ジェフ・ミルズのレーベル〈アクシス〉が始動して30年目の今年、その記念としてミルズのリリースにおいてもっとも芸術的レコードの1枚に挙げられる「Cycle 30」を300枚のみ再発することをレーベルは発表した。
同12インチ・シングルのA面には8つの1本溝が掘られており、それぞれが無限にループする1トラックとなっている。これは、デトロイト・テクノにおける貢献者のひとり、故ロン・マーフィーの技術があって具現化できた、まさにレコード芸術だ。レーベル面には樹木のシンボルがデザインされているが、樹木の幹を水平に切断し、露出させたときに現れるサイクルがその8本溝でもある。
レコードを製造するときに使うスタンプラー(鋳型)には寿命があるが、オリジナルがまだかろうじて使える現在、レーベルはこの機会に600枚をプレスした。残りの300枚は、レーベルが60周年を迎えたときに発売予定。
とりあえず、欲しい人は、迷わずプレオーダーすること。
「Not Wavingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
先日、とあるミュージシャンがSNSから距離を取り、ライヴの告知を短いラジオのような音声データで配信していることを知った。早速耳にしてみると、しんと静まり返った場所で微かな虫の音とともに、落ち着いたトーンで訥々と間を空けながら語りかける様子が、まるでそのミュージシャンの即興演奏そのものであるようにも響き、わずか10分だが気づけばじっくりと聴き入ってしまっていた。ライヴの告知なのだから音声の内容を手早く知りたければ倍速で流すこともできる。だがわたしは、その音声を倍速で聴こうとは露ほども思わず、むしろ流れる時間に身を委ね、運ばれるがままに任せていた。それは没入感やASMR的な心地よさと似ているようで異なる、いわば時間そのものの体験とでもいうべきものだった。あたかも没入と離脱の両方に開かれたアンビエント・ミュージックのようでもある──わたしたちは多くの場合、それを倍速で聴こうとはしない。音楽をどのように聴くかは聴き手の全き自由だが、倍速にした際に抜け落ちてしまうもの、別様に変化してしまうものがあるのもまた事実だ。メロディや歌詞、コード進行、リズム・パターンなど、形象化し得る情報はある程度速度を変えても同じように取得できる。他方で引き伸ばされた低速度の時間を聴かせるアンビエント・ミュージックは、倍速にした途端にその本質をごっそりと失ってしまう。10分という時間を体験するためにはまさしく10分の物理的時間が必要なのである。ある種の音楽では、音を媒介することによってこのような時間そのものの体験を聴き手にもたらす。それは日常生活に流れる時間を別の時間へと置き換えることとも言い換えられるだろうか──。
ソングライター/ギタリスト/プロデューサーの岡田拓郎が未曾有のジャズ・アルバム『Betsu No Jikan』を完成させた。むろんジャズといってもいわゆるストレートアヘッドな4ビートのそれではない。だが9月27日に渋谷WWWで開催された特別編成でのリリース記念ライヴを観ても感じたが、ジャズの傍流に位置付けられてきたフリー~スピリチュアル~アンビエントの系譜──奇しくもその3日前に他界したファラオ・サンダースが生涯を通じて歩んだ足跡とも幾ばくか重なる──を、日本のフリー・ジャズから音響系までを踏まえたうえで、岡田流のポップス的感性でアップデートしているように聴こえたのだ。そう、岡田はまずもってポップス的感性を持ち合わせたミュージシャンであった。テン年代前半はバンド・森は生きているではっぴいえんど以降の日本語ロックに新たなページを刻み、バンド解散後はソロ名義で『ノスタルジア』(2017年)および『Morning Sun』(2020年)と、あくまでも歌およびポップ・ソングを中心とした作品をリリースしてきた。だが同時に彼はこうしたポップ・ミュージックと並行して、即興/ノイズ/アンビエントの文脈でも先鋭的な音楽を制作し続けてきた人物である。森は生きているとして活動する傍ら、フルート奏者/作曲家の池田若菜率いる即興トリオ・發展に参加し、同時期に即興的な魅力に溢れたソロ・ギター作『Lonerism Blues』(2014年)を発表。エレクトロニクス/コンポーザーの duenn とはドローン・アルバム『無常』(2016年)およびアンビエント/環境音楽作品の『都市計画』(2020年)を共作し、自身の bandcamp ではとりわけコロナ禍以降、実験的なソロ作品を精力的にリリースしてきている。なかでも昨年はレコーディングから公開までわずか半日で仕上げた、しかしながら奇跡的なまでに高いクオリティを誇る傑作フリー・インプロヴィゼーション作品『Guitar Solos』が少なくないリスナーの度肝を抜いたことだろう。
そのような岡田拓郎のポップス的感性と実験精神がジャズのムードを纏いながら極上のサウンドへと結実したのが本盤『Betsu No Jikan』である。『Morning Sun』から数えると約2年ぶりのアルバムであるが、すでに述べたようにこの間にも bandcamp で複数のソロ作をリリースしている。制作に約2年を費やし、多数のゲストを交え、録音上の編集を巧みに施した本盤は、制作期間半日・ソロ・一発録音の『Guitar Solos』と好対照を成すアルバムでもある。本盤では、岡田を除いて唯一全楽曲に参加している打楽器奏者・石若駿との即興演奏を主な素材としつつ、他のゲスト・ミュージシャンの録音を交え、マイルス・デイヴィス=テオ・マセロ流の編集作業を経て、いわば想像上のアンサンブルへと編み上げられた。
ジョン・コルトレーンの名曲 “A Love Supreme” の大胆なアレンジとなった1曲目では、折に触れて同楽曲のテーマをセッションの中で吹いてきたサックス奏者サム・ゲンデルが客演し、柔らかなシンセやサックスの響きと祝祭的な打楽器のグルーヴ、そして水音や鳥の声を彷彿させる音などが渦を巻くように絡み合う。続く2曲目 “Moons” は収録楽曲中唯一の歌ものである。とはいえ囁く歌声は前面に出るというより全体のサウンドに浸透し、谷口雄の煌びやかなピアノや細野晴臣のリズミカルなログ・ドラムと交わってミニマルな反復感を生み出していく。3曲目 “Sand” は岡田と石若のデュオだが多重録音によって万華鏡のような豊かな音のバリエーションと変化を聴かせる。アルト・サックスで大久保淳也、ベースでマーティ・ホロベックが参加したカルテット編成の4曲目 “If Sea Could Sing” は、あたかも森の樹々が風に吹かれてざわめくように音を鳴らし、スピリチュアルかつアンビエントな静けさを醸し出す。アルバム制作の起点になった楽曲でもある次の5曲目 “Reflections / Entering #3” はこれまでのゲストに加え、ネルス・クライン(g)、ジム・オルーク(b, synth)、ダニエル・クオン(vln)、山田光(as)、香田悠真(cello)、カルロス・ニーニョ(perc)、増村和彦(perc)と、総勢12名が参加した10分にのぼる大作だ。その人数に比して前半はむしろ離散的な音の響きが空間性豊かな落ち着きを生み、シンバルの降り注ぐパルスやサイン波のような持続音が張り詰めた空気を奏でると、一転して後半では高速ドラミングを基調としたサウンドに変化し、アルバムで白眉と言っていい苛烈なカオティックさへと至る。そして最後の6曲目 “Deep River” ではピアノの伴奏に乗せて、他の楽曲とは打って変わってヴィブラートを強調した大久保のサックスが宇宙の癒しと交信するように地を揺らすと、ゆったりとしたビートでモンド・ミュージック風の合奏がはじまっていく。
“Deep River” の震えるサックスが出現したとき、真っ先に想起したのはアルバート・アイラーの慈愛に満ちた叫びだった。収録された楽曲は岡田と大久保によるオリジナル曲だが、“Deep River” といえばアイラーが非破壊的な郷愁を誘うサウンドで吹き込んだ黒人霊歌の曲名でもある。その意味で『Betsu No Jikan』は単にジャズ的なムードを漂わせているだけでなく、コルトレーンからはじまりファラオ・サンダースを経由してアイラーへと至る、父・子・精霊のジャズの三位一体がアルバムを通じたひとつのモチーフとなっているとも言える。ただしそこで基層を成す即興演奏は通常のジャズにおけるような、共有されているフォーマットからの逸脱やその変形ではない。むしろ即興演奏それ自体がフォルムを生み出すフリー・インプロヴィゼーションに近しいあり方をしている。だがさらに言うなら、音を演奏家のコントロール下に置くことでフォルムを生み出し、あるいはコミュニケーションを図ろうとすることとも異なっている。ここには音をあるがままとするような特異な即興演奏の捉え方がある。岡田はそれを次のように説明していた。
音楽というものが、水とか風とか葉っぱが揺らぐような自然の音……人が手を加えていない、自然がそのまま鳴っている音のような状態になればいいなというのはずっと考えていることで。今回の制作におけるインプロビゼーションというのは、そういう音を発生させる装置という側面で考えていたように思います
(「岡田拓郎、〈言語〉と〈編集〉の先の音楽を追い求めて──『Betsu No Jikan』をめぐるロングインタビュー」)
「自然の音」を発生させる装置としての即興演奏。するとここでは即興演奏を録音することが、「自然の音」のドキュメント、すなわちあたかもフィールド・レコーディングのように捉えられているとも言える。演奏家がどのような音を発するかということと同等かそれ以上に、発された音をどのように聴き取るかという耳の視点が創作上の要点となっているのである。あるいは録音によって時間を音楽化する行為に焦点が当てられていると言ってもいい──フィールド・レコーディングとは音を記録する以前にまずもって時間を切り出す手段であるからだ。そのようにして収集された無数の「自然の音≒即興演奏」が、本盤では多層的に重ねられ切り貼りや加工が施されながらも、まるで全体が「自然の音≒即興演奏」でもあるかのようにより大きなひとつの時間の流れを生み出している。それは倍速の欲望を喚起する類の時間とはほとんど対極にある、風景としての音楽にも似た可聴化された時間の流れである。ならばわたしたちが本盤を再生するとき、そこには単に興味深い響きが現れるだけでなく、それまで流れていた日常生活の時間が丸ごと別の時間へと置き換えられてしまうのだとも言えるだろう。それが音響結果を付帯的なものとする実験音楽ではなく、あくまでもポップス的感性に根差した岡田流のジャズ・サウンドで提示されていることも付け加えておかねばならない。
基本的にぼくは疲れている男だ。これは自己嫌悪型ナルシズムではない、と自分では思っている。明日、起き上がって歩けるだろうかというレヴェルにおいて、本格的に疲れているのだ。悲しいことに、若い頃のように夜が明けるまでぶっ通しで飲むことができないどころか、ビールのジョッキを5〜6杯と焼酎を少々飲んだぐらいで翌日に残ってしまうという有様だったりする。ライヴの当日がまさにそうだった。前日の夜、恐れていた二日酔いに見舞われると、自分のメランコリックな属性が稼働し、さらに悪いことに朝から最悪のことばかりを想像してしまう。「何も変わらないだろう」と電気グルーヴは歌ったが、人類は少数の富裕層と大多数の下々という、考えてみれば昔ながらの世界に回帰した。おめでとう。そしてぼくはゾンビの大群のひとりのように電車に乗って、ふらふらとみなとみらいへと向かった。なんとか歩けるようだし。
最近、代名詞についてちょっと調べる機会があった。中国の(秦の)始皇帝は自らを「朕」と呼んだが、これはもちろん庶民には使えない言葉だった。中国語の一人称代名詞は「我」で、その言葉には価値のない身体という意味があったという説があるらしい。正しいか俗説なのかはわからないが、少なくともぼくには相応しく思える。そんなことを思いながらも、ぼくはステージ上で踊っているひとりの「朕」=ピエール瀧を眺めていた。
ワンマンライヴは3年振りだとステージ上のふたりは言っていたけれど、ぼく個人にとってはもっと久しぶりだった。最後に見たワンマンがいつだったか思い出せないくらいに。それはたぶん、人間生活にとって不都合な管理体制がいまほどきつくなかった時代だったかもしれない。インターネットがよりよい世界を作るだろう、新しいコミュニケーションをうながしオンライン上では誰もが自由に自己表現ができるだろうなどという説を知識人たちが喧伝しはじめた頃だった。人類が、日がな一日液晶画面のなかのアルゴリズムによる広告や動画を視界に入れながら、敵を作らないよう細心の注意が払われた安っぽい文章を読むか、さもなければ好みの動画で時間をつぶすこともなかったあの時代の電気グルーヴのライヴなら、人に自慢できるほどたくさん見ている。彼らがギリギリのところで存在していた奇跡的な時代のドキュメント、思い出だらけのあれこれ……。

二日酔いの身体にビールを流し込むことは決して快感ではないはずだが、音楽とは不思議なモノで、電気グルーヴのライヴがはじまってから3曲目だったか、“モノノケダンス”のころにはビールのなかに抗うつ剤が混じっていたのかと疑ったほどだった。
電気グルーヴは素晴らしかった。クラフトワークと同じように、彼らはテクノの徹底的な大衆主義者だ。エンターテイナーとしての自分たちの型と世界を持っている唯一無二の存在だ。誰もがその扉を開けることができるし、誰もが楽しむことができる。ヴィジュアルや照明といった演出も良かった。ライヴが終わったあと、ぼくはその場にいた湯山玲子にもっともらしくそんなことを言った。
しかしごめん、湯山さん、ぼくがライヴの最中に泣いたのは、じつは“Fallin' Down”のときだった。その曲が名曲であるかどうかを判断する基準として、リスナーの個人的な事情や社会の認識という主観が許されるなら、こいつはこの夜のぼくにとってはスマッシュヒットだった。もっとも盛り上がった曲のひとつで人気曲、石野卓球がワンコーラス目を歌い逃したほど感極まったかに見えた“NO”は、ふたりの友情の証でもあるが、PWEIがサンプリングした1977年のディスコ・ソング(Belle Epoque)の冒頭のアカペラを情熱のこもった愛らしいイントロに変換してしまった意味においてもこの曲はインパクトがある。PWEIは、1980年代のまだロック主義者たちがディスコを見下していた時代に、茶化しと反抗とユーモアの入り交じったサンプリング芸としてそれを見せたわけだが、電気グルーヴは彼らの精神を継承しながらも、ひとつのジョークとして、さながら文化的階級闘争のように、もはやディスコこそが最高だと他を見下しているかのようなのだ。そう、ピエール瀧こそが朕であり、そしてステージ上では朕の執行猶予明けが報告されもした。「執行猶予中のみなさん、もうすぐだからね」と、彼は人びとを勇気づけることも忘れなかった。
相変わらずのリップサーヴィスのなかで、自分たちは資本主義者で金の亡者だから物販を買って欲しいと繰り返す場面もあった。ぼくはこれにも笑った。反資本主義と言いながら何万部突破などと宣伝していることより信用できるだろう。とまあ、そんな具合に、1万人以上のオーディエンスを2時間ものあいだ楽しませた電気グルーヴは、アンコールでは“富士山”をやって、それからさくっと「みんなとみらいのYOUとぴあ」という面白い言葉を冠したライヴ公演の幕を下ろした。“人間大統領”も“虹”もやらなかったけれど、なんの不満もない。理解を超えた、不毛(ナンセンス)なことに熱中することはなんて楽しいのだろう。それがこんなにもまぶしいポップな娯楽として成立している世界は、そんなに悪くない。
電気グルーヴは、11月には全国ツアー「みんなと未来とYシャツと大五郎」も控えている。
ヴァイナルにまつわる新たな試みを展開するVINYL GOES AROUNDからニュー・アイテムの登場だ。
今回はデトロイトのドラマー、ロイ・ブルックス(&ジ・アーティスティック・トゥルース)による73年リリースのライヴ盤……の、なんとテストプレス。
ロイ・ブルックスは60年代前半にホレス・シルヴァーのクインテットなどを経て〈モータウン〉のジャズ・レーベルからデビュー・アルバムを発表。70年代以降のスピリチュアル・ジャズ作品はとくに人気が高い。増村和彦の憧れのドラマーでもある。ソニー・フォーチュンやエディー・ジェファーソンが参加したこのライヴ盤は、70年代ジャズの重要作品だ。
限定販売のため、お早めに。
なお来週10月26日にはVINYL GOES AROUND監修の別エレ最新号が発売。ぜひそちらもチェックを。
ROY BROOKS AND THE ARTISTIC TRUTH
Ethnic Expressions LP
Limited Edition Test Press
with Silkscreened Picture Sleeve (Serial Numbered)
Roy Brooks And The Artistic Truth / Ethnic Expressionsのテストプレスを限定で発売します。特別に作られたハンドメイドのシルクスクリーン・ジャケットは2種類のタイプを丁寧に一枚ずつプリントしています。
本作はアフリカン・スピリチュアルに傾倒したデトロイト・ジャズの中でも有数のライヴ・アルバム。音楽を通じてアフリカ系アメリカ人の団結を提唱した活動の記録でもあり、ここでしか味わうことのできない熱い演奏を堪能することができます。
昔からヴァイナル・コレクターの中でも非常に人気の高い作品で、今やオリジナル盤は1000ドル以上の激レア盤。参加アーティストも錚々たるブラック・ミュージシャンを従え、エディー・ジェファーソンもヴォーカルで加わっています。
これは正真正銘のジャズ・クラシックであり、70年代ジャズの最重要作品です。
※限定20枚ずつ。ここでしか買えないエクスクルーシヴ・アイテムです。

VGA-5007
Roy Brooks And The Artistic Truth
Ethnic Expressions
¥7,000
(With Tax ¥7,700)

VGA-5007W
Roy Brooks And The Artistic Truth
Ethnic Expressions
¥7,000
(With Tax ¥7,700)
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-5007/
*The products will be shipped in Late November 2022.
※商品の発送は2022年11月下旬を予定しています。
*Please note that these products are a limited editions and will end of sales as it runs out.
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。
少なくない数のある種の音楽ファンにとって、今年いちばん待ち望んでいたアルバム。前作から4年ぶりとなったルイス・コールの新作『Quality Over Opinion』は、20曲入り(国内盤CDはボーナストラックありの21曲)、70分超の大ヴォリュームで、ファンの期待を上回るこれまた快作だ。
2010年に、1stソロ・アルバム『Louis Cole』と、LAの名門音楽大学在籍中に出会った女性シンガー、ジェネヴィエーブ・アルターディと組むノウワー(Knower)の1stアルバム『Louis Cole and Genevieve Artadi』でレコード・デビュー。シンガー・ソングライターとして、そして、独創的な超絶技巧ドラマーとして地元ロスアンジェルスで名を上げ続けた彼は、〈ブレインフィーダー〉発となったワールドワイド・デビュー作『Time』一発で、世界中にその名を轟かせた。盟友サンダーキャットと並んで、いま最も聴き手の心を踊らせてくれる音楽家と言っていいだろう。
「最も影響を受けたのがジェイムズ・ブラウンで、曲づくりの転機となったのがスクリレックス」という発言に、彼がつくる音楽の秘密が凝縮されている。新作について、ルイス・コールについてより深く知るためのヒントが詰まったインタヴューをお届けしたい。
マシンと、人間が正確に叩くものは違う。人間には何らかのエラーがあって、でもそこにはある種のパワーがあるし、すごく感動的なんだ。
■前作『Time』と、新作で変わった点、変わらない点は何ですか?
ルイス・コール(Louis Cole、以下LC):変わった点は、新しいサウンドを探求していること。それから、ひらめきやアイデアを追求して、最終的な形にまで持っていくのがうまくなったと思う。これまでに培ったスキルで、最初に浮かんだアイデアを形にする力が増したんだ。ただ2枚のアルバムにおけるミッションは同じだった。それぞれの曲に対して、できるかぎり深く掘り下げて、そうして曲が持つエモーションを最大限引き出すというね。
■ドラムスをジャストで聴かせるのが、あなたの音楽の最大のトレードマークで、新作ではそれがより強調されているように思います。どういった考えで「ジャストなリズム」にしているのですか?
LC:もう何年も、正確にリズムを刻むこと、一拍一拍をどう置くかをしっかりコントロールすることに取り組んできたんだ。『Time』以降だから4年くらい、ドラムをより正確に操れるように努力してきたんだ。正確なリズムに興奮するんだよね。
■「ジャストなリズム」のおもしろさは、どういったところですか?
LC:何だろうな……そこから生み出される力というか。人間が完全に正確になることはできないよね。音符ひとつずつが違ってくる。打ち込みのビートやドラム・マシンはちょっと無菌というか……必ずしもそうとは限らないけど。とにかくマシンと、人間が正確に叩くものは違う。人間には何らかのエラーがあって、でもそこにはある種のパワーがあるし、すごく感動的なんだ。
■レコーディングの際はクリック、メトロノームの類は用いていますか?
LC:使っているよ。ニュー・アルバムでは全曲で使った。バンドと一緒に、ライヴで録る時などは使わないけどね。
■「ジャストなリズム」は、J・ディラ以降の大きな流行となった「揺れるビート」へのアンチテーゼとも受け取れます。揺れるビートに対するあなたの考えを聞かせてください。
LC:そういった、ユルい感じのヒップホップも好きだよ。それはそれで美しいと思う。僕がつくるビートとは別の形だけど、ある意味同じことのような気もする。J・ディラのことはよく知らないけど、きっとあの揺れも彼が求めた結果としてそうなっているわけで。つまり彼はしっかりとコントロールしていた。間違いなく、自分がどうしたいのかを把握していたんだ。僕も時々、揺れる感じで演奏することがあるけど、ニュー・アルバムの曲はジャストな演奏の方がいい感じだったんだ。でも、力強く、かっこよくて、魂を込めたものであれば、どんなビートでも全部有効だと思うよ。
9歳、10歳くらい。その頃はもうジェイムズ・ブラウンで頭がいっぱいだったね。
■ジャズ以外の音楽的なバックグラウンドを教えてください。どういった音楽を聴いてきましたか?
LC:小さい頃はスティーヴィ・ワンダーが本当に大好きだった。確か4歳とか5歳とか、そのくらい。カセットテープで聴いていたんだ。その後はニルヴァーナとかグリーン・デイにハマって。その後はジェイムズ・ブラウンにどっぷりさ。それが9歳、10歳くらい。その頃はもうジェイムズ・ブラウンで頭がいっぱいだったね。それから、ずっといろんなジャズを聴いてきた。僕の父がピアノを弾くということもあって、いつもジャズかクラシックのレコードをかけていたからね。
■ロスアンジェルスで生まれ育ったことは、あなたの音楽にどういった影響を及ぼしていますか?
LC:ひとつ良かったのは、大きな都市だからライヴがたくさんおこなわれていたこと。若い頃からすごく良いライヴを観ることができた。例えばジョシュア・レッドマンとかラリー・ゴールディングスとか。これはすごいぞって、子どもの頃に思ったのを覚えているよ。最近感じるLAの主な利点はふたつあって、ひとつは、様々な種類の自然から近いこと。雪も砂漠も、それからセコイアの森もビーチもある。インスピレーションを得たり、充電できるという意味でも、いい点だね。もうひとつは、LAには素晴らしいミュージシャンがたくさんいること。ライヴやレコーディングをするときに、本当に素晴らしいミュージシャンに声をかけることができるんだ。
■「ジャズの本質は混じりっけなしの自由。制限なんてない。無限の純粋な爆発なんだ」と発言されていました。あなたの音楽はジャズと、ポップスのミクスチャーと言えるでしょうか? 自分ではどういう音楽をつくりたいと考えていますか?
LC:確かにそうだと思う。間違いなく両方に影響を受けているし、ポップスという枠内で曲を書くのが好きだしね。ひとつのセクションがどのくらいの長さになるかに細心の注意が払われるところとか、おもしろいんだ。自分が音楽を聴くときも、集中力が長くは持たない。だからひとつのセクションが短いのが好きなんだよね。基本的にはあらゆる種類の音楽が好きだけど、自分がつくる場合はポップスの枠組みの中でつくるのが気持ちいい。創造する上で制限があるのもいいんだ。焦点が定まるというか。ポップ・ソングにヴァース、サビ前、サビといった型があるのは、自分の労力を流し込むのにすごくいい。でも同時にジャズの自由さも好きなんだ。恐れ知らずで、高エネルギーなところ。そしてヴァリエーションがあるところ。僕も、自分ではポップ・ソングをつくっているつもりでも、実際はもう少し自由で、もう少し野生的かもしれない。
■音楽を演じるにあたり、特に影響を受けたアーティスト、作品を教えてください。
LC:いろんな人の影響を受けてきたけど、間違いなく、ジェイムズ・ブラウンが大きかったと思う。彼の『Love Power Peace Live At The Olympia, Paris, 1971』というライヴ・アルバムを子どもの頃に聴いて、そのエネルギーに圧倒された。すべてが美しいんだ。あとはマイルス・デイヴィスのライヴ・アルバムも。70年代初期の『Black Beauty』はすごく好きだったな。狂気的で驚異的な演奏なんだ。それから1969年のトニー・ウィリアムズ・ライフタイムの海賊盤を聴いて、もっといいドラマーになりたいと強く思った。とりあえずいま思いつくのはそんなところだけど、まだまだあるはず。
■ソングライトは、その時々の自分の思いを表したもので、基本的には即興ですか?
LC:良い質問だね。曲の最初のアイデア自体は、そのときに自分が感じているエネルギーが現れたものなんだ。それを曲として使えるように凝縮するというか。だから、その時々に感じていることっていうのは、間違いなくそうだね。曲を完成させるまでには、ときには当然ながら、アイデアをひらめいたときと同じモードではなくなっていることもあるけど、それでも制作を続ける。そして自分自身を当初の気持ちに持っていこうとする。いつも歌詞は後から書くけど、最初の感覚を呼び覚まそうとする場合もあれば、そうではなくて、自分がつくったインストを聴いて感じたことを歌詞にする場合もあるよ。
■理論を活用して何十年先にも残るような名曲を書く、といったことには興味がないのでしょうか?
LC:もちろん、これまでに培った知識を道具として活用して、曲を強化することはある。ただ僕はそれほど音楽理論には詳しくないんだ。コードの名前とか、コードの作用とかは僕の得意分野ではないんだよ。だから僕の音楽知識というのはあくまで、長い間音楽をやってきたことによって培われたもので。何度も試行錯誤しながらね。そういう知識を用いてタイムレスな曲を書きたいという思いはあるよ。
あとはマイルス・デイヴィスのライヴ・アルバムも。70年代初期の『Black Beauty』はすごく好きだったな。狂気的で驚異的な演奏なんだ。
■「2011年にスクリレックスを聴いて、音楽に対する考え方が変わった。僕の曲づくりは彼の影響を受けてガラッと変わった」とのことですが、スクリレックスの音楽のどこに衝撃を受けたのですか、具体的に教えてください。
LC:そう、2011年に初めてスクリレックスを聴いたんだ。『Scary Monsters And Nice Sprites』を聴いたんだけど、シンセサイザーでつくったモンスター級サウンドだったわけ。とにかくグルーヴがすごくて。ある意味笑えて、ふざけてるのにめちゃくちゃヘヴィでグルーヴィなんだよ。それが、最高の組み合わせだなと思った。そして彼の音楽をライヴで聴いた。その体験が僕の人生を大きく変えたんだ。単にそのエネルギーが好きなだけじゃなくて、彼がサウンド・エフェクトで作曲すること、すごくメロディックにすること、しかもすごく理にかなっていることに、僕はものすごく感銘を受けた。
■具体的にはどう変わったのですか?
LC:まず、以前よりずっとプロダクションに注意を払うようになった。純粋なエレクトロニック・ミュージックをつくってみたいと思うようになったりね。というのも僕は基本的に楽器、アコースティック主体でやっていたからね。プロダクション、ミキシング、周波数といった音楽知識を学びたいと思ったよ。
■歌詞は、定番の男女の関係を歌ったものはなく、あなた自身の心の揺れ動きを表したものが多いですね。歌詞についてのあなたの哲学を教えてください。
LC:できる限りデタラメをなくして、正直に語るということかな。それから、自分らしいと感じられる言い方を心がけること。他の誰かから借りてきたような言葉使いをしない。たとえ音楽に乗せる言葉としては強すぎたり不快に感じるとしても、自分はこういう言い方をするなっていう言葉を変えないようにしている。そしてとにかく最大限深く掘り下げる。後は、曲なんだから韻を踏めるといいなと。僕が普段の会話で言いそうなことって、メロディに乗せるとイマイチな言葉もあるから、その場合はいい感じに曲に収まるようにする必要があるんだよね。とにかく、できるかぎり正直に書くというのが信条だよ。もちろんときには皮肉交じりの歌詞を書くこともあるけど、その場合はさすがに伝わってるだろうしね。
LOUIS COLE BIG BAND
JAPAN TOUR 2022
12.05 MON - NAGOYA CLUB QUATTRO
12.06 TUE - UMEDA CLUB QUATTRO
12.07 WED - SHIBUYA O-EAST
OPEN 18:00 / START 19:00
ADV. ¥7,150(税込/ドリンク代別途)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12997
16年前にミニマル・テクノでキャリアをスタートさせたアレックス・シリディス(Alex Tsiridis)がここ3年ほど、つまり、ロックダウンを機にユニークな音楽性の変化を遂げ始めた。複数のユニットを駆使しつつジェフ・ミルズやマイク・インクを踏襲するアシッド・ミニマルから大きく逸れることはなく、手法的な変化はほとんど見られなかったシリディスがRhyw名義で19年リリースの“Biggest Bully”でブレイクビートを導入し、往年のスミスン・ハックのようなサウンドに接近したかと思うと、時間をかけたビルド・アップによってシカゴ・アシッドの醍醐味を保ちつつ“Loom High”や“Just In Case”ではロン・トレント風のワイルド・ピッチ、“Geomest”や“Skend”ではUKガラージとの接点を探り始めた。“It Was All Happening”ではさらに7拍目と8拍目を抜いたジュークというのか、後の“Itso”にしてもいわく言いがたいポリリズムにもトライし、主に自らが主催する〈Fever AM〉からのリリースでは実験色豊かなアプローチを多発する。スリックバックやドン・ジィラといったアフリカン・テクノに慣れてしまった耳にはリズム感に少し難は残るものの、旧態としたフォームに音色の楽しみしか見出せなくなっているジャーマン・テクノにあってシリディスが明らかに突出した存在になってきたことは確か。20年に入ると他のレーベルからのリリースでもその傾向は増大し、ハーフタイムに影響を受けたらしき曲が続く。“Salt Split Tongue”、““Sing Sin”、“Bee Stings”、“Slow Stings”と、シンコペーションの利かせ方もどんどん派手になり、単純にどんどん曲が良くなっていくし、”Termite Tavern”などジャンル不明の曲が出て来る一方、“Spoiler”や”Honey Badger”などアシッド・ミニマルへのフィードバックにも余念がないところはとにかく恐れ入る。これだけダイナミックに変化し続けていたら、その流れでアルバムが出ることに期待するのが普通だろう。〈Fever AM〉からこの4年間にリリースされた4枚のEPを合わせるだけで12曲になるし、ソロではまだ1枚もアルバム・リリースがないというのはどう考えてもおかしい。シングルはどれもよく出来ているのにアルバムとなるとからっきしダメというプロデューサーがテクノ系には津波のようにあふれているので、必ずしもアルバムをつくることがいいとは限らないかもしれないけれど、アルバムしか聴かないというリスナーになにひとつ届かないというのはどうしてももったいない。そして、シリディスがこのタイミングで放ったのはソロではなく、〈Fever AM〉の5周年を記念したコンピレーション・アルバムだった。
『エラーじゃないよ。わざとだよ』というアルバム・タイトルはプログラマーのデイヴィッド・ルバルが90年代に書いた本のタイトルで、明らかに彼らがジャーマン・テクノとは異質な領域に進んだことをがっつりとアピっている。ここではあちこちで埋もれていた12の才能をひとつにすることで見え方も変わっていくというニュアンスも含んでいるかに思われる。正直、一度も名前を見たことがないプロデューサーもゴロゴロいるし、最も知名度があるのはペダー・マナーフェルト(Peder Mannerfelt)か、あるいはパライア(Pariah)か。人によってはホルガー・シューカイのバイソンをバックアップしたポール・マーフィー&スティーヴ・コーティとともにディスコ・ダブのアクワアバとして活動していたガチャ・バクラゼ(Gacha Bakradze)なら知ってるという人もいるかもしれない。そう、国籍もバラバラで、シリディスとともに〈Fever AM〉を運営するモル・エリアン(Mor Elian)はテル・アヴィヴ出身。05年からはLAに移動し、ダブラブでラジオホストも勤めている。彼女を含め〈Fever AM〉からのエントリーは5組で、エリアンの“Swerving Mantis”はマティアス・アグアーヨをあたりを思わせる南米寄りのジャーマン・タイプ、マサチューセッツ州を拠点に活動するゼン・クローン(Xen Chron)“1L4U”はスローなベース・ミュージックで、7年前に〈Apollo〉からアルバム・デビューを飾ったバクラゼ“Scum ”はマシナリーなデトロイト・エレクトロを提供。レーベルの新顔らしきアイシャ(Ayesha)“Swim”はエスニックなブレイクビートで、Rhyw“Caramel Core”がやはり出色といえ、ここでもスピード感あふれるハーフタイム・テクノを聞かせる。謎のルース(Ruse)“Kimura(キムラ?)”もマシナリーなエレクトロで、同じく謎のグランシーズ(Glances)“Sleuth”はマスターズ・アット・ワークや初期の〈Boy’s Own〉を思わせる軽快なブリープ・ハウス。さらに謎のサン・オブ・フィリップ(Son Of Philip)“Raleigh Banana”は4つ打ちながらブレイクビートをループさせてベース・ミュージックに近づけたヒネり技。このところ4年に一度しかリリースしない寡作なパライア“Squishy Windows”はオーガニックなエレクトロときてストックホルムからペダー・マナーフェルト“No Sheep”もシリディス同様のソリッドなハーフタイム・テクノを試行する。これらをまとめてジャーマン・ベースと呼びたいところだけれど、そうもいかないので、そのような理念で成り立っているコンピレーションということで。ブレイクビート・テクノのミス・ジェイ(MSJY)“Crab Walk”やエンディングはユニティ・ヴェガ(Unity Vega)“Anamnesis”によるブリーピーなハーフタイム・テクノが緩やかな余韻を残して全12曲を閉じていく。
もともとシンセサイザーやメカニカルな音楽が好きだったからエレクトロやテクノにのめり込んだわけで、それがレイヴ・カルチャーを機にブラック・ミュージックの踊りやすさに理解が及び、両方を兼ね備えていたデトロイト・テクノにガッツポーズという流れだったりするのだけれど、イギリスに渡ったテクノは泥臭くなり過ぎる面もあって、それはそれでいいんだけれど、ドラムンベースやダブステップといったベース・ミュージックの成果をことさらにメカニカルなテクスチャーに移植しようとするアレックス・シリディスの試みにはがんばれという気持ちしかない。僕は若い時にはブラック・ミュージックに関心がなかったせいか、初めからグルーヴがあって当たり前という感じよりもグルーヴを生み出そうと努力している人たちにシンパシーを覚えるということもある。テクノにダンスホールを取り入れたロウ・ジャック(Low Jack)やブロークン・ビートをレイヴ・サウンドでフォーマットしたプロイ(Ploy)と同じく、このまま誰もついこない道を突き進んで欲しい~。
一枚の写真をヒントに
Nouns『While Of Unsound Mind』のアートワークは、メンバーの祖父母の結婚式におけるワンシーンを切り取った写真が使われている。アンティーク品のごとく、朽ちた色合い。人びとが祝福し合い、生きていた証。かつて地球上にこのような瞬間があった──その事実を遺す貴重な一枚のヴィジュアルは、多くの示唆を含み私たちを彼方へと連れていく。
Nouns は元々2013年に、ヴォーカル/ギターの Hunter Clifton Mann を中心に四人組エモ・バンドとしてアーカンソー州からデビューした。当時から個性的なメンバーが集まっており、各々がパンク/ハードコア・バンド Radradriot やスラッシュ・メタル・バンド Cavort Usurp といった場で活動していたようだ。ノー・エイジやコンヴァージへのリスペクトを公言しながら、そのカオティックでルーズな志向性によって鳴らされるローファイな音楽は、エモ・シーンにおいて一定の注目を集めた。しかし2014年以降は長いブランクに突入、昨年7年ぶりに突如として新たなEPをドロップしたのち、今回ついにアルバムが届けられたのである。彼らの音源が途切れたこの数年の間、シーンは大きく変わった。いや、「エモ」という概念それ自体が多大な変容を遂げることになったと言える。Nounsの『While Of Unsound Mind』は、そういった状況に対するひとつの明確な回答を提示しているように思う。
エモの数奇な運命
エモが辿ることになった数奇な運命について、時間を巻き戻して整理してみる。1980年代のフガジらハードコア・バンドにルーツを持ち、1994年にサニー・デイ・リアル・エステイト『Diary』によってその歴史を開始することになったエモは、3rd wave emo と呼ばれる2000年代のエモ・ブームで一度完成に向かった。アット・ザ・ドライヴ・イン『Relationship Of Command』(2000年)が見せた激情の発散、マイ・ケミカル・ロマンス『The Black Parade』(2006年)が構築した感情の一大絵巻きを象徴とし、次第にエモはロックの手を離れることになる。エモのリアリティはむしろ2010年代に入りヒップホップに援用され、ポップ・ミュージック全般に影響を与えるようになり、2018年にBBCは「Emo never dies: How the genre influenced an entire new generation」と報じた。そしていまや、“All That’s Emo” の時代へ──ロックを超え、ポップ・ミュージックをも超え、あらゆる文化がエモの影響下に置かれている。
ゆえに、コミュニティを超えてその定義を肥大化させていったエモを横目に、本来のロックにおけるエモが1990年代の作品を参照しコアを見つめ直すことで、2010年代に 4th wave emo として原点回帰していったのは当然の成り行きだったように思う。けれども、同時にそれは何かとてつもない変化のようにも見える。本来エモとは、瞬間的に立ち上がる喜怒哀楽が混在した、得も言われぬ感情を抽象的なまま具現化するものだった。それは、シニフィアンとシニフィエが手をつなぐ以前の状態で、ある種の曖昧さを持った音楽だったはずだ。けれども、歴史化されエモのあらゆる音がリファレンスになることで、音のひとつひとつは意味性と結託してしまう。自己の記憶ではなく、共同体のデータへ。あるいは、共同体のデータに紐づけられた感情へ。だからこそ、4th wave emo の原点回帰は、危ういものに聴こえた。ザ・ワールド・イズ・ア・ビューティフル・プレイス&アイ・アム・ノー・ロンガー・アフレイド・トゥ・ダイの純化されたような普遍性や、モダン・ベースボールの水しぶきをあげるようなフレッシュさが、どれだけの強度でリスナーに響いたのだろう?──エモ・ラップが、哀しいギターリフと泣きだしそうなラップで、陰影のグラデーションを奏でていた時代に。
感情消費についての研究でユートピアを紐解いていく社会学者のエヴァ・イルーズは、著書『Consuming the Romantic Utopia: Love and the Cultural Contradictions of Capitalism』(University of California Press、1997年、未邦訳)で、そういった状況に通じる話として次のようなことを述べている。「Emotions are activated by a general and undifferentiated state of arousal, which becomes an emotion only when appropriately labeled.(=一般的で未分化な覚醒状態によって感情は活性化され、それが適切にラベル付けされた場合にのみ感情になる)」「Cultural frames name and define the emotion, set the limits of its intensity, specify the norms and values attached to it, and provide symbols and cultural scenarios that make it socially communicative.(=文化的な枠組みは、感情に名前を付けて定義し、強さの限界を設定し、それに付随する規範と価値を特定し、社会的に伝達するシンボルと文化的シナリオを提供する)」(ともに筆者訳)。
感情に名前がつくこと。喜怒哀楽に分類できない曖昧な感情を、ラベリングしてしまうこと。
感情が数量化される時代に
その後2010年代の終盤、エモ・シーンにおいて 5th wave emo と呼ばれる潮流が生まれはじめた頃──感情資本主義が加速し私たちの社会を包囲することによって、エモーションは数量化されるようになった。公的領域における感情は全て可視化され、コントロールすることを求められる。私的領域における感情は効率化/合理化されあらゆるリソースと交換される。一方で、SNS空間では皆が感情を爆発させる。いまこの瞬間も感情は膨張し、タイムライン上でシェア数はスロットのようにくるくると回転し続ける。3,000リツイート、5,000リツイート、1万リツイート……やめて。もう、やめてくれ! 感情はパチンコ玉なのだろうか? ひとつひとつは小さく軽いけれど、1万個集まったパチンコ玉は兵器で……誰かを殺傷する。
サウンドの特長で言うと、『While Of Unsound Mind』は、5th wave emo に位置づけられるだろう。ノイズ・ロック、マス・ロック、シューゲイザー等のアプローチによりそれぞれの楽曲はより一層エクスペリメンタルに傾き、4th wave をベースにしながらも「いかに多彩な手法を散りばめられるか」という戦いに出ている。けれども、それら音色は多彩と言えどカラフルではない。ひとつひとつの音は錆び、軽くて簡素で、ぶっきらぼうですらある。アニメや漫画からの引用は 5th wave のエモ・バンドに多く見られる傾向だが、本作ではその手法も、無邪気さではない、どこか斜めの視点によって冷静になされている。いくつかサンプリングされるアニメから取り出した台詞、静電気のように小さく弾ける音、コンピュータが制御されず故障した音。荒廃した反理想郷社会のような、無限なるものへの感情の暴走が加速し有限の壁を越えてしまったかのような世界。人間の感情を際立たせ人間らしさを追求していった果てに、人間が消え失せてしまう社会の到来。Nouns の音楽は、そういった廃墟を捉えつつ鳴り響いている。ということは──『While Of Unsound Mind』は感情に突き動かされ朽ち果ててしまった世界を描いた作品なのだろうか? それとも、その世界を受け入れたうえで次の道筋までをも描いた作品なのだろうか?
リミナリティとしての『While Of Unsound Mind』
ひとつ、ヒントになり得るアングルを提案したい。近年ファッションブランドの HATRA が作品のコンセプトに取り入れている事例があるように、パンデミック以降「リミナリティ」の概念が改めて注目を集めている。文化人類学者のヴィクター・ターナーによって論じられたそれは、社会生活の中での過渡にあたるプロセスを「リミナリティ=境界状態」と呼ぶことで、身分の逆転や無差別な解放などが喚起され、日常の社会構造の対極にある反構造が現出するとした。例えば「祭り」などは、「祭り前の日常」と「祭り後の日常」の過渡に位置づけられるまさに境界状態であり、解放されることによっての日常の秩序からの逸脱を成し得るものだろう。その視点に立った際、『While Of Unsound Mind』のアートワークを、結婚式というリミナリティとして捉えることも可能に違いない。なぜなら、眼を凝らして見てみてほしい──祝福とともに騒ぐ人びと、落書きされた乗用車のボンネット……人びとは、秩序に反旗を翻し反構造を実現するような熱気に満ちているではないか。恐らくその熱気によって、革命は成し遂げられていく。式という、境界状態の乱痴気騒ぎによって。
5th wave emo ではなく、ポスト・エモとして
5th wave emo は「ポスト・エモ」とも呼ばれており、Nouns が現れた以降のいまのエモ・シーンを形容する際、私はその呼称の方が合っているように思う。なぜなら、数量化された感情が社会を支配したいま、5th wave などという順当な波はやってくるはずはないからだ。この波は「感情によって支配された世界」と「その後の世界」の境界に位置するものであり、その点において秩序を乱し革命を起こすものでなくてはならず、ゆえにポスト・エモとして、あらゆる手段を尽くし瞬間瞬間の美しきノイズを鳴らす。1万リツイートのパチンコ玉の重量に打ち勝つために、スロットの雑音に立ち向かうために、『While Of Unsound Mind』のサウンドはボロボロに錆びたスカスカの軽い音によって、感情の連打をひらりと交わしながら世界を打ちのめしていくものでなくてはならない。私たちを、作為なき剥き出しの状態、物理的なものが意味を失ったリミナリティな状況に連れていくこと──本作は、その力を秘めている。
ポスト・エモの力を、私は信じる。
※参考文献:ヴィクター・W. ターナー(2020)『儀礼の過程』(冨倉光雄訳)ちくま学芸文庫
80年代前半に活動を開始したインディペンデント・レーベル、クリエイション。ザ・ジーザス&メリー・チェイン、ザ・パステルズ、ライドらを輩出したのち、1991年にはプライマル・スクリーム『スクリーマデリカ』、ティーンエイジ・ファンクラブ『バンドワゴネスク』、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『ラヴレス』をリリース。UKシーンの騎手となったものの、経済的苦境に陥り、ソニー・ミュージックに49パーセントの株を売却したのち、オアシスをデビューさせ、世界のトップ・バンドに成長させた。
しかしながら、1999年、創設者であり主宰者でありつづけたアラン・マッギーは、突如レーベルの終焉を宣言した。
そして、それから20年以上たった今、アランの少年時代からクリエイションの隆盛を描いた映画『クリエイション・ストーリーズ』(2021年)が、この秋ついに日本でも公開される。
アランはスコットランド、グラスゴー出身。同じくスコットランド、エディンバラ出身の小説家アーヴィン・ウェルシュが脚本を手がけている。村上春樹より10歳ほど若いけれど、その分パンキッシュに、彼と比肩するほどの深さで音楽と物語を融合させてきた彼の手腕が、存分に発揮されている。
やはりスコットランドを舞台に、90年代のユース・カルチャーをヴィヴィッドに描いた映画『トレインスポッティング』(1996年)はアーヴィンの小説が原作だった。その大ヒット作品で監督を務め、それ以降映画界の寵児となったダニー・ボイルが、『クリエイション・ストーリーズ』の製作総指揮を担当した。
まさに申し分のない布陣ではないか。
内容も、期待に違わず、素晴らしいものとなっている。
「ファッキング・ジーニアス!」
アラン自身も、こう太鼓判を押した。
この映画でアランを演じているのは、ユエン・ブレムナー。『トレインスポッティング』でスパッドを演じていた彼だ。
「彼とは、ずっといい友だち。ここ最近はちょっと会えてないけど。彼はアートのプロフェッショナル。ぼくを演じた彼に対してそう言うのは変かもしれないけれど、彼のことを愛してる。そう、彼が20代だったころ、スパッドを演じたんだよね、ユアン・マクレガーじゃなくて彼がレントン(『トレインスポッティング』の主人公)を演じるって話もあった、そのあとに。『クリエイション・ストーリーズ』でぼくを演じるのは、ユエン・ブレムナーでどうかな?って聞いたとき、うわっ、最高だと思った」
数年前にニュースを見たとき、最初てっきりブレムナーではなく、ユアン・マクレガーかと勘違いしてしまった(笑)。
「いや、実際、マクレガーはどう?とも訊かれた。そういう、イケメン俳優がいいんじゃない?って。だけど、それはだめだ。断った。ぼくらしくない(笑)。映画を観おわったとき、ファッキング映画スターが最も印象に残るような感じにしたくなかった。だから、結局、マッギーはスパッドなのか(笑)? それはそれとして、彼は見事にアラン・マッギーを演じてくれた。すごい才能を持った俳優だね、まったく」
『クリエイション・ストーリーズ』で、どう描かれるか最も気になった場面のひとつが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインによる『ラヴレス』制作エピソード。あまりに長期間に及んだため、90年代初頭のクリエイション・レコーズ財政悪化の主要因となったといわれている。ところが、意外とヘヴィーに描かれていなかった。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのメンバーたちが可愛く見えてしまったくらいで(笑)。
「もちろん、あの映画そのものじゃなかった! まあ、半分くらい事実というか。ちょっとハッピーな雰囲気さえ感じたのは、一種のナンセンスなコメディー的要素のせいかも。ぼくが警備員に追いだされたところとか(笑)。でも、実際は警備員を雇ったりする予算なんか到底なかった。当時のぼくの個人的体験も含めれば、もっとずっとシリアスで、そう、ヘヴィーに描かれてもおかしくなかった」
ヘヴィーといえば、映画の冒頭部分で、アランがLA行きの飛行機に乗っているところを観た瞬間、そのあとの、ブレイクダウンの場面を観るのがつらいと思ってしまった。
『クリエイション・ストーリーズ』は、ドキュメンタリーではなく、あくまで事実をもとにした物語なので、時系列などが微妙に異なっている部分もあることに観すすめて気づいたのだが、歴史的に、過労とドラッグのオーヴァードーズでアランが倒れた、ブレイクダウンしてしまったのは、プライマル・スクリームが『ギヴ・アウト、バット・ドント・ギヴ・アップ』を、オアシスがデビュー・シングルをリリースしたころ、LAに飛んだときだった。
映画では、そのブレイクダウン場面に至るまで、ほかの楽しいことがたくさん描かれていた。そして、そこでは、仰天するような、しかし、ある意味リアルな特殊効果が使われていた。
「たしかに、それに関連する場面を観て、泣いてしまった友だちもいる。だけど、映像的に、すごかった。ぼく自身は、つらいというより、好きだな。うん、そのパートも大好き。制作予算が途中からアップして、映像的に大胆なこともできるようになった。ダニー・ボイルは、本当によくやってくれた」

「ところで、クッキーシーンは、今もやってるの?」
アランがそう訊いてくれたので、正直に答えた。ウェブ・サイトの製作システムが古くなってしまい更新できなくなった。そのうちリニューアルするかもだけど、コロナで収入も減ってるから、さて、いつになるか(笑)。
そして、このインタヴューは、エレキングという媒体に載せてもらう予定だが、ぼくが大昔に自主制作雑誌としてクッキーシーンを始める前に、野田努さんというひとが、やはり自主制作雑誌としてエレキングを始めていた。
「グレイト!」
野田さんは、たしかアシッド・ハウスがとても好き。
「アシッド・ハウス、大好きだ!」
カフェとコイン・ランドリーが一緒になったような場所で踊りまくる場面が映画にあった。すごく印象的だった。あれは実話なのか?
「イェー、あれは100パーセント事実、本当にあったことだよ!」
エド・ボールがアランにアシッド・ハウスを教えたというのは?
「いや、それは逆。ぼくがエドにアシッド・ハウスを教えた。80年代当時はエクスタシーが安かったから、それに入れこんでた。もちろん昔の話だけどね」
1994年のブレイクダウンのあと、アランはドラッグどころか、アルコールも、コーヒーさえ一切摂取しなくなったということは有名な話だ。
「エドは、もっと安く入手する手段を見つけて、アシッド浸りになっていた、もう四六時中(笑)」
90年代なかば以降、ロンドンでしょっちゅうエドと会っていたけれど、あまりそんな感じは受けなかった。彼もアランと同じくもうやめていたのかもしれないし、むしろ典型的なイングリッシュ・ジェントルマンという印象だった。
「そう、そうだよね。彼とは、しばらく会ってない。また会いたいよ。なんか、最近ひきこもり生活に入っちゃってるみたいで。(エド・ボールがかつて率いていたバンド)ザ・タイムスのボックス・セットが少し前にチェリー・レッドからリリースされたけれど、もうすぐ彼の新しいコンピレーションも出る。彼のことも、彼の音楽も、ぼくは本当に愛してる」
アランが80年代にやっていたバンド、ビフ・バン・パウ!のボックス・セットも、今年チェリー・レッドからリリースされた。そこには、ビフ・バン・パウ!のCD5枚だけではなく、それ以前にアランがやっていたザ・ラッフィング・アップルのCDも1枚入っていた。ザ・ラッフィング・アップルの多くの曲を、初めて聴けた。
それで、あらためて気づいた。初期ビフ・バン・パウ!にもそんな傾向は残っていたが、ザ・ラッフィング・アップルの音楽は、よりあからさまにポスト・パンク的というか、アヴァンギャルド。
「うん、うん、まったくそうだ。でも、ザ・ラッフィング・アップルは、ぼくのバンドというより、アンドリュー・イネスとぼく、ふたりのバンドだったということを忘れちゃいけない。ちなみに、彼とは、今もよく会ってるよ。一緒に歩いてるというか、散歩友だちって感じで(笑)」
アンドリューとアラン、ボビー・ギレスピーは、グラスゴー時代から友だち同志だった。前者ふたりがロンドンに移り住んだとき、ボビーはグラスゴーに残った。父親が絶対に許してくれない、という理由が、すごく微笑ましいと思った。
そしてアンドリューは、80年代後半のファースト・アルバム制作時から現在に至るまで、ボビー率いるプライマル・スクリームの中核メンバーでありつづけている。
『クリエイション・ストーリーズ』で描かれた、グラスゴー時代のエピソードには、とてもわくわくさせられる。ただ、気になったのは、アランのお父さん、ジョン・マッギー。
「アーヴィン・ウェルシュは、父さんの様子に関して、正直言って、あれでもソフトに描いてくれたんだよ。ぼくの家では、まじで最悪な暴力が展開されていた。父さんは、みんなを叩きまくっていたというか、映画よりもっとよくない感じで、ぶわーっとジャンプしてぼくの頭を蹴ったり(笑)」
ちょっと意外だった。かつてジョンがクリエイションからアルバムをリリースしたとき、彼に電話インタヴューしたことがある。とてもいいおじさんという感じだったし、ピート・アスター(ザ・ロフト、ザ・ウェザー・プロフェッツ)が好きと言っていたので、なんかアランと趣味が合う、音楽的にも理解のあるひとだったのかと思っていた。
「彼、そんなこと言ってた(笑)? 知らなかった。まあ、癇癪持ちだったけど、もちろん悪いひとじゃなかった。あの暴力は、たぶんアルコールのせいだった」
暴力的だったかどうかは別として、思春期における父親からのプレッシャーという意味では、とても共感を覚えた。とにかくステディ・ジョブ(固い仕事)に就けとアランが散々言われていたこととか。ぼくの父親もそうだったから。
しかし、この映画は、最後に心暖まる場面で締めくくられる。
あえて、ねたばれはしない。
「いや、あれはもちろん作り話(笑)。だけど、ありえたことというか。彼とぼくがなにかをシェアできたかもしれない、そういうこと。いつだって、起こりえる。でも、実際になかったことだったのは残念だった。だけど…」
父親と息子とは、そういうものかもしれない。
「ジョン・マッギーを演じたのは誰だと思う? リチャード・ジョブソンだよ! スキッズのシンガーだった! 父さんを、リチャード・ジョブソンが!」
アランは、この映画に対して「ファニー」という表現を何度も使っていた。そう、『クリエイション・ストーリーズ』は、最高に楽しめる映画だ。あなたにも是非観ていただきたい。

撮影現場を訪れているアラン・マッギー。
クリエイション・ストーリーズ~世界の音楽シーンを塗り替えた男~
製作総指揮:ダニー・ボイル
監督:ニック・モラン 脚本:アーヴィン・ウェルシュ&ディーン・キャヴァナー
出演:ユエン・ブレムナー、スーキー・ウォーターハウス、ジェイソン・フレミング、トーマス・ターグーズ、マイケル・ソーチャ、メル・レイド、レオ・フラナガン、ジェイソン・アイザックス
2021年/イギリス/英語/110分/原題:Creation Storie/配給:ポニーキャニオン
© 2020 CREATION STORIES LTD ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト: https://creation-stories.jp
ブリトニー・パークスのアーティスト名であるスーダン・アーカイヴスは、母親からスーダンとのニックネームを与えられたことに由来しているという。その後、歴史の意味を踏まえてアーカイヴスを加え、黒人のルーツを感じさせるものにしたかったと。ただスーダンが定着する前は自分で自分のことを「トーキョー」と呼んでいたらしく、その理由はもう覚えていないとのことだが、これはある意味で彼女の音楽性を示唆するエピソードに感じられる。つまり、アメリカに住むブラックとしてのシリアスなルーツ探求やアイデンティティの認識がいっぽうであり、もういっぽうにそれと関係ない直感的でランダムな興味がある。そのミックスが彼女のストレンジなR&B、独自のアヴァン・ポップを生み出しているのではないだろうか。
パークスはLAで生まれオハイオのシンシナティで育ったシンガーソングライター、とくにヴァイオリンを得意とするマルチ奏者、プロデューサーで、LAに移ったのちにLAビート・シーンの重要拠点である〈ロウ・エンド・セオリー〉に出入りするなかで頭角を現した存在だ。彼女は西洋のクラシックの楽理とは別の奏法をアフリカのヴァイオリン奏者の演奏を聴くなかで独自に学び、ヒップホップやR&Bと混ぜることで自分のスタイルを作り上げてきた。〈Stones Throw〉からのリリースとなった『Athena』(2019)では、すでにその個性がじゅうぶん発揮されている。
ところが2作目となる『Natural Brown Prom Queen』を聴くと、それとて彼女の才能のほんの一部でしかなかったのだと思い知ることになる。本作にあるのはR&B、ヒップホップ、ベース・ミュージック、アフロ・ポップ、ファンク、ジャズ、エレクトロニカ、トラップなどなどの脈絡があるようでないような、ないようであるようなミクスチャーで、全18曲53分という長さもあり、モダン・ポップ・ミュージック・ワールドのスリリングな旅を楽しむことができる。サイケデリックなイントロのシンセ・ファンク “Home Maker” から、中近東風の弦の旋律からせわしないビートへと突入する “NBPQ (Topless)” といたるオープニング2曲ですでに何やら慌ただしいが、その展開の多さこそが面白さだ。ある意味、フライング・ロータスがやってきたことをR&Bフィメール・シンガーの文脈も踏まえて別の角度から取り組んでいるようにも感じられる。
パークスによる奔放なヴァイオリンの演奏は前作よりも断片的になっており、それを残念だとする声もあるようだが、アルバム全編に偏在することでむしろそのスタイルの幅を広げている。ドリーム・ポップのような甘い響きの導入からダンス・トラックへとなだれこむ “ChevyS10” での官能的な鳴り方と、トライバルな要素を強調する “TDLY (Homegrown Land)” でのヴァイオリンの活躍は別のものだ。ただ、アルバムではそれらがすべて彼女個人のスキルや打ち出しとして統合されているのが見事というほかない。
リリックのモチーフは幼い頃に双子とともにポップ・スターに仕立てられようとされた経験や、LAで抱く故郷オハイオへのホームシックなどパーソナルなものが多くを占めるなかで、黒人女性がアメリカにおいて客体として扱われたときの自尊心の持ちづらさも現れる。「わたしの肌がもう少し明るかったら、すべてのパーティに参加できるのにってときどき思う」。パークスは、自分がジャネット・ジャクソンのような体型の黒人シンガーだからR&Bに分類されがちなのかもしれないと話す。ステレオタイプやレッテルはつねに自身を縛るものとして存在するのだと。しかしながらこのアルバムでは、黒人女性としての体験、属性によらない個人的な想いが彼女の雑多な音楽性と同じように「混ざっている」。
パークスは魅力的なシンガーであると同時に、秀でたプレイヤーでありアレンジャーでありプロデューサーでもある。その音楽にはR&Bもあるが、その他のものもずいぶんたくさん入っている。スーダン・アーカイヴスの魅力は何よりそれらすべてがDIYの姿勢で実現しているとたしかに伝わってくることで、アルバム・タイトルにあるプロム・パーティは自ら主催したものだ。ジム-E・スタックが参加したエロティックな歌詞の “Milk Me” は彼女自身の主体的な欲望であることがわかるし、“Selfish Soul” や “Yellow Brick Road” にあるユルくて楽しいパーティ感覚は彼女自身がコントロールしているからこそ心地いい。プロムではふつう「クィーン」は他者に選ばれるが、このふつうとは違うパーティで女王は自ら軽やかに君臨する。
今年前半に公開されたジャック・オディアール監督『パリ13区』の脚本を共同で手掛けたセリーヌ・シアマとレア・ミシウスがそれぞれに監督した『秘密の森の、その向こう』と『ファイブ・デビルズ』が今年後半に立て続けに公開。パリの移民地区を舞台にした『パリ13区』はそれまでのオディアール作品とは比較にならないほど複雑な人間関係を扱い、その妙味は明らかにシアマとミシウスがもたらした変化であった。早くからシアマとミシウスの才能に着目していたオディアールが『リード・マイ・リップス』から21年を経て、70歳にしてこれだけの新境地を開けたことにも驚くし、『秘密の森の、その向こう』と『ファイブ・デビルズ』がいずれも『パリ13区』の一部を拡大し、どちらも示し合わせたようにSF的な要素を導入していたことも驚きであった。シアマとミシウスは子どもの視点を大幅に活用したことでも共通し、演技経験がなかったという子役の選び方まで同じ。子どもというファクターを加えることで2人は男性を必要悪としてでも受け入れなければ次世代がない=人類は存続できないという時間の流れを意識させ、そうした世界観を娘たちの目を通して描くというアクロバティックな観点へと観客を連れ去っていく。同じフランスの女性監督でもヴァレリー・ドンゼッリやミア・ハンセン=ラブにはなかった感覚であり、オディアール作品の死角ともいうべき部分が浮かび上がった感もある。いずれにしろ『パリ13区』、『秘密の森の、その向こう』、『ファイブ・デビルズ』はユニークなトライアングルをなし、どの作品も「女性たちにとって男性とは何か」という問題意識をそれぞれの角度から考えさせられる。

『パリ13区』からエミリーとその母と祖母という3世代の女性を抜き出して距離感を測り直したものが『秘密の森の、その向こう』のネリーとその母と祖母の関係に相当し、ネリーが父親にヒゲを剃って欲しいと頼むことで、要するにテストステロンを抑制すれば男性も女性たちの輪に加わっていいという単純なメッセージになっている(世代を単なる友人関係に置き換えると『かもめ食堂』のミサンドリーにも通じるだろう)。これに対して、『パリ13区』のノラとアンバーとカミーユの関係をジョアンヌとジュリアとジミーに置き換え、ヴィッキーという娘を加えたものが『ファイブ・デビルズ』の骨格部分をなす。『パリ13区』ではノラとアンバー、『ファイブ・デビルズ』ではジョアンヌとジュリアという2人の女性が奇妙な結びつき方をしていることがそのまま物語の核心をなし、ノラに恋するカミーユも、ジョアンヌと結婚しているジミーも、男は雑音に等しい存在として描かれている。雑音の入れ方がしかし、ミシウスは非常に巧みで、ヒゲを剃っていれば女性たちの輪に加えてもらえるというほど単純ではなく、そのノイズがノイズと見なされる理由も含めてストーリーの歯車に組み込んだところが『ファイブ・デビルズ』をとても見応えのある作品にしている。『ファイブ・デビルズ』は家族を扱ってるようで、実際にはジョアンヌという「個人の生き方」を描いた作品で、「家族のあり方」を描こうとする姿勢はむしろ希薄である。フランス映画というのは昔からそういうものかもしれないけれど。
ジョアンヌはプール教室のインストラクター。老人たちのレッスンを指導しながら子どもたちの行動にも気を配っている。彼女の隣には黒人の女の子がいて、全員が帰るとその子(ヴィッキー)はプールの片付けを手伝い始める。ジョアンヌは白人なので、養女なのかと思っていると、しばらくして彼女の夫であるジミーは「セネガル人」で、ヴィッキーも実の子どもだということがわかってくる。ジョアンヌは仕事が終わるとヴィッキーを伴って湖に寒中水泳をしに行く。ジョアンヌはいつもほとんど無表情で、物語も中盤を過ぎると(以下、少しネタバレ)寒中水泳で死と隣り合わせの状態に自分を置かないと自分が生きている実感を持てないという感覚を漂わせる。ヴィッキーはいつもジョアンヌが泳ぎ出して20分が経過すると警告を発し、湖から上がったジョアンヌにやはり無表情でガウンを着せる。冷え切ったジョアンヌの表情は寒中水泳を始める前よりもさらに表情を失い、ヴィッキーはジョアンヌが湖に飛び込む前に全身に塗るワセリン状のものを母親の匂いとして認識し、自分の手についたワセリン状のものをすべてビンに入れて保存している。ジョアンヌとジミーはセックスレスで、ジミーも家にいる時は表情がない。親子3人でTVを観ていてもそこには感情の交流はなく、言葉にして出されるのはいかにも親が言いそうな常套句のみである。物語が動き出すのはジミーの電話が鳴り、妹のジュリアが村に戻ってくることになってから。「いいよ」と返事したジミーにジョアンヌはなぜ許したのだと抗議する。しかし、ジュリアはジョアンヌの家にやってくる。そして、ジョアンヌの家に住み、酒がないとわかると夜な夜な酒を飲みに出掛けることから村の人たちにジュリアが戻ってきたという噂が広まっていく。ジョアンヌは同僚のナディーヌに噂の真偽を確かめられるものの、その噂は嘘だと否定する。

ヴィッキーは嗅覚が異常に発達している。ジョアンヌもヴィッキーの嗅覚が警察犬並みに能力が高いと気づき、ヴィッキーの能力を試してみる(この辺りは話がどっちに向かうのかさっぱりわからなくて最も期待が高まるところ。作品を観る気のある人はこれ以上読まないことをお勧めします)。ヴィッキーはジュリアの匂いを再現しようとし、その途中で「ある匂い」に反応して気を失ってしまう。彼女が目を覚ますと、そこは体育館で、学生時代の母親たちが体操の準備をしている。そこにコーチが新しいメンバーを紹介するといって連れてきたのが若きジュリアだった。ヴィッキーは人の匂いを介してその人の記憶に潜り込む能力を得たのである。ヴィッキーは何度もタイムリープを繰り返し、やがて10年前に何があったのかが少しずつわかってくる。(以下、完全にネタバレ)ジョアンヌとジュリアは女性同士で好意を抱き合っていたものの、理解のない父親に反対され、彼女たちの関係は誰からも祝福されなかった。ヴィッキーのタイムリープにはミッシング・リンクがあり、過去のすべてが明らかになるわけではなく、ジョアンヌとジュリアの関係もどのように展開していったのかはわからないものの、体操クラブが練習の成果を村の人たちに披露している最中にジュリアだけが私服に着替えて集会場から出て行ってしまう。ヴィッキーがたった1人の黒人として学校でいじめられているシーンが何度か挿入され、周囲の子供たちをタイムリープの道連れにしてしまう場面もあるので、もしかすると、若きジュリアも村には珍しい「セネガル系フランス人」としていじめられていたのかもしれない。だとすると、『パリ13区』でノラが強い絆を結ぶことになるのがネットで人気のポルノスターだったという異形のポジションにジュリアが置かれていると考えるのが自然だろう。オディアールもミシウスもフランスを「村」として描く態度が共通し、どちらもサルコジ以降に際立ち始めた共同体の閉塞感をあぶり出していく。ちなみに映画のタイトルは『5人の悪魔』なのに主要な登場人物は4人しかおらず、5人目は誰のことを指しているのだろうと思いながら観ていたら、ファイヴ・デビルズというのは村の名前で、どうやらそれはミシウスが『ツイン・ピークス」の大ファンだったことからアルプスの麓にある村という設定に変換されたものではないかと(推測)。いずれにしろ『パリ13区』も『ファイブ・デビルズ』も「場」を限定することに意味があったことは確か。

(以下、さらに完全なるネタバレ)集会場から飛び出したジュリアは外に飾ってあった巨大なクリスマス・ツリーに火をつける。その火が集会場に燃えうつり、逃げ遅れたナディーヌは顔半分にやけどを負ってしまう。そして、元の世界でも村の噂やナディーヌの責めに耐えきれなくなったジョアンヌが開き直って家族全員でカラオケ・バーに繰り出し、ジュリアと生き生きとしたデュエットを披露する。ジョアンヌはまるで感情の限りを絞り出したかのようであり、ヴィッキーとジミーは無表情の世界に取り残される。ジョアンヌとジュリアがタコ(=デビルフィッシュ)をキッチンに叩きつけ、笑い転げながら調理するシーンも印象的。そこには「敵」が凝縮され、ジョアンヌに続いてジュリアも見事に解放されていく。ヴィッキーはしかし、母親をジュリアに取られると感じてジュリアに対する敵意を倍増させ、悪臭でジュリアを家から追い出そうと自分のおしっこやカラスの死体を集めて魔女のスープのようなものを庭で煮立て始める。異形のものがインターネットからやってくる『パリ13区』では解決できることが、現実の世界しかない『ファイブ・デビルズ』ではそうはいかない。インターネットに逃げ込むことができないジュリアは、そして、再びジョアンヌの前からいなくなる。人間が電子化された存在になるということが共同体にとってどれだけの逃げ場をつくっているのかということがこの2作には差として表れ、その道を閉ざした時に人は死を選ぶというのがミシウスの立てた道すじとなる。ここにミシウスはもうひとつ男性の存在というファクターを濃厚に絡めてくる。ここまで背景に退いていたに近いジミーも姿を消したジュリアを探しまくる。そしてそのために自分がジョアンヌと結婚する前に付き合っていたナディーヌの元を訪ねる。ナディーヌは自分にやけどを負わせたジュリアを憎み切っているし、おそらくはそのせいで男とは縁がなくなっていたのだろう。セックスレスだったジミーはナディーヌの体を見た途端、いきなり襲いかかる。2人にとっては久しぶりのセックスであったことがその激しさから窺える。それと同時にジミーとジョアンヌはセックスレスだったというよりも制度に従った組み合わせだったために内発性が奪われていたのではないかという疑問に転化し、ジミーにとっては社会的には不倫に相当するセックスが結果的に様々なことの封印を解いたようになり、ジョアンヌとジュリアの関係を肯定するだけでなく、村の秩序とは異なる方向へ彼らを向かわせるのではないかと想像させることになる。ジミーとナディーヌのセックスの後、登場人物はみな優しくなり、誰も無表情ではなくなっている。現実にはタイムリープの代わりに何を持って来ればいいのかはわからないけれど、もはや時代はインターネットではないとミシウスは主張している。インターネットという逃げ場がある限り、このような変化は永久に起きなかった。必要としていた人との歌や料理やセックスによってジョアンヌもジミーも肉体や感情を取り戻し、共同体が求める家族像をぶっちぎれたのである。
よくよく考えてみると随所で説明不足なのに、そうは感じさせないところがこの映画はすごいかもしれない(実際には撮影しているのに、整合性のあるカットをわざと外してしまうのもデヴィッド・リンチの影響らしい)。その最たるものとしてラスト・シーンがあり、僕にはその意味がさっぱりわからなかった。ジュリアにだけは未来から来たヴィッキーが見えるという設定だったので、おそらくはヴィッキーの子どもが過去を探りに来ていると取るのが自然なのだろうけれど……。オディアール作品のほとんどが多様な人種の混淆を描き、それが意図的であることを窺わせるように『ファイブ・デビルズ』でセネガル系に重要な役割を演じさせているのも国民連合(旧国民戦線)が台頭しているフランスの現状に対し明確に政治的な意図をもってやっているとミシウスは発言している。「どの大人の登場人物もどこか道を踏み外しており、どこか不幸です。その良い面は、失敗した人のおかげで、ヴィッキーが生まれたということです。失われたものはない、失われた時間を埋め合わすことができないなら、私たちには選択肢がある、物事は決まってないのです。私たちには行動を起こすことができるのです」(レア・ミシウス)


