやもちろんそうとも言えるのだが――、それ以上にフォーカスが当たっていたのは彼女自身の胸の痛みだった。つまり、地球が傷ついていることに傷ついている人間の心の動きについてであり、それこそをダイナミックなアンサンブルを持ったフォーク・ロックにしたのだ。また、同時期に録音された双子作的な6枚め『How Is It That I Should Look At The Stars』はピアノ・バラッドを中心にして、より内省的にこの世界の美しさを見つけ直そうと聴き手にささやく作品だった。
 バンジョーやフィドル、管楽器を加えた多楽器のアンサンブルで制作した『Humanhood』は、まさにそれらの2枚の成果を合わせた一枚で、活気に満ちたジャズ・フォーク・ロックと静謐で慎ましいバラッドが整然と並べられている。そしてすべての楽曲でディテールに富んだアレンジが施されていて、聴けば聴くほど細部に引きこまれていく。とりわけ活躍するのがフルートやクラリネット、サックスといった管楽器で、それらは曲によって軽やかに跳ねまわったり、抽象的なムードを演出したり、優しくゆったりとピアノと歌に寄り添ったりする。人間の呼吸によって変幻する楽器たち……考えてみればザ・ウェザー・ステーションのアンサンブルが管楽器によってスケールアップしたのは興味深いことで、人間の息づかいが彼女の表現のニュアンスを完成させたと言える。
 息づかいといえば、もちろんリンデマンの声がこの繊細な歌世界を作りあげていることも間違いない。アルバムのなかでもとくにアップリティングな “Neon Signs” の軽やかさ、ジャズ調のアンニュイな “Mirror” でのアルト、あくまで控えめな演奏で浮遊感を生みだす “Body Moves” の茶目っ気……と、多彩な表情を見せていく。その声はしばしば音量がかなり落とされるのだが音程はしっかり取られており、メロディを失わないリンデマンのウィスパー・ヴォイスは、この奥ゆかしいフォーク音楽にけっして消えない光を与えているように感じられるのだ。クロージングの “Sewing”、まるで演奏の隙間に溶けていくような彼女の静かな歌声は、しかしそのデリケートさによって聴き手を陶然とさせる。

 前二作はパンデミック期を強く反映していたが、それ以降の世界はますます混迷していて、当然ながらそうした状況に対するリンデマンの心痛は本作にもはっきり表れている。広告に溢れた世界の信用のならなさ、止まらない環境破壊、壊滅的な政治状況……それらに彼女はなおも傷ついている。そしてそれを聴くわたしたちも、自分たちがたしかに傷ついていたことを思い出すだろう。見なかったことにしていた小さな傷跡のひとつひとつを。何かと好戦的な人びとばかりが目につく状況にあって繊細な心の動きは無視されがちだが、ザ・ウェザー・ステーションの音楽は見落とされた感情をこそ掬いあげる。
 なんでもリンデマンが近年経験した慢性的な離人症障害(自分自身が切り離されているように感じる症状)で得た感覚が本作には投影されているとのことで、「離れてしまった」肉体を探すというモチーフを本作にたびたび発見できる。観念だけでは声を発することはできないから、彼女はここで肉体を切実に求めているのだろう。そうして身体に空気を通して発せられる歌たちは「人間であること」自体を再発見し、その美しさをどうにか取り戻そうとする。この混沌とした世界にあってザ・ウェザー・ステーションの音楽はときに「清廉すぎる」ように聞こえるかもしれないが、しかし、人間性の複雑さと不思議さを神秘的な輝きとして反射させている。

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