「Low」と一致するもの

Kyle Dixon & Michael Stein - ele-king

 ほとんどのリスナーやメディアは、基本的に移り気だ。ある程度食い荒らしたら、次の“最先端とされるもの”に乗り換える。しかしこれは、人が欲望の生き物である以上致し方ないことでもある。筆者としても、より良いものを求める姿勢は大歓迎だし、進化と深化のためにも移り気という名の荒波は必要だ。この荒波があるからこそ、ブリアルの『Untrue』みたいに、リリースから10年経っても注目され、多くの人たちに影響をあたえる作品が生まれるのだから。
 そうした荒波を乗り越えつつあるのがシンセウェイヴだ……と言われても、日本でシンセウェイヴを知る人は少ないと思うので、少し説明を入れておこう。

 シンセウェイヴが盛りあがりを見せはじめたのは、2010年代前半のこと。〈Rosso Corsa〉〈Rad Rush〉〈New Retro Wave〉などのレーベルやその周辺のアーティストたちが旗頭となり、数多くの作品を発表してきた。こうした動きが大手メディアのプッシュではなく、『Synthetix.FM』や『Disco Unchained』といったブログが地道に魅力を伝えつづけたことで広がっていったのも、シンセウェイヴを語るうえでは欠かせない。先に書いたレーベルがバンドキャンプで作品を発表したら、すぐさま集結するサポーターも重要な存在だ。バンドキャンプには、SNSと連動したサポーター欄がある。たくさんのプロフィール写真が並ぶそこでは、ファンがコミュニティーを形成し、新たな音楽との出逢いを促してくれる。こうした草の根的な手法もシンセウェイヴの特徴だ。
 音楽的には、イタロ・ディスコ、ファンク、ハウスといった要素を掛け合わせたものが多い一方で、〈Minimal Wave〉のリリース作品を想起させるミニマル・シンセに近い音もあったりと、バラエティー豊かだ。ドラマ『ナイトライダー』シリーズあたりのレトロ・フューチャーな世界観を彷彿させるアート・ワークが多いのも特徴で、いわゆる80年代のポップ・カルチャーに多大な影響を受けている。

 ここまで書いてきたことからすると、音楽オタクに好まれるニッチなジャンルに思われるかもしれない。確かに、黎明期の頃はそうした側面も目立っていた。しかし、シンセウェイヴの代表的アーティストのひとりタイムコップ1983は、ベラ・ソーン主演の映画『ラストウィーク・オブ・サマー』で楽曲が使われるなど、意外と広く認知されている。さらに、ドナルド・トランプの有力な支持者として知られる白人至上主義者のリチャード・スペンサーが、シンセウェイヴを政治利用したことも記憶に新しい。この動きについて、『BuzzFeed』『The Guardian』『thump』といったメディアが取りあげたことからも、海外では少なくない注目を集めている音楽だとわかる。

 そんなシンセウェイヴが輩出したスターといえば、テキサス州オースティンを拠点に活動するシンセ・バンド、サヴァイヴである。メンバーは、アダム・ジョーンズ、カイル・ディクソン、マーク・ドゥニカ、マイケル・スタインの4人。彼らが脚光を浴びたキッカケは、2012年の作品『Survive』。トロピック・オブ・キャンサーのシングルも扱う〈Mannequin〉からリリースされたこのアルバムは、〈Blackest Ever Black〉や〈Modern Love〉など、当時勃興期を迎えていたポスト・インダストリアル・ミュージックの流れとも共振する妖艶なサウンドスケープが特徴ということもあり、早耳のリスナーたちに支持された。『Survive』以降も彼らは着実にキャリアを重ね、サヴァイヴ以外の課外活動も増えていった。なかでもアダム・ジョーンズは、サウザンド・フット・ホエール・クロウとして、『Cosmic Winds』という印象的な作品を残している。ニュー・エイジやクラウトロックなどの影響が滲むこのアルバムは、聴いていると脳みそが“うにゅ”ってなるほどのトリッピーな音像でリスナーを飛ばしてくれる。
 だが、それ以上に興味深い課外活動は、サヴァイヴの中心人物であるカイル・ディクソンとマイケル・スタインが手がけた、ネットフリックスのオリジナル・ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のサントラだ。2016年にシーズン1が配信されたこのドラマにふたりは、ダークな音像が映えるエレクトロニック・ミュージックを提供し、大きな注目を集めた。それを受けてふたりは、今年配信されたシーズン2でもサントラを担当している。

 そのシーズン2のサントラこそ、本作『Stranger Things 2 (a Netflix Original Series Soundtrack)』だ。シンセサイザーを基調にしたサウンドはサヴァイヴと変わらないが、ふたりなりにサントラという性質をふまえているのか、音数が非常に少ない。シンセ・アルペジオの微細な変化で曲に表情をつけていく手法が目立つ。サヴァイヴの作品では多々見られる、過剰なエフェクト使いがないのも特徴だ。音色を変化させるために、リヴァーブやディレイといったエフェクトを使う場面もあるが、それもシーズン1のサントラ以上に控え目。こうした方向性のおかげで、綿密なプロダクションやストイックなミニマリズムといった、サヴァイヴの作品で見られる要素がより深く楽しめる。強いて言えば、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが手がけた映画『グッド・タイム』のサントラに近い方向性だが、このサントラではハイハットといったドラムの音が使われているのに対し、本作はそうした類の音は一切ない。ゆえにビートはなく、それがシンセサイザーを中心とした本作の多彩な音世界を際立たせることにも繋がっている。

 強烈な金属音が響きわたる“It's A Trap”を筆頭に、インダストリアル・ミュージックの要素が色濃いのも見逃せない。丁寧に磨き抜かれた電子音の中で、殺伐としたドライな音も顔を覗かせるのだ。そこに浮かびあがるスリルと不安は、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の重要な設定である向こう側の世界、つまりアップサイド・ダウンに住むモンスターの恐怖をサウンドで表現しているようにも感じられる。

 シーズン1のサントラと大きく異なる点としては、随所でオマージュ的なサウンドを見いだせることが挙げられる。たとえば、たおやかな雰囲気を漂わせる“On The Bus”の音色は、デヴィッド・ボウイの名盤『Low』に収められた“Warszawa”を彷彿させる。もちろん、そこからもっと遡り、タンジェリン・ドリームやクラフトワークの要素を見つけることも可能だ。他にも、どこか郷愁を抱かせる“Eulogy”ではウェンディ・カルロスの影がちらつくなど、本作はシンセサイザーの可能性を切り開いてきた先達の遺産が多々見られる。

 シンセウェイヴは、海外のサブカルチャーという括りで終わらせるにはもったいないほどの豊穣な音楽的背景を持つ。そう実感させてくれる本作を入口に、シンセウェイヴの深い森を彷徨うのも一興だ。

Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズが音楽を担当したことで話題となった大森立嗣監督による映画、『光』。そのサウンドトラックCDが急遽発売されることとなった。このCD盤は、すでに配信でリリースされているヴァージョンよりも収録曲が多く、また映画本編未公開、未配信音源も含んだ内容となっている。詳細は下記より(映画『光』のレヴューはこちら)。

ジェフ・ミルズが音楽を担当した映画『光』のサウンドトラックCDが急遽発売決定。収録曲“Incoming”をフィーチャーした特別映像も公開!!

三浦しをん原作・大森立嗣監督。井浦新、瑛太、長谷川京子、橋本マナミらが出演、“人間の心の底を描く過酷で濃厚なサスペンス・ドラマ”で、音楽をエレクトロニック・ミュージックのパイオニア、ジェフ・ミルズが担当していることでも話題を呼んでいる映画『光』。

この映画のサウンドトラック『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』のCDを12月22日に発売することを急遽決定致しました。

すでに先行配信されている10曲とは収録曲が一部異なり、さらに映画本編未公開、未配信音源も含めた全16曲を収録した充実の内容で、主演 井浦新のシルエットに映画の舞台、美浜島に生い茂る、うねる樹木がコラージュされたグラフィックが印象的なCDジャケットとなっています。

サントラ収録曲の中でもひと際強いインパクトを与える、ジェフ・ミルズの90年代のサウンドを思い起こさせるインダストリアルでハードな楽曲“Incoming”。映画の中でも一瞬にして世界を不穏な空気に包み込むこの楽曲と、映画の本編映像が融合した、特別映像が公開されているので、こちらもぜひチェックしてください。

ジェフ・ミ ルズの音楽と本編シーンを融合させた映画『光』特別映像
https://youtu.be/jq1AW-D5L-8


【CD情報】
JEFF MILLS 映画 『光』 サウンドトラック
『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』

2017.12.22リリース [日本先行発売]
品番:UMA-1103 定価¥2,500+税

収録曲 ※CDのみに収録
01. A Secret Sense
02. Islands From The Lost Sea ※
03. Raindrops Of Truth
04. Parallelism In Fate
05. The Revenge Of Being In Lust ※
06. The Bond Of Death ※
07. The Trail Of Secrets ※
08. Consequences ※
09. Danger From Abroad
10. The Little Ones ※
11. Landscapes
12. Trigger Happy Level ※
13. The Players Of Consequence
14. Lost Winners ※
15. The Hypnotist (Hikari Mix)
16. Incoming

JEFF MILLS 映画 『光』 サウンドトラック
『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』配信Ver.

収録曲
01. Incoming
02. A Secret Sense
03. Danger From Abroad
04. Parallelism In Fate
05. Landscapes
06. Arrangements of The Past
07. Trigger Happy Level
08. The Players Of Consequence
09. Raindrops Of Truth
10. The Hypnotist (Hikari Mix)

interview with Nick Dwyer (DITC) - ele-king

制限のあるなかで音楽を作らなければならなかったという点、いかに限られたテクノロジーのなかで境界線を押し広げていくか、という挑戦のようなところが魅力でもあった。


Various Artists
Diggin In The Carts

Hyperdub / ビート

Electronic8bitSoundtrack

Amazon Tower HMV iTunes

 たしかにデトロイト・テクノだ。デリック・メイも入っていれば、アンダーグラウンド・レジスタンスも入っている。『ベア・ナックル』シリーズ第1作のサウンドトラックを聴いてそう思った。スコアを担当した古代祐三は当時、西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを耳にし、そこで受けた影響をそのサントラに落とし込んだのだという。ときは1991年。URが「The Final Frontier」や「Riot EP」、「Punisher」といった初期の代表作を矢継ぎ早にリリースしていた頃である。当時のURの音源は『Revolution For Change』という編集盤に、また同時期のジェフ・ミルズやロバート・フッド、ドレクシアらのトラックは『Global Techno Power』というコンピレイションにまとめられているが、興味深いのは、それらをリリースした〈アルファ〉が『ベア・ナックル』のサントラを世に送り出したレーベルでもあったということだ。デトロイトのテクノと日本のゲーム・ミュージック――一見かけ離れているように見える両者の間に、そのような繋がりがあったことに驚く。
 でもそれはきっと偶然ではないのだろう。われわれがゲームをプレイするとき、そのBGMの作曲者やトラックメイカーに思いを馳せることは少ない。だが、それが音楽である以上必ず作り手が存在するわけで、となれば、その作り手がその時代の音楽からまったく影響を受けないと考えるほうが難しい。同時代の海外の音楽を貪欲に吸収し独自に消化していたからこそ、『ベア・ナックル』はその海外のリスナーたちの耳にまで届き、フライング・ロータスやハドソン・モホークといったいまをときめくプロデューサーたちの音楽的素養の一部となることができたのだと思う。

 このたび〈Hyperdub〉から届けられたコンピ『Diggin In The Carts』には、その古代祐三を含め、80年代後半から90年代前半にかけて制作されたさまざまなゲームの付随音楽が収められている。8ビットや16ビットで作られたそれらの楽曲は、たしかにレトロフューチャーな趣を感じさせるものでもあるのだけれど、そこはさすが〈Hyperdub〉、たんにノスタルジックだったりキャッチーだったりするトラックには目もくれない。もっともわかりやすいのは細井聡司“Mister Diviner”のライヒ的ミニマリズムだが、背後のノイズが耳をくすぐる蓮舎通治“Hidden Level”や、複雑に刻まれた上モノが躍動する吉田博昭“Kyoushin 'Lunatic Forest”、「これ本当にゲーム・ミュージック?」と疑いたくなるようなテクノ・サウンドを聴かせる新田忠弘“Metal Area”など、その選曲からはコンパイラーの強いこだわりを感じとることができる。藤田靖明“What Is Your Birthday?”なんて、「今年リリースされた新曲です」と言われたらそう信じ込んでしまいそうだ。
 ありそうでなかったこの斬新なコンピは、いったいどのような経緯で、どのような意図のもと編まれることになったのか? 3年前に公開された同名のドキュメンタリー・シリーズ『Diggin In The Carts』の監督であり、本盤の監修者でもあるニック・ドワイヤーに話を伺った。

 

機械のひとつひとつがそれぞれ性格の違う命を持っていて、それが泣いたり歌ったりして音を出しているというような感じがするんだよね。8ビット時代のそういった音に僕とコード9は魅力を感じていたんだ。

まずは、ニックさんの簡単なプロフィールを教えてください。

ニック・ドワイヤー(Nick Dwyer、以下ND):たくさん喋ってしまいそうだから、短くするね(笑)。僕はニュージーランド出身なんだけど、ずっと音楽に興味を持っていて、新しい音楽を発見することも大好きなんだ。14歳のときに自分のラジオのショウを持つようになって、15歳のときには音楽番組のTVプレゼンターをやるようになった。そのあとDJも少しやるようになったんだけど、『ナショナル・ジオグラフィック』のチャンネルでいろんな世界の音楽や文化を紹介するTVシリーズを手がけることになったんだよね。そのドキュメンタリーはニュージーランドの有名な曲をガーナやトリニダード・トバゴ、日本、ジャマイカなどに持っていって、現地のミュージシャンにカヴァーしてもらうという内容だったんだけど、それと同時に、その地域のアンダーグラウンド・ミュージックや文化を紹介するということもやっていた。それがいろんな音楽を深く知っていくきっかけになったんだ。日本に引っ越してきたのは3年前なんだけど、日本の素晴らしい文化をドキュメンタリーで伝えたいと思って、『DITC (Diggin In The Carts)』を始めたんだ。それから3年かかって、やっと今回のコンピレイションをリリースできることになって、ライヴ・ショウもやることになった、という流れだね。

なるほど。日本の文化を伝達しようと思ったときに、ゲーム音楽に着目したのはなぜですか?

ND:ニュージーランドに住んでいた7歳のときに、コモドール64というコンピュータを母が買ってくれて、それで初めてゲーム音楽に触れたんだよね。それまでの自分の人生で初めて――といってもまだ7年だったけど――ああいう音楽を聴いたんだけど、その音に衝撃を受けて興味を持つようになったんだ。兄のカセットテープを使ってそのゲームの音楽を録音して聴くくらい大好きだった。そのあと11歳のときに、兄が仕事で日本に行くことになった。兄は苗場で働いていたんだけど、ニュージーランドに戻ってくるときにスーパーファミコンを買ってきてくれたんだ。それが自分の人生を変えたね。メニュー画面が読めなかったから、ひらがなとカタカナを勉強した。それから学校でも日本語を勉強するようになった。あと、僕の家がホームステイをやっていたので、日本から子どもたちが泊まりに来ていたりしたんだけど、その子たちは世界のどの家庭にもスーパーファミコンのゲーム機があると思っていたのか、ゲーム(・ソフト)を持参していたんだよね(笑)。ニュージーランドにスーパーファミコンはなかったので、その子たちはラッキーなことに、ニュージーランドで唯一(スーパーファミコンを)持っている家に来たわけだ(笑)。みんな必ずロールプレイング・ゲームの『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』を持ってきていたから、そういうゲームに触れるきっかけができた。その音楽が美しくて、そこから興味を持つようになったんだよね。それが僕とゲーム音楽の出会い。

ニックさんはいまおいくつなんですか?

ND:37歳だよ。(日本語で)大丈夫? 大丈夫? ビックリした(笑)?

(笑)。では本当にゲーム直撃の世代なんですね。

ND:そうだね。ただ、もちろん『ファイナルファンタジーVI』や『クロノ・トリガー』、『ドラゴンクエストVI』なんかの音楽も大好きだったんだけど、僕はラジオやTVショウをやっていたし、レコード店で働いていたこともあって、ゲーム音楽に限らず日本の音楽全般に興味を持つようになったんだよね。ラジオでピチカート・ファイヴやユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション、キョウト・ジャズ・マッシヴ、ケン・イシイとかをかけるようになって、より日本の文化を好きになっていったんだ。いちばん大きかったのは、2010年に『ナショナル・ジオグラフィック』で東京に関する(ドキュメンタリーの)エピソードを作ったことだね。そのときに日本の歴史を調べて、田中宏和さんや下村陽子さんといった作曲家についても知ることになった。その頃には自分でも音楽を作るようになっていたから、年に1、2回日本へ行くときはクラブへ足を運ぶようにしていたんだけど、それと同じように秋葉原のスーパーポテトなんかのゲーム店でヴィンテージのゲームをディグして、それをニュージーランドに持ち帰ってサンプリングして、自分の音楽に使っていたんだ。それで、まだ日本から持ち出されていない名作がたくさんあることがわかったから、今回ドキュメンタリーを作る際に、そこにスポットライトを当てたいと思ったんだ。
 今回〈Hyperdub〉という素晴らしいエレクトロニック・ミュージックのレーベルからコンピレイションを出せることになってすごく光栄だったし、やるからにはしっかりやらなきゃいけないと思って、8ビットと16ビットの音楽はすべて聴いた。だからこそ時間がかかったね。

〈Hyperdub〉からリリースすることになったのはどういう経緯で?

ND:理由はいろいろあるけど、そのひとつに〈Hyperdub〉がエレクトロニック・ミュージックをちゃんと評価してリスペクトしているレーベルだから、というのがあるかな。コード9は新しいエレクトロニック・ミュージックのパイオニア的存在だしね。もうひとつの理由として、コード9が(『DITC』の)コンセプトをちゃんと理解してくれていたということもある。それは、このコンピレイションのコンセプトはノスタルジアではない、ということなんだよね。『マリオ』や『ソニック』、『ファイナルファンタジー』のような人気ゲームのグレイテスト・ヒッツを作るわけじゃなくて、やっぱりエレクトロニック・ミュージックとして日本のゲーム音楽の歴史のすべてを聴いて、そのなかから自分たちが新しいと思うものをコンピレイションとしてまとめたかったんだ。そのことをしっかり理解してくれていたのがコード9だった。
 あと、〈Hyperdub〉というレーベル自体が日本の文化に影響を受けているレーベルだということもあるね。たとえばデザインだったり、所属しているアーティストに日本のゲーム音楽から影響を受けている人が多かったり。彼らの音楽から日本のゲーム音楽の良い影響を聴き取ることができる、というのも理由のひとつだね。

たしかに、〈Hyperdub〉からはQuarta 330などチップチューンのアーティストのリリースもありますよね。

ND:そのとおり。(コード9の)“9 Samurai”のリミックスもそうだね。チップ時代の音楽のどこが好きかという点で、僕とコード9は共通していると思う。サウンド・パレットが大好きで、いい意味で安っぽい感じだったり、パチパチした音の質感だったり、ふたりともそういうキラキラした感じの音が好きなんだ。とくに8ビット時代の初期の頃。当時の音は、いまでは逆に未来的と感じられるような音だと思うんだけど、機械が自ら音を出しているような感じというか、機械のひとつひとつがそれぞれ性格の違う命を持っていて、それが泣いたり歌ったりして音を出しているというような感じがするんだよね。8ビット時代のそういった音に僕とコード9は魅力を感じていたんだ。

つまりリズムやメロディよりもテクスチャーに惹かれる、ということですか?

ND:魅力はたくさんあると思う。僕が魅力を感じている日本のゲーム音楽がなぜこんなにユニークなのかというと、やっぱりゲーム音楽のクリエイターたちがYMOや当時のジャパニーズ・フュージョン、カシオペアやT-SQUARE、あと久石譲さんの『風の谷のナウシカ』なんかで聴くことのできる暗い雰囲気の映画音楽とか、そういう音を聴いて影響を受けたからだと思うんだ。アメリカやイギリスではそういった音楽が存在しなかったので、彼ら(アメリカやイギリスのアーティスト)とは違うものを作ることができているんだよね。やっぱりそこがおもしろいところだと思う。チップ時代の音楽はパイオニアだと思うんだけど、制限のあるなかで音楽を作らなければならなかったという点、いかに限られたテクノロジーのなかで境界線を押し広げていくか、という挑戦のようなところが魅力でもあった。オーダーメイドのプログラムや性格の違うチップを使って、いかに他と違うものを作るかというところが素晴らしかった。でもCDの時代になってしまってからは制限がなくなってしまって、ゲーム音楽を作る人がふつうの音楽も作れるようになってしまった。それが悪いことだとは言わないけど、ちょっと魅力が失われてしまったように感じるね。それについては僕もコード9も同じように感じていた。このコンピレイションで何を見せたかったのかというと、日本の素晴らしいゲーム音楽というものを、日本から生まれたエレクトロニック・ミュージックとして提示したかった、ということだね。

欧米の方たちがこういった日本のゲーム音楽を聴くときは、やはり日本らしさやオリエンタルなものを感じとったりするのでしょうか?

ND:日本の70代後半から80年代前半や90年代の初めのバブルの頃って、すごくエキサイティングな音楽が生まれた時代だと思うんだよね。日本自体もおもしろかったし、その時代に素晴らしいシティ・ポップや、角松敏生さんや山下達郎さんのような素晴らしいアーティストがたくさん生まれていったと思うんだけど、日本は島国ということもあって、そういった音楽を国内だけで消化していったと思うんだよね。やっぱり言語の壁もあったと思うし。でも、いまになって海外の人がYMOを知ったり、ミニマル・ミュージックの高田みどりさんが60歳を超えたのにも拘らずアルバムをリリースして(註:リイシューのことと思われる)世界ツアーをやったり、『サルゲッチュ』で知られている寺田創一さんも80、90年代には素晴らしいハウス・ミュージックを作っているアーティストで、彼もいま世界ツアーをしていたりする。あと清水靖晃さんも最近作品をリリースしたばかりだし(註:こちらもリイシューのことと思われる)、いまになって初めて世界の人たちが日本の素晴らしい音楽を知り始めているところなんだよね。(そういった流れを)このコンピレイションからも感じることができると思う。
 それで、僕もスティーヴ(・グッドマン、コード9)も今回やりたかったことがあって。たとえばYMOが70年代の後半にリリースした音楽――とくにファースト・アルバムとセカンド・アルバムだね――は、チップを楽器として取り入れて新しいエレクトロニック・ミュージックを作り上げたと思うんだけど、その延長として、日本で作られたチップとシステムを使って、ゲーム音楽としてだけでなくエレクトロニック・ミュージックとして素晴らしいものを作った日本の文化というものを表現したかったんだよね。質問の答えになっているといいんだけど(笑)。

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「あれも知らないの? バカじゃないの?」って言われるのが想像できたんだ。だから「絶対にそうは言わせない」と思って、ファミコンやメガドライブ、PCエンジン、MSXなど、20万本のゲームの音楽を6ヶ月かけてすべて聴いたんだよね

先ほど「制限のあるなかで作られたところがおもしろい」という話が出ましたが、制限がなくなってしまってからのゲーム音楽にも興味深いと思えるものはありますか?

ND:魅力が失われてしまったとは言ったけど、もちろんそれですべての魅力が失われたとは思っていないよ。でもとくに最近のゲーム音楽というのは、クラシックやジャズ、ロックなんかだったりするから、いわゆる「ゲーム音楽」ではないんだよね。言い方は良くないけど、ロックならただの「ロック」という音楽になってしまっているというか。8ビット、16ビットの時代というのは、チップを使ったエレクトロニックな「ゲーム音楽」だったんだよね。そこがユニークだったと思う。今回のコンピレイションやヴィデオを作っていて、32ビットや64ビットのCD時代のセガ(サターン)やFM TOWNS、NINTENDO64やPlayStationの音楽にも触れてみたんだけど、そこから素晴らしい音楽を知ることもできた。いまのコンテンポラリーなゲーム音楽については、これからどんどんリサーチを進めて、その魅力に気づいていけたらいいなと思ってる。

最近だとスマートフォン向けのゲームもたくさん出ていますが、そのあたりも追っているんですか?

ND:ここ20年くらいは音楽のドキュメンタリーなどのためにたくさん旅行をしたりリサーチをしたりすることの繰り返しだったから、今回のプロジェクトのために日本のゲーム音楽を調べるようになったのは、ここ4、5年くらいの話なんだ。僕はゲーマーじゃないから、音楽のリサーチを通してどんどん詳しくなっていったんだよ。だからスーパーファミコンだとか、(旧)スクウェアや(旧)エニックスの時代のゲームのほうが影響は大きいね。僕に大きな影響を与えたゲーム機はスーパーファミコンと(初代)PlayStationなんだ。そこから「もっとゲーム音楽を掘り下げたい」と思ったので、ケータイ時代になってからのゲームのことはあまりよく知らないんだ。(いまは)リサーチがたいへんすぎてゲームをプレイするために時間を割けないので、いつかちゃんとプレイしてゲームを知ることができたらいいなと思う。(日本語で)電車に乗ったときは(スマートフォンのアプリで)漢字を勉強していますよ(笑)。

今回コンパイルした曲のゲームすべてをじっさいにプレイしている、というわけではない?


Various Artists
Diggin In The Carts

Hyperdub / ビート

Electronic8bitSoundtrack

Amazon Tower HMV iTunes

ND:すべてはプレイできていないな。でもリサーチはしたから、すべてのゲームに関して理解はしている。ゲーム音楽のファンたちって、とても熱い愛情を持っている人が多いから、そのファンたちに「あれも知らないの? バカじゃないの?」って言われるのが想像できたんだ。だから「絶対にそうは言わせない」と思って、ファミコンやメガドライブ、PCエンジン、MSXなど、20万本のゲームの音楽を6ヶ月かけてすべて聴いたんだよね(註:半年間不眠不休で、1時間あたり46タイトル分ものゲーム音楽を聴く計算になる)。そこからさらに300本のタイトルに絞って、コード9にプレゼンしたんだ。そのあとスティーヴと話し合いをして100本まで絞って、最終的には『グラディウス』、『アルカエスト』、『エイリアンソルジャー』などを含めた34タイトルになった。300本に絞った時点で、ここからさらに絞るためにはタイトルについてのすべてを知っておかねばならない、と思ったんだ。ちゃんと選ぶ基準を知っておかないといけないから、そこからはたくさんゲームをプレイしたし、その300本のゲームはすべて理解したよ。

すさまじいですね(笑)。

ND:(日本語で)ものすごく、たいへんだった(笑)。けど、大切だよね。

ヴィデオ・ゲーム・ミュージックは、たとえば映画のスコアのように、他の何かに付随する音楽なので、音が主役になってはいけないという側面があると思うんですが、その点についてはどうお考えですか?

ND:そのとおりだと思うよ。やっぱり、プレイヤーを疲れさせないループであることを意識して作られている音楽だとは思う。何時間遊んでも疲れないし、飽きない。レベルが上がったときとか死ぬときの音楽が当たり前のものだと飽きちゃうから、それを感じさせないように、(ゲームの)サポートとして作られているのがゲーム音楽の特徴だと思うね。

他方で、いわゆるエレクトロニック・ミュージックの多くは音が主役です。今回のコンピレイションには当然ゲームの要素はありませんので、本来脇役として作られたものを主役として聴かせることになります。つまり本作を編むにあたっては、リスニング・ミュージックとしての側面を意識したということですよね?

ND:そのとおりだよ。まさにそれは意識した部分なんだけど、ただゲームを楽しんでいるだけの若い頃って、その音楽を人が作っているということさえも意識していないと思うんだ。でも『DITC』のプロジェクトでは“ストーリー”をみんなに伝えたいと思っているんだ。(ゲーム音楽からは)フライング・ロータスサンダーキャットも影響を受けているし、ゲーム音楽というものがいかに影響力のある音楽であるかということを伝えたいんだよね。それはただのゲーム音楽ではなくて、チップというものを使った素晴らしいエレクトロニック・ミュージックでもあるという意味で、世界を超えた音楽として世に出したいという気持ちがあった。

ちょうどいま名前が挙がったのですが、『DITC』のドキュメンタリーにはフライング・ロータスやサンダーキャット、ファティマ・アル・ケイディリアイコニカなど、多くのエレクトロニックなミュージシャンが登場しますよね。彼らとはどのようにコンタクトを取っていったのでしょうか?

ND:たとえばフライング・ロータスとは2006年に会ったんだけど、ラジオやテレビで仕事をしていた関係で、彼らがニュージーランドに来るたびにインタヴューしたりしていたんだ。だから長年彼らを知っていたんだよ。彼らとは会うたびに音楽の話をしていたし、彼らがいかにゲーム音楽から影響を受けたかも知っていたんだ。

『ベア・ナックル』は1991年に発売されたんだけど、(コンポーザーの)古代祐三は西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを聴いて、その影響をゲームの音楽に反映させたんだ。

近年はデヴィッド・カナガハドソン・モホークなど、エレクトロニック・ミュージック畑のミュージシャンがゲーム音楽を手がける例も目立ちますが――

ND:最近『Diggin In The Carts』のショウをLAでやって、古代祐三さんや川島基宏さんに出てもらったんだけど、そこにハドソン・モホークが来てくれたんだよね。ハドソン・モホークは彼らの大ファンだったから。そういった日本の作曲家たちを世界に連れていけるのはとてもエキサイティングだよ! ごめん、質問がまだ途中だったね(笑)。

(笑)。ハドソン・モホークもおそらく幼い頃からゲームで遊んだりして、自然とゲーム音楽に触れていたと思うんですよね。

ND:そのとおりだよ! 彼は日本のゲーム音楽の大ファンなんだ! 日本ではあまり有名じゃないけど、セガの『ベア・ナックル』というゲームのサウンドトラックを古代祐三さんと川島基宏さんが手がけているんだよね。来週の金曜日(11月17日)に彼らがLIQUIDROOMでプレイするんだけど、そのときは25年前とまったく同じ音で『ベア・ナックル』の音楽をプレイしてもらう予定なんだ。そのサウンドトラックはハウスとテクノのイントロダクションになった作品でもあるんだけど、日本ではぜんぜん有名じゃないんだよね。でもフライング・ロータスやサンダーキャット、ハドソン・モホークたちはその作品のファンで、海外ではとても有名なんだ。『ベア・ナックル 怒りの鉄拳』(『ベア・ナックル』シリーズ第1作)は1991年に発売されたんだけど、(コンポーザーの古代祐三は)西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを聴いて、その影響をゲームの音楽に反映させたんだ。ハドソン・モホークにいちばん影響を与えたのがそのサウンドトラックで、フライング・ロータスとサンダーキャットにも大きな影響を与えているんだよ。だから(LAのショウは)川島さんももちろんハッピーだったけど、ハドソン・モホークのほうがそのショウを観ることができてもっとハッピーだったんだよね(笑)。

なるほど、そうだったんですね。そういったゲーム音楽で育ったエレクトロニック・ミュージシャンたちが、いまゲームの音楽を制作しているような状況についてはどう思いますか?

ND:とても素晴らしいし、エキサイティングなことだよね!

デトロイト・テクノの話が出ましたが、今回のコンピレイションには80年代後半から90年代前半までの音源が収められていて、その時期はちょうどデトロイト・テクノやアシッド・ハウスが出てきたり、レイヴ・カルチャーが盛り上がったり、あるいはアンビエント・テクノが生まれたりした時期ですよね。その同時代に日本でこのような音楽が生み出されていたことについてはどう思いますか?

ND:YMOやカシオペア、T-SQUAREから影響を受けたユニークなゲーム音楽がすごく日本で流行っている時代に、クラブ・シーンもすごくいいものだったんだよね。アンダーグラウンド・レジスタンスやドレクシア、デリック・メイらは未来を感じさせるベストな音楽を作ったわけだけど、シューティング・ゲームには未来の雰囲気を持った世界観が求められていたから、デトロイト・テクノから影響を受けて未来的なサウンドを作っていた人が多かったんだよね。当時のYELLOWなどのクラブでかかっていた音楽はEDMとは違って、本当に素晴らしいものが多かった。そういうベストな音楽に影響されて日本のコンポーザーたちはゲーム音楽を作っていたんだ。たとえば並木学さんは96年に発売されたシューティング・ゲーム『バトルガレッガ』の音楽を作っているけど、彼の音楽を聴けばそういったサウンドからすごく影響を受けているのがわかると思う。

本作のアートワークを手がけているのは、ケン・イシイやシステム7のMVで知られる森本晃司さんですが、彼に依頼することになった経緯を教えてください。

ND:僕は16歳のときにジャングルやドラムンベースのDJをやっていたんだけど、そのときにレコード店でケン・イシイのアルバムを見つけたんだ。その頃は音楽のテレビ番組をやっていたから、夜遅くのイギリスが稼働する時間まで起きておいて、レーベルに電話をしてその(“Extra”の)ヴィデオを送ってもらったんだ。そのヴィデオは毎回ショウで流すくらい大好きで、トラックとヴィジュアルがリンクしたパーフェクトな作品だと思う。彼の作品の特徴はそのダークな世界観だと思うんだけど、僕もコード9もその世界観が好きだった。今回のコンピレイションは「ゲーム音楽」としてよりも、「現在では失われた当時のエレクトロニック・ミュージック」として楽しんでもらいたかったんだけど、(森本さんは)その雰囲気と未来的な世界観が組み合わさったアートワークを見事にデザインしてくれた。ちなみに(11月17日の)ライヴ・ショウでは、森本さんの過去の作品をバック・ヴィジュアルとして観せながら、コード9がコンピレイションに収録されている楽曲をサンプリングして、みんなの前で新しい音楽を作る予定だよ。素晴らしいコラボレイションになるはず。ケン・イシイさんと森本さんも一緒にやる予定。

それでは最後に、「ゲーム音楽はこれまであまり聴いてこなかったけれど、今回のコンピレイションをきっかけに興味を持った」という人へ向けて、日本のゲーム音楽をどのようにディグすればいいのか、アドヴァイスをください。

ND:いっぱいあるからね(笑)。良くないものもたくさんあるんだよ(笑)。これは本当に! たくさんのバッド・ミュージックを聴いて、たくさんのクソゲーに出会ったよ(笑)。僕はラッキーなことに美しい音楽を見つけられたけど、僕のようなやり方ではやらないでほしいね(笑)。掘り進められないよ(笑)。いちばんはやっぱり、コンピレイションから入ることかな。僕は大量に聴いてそのなかから良いものを選んでいったので、それしかやり方がわからないんだけど、それは気の遠くなる作業だから(笑)。『DITC』のラジオ・ショウを聴いてもらうのもいいと思う。あと、素晴らしいサウンド・チームを抱えた会社があるんだよね。たとえばメガドライブだったら、トレジャーという会社が作っているゲームのサウンドトラックは素晴らしいし、PCエンジンだったらメサイヤ(MASAYA)というブランドが本当に素晴らしいサウンドトラックを出している。あとコナミでMSXのゲームのサウンドトラックを数多く制作したコナミ矩形波倶楽部というチームもある。僕がもっとも素晴らしいと思うのは斎藤学さんの作品だね。斎藤さんはPC-8801のゲームの音楽を多く手がけていたんだけど、22歳で亡くなってしまった。彼は87年から91年まで作曲活動をしていて、とても美しい楽曲を残している。彼の音楽にはノスタルジックな雰囲気があって、サウダージを感じるね。亡くならずにいまも生きていたら、日本でもっとも有名なアーティストのひとりになっていたと思う。彼の音楽は悲しくてメランコリックで、彼の生涯を知るとさらに音楽が重悲しく聴こえるようになるね。とても美しい音楽なんだけど、ちゃんと感情が入った音楽だとも思う。

編集後記(2017年12月14日) - ele-king

 webメディア/オンライン・マガジンと呼ばれるモノの多くには編集後記がないようなので書くことにした(たとえばぼくはBuzzFeedの読者だが、編集後記ってないよね?)。気楽に書くのでどうぞお気軽に読んでください。ただの編集後記ですから。

 先週の土曜日はリキッドルームでDYGLという若くて格好いいロック・バンド(次号の紙エレキングの表紙です)のライヴを観たあとに、UGの石崎雅章君と三茶で会って酒を飲みながら時間をつぶし、23時からOrbitというDJバーでやるという、デトロイトからやって来た永遠の絵描き、アブドゥール・ハックのライヴ・ペインティングに出向いた。
 恐ろしい偶然とはあるもので、11月のある日曜日、家で『Reworked by Detroiters』(URやムーディーマン、アンドレス、リクルースなどデトロイト・テクノ/ハウスの錚々たるメンツがファンカデリックの曲をリミックスするという素晴らしい企画盤)を聴いていたときにハックから「日本に行くよ〜」というメールが来た。もちろん彼はあのコンピレーションのジャケットを描いている。「ものすごい偶然なんだけど、いまジャケを見ながら聴いていたところで……云々」と返事したら、「その仕事は自分のキャリアのなかのハイライトだよ」と返ってきた。で、いつ会うという約束もなく、その話はそのときそのまま終わっていた。だから土曜日の夜はライヴを観たら家に帰るつもりだった……のだが、ライヴが終わる頃になって石崎君から「今夜ハックが三茶にいるらしいっすよ」というメールをもらった。「俺、今日、URのパーカ着てるんだよね!」と返事、これもう「行け!」ってことだよなと思った。DYGLのライヴに、20年前に買ったURのパーカを着て行くと、たんなる偶然とはいえ、こういうことが起きるのである。

 ハックと会うのは久しぶりで、今回は長男のカディム君も一緒だった。カディム君に最後に会ったのは、かれこれ10年以上前になるのかなぁ……デトロイトのハックの家で、まだ就学前の小さい頃だった。ぼくがたまたまTVの前に立っていたら、下の方から「シー、シー」と言うので、最初ぼくは「??」だったけれど、ああ「see, see」かと、「ごめんねカディム」と、精神年齢的にほぼ互角の会話をしたことを憶えている……んだけど、もう彼も立派な青年、30分後にはカフェの片隅で寝ておりました(笑)。まあとにかく嬉しいものですよ、初めてデトロイトで会ってから20年も経つのにこうしていまでも気さくに話せるのは。

 今月ぼくが買った12インチは、ロンドンの〈Wisdom Teeth〉というレーベルのLOFTという人のわりと最近出たばかりの「Three Settlements Four Ways(4つの方法3つの決定)」。テクノを追っている目利きにはすでに評判のレーベルからの話題作で、これはたしかに新しいかもしれない。

 今年のベスト12インチは〈Hessle Audio〉からリリースされたBatuの「Marius EP」だと断言する高橋勇人は、今月末に出る紙エレキングで「ブリアルの『アントゥルー』から10年」という記事を書いている。「ポスト・トゥルース」がキーワードとなった今日、『アントゥルー』(=非真実)とはなんて予見的なタイトルだったのかと、向こうでは、サイモン・レイノルズをはじめとする知性派たちの『アントゥルー』論が盛り上がっているそうだ。なるほどなー、先月買ったPessimist のCDにせよ、数ヶ月前に買ったVacantのアナログ盤にせよ、なんでいまさらブリアル・フォロワーなのだろうと思っていたのだけれど、腑に落ちた。今年の春ぐらいに購入したOctoberの「Death Drums」というカセットテープ作品もドラムンベースを土台としながらブリアル系のディストピックな作風だった。ブリアル系ではないが、UKのドラムンベース系のカセット作品では、〈Black Acre〉からのPrayerの「Prayer I / II 」という作品も良かったな。アンビエント・ジャングルというジャンル名がもし通用するならまさにそれ。

 こういうことを書いていると、エレクトロニック・ミュージックばかり聴いているようだが、2017年は、より生演奏が入っているものやクラブ仕様ではないエレクトロニック・ミュージックのほうを──ストリーミング、CD、アナログ、カセットによって──主に聴いていた。だいたい、エレクトロニックな音を出せば尖っていたというのは遠い昔の話で、現代においてそれはあまりにもカジュアルで普通で、ありふれている。また近年では、より耳に馴染みやすいソフトな方向にも広がっている。今年はむしろソフトなもののほうが巷では評判だったのではないだろうか。そしてその対極にいるのがチーノ・アモービなのだろう。その一派のひとり、ラビットのアルバムは高橋に勧められてストリーミングで聴いた。フランス語のそのタイトルを見てすぐに『悪の華』と言ったのは、編集部小林。
 これらの潮流は、良くも悪くも快楽主義とかクラブとは別の、なにか強いものを訴える表現手段としてのエレクトロニック・ミュージックである。現在もっとも尖っているであろう彼らのサウンドが、これからどのようにクラブ的なるものと接合するのか/まったくしないのか……注目している。

 あー、しかし、清水エスパルスはまだ監督が決まらないのかよ~。

Tomoko Sauvage - ele-king

 都市空間のなかで生活をするわれわれは、日々、変化する環境の只中に身を置いている。人が作り出した環境は豊かにもなるし、朽ちもする。人工的な空間が自然を破壊するかと思えば、自然は人工の領域へと浸食もする。人の意志によっては適度に共存することもできる。環境は時と共に変化をするし、場所を少し変えれば別の環境へと移行もする。
 とうぜん環境が変われば音環境も変わる。暴力的な音が鳴り響くときもあるし、人と環境に配慮する音が快適に鳴りもする。作為の介在しない自然の音が聴こえてくるときもあるだろう。そのような環境の変化は人の心身になんらかの影響を及ぼす。心と環境の関係はあまりに大きい。不穏。不安。恐れ。とすればアンビエント・ミュージックは環境と心=身体の関係を微調整し修復するものではないか。
 人は音を鳴らす。世界も音を発する。触れれば何らかの音がする。叩けば音が鳴る。音は「世界」と「私」の「あいだ」に存在する。その「あいだ」がアンビエントといえないか。それゆえ人が環境のただなかで音を鳴らすとき、自然なるものへの、畏怖と尊敬が生まれなければならない。音が「先にあること」を実感すること。音に/が、触れることの官能性を感じること。そして官能と尊厳はイコールだ。尊厳なき環境は荒む。

 トモコ・ソヴァージュは、横浜出身・現パリ在住のサウンド・アーティストである。彼女は水を満たした磁器のボウル、ハイドロフォン(水中マイク)、シンセサイザーなど組み合わせた独自エレクトロ・アコースティック楽器を用いて、水と磁器が触れ合う透明で美しい音響を生み出している。

 彼女は、2008年に、スイス出身・ベルリンを拠点に活動をするサウンド・アーティスト、ジル・オーブリー(Gilles Aubry)との共作『Apam Napat』を〈Musica Excentrica〉というロシアのレーベルからデジタル・リリースした(ジル・オーブリーは、フィールド・レコーディング・レーベル〈グルーエンレコーダー(Gruenrekorder)〉からのリリース作品もある)。
 翌2009年、実験音楽レーベルの老舗〈and/OAR〉からソロ・アルバム『Ombrophilia』を発表した。この『Ombrophilia』は、世界中の開かれた耳を持つ聴き手に静かに浸透し、リリースから3年後の2012年に、ベルギーの実験音楽レーベル〈Aposiopèse〉からヴァイナル・リイシューもされた。まさにトモコ・ソヴァージュの代表的アルバムといえよう。2009年には、〈カール・シュミット・フェアラーク(Karl Schmidt Verlag)〉からCD-R作品『Wohlklang: 14. Nov』もリリースする。
 本作『Musique Hydromantique』は、それらに続くトモコ・ソヴァージュのソロ・アルバムだ。リリースはガボール・ラザールフェリシア・アトキンソン、ガブリエル・サロマンなどのラインナップで知られる〈シャルター・プレス〉から。マスタリングはラシャド・ベッカーである。
 アルバムには“Clepsydra”、“Fortune Biscuit”、“Calligraphy”の全3トラックが収録されている。中でも約20分に及ぶ3曲め“Calligraphy”における水滴とドローンに満たされていく静謐な音響空間に耳を澄ましていると、時間の推移ともに聴覚の遠近法が変わってくる感覚を覚えた。その「音」が鳴っていた空間と、この「耳」が繋がり、「音」が身体に水滴のように浸透する……。デヴィッド・トゥープの言う「音が辺りに満ちてくる」とでもいうべきか。

 じっさい、 トモコ・ソヴァージュは音環境をそのまま録音しているようだ(本作の録音は編集なしのライヴ録音されたものだという)。拡張・録音された水や磁器の触れ合う音は、その時空間がそのままパックされ、多様な広がり・質感・肌理を有している。聴く者の環境や状況によってさまざまに表情を変えていく。
 水の音、モノの音、機械の音。自然の音。拡張された音。電気的なドローン、磁器ボウルの響き。それらの音は、ときに自然界に横溢する生物たちの鳴き声のようにも聴こえるし、機械から発せられる人工的な音のようにも聴こえもする。耳の遠近法は次第に刷新され、気がつけば、その響きの場所に連れていかれる。音と環境と人。時間と空間。その変化、差異によって、本作は聴き手が持っている音の遠近法を、ごく自然に書き換えてしまうのだ。そして聴き手である私たちに問いかける。「聴く」とは何か、「音と空間」とは何か、「音と時間」とは何か、と。

 本作には、まずもって「音」への尊厳がある。それは微かな畏怖ともいえるし、音=美への抑制の効いた精神性の発露ともいえる。音というオブジェクトが、「この私」より「先にあること」。その音たちを触れるように官能を感じること。鳴り響く音たちは、人間中心の音楽観・歴史に向けて発せられた音たちの微かな、しかしはっきりとした「声」に思えた。その「声」の肌理の変化に耳を傾けているとき、われわれは環境の繊細な変化に耳を傾けてもいるのだ。

BS0xtra - ele-king

XtraDub

Giggs - ele-king

 自分がMSCとか、SATELLITEとか、日本の「ギャングスタ・ラップ」を初めて聞いたとき、言葉は完璧に聞き取れるが、歌詞の意味は全く分からなかった。一聴平易な言葉遣いだが、ギャングスタの話法で語られるために、ストリートの外側には言葉が意味をなさない。それは「普通の言葉」に別の意味を重ねることによって、エリアの抗争・ドラッグディールといった内容を隠すことができる。彼らのダブルミーニング・比喩は、揉め事を回避するテクニックであり、ユーモアであり、エンターテインメントである。ここに紹介するUKのラッパー「ギグス」による最新ミックステープ『ワンプ・トゥ・デム(Wamp 2 Dem)』は、UK流の「ギャングスタ」の巧みな言葉遊びとストーリーを感じることができる。

 ギグスを〈XL Recordings〉に紹介したマイク・スキナー(ザ・ストリーツ)は彼のことをこう表現した。

ギグスは突如として現れ、一切妥協なしのリアルなストリートの話をスピットした、最初のUKギャングスタ・ラッパーだ。――マイク・スキナー

Don't Call It Road Rap

https://www.youtube.com/watch?v=xn-70oSrLgA

 ギグスは真のギャング上がりだ。10代の頃は、南ロンドンのペックハム・ボーイズ傘下のSN1に加入しギャングのメンバーとして活動しながら、ストリートでの高い人気から2009年に〈XL Recordings〉と契約し2枚目のアルバムをリリースした。しかし、彼は警察の圧力で出演を中止させられ、メディアに取り上げられることも少なかった。
 こうした状況を変えたのは、2013年頃から出てきたGRMデイリー(GRM Daily)、リンク・アップ・ティーヴィー(Link Up TV)といった動画メディアであった。彼らはギグスをはじめとするギャングスタ・ラッパーのミュージック・ビデオを制作し、世界に公開した。
 昨年リリースされた待望の5枚目のアルバム『ランドロード』のヒット、そしてドレイクのアルバム『モア・ライフ』への参加は、UKラップの盛り上がりに火を付けた。しかし、一部のアメリカのラップ・ファンからはギグスのラップを「退屈だ」と批判したり、「ヒップホップの物真似だ」と揶揄したりする声が彼自身にも届いた。このビデオでは、彼自身に向けられたディスに対する怒りを隠さない。

 前置きが長くなったが、本作『ワンプ・トゥ・デム』(ジャマイカの英語「パトワ」で「What happened to them? (彼らになにがあった?)」)は、「ギグスら」を攻撃する「彼ら」をポップカーン、ヤング・サグら第一線のラッパー・歌い手とともに皮肉っぽくたしなめる。

くだらないトークショーはクソだ、奴らは吸いまくってる
あいつらは今や文無しだ、奴らのただ男同士のオナニーだ
奴らはマカーレーを見ながら、コカイン吸ってるだけだ * ――“Ultimate Gangsta feat. 2 Chainz”

* マカーレーとは、アメリカの俳優、マカーレー・カルキン(Macaulay Culkin)のこと。「コカインを吸う(Niggaz is coking)」とマカーレー・“カルキン”の言葉遊びでもある。

 目下クラブヒット中の6曲目“リングオ”のフックは、彼らの「言葉」に焦点を当てている。

ウィングにいる仲間に感謝
別の仲間は道を歩く、合法的に
2人のビッチがキス、まるでバイリンガル
奴らは俺の言葉(“Linguo”)がわからない
ブラッ、ブラッ!
そう、それが俺の着信音
俺はピンクの札束を持ち歩く
ベイビー、プッシーをこっちに寄越しな
「あのこと」については気にしなくていいぜ
――“Linguo feat. Donae'O”

 ウィング=刑務所、ピンクのお金=50ポンド紙幣と言った言い換えは、彼ら独特の「言葉」である。そして文字通り、スラングがわからない「奴ら」とは、他のエリアのギャングであり、アメリカでギグスを批判するラップ・ファンのことを言っているのかもしれない。10曲目“アウトサイダース”では、ギグスが南ロンドン、客演のグライムMC、ディー・ダブル・イー(D Double E)&フッチー(Footsie)が東ロンドンをそれぞれ代表し、知ったかぶる「部外者」を口撃している。
 歌詞が聞き取れなくても、ギグスの低くホラーな声、ゆっくりと間を取ったフロウ、冷たいメロディとハイハットは十分魅力的だ。ロンドンのギャングスタのスカしてない「マジな」ラップが聴きたければ、この1枚がぴったりだ。

B12 - ele-king

 げに許すまじ。ブラック・ドッグの『Bytes』が落選したことに関してはつい先日もぶうたれたばかりだけれど、件の『ピッチフォーク』のランキングからはもうひとつ、重要な作品が抜け落ちている。B12の『Electro-Soma』である。たしかにポリゴン・ウィンドウやオウテカ、ブラック・ドッグといった錚々たる顔ぶれが居並ぶA.I.シリーズのなかでは、相対的に地味で控えめなアルバムだったかもしれない。けれど当時、ある意味もっとも純粋にIDM~アンビエント・テクノを鳴らしていたのは、もしかしたら『Electro-Soma』だったのではないか。
 B12はマイケル・ゴールディングとスティーヴ・ラッターからなるユニットで、ふたりは同名のレーベルを主宰してもいる。00年代後半より鳴りを潜めていた彼らではあるが、近年は〈B12〉傘下の〈FireScope〉から精力的にシングルを発表している。今回ヴァイナルとしてリイシューされた彼らの記念すべきファースト・アルバムは、もともとふたりがミュジコロジーやレッドセルといった名義で発表していた曲を〈ウォープ〉のロブ・ミッチェルがコンパイルしたものなのだけれど、どうやらその選から漏れた音源も数多く存在したようで、『Electro-Soma』と同時に、彼らのレア・トラックをかき集めた『Electro-Soma II』という編集盤もヴァイナルでリリースされている。その2枚をまとめてパッケイジしたCDが、この『Electro-Soma I + II』である(ちなみに今回のリイシューはアナログのオリジナル盤が元になっているので、かつてのCD盤『Electro-Soma』に収録されていた“Debris”、“Satori”、“Static Emotion”の3曲は今回『II』の方に収められており、逆に当時CD盤でオミットされていた“Drift”が今回『I』の方に収められている)。
 改めて聴き直してみて思ったのは、やはりデトロイト・テクノからの影響が大きいということだ。このアルバムを聴いていると、かつてカール・クレイグがサイケ/BFC名義で発表していた曲たち(それらは『Elements 1989-1990』として1枚にまとめられている)を連想せずにはいられない。きめ細やかなハットに、どこまでもノスタルジックでメロディアスなシンセ、そこに加わるUKらしいベースライン……デトロイトから受けた影響を独自に咀嚼し、それを当時のUKの文脈に巧みに落とし込んだ作品がこの『Electro-Soma』と言えるだろう。そういう意味で本作は初期のカーク・ディジョージオやリロードの諸作とも通じる響きを持っている。このアルバムは、テクノが今日のように商業化され制度化されてしまう前の、ある意味で牧歌的とも呼びうる時代の風景を浮かび上がらせる。このようなセンティメントは、昨今のエレクトロニック・ミュージックからはなかなか感じられないものだ。

 今回のリイシューはおそらく、昨今のアンビエント・ブームあるいはIDM回顧の機運に乗っかって企画されたものなのだろう。〈ウォープ〉は今年エレクトロの波に乗ってジ・アザー・ピープル・プレイスもリプレスしているが、そこでひとつ心配なのが、最近ちょっと過去のクラシックに頼りすぎなんじゃないか、という点だ。もしかしたらかのレーベルはいま、リリースの方向性をめぐって大きな岐路に立たされているのかもしれない。……いや、『Electro-Soma』が名盤であることに変わりはないんだけどね(この時期のB12の音源をもっと掘りたい方は、『Prelude Part 1』を探すべし)。

SILENT POETS - ele-king

 サイレント・ポエッツとは、UKダブやアシッド・ジャズ、初期マッシヴ・アタックへのリアクションとして1992年に登場した下田法晴のプロジェクト。現在で言えば、ボノボやシネマティック・オーケストラにも繫がる折衷的ダウンテンポで、2017年のアルバムも良かったウィーンのトスカらのの欧州トリップホップとも通じている。が、その名の通り無口なこのプロジェクトは、クールなヴィジュアルやリミキサーのセレクト、そして硬派かつスタイリッシュな作風によって独自の世界を切り開き、90年代の日本クラブ・シーンにおいてひときわ輝いていたひとつ……なのである。それが12年ぶりにアルバムを出す。
 参加メンバーが「らしい」。5lackこだま和文ホーリー・クック、櫻木大悟(D.A.N.)などなど。素晴らしいです。
 発売は2月7日でタイトルは『dawn』。うーーーん、これは楽しみ!!
 ※ホーリー・クックをフィーチャーした先行7インチはすでに発売されているようです。
 

SILENT POETS
dawn

ANOTHER TRIP
発売日: 2018年2月7日(水)

収録曲:
東京 feat. 5lack [Extended DUB]
Eternal Life feat. NIPPS
Simple feat. 櫻木大悟 (D.A.N.)
Shine feat. Hollie Cook
Asylums for the feeling feat. Leila Adu
Division of the world feat. Addis Pablo
Non Stoppa feat. Miss Red
Rain feat. こだま和文
Distant Memory etc. (全12曲程度収録予定) 


SILENT POETS プロフィール

東京在住のDJ/プロデューサーである下田法晴のソロユニット。1992年のデビュー以来、長きに渡る活動を通じて、メランコリックでエモーショナルなDUBサウンドを育んできた。これまでにフランスのYellow Productions、ドイツの99 Records、USのAtlanticといったレーベルからアルバムがリリースされ、イビサ・チルアウトの歴史的名作『Cafe del Mar』をはじめ、世界各国の40作品を超えるコンピレーション・アルバムに楽曲が収録された。2013年に自身のレーベル、ANOTHER TRIPを設立。再構築DUBアルバム『Another Trip from the SUN』を発表し、エンジニアの渡辺省二郎とSILENT POETS LIVE DUB SETとしてリキッドルームなどでライヴを行った。ラッパーの5lackをフィーチャーしたNTTドコモ「Style’20」CMソング「東京」が2016 56th ACC CM FESTIVAL(現ACC TOKYO CREATIVE AWARDS) クラフト賞サウンドデザインを受賞。2017年、FUJI ROCK FESTIVAL出演を果たし、7インチシングル「SHINE feat. Hollie Cook」のリリースを皮切りに、デビュー25周年プロジェクトを始動。2018年、12年ぶりとなるオリジナルアルバムのリリースを予定している。

ハテナ・フランセ - ele-king

 みなさんボンジュール。前回のエレクトロニック・ミュージックに続いて、ここ数年フランス音楽市場の最重要ジャンルとなっているフレンチ・ヒップホップについてお話したく。
 日本にはほとんど入ってくることはないが、90年代初頭からラップはフランス音楽市場で重要な位置を占めてきた。第一世代にはポエティックなMCソラー、フランスのもっとも柄の悪い港町マルセイユのIAM(アイアム)、映画「憎しみ」で有名になったパリ郊外のゲットー、サン・ドニのNTM(エヌテーエム)などがいた。フレンチ・ヒップホップのフロウはもちろんフランス語。そしてスラングを多用しているのでフランス語圏から外に出ることは滅多にない。だが、最近ではStromae(ストロマエ)がイギリスやアメリカでも若干話題になり、コーチェラに出演したこともあった。Stromaeは厳密にはベルギー出身なのだが、フロウはフランス語だしフランス人にとってはベルギーはほぼほぼフランス。なのでStromaeはフレンチ・ヒップホップと認識されている。
 そのStromaeに続いて2017年にコーチェラにブッキングされたのがPNL(ペーネヌエル)。兄Ademo(アデモ)、弟N.O.S(ノス)からなるアラブ系の兄弟2人組は、パリ郊外のレ・タルトレというフランス有数のゲットー団地出身。2015年3月にファーストEP ”Que la famille”(ファミリー・オンリーの意)をリリースし、程なくイタリア・マフィア、カモッラの本拠地スカンピアで撮ったクリップ”Le Monde Ou Rien”を公開。
 

「天国へのエレベーターは故障中? じゃ、階段でヤク売るわ」とゲットーでのドラッグ・ディーラー生活を極端なオートチューンに乗せて歌い、タイトル通り「世界制覇かゼロか」と高らかに宣言。その言葉通りフランスはあっという間に制覇した。そしてコーチェラを足がかりにアメリカにも上陸せんと目論んだが、その野望は逮捕歴のある兄Ademoにヴィザが下りなかったことによりあっけなく頓挫した。PNLのトラブルはそれだけではない。2016年6月にはセカンド・アルバムから先行して発表されたトラック”Tchiki Tchiki”のMVが1ヶ月もしないうちにYoutubeから削除されたのだ。坂本龍一の”Merry Christmas Mr. Lawrence"をサンプリングしたこの曲のMVは日本で撮影された。だがサンプリングの権利処理をきちんとしていなかったようで、結局御蔵入りとなってしまった。日本で撮影する手間を惜しまないならクリアランスくらいちゃんとすればいいものを...。これらを不遜ゆえの不手際ととるのか、DIYゆえのリスクと取るのか。どちらにしろPNLへのフランスのオーディエンスによる支持は現時点では揺らいでいない。
 その点フレンチ・ヒップホップ界きっての男前Nekfeu(ネクフュ)は、ストリート感やDIY精神はありながらもチンピラ臭はぐっと低め。2007年ごろからS-crewと1995、そしてその2つが合体した13人の大所帯l'Entourage(ロントゥラージュ)といったヒップホップ・クルーで活動を開始。2014年には早くもl'Entourageでパリの殿堂オランピア劇場をソールド・アウトにする人気を博した。2015年にメジャー・レーベルから満を持してリリースしたソロ・アルバム『Feu』が30万枚のセールスを記録し、その年のフランス版グラミー賞、Victoire de la Musiqueを獲得。メジャーで契約しつつも、活動初期からS-crewの仲間とレーベルSeine Zoo Recordsを立ち上げレコーディングからMVの撮影まで自前でこなしている。Seine Zoo Recordsの仲間と勝手に日本に行ってMVを撮影したり、なぜかクリスタルKと一緒にレコーディングしたりするものだから、状況や背景がよく理解できないメジャー・レーベルの担当者はすっかり振り回されて参っているようだ。

 クリスタルKをフィーチャリングしたこの”Nekketsu(熱血)”はセカンド・アルバム『Cyborg』に収録されている。パパへのリスペクト、ママンへのアムールを歌い、自らをドラゴンボールの悟空にたとえ、神龍を呼び出そうと念じたりしている。そのドラゴンボールを始めとする少年漫画はNekfeuの重要なバックグラウンドといえるようだ。S-crewの”Fausse Note”では「東京喰種トーキョーグール」の金木研に扮して「歪んだ音こそビューティ。俺たちがスタンダードを変えてやる」と息巻いている。

 そんなラッパーらしい俺様アティテュードの一方、フランソワ・リュファンの立ち上げた政治運動「Nuit Debout(夜、立ち上がれ)」でゲリラ・ライヴを敢行するするなど政治的グッド・ボーイな面も持ち合わせている。9月にはフランス映画界の至宝カトリーヌ・ド ヌーヴと共に主演を張った映画「Tout nous sépare」も公開され、オーバーグラウンドでの活躍は増す一方だ。
 ドラゴンボールが歌詞の中に登場するのはNekfeuだけではない。”Makarena”が2017年夏のアンセムの1曲となったDamso(ダムソ)もその一人。

”Makarena”で浮気な彼女への恨みつらみをメロウに(でも下品に)歌っていたのとは一転、”#QuedusaalVie”では自分がいかにヘンタイ(フランス語でエロマンガのこと)でバビディ(ドラゴンボールの悪役)のように悪辣かを、フランス版Fワード゙満載で歌っている。Damsoのような超マッチョ系バッドボーイ(男尊女卑ゲス系とも言う)ラッパーは、男女を問わず中高生を中心としたフランス中のコドモたちに人気だ。12歳の女の子が学校に向かう道すがらDamsoを口ずさんでいるのを同じクラスの子が軽蔑の眼差しで見ていたりする。そんな両極端が共存しているのがフランスのヒップホップを巡る現状だ。
「はーい、今から基本的なこと言うよ。じゃないとお前らクソバカはわからないからね!」と、Damsoとは別のベクトルで振り切ったイントロで度肝を抜くのはOrelsan(オエルサン)。

 OLさんをそのままアルファベットにした奇妙なMCネーム(本人談だが真偽のほどは不明)を持つこのラッパーは、毒舌フロウとポップで先鋭的なビートで日本でいうとDotama的立ち位置というとわかりやすいだろうか。
「よく知らない人と子供作っちゃダメ。政治家が嘘つくのはそうしないとお前らが投票しないから。あ、あとイルカはレイプするからね、見た目に騙されないこと」。
 サード・アルバムの先行シングルとなった「Basique(基本)」は、その他のラッパーとは一線を画したクリエイティヴなMVも相まって大ヒット。新陳代謝の激しいフレンチ・ヒップホップ界において、35歳、6年ぶり、サード・アルバム、と重なるネガティヴ要素を物ともせず、『La fête est finie』はリリース1週間でプラチナ・アルバムに認定された。そんなフレンチ・ヒップホップ界のスター、Orelsanは「ワンパンマン」のサイタマ役声優をしたり、アルバム・ジャケットで忍者の格好をして満員電車に乗ってみたりと日本愛がダダ漏れの様子。彼の日本贔屓への好感度は別にしても、今回紹介した中でもっともフランス語がわからなくても楽しめるサウンドだろう。よければ一度チェックしてみてほしい。

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