Home > Reviews > Album Reviews > Born Under A Rhyming Planet- Diagonals
なんというか今夏はコレばかり。デムダイク・ステアのふたりが率いるレーベル〈DDS〉よりリリースされた、1990年代の知られざるテクノ・アーティストのすばらしい未発表音源集。ボーン・アンダー・ア・ライミング・プラネットはシカゴ出身のジェイミー・ホッジのプロジェクト。1990年代中頃、当時のトップ・レーベルであるリッチー・ホウティンの〈PLUS 8〉からリリースしていたとはいえ、この名義自体も3枚ほどのシングルをリリースしているだけで、決して、その名前だけでこのようなアンソロジーが組まれるタイプのアーティストでもなく……やはり本作は〈DDS〉の賛美眼による、すばらしい発掘仕事としても評価すべきではないでしょうか。
なかなかおもしろいキャリアを持つ人で、〈DDS〉の公式資料とも言うべき Boomkat の作品紹介ページによれば、シカゴのジャズ・シーンにそのルーツを持つアーティスト。デヴィッド・グラブスとバンディ・K・ブラウンと懇意になり、ガスター・デル・ソルのファースト・レコーディング時にも居合わせたという人物(一時期〈ヘフティ〉傘下にレア・グルーヴ系の発掘レーベル〈Aestuarium〉をやっていたり)。
その傍らで〈PLUS 8〉の1991年のコンピ『From Our Minds To Yours Vol.1』を友人に聴かされテクノに開眼、シカゴのレイヴ・シーンに通い詰め、自身でも楽曲制作を開始、そして母親の車で東海岸の大学見学へと赴いた際に、直接リッチーにデモを渡し、上記のリリースに至ったのだという(当時17歳)。ボーン・アンダー・ア・ライミング・プラネットの当時のリリースは、その後のハーバート作品のようにミニマル・ハウスの出現を予期させる楽曲があったり、本作にも通じるIDM作があったりと、本作の視座から聴き直すと驚く作品ではないでしょうか。その後はドイツへとおもむき、ムーヴ・Dことデヴィッド・モウファン周辺と意気投合。こうしてジャズやテクノを経た彼は、当時のキャリアを昇華したようなプロジェクト、コンジョイント(Conjoint)を、デヴィッドおよびヨナス・グロッスマン(デヴィッドとともにディープ・スペース・ネットワークとして活躍するジャーマン・テクノ・シーンのベテラン)、さらにはふたりのジャズ・ミュージシャンと結成します。いわゆるドイツのエレクトロニックなフューチャー・ジャズと呼ばれたシーンの先鞭をつけるように1997年にアルバムをリリース。そしておそらく本作のきっかけになったであろうコンジョイントのセカンド『Earprints』を2000年にリリースします。1990年代後半、ドイツのいわゆるフューチャー・ジャズ~ラウンジーなダウンテンポ、例えばトゥ・ロココ・ロットあたりのサウンドから、2000年代に入ったヤン・イェリネックのようなチルなグリッチ・ダウンテンポの中間にありつつ、どこかトータス『TNT』への回答とも言えそうなサウンドの『Earprints』。これが2018年に同じく〈DDS〉からリリースされていて、本作のリリースに繋がったのではないでしょうか。またデヴィッドとはよりディープ・ハウス、ダウンテンポに寄った、Studio Pankow 名義でも2005年に『Linienbusse』(今回恥ずかしながらはじめて聴いたのですがこちらも名盤)をリリースしています。
そして本作は上記の〈PLUS 8〉からドイツ・コネクションへの移行時期の作品(いくつかの曲は〈PLUS 8〉からリリースされる話もあったらしい)とのことで、基本的にDAW以前のアナログ機材で制作された楽曲が中心とのこと。当時のマテリアルから編まれた作品ですが、ある意味で同名義での初のアルバムとも言えるでしょう。こうした流れで整理をすると、本作は、1990年代中頃のデトロイト・フォロワーらによるリスニング・テクノ──アンビエント・テクノを経て、やがてはIDMと呼ばれるもの──や、その後グリッチ系の作品へと展開する直前の、エレクトロニックなダウンテンポ作品(ブレイクビーツ系ともまた別の、シンプルな電子音が主体のもの)と言えるのではないでしょうか。
〈DDS〉のふたりによってエデットを施された、円環的な “Intro” と “Outro” 以外はほぼ当時のマテリアルを使用しているということで、驚愕の完成度というか、シンプルな電子音の滋味がじんわりと広がり、何度でも聴ける作品になっています。イントロから、Studio Pankow と同じ座組で作られたダウンテンポ “Siemansdamm” を経て、ディープ・ハウス路線の “Handley”、IDMなダウンテンポ “Hyperreal” “Skyway”、またはエクスペリメンタルなビートもの “Intermission” “Traffic” あたりに躊躇ですが、そのダブ処理感も彼の作品の魅力ではないでしょうか。このあたりはトゥー・ローン・スウォーズメン初期のハウス、またデトロイト・エスカレーター・カンパニーなどの作品も想起させる感覚もありつつ、また前述の初期のシングルにも通じるミニマル・ハウスな “Avenue” と、“Menthol” や “Fete” あたりは、上記のラウンジーなダウンテンポ路線(この辺はちょいとハーバート/ドクター・ロキットを彷彿とさせますね)、さらには圧巻のドローン・サウンドを聴かせる “Interstate” ではまたそれぞれ別の表情をみせていて、その才覚の振れ幅に驚かされるばかりです。シンプルかつ抑制されたクリアなエレクトロニック・サウンド、ダブ処理、ときに見せるメランコリックなサウンドは、わりと作品全体に通底していて、やはりそこに彼のサウンドに対する美学が現れているのではないでしょうか。
曲の長さから、恐らく楽曲として完成させるというよりもスケッチの段階で録りためていた楽曲もありそうですが、やはり本作はジェイミーの作品としての品質はもちろん、〈DDS〉の発掘師としての卓越した能力も感じさせる作品です。今春リリースの、フエアコ・Sの『Plonk』あたりとも共振しそうな、時代を超えたスタイルを持っている感覚もあり、そのあたりも含めて、出るべくしていまここにリリースされた作品と思わざるを得ない、そんなすばらしい作品ではないでしょうか。
河村祐介