Home > Reviews > Sudan Archives- Natural Brown Prom Queen
ブリトニー・パークスのアーティスト名であるスーダン・アーカイヴスは、母親からスーダンとのニックネームを与えられたことに由来しているという。その後、歴史の意味を踏まえてアーカイヴスを加え、黒人のルーツを感じさせるものにしたかったと。ただスーダンが定着する前は自分で自分のことを「トーキョー」と呼んでいたらしく、その理由はもう覚えていないとのことだが、これはある意味で彼女の音楽性を示唆するエピソードに感じられる。つまり、アメリカに住むブラックとしてのシリアスなルーツ探求やアイデンティティの認識がいっぽうであり、もういっぽうにそれと関係ない直感的でランダムな興味がある。そのミックスが彼女のストレンジなR&B、独自のアヴァン・ポップを生み出しているのではないだろうか。
パークスはLAで生まれオハイオのシンシナティで育ったシンガーソングライター、とくにヴァイオリンを得意とするマルチ奏者、プロデューサーで、LAに移ったのちにLAビート・シーンの重要拠点である〈ロウ・エンド・セオリー〉に出入りするなかで頭角を現した存在だ。彼女は西洋のクラシックの楽理とは別の奏法をアフリカのヴァイオリン奏者の演奏を聴くなかで独自に学び、ヒップホップやR&Bと混ぜることで自分のスタイルを作り上げてきた。〈Stones Throw〉からのリリースとなった『Athena』(2019)では、すでにその個性がじゅうぶん発揮されている。
ところが2作目となる『Natural Brown Prom Queen』を聴くと、それとて彼女の才能のほんの一部でしかなかったのだと思い知ることになる。本作にあるのはR&B、ヒップホップ、ベース・ミュージック、アフロ・ポップ、ファンク、ジャズ、エレクトロニカ、トラップなどなどの脈絡があるようでないような、ないようであるようなミクスチャーで、全18曲53分という長さもあり、モダン・ポップ・ミュージック・ワールドのスリリングな旅を楽しむことができる。サイケデリックなイントロのシンセ・ファンク “Home Maker” から、中近東風の弦の旋律からせわしないビートへと突入する “NBPQ (Topless)” といたるオープニング2曲ですでに何やら慌ただしいが、その展開の多さこそが面白さだ。ある意味、フライング・ロータスがやってきたことをR&Bフィメール・シンガーの文脈も踏まえて別の角度から取り組んでいるようにも感じられる。
パークスによる奔放なヴァイオリンの演奏は前作よりも断片的になっており、それを残念だとする声もあるようだが、アルバム全編に偏在することでむしろそのスタイルの幅を広げている。ドリーム・ポップのような甘い響きの導入からダンス・トラックへとなだれこむ “ChevyS10” での官能的な鳴り方と、トライバルな要素を強調する “TDLY (Homegrown Land)” でのヴァイオリンの活躍は別のものだ。ただ、アルバムではそれらがすべて彼女個人のスキルや打ち出しとして統合されているのが見事というほかない。
リリックのモチーフは幼い頃に双子とともにポップ・スターに仕立てられようとされた経験や、LAで抱く故郷オハイオへのホームシックなどパーソナルなものが多くを占めるなかで、黒人女性がアメリカにおいて客体として扱われたときの自尊心の持ちづらさも現れる。「わたしの肌がもう少し明るかったら、すべてのパーティに参加できるのにってときどき思う」。パークスは、自分がジャネット・ジャクソンのような体型の黒人シンガーだからR&Bに分類されがちなのかもしれないと話す。ステレオタイプやレッテルはつねに自身を縛るものとして存在するのだと。しかしながらこのアルバムでは、黒人女性としての体験、属性によらない個人的な想いが彼女の雑多な音楽性と同じように「混ざっている」。
パークスは魅力的なシンガーであると同時に、秀でたプレイヤーでありアレンジャーでありプロデューサーでもある。その音楽にはR&Bもあるが、その他のものもずいぶんたくさん入っている。スーダン・アーカイヴスの魅力は何よりそれらすべてがDIYの姿勢で実現しているとたしかに伝わってくることで、アルバム・タイトルにあるプロム・パーティは自ら主催したものだ。ジム-E・スタックが参加したエロティックな歌詞の “Milk Me” は彼女自身の主体的な欲望であることがわかるし、“Selfish Soul” や “Yellow Brick Road” にあるユルくて楽しいパーティ感覚は彼女自身がコントロールしているからこそ心地いい。プロムではふつう「クィーン」は他者に選ばれるが、このふつうとは違うパーティで女王は自ら軽やかに君臨する。
木津毅