Home > Reviews > Album Reviews > Jules Reidy- Ghost/Spirit
光が降り注ぐようなサウンドが展開する。それはいわばエレクトロニカ・サイケデリア。幽霊化する世界。漂う魂の粒子……。本作『Ghost / Spirit』を聴いたとき、まずは、そんな言葉を思い浮かべだ。同時にジュールス・レイディはついに大きな転換点となるアルバムを作ったのだ、とも。
加えて、『Ghost / Spirit』が〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたことにも驚いた。これまで〈エディションズ・メゴ〉、〈ブラック・トリュフ〉、〈シェルター・プレス〉などの実験音楽系レーベルから作品を発表してきたジュールス・レイディが、USインディ・レーベルの代表格のひとつ〈スリル・ジョッキー〉を選んだことは意外だった。しかし、本作『Ghost / Spirit』を聴き進めるうちに、それは必然だったと確信した。というのも、このアルバムは、昨年同レーベルからリリースされたクレア・ラウジーの『Sentiment』と並ぶべき作品だからだ。単に似ているということではなく、音楽の内にある意志や必然が共通しているのである。その変化を〈スリル・ジョッキー〉も理解し、この作品をリリースしたのではないか。
『Ghost / Spirit』と『Sentiment』。二作とも変調したヴォーカルと洗練されたエレクトロニカ的なトラックという基本的なスタイルは似ている。だが本質的な共通点は「歌う」ということに対する「必然」と「変化」にあるように思える。『Ghost / Spirit』でも、ジュールス・レイディは「歌うこと」に向かう明確な意志を持っている。とはいえ、そもそも、ジュールス・レイディの作品には以前から「声」が多用されてきたことも事実だ。特殊チューニングのギター、電子音、そして声という組み合わせ自体は、『In Real Life』(〈Black Truffle〉/2019)や『Vanish』(〈Editions Mego〉/2020)、『Trances』(〈Shelter Press〉/2023)などの過去のアルバムと大きく変わらない。『Ghost / Spirit』におけるジュールス・レイディのサウンドはこれまでのアルバムの延長線上にある。そう大差はないというべきだろう。だが、本作では「歌うこと」がこれまで以上に必然性をもって響いているように思えたのだ。音楽自体が、実験的で創造的でありながら、同時に自然に「歌」へと向かっているのである。
では「大きな違い」は何か。それは「ソングライティング」に対する意識の変化のように思える。単に「声」を使うのではなく、歌を作り、メロディを紡ぎ、歌詞を構築すること。そのすべてを意識的におこない、サウンドの中心に据えている。『Ghost / Spirit』は、その点で過去の作品とは一線を画しているのだ。 自身の音を精査し検証し突き詰めていった結果、「歌/サウンド」という形式にソングライティングという方法論が「必然」として、こう言ってよければ「運命」として、結果的に浮かび上がってきたというべきか。そう、ジュールス・レイディにとって、このアルバム『Ghost / Spirit』を作ることは運命づけられていたようにさえ思える。音、声、響きが交錯し、「ソングライティング」という形で結実した。
クレア・ラウジーの『Sentiment』と共鳴するのは、まさにこの点にある。ラウジーもまた、音の実験を重ねた末に「歌うこと」という「必然」にたどり着いた。〈スリル・ジョッキー〉は、このふたりの異なる個性が「歌」に向かう「必然」を見逃さず、1年ごとにリリースしたとはいえないだろうか。そのキュレーションの的確さは、同レーベルが現在、再びピークを迎えている証拠といえる。ヘヴィ・ミュージックからエクスペリメンタル、エレクトロニカ・ポップまでを網羅するカタログは唯一無二であり、インディ・ミュージックの「現在」を更新し続けている。
何よりも強調すべきは、音楽そのものの鮮烈さだ。1曲目 “Every Day There's a Sunset” の冒頭、変調されたジュールス・レイディの歌声が響いた瞬間、耳が開かれた。堂々としたメロディ、硬質なギターの響き、背後に漂う電子音、ドローン──10年代以降のエクスペリメンタルとポップが融合した、ほぼ完璧なサウンドスケープが展開する。途中、声は溶け合い、サイケデリックな空間へと変貌する。その流れは圧巻だ。続く “Interlude I” では、どこかコーネリアスを思わせるギター・サウンドスケープが広がる。そして3曲目 “Satellite” では、独自のチューニングによるギターのアルペジオと歌声が交錯し、実験とポップの境界を軽々と超えていく。アルバムには14曲が収録されているが、その基本的な構造は最初の3曲に凝縮されている。声、ギター、電子音、ポップ、メロディ、歌詞──それらが織りなすサウンドスケープは、新世代のポップ・ミュージック、あるいはエレクトロニカ・フォークと呼ぶべきものだろう。どの楽曲も構築と即興のバランスが端正であり、じつに繊細に、じつに自由に、じつに高密度に音がコンポジションされている。
個人的に気になった曲は、まず、5曲目 “Ghost” である。硬質な響きのギターのアルペジオのミニマルな反復に、フックの効いたメロディのヴォーカル・ラインが乗る。わずか2分程度の曲だがまるで太陽の光が降り注ぐような感覚を持った。音が崩れるかのように終わりを迎えるコーダ部分もじつに素晴らしい。加えて6曲目 “Breaks” でいきなりヴォーカルから始まるという曲の構成も見事だ。不吉な打撃音のむこうから天上から響くようなヴォーカル・ラインが鳴る8曲目 “Every Day There's a Sunrise” も良かった。やがて打撃音は消え去り、ヴォーカルとギターと電子が残り、9曲目 “Spirit” に繋がるという構成も実に卓抜だ。さらにはアルバム中でももっとも電子的加工のされていない(であろう)ギターの音が麗しいインスト曲12曲 “Letter” も鮮烈だった。そして14曲目にして最終曲 “You Are Everywhere” も忘れられない。ミニマル。アンビエント。ヴォーカル。“You Are Everywhere” でも、これらが折り重なり、まるで天上から降り注ぐ声と音のシャワーを浴びたような解放感を覚えた。アルバムの音楽のエレメントが控えめに集結し、ラストを華麗に彩る。まさにそんな曲だった。
私は、本作『Ghost / Spirit』をすべて聴き終えたとき、この作品がどこか「祈り」に近いもの(感情?)を持っていることに気がついた。テクノロジーを駆使した音響作品でありながら、メロディの美しさが際立つ本作には、抽象的で神秘的な響きがあったのだ。どうやらアルバムのテーマは「神秘主義とエゴの消滅」らしい。それはアルバム・タイトル「Ghost / Spirit(幽霊と魂)」とも呼応している。そのせいか、聴き進めるほどに心が解放されていくような感覚を覚えたのである。
いやそうではない。ジュールス・レイディは、もともとそのような崇高さと清冽さを追求してきたのではないか。そもそも過去のアルバムにも同様の「響き」が満ちていたはず。しかし本作では、その心の開放が、「ポップ=ソングライティング」という形をとることで、より濃密に表現されたのではないか、と。それこそ本作『Ghost / Spirit』の意義なのではないか。
本作は、エンプティセットのジェイムズ・ギンズブルクがミックスを担当し、マスタリングはラシャド・ベッカーが手がけた。鉄壁の布陣といえよう。また、実験音楽のチェロ奏者ジュディス・ハマンのサンプルも使用されている。細部まで作り込まれた音像は、深く聴き込むほどに新たな発見をもたらしてくれる。音の実験から精神の解放へ。エゴの牢獄から心の解放すること。その希求。没入的なリスニング体験にふさわしい、素晴らしいアルバムである。
デンシノオト