Home > Reviews > Album Reviews > 7038634357- Neo Seven
米国・ヴァージニア州を拠点とするネオ・ギブソンによるプロジェクトの名称である。実に記号的な名前だが、どうやら携帯電話の番号らしい。本当なのだろうか。軽いジョークだろうか。もちろん真意のほどは定かではない。
ではこの名のとおり、本作が「記号的・抽象的な電子音響作品」なのかというとそうではない。確かに実験的な作風ではあるが、ネオ・ギブソンのヴォーカルが入った曲もあるし、聴きやすい旋律のミニマルな音楽もある。
しかし一方、ノイズが炸裂する展開もある。持続「しない」アンビエントという不思議な曲もある。かといって、アルバム全体がカオスかといえばでそうもない。どこか慎ましやかで、奇妙な人懐こさもあるアルバムなのである。実験的ではあるが他人を拒絶するような作風でもないのだ。
何より非常にパーソナルな音楽に思えた。アルバムには7曲が収録されているが、「ネオの7曲」という意味でのアルバム名『Neo Seven』だろうか。アルバム名に、自身の名を付けるということは、やはり自信作なのだろう。
これまで名称違い(703 863-4357など)でエレクトロニックなトラックをセルフ・リリースしたり、7038634357名義でCD-Rや配信などを中心にエクスペリメンタルな楽曲を発表してきたが、本作は高柳昌行、ザ・シャドウ・リング、そのメンバーだったグラハム・ランキン、小杉武久+鈴木昭男もリリースするニューヨーク・ブルックリンのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Blank Forms Editions〉からのリリースである。マスタリングを名匠ステファン・マシューが手がけていることも注目したい。この点からも『Neo Seven』が特別なアルバムであることを伝わってくる(気がする)。
確かにグリッチやアンビエントなど00年代のエレクトロニカへのノスタルジアも深く感じさせる作風だが、それを踏まえて新しいサウンドを作り出そうとしているようにも感じられるのだ。
私が特に注目したいのがときおり訪れる「間」であり、一瞬の「静寂」である。アルバム冒頭の “Winded” ではアンビエント的な音響が流れては消え、流れては消えを繰り返す。そこにほんの少しのあいだ無音の「間」があるのだ。この種のアンビエントは持続によって聴き手に没入感を与えるものだが、この曲はそうではない。まるで波の満ち引きのように音が生成し消えていくさまを繰り返す。
これは観客にあえて没入させないための「皮肉な」方法論なのだろうか。自分はむしろ逆にとる。聴き手を信頼しているからこその「間」ではないかと。静謐な時間。無音の時間。音楽が生成する手前の貴重な時間。それを共有させるというのは観客の聴く力と聴こうとする意志を信じているからではないか(わずか1秒に満たない間に大袈裟だろうか?)。
2曲目 “Everytime” は水の音に導かれ、柔らかく穏やかな電子音が鳴り始める。音と音のレイヤーによって音階が生まれていく不思議な楽曲である。やがて音は次第に大きくなり、そこに変調された声による素朴な「歌」が加わる。心の深いところにあるノスタルジアが生成されていくような曲だ。シンプルな音像だがどこかフェネスのロマンティシズムに近いムードを感じる。続く3曲目 “Square Hear” もヴォーカルが加わる曲である。“Everytime” よりもメロディがはっきりとあり、シンガーソングライター的な楽曲だ(この曲にもところどころ無音になる「間」がある)。90年代のハイ・ラマズ/ショーン・オヘイガンのようなソングライティングに感じられた(つまりは典型的な「ベッドルーム・ポップ」の系譜とでもいうべきか)。
4曲目 “Acolyte” も電子音による持続が無音の「間」を挟みながら展開する曲である。その音は次第に変化を遂げていく。この曲に限らず音色のトーンの変化によるコンポジションが本作の特徴だろう。続く5曲目 “Overbraid” はシンプルなコード進行を反復する曲だ。同じ進行を4分48秒続けるミニマルな楽曲だが、“Acolyte” と同じく音色が次第に変化していくため、まったく飽きることはない。2曲ともアンビエントともミニマル・ミュージックともテクノとも異なる不思議な印象の楽曲だ。
6曲目 “Eraser” は1分54秒の短い曲ながらアルバム中もっともドローン的なトラックである。この曲も音色のセンスが抜群だ。そしてアルバム最終曲の7曲目 “Perfect Night” は、アンビエント、ミニマル、ヴォーカル、強烈なノイズが炸裂するトラックであり、本作を代表する曲である。中盤でノイズが炸裂し、そこに掻き消されそうになるヴォーカルが重なるのだが、あるとき不意にノイズが消失し、ヴォーカルと柔らかい電子音が残る。その瞬間、不意に耳の感覚が変わるのだ。なんと見事なコンポジションだろうか。
『Neo Seven』を聴いたいま、2021年に自主リリースされた『Permanest』や『My Way Out』などを聴き直してみると、そこも「間」と「無音」のコンポジションや、さまざまなミニマルなドローンなどの実験音楽の方法論を慎ましく、かつエモーショナルに展開する技法などが展開されていたことに気が付く。いわば本作『Neo Seven』において、その方法論や技法がもう一段階深い「音楽」として結実したとすべきだろう。“Winded” にはじまり、“Perfect Night” に終わる完璧な円環を描く本作には、ネオ・ギブソンという音楽家の感情の彷徨が、慎ましやかに、しかし深いエモーショナルに刻印されている。同時にいくつもの音素材を用いて、柔らかい実験音楽を作り出そうとしているのだ。
そう、ネオ・ギブソンは、さまざまな実験音楽の手法を用いて、しかし決して大袈裟にならず、慎ましやかなムードを湛えたミニマル/エモーショナルな電子音楽作品を作り上げたのだ。美しく、かけがえのない「ひとり」の時間から生まれたような珠玉のエクスペリメンタル・ミュージックである。
デンシノオト