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アーカイヴ音源からラスト・レコーディング、さらにはコラボレーション音源まで2017年4月13日に亡くなったミカ・ヴァイニオのリリースが相次いでいる。彼のアーティストとしての存在感は消えることなく増しているように思える。むろん、音源を聴いた結果、彼の不在も「痛感」してしまうわけだが……。
まず1月に、カールステン・ニコライ主宰の〈ノートン〉からミカ・ヴァイニオ+池田亮司+アルヴァ・ノト『Live 2002』がリリースされた。2002年という電子音響/エレクトロニカ、最良の時代におけるレジェンドたちのライヴ音源を収録したアーカイヴ・アルバムである。
続いてこの夏、モーグ社所有のスペース「モーグ・サウンド・ラボ UK」におけるモーグのアナログ・モジュラーシンセサイザー・セッションを収録するレーベル〈モーグ・レコーディング・ライブラリー〉のリリース作品として、ミカ・ヴァイニオのソロ・ラスト・レコーディング作品という『Lydspor One & Two』が発表された。アナログ・モジュラーシンセサイザー「システム55」を用いて制作されたというこのアルバムにはミカ・ヴァイニオらしいノイズと律動感覚が横溢しており、「電子音楽作曲家・ミカ・ヴァイニオ」の高いスキルを実感できる作品といえよう。ちなみに〈モーグ・レコーディング・ライブラリー〉は、パンソニックのアルバムをリリースしてきた〈ブラスト・ファースト・プチ〉のポール・スミスによって運営されており、クリス・ワトソンやシャルルマーニュ・パレスタインなどもラインナップされている。
『Lydspor One & Two』とほぼ同時期にドイツ・ベルリンの〈コスモ・リズマティック〉からミカ・ヴァイニオ&フランク・ヴィグルーの『Ignis』もリリースされた。コラボレーション作品であっても全編に横溢するミカ・ヴァイニオ的な音響から、その電子音生成力を実感できる作品だ。
むろんフランク・ヴィグルーも注目すべきフランスの即興演奏家・電子音楽家である。彼は00年代初頭からフランスの実験音楽レーベル〈D'Autres Cordes〉からアルバムなどをリリースし続けており、ミカ・ヴァイニオとは、2015年に〈コスモ・リズマティック〉から「鹿ジャケ」の『Peau Froide, Léger Soleil』を発表している。このフランク・ヴィグルー特有のエレクトロ・アコースティックなノイズと、ミカ・ヴァイニオ的なメタリックなノイズは思いのほか相性が良い。ソロ作以上にパンソニックを彷彿させるマシン・ドローン/ハード・ミニマル・ビートを基調とするインダストリアル・サウンドを全面的に展開していたのだ。マスタリングは、エイフェックス・ツインなどを手掛けるマット・コルトンが担当しており、サウンドのクオリティをさらに高いものとしている。
新作『Ignis』もまたシネマティックなインダストリアル・ミュージックであった。ヴィグルーの『Rapport Sur Le Désordre』(2016)や『Barricades』(2017)に漂っている壮大なムードに近いのだが、そこにミカ・ヴァイニオの攻撃的なノイズ/ビートが交錯することで、聴き手を覚醒させるような暴風ノイズと爆音ビートが生まれている。ちなみにディストピアSFを思わせる印象的なアートワークは映像作家 Kurt D'Haeseleer の作品である。彼はヴィグルーのヴィデオも制作している。
レーベルは本作を「込み合った複雑なレコードであり、大音質で鍛えられた音響彫刻のコレクション」、「スタジオ・セッションとライヴ・パフォーマンスを通じて表現された長年の創造的なプロセスの産物」とアナウンスしている。
じじつ、ミニマルな電子音のループという意外な始まりを告げる“Brume”、透明な電子ドローンが麗しい“Ne te retourne pas”、電子ノイズと爆裂ビートが交錯するインダストリアル・ノイズの“Luxure”、ノイズから静寂へと変化を遂げる“Un peu après le soleil”、“Luceat lux”、“Feux”など、どのトラックも複雑で、強烈で、かつ精密な、まさに「音響彫刻」とでもいうべき出来栄えだ。
ドローン作品の『Lydspor One & Two』やシネマティック・インダストリアルな『Ignis』というふたつのアルバムを連続して聴くと、アルヴィン・ルシエやポーリン・オリヴェロスなどの電子音楽家の系譜に連なるミカ・ヴァイニオという側面が改めて浮かび上がってくる。
もともとIDMやエレクトロニカには現代音楽・電子音楽からの影響がみられるものだが、ミカの場合、アカデミックな領域からの研究などがおこなわれてもおかしくないほどに電子音楽作曲家としての個性と力量を感じさせる。ノイズ、ビート、持続、切断、反復、非連続。電子音のコンポジション……。今後、電子音楽作曲家としてのミカ・ヴァイニオという切り口での考察はさらに深まっていくのではないかと思いたい。
いずれにせよミカ・ヴァイニオという異才が遺したサウンドは、これからも聴き継がれ、さまざまな側面で分析されていくだろう。そもそもミカ自身もまたインダスリアル・ミュージックの(異端的)継承者であった。90年代から00年代を電子ノイズと共に駆け抜けたエクスペリメンタル・ミュージックのレジェンドは、その肉体を消失してもなお現在進行形の影響と刺激を生み出し続けている。
デンシノオト