Home > Reviews > Album Reviews > Julian Sartorius & Matthew Herbert- Drum Solo
イーライ・ケスラーの跡に道ができている……のかもしれない。主にドラム・ソロでインプロヴィゼーションを展開してきたケスラーはニューヨークを拠点にレッドー・ホース名義や〈Pan〉からのソロ作、あるいはオーレン・アンバーチとのジョイント作『Alps』でも大した注目を集めなかったものの、10年代後半にローレル・ヘイロー『Dust』と OPN『Age of』に相次いで起用されたことによって急速に知名度を上げ、タイミングよくリリースされた〈Shelter Press〉からの『Stadium』でようやく彼自身の作家性も広く認めらることになった。細かく緩急をつけたドラミングやリズムの起点がどこにあるのかわからないフィールド録音とのアンサンブルなど演奏の可能性を再認識させ、プロセッシングに頼りきっていたアンビエント・ミュージックにも大きな刺激をもたらしたことは確か。これに続いたのがウィル・ガスリー。オーストラリアのドラマーで現在はフランスを拠点にするガスリーもまたデビューから10年以上陽の目を見ず、カントリー・ブルースからミュジーク・コンクレートと幅広く模索を続けたのちファイアー!オーケストラに参加したことでオーレン・アンバーチと交流が深まり、同じくアンバーチとのジョイント作『Knotting』や、アンバーチとガスリーにマーク・フェルとサム・シャラビまで加えた『Oglon Day』をリリース。様式性を完全にオミットしたケスラーとは異なり、はっきりとガムランに寄ったドラミングを聞かせるガスリーは、南インドの音楽に接近していたマーク・フェル(詳しくは『アンビエント・ディフィニティヴ改訂版』P276)とはさらに『Infoldings』『Diffractions』と立て続けにコラボレート・アルバムを制作し、偏執的ともいえるパーカッション・サウンドをこれでもかと展開した。ガムランにフォーカスしたなソロ作『Nist-Nah』ではダイナミズムを最小限にとどめ、『Stadium』と同じくドラミングの「間」をクローズ・アップし、その試みは8人編成のアンサンブル・ニスト・ナーという新たなユニットを始動させるに至っている。ケスラーやガスリーがアンビエント・ミュージックと親和性が高かったことは興味深く、その線だけでもマット・エヴァンスや金子ノブアキなど気になる人は数多いる。サイモン・ポップしかり、ライオンズ・ドラムしかりである。
2004年にフリー・ジャズのコリン・ヴァロン・トリオとしてスイスからデビューし、09年にシンセ・ポップのエレクトリック・ブランケットにも加わったジュリアン・サートリアスもソロや数多くのユニットで『Nist-Nah』や『Stadium』を思わせるアトモスフェリックなドラミングを多く試み、とくに10日間に渡ってヒッチハイクを続けながら路上で演奏したという『Hidden Tracks: Basel - Genève』はエレクトロニクスもプロセッシングも一切行わずエディットだけで構成したという快作。いわゆるドラムセットを運び歩いたわけではないようで、ガムランを思わせる細かな鐘の音の連打や意味不明な打撃音が瞑想性を誘いそうで誘わないという微妙なラインで展開されていく。スイスのSSW、ソフィア・ハンガーのバックで叩く機会の多いサートリアスと見事なコラボレーション・アルバムを完成させたのが、そして、マシュー・ハーバート。コロナ禍に映画のサウンドトラックを5枚続けてリリースし、レトロなハウス・アルバム『Musca』でダンスフロアへの帰還も果たしたハーバートがかなりアグレッシヴなアプローチでサートリアスを追い詰め、『Hidden Tracks: Basel - Genève』と同じ人なのかと思うほどオープニングから緊張感が途切れない演奏が続く。『Drum Solo』というタイトル通り、ハーバートは自分では音を出さず、サートリアスのドラムにリアルタイムで手を加えているだけだという。とてもそうは思えないけれど、ハーバートが耳にしていたであろう核となるドラムの演奏は確かに聴き取れるし、これにディレイなのかサンプリング・ループなのかぜんぜんわからないけれど、シンバルの音をそのままドローンにしてしまったり、種々様々な音があっちからこっちから襲い掛かっていく。全体のタイトさとその持続はメビウス&プランクがフリー・ジャズをやっていたらこうなったかなという感じで、オウテカにしか聞こえないというレヴューも見かけたけれど(確かに中盤はそうかも)、鬼気迫るムードはこのアルバムが〈Accidental〉傘下に設けられた新たなライン〈Album In A Day(1日でアルバムを仕上げる)〉からのリリースであったことも一因を成していたのだろう(ミックスもその日のうちに終わらせたという)。いや、しかし、ハーバートはコンセプトの鬼である。この人はこのまま生涯を貫き通すにちがいない。
三田格