「!K7」と一致するもの

Babylon - ele-king


 1970年末から1980年代にかけてのUKは、移民と極右との激しい闘争の時代でもあった。度重なる差別と抑圧のなかで勃発した1976年のノッティングヒル・カーニバルでの暴動は有名だが、1981年のブリクストンやトクステスでも暴動は起きている。これらは、警察の嫌がらせに対する反乱が起爆剤となった。『バビロン』は、人種をめぐっての政治的な緊張状態にあったこの時代のロンドンを舞台にした映画で、当時のレゲエ文化のリアルなシーンを描いている。
 物語は、サウンドシステムを使ってのバトル(サウンドクラッシュ)への出場を控えた、ひとりの青年(当時アスワドのメンバーだったブリンズリー・フォード)を中心に繰り広げられる。相手はジャー・シャカで、主人公は仲間と一緒に、サウンドクラッシュに向けて着々と準備をするが、彼の前にはさまざまな困難が待っている……。

 まず嬉しいのは、当時のUKのサウンドシステム文化が見れること。なるほど、こうやっていたのかと。再開発されるずっと前のロンドンの荒んだ町並みもいい。もちろん、劇中では素晴らしいレゲエとダブが鳴り響いている。ヤビー・ユーやI-ロイのディージェイ・スタイル、ジャネット・ケイのラヴァーズ、それからなんといってもアンドリュー・ウェザオールも愛したアスワドの名曲“Warrior Charge”、この映画のテーマ曲だ(ちなみにそのサウンドトラックにおいては、『女パンクの逆襲』のヴィヴィエン・ゴールドマンが同曲でトースティングをしている)。
 思想家ポール・ギルロイが言ったように、体を揺さぶり、低音を聴き、感じることができるロンドン中のレゲエやダブのサウンドシステム文化は、現代社会に対する過激な批判を秘めていると、映画『バビロン』を見ると納得する。『ガーディアン』が書いたように、「暗いダンスホールは、参加者を抑圧的な現在から連れ出し、音楽の歌詞は、資本主義の下で働くことのつまらなさを鋭く突く」。
 ジャマイカとはまた違ったUK独自のレゲエ/ダブのドキュメント、2019年にニューヨークでプレミア上映され大きな反響を呼んだという本作、本邦初上映です。

原題 : Babylon | 監督:フランコ・ロッソ│脚本:マーティン・ステルマン、フラン コ・ロッソ│撮影:クリス・メンゲス│音楽:デニス・ボーベル、アスワド 出演:ブリンズリー・フォード、カール・ハウマン、トレヴァー・レアード、ブライ アン・ボーヴェル、ヴィクター・ロメロ・エバンス、アーチー・プール、T.ボーン・ ウィルソン
1980 年│イギリス │カラー│94 分 |
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィ ルム | 宣伝:VALERIA

■10月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

Plaid - ele-king

 2022年は名曲 “Nort Route” 30周年にあたる。この記念すべきタイミングで、プラッドが3年ぶりにニュー・アルバムをリリースすることになった。通算11枚め。おなじみの〈Warp〉から11月11日に世界同時発売。前作『Polymer』(2019)では環境破壊をテーマにしていた彼らだが、今回はファロークスなる惑星で開催されたフェスティヴァルでのショウ──という設定があるらしく、なにやら示唆的なコンセプト・アルバムとなっているようだ。公開中の新曲 “C.A.” を聴きながら楽しみに待っていよう。

PLAID
惑星ファロークスから響き渡る至福の電子音
11作目となる最新アルバム『FEORM FALORX』のリリースを発表!
新曲 “C.A.” を解禁!

〈WARP〉が誇るエレクトロニック・ミュージックのオリジネイター、プラッドが待望の最新アルバム『Feorm Falorx』のリリースを発表し、先行シングル “C.A” を解禁した。アルバムは11月11日に世界同時発売となる。

Plaid - C.A. [Visualiser]
https://youtu.be/kjjjX30MjAo

〈WARP〉との契約30周年を目前に控えた今、エド・ハンドリーとアンディ・ターナーによるユニット、プラッドがエレクトロニック・ミュージックの発展と音楽シーン全体に与えてきた影響の大きさを改めて考える時が来た。80年代後半から活動している彼らは、革新的なエレクトロニック・ミュージックにおいて象徴的な存在であり、プラッド名義はもちろん、ザ・ブラック・ドッグ、バリルといった名義で作品を発表し、またビョークとのコラボレーションでも幅広い音楽ファンを魅了した。

11枚目となるアルバム『Feorm Falorx』では彼ら特有の遊び心と心地良いミステリアスさが絶妙なバランスで表現されている。前作『Polymer』に漂うダークな雰囲気と比較すると今作は全体的に穏やかなサウンドで、代名詞である美しいメロディーに満ち溢れている一方、多彩なサウンドがリズミカルに展開する。

テクノロジーを強く支持するプラッドは、『Feorm Falorx』において、最先端のサウンドでありながら、暖かく人間的でノスタルジックな、ハイテク・レトロ・フューチャリズムを表現している。今もなお進化を続ける彼らだが、本作では彼ら自身の音楽的背景を辿ることもできる。初期のより奇抜な作品から現在に至るまで、彼らは新しい合成方法を取り入れ、多様な音楽スタイルを探求し、彼らの青春だという初期のヒップホップから、それに影響を与えた60年代、70年代のサウンドまで紡ぐ糸を維持している。一聴してわかるというものではないが、耳をすませば、そこにはプリンスの “Soft and Wet”、ボブ・ジェームズの “Westchester Lady”、ジェスロ・タルの “Bouree” などに見られるユニークなグルーヴが感じられるだろう。

サウンドの創造性における解放感と軽快さは、惑星ファロークスで開催された銀河系の祭典『Feorm Festival』でのパフォーマンスを再現するというアルバムのコンセプトにも反映されている。惑星ファロークスの大気を生き抜くため、彼らは光へと姿を変えたが、そのおかげで宇宙船ザ・キャンベルに搭載された従来の録音装置は機能しなかった。地球の宇宙局に相談したところ、そのパフォーマンスをロンドンのスタジオで再現しても大丈夫だと判断され、改めて録音したものを徹底的にテストした結果、思想的な汚染も「完全に許容できるレベル」と判断された。

アルバムのアートワークと今作におけるアーティスト写真のイメージは、AI技術や写真合成技術、OpenAIが開発した機械学習モデル、DALL?Eを使って作成されている。今後公開が予定されているミュージック・ビデオやグラフィック・ノベルもAI/AR技術を駆使し、惑星ファロークスの世界観を形成していく。

プラッドは、長年に渡ってツアーや様々なコラボレーションを行なっている。近年ではBBCコンサート・オーケストラのために楽曲を制作した。またゲーム音楽や映画音楽も手がけ、そのうちのひとつ『鉄コン筋クリート』(マイケル・アリアス監督)は日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞している。

プラッドの最新アルバム『Feorm Falorx』は11月11日に、CD、LP、デジタル/ストリーミング配信で世界同時リリース。CDは日本語帯・解説書付きの国内流通仕様で発売される。

label: Warp
artist: Plaid
title: FEORM FALORX
release: 2022.11.11

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13025

tracklist:
01. Perspex
02. Modenet
03. Wondergan
04. C.A.
05. Cwtchr
06. Nightcrawler feat. Mason Bee
07. Bowl
08. Return to Return
09. Tomason
10. Wide I’s

Spoon × Adrian Sherwood - ele-king

 テキサスはオースティンのロック・バンド、スプーン(バンド名の由来はCAN。ドラマーのジム・イーノはチック・チック・チックのプロデュース経験あり)の最新アルバム『Lucifer On The Sofa』を、なんと〈On-U〉のボス、エイドリアン・シャーウッドがリワークする。題して『Lucifer On The Moon』。もともとはシングル曲だけのリミックス依頼だったものの、その結果に歓喜したバンドはアルバム全体のリワークも任せることにしたそうだ。意外な組み合わせだが、そこはかつてプライマル・スクリームなども手がけていたシャーウッド、さすがの手腕だったのだろう。先行公開されている “On The Radio” と “My Babe” を聴いてみても……たしかにこれはかっこいいですわ。『Lucifer On The Moon』は11月4日に、〈マタドール〉よりリリース。

interview with Nils Frahm - ele-king

 ニルス・フラームは、ポスト・クラシカルの旗手としてもはや押しも押されもせぬ存在である。
 彼のプロフィールとしてまず筆頭に来るのはピアニストとしての顔であることは衆目の一致するところだろうし、続いて作曲家、電子音楽家という顔を持つことももちろん重要だ。しかし、2018年の『All Melody』以来4年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Music for Animals』を聴いたひとは誰でも驚愕するに違いない。
 このアルバムからは彼のトレードマークであったあのピアノの音が聴こえてこないのだから。

 驚くのはそれだけではない。この『Music for Animals』のトラック数は10。しかしそのランニングタイムのトータルは3時間を超えるのである。密やかなフィールド・レコーディングによるノイズからフェイドインしてくるオープニング・トラック “The Dog with 1000 Faces” のランニングタイムは26分21秒もあるのだ。
 これまでのニルス・フラームのトラックはだいたいそんなに長いものではなかった。ポスト・クラシカルの作品は得てして尺が長くなりがちなのだが——それはそれで素晴らしい体験をもたらすのだけれど——ニルス・フラームの作品は比較的コンパクトにまとまったものが多い印象があった。
 しかし今作は違う。トラックタイムは1曲目から順に26分21秒/13分28秒/13分9秒/24分48秒/18分15秒/27分3秒/7分26秒/15分2秒/18分32秒/22分37秒。もちろんこのくらい長い尺を持つトラックは、アンビエントなどの電子音楽系ではさして珍しいものではないだろう。だが、ニルス・フラームのこれまでの作風からすると、このトラックタイムの急激な増加はいったい何を意味するのか。

 じつはニルス・フラームはこのアルバムのリリースに先立ち、何枚かの未発表曲集と、初期のオリジナル・アルバム2作をリリースしている。Covid-19禍によって自己の過去と向き合うということだったのかもしれないが、しかしそういうふりかえりを経て制作された新しい作品がこのような(これまでのニルス・フラームの作品を知る者にとっては)すっかり装いを新たにしたものになっているということに、やはり聴き手としてはいろいろな憶測を巡らせてしまうのである。

 ……と、いろいろなことを考えながら、ベルリン在住のニルス・フラームとZOOMで繋がって話しはじめようとしたのだが、どうも様子が変だ。画面に映るニルスの背後は白塗りの壁。本人は上半身裸で麦わら帽子のようなものをかぶってリラックスした雰囲気である。聞けば「いま、スペインでバカンス中」なのだという。しかしよく話を聞くと、バカンスというのではなく、ベルリンとスペインの二重生活を送っているようなのだ。そういえばCovid-19禍初期の2020年にソニック・ブームにインタヴューした際、彼もいまはイギリスを離れてポルトガルに暮らしているという話を聴いたことを思い出した。南欧はいま、音楽的に注目のスポットということなのか。

社会が必要な人間と不必要な人間に分けられたように、僕も自分のカタログを「人が聴いてもいい、良い曲」と「そうじゃない曲」に分けることにした。〔……〕過去の古いハードディスクは取り外して、ゴミ箱に捨てられるんだ。

もうCovid-19はすっかり日常の風景になってしまった観もありますが、ベルリンの生活の状況はどうですか?

ニルス・フラーム(Nils Frahm、以下NF):もう誰も気にしてないと思う。世界中の国と同じく、ドイツもロックダウンがあって、生活は大きく変わったりしたわけだけど、いまは僕が見る限り、誰も気にしていないし、口にもしない。まるでそんなことなかったかのようだ。自分でも驚いているよ。しばらくの間は世の中でCovid-19問題について考えることがいちばん大切なことのように思えたけど、いまはウクライナの戦争──ベルリンとは地理的にも近いし──ヨーロッパの猛暑への不満だったり……。人間っていうのは、同時にふたつのことしか心配できないんだ。三つ、四つと心配するのは不可能なのさ。

なるほど、優先順位が移ったということですね。

NF:優先順位、そう、まさにそれだよ。

いまのあなたの日常生活はどんな感じですか? 音楽制作については後でたくさん話してもらうと思うので、音楽制作以外で、パンデミックはどのような影響、もしくは変化をあなたにもたらしましたか?

NF:自分のスタジオがあり、楽器もあり、アイディアは頭の中にあるので、仕事はそのまま続けられたわけだけど、以前のように演奏するモチベーションが持てなかったね。以前はアスリートのように音楽に取り組んでいたんだと思う。世界のすべてのものごとがすごいスピードで動いていて、自分もそれに慣れていたんだよ。それが突然、文化もコンサートも不必要なものになってしまった。コロナ禍になって最初のころさかんに論議されたのは、社会生活にとって必要で重要で意味ある仕事──例えば消防士、警官、医療関係者、食料品店など(いわゆるエッセンシャルワーカー)──と、それ以外の無用で無意味な仕事という線引きだ。前者の人間はずっと仕事をしつづけられたが、後者の人間はなにもできなくなった。僕の友人のほとんどはアーティストや文化系の仕事をしてるので、みんな無意味な人間になっちゃったのさ。そのことについてはいまだに考えるよ。実際、アートも音楽も無意味なのかもしれない。将来、世の中にとって意味あるものは、食料と兵器だけになってしまうのかもしれない。

今回の新作の前に、あなたはまず昨年2021年に、2009年に制作されながらリリースされていなかった『Graz』、2009年から2021年までに制作されたピアノ・ソロを23曲も集めた大作『Old Friends New Friends』をリリースし、今年に入るとファースト・アルバム『Streichelfisch』、セカンド・アルバム『Electric Piano』という、〈Erased Tapes〉レーベルからリリースする以前の2枚の作品をあなた自身のレーベル〈Leiter〉からリイシューし、また過去のEPと未発表曲からなるコンピレーション・アルバム『Durton』をリリースするなど、Covid-19時代になって過去の音源に再び向き合う姿勢を見せました。もちろんCovid-19によるロックダウンで外に出られない日々が長く続いたということもあるのでしょうが、これらのリリースは、あなたにとってどういう意味がありましたか?

NF:君が言うように、時間がたっぷりあったし、他に何をしていいのかも確かじゃなかった……というか、再び音楽を作るのかどうかもわからなかった。もしこの先音楽がなくなって、農家か警官か兵士になったとしたら、僕はもうカタログの心配をしなくてよくなるわけだよね。それで、社会が必要な人間と不必要な人間に分けられたように、僕も自分のカタログを「人が聴いてもいい、良い曲」と「そうじゃない曲」に分けることにした。20年間で作った全作品を聴き直し、『Graz』『Empty』『Old Friends New Friends』などをリリースし、同時にそれ以外の曲をすべて削除したんだ。いまはもう何も隠しているものはないよ。これですべてだ。おそらく僕は線を引きたかったんだと思う。ひとつの時代を終え、決して振り返らない。いま現在の僕の脳と耳で決めたんだから、もう心配はしないよ。将来、「もしかしてニルスはいいものを作っておきながら、リリースせずに隠してるんじゃないか?」と思って、僕のハードディスクを見られたとしても、良いものはなにも残ってないんだ。過去の古いハードディスクは取り外して、ゴミ箱に捨てられるんだ。


©LEITER

僕はアルバムをハンバーガーを売るように売ってるわけじゃないし、金を儲けるために作ってるわけでもない。もし金を儲けたければ、金融取引とか広告業界とかNFTとか暗号通貨とか、音楽以外の職についているよ。

私はあなたの音楽をデビュー時から聴いていて、10数年でゆっくりとあなたが変わっていく様を見届けてきました。そんな私ですら、あなたの音楽はリリースされるたびに毎回変化を遂げていて驚かされているというのに、これらのリイシューによって、あなたを新しく「発見」したリスナーにとっては、極めて短期間にあなたの歩みと変遷を経験したわけです。新しいリスナーにしてみれば「Nils Frahmっていったいどういうアーティストなんだ?」と驚いたのではないでしょうか?

NF:確かに、新しいリスナーの入口としては難しいのかもしれないね。あまりにもたくさんの音楽があって「自分の好きな曲はどれだ?」と選ぶことからスタートしなくちゃならない。でもね、正直に言うけど、人はもうアルバムなんて聞いちゃいないよ。Spotifyに行ってその中の4、5曲だけを聴くか、プレイリストに入っていたから聴くというだけで、アルバム全部を聴く人はごくわずかだ。それはたぶん日本人のリスナーだろうね(笑)。だから僕は自分の音楽があるスペースを作った。そこから好きにプレイリストに入れる曲を選んでくれればいい。僕はそれで構わない。つねに思ってきたことなんだが、僕がいつそのアルバムをリリースしたかなんていう情報は実はあまり重要じゃないんだ。例えば『Screws』をリリースしたのは2011年だけど、あれを2022年のいま、初めて見つけて聴いて「私のお気に入りのアルバムだ」と言ってくれる人がいるわけだよ。自分が好きだと思えるものを見つけるのに、10年かかる人だっているんだ。『Spaces』は2013年に作ったが、今年あれを買って、新しい音楽として聴いてくれる人もいる。だから短期間で数多くの作品を出すことは、いまは少し人を混乱させることかもしれないと思ったが、10年後には誰も気にしないし、覚えてもいないと思ったのさ。

先程、「ひとつの時代を終える」とおっしゃっていましたが、では新作『Music for Animals』は新しいチャプターのはじまりだということでしょうか?

NF:ああ、その通りだよ。これは作るつもりはなかったが、あまりにも時間があったので、できたアルバムなんだ。ニーナ(ニルスの妻)がグラスハーモニカを弾いているのは、ロックダウンで会える人が一緒に住んでる人だけだったからだよ。アルバムが持つテーマや作られた状況は、歴史が一旦(コロナによって)切り離された状況と一緒なんだ。パンデミック以前のキャリアと、パンデミック以降のキャリア、と言っていいよ。

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人間ではなく、まるでエイリアンが作ったかのような、もしくは自然が作ったかのような音楽、というのかな。西洋の感覚でいう “エゴ” のないものにしたかった。〔……〕僕を通り越して、僕がそこに介在しないものにしたかったんだ。

『Music for Animals』は、実に3時間以上に及ぶ長大な作品になりました。しかもトラックは10個しかないのに、です。これまであなたの作品は一部を除けば10分を超える曲はほとんどなく、どれも5分前後のコンパクトな曲が多かった。しかし今回のアルバムは、なかには30分に近い長大な曲もいくつかありますね。このような長時間をあなたの曲が必要とするようになったのはどういうことを意味しているのでしょうか。

NF:長い曲である必要はなかったし、全部の曲の短いヴァージョンを作ることもできたんだけど、それでは真実を隠すことになると思ったのさ。僕はスタジオで曲を書きはじめ、セッションをはじめ、ある程度時間がたったところでようやく「いま、自分がいいと思える方に曲をナビゲートできているな」と感じるわけ。だから曲の最初と最後はあまり気に入ってなかったりする。これまでのアルバムの曲は、そういった良くない部分を全部カットしたヴァージョンだったわけさ。初期のころの自分は、曲を聴き直しては「これでは長すぎる、短くしなきゃ」と思い、曲を短くすることが恒例になってしまったんだ。曲を書いたら手はじめに「長すぎると思われないように、どう短くするか」を考える、というようにね。でも本来、自分のために曲を演奏しているときは──今回はニーナと一緒だったけど──これだけの長さだったというのが真相なんだ。『Music For Animals』の曲はどれもライヴ・インプロヴィゼーションだ。譜面を書いて演奏したわけではなく、スタジオに入り、演奏した。ライヴ・コンサートを聴いてもらっているようなものさ。テンポもペースも演奏されたまま。それを切り取ってしまいたくないな、と感じたのさ。短くしてもよかったけど、そうしたら何かが欠けてしまったかもしれないわけだからね。

なるほど。さきほど、人はアルバムを聴かないと言ってましたね。確かに聞き手はイントロを数秒聴いて次の曲にスキップ、というようなことを普通におこなうようになりました。そんななか、あなたが今回そういったアルバムをあえて作った、というのは何か意図があったのでしょうか?

NF:僕はアルバムをハンバーガーを売るように売ってるわけじゃないし、金を儲けるために作ってるわけでもない。もし金を儲けたければ、金融取引とか広告業界とかNFTとか暗号通貨とか、音楽以外の職についているよ。もしアーティスト──なんていうものがまだ存在するのなら──僕らは生きている時代を反映させたアートを作るべきだと思う。僕らはみんな、急がされ、あわただしく、不安とストレスと恐怖の中、友人とか愛といったものの欠如、時間を無駄にしていることへの恐れを感じながら生きている。『Music For Animals』で僕が言っているのはそういうことだよ。いま、僕らの周囲で起きていることへの僕なりのステイトメント。Spotifyのような配信サービスでアーティストはより短い曲を作るように促される。2分聴いて、もう一度聴かれれば、その分印税が入るし、短ければプレイリストに入れるのにも楽で、プレイリストが何度もストリーミングされ……。30秒でその曲全部のクレジットをもらえるという、変なルールがあるのさ。つまり2分の曲でも20分でも同じ。だから皆、短い曲をたくさん作る。でも僕は思うんだけど、お金は決して最高のコンポーザーじゃない。最高のアーティストでもない。もちろん、お金がインスピレーションを生むことはあると思う。誤解しないで、お金は存続するためには必要なものだ。ただし、僕はミュージシャンにはキャリアやお金の心配はしないで、作りたい音楽を作れ、と言いたいんだ。僕の作る音楽を聴いて、何かを感じてくれている人もいるわけだから、みんながそれを実践すればいいんだと言いたい。妥協するなってことさ。『Music For Animals』は確かに長いアルバムだし、誰もやったことがないかもしれないけど、やることは可能なんだ。好きになってくれても、嫌ってくれてもいい。論議を呼ぶかもしれない。だってアルバムの中にはなんにもないんだ。あるのはサウンドとループだけ。でも、もしかしたらそこに心の声を見つける人がいるかもしれない。能動的なリスニング体験をすることで、初めて音楽を好きになるかもしれない。能動的に音楽を聴くというのは、すなわち曲を聴きながら、曲をコンポーズするのと同じことだ。たいがいの曲は120%完成したコンパクトな形でリスナーに届くから、リスナーは何もすることがない。イベントが次々起こるようなものだ。でも僕は曲の半分しか外に出さない。残りの半分は中に留まったまま。リスナーの天才的な心がそれを見つけ出してくれると思ってるんだ。しかも毎回違う結果を伴ってね。『Music For Animals』は、音楽にやるべきことをやらせる、一種の実験なんだ。コンポーザーはそこには介在せず、音楽に人間が及ぼすインパクトをすべて排除した。人間ではなく、まるでエイリアンが作ったかのような、もしくは自然が作ったかのような音楽、というのかな。西洋の感覚でいう “エゴ” のないものにしたかった。たいていの、いや、すべてのコンポーザーは、自分の書く音楽に自分自身が現れるものだ。彼らの体験や視点が、彼らが外に出すもの、つまり音楽の基本を形成している。でも僕はそうじゃなくて、僕を通り越して、僕がそこに介在しないものにしたかったんだ。

人が自分の息よりも長い音を出すには、息を吸い込まなければならない。でも吸い込む息のないサウンド、吐き出す息しかないサウンドを出す楽器は、ある種の神のようなものなんだ。僕らの知ることを超えているという意味で、神に近い。

今回はピアノを使ってませんね。そもそもあなたの音楽にはいつもアコースティック・ピアノというイメージがありました。ましてあなたは2015年からはじまったイベント《Piano Day》の創立者でもあります。そんなあなたがピアノという楽器から離れようとしたのはどういう理由があったのでしょうか。

NF:特別な理由があったわけじゃない。エゴを排除したアルバムというコンセプトに、ピアノはそぐわなかっただけだ。ピアノというのは人間の声のようであることも多く、エゴのない形は難しい。それをやろうとするとハロルド・バッドブライアン・イーノのようになってしまう。ハロルド・バッドがやってたのは、ピアノをウィンドチャイムのように弾くということだ。ウィンドチャイムは風に揺られて音が出る。自分から音を出しているわけではない。そこにエゴはない。アンビエント・ミュージックだ。基本的には12音技法、もしくはセリエル音楽と同じで、12の音すべてに同等の意味や重要性がある。そこから、正しくない音を省いていく。そういう音楽を聴き、自分でも試そうとしたことがあるけど、どうしても他のコンポーザーが書いた曲のようになってしまうんだ。ハロルド・バッドや他の好きなコンポーザーのようにね。それは僕がすでに知っていることなので、僕が望むのはこれではないと思ったんだ。

グラスハーモニカの話が先ほど出ましたが、この楽器は、18世紀に発明され、その後爆発的人気を博しながらも健康障害を引き起こすという噂が広がって一時廃れ、近年また脚光を浴びたそうですね。発明したベンジャミン・フランクリンが「天使の声」と形容したとも聞いています。あなたはどうしてこの楽器に着目されたのですか?

NF:人間の息の長さよりも長い音を出せる楽器というのは、そういくつもないんだ。例えばトランペットも長い音を出せるが、いずれは息が切れて音は止まるよね。でも世界中、スピリチュアル・ミュージックには無限の音を出せる楽器が必要とされる。インド音楽には手動オルガンのハルモニウムがあり、楽器にふいごで空気を送り込むことによって永遠に続く音を作り出せるんだ。それは一種の宇宙だ。普通、音は自然や地球から生まれ、そこで終わる、それが現実というものだ。すべての音にははじまりと終わりがある。でもスピリチュアルでコズミックな音には終わりがない。ドローンのように。海の音のように。吹き続ける風のように。西洋の伝統には教会のオルガン(パイプオルガン)があるが、あれも永遠に音を続かせることができる。人が自分の息よりも長い音を出すには、息を吸い込まなければならない。でも吸い込む息のないサウンド、吐き出す息しかないサウンドを出す楽器は、ある種の神のようなものなんだ。僕らの知ることを超えているという意味で、神に近い。ヴァイオリンも長い音を出せるが、それでも弓を返す時に音はどうしても途切れてしまう。継続する音を出せる楽器はごくわずかなんだ。グラスハーモニカはそのひとつ。シンセサイザーもそうだね。


©LEITER

人間だって、結局は動物。僕らは動物という家族の一員だ。これは人間から生まれた音楽でもないし、人間のための音楽でもない。

収録曲のタイトルについて。「動物のための音楽」と言う割には、動物の名前は「犬」「ムール貝」、「かもめ」、「羊」と、最初の4曲にしか使われていませんね。強いて言うなら9曲目の「レモン」も動物のひとつに入るでしょうか……

NF:いや、レモンは動物じゃないよ(笑)。

ですね(笑)。それ以外の曲も含め、どうしてこういうタイトルにしたのか、理由を聞かせてください。

NF:インストゥルメンタルの曲のタイトル選びっていうのは、一種のジョークのようなもので……。歌詞がないわけだから、何かしらの名前をつけなきゃならない。新しい猫を2匹家に迎えたら、「なんて呼ぼう?」と考えて、名前をつけるのと同じ。僕としては笑えるタイトルが好きなんだ。だって曲を作るプロセス自体が楽しいわけだからね。タイトルによって曲の雰囲気に何かが加わることもあるので、繊細な曲を、例えば「レモンの日」、もしくは「ムール貝の記憶」と呼ぶことで、その曲自体が少し変わってくることもある。タイトルをどうするかは、決して5分で決めるようなことはせず、しばらく考えるけれど、タイトルがすごく重要だとは思っていないんだよね。「Music For Animals」も僕とニーナの頭の中では、ずっと仮のタイトルだったんだ。今回はロックダウン中だったから友人に聴かせることもしなかったので、聴いているのは僕らと猫2匹と犬だけ。彼らは音楽を聴きながら、寝たり、リラックスしているようだった。というか、他の音楽を聴いているときより、ぐっすりと眠っていたんだ。実際、猫と犬でテストをしたんだけど、僕らの音楽はリラックスにいい効果があったみたいだよ。人間だって、結局は動物。僕らは動物という家族の一員だ。これは人間から生まれた音楽でもないし、人間のための音楽でもない。パンデミック中に起きていたいろいろなドラマはちょっと僕にはトゥー・マッチなところもあったし、さまざまな決断が知らぬ間に勝手にされていることに、僕自身「いまの時点で、僕は人間が嫌いだ」という思いになったりもしていたんだ。だから動物のためにアルバムを作りたいな、とね。

アルバムのジャケットについてですが、デザインはお父さんのクラウス・フラームによるもので、色使いも含めてとてもシンプルながら光を感じるいいデザインだと思います。このデザインの意味するところをあなたはどう見ていますか? そういえば、左側に文字、右に写真というデザインは、2022年に出た『Durton』と『Old Friends New Friends』、リイシュー版のファースト『Streichelfisch』にも共通していることに気がつきました。これらはあなた自身の希望も反映されているのでしょうか?

NF:ああ、シンプルなアルバム・ジャケットは、僕にとっては意味があるし、目的に適っている。まずアーティスト名は表ジャケットに載ってなきゃだめだ。ここ10〜20年くらい、表ジャケットは写真だけで何も文字を入れないというのが流行りになってたけど、僕はアーティストが誰なのかを知りたい。レコード店でレコードを探すときに写真だけのジャケットは本当に苦労するんだ。レコードの中身は好きなことをやっていいけど、ジャケットに関しては見た目重視のひとりよがりなエゴマニアにならないでくれ! と言いたいね。ジャケットもそうだし、レコード盤にも、必要な情報が全部載っていることが重要なんだ。ちゃんとSide A、Side Bと書いてくれ。曲目も、大きい字で、裏ジャケットにも読める字で書いてくれ! アートに終わりはない、と言わんばかりのジャケットにはうんざりなんだよ。いまはアナログ盤が一種のアーティスティックなステートメントになってしまっているけど、かつてはただ必要な情報を提供するものだった。昔のジャケットから学ぶべきだと思う。レコード店で見やすいように、左の上に名前を書く。下だと探しづらいだろ? 僕の作品のアートワークがどれも似ているのは、正解はこれしかないからなのさ。それにこのストラクチャーが決まっていれば、毎回「ジャケットをどうしよう?」と頭を悩ませて、いかにクレイジーな新しいことを試すか、ということをしなくて済むしね。

2023年にはライヴが予定されているとのことですが、このアルバムの曲を丸ごとライヴで演奏するのでしょうか? それとも何曲かピックアップして、あとは既存曲を演奏するとか?

NF:確かに『Music For Animals』はライヴ向きのアルバムではないかもね。スローすぎるし、皆を眠らせてしまう。なので、何曲かを新たにライヴ・ヴァージョンとして書き変えようと思っているよ。ニーナがツアーには同行しないので、グラスハーモニカもない。まあ、これはもともと音量が小さい楽器なので、エレクトロニックなライヴでは使えないんだ。他にもいろいろとライヴ・プロジェクトにするにあたっては制約があるアルバムなので、これまでとはまったく違うものをライヴ用に作る予定だ。考えてみればバカな話さ。たいていの場合、アルバムを作ったらそこで仕事はひとつ終えるわけだから、あとはそれをライヴでパフォーマンスするだけだ。ところが今回はライヴに必要なプラスアルファの仕事をこれからしようと思ってるんだからね。昔からレコードを作るときはレコードを作り、ライヴをするときはライヴをやる、という気持ちでやってきた。ライヴ体験のためにはすべてを変えることもある。家で料理したり、パーティーをしながら聴くのに適した良いレコードを作るのとはまったく違うチャレンジだからね。ライヴにはもっとダイナミクスが要求される。それをレコードでやってしまうと、音が大きな箇所にくると、会話が聞こえないからと言って音量を下げられてしまい、そのままずっと小さな音で聴かれることになる。家で聴くのと、ライヴは、まるで違う体験なんだよ。

奥さんは同行しないとのことですが、他にミュージシャンは?

NF:今回は僕ひとりだ。将来的には他のミュージシャンを連れて、ということもあるかもしれないが、今回はひとりでやる予定だよ。

まだ日本公演の予定は立てられないかもしれませんが、2013年、2018年に続く来日公演を楽しみにしています。

NF:(笑顔)

街に溢れる最新のiPhoneもソフトウェアも、NFTも暗号なんちゃらもね……僕にはすべてひどい間違いであるように思えるし、その片棒を担がされたくない。僕が唯一興味あるのは、過去を一度振り返って、どこで人間は間違った道を選んだのか、それを話し合うこと。5千年前だったのか、2千年前だったのか……

最後に、あなたがこのCovid-19時代に新しくのめり込んだもの、興味を持ったものについて教えてください。音楽でもいいし、本、思想などなんでも。

NF:ここ最近はスペインで暮らす時間が増え、ベルリンに戻るのは仕事のときだけになった。スペインでは家の外に出て、木を切ったり、動物や植物を相手に自分の手で作業したり、自分たちの食べるものを育てたりしているよ。僕はこれまでずっとスタジオで暮らしてきたけど、太陽の下、自然の中で過ごし、「生きているもの」からなにかを学べるのはいいことだね。楽器にしても、ケーブルにしても、スタジオの中にあるものはすべて「死んだ金属」「死んでいるもの」だ。僕がスタジオを留守にしても成長したりしない。埃を集めて、壊れるだけ。ずっとつねに死んだものに囲まれてきているから、それを変えたいと思ったんだ。イノベーションとか最新のものに、なんだか疲れてしまってる……。街に溢れる最新のiPhoneもソフトウェアも、NFTも暗号なんちゃらもね……僕にはすべてひどい間違いであるように思えるし、その片棒を担がされたくない。僕が唯一興味あるのは、過去を一度振り返って、どこで人間は間違った道を選んだのか、それを話し合うこと。5千年前だったのか、2千年前だったのか……どうやって、ゆっくりと時代を戻って行けばいいのか? そもそもそんなことが可能なのか(笑)? そして実際、何が大切なことなのか? もしかするとそれはオールドスクールと呼ばれることなのかもしれない。たとえば、人間が必要な食糧を機械をいっさい使わずに作ることを考えてみて。トラクターも、エンジンもなく、インフラも、チェーンソーもなしに、すべて人間の手と力と頭だけで作る。それこそ、もっともエキサイティングなことじゃないかな? 人間は全部忘れてしまったんだよ。新しいものに流され、古いもの、良いものを忘れてしまった。でも僕はそこに興味がある。そこにこそ、人間のindependency(他人、相手の影響から自由になる)がある。僕らは忘れてしまってるんだ。あの最新マシンがすごい、この技術が!……と将来だけに目を向けているとき、人間はindependent(自主的、独立)ではなくなる。大きな間違いだと思うよ。早く過去を振り返って学ばないと。先延ばしにして、ハイテク化がもっと進んでしまったら、重要な根本を見直すのがより難しくなる。だからいまは、昔ながらの木や動物を育てる技術に、僕はより夢中なんだ。

さっき猫2匹、犬1匹、他の動物と言ってましたけど、本当に動物を飼ってるんですね?

NF:羊2頭と鶏がいるよ。そんな多くないけどね。趣味の領域だよ。でも僕らがみんなどこからやってきたか、それを感じるには十分なんだ。

Jun Togawa - ele-king

 実は今月、電話インタヴューをさせていただいています。その内容とともに、「2022・秋の戸川純!」をまとめてお知らせする予定でしたが、その予告編としての告知をお送りします!
(インタヴューは3月のライブで体調を崩したあと、プールに行ったこと、YouTubeの人生相談、コロナ時代のライヴの話、歌詞の話など盛りだくさんなので、必ず追って掲載しますので乞うご期待を!)

まず日野フェスです。
「日野フェス~日野日出志 画業55周年記念」Spotify O-EAST公演

戸川純、石野卓球、人間椅子という、思わず唸らせられる面子のイベントが、なんとあの国葬の夜に行われます。生と死の際を時に悲壮に、同時にコミカルに歌っている戸川純とさまざまな2022年が交錯する夜、と意外に言えようか。
詳しくは
https://shibuya-o.com/east/schedule/

10月10日もフェスです。
大阪Voxxで行われる大久保千代太夫一座のイベント「寺山習字朗読劇&千代フェス」に戸川純avecおおくぼけいで出演。
https://teket.jp/804/15405/20936/order?ticket_type=0
おおくぼけいのピアノで戸川純が歌うステージを間近に浴びられるのがこのユニット。思春期から老年期、あるいはもっと遠くからの女性たちの人生が七転八倒転がり回り、羽根のように軽やかに漂うようなライブを久々に聴きたい! 

10月16日
同じく戸川純avecおおくぼけい公演が、おなじみ南青山マンダラで。
そういうことで、戸川純avecおおくぼけいはバンドとはまた違う、歌手戸川純、さらには女優戸川純を彷彿させることでしょう。
https://tiget.net/events/203551

10月22日
北九州市の高塔山ロックフェス2022

https://www.takatouyama.rocks
北九州ときたらシーナ&ロケッツですが、戸川純もやります! ストーリーミングもあり!

Fontaines D.C. - ele-king

 ザ・スミスが引き合いに出されるなど、サウンドのみならずその文学性も称賛されているダブリンのバンド、4月にリリースしたサード・アルバム『Skinty Fia』がそれはもう高い評価を獲得しているザ・フォンテインズD.C.。残念なことにフジロックへの出演がキャンセルとなっていた彼らだが、ここへ来て一陽来復、あらためて初来日公演がアナウンスされている。来年2023年の2月、大阪(梅田 CLUB QUATTRO)と東京(Spotify O-EAST)の2か所を巡回。今日におけるインディ・ロック復権を担う5人組のパフォーマンスを、この目にしかと焼きつけるまたとないチャンスだ。これは行くしかないでしょう。

ニュー・アルバム『SKINTY FIA(スキンティ・フィア)』がUKアルバム・チャート1位、を獲得。
2022年を象徴するロック・バンドに成長したフォンテインズD.C.。
無念のフジロックのキャンセルを経て遂に初来日公演が決定!

『Japan Tour 2023』

FONTAINES D.C.

Fontaines D.C.はアイルランドのダブリン出身のポストパンク・バンド。2019年4月、デビュー・アルバム『Dogrel』をリリース。アルバムはNME(5/5)、The Guardian(5/5)、Pitchfork(8.0/10)と各メディアで高い評価を獲得。UKチャートの9位、アイルランド・チャートの4位を記録し、ツアーは軒並みソールド・アウト。Rolling Stone誌は「我々のお気に入りの新しいパンク・バンド」とバンドを絶賛。The Tonight Show with Jimmy Fallon にも出演し、アルバムはRough TradeとBBC 6Musicの年間ベスト・アルバムの1位を獲得。2019年のマーキュリー・プライズにもノミネートされた。2020年7月にはセカンド・アルバム『A Hero’s Death』をリリース。アルバムはUKチャートの2位、アイルランド・チャートの2位を獲得。アルバムは多くのメディアで年間ベスト・アルバムの1枚に選ばれ、第63回グラミー賞の「Best Rock Album」にもノミネートされた。また、2021年4月、バンドはブリット・アワードの「International Group」にもノミネートされた。アイルランドという自らのアイデンティティを問うサード・アルバム『スキンティ・フィア』はUKアルバム・チャート1位、アイルランド・アルバム・チャート1位を獲得し。待望の初来日公演が決定した!

2023年2月17日(金)大阪 梅田 CLUB QUATTRO

2023年2月18日(土)東京 Spotify O-EAST

(問)SMASH:https://smash-jpn.com/

2022.4.22 ON SALE[世界同時発売]

全英2位を記録しグラミー賞/ブリット・アワードにノミネートされた前作から2年、フォンテインズD.C.の新作が完成。
アイルランドという自らのアイデンティティを問うサード・アルバム『スキンティ・フィア』、リリース。

●プロデュース:ダン・キャリー

アーティスト:FONTAINES D.C.(フォンテインズD.C.)
タイトル:SKINTY FIA(スキンティ・フィア)
品番:PTKF3016-2J[CD]
定価:¥2,500+税
その他:世界同時発売、解説/歌詞/対訳付、日本盤ボーナス・トラック収録
発売元:ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ

収録曲目:
01. In ár gCroíthe go deo
02. Big Shot
03. How Cold Love Is
04. Jackie Down The Line
05. Bloomsday
06. Roman Holiday
07. The Couple Across The Way
08. Skinty Fia
09. I Love You
10. Nabokov
11. I Love You - Live at Alexandra Palace*

*Bonus Track

「Fontaines D.C.の最高傑作」- Rolling Stone ★★★★★
「インスタント・クラシック」- The Times ★★★★★
「息を呑むようなコレクション」- NME ★★★★★
「自分たちの進むべき道がはっきりしたバンド」- DIY ★★★★★
「Fontaines D.C.はここに留まるだけではなく、支配するためにここにいることを証明する」- The Line Of Best Fit (10/10)
「彼らはこれまでの最高傑作を作った」- Dork ★★★★★
「Fontaines D.C.はますます良くなっている」- The i Paper ★★★★★ (Album of the Week)
「この時代の最も重要なグループのもう一つの勝利」- Record Collector
「今世紀最もスリリングなギター・バンドの一つ」- Mr. Porter
「ファンタスティックなアルバム」– Uncut
「巨大なパワーと目的を持ったもうひとつの作品」- The Telegraph

NME (★★★★★)
DIY (★★★★★)
The Times (★★★★★)
Rolling Stone (★★★★★)
The i Paper (★★★★★)
Evening Standard (★★★★)
Daily Express (★★★★)
Daily Star (★★★★)
The Guardian (★★★★)
Upset (★★★★★)
Dork (★★★★★)
The Line of Best Fit (10/10)
Uncut (9/10)
Sunday Times Culture (★★★★ & Album of the Week)
Record Collector (★★★★)
MOJO (★★★★)
Loud and Quiet (9/10)
Louder Than War (9/10)
CLASH (8/10)
Gigwise (9/10)
Examiner (★★★★★)
Irish Times (★★★★)
Pitchfork (8/10)

●Fontaines D.C.はサード・アルバム『Skinty Fia』を2022年4月22日、Partisan Recordsよりリリースする。プロデューサーのDan Careyと3度目のタッグを組んだ『Skinty Fia』は、全英2位を記録し、BRIT Awards 2021(ブリット・アワード)とGRAMMY(グラミー)にノミネートされた2020年のセカンド・アルバム『A Hero's Death』に続く作品となる。バンドが最初に世界的な注目を集めたのは、2019年にリリースされたデビュー・アルバム『Dogrel』が、その年に最も高く評価された作品のひとつとなり、Mercury Music Prize(マーキュリー賞)のショートリストに選ばれた時だ。それ以来、彼らはここ数年で最も新鮮で刺激的な若いバンドの1つ、として認知されている。BRITS(Best International Group)、GRAMMY(Best Rock Album)、Ivor Novello Awards(Best Album)にノミネートされた後、バンドはパンデミックのロックダウンから戻り、『Skinty Fia』の作業を終える前に、ロンドンのAlexandra Palaceでのチケット1万枚全てをソールド・アウトさせた。『Skinty Fia』はアイルランド語で、英語に訳すと「the damnation of the deer(鹿の天罰)」となる。アルバムのカバーには、自然の生息地から連れてこられ、人工の赤い光に照らされた家の廊下に置き去りにされた鹿が描かれている。大きな鹿はアイルランドでは絶滅種であり、バンドのアイルランド・アイデンティティに対する考えは、『Skinty Fia』の中心をなす。『Dogrel』にはダブリンのキャラクター(「Boys In The Better Land」のタクシー運転手等)のスナップショットが散見され、『A Hero's Death』ではバンドがツアーで世界を回る中で感じた疎外感と断絶が記録されているが、Fontaines D.C.は『Skinty Fia』で、自分たちが新しい人生を別の場所で作り直す中、遠くからアイルランド性を訴えているのだ。D.C.は「Dublin City」の略で、故郷というものが体内に脈々と流れるバンドにとってのこのアルバムは、視野を広げる必要性と、残してきた土地と人々への愛情を解決しようとする姿を見せてくれるものである。『Skinty Fia』には『Dogrel』の荒々しいロックンロールや、『A Hero's Death』の荒涼とした雰囲気が存在する。しかし、三部作の三枚目となるこのアルバムは、より広大でシネマティックだ。Fontaines D.C.は常に進化を続けているバンドだ。結果、『Skinty Fia』には、移り変わるムード、驚くべき洞察力、成熟等が内包され、大きく感情移入できる作品へと仕上がった。

●Fontaines D.C.はアイルランドのダブリン出身のポストパンク・バンドだ。メンバーはCarlos O'Connell(g)、Conor Curley(g)、Conor Deegan III(b)、Grian Chatten(Vo)、Tom Coll(Dr)。5人がダブリンのミュージック・カレッジで出会い、バンドはスタートした。2019年4月、デビュー・アルバム『Dogrel』をリリース。アルバムはNME(5/5)、The Guardian(5/5)、Pitchfork(8.0/10)と各メディアで高い評価を獲得。UKチャートの9位、アイルランド・チャートの4位を記録し、ツアーは軒並みソールド・アウト。Rolling Stone誌は「我々のお気に入りの新しいパンク・バンド」とバンドを絶賛。The Tonight Show with Jimmy Fallon にも出演し、アルバムはRough TradeとBBC 6Musicの年間ベスト・アルバムの1位を獲得。2019年のマーキュリー・プライズにもノミネートされた。2020年7月にはセカンド・アルバム『A Hero’s Death』をリリース。アルバムはUKチャートの2位(1位はTaylor Swift)、アイルランド・チャートの2位を獲得。アルバムは多くのメディアで年間ベスト・アルバムの1枚に選ばれ、第63回グラミー賞の「Best Rock Album」にもノミネートされた。また、2021年4月、バンドはブリット・アワードの「International Group」にもノミネートされた。

■More info: https://bignothing.net/fontainesdc.html

Kendrick Lamar - ele-king

はっきりさせておきたい。私たちがラッパーに求めるのは、政治的な一貫性、明快さ、方向性、指示などではなく、むしろ肌の色を超えたアメリカの日常生活の当たり前の泡沫の表面に、目に見える分裂病の亀裂を生み出している精神的圧力の本質なのだ。
——グレッグ・テイト

 BLM熱の余韻がまだ残る昨年の7月、『The New Yorker』に掲載されたイシュメール・リードの長いインタヴュー記事において、彼は現代の反レイシズムを「新しいヨガ」と、反骨とユーモアの作家に相応しい言葉で揶揄している。1938年生まれ、マルコムXにインタヴューしたことで60年代はNYに移住、しかしブラック・ナショナリズムともブラック・アーツ・ムーヴメントとも袂を分かち、黒人男性は暴君だというステレオタイプとも、カーセラル・フェミニズムとも闘ってきたこの一匹狼は、BLMによって非黒人社会に広がった「黒人を知りましょう」的な空気がどうにも気に入らない。そういえば、ケンドリック・ラマーの5月にリリースされた『ミスター・モラル&ザ・ビッグ・ステッパーズ』にも、「黒人のトラウマの何がわかるって言うんだ?」という言葉があった。

 じつを言えば本作のレヴューは、夏前にほとんど書いている。が、途中で煮詰まって、自分でもいまいちだと放置したままになっていた。それがいまこうして最後まで書こうとしているのは、ほんの数日前、三田格とケイトリン・アウレリア・スミスの新作の話題からなぜかケンドリックへと転じ、彼から最後まで書くよう言われたからという、ただそれだけのことだったりする。(たしかに今年の重要作ではあるし、レヴューしない手はないのだが)
 リリースからはもう4か月も経っているので、プロダクションに関する詳しい内容はすっ飛ばしてもいいだろう。手短に言っておけば、二部構成になっていて、ぼくには長すぎるアルバムだが、ラマーらしいファンクとソウルあるいはジャズの折衷に加え、ストリングスやピアノを活かしながら実験的なサウンドにも挑戦している。多彩な音楽性と連動するラマーの幅広い魅力が詰まった野心作だ。高速ドラムとファスト・ラップの“United In Grief”、あまりにもリズミカルな男女の口喧嘩“We Cry Together”がとくに気に入っているが、良い曲はたくさんある(なにせ20曲近くあるのだ)。ゴーストフェイスキラーが登場する“Purple Hearts”の引き締まったリズムとメロウなライムや、ポーティスヘッドのベス・ギブソンをフィーチャーした“Mother I Sober”が今回の目玉であることはいまさら言うまでもないだろうが、いまあらためてここで強調したいのは、先行公開された“The Heart Part 5”のMVだ。マーヴィン・ゲイの人気曲“I Want You”の大胆なサンプリングからはじまるこのファンクに合わせて、憂鬱な表情をしたラマーが最高に格好いいラップを披露するその映像はじつに興味深い。よく見るとラマーの顔は、カニエ・ウェストやウィル・スミス、射殺されたニプシー・ハッスルや悪名高きO.J.シンプソンなど、言うなればスキャンダルにまみれた過去を持ち、公にバッシングされた黒人男性セレブの顔に変幻する。

 ぼくがこのレヴューを煮詰まった理由のひとつは、コダック・ブラックの起用をどう評価したらいいのかわからなかったことにある。じっさい、英米のレヴューでは彼の参加がアルバムの評価を二分する大きな要因となっているわけだが、レイプや暴行などの容疑で逮捕されトランプによって減刑されたラッパーに関する知識がぼくにはない。ただ、『The New Yorker』のレヴューがいうように、この起用が「もっとも人目を惹くリベラルに対す挑発」だとしたら、それそれでポリティカル・コレクトネスに対しラマーの投げた問題提起として考える価値は、充分にある。
 それにまた本作には、同紙が言うように“Alright ”がプロテストソングとして採用され、2020年のブラック・ライヴズ・マターのデモの際にラマーが沈黙したとされることへの反発もあると思う。そういう意味では自分への評価に対してもラマーは疑いを見せてもいるわけだ(それが、自らの過去の欠点や汚点を赤裸々に陳述していることにも、自分は救世主ではない発言にも連なっているのだろう)。だいたい“Savior”において、黒人活動家よりも自分はコダック・ブラック派だという煽りは、友情というか今回のアルバムにおける“個人に立ち返ることで社会を見る”というアプローチにも関わっている話だが、意味を汲み取ればずいぶん勇気ある発言だ。しかもその後のライヴでラマーはコダック・ブラックをステージに上げているのだから、これは“挑発”以上の何かである(アメリカにおけるキャンセル・カルチャーは、日本よりもはるかに強烈だと聞いている。いまもっとも評価の高いアーティストがそれに抗うことは、それなりに意味があろう)。
 しかしながらコダック・ブラックの起用に関しては、『Wire』などははっきりと失意を述べているのだが(いわく「信頼していた友人と仲違いしてしまったような気分」)、多くのレヴューに見られる「天才」「ピューリッツァー賞」*という面白味のない賞賛よりは、今作について部分的には批判を向けているそれのほうが、作品を深く理解する上では役に立った。もっともピッチフォークのレヴューが「ケンドリックは明らかにリスナーを困らせることに喜びを感じている」というように、『ミスター・モラル〜』はなんとも捉えどころのない作品だとぼくも思う。もちろんラマーが意図的にそうしたという可能性も決して低くはない。ただでさえ曲数が多いうえに、自己解放であり社会批評でもあり挑発でもあり……この時代の、とくにSNS上で好まれるトピックにいちいち対応した孤独な独白めいている。
 売れれば売れるほどブルーズが歌えると言ったのはジミ・ヘンドリックスだが、ラマーもいまその真っ直中にいるのかもしれない。これは、人生の成功者が勝ちどきを上げている作品なんかではないことはたしかだ。ポップスターの内的葛藤に同情するほど感情移入していないリスナーにとっては、それはどうでもいい話なのかもしれないけれど、BLMの主宰者の金銭スキャンダルが報じられ、抗議運動の熱もいつしか冷めていったかに見える今日において、個人に立ち返ったケンドリック・ラマーのやり方は少なくとも誠実な選択だったのだろうし、アルバムはこの時代の(そして多分にSNS上の)喧々がくがくたる混乱と苦い思いをある意味巧妙に表現してしまっている。もっとも抗議運動のその後については、(それを反植民地主義へと転化させた)UKでは以前として継承されていると聞くし、アメリカにだって気骨ある反レイシズムは絶対に活きている。たんに「新しいヨガ」として騒いだ連中がいなくなったと、それだけの話なのだ。


* ピューリッツァー賞のはじまりは20世紀初頭だが、ラマーが前作『DAMN』で受賞したその音楽部門において、1965年に審査委員会がデューク・エリントンを賞にとって初めてのジャズ音楽家であり黒人受賞者として推薦した際、理事会はそれを却下したという汚点がある(ちなみに黒人ジャズ・ミュージシャンが最初に受賞するのは1997年のウィントン・マルサリスの『ブラッド・オン・ザ・フィールズ』まで待たなければならなかった。つまり、マイルスやコルトレーンでさえ受賞したことはない!)。近年はあの悪名高きIOCでさえ、ジム・ソープの1912年のオリンピック金メダルをあらためて授与したこともあって(ネイティヴの血を引くソープの記録は当時は無効にされた)、今年はデューク・エリントンにピューリッツァー賞を与えよという署名運動が起きている。ちなみにその署名者のなかには、スティーヴ・ライヒとテリー・ライリーの名もあったことをここに付記しておこう。

interview with Danger Mouse - ele-king

 それは間違いなく事件だった。ジェイZの『The Black Album』(2003)のリミックスを、あろうことかビートルズの『The Beatles (White Album)』(1968)からのサンプルで制作するという企みは『The Grey Album』(2004)というネット上で流通する作品の形で結実した。その首謀者はデンジャー・マウスという人を食ったような名前をまといキャラ立ちしたプロデューサーだった。ポール・マッカートニーにさえ歓迎されながらも音源使用クリアランスの問題で決して正式にはリリースされないそのスキャンダラスな作品は、ヒップホップにおけるサンプリングというアートフォームの可能性と限界を同時に指し示すものだった。

そしていま約20年の時を経て、マルチプレイヤーとして、プロデューサーとして多くの経験を積んだデンジャー・マウスが、ヒップホップ史上最高のMCのひとりであるブラック・ソートとタッグを組み、再びサンプリングというアートフォームに向き合った作品をリリースした。音声やリズム面の快楽を撒き散らしながらもパズルのように絡まり合う意味をほどいていく面白さを教えてくれるブラック・ソートのリリックと、これまでになくエモーショナルで映像を喚起させるようなデンジャー・マウスのビートの相乗効果は凄まじく、現行のヒップホップ・シーンで盛り上がりを見せるブーンバップ・ルネッサンスに一石を投じる作品となった。『Cheat Codes』と名付けられたこの傑作の成り立ちについて、デンジャー・マウスその人に話を聞いた。

僕が今回求めていたのは、メランコリーでドラマティックなサウンド。

おふたりが出会ってから約20年越しのアルバム完成ということですが、なぜ、どのようにしてこのタイミングでアルバムの共作となったのでしょう?

DM:僕たちが出会ったのは2005年。最初に出会った場所はスタジオで、一緒に音楽やアルバムを作れたらいいねという話になって、そのあとしばらくしてからアイディアをいくつかレコーディングしたんだ。レコーディングしたものは、すごくクールで良かったんだけど、そこからもっと踏み込むつもりで少し寝かせていたら、ふたつのことが起こってしまってね。ひとつはナールズ・バークレイ(Gnarls Barkley)。そしてもうひとつは、タリク(Black Thought)がザ・ルーツの活動で忙しくなったから、お互いに時間がなくなってしまったんだ。で、そこから何年も経って、2010年か2011年にまた会って一緒に曲を作ったんだけど、そのあとまた忙しくなり、またそこから時間が経って、2017年か18年に電話で話した。そのときに、やっぱりどうしてもアルバムを完成させたいという話になって、電話をした2日後くらいにスタジオに入って、制作をはじめて、このアルバムができ上がったんだ。

楽曲の制作プロセスを教えてください。まずあなたがビートを作り、タリクがリリックを書いてレコーディングしていったのでしょうか? 特に普通ではないプロセスで生まれた曲があれば教えてください。

DM:まず僕が、ビートを含めいろいろな種類の音を作って、タリクが朝に僕の家に来て、僕が作ったビートを聴いて、彼がその中から選んだものを使って僕が音楽を書きプレイして、彼がリリックを書き、それをレコーディングした。アルバムのほとんどは、そのプロセスででき上がったんだ。コロナがあったから、ゲストの何人かは一緒にレコーディングできずに別々でレコーディングした曲もあったけど、それはコロナ禍でなくてもあることだから、普通でないとまではいえないかな。エイサップ・ロッキーは一緒にレコーディングしたけど、ラン・ザ・ジュエルズはリモートだったりしたんだよ。シンガーのパートも、別録しなければならなかった部分がいくつかあった。まあ、前からそういうプロセスも経験しているから、めずらしいことではなかったけどね。

今回のサウンドは、サンプリングのループを中心としながらも、マルチプレイヤーのあなたが楽器の演奏を足しているように聞こえますが、どこまでがサンプリングでどこまでが演奏なのか区別できないほど馴染んでいますね。

DM:サンプルだけを使った曲と、サンプルと生演奏がミックスされたものが入った曲があるんだ。それが区別できないほど馴染んでいると思ってもらえたのは嬉しい。それは、僕が意識したことだからね。これまで僕は、生楽器を使った作品もたくさん作ってきたし、サンプルを使った作品も作ってきた。でも今回は何もルールを設ける必要はなかったし、自分が何かを加えたい、加える必要があると思ったらそれを加えるという、本当に直感と自然の流れに任せたやり方で曲を作っていったんだ。僕が今回求めていたのは、メランコリーでドラマティックなサウンド。それを作り出すために、もう少しその感情を表現するために何かが必要だと思ったら、コード進行を考えたり、それに合ったサウンドを自由に加えたり取り除いたりしながら作っていったんだ。

やはり相当意図的なものだったんですね。そのサンプリングされているレコードの演奏に耳を傾けると、ひとつひとつの楽器のサウンドは当然録音された時代のヴィンテージ感があるにもかかわらず、同時にあなたの演奏であってもおかしくないほど現代的でクリアな分離が良いものとなっています。なぜこんなことが可能なのでしょう? 今作はミックス、サンプリング・サウンドの楽器の粒立ちというものに相当気を遣いましたか?

DM:2005年に彼と初めて出会ったときは、まだそこまでそのブレンドはうまくできていなかったと思う。でも、いまはその加減がわかるんだ。もちろん、やってみてしっくりこない混ざり方になってしまうこともあるけど、そのときはボツにするしね。このアルバムで聴くことができるのは、その成功例。どうして可能なのかを言葉で説明するのは、かなり技術的な話になってしまうからちょっと難しい。僕自身も、そういう技術的な部分が必要になってきたときは、エンジニアと一緒に作業するんだ。僕はプロのエンジニアではないからね。大切なのは、自分がその曲に何を求めているのかをきちんと把握していること。何を必要としているのかという目的がハッキリしていれば、それを作り出すために何を取り入れて重ね合わせるべきかがわかるからね。サンプルを使うなら、何のためにつかうのかというポイントを押さえて使いはじめなければならない。それがわかっていれば、作業はグッと楽になると思う。

僕が意識しているのは、その音楽を聴いたときに、その音を誰が演奏しているのかを人びとが想像できないサウンドを作るということ。僕は、リスナーに楽器を演奏している人を想像してほしくないんだよね。

基本はサンプリング・ネタにブレイクビーツの組み合わせという、非常にブーンバップの正統的な手法で制作されているような本作ですが、実はとても繊細な仕掛けがそこかしこに為されています。たとえば “Identical Deaths” のビートは一聴すると、最近オーセンティックなブーンバップ曲で流行っている完全なるワンループ、つまりドラムもウワモノもどちらも含んでいるネタのワンループに聞こえます。でもさらに耳を傾けると、フィールド・レコーディングのような街のざわめきが重なっていたり、後半部分ではラウドなブレイクビーツが絡む間奏があったりと、非常にシネマティックな作りになっています。あなたはこれまでデヴィッド・リンチやダニエル・ルッピなど映画監督や映画音楽制作者とも仕事をしてきていますが、今作の制作にあたって「映像的」な作品を作るという意図はありましたか?

DM:僕は比較的すべてのものをシネマティックな捉え方で見ているから、それが映像的な要素になっていると思う。自分が作品を作っているときも、サンプルを探しているときも、僕自身がそういうサウンドに惹かれるしね。でも、意図的に自分の作品を映像的にしようとしているというよりは、それを作り終えたあとに、自然とそうなっていることが多いんだ。僕が意識しているのは、その音楽を聴いたときに、その音を誰が演奏しているのかを人びとが想像できないサウンドを作るということ。僕は、リスナーに楽器を演奏している人を想像してほしくないんだよね。ドラムやギターを演奏する姿を思い浮かべてほしくないんだ。僕が作りたいのは、自分自身の世界を想像できるような音楽。だから、僕が求めている音楽は、背景にいるミュージシャンのことを考えさせない音楽なんだ。映画音楽は、それが実現できてる音楽だと思う。演奏ということを意識させずに人びとの頭の中に入っていく音楽だからね。

普段、視覚的なイメージにインスパイアされて音楽を作るケースはありますか?

DM:いや、ヴィジュアルにインスパイアされて音楽を作ることはほとんどない。それよりも、僕は音楽を聴いて、リスナーが自分のヴィジュアルを作り出し、それを感じてほしいんだ。

今作のシネマティック、という印象は、物語性を感じさせるという意味でもあります。今回のサンプリングされたサウンドの数々は、各楽器や歌声、ドラムの音まで非常に1970年代を感じさせる温かみのあるアナログ感が強調されています。さらに “Aquamarine” や “Saltwater” のように、ベースラインの動きで元ネタのサンプル・ループを4小節以上のコード進行のある叙情的な展開が作られていることで、背後に物語の存在を感じさせる曲作りになっていると感じました。あなたのミュージシャンとしての側面から、コード進行やハーモニーのある楽曲展開は自然と出てくるものでしょうか?

DM:自分が好きなものを取り入れている過程で、自然と出てくるんだ。自分が惹かれるものと、自分が作ろうとするものは似てくるからね。コード進行に惹かれることもあれば、楽器に惹かれることもあるし、テクスチャーに惹かれることもある。そういった魅力あるサウンドに自分が作るものを近づけようとする過程で、より楽しく、より意味のある展開ができ上がっていくんだよ。たとえば “Saltwater” は、サンプルには含まれていなかった感情を加えるために、あのベースラインを追加したんだ。そうすることで、新しいエモーショナルな要素が加わって、より良いものが生まれると思ってね。

そのような楽曲展開への志向が、ヒップホップ的なミニマルなワンループという制約でもあり美学でもあるものとあなたの中でぶつかり合うことはありますか?

DM:それは、僕がずっと前にサンプリングをしばらくやめた理由のひとつだった。デーモン・アルバーンと一緒にゴリラズのアルバムを制作していた頃は、ドラムのサンプルは使っていたけど、音楽的なサンプルはほとんど使わなかったんだ。コード進行やハーモニー、その他いろいろなものを使ってみたくても、サンプルを手にすると、そこにあるものに縛られてしまう。頭の中にアイディアがあっても、サンプルをアレンジして、その方向性を変えることはできない。ずっと前にすでに演奏されたものを、いまいきなり変えることはできないんだ。だからしばらく遠ざかっていたんだけれど、やっぱり良いものは存在するし、僕がサンプリングが大好きなことは紛れもない事実なんだよね。そして、サンプルを使うからこそ生まれる制約が逆に良いものをもたらすこともある。どちらがいいとかではなく、サンプリングと楽曲展開は別物なんだ。僕はそれを混ぜ合わせることができるけど、そこにはやはり生まれるものと失われるものがあると思う。

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個別の楽曲についても少し教えてください。“Belize” にはMFドゥームがフィーチャリングされていますが、『Danger Doom』のリリースから17年が経過しています。どのようにしてドゥームをフィーチャーすることになり、この曲は生まれたのでしょう?

DM:MFドゥームの部分をレコーディングしたのはずいぶん前だった。ドゥームとブラック・ソートは互いのファンで知り合いだったから、ドゥームのヴァースとブラック・ソートのヴァースを2、3曲レコーディングしていたんだ。で、僕がそれを使ってときどき作業はしていたんだけど、結局完成させることができずにいた。でも、このアルバムのために、“Belize” としてきちんと仕上げさせることにしたんだ。で、それが決まってから、このアルバムのムードとフィーリングに合うように、音楽を加えていったんだよ。あと、オリジナルのトラックには悲しみの要素はなかったけど、ドゥームが亡くなったいま、この曲には悲しみが必要だとも思って、それを加えたりもした。だから曲単体の雰囲気も変わったと思うし、アルバムにとても合う作品に仕上がったと思う。

“The Darkest Part” では、キキ・ディーの楽曲のサンプリング・フレーズを使っていますが、そのスピードとピッチを変化させることでコード進行をつけ、キッド・シスターの歌うフックが乗ることで全く新しい楽曲が生み出されています。これはサンプリング素材を使って新しい絵を描くという、非常にクリエイティヴな手法に思えます。どのようにしてこのような手法にたどり着いたのでしょう?

DM:その曲は、アルバムに収録されているものとは最初全く違っていたんだ。曲のほぼすべてが、ドラムのサンプルとキキのサンプルだったからね。すごくゴチャゴチャしていて、複雑だったんだ。で、アルバムができ上がるにつれて、僕が改めてその曲のためにコーラスの部分を書いて、それを歌ってくれるヴォーカルが必要になった。そこでキッド・シスターに連絡を取ったんだ。で、彼女の声はもちろん良かったんだけど、曲がまだまだゴチャゴチャすぎてしっくりこなかったから、ドラムのサンプルを全部取っ払ったんだよね。それから、僕のスタジオで働いてくれているサム・コリンに頼んでドラムを演奏してもらって、それをチョップして曲に加えたんだ。そうすることで、ボーカルがより目立つようになったと思う。その曲は、かなり試行錯誤してでき上がった曲なんだよ。その変化を加えるまで、アルバムに収録しようとさえ思えていなかったんだ。

アルバムの中であなたがお気に入りの曲はありますか?

DM:特別この曲ということはないけれど、“Aquamarine” は、ブラック・ソートの視点から見ていちばんエキサイティングな曲のひとつだと思う。あの曲が持つエモーションも好きだし。

確かに “Aquamarine” は本作の中でもひと際輝いている楽曲のひとつだと思います。あなたの壮大なスケール感のあるビートの上で、タリクがノリにノッて溢れ出すリリックをスピットしている感覚が伝わってきます。これらの楽曲が生まれた環境についてはいかがしょう。アルバム制作で使ったサンプラーやDAW、楽器、マイクなどのレコーディング機材について可能な範囲で教えてもらえますか。ハードウェアのサンプラーは使用していますか、それともPC上のソフトウェアでしょうか?

DM:ごめん。僕は機材に関しての質問には答えないことにしてるんだ。たぶん、ハードウェアのサンプラーは今回は使用していないと思う。ほとんどがソフトウェア。それが僕の原点だからね。『The Grey Album』も全部ACIDで作ったし。いまでもACIDを使ってるんだ。

サンプルを使うからこそ生まれる制約が逆に良いものをもたらすこともある。どちらがいいとかではなく、サンプリングと楽曲展開は別物なんだ。僕はそれを混ぜ合わせることができるけど、そこにはやはり生まれるものと失われるものがあると思う。

なるほど、いまでもACIDを使っているんですね。ありがとうございます。ではハイファイになりすぎないヴィンテージサウンドを表現するために、特に駆使したプライグインはありますか? それも含めサンプリング・ネタとドラムやブレイクビーツをフィットさせるために、どのような点に気を遣いましたか?

DM:その質問にも答えられないんだ。申し訳ない。いい質問だとは思うよ(笑)。スタジオにいてくれたら何を使っているのか見せるんだけど、言葉だけだと説明が難しいんだ。どの点に気を使ったかも言葉にするのが難しい。サンプルを探すときに、自分が他の人が見ているのとは違う部分に注目している音源を探したり、あまりにもハッキリとした特徴がないものを探すことかな。でも、あまり考えずに、これ最高だな! と思うものを選ぶこともある。そのサンプルの原型を崩しても、しっかりと機能するものである必要もある。それが機能するかは、もちろんまずは試してみる必要があるけどね。バランスが大切なんだ。

タリクは以前のインタヴューで「ブライアンの音楽を聴くと、リリックが自然と流れてくることに気づき、解放された気分になった」と言っていました。たしかに “Aquamarine” や “Saltwater” のようなビートにはラッパーを没入させる強烈な叙情的なサウンドを持っていると思います。自分の音楽のどこがラッパーを引きつけるのだと考えますか?

DM:わからないな。ラッパーとはそんなに何度もコラボしたことがないから。エイサップ・ロッキーは、僕がナールズ・バークレイと一緒にやった作品をすごく気に入ってくれたらしい。あの、エモーショナルでダークな感じに惹かれたらしいんだ。ブラック・ソートは、すごく好奇心が強かったんだと思う。彼は、もちろん僕の音楽も気に入ってくれたんだろうけど、僕がどうやって彼とフル・アルバムを作るかにすごく興味があったみたいなんだ。僕がいったい何をするのかが予測できなかったらしい。でも、皆、僕とコラボをする理由はすごくシンプルだと思うよ。ドゥームが僕とコラボしたのも、僕のビートを気に入ってくれたことが理由だったし。

逆に、あなたはタリクのラップのどのようなところに惹きつけられますか? 今作ではタリクの言葉や物語が引き出されるようなビート作りを意図的に目指したのでしょうか?

DM:彼は最高。彼は僕のお気に入りだし、彼がやることにはすべて奥深さがある。ブレス・コントロールも素晴らしいし、ヴォイストーンもそうだし、すべてが際立っているんだ。彼のすべてが必要不可欠な要素なんだよ。僕は長年彼の声をずっとファンとして聴いてきたから、ビートを作っている時点で、彼がラップを乗せたらどんな感じになるかが想像できるんだ。彼がこんな風にラップをするなら、こういうビートにしたらいいかな、とかね。で、もしビートとラップが合わなければ、彼が他の方法を試してくれたりもするしね。でもたいていは、ビートを作っている時点でなんとなくそれが彼の声と組み合わさったらどうなるかを想像できるんだ。

あなたはヒップホップ・アーティストに限らず幅広くプロデュース・ワークをおこなっていますが、ラッパーにビートを提供するビートメイカーとプロデューサーの大きな違いはなんでしょうか?

DM:そのふたつは全然違う。誰をプロデュースしているかによっても変わるけど、プロデュースに関しては、一からすべてをはじめる。制作をはじめるときには何もできていなくて、最初に思いついたコードやピアノ、ギター、リズムやドラムビートといったアイディアの周りにサウンドを構築していく。こちらの方が、よりコラボっぽいんだ。一緒に曲を書いて、一緒に楽器を演奏するから。一方で、ビート作りは、より瞑想的。ひとりで部屋にいるという部分も大きな違いだしね。でもどちらの場合でも、作業の過程で偶然起こる奇跡を期待していることに変わりはない。それを待って、それを元に曲を作っていくんだ。作業中にミスをして、そこから良いものができることもあるしね。形式的なソングライティングではなく、僕はそっちのやり方が好きなんだ。

ではプロデューサーとしてその作品をプロデュースする際に最も重要なことはなんでしょうか?

プレイリストの一部としてではなく、アルバムとして作品全体を楽しんでもらえたら嬉しい。日本ってまだCDショップがあるんだよね? アルバムを買ってそれを最初から最後まで聴くって素晴らしいことだと思うから、ぜひそうしてほしい。

DM:自分のフィーリングを信じることかな。他の誰かが難色を示しても、それに心を揺るがさないこと。何かに対して最高だと思ったら、それを貫かないと後で必ず後悔するから。これはいい! と思ったら、その気持ちを信じてそのまま進みつづけることが大切だと思う。

あなたのブロークン・ベルズの活動や様々なアーティストのプロデュース経験は、久々のヒップホップ・アルバムとしての今作の制作にどのような影響をもたらしているでしょう?

DM:いちばん大きかった影響は、曲の構成とアレンジメントの仕方だと思う。あとは、メロディックで悲しい感情の表現かな。“No Gold Teeth” みたいな曲からはその影響は感じられないかもしれないけど、アルバムのほとんどはその影響を受けていると思う。あとは、考えすぎないこと。何か良いものがすでにできているなら、そこからあまりこれでいいのか、もっと手を加えた方がいいのかと深く考えすぎず、そのできたものを信じること。サンプルも、ときにいじりすぎずにそのまま使った方がいいものもあるしね。シンプルであることの大切さも、そういった経験から学んだと思う。

トラップがメインストリームとなって以降、それでも依然としてサンプリング主体のヒップホップは生き続け、進化しているように見えます。あなたは数多くの楽器を扱うミュージシャンでもありますが、『Grey Album』以降ずっと中心的な制作方法であるサンプリングという手法はあなたにとってどんな存在ですか? サンプリングというアートのどこに魅力を感じていますか?

DM:難しい質問だな(笑)。どんな存在かを説明するのは難しいけど、魅力なら答えられる。サンプルにおけるベストな部分は、作業をしながらも、そのサウンドのファンでいられること。自分で楽器を演奏していると、ちょっと自意識過剰になってしまって、自分のやっていることだけに耳を傾けてしまうことが多々ある。でもサンプリングをしているときは、ただそれを流しているだけで美しいサウンドを聴くことができるんだ。あと僕は、再文脈化することが好きだから、すでに自分と深い関係のある曲をサンプリングするのは好きじゃない。曲全体が大好きな作品は、それを変えたいとは思えないからね。あと、他の人びととのつながりが強すぎる曲も選ばないようにしている。多くの人がすでにつながりを持ってイメージが固定したものではなく、自由にアレンジしても心地がいいものを選ぶようにしているんだ。

日本のヒップホップ・ヘッズたちも、このアルバムを歓迎しています。日本のファンたちへメッセージをお願いします。

DM:僕はシンガーやフロントマンではないから、こういう形で誰かに向けてメッセージを伝えるのは得意じゃないんだ(笑)。だから、このインタヴューで話したことを僕からのメッセージとして受け取ってほしい(笑)。今回のアルバムは、たくさんのレイヤーが重なってひとつの作品ができている。だから、プレイリストの一部としてではなく、アルバムとして作品全体を楽しんでもらえたら嬉しい。日本ってまだCDショップがあるんだよね? アルバムを買ってそれを最初から最後まで聴くって素晴らしいことだと思うから、ぜひそうしてほしい。

今日はこの素晴らしいアルバムの成り立ちについていろいろと興味深いお話を伺うことができました。どうもありがとうございました。

DM:日本には何度か行ったことがあって、日本は大好きな国なんだ。タリクはつい最近、ザ・ルーツのライヴで来日したばかりだしね。今日はありがとう。

Valerio Tricoli - ele-king

 イタリア、シチリア島北西部パレルモ出身で、現在はドイツのミュンヘンを拠点とするエレクトロ・アコースティック・アーティスト、ヴァレリオ・トリコリ。その新作『Say Goodbye To the Wind』が、フランスのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈シェルター・プレス〉からリリースされた。

 トリコリは、オープンリールテープを用いて霞んだ質感のサウンド・コラージュを作り続けているアーティストである。実験的な作風だが、その手仕事を感じるアナログな音響空間には不思議な魅惑が横溢している。聴き込むと現実と非現実の境界線が曖昧になるような感覚を得ることができるほど。それら音のエレメントは、アナログなテープ素材を手仕事で繋いでいったものだ。いわば音のブリコラージュ? 私見だが、そのようなブリコラージュ感覚こそ、10年代の「尖端音楽」「エクスペリメンタル・ミュージック」の(ある部分の)本質であったのではないかと考えてしまう。ひとことで言えばマシンとアナログの中間状態にあるようなサウンドとでもいうべきか。完全なデジタリズムから距離を取り、アナログの質感と手法を追及すること。しかしそのサウンドには大胆さと細やかさと新しさがあること。トリコリの乾いた音色には没入感と同時に常に突き放すような感覚がみなぎっているのだ。

 トリコリは、アヴァン・ロック・グループの3/4HadBeenEliminatedのメンバーとして活動しつつ、これまで10枚ほどのアルバムをリリースしてきた。そのなかにはトーマス・アンカーシュミット、ファビオ・セルヴァフィオリータ、ヴェルナー・ダーフェルデッカー、ハンノ・リッチマンら優れたサウンド・アーティストたちとのコラボレーション・アルバムも含まれる。個人的にはヴェルナー・ダーフェルデッカーと共作したジョン・ケージの初期電子音楽作品のリアライズ・アルバム『Williams Mix Extended』(Quakebasket/2014)が強く印象に残っている。硬質で硬く、強く、美しいサウンドだった。またユニットとして、作曲家、ピアニスト、エレクトロニックミュージシャンとのアンソニー・パテラスとのAstral Colonels、ニコラス・フィールドとのRe-Ghoster、エッカ・ローズ・モデルカイとのMordecoliとしてもアルバムを発表している。 とくにAstral Colonelsは現代音楽とモダンな先端音楽が優雅に融合したようなアルバムで一時期、愛聴したものだ。

 ソロ作品としては、2004年にイタリアの実験音楽レーベル〈Bowindo〉からアルバム『Did They? Did I?』を送り出して以降、現在まで継続的にアルバムをリリースしている。なかでもドイツのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈PAN〉からリリースした『Miseri Lares』(2014)と『Clonic Earth』(2016)の二作は大変に素晴らしいものであった。この二作は〈PAN〉特有のセンスの良いアートワークもあいまって、彼のサウンドの魅力をリスナーによく伝えていた。一方本作は〈シェルター・プレス〉からのリリースである。トリコリにとってこのレーベルからは最初のリリース作品だ。私は当初は意外な組み合わせに感じたものだが、いざ聴いてみると彼の霞んだ音色のサウンド・コラージュと、〈シェルター・プレス〉特有の優雅な実験音楽のムードがよくマッチしていて、驚いてしまった。

 『Say Goodbye To the Wind』は、J.G.バラードやサミュエル・ベケットの『Le Dépeupleur』、そして「神智学」(神秘的直観、思弁、幻視、瞑想、啓示を通じて、神と結びついた神聖な知識の獲得や高度な認識に達しようとするものらしい)に強い影響を受けたアルバムだという。その意味で音による超越的な認識を希求するようとする意志がありそうだが、音を聴くと、ニューエイジ的な胡散くささはなく、もっと冷たく、物質的で、醒めていると形容しても良いようなサウンドに仕上がっていた。たしかに、過去のアルバムよりは、ややドラマチックに音響が拡張するような面もあるが、マテリアルな質感は維持したままであり、それほどのものではない。
 
 本アルバムには約25分の“Spopolatore”、約17分の“Mimosa Hostilis”と“De Vacuum Magdeburgicus”などの長尺3曲を収録している。どの曲も時間感覚がうっすらと溶けていくような感覚のコラージュサウンドを味わうことができる。静寂な空間の中に、アナログ・テープから不意にいくつもの音が再生され、折り重なっていくような感覚。環境音に加え、次第に弦楽や管楽器、さらには声も聴こえてくるのだが、過度に音楽的になることはなく、物質的でクールな感覚が残存しているのである。抽象と具象の境界線が溶け合っていく音響空間だ。

 1曲目“Spopolatore”はベケットの『Le Dépeupleur』にインスパイアされた曲らしい。音の群れがうごめき、やがてそれが物音の交響楽のように拡張していくさまを耳にすることになるだろう。硬質なチェロの音が麗しい。つづく2曲目“Mimosa Hostilis”は、生後数ヶ月のトリコリの息子の微かな息の音から始まり、やがて音が生成・変形し、メタリックな持続音を生み出していく。3曲目“De Vacuum Magdeburgicus”は、冷たく美麗なチェロの音から幕を開け、静謐で細やかな音が折り重なり、深淵な音響空間を生み出していく。チェロや声の要素がサイケデリックに拡張され、意識に浸透するような曲だ。どうやら17世紀のドイツの科学者オットー・フォン・ゲリケを振り返るようなテーマらしい。

 本作に満ちている幽玄な音のマテリアリズムというべきものは、トリコリの初期作品から変わらないものである。冷めている/醒めている感覚の発露。彼のサウンドが10年代的な実験音楽(エクスペリメンタル・ミュージック)を象徴するものがあるとすれば、この物質的な冷めた音の質感だろう。むろんそれはこの最新アルバムでも同様である。導入された楽器音や声ですらもマテリアルな質感を醸しだしているんだから。まさにサウンド・コラージュの達人による至高の一作。うごめく音の一音まで聴き込みたいアルバムといえよう。

Suzi Analogue - ele-king

 エリザベス女王の訃報を聞いて自分ではザ・スミス『Queen is Dead』を聴いたものの、一連のリアクションのなかでもよくわからなかったのがロバート・フリップとトーヤ・ウィルコックス夫妻が2年前に配信したデヴィッド・ボウイ“Heroes”のカヴァーを再アップしたこと。ロック・ダウンが始まるとともに2人は毎週、キンクスやプロディジー、ZZトップやビリー・アイドルなど意表をつくカヴァーを演奏し、家に閉じ込められた人々を慰撫する「サンデー・ランチ」という配信をはじめ、“Heroes”は2年前の戦勝記念日にアップされていたものである。それをまたどうしてエリザベス女王の訃報とともにアップしたのか。女王を讃えるという趣旨なのか。ケニアやナイジェリアなどアフリカではエリザベス女王が植民地のシンボルとしていまだ根強く記憶され、訃報を耳にした人々がイギリスに抵抗してきた祖先を「ヒーローとして絶対に忘れない」などという声も上げていたので、夫妻が“Heroes”に持たせようとした意味が余計に気になってしまった。“Heroes”という曲は聴く人や時代によって実に解釈の異なる曲で、最近ではイタリアの哲学者フランコ・ベラルディが拡大自殺を試みる大量殺人者の感覚を理解するために考察の対象としている。「ボウイは、新自由主義革命と世界のデジタル革命に、うまいタイミングで現れた新しいタイプのヒーローを歌っている」(杉村昌昭訳『大量殺人の“ダークヒーロー”』・作品社刊・原題は『Heroes』)。発表当時は無名な個人を讃えるものだった「1日だけならヒーローになれる」という“Heroes”の一節はベラルディによればアンディ・ウォホールによる「将来、誰でも15分は世界的な有名人になれるだろう」というメディア依存を肥大化させ、「ボウイのヒーローは、もはや主体ではなく客体なのだ。一つの物、一つのイメージ、一つの完全なフェティッシュ」(同)と解釈を発展させる。ベラルディはとくに“Heroes”の映像表現に着目し、再生産し多数化しコピーすることができるイメージ」(同)の先駆としてこれを位置づけた上で、ヒーローが必ずしも従来の英雄ではなく、同じ無名の個人でも『ジョーカー』のような殺人者のイメージに援用されていくプロセスを追い、コロンバイン高校やノルウェーのウトヤ島で起きた大量殺戮(どちらの事件でも犯人は「自然淘汰」と書かれたTシャツを着ていたらしい)について考える足がかりとしている。メディア上の人格が現実に貫入してくるダイナミズムを「スペクタクルとしての自殺」(同)としてとらえ、資本主義の新たな“商品”としてベラルディはこれを複雑多岐に論じていくのだけれど、『ジョーカー』のような方向性だけでなく、たとえばTVドラマ『逃げる恥だが役に立つ』のようにマスコミのインタヴューからはじまる恋愛ドラマなども自意識の表現がメディアを通して行われることが当然になっているという意味ではアイデンティティの浮遊はさらに普遍性を帯び、現在のSNS社会はそうした不安定な構造の上に築かれているということも想像させる。

 デヴィッド・ボウイが卓越していたのは、そうしたアイデンティティの不確かさを重層的に捉えていたことで、ジギー・スターダストというメディア上の人格を“Heroes”に先駆けて演じていたことだろう。ベラルディの議論を補完すれば“商品性”を自覚し、アイデンティティを個人に収斂せない予防策を取っていたということになるだろうか。メディアがつくり出す虚像に自分を同一化してしまう傾向は防ぎようがないとしてもメディア上の虚像には本人もまた疎外されているというメッセージを打ち出すことができ、こうした方法論はいまではポップスターの常套手段と化している。プリンスによるシンボルマークやエミネムによるスリム・シェイディ、あるいはビヨンセのサシャ・ファースなどポップスターであればあるほど避けられないものとなり、別人格の仮想的な死も可能な状態にしておくことで「死者のなかから戻ってきた欲望の染み込んだ一つの商品」(前掲書)と化したわけである(『ジョーカー』を演じたホアキン・フェミックスがそれ以前に自らの虚像をフェイク・ドキュメンタリーに収めていたことはベラルディの議論と絡めると極めて興味深い)。そして、RZAの別人格であるボビー・ディジタルへのアンサーという虚構の上塗りのような設定で現れたのがスージー・アナログだった。いつもパープリンな外観で目を楽しませてくれるマヤ・シップマンはLA時代にはトキモンスタとアナログ・モンスタというヒップホップ・ユニットを組み、ニューヨークへ移動してからはDJラシャド周辺によるテックライフ・クルーからDJアールと一緒に暮らしていたようで、現在はウガンダの文化大使を務めつつマイアミを拠点に活動を続けている(Coma-chiとも共演歴がある)。彼女がブラック・フェミニズムをテーマに2016年から3年間でリリースした4作のミックステープ『Zonez』(エレキング別冊「ブラックパワーに捧ぐ」P34)から13曲(バンドキャンプは+3曲)を選んだコンピレーションが、そして、〈Warp〉傘下の〈Disciples〉から改めてリリースされた。選曲の基準は明らかにジュークをメインとし、そのせいでモンド係数が下がってしまったのは少し残念ではあったけれど、全44曲にわたって闇雲に試みていた実験精神がソリッドなダンス・ミュージックとして整理され、まったく異なる印象の作品集に様変わりしている。新たにリマスターが施された『Infinite Zonez』はジャングルプッシーをフィーチャーした“2deep”を皮切りに、RPブーとの“She’s Gonna”ではブリープ音を撒き散らしたトロピカル・モード、マイケル・ミリオンをMCに立てた“NNO APOLOGY”ではゴムをジュークで高速化し、さらにハーフタイムを駆使したミドルテンポの“Stay Ready / Ur Dreamz”へと続く。記憶にあったよりもかなりリズム・コンシャスで、全体の質感は柔らかく、細かい音の配置がなかなかにサイケデリック。レーベルメイトとなったパンク・ラップのナッピーナッパ(モデル・ホーム)も参加。

 自らのスタイルを「ロウ&ブルース」などと表現するスージー・アナログのDJはリズムが凝っている上にとてもタッチが柔らかくて、いつまでも聴けてしまうので、興味が湧いた方はネットで探してみて下さい。アカデミック寄りのJリンとは異なったジュークの女性的な展開を聴くことができます。

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