Home > Reviews > Album Reviews > Lust For Youth & Croatian Amor- All Worlds
2025年の2月6日〈Posh Isolation〉の終了が発表された。16年間の歳月に渡る活動の終わり、コペンハーゲンでクリスチャン・スタズガードとローク・ラーベクによって設立されたレーベルが送り出す電子音楽はどこか未来的で儚さを感じるような美学があった。いつの間にかリリースがなくなり自然消滅的になくなってしまうレーベルも少なくないなかでこうやって区切りがつくというのはある意味で幸せなのかもしれない(少なくともこんな風に考える時間と機会が与えられるのだから)。このニュースを見て寂しく思うのと同時に移ろいゆく時の、もののあわれを感じた。それは〈Posh Isolation〉がリリースしていた音楽にもあった美しさなのだと思う。2010年代を振り返ろうとしたならば、僕の頭にはきっと間違いなく〈Posh Isolation〉のことが浮かぶだろう。10年代の半ば、アイス・エイジのエリアス・ベンダー・ロネンフェルトのプロジェクト・マーチングチャーチにCTM、コミュニオンズ、メイヘイムでスタジオを共有していたコペンハーゲンのギター・バンドのシーンから入って、そこからレーベル・オーナーであるローク・ラーベクのクロアチアン・アモール、ラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィドとフレデリック・ヴァレンティンのユニットKYO、ソロとしてのフレデリック・ヴァレンティンらの電子音楽の方に流れるというようなルートで自分は〈Posh Isolation〉に触れ、新たな領域が接続されるように音楽的嗜好が広がっていった。硬く繊細な電子音楽とギターバンドからこぼれ落ちた感性を拾い上げたような音楽がそこにはあったのだ。
コペンハーゲンのシーンとサウス・ロンドンのインディ・シーンの類似性を指摘されることもあるが、いまこうやって考えてみるとやはり似たところがあったのかもしれない。〈Posh Isolation〉の美学と姿勢はロンドンの〈Slow Dance Records〉に通じるところがある。電子音楽とギター・ミュージックの両方が境目なくそこにあり、電子音楽作家であるレーベルの創始者のひとりがポップ・ミュージックを奏でるギター・バンドに参加しているというのも同じだからなおさらだ。
クロアチアン・アモールことローク・ラーベクはかってラスト・フォー・ユースのメンバーだった。2014年『International』と2016年『Compassion』この2枚のアルバムのリリース時ローク・ラーベクは確かにそこにいたのだ。甘さと切なさが混じったようなシンセ・ポップ、あるいはセンチメンタルなダンス、そのどちらのアルバムも色あせない青春の記憶が封じ込められたような音楽だった。そうしてロークが自身の活動に専念するために袂を分かった。その後それぞれの活動を続けるなかで2023年のシドニーのオペラハウスでの公演をきっかけにラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィド、マルテ・フィッシャーのふたりと再び音楽を作るようになったのだという。しかしなぜ再びラスト・フォー・ユースのメンバーに加わるのではなくクロアチアン・アモールとして共作名義の音楽を作ろうとしたのだろう? アルバムを聞く前にそんなそんな疑問が浮かんだが、しかしアルバムを聞いた後ではそうするのが当然だと感じられた。なぜならアルバムのコンセプトがまさにクロアチアン・アモールとラスト・フォー・ユースを結びつける感覚そのものだったからだ。
1977年に打ち上げられた2機のボイジャー探査機に搭載されたゴールデン・レコード、地球外知的生命体や未来の人類が見つけて解読することを期待し作られたそのレコードにインスピレーションを得て制作したという本作『All Worlds』はまさにかつてそこにあった世界の記録の音楽といった様相をていしている。ここにあるのは、ひとつひとつが独立した10の世界の断片のその記録だ。クロアチアン・アモールの美しく硬いオーロラのようなサウンドスケープにラスト・フォー・ユースのセンチメンタリズムが載る。電子の海にポップネスと物語性が加えられ、メランコリックな青春に記憶のヴェールがかけられる。両者の良さがそのまま出て、かつテーマに沿って補完されたようなこのアルバムは理想的なコラボレーション・アルバムだろう。記憶の断片をつなぎ合わせたような不鮮明なアンビエントのサウンド・コラージュ “Light In The Center”、アルコールが抜けかけた夜明け前の陰鬱で感傷的なダンス “Kokiri”、これまでのラスト・フォー・ユースの色がより濃く出ている影のあるリゾート・ディスコの祝祭 “Dummy”、アルバムの楽曲のジャンルはバラバラで統一感には少しかけるが、しかしそれがかえってゴールデン・レコードのコンセプトを際立たせている。「私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像のなかに再び私たちがよみがえることができれば幸いです」ボイジャー計画のジミー・カーターの言葉のように『All Worlds』はヘッドフォンのなかに遠く離れた世界の記憶を浮かばせる。記憶のチップを差し込み、誰かが生きた日々を再生するSF映画のような未来の出来事、ラスト・フォー・ユースとクロアチアン・アモールの3人が作り出したこの音楽はそこにある世界がここには存在しないという薄ぼんやりとした喪失感を伝えてくる。だけどもそれは決して不快な感覚ではない。柔らかい光に包まれた終焉の音楽は同時に新たな始まりを感じさせる希望の音楽でもあるのだ。寂しさはあるが、その先にある未来の世界を夢見ている。ある意味でこれは時を隔てた10年代のコペンハーゲン・シーン、あるいは〈Posh Isolation〉の時間を締めくくるようなアルバムなのかもしれない。
Casanova.S