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Sun Ra Arkestra - ele-king

 サン・ラーとその相棒であったサックス奏者のジョン・ギルモア亡き後(それぞれ1993年、1995年に没)、彼らの楽団のアーケストラはサックス奏者のマーシャル・アレンによって引き継がれている。マーシャル・アレンは1958年にアーケストラに加入し、ジョン・ギルモアとともに楽団の柱としてサン・ラーを支えてきた。当時の彼らはシカゴを拠点としていて、その後ニューヨーク、フィラデルフィア、カリフォルニアと拠点を移すとともに、ヨーロッパやエジプトなどでもツアーをおこなっている。そんなマーシャル・アレンは1924年生まれの現在98歳。間もなく100歳を迎えようという彼が、現役で音楽活動をおこなっていることにまず驚かされるが、個人の演奏のみならずアーケストラという総勢20名ほどの大楽団を束ね、世界中をツアーし(2014年に来日公演をおこなっている)、そして新作まで発表してしまうのだから恐れ入る。

 マーシャル・アレン率いるアーケストラとしての最初のアルバムは、1999年リリースの『ア・ソング・フォー・ザ・サン』となる。〈ストラタ・イースト〉などの仕事で知られるジミー・ホップスやディック・グリフィンも加わったこのアルバムで、アレンは作曲家としてほとんどの楽曲を書いた。その後はフェスなどのライヴ音源や昔の録音物を発表することはあったものの、基本的にライヴ活動が主である彼らのスタジオ録音盤はずっと途絶え、2020年に発表された『スウィアリング』が20年ぶりの新録アルバムとして話題を呼んだ。
 『スウィアリング』の楽曲は表題曲を除いてすべてサン・ラーが書いたもので、すなわち過去半世紀にも及ぶアーケストラの代表的なレパートリーを新しく再演したものであった。演劇ではシェイクスピアやチェーホフなどの古典がいまも新たな解釈を交えて再演され続けているが、サン・ラーの音楽もそれと同じで、時を超え、演奏者を超えてずっと演奏され続けている。コール・ポーターやグレン・ミラーなどジャズには多くのスタンダードの作曲家がいるが、一見すると前衛音楽家に見られがちなサン・ラーが書く楽曲も、対極にあるようでじつはそうしたジャズ・スタンダードと同じなのである。

 この度発表された『リヴィング・スカイ』は、『スウィアリング』から2年ぶりとなるアーケストラの新録だ。録音は2021年の6月、フィラデルフィアにあるスタジオでおこなわれた。演奏メンバーは『スウィアリング』を基本的に継承し、1970年代に加入したノエル・スコット、マイケル・レイ、ヴィンセント・チャンセイ、1980年代加入のタイラー・ミッチェル、カッシュ・キリオン、1990年代加入のデイヴ・デイヴィス、エルソン・ナシメント、2000年代加入のデイヴ・ホテップといった具合に、さまざまな年代や人種のミュージシャンが参加している。逆に『スウィアリング』に参加していたダニー・レイ・トンプソンやアタカチューンは録音後に他界していて、アーケストラのメンバーの変遷もある。そのように時代によってミュージシャンの入れ替わりがあっても、サン・ラーが提唱した音楽や思想を継承していくのがアーケストラである。
 なお、このアルバムはサン・ラーのほか、サン・ラーとの共演経験があるドイツの前衛音楽家/作家/劇作家/映像作家のハルトムート・ゲールケン、サン・ラーのツアーにも関わっていたトルコの音楽プロデューサー/プロモーターで、今回のリリース元である〈オムニ・サウンド〉の設立者であるメフメッツ・ウルグという3名の故人に捧げられている。また、アルバムのアートワークを手がけるのはシカゴを拠点に活動する音楽家/プロデューサー/ヴィジュアル・アーティストのデイモン・ロックスで、彼はかつてサン・ラーの未発表音源を用いたサウンド・アニメーションを制作したり、ブラック・モニュメント・アンサンブルというグループを率いてアルバムをリリースすることでも知られる。

 収録曲はこれまでのアーケストラのレパートリーと、マーシャル・アレンが新たに書き起こした楽曲、そしてショパンやスタンダードのカヴァーが織り交ぜられた構成となっている。リズム・セクションやホーン・セクションなどは『スウィアリング』と大差ないものの、今回はストリングスとパーカッションの人数が増えた点が特徴である。
 そうしたなかでまず目を引くのは、サン・ラーの名作のひとつである “サムバディ・エルシーズ・ワールド” のインスト版となる “サムバディーズ・エルシーズ・アイディア”。原曲は1955年初演で、アルバムとしては1971年の『マイ・ブラザー・ザ・ウィンド・ヴォリュームII』に収録されており、ジューン・タイソンによるクラシックの声楽的なヴォーカルが印象的だった。このエキゾティシズムに富む楽曲を、今回はゆったりと神秘的なムードで演奏する。パーカッションによるアフロ・キューバン的なモチーフと、ピアノとワードレス・ヴォイスによる宗教的な雰囲気は、たとえばキューバのサンテリアを連想させるものだ。
 “デイ・オブ・ザ・リヴィング・スカイ” でマーシャル・アレンはコラを演奏しており、アフリカの民族音楽のモチーフが大きく表われている。ストリングスとホーンによる土着性に富む演奏はとても瞑想的だ。“ナイト・オブ・ザ・リヴィング・スカイ” もミステリアスでエキゾティックなムードに包まれ、コズミックなパーカッションとシンセサイザー使いが随所で見られる。1950~60年代のマーティン・デニーやアーサー・ライマンなどのスペースエイジ・ミュージック、古典的なSF映画の音楽やジャングルなど未開地を舞台としたミュージカル、B級のモンド音楽などのエッセンスが詰まったよう不思議な作品だ。

 “マーシャルズ・グルーヴ” はブルース形式のモーダルな楽曲で、ホーン・セクションがレイジーで不穏なムードを演出する。アーケストラならではのスペイシーなアレンジも加えられ、ビッグ・バンド・ジャズに前衛的なスパイスを振りかけたような楽曲だ。一方で “ファイアーフライ” はグレン・ミラー楽団のようにムーディーなジャズ・オーケストラだが、そのなかでマーシャル・アレンのアルト・サックスがフリーキーな唸りを上げて異彩を放つ。続く “ウィッシュ・アポン・ア・スター” はディズニー映画でも有名なスタンダード・カヴァー。こちらも基本的にはムーディーなバラードであるが、調子はずれなサックスが絡むことによって、水と油が交わるような演奏となっている。
 そんな調子でショパンの “前奏曲第7番イ長調 op28-7” も(“ショパン” のタイトルで)演奏している。異色のカヴァーだが、実はこれもサン・ラー・アーケストラのレパートリーのひとつ。これまでにもライヴ録音などでは披露してきたが、今回が初めてのスタジオ録音となる。アーケストラは至って大真面目に演奏するなかで、唯一サックスだけが異質なブロウを繰り広げる。こうした本気とも冗談ともつかないユーモア精神も、サン・ラーの世界の魅力のひとつである。

Albert van Abbe & Jochem Paap - ele-king

 アルベルト・ファン・アッベ。現在の電子音響/電子音楽を捉える際、この名を覚えておいて損はない。1982年生まれ、オランダはアイントホーフェンを拠点に活動を展開する彼が生み出すサウンドには、精密かつ大胆な電子音響が渦巻いている。いわばゼロ年代において格段に進化した電子音響の、さらなる深化がここに「ある」のだ。
 ファン・アッベは20年以上にわたってミニマルな作風のインスタレーションからハードコアでアシッドなムードを漂わすテクノ・トラック、新たなテクスチャーを模索する電子音響に至るまで、電子音楽の全領域をカヴァーする活動を展開してきたアーティストだ。
 2016年にセルフ・リリースしたアルバム『Champagne Palestine』を送り出している。2022年に〈raster-noton〉を継承するレーベル〈raster〉からリリースした『Nondual』を発表した。このアルバムはピアノとマシニックな電子音響が硬質に交錯し、透明な美しさと機械的なサウンドが交錯するアルバムである。
 EPのリリースも多いが、なかでも2022年には実験音楽のネット・レーベル〈SUPERPANG〉からマックス・フリムー(Max Frimout)との共作「Morphed Remarks」をリリースしていることを忘れてはならない。
 現在、これほどまでに音響の生成と独創的で刺激的なコンポジションを追求している電子音響作家は稀といえよう。ある意味では00年代から10年代に音響の進化=深化を推し進めてきたベルリンの〈raster-noton〉、日本の〈ATAK〉などの電子音響作品レーベルを継承するような作風なのだ。電子音の生成的コンポジションの追求と実践とでもいうべきか。
 先に書いたようにアルベルト・ファン・アッベは、かつての〈raster-noton〉を継承するレーベル〈raster〉から音源をリリースしているわけだが、レーベル・オーナーであるオラフ・ベンダー=ベイトーンからの手厚いサポートを受けている。
 まず、オラフ・ベンダー=バイトーンと VA x BY という名義で『Dual』をリリースした。さらにソロ名義でのアルバム『Nondual』も発表したのだが、この『Nondual』でもオラフ・ベンダーは、ミックスダウンなどにも関わっている。〈raster〉の力の入れようがわかるというものだ。
 私見だが、アルベルト・ファン・アッベの音にはドイツ的ともいえる強固な建築性もまた根底にあるように思える。その硬質なサウンドはポスト・テクノ、ポスト電子音響にふさわしく、オラフ・ベンダーがアルベルト・ファン・アッベに惹かれるのも確かに納得できよう。バイトーンもまたテクノ的な律動と電子音響的な鋭いテクスチャーの融合でもあるのだから、アルベルト・ファン・アッベのサウンドに共振するのかもしれない。

 しかし今回、紹介する新作『General Audio』は、〈raster〉からのリリースではない。あのシフテッド(Shifted)が主宰するベルリンのエクスペリメンタル・レーベル〈Avian〉から発表されたアルバムである。〈Avian〉はシフテッドや SHXCXCHCXSH など尖った電子音楽を送り出している尖鋭的なレーベルだが、そのカタログにアルベルト・ファン・アッベが加わったことは記念すべきことではないか。
 コラボレーターがスピーディー・Jことヨヘム・パープ(Jochem Paap)である点にも注目しておきたい。ヨヘム・パープは90年代初頭に〈Plus 8〉からのリリースで知られるようになったテクノのベテランだが、その後〈Warp〉のA.I.シリーズに名を連ねたりピート・ナムルックのレーベルから作品を発表したり、早くからアンビエントとの接点を持っていた。そのようなヨヘム・パープと現代最先端の電子音響作家アルベルト・ファン・アッベとのコラボーレーションは、ある意味で「事件」といえるかもしれない。
 じじつ本作『General Audio』はその名のとおり電子音響の広い領域をその音響生成によってカヴァーするかのごときアルバムに仕上がっていた。ノイズ、リズム、ドローンが生成し、リスナーの聴覚を拡張するかのごとくコンポジションされているのだ。
 このアルバムの音響には「ラジオの送信機のメンテナンス用に設計された1950年代のテスト機器と測定器」を使用されているという。その音響を合成することで、ドローンと緻密で抽象的なリズムによるトラックを構成しているのだ。硬質さと柔らかさがミックスされているような独特なサウンドの秘密はこの制作方法にあるのかもしれない。
 アルバム全7曲のオープニングを飾る “220Lock-in” はメタリックな電子音響によるドローンだ。どこか KTL を思わせる硬質な持続音は実にクールであり刺激的である。
 2曲目 “WZ-1Wobbel Zusatz” と4曲目 “Rel 3L 212c LC-pi” は反復と不規則の「あいだ」を往復するような抽象的なリズムとノイズを生成していく曲だ。このトラックのムードはアルバム全般に通じるもので、アルバムを象徴するような曲といえる。
 3曲目 “Pegelmesser” はアルバム中での極北といっていい極限の音響を展開する。シャーッという機械的かつ透明なノイズが高密度で持続する。じっと聴いている恍惚となってくるほど。
 5曲めに収録された16分に及ぶ5長尺 “Wandel” は不規則なリズムに、透明な光のようなドローンが交錯し、そしてどこか日本の能のようなムードだ。
 6曲目 “SR 250 Boxcar Averager” は機械の音のような無機質な持続音が鳴り響き、そこに真夜中の騒めきのようなノイズが交錯する。深夜の工場から発する無人の音のごときインダストリアル・アンビエント・トラックだ。7曲目 “Nim Bin” は素早く鳴らせる規則的な音に、遠くから聴こえる太鼓のような不規則と規則の両方を行き来するような音が重なり、遠い空間を感じさせてくれるような音響を実現している。
 全7曲、独特の「間」をもった電子音響が展開されていた。うねるようなパーカッシヴ音、透明な持続音、細やかで刺激的な電子音などが交錯し、聴き込むほどに深い沈静と聴覚が拡張するような感覚を得ることができた。静謐さを漂わせているウルトラ・ミニマルな電子音響作品として実に秀逸なアルバムといえる。アルベルト・ファン・アッベとJochem Paap。このふたりのサウンドが高密度で融合し溶け合い、美しくも無期的な音響空間が生成されているのだ。

 いずれにせよアルベルト・ファン・アッベは、たとえばフランスのフランク・ヴィグルーとともにゼロ年代の拡張的な電子音響を継承・実践する貴重な電子音楽家だ。彼の作品はこれからも電子音響を深化させ続けるに違いない。まさに現在注目の電子音響アーティストである。

宮松と山下 - ele-king

 香川照之主演というだけで観ようと思っていたら、「銀座のクラブでご乱行」という報道が出た。3人がかりでホステスに強制猥褻を働き、その映像をスマホで送信する。どこかの医大生みたいな振る舞いだったという。すぐにも銀座とはそういうところだという擁護論が出たかと思えば、銀座はそういうところではないという別な声も同業者から浮上する。僕は銀座育ちだけれど、子どもの頃の話なので、夜の銀座も最近の銀座もぜんぜん知らない。何が本当なのかまるでわからず、「僕がその場にいれば……(収められたのに)と思った」というオズワルド伊藤のコメントを聞いていると店側に客を遊ばせるスキルがなかった気もしてくるし、「ママの髪をめちゃくちゃにした」とまで聞くと、香川の嗜虐的な性格はもっと根深いところから出ている可能性もあると思えてくる。女性をモノとして扱うとなるとサイコパシーも疑わなければいけないし、そうした気質が役者としての成功をもたらしたという指摘も最近は増えている。いずれにしろ、この騒ぎのせいで昆虫採集に明け暮れる番組『昆虫すごいぜ!』まで見方が変わり、昆虫をつまむ時の手つきがエロチックな動作に思え、脳内イメージは手塚治虫の描くマンガのように官能性を帯びていく。『時計じかけのオレンジ』のアレックスや『カリギュラ』を演じたマルコム・マクダウェル、あるいは『アメリカン・サイコ』のベイトマンや『マシニスト』のトレバーを演じたクリスチャン・ベールと同じタイプに香川の分類も変わっていったというか。同じく残虐非道な役をやっても長門裕之や緒形拳にはなかった肉感があり、がっちりと体重がのしかかってくる迫力が香川照之にはある。とはいえ、西田敏行や勝新太郎ほど威圧感はなく、家庭内に収まりながら『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスを演じられるという意味では『クリーピー 偽りの隣人』(16)で演じた西野は最も適役で、隣に座られたホステスの恐怖まで想像できる気がしてきた。

 以前は香川照之のことはまったく好きではなかった。西川美和監督『ゆれる』(06)の兄役がそれまでとは180度異なる役回りで、もしかしたら思ったよりいい役者じゃないかと思えたのも束の間、以後は何をやっても『ゆれる』のコピーで、『アンフェア』(06)でも『カイジ』(09)でもまったく同じ顔つきで出てくる。それは役を与える側にも問題があるんだろうけれど、引き受けなければいいとも思うし、『トウキョウソナタ』(08)も1回目は素直に観られず、『映画 ひみつのアッコちゃん』(12)で鏡の精として出てきた時はさすがにブチギレてしまった。顔の筋肉から力を抜いた表情というのか、あれがもういやでいやでたまらなかった。赤塚不二夫の原作ではもっとハンサムな設定だったと記憶していたし、香川がやる必要はないだろーと思って、頭の中でCGを駆使し、ほかの顔に描き変えながら観ていたほどだった。そのようにネガティヴな感情を伴わなくなったのはやはり『半沢直樹』がきっかけで、似たような役回りでも過剰な演出によって戯画化することによって、不思議なことに面白く見えてきたのである。それはもしかするとあの表情に笑いの要素が加味されたということであり、なるほど『昆虫すごいぜ!』やフマキラーのCMがそれに拍車をかけることとなった。そうなると「もっと観たい」に切り替わってしまうところが大衆心理の浅はかなところ。そこに「香川照之主演」のクレジットである。つまり、これはと思う絶妙のタイミングで『宮松と山下』という作品の情報が舞い込んできたのである。というわけで全世界の性被害に遭われた女性たちやセクハラで人生を台無しにされた女性の皆さん、あるいは伊藤詩織さんにも申し訳ないですと思いながら『宮松と山下』を観てしまいました。ちなみに僕も高校生の頃に痴漢の被害に逢ったことがあります。なので、女性たちが感じる屈辱は少しはわかるつもりだし、あまりの驚きに瞬間的に声は出せないという意見には100%同意です。

 ここからは作品だけに集中。そして、その価値があることを伝えたい。オープニングは瓦屋根のアップ。あまりにも強調するので、なぜかアン・リー監督『グリーン・デスティニー』を思い出す。カメラが遠景を映すと時代劇のセットで映画の撮影がおこなわれていることがわかってくる。香川演じる宮松は映画のエキストラで斬られ役を演じ、ひと続きの殺陣で殺されては着替え、主人公が行く場所に移動してはまた殺される。何度も殺される。上手いも下手もない。淡々とした作業のように殺される。映画の前半はまるで騙し絵のようで、「地」と「図」の関係がまったく見えてこない。壁のない美術館で絵だけしか存在しない状態を思い浮かべることが難しいように、しかし、この映画では「図」だけを見せることに成功している。舞台でも可能かもしれないけれど、映画ならではのイリュージョンが延々と続く。騙されたことがわかると思わず笑ってしまうほど、それはもうお見事。「地」とは、この場合、現実を意味していて、騙し絵から転出し、ストーリーが新たな局面に入ると映画のテイストはまったく違うものになっていく。作品全体の構成という意味では『カメラを止めるな!』(17)に近いものがあり、しかし、物事を別な側面から捉え返す視点の移動があるわけではない。宮松はいわば後半で歴史と出会い、エキストラでいた方がどれだけよかったかを思い知らされる。日本がこれまで戦争の加害者でいたことを忘却し、主体性を持たないことで平和に過ごしてきたように。香川の表情はこれまでに観たどの演技とも異なっていて、無表情をつくっていたときとは比べものにならないほど「無」を感じさせる。『ゆれる』でつくっていた無表情にはまだ外部との関係を拒もうとする意志が感じられ、それが何度もコピーされることで僕にはうるさく感じられたのだけれど、『宮松と山下』で見せる無表情に外部はなく、何も語りかけてこない恐ろしさと完成された孤独が漂っている。近いといえば『ひかりごけ』(92)の三國連太郎だろうか。エキストラの出番が終わり、谷(尾美としのり)に話しかけられるシーンで、人が自分に話しかけてくること自体に驚いた様子を見せるシーンはとくに秀逸で、「他者」を描くとはこういうことかなと思う。

 ストーリーを書くとそれ自体がネタバレになってしまうので、抽象的に書いていくしかないのだけれど、この映画で扱われるテーマは家族である。日本の映画がもうひとつ面白くないと思う理由のひとつにメジャーであれマイナーであれ家族映画ばかりつくるということがあって、『宮松と山下』もそのテンプレートからは脱していない。またか……と思うのだけれど、統一教会と自民党が個人を家族の檻に閉じ込めて外に出すまいとしてきた歴史が明るみに出てきた現在、どのような形であっても日本人が個人でいることは許さないという構図が『宮松と山下』にも投影されているように観えてしまい、後半を覆い尽くす閉塞感はその分厚さを動かしがたいものとして印象づける。僕がとくに面白かったのは、メタ視点ではあるけれど、宮松が映画の撮影では楽しそうに自撮りをするなど自然な家族を演じているのに、現実の世界では他人行儀になりがちで、家族だからといって一緒に住むことが必ずしも当然のことのようには描かれていなかったという対比と、兄と再会した妹(中越典子)が思わず兄を抱きしめるシーンは冒頭の瓦屋根のように最初はアップにせず、ロイ・アンダーソンばりに遠景で見せたこと。エモーショナルに訴えるという感覚を明らかに削いでいて、家族が再会しても大した感動はなく、これはもはや意地悪だったとしか思えない。家族は個人の集まりではなく、常に命令を待っている予備隊のようなもの(そもそも日本では教育政策や税制度がそれを促すようにできている)として描かれ、主体性は宙ぶらりんのロープウェイに喩えられる。そう、『宮松と山下』は個人主義の孤独か家族主義の束縛のどちらかを選べと観客に圧力をかけてくる。少し意味は違うけれど、安倍晋三銃撃事件を起こした山上容疑者の伯父が、こうなると山上の母は洗脳が解けてしまう方が可哀想でしょうというコメントをしていて、なるほどと納得してしまったのだけれど、そのような優しさがこの作品にはない。実に厳しい。エキストラというのは、日本国民全体の比喩のようであり、そうした国民の1人1人が政治的主体になるということはどのような精神状態を引き起こすかということをシミュレーションしているかのような気さえしてきた。それこそ日本が軍事的主体になるという思想を後押ししていたのが『シン・ゴジラ』(16)なら、それは同時に加害者であった責任も思い出せというのが『宮松と山下』ではないかと。『シン・ゴジラ』の能天気ぶりが『宮松と山下』の前では際立ってくる。ちなみに香川照之はどことなくゴジラに似ている。そりゃあ銀座も壊すわな。

Born Under A Rhyming Planet - ele-king

 なんというか今夏はコレばかり。デムダイク・ステアのふたりが率いるレーベル〈DDS〉よりリリースされた、1990年代の知られざるテクノ・アーティストのすばらしい未発表音源集。ボーン・アンダー・ア・ライミング・プラネットはシカゴ出身のジェイミー・ホッジのプロジェクト。1990年代中頃、当時のトップ・レーベルであるリッチー・ホウティンの〈PLUS 8〉からリリースしていたとはいえ、この名義自体も3枚ほどのシングルをリリースしているだけで、決して、その名前だけでこのようなアンソロジーが組まれるタイプのアーティストでもなく……やはり本作は〈DDS〉の賛美眼による、すばらしい発掘仕事としても評価すべきではないでしょうか。

 なかなかおもしろいキャリアを持つ人で、〈DDS〉の公式資料とも言うべき Boomkat の作品紹介ページによれば、シカゴのジャズ・シーンにそのルーツを持つアーティスト。デヴィッド・グラブスとバンディ・K・ブラウンと懇意になり、ガスター・デル・ソルのファースト・レコーディング時にも居合わせたという人物(一時期〈ヘフティ〉傘下にレア・グルーヴ系の発掘レーベル〈Aestuarium〉をやっていたり)。

 その傍らで〈PLUS 8〉の1991年のコンピ『From Our Minds To Yours Vol.1』を友人に聴かされテクノに開眼、シカゴのレイヴ・シーンに通い詰め、自身でも楽曲制作を開始、そして母親の車で東海岸の大学見学へと赴いた際に、直接リッチーにデモを渡し、上記のリリースに至ったのだという(当時17歳)。ボーン・アンダー・ア・ライミング・プラネットの当時のリリースは、その後のハーバート作品のようにミニマル・ハウスの出現を予期させる楽曲があったり、本作にも通じるIDM作があったりと、本作の視座から聴き直すと驚く作品ではないでしょうか。その後はドイツへとおもむき、ムーヴ・Dことデヴィッド・モウファン周辺と意気投合。こうしてジャズやテクノを経た彼は、当時のキャリアを昇華したようなプロジェクト、コンジョイント(Conjoint)を、デヴィッドおよびヨナス・グロッスマン(デヴィッドとともにディープ・スペース・ネットワークとして活躍するジャーマン・テクノ・シーンのベテラン)、さらにはふたりのジャズ・ミュージシャンと結成します。いわゆるドイツのエレクトロニックなフューチャー・ジャズと呼ばれたシーンの先鞭をつけるように1997年にアルバムをリリース。そしておそらく本作のきっかけになったであろうコンジョイントのセカンド『Earprints』を2000年にリリースします。1990年代後半、ドイツのいわゆるフューチャー・ジャズ~ラウンジーなダウンテンポ、例えばトゥ・ロココ・ロットあたりのサウンドから、2000年代に入ったヤン・イェリネックのようなチルなグリッチ・ダウンテンポの中間にありつつ、どこかトータス『TNT』への回答とも言えそうなサウンドの『Earprints』。これが2018年に同じく〈DDS〉からリリースされていて、本作のリリースに繋がったのではないでしょうか。またデヴィッドとはよりディープ・ハウス、ダウンテンポに寄った、Studio Pankow 名義でも2005年に『Linienbusse』(今回恥ずかしながらはじめて聴いたのですがこちらも名盤)をリリースしています。

 そして本作は上記の〈PLUS 8〉からドイツ・コネクションへの移行時期の作品(いくつかの曲は〈PLUS 8〉からリリースされる話もあったらしい)とのことで、基本的にDAW以前のアナログ機材で制作された楽曲が中心とのこと。当時のマテリアルから編まれた作品ですが、ある意味で同名義での初のアルバムとも言えるでしょう。こうした流れで整理をすると、本作は、1990年代中頃のデトロイト・フォロワーらによるリスニング・テクノ──アンビエント・テクノを経て、やがてはIDMと呼ばれるもの──や、その後グリッチ系の作品へと展開する直前の、エレクトロニックなダウンテンポ作品(ブレイクビーツ系ともまた別の、シンプルな電子音が主体のもの)と言えるのではないでしょうか。
 〈DDS〉のふたりによってエデットを施された、円環的な “Intro” と “Outro” 以外はほぼ当時のマテリアルを使用しているということで、驚愕の完成度というか、シンプルな電子音の滋味がじんわりと広がり、何度でも聴ける作品になっています。イントロから、Studio Pankow と同じ座組で作られたダウンテンポ “Siemansdamm” を経て、ディープ・ハウス路線の “Handley”、IDMなダウンテンポ “Hyperreal” “Skyway”、またはエクスペリメンタルなビートもの “Intermission” “Traffic” あたりに躊躇ですが、そのダブ処理感も彼の作品の魅力ではないでしょうか。このあたりはトゥー・ローン・スウォーズメン初期のハウス、またデトロイト・エスカレーター・カンパニーなどの作品も想起させる感覚もありつつ、また前述の初期のシングルにも通じるミニマル・ハウスな “Avenue” と、“Menthol” や “Fete” あたりは、上記のラウンジーなダウンテンポ路線(この辺はちょいとハーバート/ドクター・ロキットを彷彿とさせますね)、さらには圧巻のドローン・サウンドを聴かせる “Interstate” ではまたそれぞれ別の表情をみせていて、その才覚の振れ幅に驚かされるばかりです。シンプルかつ抑制されたクリアなエレクトロニック・サウンド、ダブ処理、ときに見せるメランコリックなサウンドは、わりと作品全体に通底していて、やはりそこに彼のサウンドに対する美学が現れているのではないでしょうか。

 曲の長さから、恐らく楽曲として完成させるというよりもスケッチの段階で録りためていた楽曲もありそうですが、やはり本作はジェイミーの作品としての品質はもちろん、〈DDS〉の発掘師としての卓越した能力も感じさせる作品です。今春リリースの、フエアコ・Sの『Plonk』あたりとも共振しそうな、時代を超えたスタイルを持っている感覚もあり、そのあたりも含めて、出るべくしていまここにリリースされた作品と思わざるを得ない、そんなすばらしい作品ではないでしょうか。

Black Moon & Smif-N-Wessun - ele-king

 90年代アンダーグラウンド・ヒップホップのクラシック2作がピクチャー・ヴァイナルとなって蘇る。
 どちらもブート・キャンプ・クリック関連で、ひとつはブルックリンのブラック・ムーンによる93年のファースト・アルバム『Enta Da Stage』。もうひとつは、スミフン・ウェッスンによる95年のファースト『Dah Shinin’』。いずれも90年代のハードコア・ムーヴメントを代表するアルバムだ。
 さらに、それぞれのアルバム収録曲を組み合わせた7インチ3枚を同梱したボックスセットもリリース。詳しくは下記より。

’90s東海岸を代表するHIPHOP CLASSICSな2作品、ブラック・ムーン『Enta Da Stage』とスミフン・ウェッスンの『Dah Shinin’』が2枚組ピクチャーヴァイナル仕様でリリースとなり、各3枚の7EPも同時リリース! またその全てをコンパイルした各ボックス・セットの販売も決定!

 NY・ブルックリン出身のブラック・ムーンが1993年にリリースしたファースト・アルバムにして問答無用のクラシック『Enta Da Stage』。その『Enta Da Stage』にもフィーチャーされて注目を集めたユニット、スミフン・ウェッスンが1995年にリリースしたファースト・アルバムにして90年代の決定的名盤『Dah Shinin’』。アーリー’90sのNYハードコア・ムーヴメントから生まれたこの歴史的なアルバム2作がオフィシャルの2枚組ピクチャー・ヴァイナル仕様で世界初のアナログ化! また両タイトルから名曲を組み合わせた7インチもピクチャー・ヴァイナル仕様でそれぞれ3枚カット! この全てピクチャー・ヴァイナル仕様でリリースされたアナログをBOXにまとめて販売します。VGAの独占かつ超限定での販売になりますのでお早めにどうぞ。

[2枚組ピクチャー・ヴァイナル 商品情報]
品番:PLP-7785/6
アーティスト:BLACK MOON
タイトル:Enta Da Stage
¥6,000 (With Tax ¥6,600)
発売日:2022/10/26

品番:PLP-7787/8  
アーティスト:SMIF-N-WESSUN
タイトル:Dah Shinin'
¥6,000 (With Tax ¥6,600)
発売日:2022/11/23

*BLACK MOON / SMIF-N-WESSUN - 2LP / 7EP 予約ページ
https://anywherestore.p-vine.jp/collections/black-moon-smif-n-wessun

[VGA BOX商品情報]

品番:VGA-5009
アーティスト:BLACK MOON
タイトル:ENTA DA STAGE - PICTURE DISC BOX

・Enta Da Stage 2LP
・Who Got Da Props? / How Many MC's... 7inch
・I Got Cha Opin (Remix) / Black Smif-N-Wessun 7inch
・Buck Em Down (Da Beatminerz Remix) / Enta Da Stage 7inch

価格:¥15,000(With Tax ¥16,500)

品番:VGA-5010
アーティスト:SMIF-N-WESSUN
タイトル:DAH SHININ’ - PICTURE DISC BOX

・Dah Shinin' 2LP・Bucktown / Let's Git It On 7inch
・Wrekonize (Remix) / Sound Bwoy Bureill 7inch
・Wontime / Wrektime 7inch

¥15,000(With Tax ¥16,500)

BLACK MOON / SMIF-N-WESSUN -VGA BOXセット予約ページ
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-5009-10/

M.I.A. - ele-king

 パーカッシヴなサウンドに誘われやすいので、今年でいえばハンド・イン・モーション『Dawn』やケレン303&トリスタン・アープ「Entangled Beings EP」はすぐにフェイヴァリットになった。ハッサン・アブ・アラム(Hassan Abou Alam)によるバコンゴ“Over Again”のパーカッシヴなリミックスも、まるでニッキー・ミナージュ“Beez In The Trap”を思わせる空間処理で、これもすぐにやみつきになった。こういった曲は偶然に出会うことがほとんどで、無名のプロデューサーであれば実際に聴いてみるまでそれとはわからない。聞き逃した曲もきっと膨大にあるに違いない。諦めずに試聴、試聴、試聴、である。そうやって地面に埋められた地雷を探すようにアンダーグラウンドの砂漠をほじくり返していると、いきなり頭上から固定翼大型無人攻撃機バイラクタルTB2(トルコ製)が飛んできた。M.I.A.の6作目『MATA』である。前作の抒情性過多がウソのようなパーカッション・ストーム。どうやら歌詞も大したことは言ってないらしく、全体にフィジカルに振り切れている印象。けたたましさだけならデビュー作や2作目より上だろう。オープニングから雄叫びのようなノイズ・ドローンでとにかく恐れいる。目隠しをされて謎めいた共同体の儀式に放り込まれたような気分。それこそ新人の作品みたいだし、かなりはっちゃた〈ニンジャ・チューン〉の新人、VTSSの方がヴェテランのように感じられる。これはきっと売れないだろう。先行シングルにおとなしい曲が選ばれているのは囮としか思えない。

 M.I.A.が頭角を現したのは同時多発テロを機に世界がテロと愛国に覆われた00年代で、彼女の表現はテロをサポートしているとメディアから糾弾され、デモまで起きるほど時代感情と交錯した時期だった。彼女がことさらに戦闘的な姿勢を崩さなかったのは、しかし、18年に公開されたドキュメンタリー映画『MATANGI / MAYA / M.I.A.』を観るとむしろ成人してから一時的に戻ったスリランカで「お前は戦闘地帯(War Zone)にはいなかった」と親戚たちに言われ、疎外感を覚えたからではないかと考えられる。徴兵検査で落第した三島由紀夫が誰よりも自衛隊の存在意義にこだわったように、戦闘地帯にいなかったからこそ、それが過剰にポーズを強める動機になったのではないだろうか。実際に戦場に立った者はむしろ忘れたいと思っていると聞くことが多いし、不在だったからこその“Bucky Done Gun”であり、“Bring The Noize”だったのだろう。M.I.A.とは「Missing in Acton(戦闘中行方不明)」の略語であり、まさに「お前は戦闘地帯にはいなかった」なのである。それをそのままステージ・ネームにしたのはそれがよほどのショックだったということを窺わせる。スリランカに残った親戚たちはけして彼女に冷たかったわけではなく、むしろ、祖母は好きなように生きなさいと彼女のすべてを肯定してくれる。イギリスに戻ってM.I.A.がMC-505を使い倒して音楽をつくり始めるのはそれからすぐのことで、そして、彼女はあっという間にブレイクし、気がつけば富裕層の仲間入りである。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ではそのことが周到に避けられていたけれど、10年代になって経済格差が強く指摘される時代にM.I.A.が葛藤を感じないわけがない。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』は彼女が難民に対するシンパシーを全開にした“Borders”までしか描かれていなかった。

 政治性を増す歌詞とは対照的に“Borders”を筆頭にサウンド的には内省の極に達していた『AIM』(16)が最後のアルバムになると予告していたマーヤー・アルルピラガーサムはそのまま〈インタースコープ〉との契約も切れてしまったようで、その後は散発的に自らのサイトを通じてマーチャンダイズ用に“Load ‘Em”を発表したり、『Astroworld』のヒットで絶頂期にあったトラヴィス・スコットのニュー・シングル“Franchise”にフィーチャーされて、これが彼女にとって初の全米1位になったりするなか、『MATANGI / MAYA / M.I.A.』に合わせて“Reload”をアップし、続いて19年に新たなアルバムのレコーディングを開始したと発表、20年始めにはほぼ完成したと報告していた。再び戦闘的になった“OHMNI202091”は当初、そのリード・シングルとしてリリースされたかに見え、“CTRL”もその年の後半に続くものの、それからさらに1年後、ようやくアルバム・タイトルがフェイスブックの社名変更に合わせて『MATA』になったと告知され、さらにまた年を超えてこの5月に〈アイランド〉から先行シングル“The One”がリリースされた。そして、8月には“Popular”も続き、アルバムは翌月にリリースされるという正式な告知がなされたものの、「もしも『MATA』が9月中にリリースされなければ、自分で音源を流出させる」という声明が本人から飛び出し、もしかして〈アイランド〉とうまくいってないのかなという雰囲気が漂うも、9月には『MATA』から3枚目となるシングル"Beep" がリリースされ、10月に『MATA』はようやく陽の目をみることとなった。この間にネットにあげられた“So Japan”や“Make It Rain”、ミート・ビート・マニフェストーをループさせた“Babylon”などはすべて未収録となり、2年前にほぼ完成したと言っていたアルバムとはだいぶ内容が変わったのかなと推測するばかり。

 前述したようにシングル以外はパーカッション・ストームの連続で、『AIM』に収められていた“A.M.P.”のドラム・ヴァージョン(これがいいんですよ)が17年にはサウンドクラウドで公開され(後にはフルでヴィデオもつくられ)ていて、これが早くから『MATA』の方向性を決定づける起点となったのだろうと思われる。また、♪自分はかなり有名~と少し茶化したようにラップする“Popular”は『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ですでにオフシュートが使われており、時間軸が行ったり来たりする作品なので正確なところは不明だけれど、セカンド・アルバム『Kala』がヒットした直後の場面で使われていて、ということは08年から遅くとも18年にはつくられていたことになり、新曲ばかりで構成されたアルバムではないことも推察できる。同ドキュメンタリーではディプロと恋人関係になる前に、自分で曲をつくり始めた時期のデモを何曲か聞かせるシーンがあり、それらがすべてパーカッシヴな曲なので、これを聞いて初心を思い出した可能性もあるのかなあと。いずれにしろ“F.I.A.S.O.M.”2部作で乱暴に幕を開け、続く“100% Sustainable”には南インドの合唱曲らしきコーラスに手拍子とラップをのせ、リック・ルービンやスキルレックスほかが参加した“Beep”はエスニックでタイトなUKガラージで、メッセージはやりたいことをやっちゃえ的なわりと単純な内容。タミール映画の古典からヴォーカルをサンプリングしてハイパーポップみたいに加工したらしき “Energy Freq”も楽器はパーカッションとフィールド録音のみと前半はまったく手を緩めない。

 続いて先行シングル“The One”は抒情的なトラップで、♪運命は変えられる、やってみればわかる~と、ことさらに挑発的な歌詞は最終的に自分自身に向けられたものらしい。全体に『MATA』はわざと自己中心的な発想で歌詞は書いたらしく、その辺りのアティチュードも初期に回帰した感がある。ブラジルのファヴェーラ・ファンク(バイレ・ファンキ)からトロップキラーズ(Tropkillaz)をフィーチャーした"Zoo Girl”も“Bucky Done Gun”をダウンテンポに落とした感じで、ファレル・ウィリアムスを招いた“Time Traveller”はパーカッションが丸いというのか、響きが柔らかくなっているところが、さすがネプチューンズ。“Popular”は再びディプロと組んだ抑えめのダンスホールで、マス・イメージをテーマに自分が自分を背後から操っているヴィデオは視覚的になかなか面白くつくられている(規模は違うけれど、ビヨンセ“I’m That Girl”と主題は同じ)。“F.I.A.S.O.M.”と同じくタイトなドラミングで知られるメルボルンのスウィック(Swick)をフィーチャーした"Puththi”も抑制の効いたダンスホールで、これはほとんどがタミール語(?)。ヤー・ヤー・ヤーズ"Maps”をサンプリングした”K.T.P. (Keep the Peace)”はタイトル通り穏やかな曲調で、♪ストリートでは1日中平和でいよう~と唐突に“We Are The World”みたいな方向性が示される。再び謎のインド音楽がサンプリングされたらしき "Mata Life”で最後にひと暴れして、最後はあいみょんに対抗してセンチメンタルな“Marigold”で締められる。♪世界は危険な状態、マリーゴールドがそれを覆い隠す。都市は瓦礫と化し、みんなは奇跡を待っている~。

 スリランカに心を残していた彼女が成功すればするほど内省的になっていったのは自然な流れだったのだろう。金持ちになっても難民を助けるために船を直す技術を学びたいなどと言い出すM.I.A.は、音楽的な成功ぐらいで心までアメリカの富裕層にはなりきれなかった。貧困から富裕層に這い上がることができたメリトクラシーには2種類あって、サッチャーや竹中平蔵のように自分の出身階級に対して自分にできたことができない連中だとことさらに蔑む傾向と、スヌープ・ドッグやハワード・シュルツのように自分の出身階級に少しでも還元しようとするタイプに分かれるという。ジャケット・デザインにも表れているように『MATA』をつくるにあたって自分がどうしようもなくタミール人であることを意識したというM.I.A.は明らかに後者に属するのだろう。00年代同様、トランプの国会突入やプーチンの戦争だけでなく、コロナ禍で観光収入の途絶えたスリランカでは経済危機が深刻化し、デモ隊が首相官邸に突入してラジャパクサ大統領が国外に脱出するなど再び大規模な混乱状態に陥っている。M.I.A.の表現は戻るべくして戦闘状態に戻ったということなのかもしれない。

interview with Bibio - ele-king

 はじめにビビオの10枚目のアルバムが『BIB10』であることを知ったときはその飾り気のなさに少し笑ってしまったが、しかしこれは、堂々としたセルフ・タイトルということでもある。10枚目にしてたどり着いた、ビビオ以外のなにものでもないもの。20年足らずの間にコツコツと10枚もアルバムを作りながら音楽性を拡張してきたこと、ビビオの揺るがない個性を確立したこと、その両方に対する誇りが伝わるタイトルだ。
 一聴して『BIB10』は、ヴァイオリンの演奏を学んだことによってトラッドでフォーキーな路線だった前作『Ribbons』~EP「Sleeping on the Wing」から踵を返すように、70~80年代のブラック・ミュージック──ヴィンテージ的なファンク、ソウル、ディスコからの影響が色濃いアルバムに思える。以下のインタヴューのスティーヴン・ウィルキンソン自身の言葉に頼ると、夜のアルバムだ。ジャケットの妖艶なサテンのギターが示しているように、シンセやエレキによるエレクトロニックでセクシーなサウンドとともに、ファルセット・ヴォイスで歌いまくっている。歌うこと自体を遠慮していたようだった初期を思うとずいぶんな変化だし、家でのリラックスした時間に寄り添うことに長けたビビオの音楽のこれまでの傾向を考えると、ファンキーでグリッターなディスコ・チューン “S.O.L.” でのダンスフロアへの祝福、その思い切りのよさには驚き気持ちよくなってしまう。それに、これまででもっともプリンスへの敬愛がストレートに炸裂したアルバムでもある。煌びやかで、官能的なのだ。
 ただ、『Ribbons』にソウルの要素が入っていたように、『BIB10』にもヴァイオリンの演奏を生かしたトラッドなムードもあれば(“Rain and Shine”)、アルバム後半、ビビオが得意とするアコギの弾き語りを骨格としたメロウなフォーク・ソングもある(“Phonograph”)。このアルバムで言えば、(歌詞というよりサウンドが)夜になってダンスフロアに向かうところからはじまって次第に朝が訪れるようなストーリーになっているが、様々な音楽が無理なく有機的に混ざり合っているのはこれまでのアルバムと同様だ。

 ビビオは10枚目のアルバムを自ら祝いたいと話しているが、長くビビオの音楽を聴き、その変遷を追ってきたリスナーからしても祝福ムードのある作品だ。わたしたちは彼が地道にプロデューサー、プレイヤー、ソングライター、そしてシンガーとしての幅を広げてきたのを知っているし、何よりも、どんなスタイルでもどこかノスタルジックな温かさを醸すその音楽に親しみを覚えてきた。初期に強く影響を受けていたボーズ・オブ・カナダのノスタルジーがそこはかとなく不気味さを滲ませているのに対し、ビビオのそれは素朴で優しい。
 せっかくの機会なので、『BIB10』の話だけでなく、本人にこれまでのキャリアを少し振り返ってもらった。ここでは新しいビビオと懐かしいビビオが溶け合っているから。

『Fi』と『Hand Cranked』に関しては、機材があまりないという「制限」がもとになって生まれたテクニックがたくさんあったし、それがあのローファイの美学を生んだんだよね。

音楽メディア〈ele-king〉です。あなたの音楽を長く聴いてきた読者が多いので、今回は10作目となる新作『BIB10』を起点としつつ、はじめにこれまでのディスコグラフィについても聞かせてください。あなたは2015年に『Fi』(オリジナル・リリース2005年)を、2021年に『Hand Cranked』(オリジナル・リリース2006年)をリイシューしていますが、こうした初期の作品を振り返ることは、近年の活動に影響を与えることはありましたか。

スティーヴン・ウィルキンソン(以下SW):どのようにかを言葉で説明するのは難しいけど、影響を受けることはときどきある。そのアルバムを作ったときの考え方や姿勢に影響を受けるんだ。今回のアルバムはそこまで影響は受けていないけど、『Ribbons』(2019年)は『Fi』のアイディアやテクニックみたいなものを受け継いでいると思う。『Fi』で使ったギアを、実際に使ったりもしたからね。

では、『BIB10』のインスピレーションは逆に何だと思いますか? 何から影響を受けているのでしょうか?

SW:それは、僕にとってはすごく面白い質問なんだ。なぜなら、何を「インスピレーション」と呼ぶのか、そしてそれが作っている作品にどう機能するのかというのを、僕自身、まだ学んでいる途中だから。アイディアっていうのは降りてくるし、それが何かははっきりしているんだけど、そのアイディアがなぜ出てきたのか、それを実らせた種が何だったのかは、本当に小さくてわからなかったりする。でもたとえば、『Fi』と『Hand Cranked』に関しては、機材があまりないという「制限」がもとになって生まれたテクニックがたくさんあったし、それがあのローファイの美学を生んだんだよね。そして、そこで学んだことは、いまでも生かされている。ギターのレイヤーを作ることはそのひとつ。いま、そのローファイの美学は前よりも洗練されているけど、いまだにあのときに戻ろうとするときもあるんだ。

〈Warp〉からの初リリースとなった『Ambivalence Avenue』(2009年)はあなたのキャリアにおいても重要な作品であり、『BIB10』においても『Ambivalence Avenue』でのエレクトロニックとアコースティックが両立していたのを意識していたとのことですが、いまから振り返って、あのアルバムのどんな点が秀でていると感じますか?

SW:あのアルバムを振り返ると、自分が思い切ったことをやったときを思い出す。とくにプロダクション。ローファイでフォークっぽいサウンドから、あのサウンドになったのは、僕にとっては大きな一歩だったんだ。そして、あのジャンルの幅広さも褒めていい部分だと思う。あのときはたくさんのことを一度にやっていて、結果、僕はそれをすべてあのアルバム一枚に落としこんだんだ。そして、それをみんなが気に入ってくれたから、自分のスタイルを変えてもいいんだという自信がついたものあのアルバムだったね。ローファイやフォークだけじゃなく、いろんなサウンドにチャレンジしていいんだという自信をもらえた。あと、20代のときに作ったアルバムだから、若い精神みたいなものも感じられるんだ。

2019年の〈Warp〉の企画『WXAXRXP Session』のときにもとは『Ambivalence Avenue』に収録していた “Lovers’ Carvings” のセルフ・カヴァーをシングル・カットしていますが、あの曲をピックアップしたのはどうしてでしょうか?

SW:あのカヴァーは、〈Warp〉の30周年記念のためのものだったんだけど、僕が〈Warp〉と契約したのは〈Warp〉の20周年のときで、“Lovers’ Carvings” はそのボックスセットに収録されている曲なんだ。僕にとってあの曲は、僕と〈Warp〉のキャリアの印みたいな作品なんだよ。

ヴァイナルって大事だと思うんだ。レコードだと、ストリーミングやCDみたいに簡単にトラックを早送りしたり、スキップしたりすることができないから。

『BIB10』はあなたの様々な音楽的要素が混ざった作品かと思いますが、単純にオリヴィエ・セント・ルイスが参加しているというのもありますし、ソウル・ミュージックの要素でわたしは第一印象では『A Mineral Love』(2016年)との共通点を強く感じました。あなた自身は、『A Mineral Love』のときに得た経験で大きなものは何でしたか?

SW:パッと思いつかないけど、あの作品も、それまでに自分がトライしたことがなかったものに挑戦したアルバムだった。僕にとっては、それが上手くいけば成功を意味するし、そして自信をもらえるんだ。『A Mineral Love』は、確実に新しいスタイルにチャレンジしたアルバムだった。オリヴィエとコラボしたのも、得た経験で大きなもののひとつ。あれがすごく上手くいったから、彼とはコラボをし続けたし、今回のアルバムに至っているからね。僕は、同じひとたちと共演するのが好きなんだ。そうすると数はあまり増やせないけど、そのアーティストと信頼関係を築いていくのはすごく良いことだと思う。その関係か築けているからこそ、オリヴィエとは本当に心地よくいっしょに曲を書くことができるんだ。

『BIB10』はフォーキーな要素が強かった『Ribbons』、あるいはEP「Sleeping on the Wing」からの反動もあったとのことですが、“Rain and Shine” のあなた自身のヴァイオリンなど、その時期の経験が生きている部分もあるように思います。『Ribbons』~『Sleeping on the Wing』のフォーキーな作品で得た経験で大きかったのは、やはりヴァイオリンやマンドリンをご自身で演奏されたことだったのでしょうか?

SW:そうだね。ヴァイオリンは独学で勉強したんだけど、すごく難しかった。でも、どうしてもアルバムで使いたくて頑張ったんだ。それが僕の新しいチャレンジになり、没頭することができた。新しい楽器を自分のサウンドに持ちこむというのは、プロデューサーとしての僕も興奮させられることなんだ。ヴァイオリンをはじめたきっかけは、『Ribbons』のふたつのトラックで友人がヴァイオリンを弾いてくれて、それを見て、僕も学びたいと思ったから。それで、2曲目以降は僕がヴァイオリンのパートを引き継ぐことにした。そして、そこから派生したのがマンドリンだったんだ。

独学でいくつもの楽器を弾けるようになるのはすごいですね。

SW:僕は、アルバムを出すたびに新しいチャレンジに挑むのが好きなんだよ。簡単なことをやるだけじゃつまらないからね。まったく新しいものにしたいのではなく、僕の場合、すでにあるものをさらに築きながら、新しいものを取り入れるというミックスだと思う。新しいことを学ぶことが好きだし、ビビオの意味を広げていきたいとも思うし、何かを発見し続けることがモチベーションになるんだ。

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80年代はデジタルが普及しはじめたときで、みんながよりエレクトロニックなサウンドを作ろうとしていた。未来的というか、機械的というか。でもそれなのに、そこには人間味と、素晴らしいミュージシャンシップがこめられている。

あなたのこれまでの作品は、様々な音楽的要素がミックスされていつつ、それぞれ個性を持っていると思います。ストリーミング・サーヴィスが一般化した現在、シャッフルやプレイリストでのリスニングが増えていると言われますが、そんななかでも「アルバム」という単位が表現しうるものは何だと思いますか?

SW:いまは違う聴き方をしていても、僕らはやっぱりアルバム世代で、いまになってもアルバムというフォーマットを好むひとはいると思うんだよ。それがストリーミングであれ、レコードであれ、CDであれ、アルバムという単位で作品を楽しみたいひともいるはず。僕自身も、スポティファイは使ってないし、プレイリストも作らないしね。アルバムがいまだに重要だという人たちは、必ずいるんじゃないかな。ある意味、アルバムを楽しむには、リスナーはすべてを捧げなければならない。そしてアルバムだからこそ、のめりこみたいと思う旅をみんなに提供できると思う。そして、だからこそ、ヴァイナルって大事だと思うんだ。レコードだと、ストリーミングやCDみたいに簡単にトラックを早送りしたり、スキップしたりすることができないから。針を乗せて、そのままにしておくのがヴァイナルの聴き方だからね。僕がアルバムをヴァイナルで聴くのが好きな理由のひとつはそれなんだ。

では、『BIB10』についても詳しく聞かせてください。先ほども言ったように様々な音楽的要素が有機的に入った作品ですが、前作『Ribbons』との対比で言うなら、エレキ・ギターの活躍が大きいアルバムではあるとは思います。ここ2、3年でエレキ・ギターをよく演奏していたとのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

SW:エレキ・ギターは、11歳のときから弾いてる。子どもの頃は、メタル・ロックにハマってたからさ(笑)。最近よりエレキ・ギターを弾くようになった理由は、『Ribbons』がもっとアコースティックが多かったから、その反動なんじゃないかな。何か違うことがやりたくなったんだと思う。エレキって、サウンドのバラエティがすごく豊富だよね。ひとつの楽器で、いろいろなサウンドを奏でることができる。そこが好きなんだ。

あなたのようにマルチ・プレイヤーだと、楽器の選択が多く表現の幅が広がると同時に、選ぶのが難しい場面もあると想像します。実際のところ、楽曲のイメージが先にあって使う楽器を吟味していくのか、作曲するときに楽器が先に選ばれていて曲ができていくのと、どちらが近いですか?

SW:ほとんどの場合、まずはギターを使って曲ができあがる。家やスタジオでギターを手にとって、曲を作るんだ。で、そこで面白いと思うものが出てきたら、それを弾いているビデオをスマホで録る。だから、僕の携帯には短い動画の音楽のアイディアがたくさん溜まってるんだ。なぜ録音ではなくビデオを録るのかというのは、自分が何をどうやってプレイしたかが観られるから。で、そうやって曲ができあがったあと、ピアノとかシンセとか、ギターのほかにどんな楽器を使ったら面白いかなと考えはじめる。どの楽器を選ぶかの基準は、その曲の世界観によるね。ソウルなのか、エレクトロなのか、フォークなのか、その曲が持つムードによって、どの楽器を求めるかが変わってくるんだ。

また、本作ではアナログ・シンセや808などクラシックなドラムマシンを使っているとのことですが、そうした古くからある機材を意図的に使った理由は何でしょう?

SW:僕のスタジオには、新しいシンセと古いシンセの両方がある。アナログって、ソフトウェアには真似できない、すごく豊かなクオリティを生み出すことができると思うんだ。そして、古くからある機材はどれも、その機材にしか出せないアイコニックなサウンドを持っていると思う。あと、それを使いながらも何かモダンなことをするっていうのが好きなのも理由のひとつだね。

あなたはこれまで、ご自身の音楽にあるノスタルジックな要素について話されてきたと思います。『BIB10』には70年代ファンクや80年代の音楽のムードがありますが、そこにも何かあなたにとってノスタルジックな感覚があるのでしょうか?

SW:そうだと思う。僕は、その時代の音楽のプロダクションにすごく魅力を感じるんだ。とくに80年代はデジタルが普及しはじめたときで、みんながよりエレクトロニックなサウンドを作ろうとしていた。未来的というか、機械的というか。でもそれなのに、そこには人間味と、素晴らしいミュージシャンシップがこめられている。エレクトロニックでありながも、グルーヴやハーモニーといった要素がきちんと入っているところが素晴らしいと思うんだよね。僕は、そのコンビネーションが好きなんだ。

今回は曲によってドラムマシンだったり、イアン・ヘンドリーの生ドラムだったりしますが、「この曲に生楽器が必要だ」との判断は直感的なものなのでしょうか?

SW:そうだね。曲ができあがってから、その曲が求めているムードによって決めるんだ。たとえば “S.O.L.” だったら、あの曲ではほかのすべてが生楽器で演奏されているから、そのライヴのエナジーを保たなければと思ったんだよね。やっぱり機械より、サウンドに人間味をもたせてくれるから。あと、“Off Goes The Light” や “Potion” みたいな曲は、生楽器とシーケンスのミックスだからどちらも入れたかった。そんな感じで、曲のサウンドによって決めるんだ。

レッスンやトレーニングを受けたことはない。演奏もだし、プロダクションもそう。興味があったから、自らそれを追求してみた結果なんだ。

『BIB10』はシンガーとしてのあなたの魅力を堪能できる作品でもあります。初期には「自分が歌うことに確信がなかった」と話していたと思いますが、歌うことに自信が持てるようになったのはどの時期だったのでしょうか?

SW:自信が持てるようになるまでには時間がかかったし、いまでもまだ十分には自信は持てていない。僕はシャイな性格だから、歌うことに関しては、自信が少しもてるようになるまでかなり時間がかったんだ。でもやっぱり、いちばん大きな自信を与えてくれたのは、『Ambivalence Avenue』かな。あのアルバムへの反応が、ヴォーカリストとしてこれまでよりも大きな自信をもたせてくれたと思う。でもステージで、人前で歌う自信はいまだにないけどね(笑)。

たとえば “S.O.L.” などはダンスフロアを想起させるディスコ・ナンバーですが、あなたの音楽はどちらかと言うとホーム・リスニングに適したもののほうが多かったように思います。ダンサブルな曲と座ってじっくり聴ける曲が共存しているのも『BIB10』の魅力ですが、あなた自身は、リスナーが曲を聴くシチュエーションを想定することはありますか?

SW:たまにある。たいていは、トラックが仕上がりに近い時点でそれを考えることが多い。ひとがどんな場所でそのトラックを聴くのか、その可能性がある場所をできるだけ多く思い浮かべるんだ。車とか、地下鉄とか、今回のアルバムだったらクラブとか。それを考えると、この曲がもうすぐ外の世界にリリースされるんだ、と興奮するんだよね。作っている真っ最中は、外の世界のことを全く考えない。その作業にのめりこんでしまう。でもリスナーがどこで聴くかを考えているということは、心に余裕ができて、ゴールが見えてきた証拠なんだよ。

「明りが消える」という “Off Goes the Light” からはじまり、アルバム前半のダンス・チューンが続く展開はストーリーとしても惹きつけられます。あなたにとって、「夜」はどんな魅力を持っていますか?

SW:なぜか僕は、すべてのアルバムを夜か昼かで分けられるんだよね。たとえば『Ribbons』は昼のアルバムだと思うし、今回のアルバムは夜だと思う。でも、それがなぜかはわからない。もしかしたら、ダンスっぽい要素がクラブを連想させるのかも。どちらかというと、エレクトロニック・ミュージックが夜で、フォークが昼って印象かな。

フォーキーで穏やかな “Phonograph” も余韻の残る美しい曲ですが、クロージングの “Fools” はプリンス風のセクシーなソウル・チューンです。この曲をエンディングに置いたのはなぜですか?

SW:理由はないよ(笑)。ただ、それがしっくりきたんだ。あのトラックは、アルバムのために作った最後の曲で、できあがった瞬間、フィナーレみたいな感情がわきあがってきた。これでアルバムが完成したんだ! って気持ちになったんだ。スローなトラックだったし、エンディングにピッタリだと思ったんだよね。曲順は、あまり考えすぎず、直感で決めることが多いんだ。

『BIB10』では10枚目の作品を祝福する気持ちもあったとのことですね。実際、10枚もアルバムをリリースするのは並大抵のことではないと思います。あなた自身が、これまでのミュージシャンとしての活動でとくに誇りに感じているのはどのようなところですか?

SW:これまでのことを独学で学んだことかな。それがメインだと思う。もちろん、ほかのひとに教えてもらったこともあるけど、そのためのレッスンやトレーニングを受けたことはない。演奏もだし、プロダクションもそう。興味があったから、自らそれを追求してみた結果なんだ。機材を買って、どうやって使えばいいのかを探る。僕はそれが好きなことなんだよね。

ありがとうございました!

SW:ありがとう。またね。

J Jazz Masterclass Series - ele-king

 海外でニッチな人気となっている和ジャズ、そのなかでもとくにレア盤にフォーカスし、復刻を精力的に続けている〈BBE Music〉があらたに2作品をリリースする。
 まずは今田勝トリオ+1の『Planets』。1977年に元々同名インディ・レーベルから発表された本作は、当時の日本のジャズ界における代表的ピアニストのひとり。彼の磨きがかかった演奏と洗練された楽曲が披露する作品だ。
 もう1枚は、河野康弘トリオ+ 1による『Song of Island。河野氏が設立した自主レーベル、A.S. Cap から発表されたプライベート・ プレスの激レア盤。ピアニスト、河野康弘トリオが出 した3枚目のアルバムで、佐渡の ジャズ・ライヴ・ハウス、Againで1985 年8月にライヴ録音されたアルバム。
 どちらも世界初のCD化になる。


今田勝トリオ+1
Planets

BBE Music
フォーマット: 1 x LP vinyl, CD、配信
発売日: 2022年10月26日
https://bbemusic.bandcamp.com/album/planets


河野康弘トリオ+ 1
Song of Island

BBE Music
フォーマット: CD, 2 x 12” vinyl、配信
発売日: 2022年11月16日
https://bbemusic.bandcamp.com/album/ song-of-island

Burial - ele-king

 今年頭、ひさびさの長尺作品となる「Antidawn」をリリースし話題をさらったベリアル。本日10月21日、また新たな音楽が発表されている。「Streetlands」と題された3曲入りのEPで、レーベルはおなじみの〈ハイパーダブ〉。ビートはほとんどなく、どうやら「Antidawn」の続編的な位置づけの作品のようだ。年明け1月27日にはヴァイナルも予定されているとのこと。

artist: Burial
title: Streetlands
label: Hyperdub
release: 21st October, 2022

tracklist
1. Hospital Chapel
2. Streetlands
3. Exokind

https://hyperdub.net/products/burial-streetlands

John Cale - ele-king

 ジョン・ケイルのニュー・アルバム『MERCY』が、来年1月23日に〈Double Six / Domino〉からリリースされる。
 まずは客演に注目しておきたい。アニマル・コレクティヴに加え、まさかのアクトレスローレル・ヘイローといった10年代エレクトロニック・ミュージックの重要人物、近年のUKインディ・シーンで大きな影響力を持つファット・ホワイト・ファミリーなどが参加。歌手のワイズ・ブラッドをフィーチャーした先行公開曲 “STORY OF BLOOD” では驚くべきことにトラップ風のビートが鳴っている。
 現在80歳、新しい音楽に関心を持ちつづけるレジェンドによる、これは期待大のアルバムだ。

JOHN CALE
1月20日に最新アルバム『MERCY』をリリース!
新曲 “STORY OF BLOOD feat. Weyes Blood” を公開!

ジョン・ケイルが、2023年1月20日にオリジナル曲を収録したものとしては実に10年ぶりとなる最新アルバム『MERCY』を〈Double Six / Domino〉からリリースすることを発表し、新曲 “STORY OF BLOOD feat. Weyes Blood” をミュージックビデオと共に公開した。

John Cale - STORY OF BLOOD feat. Weyes Blood (Official Video)
https://youtu.be/qgwOid8vdwE

60年近くにわたって、いや、少なくとも彼がニューヨークに移り住み、ルー・リードと共にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成した若きウェールズ人であった頃から、ケイルは感動すら覚えるほど革新的かつ異端な作品群をコンスタントに発表してきている。そこには例えば『Paris 1919』の妖艶なチェンバー・フォーク、『Fear』のアート性の高いロック、挑発的かつ実験的で深みのある歌曲集『Music for a New Society』(30年後に自身による変奏曲集『M:FANS』を発表)といった音楽史における重要作が含まれている。待望の新作となる『MERCY』で、またもやケイルは、自分の音楽がどのように作られ、どのように聞こえ、そしてどのように機能するかさえも再構築している。12曲からなるこの『MERCY』は、闇夜に生まれた電子音を通して、傷つきやすいラブソングと未来への希望に満ちた考察へと向かっている。

本作『MERCY』において、ケイルは、アニマル・コレクティヴ、シルヴァン・エッソ、ローレル・ヘイロー、テイ・シ、アクトレスという音楽界で最も好奇心旺盛な若手アーティストたちを起用している。いずれも、ケイルの完成された世界観の中に入り込み、そこで彼が自らの世界をデコレーションし直すのを手伝う、才能溢れるミュージシャンたちだ。ケイルは今年3月に80歳を迎え、特にこの10年間は、多くの同業者がこの世を去るのを見守ってきた。それでも『MERCY』は、彼らこれまで積み重ねてきた長いキャリアの延長上で誕生した作品と言える。ケイルは常に、疎外感、傷、喜びといった古い考えを探求する新しい方法を探してきた。『MERCY』は、その満たされない心が見つけた新たな作品だ。

『MERCY』を構成する楽曲は、ケイルがディストピアの瀬戸際でよろめく社会を見ながら、何年もかけて書きためてきたものだ。トランプとブレグジット、コロナと気候変動、公民権、右翼の過激派、もしくは南極、北極付近で溶けている海氷の主権と法的地位についての考察であれ、アメリカ人の無謀な武装化であれ、ケイルはその日の悪いニュースを自分の言葉にする。今回のアルバム発表に先立ってリリースされた “NIGHT CRAWLING” で、(今もなお) 豊かに生きている人生からの教訓も前面に押し出されている。もし、私たちが常に過去を悔やんでいるとしたら、永久に失望を味わうことになるのではなかろうか? そして “STORY OF BLOOD” でワイズ・ブラッドと共に歌ったように、結局のところ、我々は、我々が知ることのない神に頼るのではなく、お互いを救うことができるのではないだろうか?

“STORY OF BLOOD” では、ピアノの前奏が重厚なビートと眩い太陽のようなシンセサイザーに変わった後、ケイルとワイズ・ブラッドの歌声が、現代の喧騒の中でパートナーを探そうとする2つのファントムのように滑らかに交差する。「スウィング・ユア・ソウル」と二人は願いを込めて歌う。最後のパートで、ケイルはこの存在が自分だけのものでないことを思い出す。「私は朝には私の友人たちを、彼らを迎えに戻る。彼らを光の中に連れて行くんだ」。エミー賞受賞監督ジェスロ・ウォーターズによるミュージックビデオには、ケイルとワイズ・ブラッドが登場し、不穏と静寂が混在する。その深い色調と宗教的な雰囲気は、この曲のダークでスピリチュアルなムードを強調している。

ワイズ・ブラッドの新作を聴いていて、ナタリーの清純なボーカルを思い出したんだ。「Swing your soul」というパートと、他のいくつかの部分で彼女と一緒にハーモニーで歌うことができれば、きっと美しいものになるだろうと思った。しかし、彼女から得たものは、それ以上のものだったよ。彼女の声の多様性を理解してからは、まるで最初から彼女を想定して曲を書いていたかのように感じた。彼女の音域の広さと、音律に対する大胆なアプローチは、予想外の驚きだった。彼女がニコとそっくりに思う瞬間すらあるんだ。 ──ジョン・ケイル

待望の最新作『MERCY』は、2023年1月20日にCD、LP、デジタルでリリース! 国内流通仕様盤CDには解説が封入される。

label: Double Six
artist: John Cale
title: MERCY
release: 2023.01.20

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13095

CD Tracklist
01. MERCY feat. Laurel Halo
02. MARILYN MONROE'S LEGS (beauty elsewhere) feat. Actress
03. NOISE OF YOU
04. STORY OF BLOOD feat. Weyes Blood
05. TIME STANDS STILL feat. Sylvan Esso
06. MOONSTRUCK (Nico's Song)
07. EVERLASTING DAYS feat. Animal Collective
08. NIGHT CRAWLING
09. NOT THE END OF THE WORLD
10. THE LEGAL STATUS OF ICE feat. Fat White Family
11. I KNOW YOU'RE HAPPY feat. Tei Shi
12. OUT YOUR WINDOW

CD

ブラック・ヴァイナル

ホワイト・ヴァイナル

クリア・ヴァイナル

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