「!K7」と一致するもの

Groove-Diggers Best of 2023 Second Half of the Year - ele-king

--山崎: 今回は、Pヴァインのレアグルーヴ・リイシューシリーズ、Groove-Diggersの2023年の下期のベストをMomoyama Radioでまとめましたので、軽く解説ができたらと思います。

--水谷: 去年も色々とリイシューさせて頂きました。


□ Clifford Jordan Quartet - John Coltrane

--山崎: オリジナル盤は最近は高額になってしまい、なかなか入手できなくなりました。

--水谷: ストラタ・イーストからリリースされているもう一つのアルバム、Clifford Jordan名義の『Clifford Jordan In The World』は一般的なジャズ界でも非常に評価されているアルバムです。

--山崎: 50年代以降からブルー・ノートやリバーサイドなどでリーダー・アルバムを残している人なので、ストラタ・イーストの中でもレアグルーヴ的ではなくストレートなジャズというイメージですね。

--水谷: この『John Coltrane』はこの盤にもメンバーとしてクレジットされているビル・リー(映画監督スパイク・リーの父)が作曲で、彼の他のグループ、The Descendants Of Mike And Phoebeの『A Spirit Speaks』でも演奏されています。レコーディングはどちらも1973年で、Clifford Jordan Quartetの方が2ヶ月早いくらいですね。

--山崎: The New York Bass Violin Choirの1978年のアルバムにも収録されていますね。

--水谷: Museからリリースされている、Clifford Jordan Quartetの『Night Of The Mark VII』にも収録されています。

--山崎: Bill Leeは自身のリーダーアルバムはこれまでに無いのですが、その作曲が評価されている彼ならではのスピリチュアル・ジャズ名曲ですね。


□ Weldon Irvine - Mr. Clean

--山崎: Weldon Irvineの記念すべきデビュー・アルバムから。

--水谷: やっぱりWeldonはかっこいいですね。作曲センスが抜群です。

--山崎: この曲はFreddie Hubbard – Straight LifeやRichard Groove Holmes – Comin' On Homeでもカバーされています。どちらもWeldonからしたら大先輩にあたる人物に取り上げられるという、当時はまだ新人であったWeldonの作曲力がシーンでは評価が高かったことが伺えますね。

--水谷: Weldonが自主制作で出した最初の2枚、昔(90年代)はこのアルバムとTime Capsuleを比べるとレア・グルーヴの文脈で最初に再評価されたTime Capsuleの方が派手でポップな印象でした。どちらかというとこの1stアルバムは地味に感じた。ただ今は世の中のムードはどちらかというとこっちの1stな気がします。
アンビエント再評価の流れからフリージャズも聴かれるようになっていますし、今は他ジャンルがクロス・オーヴァーされた楽曲よりも硬派でよりストレートなジャズ色が強い方が時代にフィットしているかもしれません。

--山崎: 70年代当時はサウンドが新し過ぎて評価されず、90年代にアシッド・ジャズ・ムーヴメントやレアグルーヴにより発掘、評価された曲が、その後のネオ・ソウルなどの影響で2000年代以降に一般的になり、2020年代以降はむしろ70年代の王道ラインの方が評価されている再逆転現象が起きている。今のソウルやジャズの中古市場ではみんな定番系を漁っていますからね。レコード屋もマーヴィン・ゲイとかダニー・ハサウェイが壁に面だしになっています。


□ Phil Ranelin / Sounds From The Village

--水谷: Tribeってスピリチュアル・ジャズの中でもStrata Eastやブラックジャズのなどと比べて最初は好きになれない感じはありました。Strata Eastの方がグルーヴあったりポップだったりして聞きやすかったので。
好きだったのはマーカス・ベルグレイヴくらいですかね。Wendell HarrisonやPhil Ranelinはフリーな印象が強かったです。でものちに改めて聴くとジャズ・ファンクとしてかっこいい。Farewell To The Welfareとかもあとでいいなと思いました。

--山崎: 僕もTribeを理解できるようになったのはアシッド・ジャズやレア・グルーヴの流れではなくて、ハウスやテクノを聴くようになってですね。
90年台中盤頃にSpiritual Lifeとかカールクレイグの作品に漆黒のグルーヴを感じるようになってから最初にwendellの『An Evening With The Devil』を買って「Where Am I」を聴いたときに「これってテクノだ」と思って。


□ Wendell Harrison /Ginseng Love

--水谷: 僕はこの辺を「聴きづらい音楽ではないんだ」って思うようになったのは、どちらかというとこのWenhaとかRebirth Recordsなど80年代の方が先でした。爽やかな楽曲が多くて聴きやすかった。Tribeの本道はこっちじゃないんだろうなとは感じつつ。でも今はまわりまわってこっちに注目が注がれているのも面白いなと思います。

--山崎: 僕は逆に80年代のものはあまり買わなかったかもしれないですね。Wendell Harrisonの「Reawakening」くらいしか持ってなかった。でも70年代のものも滅多に市場に出なかったので買えなかったですが。


□ Rick Mason And Rare Feelings / Dream Of Love

--山崎: オリジナルはかなりレア盤です。

--水谷: 僕が買った当時はYouTubeにもなかったですね。でもこれは相当な奇盤です。

--山崎: そうですね。歌い方がだいぶ変ですね。
こういう奇盤って当時は誰が買ってたんだろうとか、どうやってお金を捻出してレコーディングしてリリースまで漕ぎ着けたのか不思議だなといつも思います。でもやっぱり今、人気のある盤は曲がいいんですよね。だから70'sブラックは面白い。

--水谷: レアグルーヴで評価された人ってこういうカチっとしていない人が多いですよね。
いわゆるヘタウマ系なのですが味わい深い。こういう人を評価していきたいです。

--山崎: これオリジナル盤は今いくらくらいするんですか?

--水谷: 僕は自分が買った時しか見たことないです。

--山崎: 今、Discogsで売ってるのは50万円超えですね。中間点も15万円くらいします。

--水谷: 「欲しい人」は748人もいる。こんな奇盤なのにすごいですね。


□ Three Of Us / Dream Come True Part 1

--水谷: Hilton Feltonによるグループ、Three Of Usのアルバム『Dream Come True』からの一曲です。

--山崎: Hilton FeltonをピックアップするのはLuv N' Haightが早かったですね。1993年にコンピレーション『What It Is!』に「Be Bop Boogie」が収録されています。

--水谷: 昔の話ですけど、その頃は月に一度仕事で大阪と京都に行っていたのですが、もちろん行く度にレコード屋さんを回るじゃないですか。それで大阪のとあるレコード屋さんにこのアルバムがレジ裏の壁に飾ってあってジャケを見ると写真も無しでDREAM COME TRUEという文字だけあって「ドリカムのなんかなのかなぁーと(そんなのが売ってるレコ屋じゃないのですが・・・)」。しかもしばらく売れていなかったんですね。毎月、そのレコード屋に行っては壁のこのレコードを眺めていたんですが、ある日、店員さんに勇気を出してあのレコードはなんですかって聞いたんです。そしたら聴かせてくれて、とても良かったので買いました。これが僕の最初のHilton Feltonとの出会いですね。そこからです、Hilton Felton関連は全部買おうってなったのは。

--山崎: その時はいくらだったんですか?

--水谷: あんまり覚えてないですが、べらぼうに高い金額ではなかったと思います。1万円はしたと思いますが3万円のレコードはなかなか買わない時代でしたので。

--山崎: それはすごいですね。このレコード見たことないですし、Discogsには販売履歴ないですね。そんなにバカみたいに高いレコードではないと思いますが珍しいかもしれないですね。

--水谷: Hilton Feltonがやっていることも知らない人が多かったと思います。


□ Hilton Felton / Never Can Say Goodbye

--水谷: ジャクソン5の曲のカバーですが、なんかこの人の鍵盤の手癖がいいんですよね。

--山崎: こっちの盤は近年、本当に中古市場が上がっていますね。「Be Bop Boogie」が収録されている『A Man For All Reasons』と共に人気盤です。

--水谷: Hilton Feltonはゴスペル出身なのですが、たくさん作品があるんですけどこの3枚が圧倒的にいいですね。
ただE.L. Jamesというボーカリストの『The Face Of Love』っていうアルバムはHilton Feltonが全曲アレンジしていてこのアルバムもすごく良いです。


□ Main Source / Time

--山崎: Diggersではないですが、昨年の目玉です。メインソースはなんだかんだやっぱり人気がありましたね。

--水谷: これ90年代のお蔵入りで出なかったトップ・クラスですから。
ブートやなんだでほぼ出てましたけど、でもちゃんと正規で発売されるとみなさんちゃんと買ってくれますね。

--山崎: このネタはMUROさんの「真ッ黒ニナル迄」でも使われているRoy Ayersの「Gotta Find A Lover」ですね。


□ A.P.G Crew / Daily Routine

--水谷: ディガーズでもヒップホップをやりたいと思っていて、なんかないかなって探した時にこれが出てきたんですけど。オークランドのギャングですね・・・契約するの苦労しました・・・。

--山崎: ネタはRoy Porter Sound Machineの「Panama」ですね。

--水谷: こういうヒップホップのいいとこでもあるんだけれど、かなり雑なんですよ。
A.P.G CREWのアルバムって収録曲中の3曲でRoy Porter Sound Machineの『Inner Feelings』収録曲をサンプリングで使っている。Roy Porterと同じ西海岸なので地元のレコ屋でLP見つけてサンプリングしがいのある曲がたくさんあるので摘んだのかと想像しますが、的確にチョイスしてサンプリングしてますね。

--山崎: 「Panama」に「Jessica」、「Party Time」と使いすぎですね。

--水谷: でもちゃんと91年当時にこの3曲をセレクトしてそのまんま使ってるけどポイントを的確に使っていることに評価。Vistone盤の再発が90年にリリースされているので、こっちらかもしれませんが。DJ Spinnaの「Rock」よりも全然早いですから。


□ Funkgus / Memphis Soul Stew

--山崎: シンガポールのサイケ・バンドですね。この曲はキング・カーティスのカバーです。

--水谷: こういうファンキーなサイケデリックは日本のサイケに通じるところがありますね。
70年代のアメリカの黒人でサイケな人ってあまり多くないイメージですが、アフリカやアジア・モノを掘っているとサイケ色強いバンドが多いです。Numeroが2007年にアイランド・ファンク系のコンピレーション、『Cult Cargo: Grand Bahama Goombay』を出しているんですけどサイケ感が出ている曲が多かったです。

--山崎: アメリカからサイケ・ムーブメントが日本やアジア、アフリカ、カリブ諸国に流れつくと同時にジェームス・ブラウンを筆頭としたファンクの波も押し寄せたから、それを融合したようなサイケファンクが多いのではと話を聞いていて思いました。

--水谷: 一理あるかもしれないですね。でもサイケ入ってるとあんまり今のトレンドに乗らないんですよ。だからアフロ・レアグルーヴも一部熱狂はありましたがあまり広がらず、ここんところのDIGマーケットでは少し落ち着きましたね。

--山崎: レアグルーヴの人はロック嫌いだし、ロックのひとは暑苦しいファンクを嫌いそう。狭間ですね。
でもサイケなファンク、これから人気出るかもしれないですよ。聴き方次第では今っぽい気もします。


□ Ernie Story / Disco City

--山崎: この人はインプレッションズとかにも参加している白人ミュージシャンです。
やっぱりロックっぽいですね。こういう盤、どこで見つけてくるんですか?

--水谷: この辺のPRIVATE盤もdiscogsをはじめ、今や情報が氾濫してるのでとても高くなりましたが、個人間でネット売買が始まった2000年代後半〜2010年代前半は比較的にモノもあったし買いやすかったと思います。ただ、こういった無名盤は一部のコレクターで止まっており、レアグルーヴの定番としての人気と評価は今だに90年代から2000年代前半のライナップで止まっている気がしますので、我々ももっといろいろなものを紹介していきたいですね。


□ The Mighty Ryeders / Let There Be Peace

--水谷: 僕は昔からこの曲が「Evil Vibrations」の次に好きでした。

--山崎: この曲は当時7インチも出ていますね。

--水谷: CDアルバムのライナーにも書きましたが、アルバムとシングルではバージョンが違うんです。
今年はこのシングル・バージョンも7インチで再発します、

--山崎: 裏面はMUROさんによる「Evil Vibrations」のエディットですね。

--水谷: でもこのアルバム、本当に全体的にいい。「Evil Vibrations」が突出しているので目立っていますが、どの曲も洗練されているけどファンキーでソウルでもあるレアグルーヴ王道な盤ですね。

--山崎: リーダーのRodney Mathewsさんはアルバムはこの作品のみですが、才能があったんでしょうね。


□ The Turner Brothers / Sweetest Thing in the World

--山崎: この曲もとてもいいですよね。楽曲自体がしっかりしている。
マイナー系でここまでクオリティ高いのも珍しいかもしれません。ソウル・ファンからは昔から評価が高い盤ですね。

--水谷: それにしてもこの盤も1999年に再発させているLuv N' Haight (Ubiquity)は早熟でしたね。先ほどのHilton Feltonしかり、91年にRoy Porter Sound Machineを12インチでリリースしたり、Weldon Irvineも1992年にはStrata East盤と『Weldon & The Kats』を再発している。

--山崎: Weldon Irvineの1st、2ndの2枚を最初に再発したのはPヴァインですね。1996年です。

--水谷: あの頃はまだまだ未発掘なものがたくさんあってよかったですね。

--山崎: ただ、先程もおっしゃってたように、無名盤はまだまだあるので新たなライナップを我々も提示していきたいですよね。


□ Joyce Cooling / It's You

--水谷: これはみんな好きですね。こういうのが今また売れるならもっと色々ありそうですが。

--山崎: 須永辰緒さんが2000年にカバーして有名になった曲であの頃は流行りましたね。
こういうブラジリアン・クロスオーヴァーが全盛期でした。

--水谷: この頃はPヴァインでもブラジリアン・クロスオーバーものはたくさん出してました。

--山崎: でも今、この辺のオリジナルの中古盤安いですよ。Joyce Coolingのオリジナル盤はそこそこしますが、昔は高かったのに今、こんなに安いんだっていうのをよく見かけます。またそのうち高くなるんですかね。


□ Cantaro Ihara / I love you

--山崎: イハラくんのいいとこって自分のエゴを出しすぎないからこれはオリジナルに忠実ですね。
とても良い仕事だなと思います。バランスがいいんでしょうね。

--水谷: うまく日本語にしてくれたと思います。こういうのは流行り廃りがないので、これからクラシックになっていくんじゃないでしょうか。


□ Southside Movement & Jackie Ross -- You Are The One That I Need

--山崎: この曲は素晴らしいですね。

--水谷: 1991年にPヴァインからSouthside Movementの『Funk Freak』というアルバムをCDでリリースしておりまして、1995年にはLPもリリースするんですが、これは未発表曲集という形でリリースされているんですね。そこに「You Are The One That I Need」が収録されているんですけれど、でもこれらの曲が含まれている盤がもっと昔にあるんですよ。おそらく80年代初頭ですかね。ジャケットもないプロモ盤で超レア盤なので滅多に出ないんですけど。

--山崎: なので今回はその盤にさらに曲を足してリリースに至ったんですね。

--水谷: 前述の『Funk Freak』って中古市場でも昔から高くならないんですね。「You Are The One That I Need」を手に入れるのってオリジナルはまず難しいので、『Funk Freak』しかなかったと思うんですけど。でもこれ誰も知らない曲だなって思っていたらMUROさんが2010年にMIX CDに入れていました。この時はさすがだなと思ってシビレましたね。

--山崎: 先ほどからの繰り返しになりますが、こういう曲こそ広がって定番のライナップに入ってほしいですね。

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--水谷: エンドロールはレアグルーヴ好きならピンとくる方も多いと思いますが今の時点ではシークレット・トラックとしておきましょう。

--山崎: 2024年もP-VINE GROOVE DIGGERSとVINYL GOES AROUNDチームではたくさんの面白い企画を考えておりますので引き続きよろしくお願い致します。

interview with Mahito the People - ele-king

自分の作品ではあるんですけど、自分という範疇を超えてるものでもあるので。映画って、コントロールできない部分がすごく大きいと思うんですよ。

 胸にずしんと響く映画だ。
 ママチャリに乗って愉快に声をかけあう若者たち。楽器を背負った彼らは海の見える坂道を駆けのぼっていく。舞台は明石。それまで味気ない日々を送っていた主人公のコウ(富田健太郎)は、強烈な個性を放つバンドマン、ヒー兄(森山未來)と出会ってから、その弟キラ(堀家一希)たちとともに自身でもバンドをはじめていたのだった。そしてそれはいつしかコウの居場所のようものになってもいた。一般常識に縛られないヒー兄の存在はそんなコウたちに刺戟を与えつつも、なにかと目立つその行動は種々の問題を引き起こしていくことにもなる──
 かつてどこかで起こったのかもしれない出来事。あるいはもしかしたらいまも列島のいずこかで繰り広げられているのかもしれない光景。何度も登場する「赤」のモティーフが象徴するように、青春映画でありながら幻想的な演出やメタ的な挿入を退けない『i ai』は、現代を舞台にしたおとぎ話のようにも映る。
 バンド GEZAN はもちろんのこと、小説の執筆や入場フリー/投げ銭制の大胆なフェス《全感覚祭》の開催、反戦集会の決行など多面的な活躍を見せ、ここ10年ほどで日本のオルタナティヴな音楽シーンを担うひとりとなったマヒトゥ・ザ・ピーポー。今度は、映画だ。初監督作『i ai』は、たとえば「汚い」ものや「危ない」ものが排除されるクリーン志向の今日、もしくは人びとが電子上のコミュニケーションによってホルマリン漬けにされているような現代日本にあって、見過ごせないヒントを多く含んでいる。あるいはこう訴えかけているとも言えるだろう。株式会社に就職したり起業したり、逆に引きこもってモニターを眺めつづけたりすることだけが人生ではないのだ、と。
 これまでのマヒトゥ・ザ・ピーポーを知るひとはむろんのこと、いろんなことに悩んでいる20代の方たちにこそ、『i ai』はぜひ観てもらいたい映画だ。(小林)

なんの映画なのかってカテゴライズするのはけっこう難しいかもしれない。ただ、アートの映画にはしたくなかったんですよ。

もういろんなところで喋っているとは思うのですが、まず、そもそもなぜ映画を撮ろうと思ったのでしょうか?

小説や音楽はひとりでもやろうと思えばできるけど、映画は予算も人員も規模がまったく異なるよね。

マヒトゥ:まあ、映画の神様に肩を叩かれた、みたいな。

神秘主義者だよね、マヒトゥ・ザ・ピーポーは(笑)。

マヒトゥ:冗談です(笑)。全感覚祭をやったりして、もうBPM250くらいの勢いでエンジンがかかった状態だったときに、ちょうどコロナのタイミングになってしまって。ライヴも映画館も止まっちゃってなにもできないし、ひとにも会えない状態が続いてくなかで、エネルギーの出し方を探さなきゃエンジンが焼き切れると思ったのがはじまりです。全感覚祭は祭りですが、そのとき祭りにいちばん近いと思ったのが映画だったんですよね。個人の力だけではなく、役者も裏方も、関わるいろいろなひとのエネルギーが立体的に集まってひとつのかたちになっていく点で、映画と祭りは似ているな、と。

全感覚祭をとおして得た集団作業の経験が大きかったんだ。

マヒトゥ:やっぱり大きいですね。ぜんぶ自分の作品ではあるんですけど、自分という範疇を超えてるものでもあるので。映画って、コントロールできない部分がすごく大きいと思うんですよ。たとえばフィクションだと、その日の天候だったり役者が背負ってきた歴史だったりが反映されるわけじゃないですか。逆にノンフィクションでも、音楽をつけたり都合の悪いシーンをカットしたり演出が入るから、フィクションの要素があるし。その境界って曖昧だと思っていて。そういうふうにコントロールできないもの、自分が自分の外側に広がっていくことに興味があったからかな。

もともと映画自体を観るのは好きだった?

マヒトゥ:そうですね。総合芸術としてのパワーがありますよね。もちろん音楽もですけど。

とはいえ映画って気軽に撮れるものではないじゃない?

マヒトゥ:だから、俺けっこう映像作家の友だちとかに嫌われてますよ。普通は、たとえばMVをいっぱい撮ったり、助監督とかでいろいろ経験を積んでから初監督、って流れですけど、スキップしちゃっているから。正面からウザいって言われましたよ(笑)。

愛情表現じゃないの(笑)。

マヒトゥ:いや、目が笑ってなかった(笑)。

経験がないからこそできる表現っていうのもあるから。そういう意味でいうと、『i ai』は音楽家っぽいやり方だなと。

マヒトゥ:フリーインプロの衝突を記録するという意味ではそうなんですかね。音楽でも、やっぱファースト・アルバムを出したころには戻れない。経験を積んで知識が増えると成長っていわれがちだけど、それが意外と制限になったりもするじゃないですか。だから映画も、この先絶対ここには戻れなくなるだろうなって思って、ルールでがんじがらめにするようなチームではやらずに、最初はバンド・メンバーや〈十三月〉のチームではじめていった。撮影の佐内正史さん含め、「映画とはこう撮るものだ」っていうルールを持たないひとたちとつくろう、っていうのはありましたね。

ホームレスもスケーターも街の観察者で、ほんとうはそういういろんな視点があることは豊かさなのに、対話に自分のエネルギーを割くのを省いて、楽に自分の欲しい情報だけをいかに早く手に入れるか、みたいな状況が加速している。

この映画が具現化される、最初の一歩はどこだったんですか?

マヒトゥ:最初にヴィジュアルを撮りました。この(ポスターやチラシに掲載されている)炎のやつ。クラウド・ファンディング用に佐内さんが撮ってくれて。そのあと1か月後くらいに佐内さんから電話がかかってきて「ぼくがムーヴィーまわそうかな」って。その唐突な電話が映画のはじまりです。

映画を撮るのにどれくらいの期間をかけたんですか?

マヒトゥ:どうだったかな。1年かな。脚本の書き方とか映画監督がなにをやるのかとかは一応わかっていたけど、現場はほぼ見たことがなかったので。豊田利晃監督の『破壊の日』(2020年)って映画に出演したときに現場を見たのが初めてだった。豊田組の「ヨーイ、はい!」の怒号の出し方みたいなのだけはっきり影響受けてます。細胞を起こすための怒号。

さきほど祭りの延長という話がありましたけど、じっさいに映画をつくってみて、フェスや音楽との違いや新しい発見はありましたか?

マヒトゥ:世に出る速度がぜんぜん違いますよね。ラッパーとかって有事のときの反応がすごく早いよな、って震災のときに思いました。そういうふうに思ったことにすぐリアクションできるのが音楽なんですけど、この映画は公開までに3年ぐらいかかってます。そもそも映画って時代をとらえるような感覚より、もっとプリミティヴな題材に合ってるんだろうなと思ってて。もちろんそれにも時代の空気感とかは含まれるんですけど、『i ai』をつくるときはコロナがいつ明けるかもわからないタイミングだった。だから、もうちょっとそういうものに接近した題材にするっていう手もあったのかもしれないけど、時代の最先端のものって一瞬で過去になって、タイムラインで流されていくじゃないですか。そういうことよりも、永遠に古くならないもののほうがたぶん映画の持ってる資質のなかで重要なんじゃないかな、と。

ちなみに舞台を兵庫県の明石市にした理由は?

マヒトゥ:俺というより俺らが音楽をはじめるときにいろいろな影響をくれたひと、ヒー兄のモデルになったひとがいた場所だから。自分たちにとっては今回こういうかたちになったけど、それぞれの場所で挑戦してるひとってだれかしらいると思うんですよ。ライターさんでも、自分の前を走ってるひと、かつて見上げてたひとっているだろうし。だからやっぱ、はじめるならこの原風景からかな、っていうので明石に。

これはもう、下津(光史)君の青春を描いているものとばかり……

マヒトゥ:いや、違う(笑)! それ言うのは野田さんだけ。

はははは。観ていてすごくメッセージを感じた。要所要所でどちらかといえば映像よりもマヒトくんの言いたいことが前に出てるんじゃないか、ぐらいに思ったんだけど、それはここで繰り広げられているライフスタイルや人間像みたいなものが、現代に対する批評にもなっているからじゃないかな、とぼくは思ったんだよね。さっき「時代性をとらえることはできない」と言ってたけど、ひょっとしたら地方都市のどこかにいまでもああいうやつらがいるかもしれない。

マヒトゥ:いるでしょ。

ね。そういうライフスタイルって表に出てこないけど、ああいうところにいるんだと。『i ai』には不器用な、世の中とうまく折り合いをつけられないひとたちに対する愛情をすごく感じたんだよね。

マヒトゥ:そこを奪い取られたら、もう自分の軸がわからなくなりますよね。世の中でいう成功とされるものだとか、あるいは逆に自殺しちゃうとかもそうで、「あの人は負けた」「人生だめだった」って烙印を押されることがあると思うんですけど、それでいえばみんな最後は死ぬし、ひとが何人集まったとかCDが何枚売れたとかで数字が積み上がったところで、いったいなんなんだろう? って疑問はつねにありますよ。なんて言ったらいいんだろ……生産性のあるものには価値があって、なにかを生み出せないものには価値がない、みたいな。けど、ヒー兄のモデルになったひとは、自分たちに映画を撮らせるところまでいかせて、いまだに影響を与えていて。それってやっぱ力があるってことだと思うし、数字でいえばただの「一」、たったひとり動かしただけなんだけど、その「一」が横の広がりだけじゃなくて縦の深いところにまで潜っていく。そういうことってメディアに載るときはないものにされてる気がするんですよ。ひとりのひとが感動したっていうことは一万人が感動したことより数は小さいかもしれないけど、ひとりの深度はたしかに存在していて。それは電子の海には乗らない、まだ翻訳しきれないものだと思ってて。それはひとが生きる上での営みにとってはすごく重要で、もちろんAIでは代替できないことだと思う。その愛おしさは、けっして器用・不器用の軸では測れない。そういうものが無価値なものだ、っていう行為を俺は全身全霊で軽蔑します。

きれいなモデルを見て「わたしもキレイになって、自分に自信を持たなくちゃ」って服を買って真似をして、でもその主導権は事務所側にある。自分がそこにいることを否定させて、資本主義と結びつけてよりお金を生み出すような流れだと思うんですよ。

印象に残っているシーンのひとつに、ヒー兄がるり姉とつきあうきっかけになった回想の場面があります。ヒー兄は初めて出会ったるり姉を前にして、ケータイもお金も海に投げ捨てる。いまの数字とか価値の話につうじるというか、型にはまらない生き方の体現ですよね。ヒー兄のモデルになった方にも、そういうところがあったんでしょうか。

マヒトゥ:ありましたよ、イーグルから聞いた話ですけど六甲山っていう山があって、心霊スポットなんですけど、そこで夜遊んでて石を持って帰ってきたんです。三日後ぐらいにそのひとと歩いてたら、ぜんぜん知らないおじさんにポンと肩を叩かれて、「石、返せよ」って言われてて。だれもいない真っ暗ななかで遊んでたのに。ヒー兄の説明にはならないけど、そういう引き寄せがたくさんあったひとでしたね。

ぼくはこの映画を一種のゲットー・ファンタジーだと思ったのね。もちろんリアリズムもありつつ、全体としてはある種のおとぎ話としてもつくられているんじゃないかなと。

マヒトゥ:なんの映画なのかってカテゴライズするのはけっこう難しいかもしれない。ただ、アートの映画にはしたくなかったんですよ。佐内さんとも最初に話したんですけど、「俺らはただ普通に撮ってもねじれるから、まっすぐつくろう」って。みんな奇をてらって、新しいカメラの技法とかいろいろトライしてると思うんですけど、そういうのは他人に任せて、自分たちは気配を撮ろうよ、と。

役者さんたちもすごくよかったです。みんな素晴らしくて、とくにK-BOMB(笑)。あの演技力!

マヒトゥ:野田さん、K-BOMB好きっすね(笑)。

(笑)いや、K-BOMBが映画デビューしたってだけでもすごいよ。

マヒトゥ:でも、森山未來さんもすごくて、「あのひとは何者なんだ……」みたいな感じで。俺はああいう「たゆたっている」ようなひとが街にとってすごく重要だと思ってて。たとえばグラフィティもただ街になにか描けばいいわけじゃなくて、あれは視点のゲームなんですよ。「こいつ、こんなところにいたんだ」っていう、「was here」のゲーム。でもグラフィティやってる友だちは最近むなしいわ、って言ってて。みんな携帯ばかり見てて街を見てない。たとえば俺の家の前にもホームレスのおじさんがいるんですけど、街の経過をずっと見てるのってそういうおじさんか、あとはカラスとかネコとかしかいないんですよ。いまはみんなノイズキャンセリングのイヤホンつけて音楽聴いて、移動中もみんな携帯を見てる。その一方で、街の観察者であり定住しない「たゆたう」存在が異なる世界へのレイヤーをまたげることは実体験としてある。だからあの役はK-BOMBさんにやってほしいなと。ただ、たまにクレームがあって、「セリフが地鳴りのように低すぎてなに言ってるか全然聞きとれない」って(笑)。俺はK-BOMBさんの声に耳が慣れすぎてるから全然聞こえるんですけど。

その話に通じるんですが、ぼくがこの映画でいちばん印象に残っているのが、商店街の入口にある道でヒー兄がおかしくなってふらふらしているときに、カップルが通りかかるところです。女性のほうが心配そうに声をかけようとしたら、男性のほうが「こいつヤバいから」みたいな感じで止める。それに対してヒー兄が「コミュニケーションとろうや」って繰り返す。そういうふうに現代では「普通」から外れた相手とのコミュニケーションを避ける状況がある一方で、逆に現代はものすごくコミュニケーションにあふれた時代だとも思うんですよ。固定電話の時代や手紙を書いて送っていた時代と違って、ケータイや電子メールがあって、さらにスマホが出てきてからはSNSがありソシャゲがありストリーマーもいて、だれもがスマホをいじっていて、コミュニケーションが多すぎる。あのヒー兄のセリフには、そういうコミュニケーションのいろんな層が重なっているように感じたんですよね。

マヒトゥ:ちなみにこの男のほうは神戸薔薇尻っていう、小林勝行というラッパーです。おもしろいひとですよ。コミュニケーションが多いっていうのはそのとおりだと思うんですけど、SNSなんかに溢れてるのは対話ではないと思ってて。対話っておなじ線上で話すことだと思うんですが、いまあふれているコミュニケーションは無数の飛び交う一方通行。俺はどちらかというと、ノイズに感じますね。SNSなんかは顕著ですけど、みんな自分が対話すべき相手のテリトリーみたいなものに自覚的で、線を引いているようなのが多い気がする。対話ってわかりあえないところからはじまるのに、カルチャーの趣味とか政治的な方向性とかでバイアスがあって、自分に都合のいいシーンがつくれる。そういうものに警鐘を鳴らす存在として、以前は街の異端がいたと思うんですけどね。絶対にわかりあえないひとがちゃんといること。政治的に押さえこめるわけではない感じのひとがいること。(『i ai』に)ヤーさんが出てくるのもそういう風景のひとつなんですけど、いまはそういうものが均一に慣らされてる感じを整頓と呼んでる。ホームレスもスケーターも街の観察者で、ほんとうはそういういろんな視点があることは豊かさなのに、対話に自分のエネルギーを割くのを省いて、楽に自分の欲しい情報だけをいかに早く手に入れるか、みたいな状況が加速している。やっぱりみんな疲れてるんだろうな。ある程度はそれでもいいとは思うんですけど、いちばん手放しちゃいけない叫びとか、人間が持ってる存在の揺らぎとか、そこまで省いていっちゃうと人間がデータになっちゃう。それらへの反逆は『i ai』に限らず、俺の全部の表現にあって。

むちゃくちゃ詰まっているよね。それをちゃんとフィクションで伝えようとしていることはすばらしいと思う。メッセージではなく、物語で伝えようとすることが。

マヒトゥ:壁にぶつかっていくというか、俺はカウンター側じゃないですか。もしかしたらもっと説明的に、もっときれいに筋を立てられるひとがいたらまた違ったのかもしれないけど、そこはべつにいいっすね。

不完全であることの生々しさもあるよね。

マヒトゥ:そうですね。いまってほんとうにみんなキレイになりすぎてて。写真とかもレタッチが施されてるし。雑誌とかでも、ここのホクロはとるけどこっちは残すとか(笑)。たとえば、すごくきれいなモデルを見て「わたしもキレイになって、自分に自信を持たなくちゃ」って服を買って真似をして、でもその主導権は事務所側にある。自分がそこにいることを否定させて、資本主義と結びつけてよりお金を生み出すような流れだと思うんですよ。でも俺は表現の目的って、そのひとがそこにいることがすべてで、それを肯定することだと思ってて。不完全な気持ちを持っていていいし、不完全であることが許されるような。それが映画や音楽、フロアに求めることでもあるし、自分がそういうものに救われてきたから、完璧を達成することにはあまり興味がないんですよね。広告っぽい映画とか広告っぽい音楽は、だれか他の広告っぽいひとがやればいい。バンドも、俺は隙が残ってる音のほうが好きですね。「こうすべきだ」っていう軸に寄せれば寄せるほど、機械がつくったものと変わらなくなるというか。「生産性だけじゃないんだ」って言ってるやつの音が嘘をついてることもよくあるじゃないですか。そういうのは俺はわかんないです。

やっぱり現代への批評性があるよ。

マヒトゥ:ムカついてるだけですよ(笑)。

だからこそ『i ai』は観てほしい映画ですよ。とくにいまの20代には観てほしい。こういう生き方も全然やっていいんだよ、アリなんだよ、ってことを言っている映画じゃないですか。しかも武骨なパンク・バンドが。あと、みんなママチャリで移動するところもいい(笑)。

マヒトゥ:あれはもう、ほんとにイーグル・タカが中学のころから使ってるママチャリで。東京にまで持ってきて使ってるやつをまた向こうに戻して使って。すごい執着があるんですよ。GEZANにはママチャリしかダメってルールがあって。バンドのルールはそれだけで、ほかはなんでもいいんですけど、チャリはカッコいいのに乗っちゃダメっていう(笑)。タイヤ太いのとかも。2ケツできるのが重要なんじゃないですか、ママチャリって。

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無音になったクラブにいる幽霊たちのステップを、コロナのときに思ったんです。そいつらの今が気になって浮かんだことばですね。それはだれかがすくいとらないと、そいつらの衝動が昇華されない。そういうイメージが “Third Summer of Love” で。

そういえば、登場人物が音楽をやっているところ以外をあまり描かなかったじゃない。一瞬、アルバイトをしてるところとかはあるけど。

マヒトゥ:アルバイトもそうですけど、じつは「家族の匂いがない」ところはこだわってます。子どもが生まれたりとかは作中にありますけどね。みんな友だちはいるけど、基本的にみなしごが集まって、新しいコミュニティをつくっているというベースがあるんです。ある種の孤独の集団というか、露骨にそれを打ち出すわけじゃないんだけど、家族の匂いはあまり出さないようにして。

ちなみに、赤に対するオブセッション、強迫観念的なこだわりはどこから来ているの?

マヒトゥ:赤には煽られつづけてるっすね。理由はわかんないけど、でもそんなもんじゃないですか? たとえば野田さんも、カレーとシチューだといまはなんとなくカレー食べたいな、みたいな自我があるわけですよね。どっちが好きかと聞かれたら、やっぱ赤かなってなる。スタイリストさんが「このシーンに、こういう服を用意しました」ってハンガーで20着くらいかけてくれるんですけど、やっぱり赤を選んじゃうんですよ。好きだから。

GEZANも昔から赤色が印象的で。

マヒトゥ:血の色でもあるし、遊廓のひとも赤いものを着ていたりするじゃないですか。やっぱなにか感情を沸騰させるような、情熱の色なんだろうなと思う。

信号のように、警告や注意喚起の色としても使われますよね。

マヒトゥ:信号も、ずっと赤ばっか見ちゃうときありますね。青になったらまた赤を待つ。

そういう格好で街を歩いているとよく見られるでしょう。声とかはかけられない?

マヒトゥ:かけられますね。あと、渋谷でタバコ吸ってぼーっとしてたら、知らない女の子が電話で「いま赤いひとの近くにいるから」って、目印にされて(笑)。「俺ここから動けねー」って、しばらくそこで待ったり(笑)。俺、GEZANをはじめる前の大阪時代に、灰野敬二さんの付き人をやってたんですよ。16、7くらいのときで、そのころも赤かったんですけど、灰野さんに見た目のことを聞いたら、「自分という現象が外の世界からどういうふうに扱われるかの実験なんだよ」って言ってて。そのときは聞き流したけど、いまなら理解できるかもしれない。だれかと対話するときって、鏡のように自分を突きつけられるじゃないですか。ポジティヴな場合もあるし、目が合わせられないこともあるし。そういう自分がいることによる波紋とか揺れみたいなものを見て、「ああ、俺の現在地ってここなんだ」って感じることはありますね。そういうものを赤が手伝ってくれてるかもしれない。

ヒー兄もその対のように描かれる久我も、子どもを残して死にます。ひとは死んでも子どもは残る、なにかが受け継がれていく、というようなメッセージを感じました。

マヒトゥ:まあ多少は輪廻の話でもあるというか。そのひとがいた形跡がいろんなものに形を変えて手渡されていくと思うんですよね。たとえば野田さんが書いた文章を、野田さんが死んだあとにだれかが読んで、べつにそのひとは野田さんの墓へ祈りに行ったりはしないけど、でも読むことで一瞬だけでも時間を共有するわけじゃないですか。それってすごくスピリチュアルなことでもある。肉体はもう介在していないのに、肉体が持つ情報以上のものがあって。とくに表現だとそれはある。自分が死んだとしても、音楽や映画とか本とか、墓よりもそっちのほうが祈りの対象になるというか、祈りたいならそっちに祈ってくれと思うし。そういうことって意外とみんな自然とやってるんですよね。そういうものが受け継がれて、身体の有無にとどまらない時間の流れがたくさんあって、それに関わることができるから俺は表現が好きだし。時計の針が一分一秒を刻んでいくわかりやすい時間もあるけど、生きてるなかではたくさんのリズムが同時進行で起こっていると思うんです。なんとなく雨が降って、なんとなく春が夏に向かっていくように、だれかが思い出になっていったり、そういうものが並走していると思うんですよ。だからその子どものことも、すべてが受け渡されてそこで終わりじゃなくて、次のチャプターに入っていくようなイメージがありますね。

主題歌が “Third Summer of Love” で、アルバム『あのち』に入っていた曲ですよね。「サード」ということはファーストとセカンドがあるわけですが、歌い出しが「拝啓 UNHAPPY MONDAYS」で、途中でイアン・カーティスも出てくる。セカンド・サマー・オブ・ラヴ~マッドチェスターに継ぐものを自分がやる、あるいはこの映画をそう位置づけたい、というような意図でしょうか。

マヒトゥ:映画のはじまりがコロナのタイミングで、ダンスが奪われた時期だったので。クラブやライヴ・ハウスのような場所にはゴーストがたゆたってると俺は思ってて。そこの照明のなかにしかいられないというか……たくさんひとがいるときは紛れ込んだその隙間でステップを踏めるけど、だれもいなくなって、音も鳴っていないしライトもついていない、どこへ行けばいいんだろう、みたいな。そういう無音になったクラブにいる幽霊たちのステップを、コロナのときに思ったんです。そいつらの今が気になって浮かんだことばですね。それはだれかがすくいとらないと、そいつらの衝動が昇華されない。そういうイメージが “Third Summer of Love” で。でも自分にとってのゴーストってダークなものではなくなってきていて、歌詞にも「天国はにぎやかそう」って一節があるけど、ほんとうににぎやかそうだなって思います。いまはまだこっちにいたい理由を増やしている最中ですけど、そっちもそっちで楽しそうじゃんって気持ちもありますね。

いまはなにかをはじめるスタートの時点でインターネットがあって、答えみたいなものもウェブ上に落ちてるんですよ。ほんとうは自分の肉体を使って、時間をかけて、自分自身で答えにたどり着いて、でも自分だけの身体でたどり着ける答えなんてたかが知れてるってことに気づいて、っていうプロセスが重要なんだけど。

『i ai』はとくに若者に観てほしい映画だと思いますが、マヒトさんにとって現在の、自分よりも年下の世代はどう見えていますか?

マヒトゥ:俺は平成元年の生まれなんですけど、学校でパソコンの授業がはじまったり、みんなが携帯を持ちはじめたり、2ちゃんねるが流行ったり、デジタル化が進むちょうどあいだくらいの過渡期を過ごした世代なんですけど、いまはやっぱりインターネットが基本だから、音楽も時系列で変化していくというより、並列化した状態でウェブ上にあるというか、流れがほとんどないというか。いまはなにかをはじめるスタートの時点でインターネットがあって、答えみたいなものもウェブ上に落ちてるんですよ。ほんとうは自分の肉体を使って、時間をかけて、自分自身で答えにたどり着いて、でも自分だけの身体でたどり着ける答えなんてたかが知れてるってことに気づいて、っていうプロセスが重要なんだけど、あまりに答えが多すぎて答え自体もほとんど意味をなさず、ただの情報になってる。時間の経過がなくて全部が並列化されてるから、答えも問いかけもデマもすべて等価値な情報として充満しているから、ものをつくったり感動したりする、そのペースが自分とはまったく違うなと思ってますね。だからこの映画もそうですけど、なにか明確な答えを提示するというよりは、揺れを大事にしてるんですよ。もちろん2時間のなかでエンディングに向かっていく流れはあるんだけど、瞬間瞬間の振動でいいというか。アートの映画にはせず青春映画でそれをやるっていうのはテーマだったかもしれないです。

いまは情報がありすぎて、ぼくからすると気の毒だと思うんだけど、でもそういうなかでみんな器用に生きてるんだろうし、嗅覚があるやつはこういうものにたどり着けるだろうし。だからマヒトくんがこういう映画をつくることはすごく意義があると思う。

マヒトゥ:逆張りですよね、それはある種の。情報が多くなってサイクルが速くなればなるほど。

こういう生き方があるということを打ち出しているのはすごくいいですよ。

そうだね、いま時代はマヒトだから(笑)。ジブリの『君たちはどう生きるか』の主人公も「眞人」だったでしょ。映画館で観てて、ここまで来たのか! って驚きました(笑)。

マヒトゥ:初日に観に行ったけど全然ストーリー入ってこなかったです(笑)。「眞人がセキセイインコになっちゃった!」ってセリフが強すぎて(笑)。

マヒトゥ・ザ・ピーポー初監督作
新星・富田健太郎に、森山未來、さとうほなみ、永山瑛太、小泉今日子ら
実力派俳優陣が集結した新たな青春映画の誕生!

GEZANのフロントマンで、音楽以外でも小説執筆や映画出演、フリーフェスや反戦デモの主催など多岐にわたる活動で、唯一無二の世界を作り上げるマヒトゥ・ザ・ピーポーが初監督を務め、第35回東京国際映画祭<アジアの未来部門>に正式出品され話題を呼んだ映画『i ai』。マヒト監督の実体験をもとに、主人公のバンドマン・コウと、コウが憧れるヒー兄、そして仲間たちが音楽と共に過ごした日々が綴られていく青春映画が誕生した。
主人公コウ役には、応募数3,500人の大規模オーディションから抜擢された新星・富田健太郎。そして主人公の人生に影響を与え、カリスマ的な存在感を放つヒー兄役には、映画だけでなく舞台やダンサーとしても活躍する森山未來。さらに、コウとヒー兄を取り巻く個性豊かな登場人物たちに、さとうほなみ、堀家一希、永山瑛太、小泉今日子、吹越満ら多彩な実力派が顔をそろえた。
マヒト監督の紡ぐ“詩”と、キーカラーでもある“赤”が象徴的に使われる、寺山修司を彷彿させる独特の映像美が融合した本作。この純文学的な味わいの作品を撮影カメラマンとして支えたのは、木村伊兵衛写真賞受賞の写真家・佐内正史。そして、美術に佐々木尚、衣装に宮本まさ江、劇中画に新井英樹など、監督の思いに共鳴したカルチャー界の重鎮たちが集結。また、ヒー兄がフロントマンを務める劇中バンドのライブシーンで、実際の演奏を担うのは、監督をはじめとするGEZANのメンバーたち。ライブハウスの混沌と狂乱が臨場感たっぷりに描かれる。

7回連続満席で大ヒット上映中! SNSでも話題で小沢健二もXで称賛
パンフ購買率、驚異の50%!グッズも売れ行き好調

3月8日(金)渋谷ホワイトシネクイントで映画が封切られると、7回連続満席を達成するロケットスタート。しかもチケット販売開始から1日も経たずに完売するほどの注目を集めている。SNSでも、マヒト監督と親交のある小沢健二が「現実とファンタジーと言うけれど、現実「も」巨大なファンタジーであること。それをご存じだから、マヒトさんとぼくは同期するのだなと思いながら、赤色と「亡くなること(ほんとうに?)」をめぐる映画を観ました。SNSの短文の不明瞭さに紛れて、重奏する、重走する時間を祝っております」と称賛の声を寄せたほか、観客からも「見て見ぬふりをしてきたいくつかの感情が剥き出しになった」「自分の過去を思い出して堪らない気持ちになる瞬間や 観てきた映画や出会った作品が必然だったと感じる作品」「またヒー兄に逢いに行く」など、単なる映画の感想にとどまらない、それぞれが“自分ごと”として語る熱量の高いコメントが続出している。また、マヒト監督監修の72ページにおよぶパンフレットは、購買率50%を記録。そのほか、TシャツやサウンドトラックCD、ステッカーなどの売れ行きも好調だ。


撮影:水谷太郎

3月9日、大強風のなかの限定ライブでは、
小泉今日子の生歌と森山未來のパフォーマンス、さとうほなみの演奏に観客涙

公開2日目の3月9日(土)、富田健太郎、森山未來、さとうほなみ、小泉今日子、そして監督であるマヒトゥ・ザ・ピーポーやバンド・GEZANが出演する公開記念ライブイベントが、渋谷PARCOの屋上広場“ROOFTOP PARK”で開催された。SNSキャンペーンの参加者から抽選により選ばれた限定120名のためのスペシャルライブ。風が吹き荒ぶなか登場したマヒト監督は、「『i ai』は、見えなくなったものとか、これから見えなくなるものについての映画です。撮影中もたくさん風が吹いていたんですが、途中から見失ってしまって。そうして風のしっぽを追っていたら、映画ができていました。『i ai』は風と海が作った映画です」と話し、「Wonderful World」と「待夢」を弾き語りで披露。
続いてライブハウスの店長役で出演した小泉今日子が登場。小泉は「私が演じた店長は、昔、バンドをやっていたという役どころ。昔のカセットテープが出てきて、この曲が流れるシーンがあるんです。映画のために作った歌です」と明かし、劇中歌「AUGHOST」をマヒト監督と共に披露した。階段上からは、シャボン玉を飛ばす森山の粋な演出も。
そして映画のエンディングを彩る楽曲「i ai」では、ドラマー(ほな・いこか名義)でもあるさとうほなみ(るり姉役)がパーカッションで参加&GEZANメンバーが演奏する中、ダンサーとしても活躍する森山未來(ヒー兄役)がダンスパフォーマンスを披露。青空に向かって手を広げ、天国から舞い降りたかのように階段を降り、圧巻の存在感とパフォーマンスでその場を掌握していくその姿は、カリスマ的な存在だったヒー兄を彷彿させる。
曲の終盤には、コウ役の富田健太郎が現れ、森山を見つめながら「わからないまま滑走した日々へ。わからないまま詩に抱かれた日々へ。わからないままコウになろうとした日々へ。『お前はエンドロールまで見ておけよ』と言った、夏のあの人へ」と渾身のひとり語りを見せる。マヒト監督が映画に込めた「エンドロールが終わっても共に生きよう」というメッセージをなぞるかのようなイベントの終幕に、観客の中からはすすり泣きの声も聞こえた。なお、この日の模様は3月20日(水・祝)にDOMMUNEでの『i ai』特別番組で初お披露目されるのでぜひチェックしてみてほしい。

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【STORY】
兵庫の明石。期待も未来もなく、単調な日々を過ごしていた若者・コウ(富田健太郎)の前に、地元で有名なバンドマン・ヒー兄(森山未來)が現れる。強引なヒー兄のペースに巻き込まれ、ヒー兄の弟・キラ(堀家一希)とバンドを組むことになったコウは、初めてできた仲間、バンドという居場所で人生の輝きを取り戻していった。ヤクザに目をつけられても怯まず、メジャーデビュー目前、彼女のるり姉(さとうほなみ)とも幸せそうだったヒー兄。その矢先、コウにとって憧れで圧倒的存在だったヒー兄との突然の別れが訪れる。それから数年後、バンドも放棄してサラリーマンになっていたコウの前に、ヒー兄の幻影が現れて……。

【CREDIT】
富田健太郎
さとうほなみ 堀家一希
イワナミユウキ KIEN K-BOMB コムアイ 知久寿焼 大宮イチ
吹越 満 /永山瑛太 / 小泉今日子
森山未來

監督・脚本・音楽:マヒトゥ・ザ・ピーポー
撮影:佐内正史  劇中画:新井英樹
主題歌:GEZAN with Million Wish Collective「Third Summer of Love」(十三月)
プロデューサー:平体雄二 宮田幸太郎 瀬島 翔
美術:佐々木尚  照明:高坂俊秀  録音:島津未来介
編集:栗谷川純  音響効果:柴崎憲治  VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
衣装:宮本まさ江  衣装:(森山未來)伊賀大介  ヘアメイク:濱野由梨乃
助監督:寺田明人  製作担当:谷村 龍  スケーター監修:上野伸平  宣伝:平井万里子
製作プロダクション:スタジオブルー  配給:パルコ
©STUDIO BLUE(2022年/日本/118分/カラー/DCP/5.1ch)

公式サイト:https://i-ai.jp
■公式X:https://x.com/iai_2024
■公式Instagram:https://www.instagram.com/i_ai_movie_2024/

渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開中!

る鹿 - ele-king

 モデルとして活動する一方、ゆらゆら帝国 “空洞です” のカヴァーで歌手としてもデビューを果たしている「る鹿」。昨秋リリースされたその最新シングル「体がしびれる 頭がよろこぶ」の7インチが7月17日に発売される。
 作詞は坂本慎太郎、作曲とプロデュースは山本精一という、豪華2名による書き下ろしの1曲。10月に出た12インチ・シングルには岡田拓郎食品まつりによるリミックスが収録されていたけれども、今回の7インチのB面ではなんと、いまぐんぐん注目度を高めている広島のエレクトロニック・プロデューサー、冥丁がリミックスを担当している。興味深い組み合わせによる化学反応、これは期待大です。

坂本慎太郎作詞、山本精一作曲・プロデュースによる、る鹿の3rdシングル曲「体がしびれる 頭がよろこぶ」と、世界のエレクトロニック~アンビエント・シーンで注目を集めるアーティスト、冥丁による同曲のリミックスをカップリングした7インチ・シングルのリリースが決定

モデルとして活動しながら、ゆらゆら帝国「空洞です」のカヴァーで2021年に歌手デビューしたる鹿。彼女が、真島昌利の楽曲提供による「遠い声」(21年)に続き、23年10月にリリースした3rdシングル「体がしびれる 頭がよろこぶ」。坂本慎太郎と山本精一という、日本のオルタナティヴ・シーンを牽引してきた二人の共作による書き下ろしで、キャッチーでダンサブルでありながらもサイケデリックな楽曲と、深遠でミステリアスな詩世界が絶妙に絡み合い、る鹿の新たな魅力を引き出している。その日本語ヴァージョンと、かつて存在した日本の情景をエレクトロニック、アンビエント、ヒップホップ、エクスペリメンタルを融合させたオリジナルな音楽で表現する広島在住のアーティスト、冥丁による同曲のリミックスをカップリングし、7インチ・シングルとしてリリースする。ホルガー・シューカイ「Persian Love」にも通じるねじれた浮遊感がたまらない冥丁のリミックスが含蓄に富んだ詩世界を増幅し、“頭がよろこぶ”こと必至。12インチに引き続き、アートワークには、1960年代からアートの最前線で作品を発表しつづける巨匠、沢渡朔による撮り下ろし写真を使用。また、4月3日より冥丁リミックスの先行配信も予定されている。

■る鹿(るか)
中国出身。2015年にスカウトされモデルとしてのキャリアをスタート。ファッション雑誌でモデルとして活動する傍ら、2021年にはビクターエンタテインメントより歌手デビュー。各界クリエイターも注目する話題曲のリリースが続き、唯一無二の存在としてアーティストとしての活動にも注目が集まる。また一児の母として、仕事と子育てに奮闘中。
https://www.instagram.com/luluxinggg

《商品情報》
アーティスト:る鹿
タイトル:体がしびれる 頭がよろこぶ
商品番号:P7-6612
フォーマット:7 INCH SINGLE
価格:定価:¥2,475(税抜¥2,250)
発売日:2024年7月17日(水)
初回生産限定盤

収録曲
A) 体がしびれる 頭がよろこぶ (Japanese)
B) 体がしびれる 頭がよろこぶ (冥丁Remix)

《ライブ情報》
UNION SODA “7th Anniv” Live
公演日:2024年4月5日(金)
会場:UNION SODA(〒810-0041 福岡県福岡市中央区大名1-1-3-201)
ACT:荒谷翔太(solo set)、る鹿
FOOD & DRINK:出張ほぐれおにぎりスタンド / cocoperi(今泉スパイスカレー)/ Hobo Beer Store / UNION SODA
時間:OPEN 19:00 / START 20:00
チケット:前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,000
※1 drink order 600円 / 全席自由 / 並び順入場 / スタンディング / ドリンク&フード持込み不可
※店頭での販売なし / お一人様2枚まで購入可
https://t.livepocket.jp/e/r1f6y
問合せ:070-5270-3937(平日11:00~18:00)
協力:bud music / Herbay / Luuna management / Cloudy

Ichiro Tanimoto - ele-king

 パンデミック以降の東京の地下シーンで絶大な支持を集める新世代のトランス・カルト・クルー〈みんなのきもち〉の中心人物であるIchiro Tanimotoが、デビュー・アルバム『Solace From The Sun』を発表する。7038634357などの作品を輩出した中国・上海発のインディペンデント・レーベル〈Genome 6.66 Mbp〉より3月16日にリリース。

 『Solace From The Sun』はIchiro Tanimotoが音楽家を志す契機となった2020年に端を発し、4年の制作期間とともに自身の揺れ動く心情や混乱のなか掴んだ美学を14曲に託した意欲作。アルバム・タイトルの「solace=慰め」とは、あらゆる失意や苦難を洗い流すかのような朝焼け──レイヴやパーティの最後に全身を包むあの朝日──にインスパイアされて名付けられたとのこと。トランス・ミュージックでありながらほぼ全編がビートレスという構成も特徴的で、2010年代にかけて局所的に発展したウィッチ・ハウス、デコンストラクテッド・クラブやハイパーポップの源流とされるバブルガム・ベースが再発掘したSupersawサウンドの美しさに迫る内容となっている。

 世界的なトランス・リヴァイヴァルの潮流に乗っているようで、決してそうではない二面性が感じられるベッドルーム発のイマジナリーなクラブ・ミュージック、あるいはパンデミック禍がもたらしたアンビエント・ミュージックの突然変異体とでも言えるだろうか。そんなIchiro Tanimoto率いる〈みんなのきもち〉は、3月から5月にかけて台北、愛知、東京、シンガポール、北京、上海、成都、深圳を巡るアジアツアーを敢行することも発表しており、また同クルーのレーベル・ラインである〈Mizuha 罔象〉においても複数のリリースが控えている。

 COVID-19の影が世界を覆ったころ各地に撒かれた次世代の萌芽は、ポスト・コロナの時代を迎えたいま確実に花を咲かせはじめているようだ。

Ichiro Tanimoto – Solace From The Sun

Tracklist

01. New Dawn
02. Under The Same Sky
03. Sun Chorus
04. Lost Weekend (Spring)
05. 洗心
06. Green Sky
07. Yamatsumi
08. Still Air
09. 白夜 Midnight Sun
10. Lost Weekend (Winter)
11. Cave ft. Silént Phil
12. The Final Attempt Against Oblivion, 7 Minutes Before The Sunrise
13. Sunday Morning At Shibuya Crossing
14. A Worse Tomorrow

Artwork by Kazuma Watanabe (みんなのきもち)
Mastered by Lorenzi
Label: Genome 6.66 Mbp
Release Date:
Format: Digital

https://ichirotanimoto.bandcamp.com/album/gnm034-solace-from-the-sun

Seekersinternational & Juwanstockton - ele-king

 日本のダブ・レーベル〈Riddim Chango〉から初のアルバムがリリースされる。カナダのエクスペリメンタルなダブ作家チーム seekersinternational と juwanstockton による共作だ。サンプリング主体で制作されたというそのアルバムは、どこかJ・ディラ『Donuts』を彷彿させる感覚も持っているようだ。ヴァイナルを買おう。

Artist: seekersinternational & juwanstockton
Title: KINTSUGI SOUL STEPPERS
Catalog Number: RCLP001
Format: LP・アナログ盤

Side A:
1. AKAI Telecom
2. Bruk Encounter
3. Shinjuku Skanking
4. Never 4get EDIT

Side B:
5. Wind Rider
6. Mercury Rising
7. Riddim Changes pt.1 & 2

Recorded at Aquaboogie Studios, East Richmond, BC and Aki’s Kitchen

Tracks 2 & 5 featuring Manila Dread Horns, recorded at The Penthouse, Quezon City, Metro Manila

Artwork by Boram Momo Lee
Layout by Zongchang

■発売日:2024年3月15日

serpentwithfeet - ele-king

 エクスペリメンタルなR&Bでクィアなエロティシズムをエレガントかつ妖艶に奏でてきたサーペントウィズフィートことジョサイア・ワイズは、本作の予告的な位置づけだったという舞台作品『Heart of Brick』を昨年上演している。日本では観るすべがないので海外評などを読むしかないのだが、ブラック・クィアのクラビングを題材にしたもので、彼らの恋愛的ないざこざをクラブを舞台にして軽妙に描いたミュージカル的な作品だったようだ。想像するにブラックのゲイやクィアの恋愛や友情を飾らずに提示するものなのだろう。それはアメリカでもいまだポップ・カルチャーのなかであまり見られないもので、ワイズがサーペントウィズフィートの表現として意識的に世に出そうとしているのだと推察できる。〈ザ・ニューヨーク・タイムズ〉の劇評を読んでいて自分が興味を持ったのは、「だがほとんどの場合、このショーはセックスではなくゆっくりとしたロマンスの恩恵についての、心地よく快適な体験である。恋人たちは後ろからハグをするが、キスさえしない」という箇所だった。セックスへの期待や興奮よりも、リラックスした親密さこそがゲイ・クラブで求められているというのだ。何かとセクシュアルなイメージが求められるゲイのクラビングにおいて、これはけっこうレアな例ではないかと思う。
 ただ、それはサーペントウィズフィートが前作『DEACON』においても追及していたことだった。デビュー作『soil』では絢爛なオーケストラとともにドラマティックに性愛を描いていたワイズだが、『DEACON』ではもっと落ち着いた雰囲気で恋人と過ごす時間の心地よさを噛みしめていたのだ。とりわけ自分が惹かれたのはミドルテンポの柔らかいR&Bナンバー “Same Size Shoe” で、彼氏と靴のサイズが同じだから共有できるという内容のものだ。その他愛のなさ。けれどもそこでは、同性愛であること(同じサイズの靴)と日常的な安らぎの両方が鮮やかに示されていた。

 その点、3作目となる『GRIP』は『Heart of Brick』と同様ナイト・クラビングからインスピレーションを得た作品であり、タイ・ダラー・サインとヤング・ヤヤが参加した1曲目 “Damn Gloves” のダークなムードに象徴されるように、前作に比べて緊張感が戻ってきている。この曲はノサッジ・シングがプロデュースに入っており、もう1曲彼が参加した “Hummin'” といい、重たく硬めのビートによって前作に比べればハードな印象を与える。
 しかし同時に、“Safe Word” や “Lucky Me” といったラテン・フレイヴァーのあるアコースティック・ギターが耳に残るアトモスフェリックなソウル・チューンが醸すソフトな側面にぐっと引きこまれるアルバムでもある。ざっくり言えば1枚目と2枚目のよい部分を融合させた3枚目と位置づけられるかもしれないが、フランク・オーシャンの長い不在のなかで、サーペントウィズフィートはブラック・クィアとしての性愛表現とオルタナティヴR&Bの「次」を本作では模索しているようなのだ。
 深いリヴァーブによる濃密な空気に包まれた “Deep End” はアルバム中もっとも緊張感と親密さがせめぎ合う一曲で、そこでワイズは「ぼくたちが愛し合ったあとで、ぼくたちがファックしたあとで」と透明なファルセットで歌う。硬と柔、聖と俗、そしてメイク・ラヴとファックの間をさまようこと、あるいはそれらを行き来すること。クラブで出会った相手と「一夜限りの関係」が続けば、それは甘いロマンスになるのだろうか? そんなどこにでもある、しかし切実な問い。ゴスペルの影響は健在ながら、ホーリーなムードが強かった初期を思えば『GRIP』はより大衆的な場所でモダンR&Bとして実験とポップの駆け引きを演出するアルバムである。
 “Damn Gloves” でダーティなビートと戯れながら「きみにオペラより長いキスをする」と歌うのを聴きながら、あるいは “Lucky Me” でメロウなギター・サウンドに包まれながら「きみがいてくれて幸運だよ」と告げるのを聴きながら、あらためてジャケットを眺めてみる。大胆なイメージだと思う。けれどもそこでは、刹那的なエロスよりも肌と肌が重なることの心地よさと安らぎが希求されているのだ。

〈TEINEI〉 - ele-king

 東京から新たにアンビエントのレーベルが生まれた。その名も〈TEINEI〉。「丁寧」だろうか? ともあれ4月7日にまずは2作品が発売される。
 ひとつは、これまで自身のレーベル〈Purre Goohn〉から10年にわたり作品を発表しつづけている東京のアンビエント・アーティスト Haruhisa Tanaka によるアルバム。
 もうひとつは、フランスのレーベル〈LAAPS〉をはじめこちらも10年以上にわたりリリースを重ねているサウンド・アーティスト Tomotsugu Nakamura (坂本龍一トリビュート・コンピ『Micro Ambient Music』にも参加)のアルバムだ。
 〈TEINEI〉は今後も意欲的に活動を継続していくようで、注目しておきましょう。

アンビエントの新興レーベルTEINEIが
注目の邦人アーティスト2名のアルバム作品をデジタル配信とヴァイナルでそれぞれ
ダブルリリース!

東京を拠点する新興のアンビエント・アートレーベルTEINEIから、2名のアーティストのアルバム作品が配信とヴァイナルでそれぞれ4月7日に全世界向けにリリースされる。

TEINEIの第一作となるのは、カナダの老舗名門レーベル、Nettwerk Music Groupに所属したことでもしられる東京在住のアンビエント・ミュージシャン/音楽プロデューサー Haruhisa TanakaのNayuta。

Spotifyのアンビエントジャンルにおいて国内月間リスナー数No.1を誇り、Best of Ambient X 2023にも選出された現在最注目のアーティストの初ヴァイナル作品となる本作は、ギターレイヤーサウンドをベースに、環境音、アナログテープループ、オールドテクノロジーを駆使し、温かみのあるノスタルジックなサウンドが特徴の多幸アンビエント作品。

【リリース情報】
ARTIST : Haruhisa Tanaka
TITLE : Nayuta
CATALOG No : TEINEI-001
RELEASE DATE:2024/4/7
FORMAT:Digital / Streiming / Vinyl
LABEL:TEINEI

【トラックリスト】
01. Akatsuki
02. Waterfowl
03. Boundary
04. Nijimi
05. Hagoromo
06. Form
07. Kasumi
08. Cha tsu mi

TEINEI-001  Haruhisa Tanaka ”Nayuta”
https://linkco.re/EU4g4szG


同時発売となる第二作は、静寂をテーマとした坂本龍一氏のトリビュートアルバムMicro Ambient Musicにも参加し、2020年代に入ってフランスの有力アンビエントレーベルLAAPSから発売されたヴァイナル作品2作が軒並み完売となったサウンドアーティストTomotsugu NakamuraによるMoon Under Current。アコースティックサウンドとアナログシンセによって紡がれた今作は音と静寂の合間に生じる余白を楽しむことができるアンビエントミュージックの佳作となっている。

【リリース情報】
ARTIST : Tomotsugu Nakamura
TITLE : Moon Under Current
CATALOG No : TEINEI-002
RELEASE DATE:2024/4/7
FORMAT:Digital / Streiming / Vinyl
LABEL:TEINEI

【トラックリスト】
01. rain boundaries
02. dust
03. mahogany
04. moderate
05. temple / cathedral
06. blue lake
07. starfish
08. white screen

TEINEI-002   Tomotsugu Nakamura ”Moon Under Current”
https://linkco.re/ZA8e0Syt

同氏がレーベルオーナーをつとめるTEINEIは、アートレーベルと銘打っており、芸
術家、音楽家のコラボ出版を手がけるフランスのIIKKIなどとも連動しながら注目
の活動をつづけてゆくようだ。

https://teinei-label.com/
https://teinei.bandcamp.com/

Alex Deforce & Charlotte Jacobs - ele-king

 声と音。言葉と音。その交錯、その融合、その反発、その共存。独自の世界観を持ったアルバム『Kwart Voor Straks』は、それらの問題を考えるヒントが込められていた。非常に批評的な音楽作品であった。
では、このアルバムを作ったのは誰か。ひとりは、ベルギーはブリュッセルにおいて詩人として活動しているアレックス・ディフォースである。もう一人は、ブルックリンのサウンドアーティスト/ボーカリスト シャーロット・ジェイコブである。この二人のコラボレーション・アルバムが本作『Kwart Voor Straks』だ。
 リリースは、ベルギーのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈STROOM〉からである。この〈STROOM〉は、オランダのニューウェイヴ・バンドW.A.T.の『WORLD ACCORDING TO』の再発、ヴォイス・アクターのアルバムなど、リイシューから新譜まで広くリイシューしている注目のレーベルだ。 
 昨年リリースされたヴォイス・アクターの新作『Fake Sleep』もそうだったが、「声と電子音」のミックスも、このレーベルの方向性なのだろうか。じじつ本作『Kwart Voor Straks』も、アレックスとシャーロット、二人の声によるポエトリーリーディングと独創的でどこか優雅な電子音のミックスによる楽曲によって成立している。
 『Kwart Voor Straks』 のポエトリーリーディングとエレクトロニクスのコンビネーションによるサウンドは、なかなかユニークである。実験的な電子音楽からリズム/ビートを導入したトラックまで変幻自在なサウンドを展開し、そこにアレックスの言葉がレイヤーされ、まるで映画/演劇のサウンドのような音世界を存分に展開しているのだ。
 越境的な音楽・音響作品であり、ある意味では、アレックスとシャーロットによるヴォイス・パフォΩマンスを音源として定着した作品ともいえる。ここで語れている「詩」を理解できる能力を持たな自分としては、本作を(無理を承知で)まずもって声と電子音による「電子音楽作品」として位置付けしたい。

 じっさい声と電子音というのは不思議と相性が良い。有機的なものと無機的なものという対称的なものだからという面もあるだろう。声の持っている「音の肌理」と電子音が放つ「音の肌理」の相性はとても良いように感じるのだ。どちらの「音」のテクスチャーが複雑かつ繊細、かつ強靭という意味で。
 アルバムには全7曲収録されている。1曲目“Kwart Voor Straks (Deel 1) ”では、アレックスによる詩を朗読する「声」がグリッチ状に加工され、そこに透明なシャーロットの歌声に近い「声」が折り重なる。この見事に対称的な音/声は、本作のサウンドを象徴しているように感じられた。声がエディットされ電子音に近くなることで、より物質的な音になるし、なにより「声」の言葉を伝えるという機能性が若干「遅延」するような感覚も生まれ、その「ズレ」の感覚こそ、本作の肝ではないかと思ったのだ。2曲目“Kwart Voor Straks (Deel 2+3)”は曲名からして、1曲目からして連作だが、ミニマルで乾いた音色のピアノに、シャーロットの歌声が折り重なる曲だ。どこかフォーキーな印象があるが、時折、挿入されるアレックスの声/朗読と微かなノイズがレイヤーされていく。
 3曲目“Aeiou”(どうやら日本語モチーフにした言葉らしい)は声と電子音のコラージュ的な楽曲だ。4曲目“Turquoise”は二人の声のコンビネーションに、アトモスフィリックな電子音とどこか古典的な電子音のアルペジオが展開し、どこか映画の1シーンのようなサウンドを展開する曲である。5曲目“Mantra Voor Mikes”も声と電子音のコラージュ的なトラックだ。楽曲前半では実験的なドローン・サウンドに、二人の声による朗読と歌声が交錯し、中盤以降は、分断されたビートのようなサウンドへと変化していく。本作中でも多彩な音楽性が圧縮された曲といえよう。
 6曲目“Umami”(この曲名も日本語由来だという)では、リズムが明瞭化し、ウワモノのシンセがコードを鳴らすにより、さらに「楽曲」的になっていく。二人もユニゾンで朗読すれる。その結果、」「声」と「電子音」が一体化する。アルバムに満ちていた「ズレ」と」「遅延」の感覚が希薄なり、何かが統合されたような、感動的ともいえる躍動感に満ちた曲に仕上がっている。まさにこの曲こそアルバムのクライマックスともいえよう。アルバム最終曲にして7曲目“Dit Gedicht”もアレックスとシャーロットのユニゾンによる朗読に、透明な電子音が重なり、アルバムは終焉を迎えていくだろう……。

 『Kwart Voor Straks』は、電子音はドローン、ノイズ、テクノ、アンビエントと多彩なサウンドを展開しつつ、アレックスとシャーロットの朗読/歌声によって、どこか「アルバム全体でひとつの楽曲」とでもいうような不思議な統一感が生まれている作品だ。
 何より、他にはない独自の世界観に満ちているアルバムなのである。エレクトロニック・ミュージックの形式を包括しつつも、しかし、ジャンル内の方法論のマナーにとらわれることなく、自由に音楽/音響世界を展開している、とでもいうべきか。だからといって破壊的というわけでもない。どこか優雅なのだ。貴族的な実験音楽作品?
 しかし不穏と不安に満ちた現在において、この「優雅さ」はとても貴重とも思う。未聴の方は日常のふとした隙間にこのアルバムを1曲目から聴いてみてほしい。時代の空気から浮遊しているような、エレガントな電子音楽作品とわかるはず。何より声と電子音のエレガントな舞踏のように鳴り響いていることに驚きを感じるはずだ。声と音。歌声と電子音。声とノイズ。有機と無機の交錯。そんな優雅で実験的な音の舞、音の舞曲、それがこの『Kwart Voor Straks』なのである。


Philip Glass - ele-king

 2024年1月にリリースされた『フィリップ・グラス・ソロ』は、フィリップ・グラスが、彼自身の曲を、彼がいつも作曲で使っている自宅のピアノで弾いた、隅々までグラス本人の息がかかったアルバムである。
 この個人的で親密なアルバムを作ったきっかけはCOVID-19のパンデミックだ。あれから4年も経ったのかと、今考えると遠い日々のようにも思えるが、2020年4月頃からしばらくの間、これまでの価値観、生活習慣、経済や社会の仕組みなど、多かれ少なかれ世界中の誰もが再考を迫られた。音楽界への影響として、コンサートや音楽フェスティヴァルの中止の知らせが常に国内外を駆け巡り、その代わりにコンテンツ配信が盛んになった。長年マンハッタンに暮らすグラスにももちろんパンデミックの影響があった。
 収録曲は全7曲。1曲目 “オープニング(Opening)” は1981年に作曲され、1982年のアルバム『グラスワークス(Glassworks)』に収録されている。2曲目 “マッド・ラッシュ(Mad Rush)” は元々ダライ・ラマのニューヨーク初訪問を記念したオルガン曲として1979年に作曲された。後にピアノ・ソロに編曲され、グラス自身もこの曲をコンサートで演奏することが多い。3〜6曲目 “メタモルフォーシス(Metamorphosis)”I , Ⅱ, Ⅲ, Ⅴはカフカの小説『変身』から着想を得たピアノ曲で、作曲は1988年。音楽的には、この曲は1曲目の “オープニング” をさらに発展させた楽曲といえる。この2曲の関係に限らず、グラスの楽曲では、一つのテーマやパターンを他の曲と共有していることがしばしば起こる。それゆえに、どの曲を聴いてもなんとなく似ている印象を与える。7曲目の“トゥルーマン・スリープス(Truman Sleeps)” は1998年に公開された映画『トゥルーマン・ショー(The Truman Show)』のサウンドトラックをピアノ・ソロへと再構成したもの。どの曲も今ではコンサートのレパートリーとして、グラスのみならず、世界各国のピアニストによって数多く演奏されており、このアルバムの選曲はグラスのピアノ曲のベスト盤と呼べるだろう。
 1937年生まれのグラスは音楽家として半世紀以上にわたって絶えず音楽活動を続けてきた。ミニマル音楽の創始者のひとりであると同時に、今では映画音楽、交響曲、オペラの分野でも活躍している。パンデミック以前は作曲、演奏、新作初演といった慌ただしいスケジュールに追われて世界を飛び回っていた彼だが、他の多くのミュージシャンと同じく、パンデミックによって対外的なスケジュールのすべてが止まってしまった。その期間、つまり2020年から2021年の間は、彼自身が何年も演奏してきた自作のピアノ曲に改めて向き合う期間となった。「このアルバムは2021年のタイムカプセルのようなものであり、また、この数十年の作曲と演奏のふりかえりでもある。言い換えると、私の最近の音楽観のドキュメントなのだ。」*1と彼は語る。
 ミニマル音楽の作曲家(本人はこう呼ばれるのが本意ではないらしいが)として知られているグラスは、作曲活動と同じくらい演奏活動にも積極的にかかわってきた。高度な演奏技術と、時に作曲家の哲学と独自の方法のもとで記された楽譜の解読を要する現代音楽の場合、作曲家は作曲に徹し、演奏はその道のプロフェッショナルな演奏家に託すのが一般的だ。だが、グラスはこのような分業性をあまり好まない。

 作曲家に演奏のスキルは必要ないという考えがどこから来たのか、私にはまったくわからない。曲を書くのと演奏するのは別だとしてしまうなんて、ばかげている。音楽の根本的な性質を誤解している。音楽とは何よりもまず奏でるものであり、単なる研究対象ではない。
 私にとって、演奏は作曲にとって欠かせない部分だ。今の若い作曲家たちを見ると、みな演奏もしている。それは私の世代に勇気づけられてのことだ。われわれはみな演奏家だった。自分の曲の解釈を自ら行うということ自体が、われわれの反抗の一部だったのだ。*2

 グラスの言葉をふまえると、彼の肩書きをコンポーザー・パフォーマー(作曲家兼演奏家)、または、単に音楽家やミュージシャンとした方が彼の信念と活動に即しているのかもしれない。
 フィリップ・グラス・アンサンブルを率いるグラス、ドローン音楽の「グル」として影響力を持ち続けるラ・モンテ・ヤング、日本滞在5年目を迎えたテリー・ライリー、今もステージに立って「クラッピング・ミュージック(Clapping Music)」を自ら演奏するスティーヴ・ライヒ—ミニマル音楽の第一世代とされる彼らの出発点は、自身の音楽を演奏するために結成されたアンサンブルやパフォーマンスのグループだった。誰かが演奏してくれるのを待つのではなく、自分の音楽を自分たちで演奏して、観客の反応を直に感じ取る。これはインディーズやメジャーを問わず、バンドやミュージシャンにとっては当たり前のことだ。だが、グラスをはじめとするミニマル音楽の長老たちは、1950年代、60年代の現代音楽、前衛音楽、実験音楽の文脈のなかで高度に分業化されてしまった慣習に異を唱えながら、コンポーザー・パフォーマーとしての態度を一貫してきた。アルバム『フィリップ・グラス・ソロ』はピアノと真摯に向き合う彼の姿を聴くことができる。
 ジュリアード音楽院で作曲を志すようになってからもピアノの練習を欠かさず、グラスはピアノの技術を磨いてきた。また、彼は作曲の大半をピアノで行っている。彼にとってピアノは特別な、そして最もなじみ深い楽器のひとつである。だが、彼のピアノ演奏は技術を披瀝するためのものではない。むしろ、音、音楽、作曲、楽器へのアプローチを彼自身が一演奏者として客観的に確かめていく手段なのだろう。このアルバムに収録されている全7曲はピアノ演奏の難易度でいえば、間違えず楽譜通りに弾くだけなら、むしろ易しい部類に入る。ピアノを齧ったことのある人向けにより具体的な例をあげると、チェルニーの30番練習曲(正式名称はカール・チェルニーによる『30の技巧練習曲』作品849)程度を弾ければ、この7曲を難なく弾くことができるはずだ。繰り返すが、楽譜通りに弾くだけならば。
 グラスのピアノ曲はリズム・パターンを何度も何度も繰り返しながら、新たな和音やパターンへとゆっくりと変化する。ほとんど全部の楽曲がこの方法で構成されていて、見ようによっては(聴きようによっては)、とても単調でつまらない音楽に聴こえてしまうだろう。しかし、パターンの変化の様子を詳しく見てみると、調(キー)と和音(コード)の特徴を知り尽くしたうえでの緻密な音の操作によってできていることがわかる。グラデーションのように変化するパターンと、その構成力はグラスの職人技といってもよい。
 一見、誰も弾けそうなピアノ曲を作曲者であるグラスはどのように弾いているのだろうか。彼は自分の曲だからといって好き勝手に歪曲させることはなく、出版されている楽譜通りのテンポ、強弱、抑揚その他の演奏記号や演奏指示に忠実に弾いている。筆者は実際に楽譜と突き合わせながら彼の演奏を聴いてみて、そのことを確かめた。彼は専業ピアニストではないし、今はかなりの高齢でもある。彼が1980年代に録音した同じ曲の演奏*3と比べると、このアルバムでの演奏には曲中のすばやいパッセージではリズムの粒が揃っていない箇所も散見される。だが、そんなことを指摘しても、ここに収められているグラスのピアノ演奏に対する評価としては無意味だ。他のピアニストたちによるこなれた演奏*4とは明らかに違う観察眼で、彼は自分が過去に書いた音を一つ一つ注意深く確かめながらピアノを弾いている。
 先に引いたグラスの言葉を思い出すと、このアルバムはひとりの音楽家のドキュメントである。そのドキュメントは、音楽を追うだけでなく、音楽家の日常生活の一端を見せる生々しさを呈する。時折、ピアノの音色の背景で微かに聴こえる警報器の音や雑踏が、このドキュメントをより鮮明に描いている。

*1 Philip Glass, “Glass Notes: Philip Glass Solo,” https://philipglass.com/glassnotes/philip-glass-solo/ Accessed February 2024.

*2 フィリップ・グラス『フィリップ・グラス自伝 音楽のない言葉』高橋智子監訳、藤村奈緒美訳、東京:ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2016年、118頁。

*3 グラス自身がピアノを弾いているアルバム『グラスワークス(Glassworks)』(1982)と『ピアノ・ソロ(Piano Solo)』(1989)のなかで『フィリップ・グラス・ソロ』に収録されている曲を聴くことができる。聴き比べてみるとおもしろい。

*4 たとえば、アイスランド出身のピアニスト、ヴィキングル・オラフソンのアルバム『フィリップ・グラス ピアノ曲集(Philip Glass: Piano Works)』(2017)での “グラスワークス:オープニング” の演奏は、音の強弱の付け方やテンポのゆらぎの点で、グラスの抑制された演奏とは違う、よりロマンティックな解釈だ。

 松岡正剛さんとデイヴィッド・ボウイは似ている。いや、外見の話ではないですよ。ともに読書家でともに独学者ということを言いたいわけでもない。階級社会のイギリスの、こと左派圏内では「独学」の意義も評価も日本とはだいぶ違う。ブライアン・イーノも独学者のひとりだし、本の虫で知られるアフロ・フューチャリストのサン・ラーもそう、『遊』もまた独学推奨の一面をもった雑誌だった。が、ぼくがここで問題にしたいのは、ともに「自然であることは単なるポーズ」といったオスカー・ワイルドを愛読したという共通項でもなく、つまりこういうこと──ボウイの作品においてはロックンロールもひとつの手段に過ぎず、ミュージック・ホールもエレクトロニクスもフォークもヘヴィメタルもジャズもソウルも、ヘンドリックスもディランも、ニーチェもバロウズも、歌舞伎もリンゼイ・ケンプも好きなように自在に借用する。自らを「コピーマシン」と称したこのひとこそ、ポップ史上もっとも編集感覚を武器としたポップ・ミュージシャンにほかならない(そして「もどき」を大衆化した罪深き第一人者である)。

 松岡さんの研究と関心(ないしは批評対象)の範囲は広大で、情報として享受できるものほぼすべてにある。なにせあの「千夜千冊」のひとだ。いったい松岡正剛とは何者なのかと若い世代が杳茫たる気持ちになるのも無理はないけれど、ぼくが思うにその多岐にわたる活動の核にあるのは「編集」だ。いまから35年前のことである。「野田ぁ、俺は生涯一編集者だ」と松岡さんは言った。もちろんこれは野村克也の「生涯一捕手」のパロディでありオマージュだが、松岡さんにとって「編集」とは自分の帰る家であって自らの思想、ぼくはそう受け止めている。それは世界を見るうえでの知的技術であって、わかりやすく近視眼的に喩えるなら「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを知っていることが重要ではなく、美空ひばりも同じように知っているかどうか」という35年前に言われた話になる。大きく喩えるなら、日本という国は編集されてきたという表現へと発展する。

 『情報の歴史』プロジェクトを聞いたのは35年前、いや、36年前、いやいや37年前だったかもしれない。当時これは松岡さんの「編集工学」というコンセプトを具体化するもっとも初期の試みだった。いま思えば面白いことに、実験的といえるこの編集作業をはじめる際に言われたのは、たったのひと言、「年表だけの本を作る」。説明も写真もなく、代わりに編集的な「リード」「見出し」「小見出し」が入った年表、そして専門的に分けられている分野(世界史、日本史だけならともかく、文学史、哲学史、科学史、美術史、風俗史、大衆文化史などすべて)をヨーロッパ中心主義にはならぬよう並列させるという大胆な「編集」によって、まったく斬新な年表が具現化されていった。

 話は逸れるが、松岡さんの功績のひとつは海外文化ばかりを追いかけている若者に日本文化の魅力を伝え、唯物論者に宗教学を、哲学好きに民俗学を、文学青年に理系の面白さを説いたところにある。ハイ・カルチャーしか知らないひとにロー・カルチャーを教え、その逆もやると。『情報の歴史』はそうした越境的な流動性と編集技術を極限まで活かした松岡イズムの賜物だ。初版本の制作に関わらせていただいた身(縄文時代担当)として、もうひとつ書いておきたいことがある。現代ならインターネットを利用してその年の出来事など簡単に探査できるのだろうが、当時そんな便利な物はなく、図書館でなるべく多くの書物にあたって調べ、年表化していったことは少なくない。『情報の歴史』に参考文献を掲載したら、とんでもない量のリストになるだろう。骨の折れる作業だったけれど、たしかにこれは編集力で作る本だった。

 年表は二次元世界の表現だが、「見出し」「小見出し」という編集技術の遠近法が時代の臨場感を創出している。資料というよりは読んで楽しめる本になっているから、5刷りまでいくほど売れたのだろう。だいたい歴史を俯瞰できるということはなかなか爽快な経験で、気づきの契機をうながしもする。この本においては、いま自分が飲んでいるペットボトルが中東社会とも宇宙のブラックホールとも無関係にあるとは言えなくなるのだ。というわけで、「個人的なことは政治的」というポストパンクのモットーもこの年表のパースペクティヴのなかに読み取ることができるかもしれない。

 マーシャル・マクルーハンがじつに編集的な著書『グーテンベルクの銀河系』において、電子メディアの普及(この当時は電話回線などを指している)によって現出されるであろう「グローバル・ヴィレッジ」を説いたのはザ・ビートルズが登場する1962年、スチュワート・ブランドが『ホール・アース・カタログ』を創刊したのはザ・ビートルズが世界初の衛星中継にて“愛こそすべて”を歌った翌年の1968年、『情報の歴史』は、ポスト60年代をじゅうぶんに予見したこれら二冊に対する松岡さんからの回答のようにぼくは思っていたが、『情報の歴史21』をぱらぱらとめくって、その考えをあらためて強めた。2010年以降の「見出し」「小見出し」にはweb2.0以降の文化環境を象徴する言葉が目につき、当たり前といえば当たり前の話だけれど、ここ20年で起きたメディア環境の破壊的な変化をとうてい無視することができない松岡さんがいる。皮肉なことに、マクルーハンの言った「グローバル・ヴィレッジ」はまさにいま電子のムラ社会を生んだ。さらなる皮肉もある。松岡さんが「年表」のサブジェクトに「情報」という言葉を使ったことは先見の明だったが、21世紀では音楽のほとんどが「作品」ではなく「情報」として消費されている。

 J.R.R.トールキンの世界に惑溺したマーク・ボランは数々の名曲を作りグラム・ロックのスターになった。が、その寿命は短く、数年後には行き詰まってもいる。若い頃はなんども失敗を重ね、何かひとつのことにアイデンティファイしなかったデイヴィッド・ボウイは編集的な自由を得たことでジギーとなり、最後の作品においても後ろ向きになるどころか当時の彼の共感(ヒップホップやジャズ)が編集されている。ボランは天才肌のひとで、ある意味作家タイプだったといえるなら、「編集」は、天才でも作家でもないひとにとっては有益なメソッドになりうるだろう。

 『情報の歴史21』のページをめくりながら、情報の氾濫と言われている昨今の、この先の情報の歴史はどうなるのだろうかという話にもなってくる。19世紀にはごく一部の西欧エリートが訴えていた進歩への懐疑も今日では音楽やら映画やら大衆文化の一部となっている。とはいえ歴史とは、過去が淡い色のユートピアではなかったことを教えてくれる。忘れがちだが、いまのほうがいいことだってある。誰もが思い描くディストピア物語ではない、前向きな未来への筋書きをここからどう描いていけるのか、そのヒントも『情報の歴史21』にはあるはず、と生涯一編集者の背中を見ながら20代を過ごしたぼくは思うのである。

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