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Suzi Analogue

Footwork Jungle

Suzi Analogue

Infinite Zonez

Disciples

三田格 Sep 16,2022 UP

 エリザベス女王の訃報を聞いて自分ではザ・スミス『Queen is Dead』を聴いたものの、一連のリアクションのなかでもよくわからなかったのがロバート・フリップとトーヤ・ウィルコックス夫妻が2年前に配信したデヴィッド・ボウイ“Heroes”のカヴァーを再アップしたこと。ロック・ダウンが始まるとともに2人は毎週、キンクスやプロディジー、ZZトップやビリー・アイドルなど意表をつくカヴァーを演奏し、家に閉じ込められた人々を慰撫する「サンデー・ランチ」という配信をはじめ、“Heroes”は2年前の戦勝記念日にアップされていたものである。それをまたどうしてエリザベス女王の訃報とともにアップしたのか。女王を讃えるという趣旨なのか。ケニアやナイジェリアなどアフリカではエリザベス女王が植民地のシンボルとしていまだ根強く記憶され、訃報を耳にした人々がイギリスに抵抗してきた祖先を「ヒーローとして絶対に忘れない」などという声も上げていたので、夫妻が“Heroes”に持たせようとした意味が余計に気になってしまった。“Heroes”という曲は聴く人や時代によって実に解釈の異なる曲で、最近ではイタリアの哲学者フランコ・ベラルディが拡大自殺を試みる大量殺人者の感覚を理解するために考察の対象としている。「ボウイは、新自由主義革命と世界のデジタル革命に、うまいタイミングで現れた新しいタイプのヒーローを歌っている」(杉村昌昭訳『大量殺人の“ダークヒーロー”』・作品社刊・原題は『Heroes』)。発表当時は無名な個人を讃えるものだった「1日だけならヒーローになれる」という“Heroes”の一節はベラルディによればアンディ・ウォホールによる「将来、誰でも15分は世界的な有名人になれるだろう」というメディア依存を肥大化させ、「ボウイのヒーローは、もはや主体ではなく客体なのだ。一つの物、一つのイメージ、一つの完全なフェティッシュ」(同)と解釈を発展させる。ベラルディはとくに“Heroes”の映像表現に着目し、再生産し多数化しコピーすることができるイメージ」(同)の先駆としてこれを位置づけた上で、ヒーローが必ずしも従来の英雄ではなく、同じ無名の個人でも『ジョーカー』のような殺人者のイメージに援用されていくプロセスを追い、コロンバイン高校やノルウェーのウトヤ島で起きた大量殺戮(どちらの事件でも犯人は「自然淘汰」と書かれたTシャツを着ていたらしい)について考える足がかりとしている。メディア上の人格が現実に貫入してくるダイナミズムを「スペクタクルとしての自殺」(同)としてとらえ、資本主義の新たな“商品”としてベラルディはこれを複雑多岐に論じていくのだけれど、『ジョーカー』のような方向性だけでなく、たとえばTVドラマ『逃げる恥だが役に立つ』のようにマスコミのインタヴューからはじまる恋愛ドラマなども自意識の表現がメディアを通して行われることが当然になっているという意味ではアイデンティティの浮遊はさらに普遍性を帯び、現在のSNS社会はそうした不安定な構造の上に築かれているということも想像させる。

 デヴィッド・ボウイが卓越していたのは、そうしたアイデンティティの不確かさを重層的に捉えていたことで、ジギー・スターダストというメディア上の人格を“Heroes”に先駆けて演じていたことだろう。ベラルディの議論を補完すれば“商品性”を自覚し、アイデンティティを個人に収斂せない予防策を取っていたということになるだろうか。メディアがつくり出す虚像に自分を同一化してしまう傾向は防ぎようがないとしてもメディア上の虚像には本人もまた疎外されているというメッセージを打ち出すことができ、こうした方法論はいまではポップスターの常套手段と化している。プリンスによるシンボルマークやエミネムによるスリム・シェイディ、あるいはビヨンセのサシャ・ファースなどポップスターであればあるほど避けられないものとなり、別人格の仮想的な死も可能な状態にしておくことで「死者のなかから戻ってきた欲望の染み込んだ一つの商品」(前掲書)と化したわけである(『ジョーカー』を演じたホアキン・フェミックスがそれ以前に自らの虚像をフェイク・ドキュメンタリーに収めていたことはベラルディの議論と絡めると極めて興味深い)。そして、RZAの別人格であるボビー・ディジタルへのアンサーという虚構の上塗りのような設定で現れたのがスージー・アナログだった。いつもパープリンな外観で目を楽しませてくれるマヤ・シップマンはLA時代にはトキモンスタとアナログ・モンスタというヒップホップ・ユニットを組み、ニューヨークへ移動してからはDJラシャド周辺によるテックライフ・クルーからDJアールと一緒に暮らしていたようで、現在はウガンダの文化大使を務めつつマイアミを拠点に活動を続けている(Coma-chiとも共演歴がある)。彼女がブラック・フェミニズムをテーマに2016年から3年間でリリースした4作のミックステープ『Zonez』(エレキング別冊「ブラックパワーに捧ぐ」P34)から13曲(バンドキャンプは+3曲)を選んだコンピレーションが、そして、〈Warp〉傘下の〈Disciples〉から改めてリリースされた。選曲の基準は明らかにジュークをメインとし、そのせいでモンド係数が下がってしまったのは少し残念ではあったけれど、全44曲にわたって闇雲に試みていた実験精神がソリッドなダンス・ミュージックとして整理され、まったく異なる印象の作品集に様変わりしている。新たにリマスターが施された『Infinite Zonez』はジャングルプッシーをフィーチャーした“2deep”を皮切りに、RPブーとの“She’s Gonna”ではブリープ音を撒き散らしたトロピカル・モード、マイケル・ミリオンをMCに立てた“NNO APOLOGY”ではゴムをジュークで高速化し、さらにハーフタイムを駆使したミドルテンポの“Stay Ready / Ur Dreamz”へと続く。記憶にあったよりもかなりリズム・コンシャスで、全体の質感は柔らかく、細かい音の配置がなかなかにサイケデリック。レーベルメイトとなったパンク・ラップのナッピーナッパ(モデル・ホーム)も参加。

 自らのスタイルを「ロウ&ブルース」などと表現するスージー・アナログのDJはリズムが凝っている上にとてもタッチが柔らかくて、いつまでも聴けてしまうので、興味が湧いた方はネットで探してみて下さい。アカデミック寄りのJリンとは異なったジュークの女性的な展開を聴くことができます。

三田格