「IR」と一致するもの

Mouchoir Étanche - ele-king

 ブラック・トゥ・カムの変名とは気づかずに何度か聞いていたムショワー・エタンシェ(=防水ハンカチ)名義の2作目『ジャズマン』。ジャズでもなんでもないし、名義を変える意味がぜんぜんわからない。強いていえばブラック・トゥ・カムよりもタッチが軽く、重みを感じさせないことぐらい。とはいえ、ブラック・トゥ・カムについてそれほど詳しく知っているわけではなく、アンビエント寄りのリリースがいくつかあるのでひと通りは聴き、それ以前にやっていたクラウトロックの成れの果ても聞くだけは聞いた。元々はナース・ウイズ・ウーンドのフォロワーであることは本人も自覚していたようで、2010年代に入ってからはナースの基本であるエレクトロアコースティックに作風を絞り、ここ数年は〈Thrill Jockey〉から『Before After』(19)、『Seven Horses For Seven Kings』(19)、『Oocyte Oil & Stolen Androgens』(20)と調子よくリリースを続け、評価も以前より高まっている。ひと言でいえば表現はどんどん洗練度を増しているにもかかわらず、実験性が様式化されたわけではなく、どうしても音楽をやりたいんだなという精神性は伝わってくると。それはムショワー・エタンシェ名義でも同じくで、いわゆる実験音楽を楽しんでつくり、何かを前に進めているとか、唯一無二の感覚を追求しているとかではない気がする。

 一方で、ブラック・トゥ・カムことマーク・リヒターは昨年、ブラック・トゥ・カムの最新作『At Zeenath Parallel Heavens』をリリースした際、「自分のやっていることはAIがやっていることとあまり変わらないような気がしてきた」と〈Thrill Jockey〉のサイトで語り、AIが人間のやっていることに取って代わるのではなく、人間がロボット化し、プログラム通りに動くようになっていることを示唆していた。リヒターの手法はサンプリングとコラージュが多いので、なおさら、情報を集めてきてお題通りのものをつくるという過程は似ている。どんなものをつくるのか、それを考えているのは自分自身だということを除けば、だけれどもも。いずれにしろ初めてフレンチ・ジャズを意識したという『Le Jazz Homme』にはチャットGPTを使ってつくった “Le drôle de singe(面白い猿)” という曲が収録されている。中世のファンファーレをループしてランダムに再生させ、アモン・デュールIIのように聞かせるとかなんとか説明されていて、そういわれるとそのようにしか聞こえなくなってくる。ソリッドでシャープなアモン・デュールII。彼らはリヒターにとってはヒッピー・コミューンを代表する存在らしい。

 AIが音楽をつくっているといっても、そのAIが幻覚を見ている状態だとリフターは考えているようで、いわばAIにおけるチャンス・オペレーションを想定しているのだろう。経済番組などでAIと音楽の話題になると、AIにヒット曲をつくらせようという話題しか出てこないので、そのような価値観とは無関係である(AIでヒット曲をつくるって、ほんとお金のことしか頭にないよな……)。確かにコンピュータにはいつもバグが期待されている。ワープロやPCが普及し始めた頃に「誤変換」が楽しくてしょうがないという風潮はあったし、チャットGPTも最初は間違いだらけだと面白がられていた(当時、ツイッターで見かけた「全員、捕まるまでがオリンピックです」というスローガンが面白くて、定期的に生成AIに打ち込んでいたら、毎回のように答えが変わっていって、いつかなどは「森喜朗が捕まるまで」という答えが出てきた!)。そのようなバグったAIが音楽をつくったら……というのが『Le Jazz Homme』のコンセプトなのだろう。実際の曲よりもリヒターの説明の方が面白くて、 “Note à soi(自分用メモ)” はエクトル・ザズーが後ろから押したのでパスカル・コムラードのトーイ・ピアノが階段から落ちているところとか、 “Musique gelée(冷凍音楽)” はフランスの女性アーティストがシャーリー・テンプルについて哲学している時の神秘的な雰囲気だとか。エンディングの “Musique d'arrêt étrange(奇妙な停止の音楽)” はタルコフスキーの口ひげとバッハのかつらの出会いを暴力温泉芸者のように表現したかったけれど、それには少し及ばなかったと(!)。中原昌也が闘病中だということもあり、物悲しいピアノの響きに少しジーンとしてしまう。ほかにも本人の説明とは食い違うような面白い曲がいくつも並んでいて、空想のブルーノートだという “Septième jeudi vide(第7木曜日は空いている)” や、マダガスカル語で偽のサックス・ソロを演奏するマダガスカルのインドリ(キツネザル)という完全に意味不明の “Autoroutes vides(高速道路は空いている)” はジョン・ハッセルみたいで、これらもいい。ブラック・トゥ・カム名義に比べて肩の力を抜いてつくっているのがよくわかるし、前衛音楽なんて横道にそれている時の方が絶対にに面白いよ(なんて)。

 自分でも気付かぬうちに、スティーヴ・アルビニは私の人生を変えていた。彼の特定の作品との出会いによって啓示を受け、人生の中にそれ以前と以後という明確な境界線が引かれたということでは全くない。それよりも彼の影響は、私の育った音楽世界の土壌に染み込んでそれを肥沃にしたものであり、そうとは知らない私が無意識に歩き回った風景そのものだったのだ。ようやく獲得し得た視野と意識によって振り返ってみると、私が通ってきた世界のすべてに彼の手が及んでいたことを思い知らされる。

 世代的なことも関係している。1962年生まれのアルビニは、ちょうど1980年代にジェネレーションXが成人し始めた頃の音楽シーンで地位を確立し、彼の音楽とアティチュードはその世代の心に響く多くの特徴を体現していたのだ。

 彼の作品は挑戦的で、パンクが退屈さに怒りをぶつける方法をさらに推し進めたものだった。彼自身の初期のビッグ・ブラックやそれ以降の音楽の中で、児童虐待やレイプ、暴力について恥も外聞もなく言及し、その言葉は人種差別や同性愛嫌悪の枠をはるかに超えるようなものだった。それでも後年には、彼のそういった挑発を裏打ちしていたのは無知と特権意識によるものだったという反省を、恥ずかしがらずに口にしてみせた。彼はこれらの考察を自分自身の個人的な言葉で組み立てることに細心の注意を払ってはいたが、それは同時に、1980/90年代の慣習に逆らった、エッジ―なポップ・カルチャーの多くが社会の隅に追いやられた人々の実生活の経験について、いかに無頓着で認識が甘かったのか、さらに、批評的かつ皮肉な出発点から一線を越えてしまったアートが、いかに他の人々に、昨今彼もよく目にするようになった本物のヘイト(憎しみ)によって、同じようなことを言うための扉を開いてきたかについての鋭い分析でもあった。

 アルビニの場合、人々に衝撃を与えたいという意欲が、彼のもうひとつの側面であるメインストリームといわれるもの全般、特に音楽業界の偽善的な常識を無視する姿勢と密接に結びついているのだ。ピクシーズ、ブリーダーズ、PJハーヴェイ、ニルヴァーナやジミー・ペイジとロバート・プラントなどの多大な影響力のあるアルバムの仕事で軌道に乗った、彼のレコーディング・エンジニアとしてのキャリアでは、業界のゲームに参加さえすれば莫大な金を稼ぐことができたのに、インディペンデント・アーティストに拘り続けた。

 そして、彼が実際に一緒に仕事をしたアーティストたちの話を聞いてみると、近年の内省的なアルビニは、以前の作品から想像されるような口汚い挑発者とそれほど対照的ではないかもしれないことに気が付く。そこから伝わってくるのは、自分の意見についてはぶっきらぼうで率直だが、バンドが望むものを達成するために自分の持つ専門知識を惜しみなく差し出して深い集中力でもって彼らを手助けするという人物像だ。1990年代にアルビニとアルバムを録音したバンドのメルトバナナによると、彼らは自分たちがレコーディングの主導権を握り始めた時の彼の寛大さを強調し、「3枚目を自分たちでレコーディングすると決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれた」と語った。ZENI GEVAの一員としてアルビニと仕事をした田畑満は、彼のことを「レコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人」と言い表した。

 彼が私自身の音楽世界に与えた影響の大きさが、長いこと私のレーダーから影を潜めていたことの理由のひとつに、彼が手掛けた多くの作品での自分の役割を最小限に抑えようとしていたことがある。プロデューサーとしてよりも、エンジニアとしてクレジットされることを好み、多くで偽名を使っていたことでも知られている。彼の死を知った後で、自分の持っているレコードを確認すると、アルビニが録音した作品でのクレジットは、Ding Rollski (シルヴァーフィッシュの『Fat Axl』)、Some Fuckin’ Derd Niffer(スリントの『Tweez (トゥイーズ)』)、そして彼の猫のFluss (ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『アンダー・ザ・ブッシズ・アンダー・ザ・スターズ』の数曲)などとなっていた。それでも、ピクシーズとブリーダーズのキム・ディールはインタヴューで、彼が認めたがるよりもはるかに、スタジオでの影響力は絶大だったと示唆している。

 ビッグ・ブラックやシェラックにすでに影響を受けていたバンドが、‶スティーヴ・アルビニ・サウンド〟を求めて彼のエレクトリカル・オーディオ・スタジオでレコーディングを行ったことには、ほぼ間違いなく(とりわけ時が経つにつれて)、自主的な選択がはたらいていた傾向にあるが、やはり、彼の作品全体に繰り返し見られる識別可能な特徴があったのも確かだ。彼はアナログで作業することを好み、(田畑は「彼は世界最速のテープ・エディターでもあり、DAW使用者よりも速かった」と語っている)、ほとんどの装飾を取りはらった、広がりのあるサウンドを創りだした。彼の録音では、ドラムの自然なリヴァーヴを好んだことで、まるでミュージシャンと同じ部屋に一緒にいるかのような感覚が味わえる。彼の録音の多くに、独特のクランチーなベースのサウンドとスクラッチのような耳障りなギターがフィーチャーされている。それは、個別のアーティストたちが目指したゴールに応じて微調整された還元的で多様な作品の要約ではあるが、アルビニ自身の作品群をはるかに凌駕し、彼に影響を受けた何千人ものアーティストやエンジニアたちの作品にこだましたサウンドなのだ。そしてこのサウンドは、私が東京のミュージック・シーンに参入して足場を固めようとしていた頃の東京中のアンダーグラウンドのライヴ・ハウスで鳴り響いていたものであり、私が観たり一緒に仕事をしたりした全世代のアンダーグラウンド・バンドの作品を彩っていたものだった。

 彼が築き上げるのを手伝った音楽世界で育った者としては、スティーヴ・アルビニの死去によるひとつの世代の衰退を感じざるを得ない。彼が後悔していた‶クソなエッジロード(重度の厨二病患者)〟のことばかりではなく、彼が精力的に支持した反メインストリーム主義のDIYのエートス全体が、ますます過ぎ去った過去の遺物のようになってしまう――少なくとも、当時のような形ではなくなっていくのが感じられる。インディとメインストリームのニ極化的な対立や、それに付随する‶裏切り〟という非難は、文化的な戦線が他に移行し、オルタナティヴが必ずしもミュージシャンにとって経済的に存続可能な空間でなくなってきている現在においては、さほど重要な意味を持たなくなっている。アルビニ自身も、90年代に比べて独立系ミュージシャンが生きていくのがいかに難しくなったかについて言及している。彼がどれほど手頃な価格でスタジオを提供しようとしても、エレクトリカル・オーディオのようなインディに優しいスタジオでさえ、そのコストは大半のアーティストにとって回収できる金額を超えているのだ。

 これは、我々が失った世界への自分ではどうすることもできない類の叫びなのかもしれないが、それでもスティーヴ・アルビニの死は、私に音楽界のコミュニティにとって必要な物の多くを浮き彫りにしてくれた。我々には、疲れを知らずに働き続け、自分が勝ち得た成功を惜しみなく、まだ道を切り開こうとしている人々を支援するために活用できる人、潮流が自分に著しく不利に傾いた時でも、倫理的に正しいと信じることを貫き通せる人、過去の過ちを認識し、必要な時には新たな方向性を示すキャパシティの広さを持つ人、そして、私たちが間違ったことをしている時に、そうと教えてくれる辛辣な知性を備えた人々が必要なのだ。

 ミュージシャンが亡くなると、天国で他の偉大な仲間たちとジャム・セッションをする場面を想像したりするという、お決まりの言い回しがある――ジェフ・ベックのギターに、チャーリー・ワッツのドラム、そしてベースはウォルター・ベッカーといった具合の。スティーヴ・アルビニのファンの何人かは、これらの天使になった巨匠たちには、ようやく天上の世界で自分たちのことをクソだと進言してくれる人ができたのだと提言している。

私自身はスティーヴ・アルビニと直接知り合う機会はなかったものの、東京のアンダーグラウンド・シーンにいれば、必ずや彼と知り合いだった人に行きあたる。上に引用したように、この記事を書いている間に何人かに話を聞き、彼らのコメント全文を掲載するべきだと思ったので、ここに記す。

「スティーヴ・アルビニはレコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人。彼は世界最速のテープ・エディターでもあった――DAWユーザーよりも速いほどの。彼が恋しい。一緒に音楽を創ってくれてありがとう、スティーヴ。」
 田畑 満

 「スティーヴが亡くなったことは本当に悲しいです。彼は私たちの最初の2枚のレコードを録音してくれました。私たちは彼の昔の自宅のレコーディングスタジオでアルバムを録音しました。みんなで彼の家に泊まって過ごした時はとても楽しかったです。3枚目を自分たちでレコーディングすることを決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれました。それに、彼のバンド、シェラックとアメリカ、イギリス、フランス、ドイツで一緒にライブすることができて本当によかったです。私が彼の姿で一番よく覚えているのは、1枚目のレコーディングの時に彼がミキシングボードに向かって、深夜まで一人で黙々と作業をしていた後ろ姿です。その時、私は彼が飼っていた猫のFlussとずっと遊んでいました。彼は、私たちにたくさんのことを与えてくれました。スティーヴ、ありがとう。」
メルトバナナ/Yako/Agata


How Steve Albini secretly changed my world


By Ian F. Martin

Without me even noticing it was happening, Steve Albini changed my life. There was no single revelatory encounter with his work that drew a clear line in my life between before and after. Rather his was an influence that seeped into and fertilised the ground of the musical world I grew up in — a landscape I walked ignorantly around, before eventually gaining the perspective and consciousness to look back and see his hand in everything.

Part of this is generational. Born in 1962, Albini established himself in the music scene just as Generation X began coming of age in the 1980s, and his music and attitude embodied a lot of the characteristics that generation took to heart.

His work was confrontational, taking the way punk railed against boredom even further. In his own early music with Big Black and beyond, he wasn’t shy about making references to child abuse, rape and violence, language that stepped way beyond the boundaries of racism and homophobia. But nor was he shy in later years about reckoning with the ignorance and privilege that underscored a lot of his provocations. While he was careful to frame these reflections in his own personal terms, they were also an incisive breakdown of how carelessly naive a lot of transgressive or edgy 1980s/90s pop culture was about marginalised people’s real life experience, and how art that crossed those lines from a critical or ironic startpoint opened the door for others to say similar things with the genuine hate he came to see so widely around him in recent times.

In Albini’s case, his willingness to shock also went hand in hand with another of his defining characteristics: his disregard for the hypocritical niceties of the mainstream generally and the music industry in particular. As his career as a recording engineer took off with influential albums by the Pixies, The Breeders, PJ Harvey and Nirvana, not to mention his work with Jimmy Page and Robert Plant, he could have made obscene amounts of money by playing the industry game, but his focus remained on independent artists.

And it’s when talking to the artists he actually worked with that the reflective Albini of recent years feels like less of a contrast with the foul-mouthed provocateur his earlier work might lead you to imagine. The picture that comes across is of a man who was blunt in his opinions but deeply focused on deploying his expertise to help bands to achieve what they want. Speaking to the band Melt-Banana, who recorded with Albini in the 1990s, they highlighted his generosity when they began to take control of their own recording, noting that, “When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information.” Mitsuru Tabata, who worked with Albini as part of the band Zeni Geva, described Albini as “the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music.”

Part of why the extent of his impact on my own musical world stayed under my radar for so long was down to the way he minimised his role in so much of the music he worked on. He famously preferred to be credited as an engineer rather than a producer, and in many cases worked under assumed names. Looking through my records after learning of his death, I found Albini’s recording work credited variously to Ding Rollski (Silverfish’s “Fat Axl”), Some Fuckin’ Derd Niffer (“Tweez” by Slint) and his cat Fluss (a couple of tracks on Guided By Voices’ “Under The Bushes Under The Stars”). Still, in interviews, Kim Deal from the Pixies and The Breeders has suggested that he was a far more influential factor in the studio than he liked to admit.

There was almost certainly (and especially as time went on) something self-selecting in how bands already influenced by Big Black and Shellac recorded at his Electrical Audio studios because they wanted “the Steve Albini sound”, but there were nonetheless identifiable characteristics that recurred throughout his work. He preferred to work analogue (Tabata remarks that “He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users”) and created a spacious sound with most of the frills stripped away. His recordings show a preference for natural reverb on the drums that creates a sense of them being there in the room with you. Many of his recordings feature a distinct, crunchy bass sound and scratchy, abrasive guitar. Of course this is a reductive summary of a diverse array of work that was finetuned according to each individual artist’s goals, but it describes a sound that reverberated far beyond the body of Albini’s own work into that of the thousands of artists and engineers who were influenced by him. It’s a sound that rang through basement live shows across Tokyo when I was first finding my feet in the music scene here, and it coloured the work of a whole generation of underground bands I saw and worked with.

As someone who grew up in the musical world he helped build, it’s hard not to see the fading of a generation in the passing of Steve Albini. Not just the “edgelord shit” he came to regret, but also the whole anti-mainstream DIY ethos Albini supported so vigorously feels increasingly like a relic of a generation whose time has gone — at least in the form it took at that time. The often confrontational dichotomy between indie and mainstream, and the related accusation of selling out, carry far less weight nowadays as cultural battle lines shift elsewhere and the alternative ceases to be a financially viable space for musicians. Albini himself remarked on how much more difficult it had become for independent musicians to stay afloat compared to in the 90s. No matter how affordable he tried to make it, even an indie-friendly studio like Electrical Audio’s costs are beyond what most artists can hope to recoup.

So maybe this is a helpless cry to a world we’ve lost, but Steve Albini’s passing still highlights to me a lot of what the musical community needs. We need people who work tirelessly, using whatever success they gain in ways that help support those still trying to make their way; we need people who stick to their guns ethically when they know they’re right, even at times when the tide seems to be inexorably turning against them; we need people with the capacity to recognise past mistakes and chart a new direction when needed; we need people with the caustic intelligence to tell us when we’re doing it wrong.

There’s an insipid trope when a musician dies of imagining them in heaven, jamming with all the other dead greats — Jeff Beck on guitar with Charlie Watts on drums and Walter Becker on bass. A few Steve Albini fans have suggested that these angelic maestros now finally have someone up there to tell them they’re shit.

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I didn’t know Steve Albini, but everyone in the Tokyo underground scene knows someone who did. As quoted above, I spoke to a couple of these people while writing this article, and felt I ought to post their full comments as well:

“Steve Albini was the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music. He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users. I miss him. Thank you for creating music with me, Steve.” - Mitsuru Tabata

“I'm really saddened that Steve passed away. He recorded our first two records. We recorded the in his old home recording studio and had so much fun staying at his house. When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information. It was fantastic, too, to be able to perform with his band Shellac in the US, UK, France and Germany. What I remember most about him is seeing his back as he was working alone at the mixing board until late at night during the recording of our first album. While he worked, I just spent the whole time playing with his cat Fluss. He gave us a lot. Thank you, Steve.” - MELT-BANANA / Yako / Agata

Terry Riley - ele-king

 ミニマル・ミュージックの歴史的金字塔、「In C」。それが初演から60周年を祝して、京都で実演される。この曲をやるのは15年ぶりとのこと。しかも50名のミュージシャンとともに清水寺にて演奏。チケットは早めにね。

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
日程: 2024年7月21日(日)

テリー・ライリーより 開催に向けて

「In C」の曲(一部)が私の中に降りてきたのは、1964年の或る夜。その瞬間、私はバスに乗っていました。サンフランシスコのゴールドストリートにあるサルーンでラグタイム・ピアノを弾くピアノ弾きとして生計を立てていたのです。
 この曲は、まさに世界がその出現を待ち望んでいたイヴェントであったかの如く、非常に有名になり長年にわたって世界中で数えきれないほど演奏されてきました。
 2024年の今日、私は、今年60周年を迎えた「In C」を上演し、お祝いをしたいと思いつきました。言うなれば「歳をとった女の子」へのお誕生会です 。
 どの場所が良いだろうかと思案した結果、京都が良いだろうと思いました。街が纏うスピリチュアルな雰囲気は、「In C」という楽曲が狙う意図にも一致します。
 多くの演奏家に参加いただくことで、宇宙に捧げる歴史的な祝祭になるであろうと、胸を躍らせています。
 素晴らしく、そして京都にあって非常に重要な寺院・清水寺は、この祝祭にうってつけの場所でしょう。仮に雨に降られたとしても、それから守ってくれさえもします。
 2009年に行った、ニューヨークのカーネギーホールでの演奏の後、私はこの「In C」を演奏することからリタイアしていました。ですが、私は喜んでこの京都での祝祭を例外とするつもりです。
 このアイディアを実行に移してくれ、実現させるために助けてくれた全ての人に、特に清水寺の大西英玄氏、中村周市氏と宮本端氏に感謝を。最後に「In C」の60周年を祝うために駆け付けてくれた全ての演奏家の皆さんに感謝を。

2024年6月 テリー・ライリー

◉開催概要
タイトル:
In C-60th Birthday Full Moon Celebration at Kyoto Kiyomizu-dera Temple, July 21, 2024
〜「In C」誕生60年を祝う奉納演奏 〜

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
住所:京都市東山区清水1-294
www.kiyomizudera.or.jp/access.php
日程:2024年7月21日(日)
開場時間:20:00
開催時間:20:30(終演:21:30頃を予定)

チケット発売日時:2024年7月6日正午12時より
チケット発売サイト:inc60-kiyomizu-dera.peatix.com 
          *発売開始日時より有効となります。
奉納チケット料:10,000円(税込/限定記念グッズ付き)
※本奉納公演は商業目的ではありません

本公演に関する問い合わせ先:
メール terry.riley.info@gmail.com
電話 070-7488-0346
(電話の受付時間:13:00〜19:00)
※音羽山 清水寺へのお問い合わせはご遠慮ください。

出演:テリー・ライリー、SARA(宮本沙羅)他、梅津和時、永田砂知子、大野由美子(Buffalo Daughter)、ヨシダダイキチ、蓮沼執太、AYAら、50名程度を予定

企画・主催:テリー・ライリー
制作総指揮:しばし
協力:音羽山 清水寺
   「Feel Kiyomizudera」プロジェクトチーム

◉「In C」60周年記念グッズ

「In C」誕生60周年を記念して、限定グッズ(Tシャツ、ステッカー、トートバッグ)を販売します。全て、本人が新たに書き下ろした手書き譜面をあしらった、貴重なアイテム。
terryriley.base.shop

6月のジャズ - ele-king

 ここ数年来、南アフリカ共和国から良質なジャズ・ミュージシャンが輩出されているが、その筆頭がピアニストのンドゥドゥゾ・マカティーニである。


Nduduzo Makhathini
uNomkhubulwane

Blue Note Africa

 南アフリカ・ジャズが注目を集めるきっかけのひとつに、シャバカ・ハッチングスと共演したバンドのジ・アンセスターズがあるが、ンドゥドゥゾ・マカティーニはその中心人物のひとりで、2014年頃からリーダー作品を発表している。2020年には〈ブルーノート〉と契約を結んで『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』をリリース。2022年の『In The Spirit Of Ntu』は、〈ユニバーサル・アフリカ〉が〈ブルーノート〉と提携して設立した〈ブルーノート・アフリカ〉の第1弾作品となった。『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』はモード・ジャズや即興演奏を土台に、ベキ・ムセレク、モーゼス・タイワ・モレレクワ、アブドゥーラ・イブラヒムら南アフリカの先代のピアニストらの影響を見せる作品だった。『In The Spirit Of Ntu』はアフリカのバントゥー系民族に由来する人間という意味のズールー語の精神をタイトルとし、アフリカの大地に根付く祝祭性、呪術性に富むアルバムだった。ンドゥドゥゾは南アフリカ共和国のウムグングンドロヴ郡出身で、その地域に伝わる先住民族の儀式や音楽の影響を受け、音楽かであると同時に呪術師や祈祷師としての顔も持つ。そうしたンドゥドゥゾらしさが表われた作品と言えよう。

 新作の『uNomkhubulwane』はズールー土着信仰の女神の名前を示しており、「Libations」「Water Spirits」「Inner Attainment」というアフリカ民族であるヨルバ人の宇宙論で重視されていた「3」の数字に倣って楽曲を3パートに振り分けている。「作曲や何らかの概念的パラダイムを通じて意図を表現することが多かった。超自然的な声と交信する方法として音を使用している」とマカティーニは述べており、音楽家で祈祷家でもある彼の哲学的なヴィジョンや宗教観を示したものとなっている。録音はこれまでともにワールド・ツアーをおこなってきた南アフリカ出身のベーシストのズワラキ=ドゥマ・ベル・ル・ペルと、キューバ出身のドラマーのフランシスコ・メラとのトリオ編成。ヨルバ語で歌われる「Libations」の “Omnyama” は、清廉としたピアノと素朴なリズムによって紡がれる美しいアフロ・スピリチュアル・ジャズ。「Inner Attainment」の “Amanzi Ngobhoko” における祈りのような歌とモーダルなピアノ、土着的なドラムが導くメディテーショナルな世界は、マカティーニの真骨頂が表われたヒーリング・ミュージックと言えよう。


Malcolm Jiyane Tree-O
True Story

A New Soil / Mushroom Hour

 マルコム・ジヤネは南アフリカのハウテン州のヨハネスブルグにほど近いカトレホン出身で、若干13歳で音楽学校のブラ・ジョニーズ・アカデミーに進学したという早熟のトロンボーン奏者。ピアノなども演奏するマルチ奏者であり、これまでにンドゥドゥゾ・マカティーニや同じくジ・アンセスターズのトゥミ・モロゴシほか、ハービー・ツォアエリ、アヤンダ・シカデといった南アフリカの有望なミュージシャンらと共演してきた。2021年に自身のグループを率いて初リーダー作の『Umdali』を発表。グループはトゥリー・オーというもので、トリオよりももっと大人数から成る。ベースのアヤンダ・ザレキレ、ドラムスのルンギレ・クネネのほか、サックス、トランペット、ピアノなどを交え、マルコムはトロンボーンとヴォーカルを担当し、すべてマルコムの作曲による自作曲を演奏。全体に静穏なムードが漂い、ゆったりと時の流れるアフリカらしいジャズを演奏した。ツバツィ・ムフォ・モロイの清らかなヴォーカルをフィーチャーした “Moshe” は、同じ南アフリカ出身のタンディ・ントゥリなどに近い牧歌性に富むジャズだった。

 『Umdali』から3年ぶりとなるセカンド・アルバムの『True Story』は、アヤンダ・ザレキレ、ルンギレ・クネネ、ンコシナティ・マズンジュワ(ピアノ、キーボード)、ゴンツェ・マクヘネ(パーカッション)など、ほぼ前作のメンバーがそのまま参加する。『Umdali』と同じ時期の2020年から2021年にかけて数回のセッションを重ね、2023年に最終的なセッションを行って録音がおこなわれた。アルバムは詩人でソフィアタウンの住人である故ドン・マテラへのオマージュで、反戦的なメッセージの込められた “Memory Of Weapon” ではじまり、地球の悲惨さを哀悼する “Global Warning” や、ピーター・トッシュに捧げられたアフロ・ビートの “Peter’s Torch”、南アフリカの反アパルトヘイト運動にも参加したギタリストでシンガーの故フィリップ・タバネについての曲となる “Dr. Philip Tabane”、その名のとおり南アフリカにおけるジャム・セッションをスケッチした “South African Jam” などが収められる。マルコムのふくよかで哀愁に満ちたトロンボーンが奏でるアフロ・ジャズ “MaBrrrrrrrrr”、レオン・トーマスのようなヨーデル調のヴォーカルをフィーチャーしたスピリチュアル・ジャズの “I Play What I Like” など、全体的にゆったりとピースフルなムードに包まれた楽曲が印象的だ。


Julius Rodriguez
Evergreen

Verve / ユニバーサル

 ジュリアス・ロドリゲスはニョーヨークを拠点とするハイチ系黒人ミュージシャンで、ピアニスト兼ドラマー及び作曲家とマルチな才能を持つ。幼少期からクラシック・ピアノ、そしてジャズを学び、マンハッタン音楽院、ジュリアード音楽院に進んだ。音楽的ルーツはジャズ、即興音楽、ゴスペル、ヒップホップ、R&B、ポップ・ミュージックと多岐に渡り、オニキス・コレクティヴ、A$APロッキー、ブラストラックスなどと共演をしてきた。ジャズ方面ではミシェル・ンデゲオチェロ、カッサ・オーヴァーオールモーガン・ゲリンらと共演し、ジャズ・シンガーのカーメン・ランディによるグラミー・ノミネート作『Modern Ancestors』(2019年)ではピアノ伴奏者として高い評価を得た。ソロ・デビュー作は2022年の『Let Sound Tell All』で、オニキス・コレクティヴと繋がりの深いニック・ハキムやモーガン・ゲリンなどが参加。カッサ・オーヴァーオールの『I Think I’m Good』(2020年)や『Animals』(2023年)のミキシングを担当したダニエル・シュレットが制作に参加したということで、オーソドックな演奏を聴かせる一方で、即興演奏やソウル、ヒップホップ、エレクトロニック・ミュージックなどが融合した新世代ジャズ・ミュージシャンならではの作品だった。

 セカンド・アルバムとなる『Evergreen』は、キーヨン・ハロルド、ジョージア・アン・マルドロウ、ネイト・マーセローなどが参加し、ソランジュ、ホールジー、ビリー・アイリッシュらをプロデュースしてきたティム・アンダーソンとの共同プロデュースにより、デビュー・アルバムからさらにスケール・アップしたものとなっている。ジュリアス・ロドリゲスはピアノ。シンセ、オルガン、ローズ、エレキ・ギター、エレキ・ベース、アコースティック・ギター、クラリネット、ドラムス、パーカッション、ドラム・プログラミングを担当するマルチぶりを見せる。ドラムンベース調のリズム・プロダクションと美しいピアノやサックスのメロディが一体となったコズミック・ジャズの “Around The World”、ジョージア・アン・マルドロウの幻想的な歌声が繊細なピアノ・リフと相まり、途中からダイナミックなドラムが加わって深遠な世界を作り出す “Champion’s Call”。時を経ても色あせることのないエヴァーグリーンな音楽という意味を込めたこのアルバムは、ジャンルの枠や偏見にとらわれることなく、彼自身が内から自然にやりたいと思うサウンドを具現化したものである。


Ibelisse Guardia Ferragutti & Frank Rosaly
Mestizx

International Anthem Recording Company

 イベリッセ・グアルディア・フェハグッチはボリヴィア出身でアムステルダムを拠点に活動するシンガー。フランク・ロサリーはシカゴ出身のドラマーで、そんなふたりは結婚し、ともに音楽活動をおこなっている。

 シカゴ、アムステルダム、ボリヴィア、プエルト・リコでレコーディングがおこなわれた『Mestizx』は、ふたりのほかにベン・ラマー・ゲイ、ダニエル・ヴィジャレアルといったシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉周辺のミュージシャンも参加する。そのダニエル・ヴィジャレアルの『Panamá 77』(2022年)や『Lados B』(2023年)同様に、フランク・ロサリーの作り出すリズムはパーカッシヴでラテンやアフリカの原初的な音楽を想起させる。そうしたサウンドとイベリッセ・グアルディア・フェハグッチのエキゾティックで飾り気のないヴォイスが一体となり、独特のミステリアスな世界を作り出す。“DESTEJER” はキューバの宗教儀式の音楽であるサンテリアを想起させ、イベイーなどに繋がる楽曲。“TURBULÊNCIA” はハモンド・オルガンを交えてクルアンビンのようなサイケ・ムードを出していく。“DESCEND” はシカゴらしい即興ジャズと実験的な音響、魔女のようなポエトリー・リーディングが融合する。

 今年に入って、20数年ぶりに拙著『ブラック・マシン・ミュージック』を読み返す機会があった。近い将来文庫化されるというので、加筆修正のためではあったが、20年以上前に自分の書いたものを読むというのはなかなかの重苦だった。その痛みに身悶えしながら、書き足りていないと思ったのは、デトロイト・テクノにおけるプリンスの影響の箇所である。本のなかではエレクトリファイン・モジョのところで少しばかり触れているが、あまりに少しばかりだ。デトロイトにおけるプリンスの人気はすさまじく、言うなれば、70年代のブラック・デトロイトのエースがPファンクだとしたら80年代のその座はミネアポリス出身のプリンスだった。取材するのが困難だった80年代の人気絶頂期にプリンスが快くインタヴューに応じたのがエレクトリファイン・モジョのラジオ・ショーだった。『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の前年には、彼の誕生パーティをデトロイトで開いたほどだ。これはこれで文化現象としていろんな深読みができるトピックだが、当時の原稿では、その程度の事実しか書いていない。
 デトロイト・テクノ第一世代は70年代後半に思春期を送っているので、最初の影響という点では圧倒的にPファンクだ。が、カール・クレイグやムーディーマンといったその下の世代になるとその影響は明らかになってくる。クレイグの初期作のエロティシズムおよびキュアーを愛したニューウェイヴ趣味もさることながら、ムーディーマンにいたっては(モジョのインタヴューまでサンプリングしているし)彼の身なりからも影響はあからさまだ。

 80年代の『ダーティ・マインド』から『ラヴセクシー』までのプリンスがあらゆる位相において、いま聴き直しても発見があるほどすばらしかったことは言うまでもない。ここでは、彼のディスコ/白人ニューウェイヴ趣味、そして、いまでは“先駆的だった”と各方面から評価されている露骨なクィア・センス(あるいは、レーガンの80年代に“If I was Your Girlfriend”を歌うこと)に着目したい。なにしろ、シカゴの野球場で大量のディスコのレコードが爆破されてから1年後の『ダーティ・マインド』なのだ。「ディスコとして知られる恐ろしい音楽病を根絶するための戦争」のピークのまだその翌年の話である、ブリーフ一丁でアルバムの1曲目からディスコ・ビート。80年代、「黒人らしくない」という批判(参照:ネルソン・ジョージ『リズム&ブルースの死』の最終章およびプリンス “コントラヴァーシー” の歌詞)を浴びていたプリンスは、ストレートなソウルやファンクをやらなかった、のではない。そもそもソウルやファンクには時代のモードこそあれ、スタイルは流動性にあることをこの黒人イノヴェイターは時間をかけて証明し、21世紀へと続く未来を切り拓いたのだった(例:ジャネル・モネイとフランク・オーシャン)。

グラムこそパンクである、歴史的にもコンセプトにおいても。
──マーク・フィッシャー

 にしても……である。彼とザ・レヴォリューションはハードコアだった。数年前に映画『サマー・オブ・ソウル』に登場する全盛期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの、黒人女性も白人女性もメンバーにした圧倒的なステージを見ると、ああなるほど、ザ・レヴォリューションの原型はここにあるのかと思ったものだが、ディスコもセクシャリティの攻撃的な発露は当然のことまだない。よく言われるように、ロックの性表現は、基本男根的で、男性優位のそれだった。対してディスコのエロティシズムは両性具有的、ないしは女性的だった(例:グレイス・ジョーンズの“I Need a Man”)。もちろんなかには、マッチョを強調したゲイ・ディスコもあったが(例:ヴィレッジ・ピープル)、「本物の男になれ」という時代にあっては、ディスコは野球場で爆破されるまでのなかば国民的な敵意を生んだというわけだ。

 Pファンクがディスコの時代にディスコを非難しながらディスコをやった話はよく知られている。彼らの数あるクレイジーな傑作のなかのひとつ、『Funkentelechy Vs. The Placebo Syndrome』(1977)がそれだ。その前年、Pファンカーたちは、ファンカデリックの“Undisco Kidd”(『Tales Of Kidd Funkadelic』収録)という曲においてディスコの性的な光景をコミカルに風刺した。「一面的なファンクや一面的なディスコは好きじゃない」とジョージ・クリントは言っているが、逆に言えば、一面的でなければ彼はディスコもやった。その最初の成果が消費主義社会を批判したくだんのアルバムに収録の、ヒット曲“Flash Light”だった。そして、そう、続いては、お馴染みの“One Nation Under a Groove”(1978)が待っている。これはファンク神秘主義と政治性が結合した励ましのディスコ・ソングであり、音楽的に見てもプリンスのディスコ・ビートがもうすぐ聞こえてきそうだ。
 ディスコは、(ロックもそうだったが、ロック以上に)黒人音楽のリズムを応用している。パーカッシヴな特質をより発展させ、簡素化しわかりやすくしているが、活かしているのだ。しかしながら映画『サタデー・ナイト・フィーバー』がヒットする1977年には、それは音楽産業にとって都合の良いブームとなった(参照:トム・ウルフ『そしてみんな軽くなった』)。庶民からの音楽ではなく、プロデューサー主導型の、庶民に供給され売りつけられる音楽となった。また、性的表現も、おおよそ男性目線のポルノグラフィーと化したことは、当時のレコード・ジャケットを見ても察せられよう。〈スタジオ54〉に代表されるセレブ趣味/金儲け主義が強調されたこと、その恍惚が個人主義の産物であったことは、さらにまた文化的見地からの批判を集めている。Pファンクが反論したのもこうした点だった。“One Nation Under a Groove”は、セレブ趣味の選民性から排除された人たちに呼びかけ、著述家でDJでもあるクリス・ニーズによれば「ディスコ本来の団結力をPファンクの桶のなかで再構築した」曲だった。
 ここでデトロイト・テクノのファンのためにもうひとつ、ホアン・アトキンスに影響を与えた曲を挙げておく。ヒップホップのファンにはお馴染みの1979年の“Knee Deep”だ。“Flash Light”、“One Nation Under a Groove”、そして“Knee Deep”、これをぼくはPファンク流ディスコ三部作と呼んでいるが、当初この原稿で書きたかったのは、さらにもう1曲のPファンク流ディスコのクラシック、1978年の“Aqua Boogie”のことだった。ふぅ。やっと本題だ。
 
 “Aqua Boogie”——“A Psychoalphadiscobetabioaquadoloop(サイコアルファディスコベータバイオアクアドゥループ)”なる副題が付いたこの曲も、人気曲のひとつで、そしてデトロイト・テクノのファンなら、ドレクシアの“アクアバーン(Aquabahn)”が、この曲とクラフトワークの“アウトバーン”との語呂合わせであることに気がつくだろう。「水」はいまなら、資本主義社会すなわち「うじ虫(magott)」が生きづらい社会というメタファーとして解釈できる。さすればおのずと、ドレクシア神話の意味もより複層化されるというもの、だ。そう、“Aqua Boogie”を擁する『Motor Booty Affair』は、Pファンクによる水中SF作品なのだ。

水は嫌いだ、俺を行かせてくれ、下ろしてくれ
ひゃぁぁあ、あんたら濡れてるじゃん! 溺れてたまるか

 梅雨の季節にも相応しく思えるこの曲は、いつものように脳天気を装いながらも、メッセージはじつにシリアスで、謎めいてもいる。「ああ、息が詰まりそうだ」とわめき立てる“Aqua Boogie”には、ジョージ・クリントならではのキラーなフレーズがある。「With the rhythm it takes to dance to what we have to live through. You can dance underwater and not get wet」(俺らが生き延びるべく踊るために必要なリズムをもってすれば、水のなかで踊っても濡れない)。ジョージ・クリントンはつまり、どんなに苦しい生活でも、苦しさに支配されないリズムがあると言っている。それなら水のなかでも踊っても濡れない。


 Pファンクを聴いてつくづく感服するのは……、まあ、しかもこの時期は、ブーツィー、バーニー、ジェローム・ブレイリー、フレッド・ウェズレーにメイシオ・パーカーらJ.B.難民たち、デビー・ライトやジャネット・ワシントン、マッドボーン・クーパー、ジュニー・モリソン、故ゲイリー・シャイダー……燦々と輝く黄金のメンバーが揃っているのでどの楽曲もたいてい魅力的なのだが、文化的なすごさを考えるに、ジョージ・クリントンの表現力の、白い社会(およびそれに憧れる日本)からは見えない奥深い面白さにはあらためて、ほんとうに舌を巻く。その昔デリック・メイが「それを俺たちは哲学として聴いた」と言ったのは、決して誇張ではない。政治的なメッセージを、高級化したリベラル層ではなく街の与太者たちに伝えるには、高度なストリート用語と黒人英語を駆使し、笑えるくらいの言い表しでなければならない。そのためには「ウジ虫」の目を通して宇宙を語り、タイトなブリーフどころか大きなオムツをはいて演奏することも必要だった。

どうせ社会の片隅に追いやられるのであれば、片隅の言葉で話せばいいじゃないか。
——イアン・ペンマン

 息もつけないほど苦しい時代のなかで生きていることを、あらためて説明するまでもないだろう。この私めは、先日、ベス・ギボンズのレヴューでうかつにも「小池vs蓮舫」で都知事選が面白くなったなどと軽口を叩いてしまったことを、公約を見てつくづく後悔している次第だ。「ウジ虫」の目を通して言えば、まったく面白くない! だから面白いことを考えよう。Pファンカーたちのことを考えてPファンクのレコードを聴こう。彼らのたくさんある狂った名曲のひとつに、“Give up the Funk (Tear the Roof off the Sucker)”がある。直訳すると「ファンクなんて止めちまえ(その建物の屋根を引っ剥がせ)」、意訳すれば「ファンクをよこせしやがれ(屋根を剥がすほど騒いでパーティしよう)」。Give up the Funk=Give us the Funk。「おまえがファンクを諦めてくれたらそのファンクは俺のもの(だからおまえはファンクを諦められない)」。この共有感覚はハウス・ミュージックの定義を言葉で表現したチャック・ロバーツの“In the Beginning (There was Jack)”を彷彿させる。「君のハウスは俺のハウス、だからこれは俺らのハウス」。しかもPファンクのリズムは、UKポスト・パンク(例:ザ・ポップ・グループ)へと伝染し、“One Nation Under a Groove”を経て人種的ステレオタイプを超越するプリンスの、たとえば “Let's Go Crazy”のような曲へと連なっているのであった。
 
 ジョージ・クリントは自伝『ファンクはつらいよ』のなかで、80年代に「最高に格好良かったのはプリンスだ」と言っている。「彼の曲をじっくり聴いてみると、俺たちがファンカデリックでやっていたことを、ロックやニューウェイヴでアップデートしていることがわかった」
 エレクトリファイン・モジョの耳は間違っていなかった。デトロイトがプリンスを愛し、プリンスもデトロイトを「第二の故郷」と呼ぶほど愛したのも、音楽的にも、社会的にも文化的にもなるべくしてなったことだった。それはそれで美しい話だが、問題なのはいま我々が水のなかにいるってことだ。だから、たとえ水のなかでも濡れない、そんなリズムを見つけよう。そして願わくば、永遠の課題である、我らの新しい片隅の言葉を。

※本稿を書くに当たって、Pファンクを愛するふたりのアフリカ系アメリカ人の友人、ニール・オリヴィエラとデ・ジラの助けがあったことを追記しておく。


Koshiro Hino + Shotaro Ikeda - ele-king

 昨年はバンドgoatの復活で注目を集めた音楽家、日野浩志郎が新たな試みをスタートさせる。詩人・池田昇太郎と組んだ、音と声の表現を探求するプロジェクトだ。3年がかりになるそうで、初年度にあたる今年は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演「歌と逆に。歌に。」が発表される。
 テーマは戦前から活動していた大阪のアナキスト詩人、小野十三郎。かつて彼の見た街や道をめぐりつつ、彼がもとめた「新たな抒情」を独自に解釈した音楽公演になるとのこと。メンバーにはKAKUHANの中川裕貴、パーカッショニストの谷口かんな、goatの田上敦巳などこれまで日野と共演してきた面々に加え、朗読に坂井遥香、音楽家の白丸たくトが加わる。
 公演は8月16日(金)から18日(日)の4回。日野と池田による新しいチャレンジに注目しましょう。

新作音楽公演「歌と逆に。歌に。」
2024年8月16日〜18日、クリエイティブセンター大阪にて4公演開催。
音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、
音と声の表現を探る、3カ年プロジェクトがスタート。

詩人・小野十三郎の書く「大阪」を巡り、
音と声による「歌」の可能性を探る

大阪を拠点とし、既存の奏法に捉われず音楽の新たな可能性を追求し続けてきた音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、音と声の表現を探る3カ年プロジェクト「歌と逆に。歌に。」。
初年度は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演を発表する。

本プロジェクトにおいて重要なテーマとなるのが、1903年に大阪で生まれ、戦前から戦後にかけて大阪の風景や土地の人々を眼差してきた詩人・小野十三郎だ。1936年〜52年、小野が大阪の重工業地帯を取材し、1953年に刊行された詩集『大阪』と、彼の詩論の柱である「歌と逆に。歌に。」を手がかりに、同詩集で描かれた地域や地名をフィールドワークとして辿る。

小野十三郎という詩人の作品に向き合うということは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。本作ではそうした街や道、風景を巡りながら、詩集『大阪』にて描かれる北加賀屋を舞台に、小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中に試みる。

公演情報
新作音楽公演|「歌と逆に。歌に。」
日程:2024年8月16日(金)〜18日(日)
公演日時:
 ①8月16日(金)19:30-
 ②8月17日(土)14:30-
 ③8月17日(土)19:30-
 ④8月18日(日)14:30-
 ※開場は各開演の30分前を予定
会場:クリエイティブセンター大阪内 Black Chamber https://namura.cc/
料金:一般=4,000円、U25=3,000円、当日=5,000円
チケット取扱い:ZAIKOイベントページにて

関連イベント|オープンスタジオ
公演を前に、作品制作の現場を間近でご覧いただけます。
当日はリハーサルだけではなく、クリエーションやリサーチの進捗共有なども行う予定です。
日時:2024年7月7日(日)14:00-17:00
会場:音ビル(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-5-1)
料金:500円(要申込・途中入退場自由)
申込:Googleフォームにて

クレジット
作曲:日野浩志郎
詩・構成:池田昇太郎
出演:池田昇太郎、坂井遥香、白丸たくト、田上敦巳、谷口かんな、中川裕貴、日野浩志郎
舞台監督:小林勇陽
音響:西川文章
照明:中山奈美
美術:LOYALTY FLOWERS
宣伝美術:大槻智央
宣伝写真:Katja Stuke & Oliver Sieber
宣伝・記録編集:永江大
記録映像:Nishi Junnosuke
記録写真:井上嘉和、Richard James Dunn
制作:伴朱音

主催:株式会社鳥友会、日野浩志郎
共催:一般財団法人 おおさか創造千島財団「KCVセレクション」
助成:大阪市助成事業、全国税理士共栄会
協力:大阪文学学校、エル・ライブラリー
問合:utagyaku@gmail.com

コメント
日野浩志郎(作曲)|制作にあたって共同制作者へ向けたメッセージ

発端となったのは大阪北加賀屋を拠点とする「おおさか創造千島財団」から2年連続のシリーズ公演を提案されたことでした。声をテーマにした音楽公演を以前から模索していたのもあり、大阪で山本製菓というギャラリーを運営していた詩人の池田昇太郎くんに声をかけたところ、大阪の詩人である小野十三郎に焦点を当てた公演を行うのはどうかと提案してくれました。
 小野十三郎は戦前から活動を行ってきた詩人であり、アナーキズムに傾倒した詩集の出版等を経て、「短歌的抒情の否定」、つまり短歌(57577)の形式や感情的な表現を否定するという主張を行った詩人です。中でも1939年に出版された小野の代表的詩集「大阪」を読んでいると、詩の構造や感情的な表現へのカウンター/嫌悪感のようなものを感じると同時に、「硫酸」、「マグネシウム」、「ドブ」、「葦(植物のあし)」、のような冷たく虚無を感じる荒廃した言葉が際立ち、ポストパンクを聴いてるようなソリッドさに何度もゾクっとさせられました。詩集の中で大阪の様々な地名や川等が登場しますが、今回の会場である名村造船所周辺を含む工場地帯は詩集の中でも重要な場所であることが分かります。
 公演内容についてはこれからのクリエーションによって定めていきますが、現状では小野の代表的詩集「大阪」(1939)を中心に置き、小野の詩を読み取りながら音楽と昇太郎くんのテキストを制作していきます。一般化された短歌のような形式の否定というのは詩だけに留まらず、音楽に対しても同様に言及されているところがあり、音楽的常識に則ったものや直接感情的に訴えるような音楽は制作しない予定です。詩と音楽に対する関わり方も難しく、音楽を聴かせる為の詩でも、詩を聴かせるためのBGMでもない、必然的で詩と関係性の強い音楽を作ることが目標であると思っています。
 このプロジェクトは一旦3年を計画しています。最初の2年は大阪で公演を行った後、公演に関する音源作品と出版物をEU拠点の音楽レーベルから発売、そして3年目には海外公演を行うという目標で進めています。
 制作を始めてまだ間もないですが、取り上げた題材の強大さと責任の大きさを感じています。「詩と音楽」ということだけでも難しいですが、天邪鬼で尖った小野の美学に沿うには単にかっこいい表現というだけでは許してくれそうもありません。主に自分と昇太郎くんが表現の方向性の舵を切って進めていく予定ですが、各々でも小野の詩や思想に触れて解像度を上げてもらえると心強いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2024.2.15 日野浩志郎

池田昇太郎(詩・構成)|小野十三郎という詩人と向き合うこと

小野十三郎という詩人の詩と詩論に向き合うことは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。
 翻って、それは私たちの生きる時代とその社会、私たちの生まれた街、育った街、住む街、通る道、生活、私たちの思想、つまり私たち自身を訪れることでもある。
その上で、詩集「大阪」を通して小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中で再構成することを試みる。

 本作のタイトル「歌と逆に。歌に。」は小野十三郎の詩論の一節に基づくものだが、公演に用いたテキストでは、小野の詩や詩論を引用することを最低限にし、書き下ろしとすることにした。そのようにするしかなかった諸般の事情もあったが、詩人の遺した言葉から感銘を受けるに留まるのではなく、新たに言葉を紡ごうとする意義を問い直す必要があった。

 1936年から52年という時代の中で強固な意志を持って書き記された詩篇を読み解き、自らの創作言語にしていくことは並大抵ではなく、仮にあらゆる必然がそこにあったとしても、容易いことではない。
 小野の見つめた、ある時代の大阪。その時代のその街と風景以上に普遍的な目。土地から切り離された人々が、もう一度土地と結ばれるためではなく、その断絶の上で、大きな力に抗い続ける個としてあること。このアスファルトの下に流れる水が、流れ出る場所、浸み出す場所、それを吸って育つ葦、そして枯れる葦。その繰り返し。その見えない流れを捉えること。

2024.6.17 池田昇太郎

photo: Katja Stuke & Oliver Sieber

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プロフィール|出演者

photo: Dai Fujimura

日野浩志郎 / Koshiro Hino
音楽家、作曲家。1985年生まれ、島根県出身。現在は大阪を拠点に活動。メロディ楽器も打楽器として使い、複数拍子を組み合わせた作曲などをバンド編成で試みる「goat」や、そのノイズ/ハードコア的解釈のバンド「bonanzas」、電子音楽ソロプロジェクト「YPY」等を行っており、そのアウトプットの方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐に渡る。これまでの主な作曲作品は、クラシック楽器や 電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」(2016)、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」(2018-)の他、サウンドアーティストFUJI|||||||||||TAと共に作曲・演奏した作品「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」(2021-)、古舘健や藤田正嘉らと共に作曲した「Phase Transition」(2023)、等。佐渡を拠点に活動する太鼓芸能集団 鼓童とは2019年以降コラボレーションを重ねており、中でも延べ1ヶ月に及ぶ佐渡島での滞在制作で映像化した音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」(2021、監督 豊田利晃)では全編の作曲を日野が担当し、その演奏を鼓童が行った。音楽家・演出家のカジワラトシオと舞踊家・振付家の東野祥子によって設立されたANTIBODIES Collectiveに所属する他、振付師Cindy Van Acker「Without References」、映画「The Invisible Fighit」(2024年公開、監督Rainer Sarnet)等の音楽制作を行う。

(C) tramminhduc

池田昇太郎 / Shotaro Ikeda
1991年大阪生まれ。詩人。詩的営為としての場の運営と並行して、特定の土地や出来事の痕跡、遺構から過去と現在を結ぶ営みの集積をリサーチ、フィールドワークし、それらを基にテクストやパフォーマンスを用いて作品を制作、あるいはプロジェクトを行なっている。廃屋を展覧会場として開くことの意味を視線と身体の運動からアプローチしたインスタレーション「さらされることのあらわれ」(奈良・町家の芸術祭はならぁと2021)、一見するとただの空き地である元市民農園を参加者と共に清掃しながら、その痕跡を辿り、かつての様子を無線越しに語るパフォーマンス「Only the Persiomon knows」(PARADE#25、2019)西成区天下茶屋にて元おかき工場の経過を廻るスペース⇆プロジェクト「山本製菓」(2015~)、「骨董と詩学 蛇韻律」(2019~)他。

坂井遥香 / Haruka Sakai
2014年野外劇で知られる大阪の劇団維新派に入団し、2017年解散までの作品に出演。2018年岩手県陸前高田市で滞在制作された映画『二重のまち/交代地のうたを編む』(監督:小森はるか+瀬尾夏美)に参加。近年の出演作に孤独の練習『Lost & Found』(音ビル, 2020)、許家維+張碩尹+鄭先喻『浪のしたにも都のさぶらふぞ』(YCAM)、梅田哲也『入船 23』、『梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ』(ワタリウム美術館)など。場所や土地と関わりを持ちながらつくる作品に縁・興味がある。

白丸たくト / Takuto Shiromaru
音楽家。1992年生まれ。兵庫県出身。茨城県大洗町在住。実感のなさや決して当事者にはなれない事柄を、社会・歴史・その土地に生きる人々との関わりから音楽を始めとする様々なメディアを用いて翻訳し、それらを読み解くための痕跡として制作を続けている。「詩人の声をうたに訳す」をコンセプトに行う弾き語り(2016〜)や、ラッパー達と都市を再考するプロジェクト「FREESTYLUS」(2021〜)等。

田上敦巳 / Atsumi Tagami
1985年生まれ。広島県出身。音楽家日野浩志郎を中心に結成されたリズムアンサンブル「goat」のベースを担当。バンド以外に不定形電子音ユニット「black root(s) crew」のメンバーとして黒いオパールと共に不定期に活動。2011年~2018年まで「BOREDOMS」のサポートを行う他、2022年からはダンサー東野洋子とカジワラトシオによるパフォーマンスグループ「ANTIBODIES Collective」に参加。

谷口かんな / Kanna Taniguchi
京都市立京都堀川音楽高校、京都市立芸術大学の打楽器科を卒業。在学時はライブパフォーマンスグループに所属し、美術家、パフォーマー等と共演、即興演奏の経験を積む。卒業後はフリーランスの音楽家として室内楽を中心に活動。卒業後も継続して他分野との即興演奏に取り組んでいる。これまでに、東京フィルハーモニー交響楽団、京都室内合奏団と共演。近年はヴィブラフォンでの演奏に最も力を入れており、2023年11月にヴィブラフォンソロを中心とした初のソロリサイタル「vib.」を京都芸術センターで開催。

中川裕貴 / Yuki Nakagawa
1986年生まれ。三重/京都在住の音楽家。チェロを独学で学び、そこから独自の作曲、演奏活動を行う。人間の「声」に最も近いとも言われる「チェロ」という楽器を使用しながら、同時にチェロを打楽器のように使用する特殊奏法や自作の弓を使用した演奏を行う。音楽以外の表現形式との交流も長く、様々な団体やアーティストへの音楽提供や共同パフォーマンスを継続して行っている。2022年からは音楽家・日野浩志郎とのDUOプロジェクト「KAKUHAN」がスタート。令和6年度京都市芸術文化特別奨励者。

Theo Parrish - ele-king

 続々と20周年記念イベントが決定しているLIQUIDROOMから、またも嬉しいお知らせだ。8月2日(金)、セオ・パリッシュが登場、オープン・トゥ・ラストのロング・セットを披露する。昨年もすばらしいDJを体験させてくれたデトロイトのレジェンドだけれど、今回は10年前にパーティを実現できなかったLIQUIDROOMでの開催ということもあり、熱い想いのこもったパフォーマンスになるにちがいない。詳細は下記より。

[2024年7月9日追記]
 セオ・パリッシュ、名古屋での公演も決定しました。8月4日(日)16~23時@CLUB MAGO。こちらも詳しくは以下をご確認ください。

セオ・パリッシュLIQUIDROOMに降臨!
オープンからラストまでのAll Night LongセットでLIQUIDROOMの20周年を祝う。

LIQUIDROOM 20th ANNIVERSARY
-Theo Parrish All Night Long-

2024.08.02 friday midnight
LIQUIDROOM
open/start 24:00
TICKETS:¥6,000(1drink order別) / door¥7,000(1drink order別)
PRE-ORDER e+ 6/21(fri) 20:00~ 6/30(sun)23:59  7.6(sat)10:00~ ON SALE!
https://eplus.jp/sf/detail/4128980001-P0030001

セオ・パリッシュが、リキッドルーム20周年でプレイする理由。

セオ・パリッシュが音楽家としてのキャリアを開始した1996年から、もうすぐ30年。デトロイトのから発表したデビューEP『Baby Steps』では、ドナルド・バードなどをサンプリングした「Early Bird」など、ソウルフルなハウスミュージックを聴かせてくれた。しかし、1997年に自身のレーベル設立後から、独自性を発揮していく。イーブンキックといったダンスミュージックの骨格を残しながらも、まずは徹底的に楽曲から装飾を省き、テンポは概ねBPM110くらいにピッチダウン。「JB’s Edit」などに至っては、サンプリングしたホーンのフレーズの音が、意図的に割られている。常識外れな楽曲の数々に驚かされたものだった。しかし、楽曲の中心はドラムのシンコペーションとファンキーなベースラインが織りなす反復したリズムであったため、大きなサウンドシステムのクラブでプレイされることで威力を発揮。世界中で人気を獲得することになった。から発表された革新的なブラックミュージックの数々は、現在でも世界中のDJやプロデューサー、ビートメイカーへ大きな影響を与えている。また、今年スタートしたばかりのでは、王道キラーチューンをリエディット。キャッチーなフレーズを活かしながら、快楽的なフレーズを徹底的に反復させる。ここではで得た手法を使い、過去の楽曲を新しく蘇らせている。
伝統と革新。ディープなとアッパーなの楽曲は、一聴すると表裏一体のように感じるが、聴き込むほどに双方がマルチバースのように存在していることがわかる。2022年には再びアンビエント要素も包括し、実験性の高い『Cornbread & Cowrie Shells For Bertha』を。そして翌年にはシンガーのモーリサ・ローズの歌を全面にフィチャーした『Free Myself』(2023年)を発表。伝統と革新を行き来する創作が、30年近くも続けているのだ。
 DJプレイに関しても、筆者は作品に近い感想を持っている。黎明期のハウスミュージックに影響を受けた『Sketches』(2010年)発表時の来日パーティで、ダンスホールレゲエや80’sヒップホップがプレイされた。アルバムのイメージとはかけ離れているため、混乱した記憶がある。しかし、プレイに身を委ねてみると、プレイされている黎明期のダンスミュージックならでのラフで太いリズムが、『Sketches』のコンセプトに近いものだと理解することができた。
こう書いてみると、ある意味でセオ・パリッシュは、ファンの期待を裏切るDJに感じるかもしれない。しかし、本当のところは誠実で、ファン思いの人物である。2014年、リキッドルーム10周年記念パーティにて、バンドと共にステージへ立つ予定であったが、メンバーの都合でキャンセルになってしまった。観客の一人として、よくあるトラブルと承知した一方、リキッドルームのホームページには、公演中止のアナウンスと共に、セオ本人による丁寧な謝辞が掲載された。ファンへのお詫びと同時に、本人の無念さも記された真摯な文面は、今もはっきりと記憶に残っている。 
2014年から10年。リキッドルーム20周年記念のパーティで、セオ・パリッシュがオープンからラストまで単独でDJプレイをする。数々の歴史が詰まった会場で、一体どんなプレイを聴かせてくれるのか。新しい伝説の夜が、生まれそうな気がしてならない。

Sound Signature Web 
Sound Signature Instagram

2024.08.04 (Sun) 名古屋 @CLUB MAGO

DJ: Theo Parrish

Open 16:00 – Close 23:00
Advanced Ticket / Door 6,000yen (ドリンク別途)
https://club-mago.zaiko.io/item/365230

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
〒460-0007 名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818

ele-king vol.33 - ele-king

特集:日本が聴き逃した日本の音楽と出会うこと
第2特集:「和モノ」グレート・ディギング

高田みどり、本邦初ロング・インタヴュー
灰野敬二、Phew、畠山地平、蓮沼執太、角銅真実、BBBBBBB、ほか

CD時代のニューエイジ30選、ロンドンのリイシュー・レーベル〈Time Capsule〉、菊地雅章のアンビエント・アプローチ、日本のジャズ、ほか

菊判/160ページ

目次

特集:日本が聴き逃した日本の音楽と出会うこと

居心地のよい洞窟を求めて──高田みどり、インタヴュー(取材:高橋智子/写真:細倉真弓)

column この世のクズ(ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵訳)
日本の音楽との出会い1 フュー、インタヴュー (取材:野田努/写真:細倉真弓)
column 日本の前衛音楽 誰のものでもない「私」による音楽 (高橋智子)
角銅真実と蓮沼執太が語る、日本の音楽の開拓者たち――武満徹から灰野敬二、細野晴臣、坂本龍一、吉村弘まで (取材:小林拓音/写真:小原泰広)
日本の音楽との出会い2 畠山地平、インタヴュー (取材:野田努)
column 日本独特のアンダーグラウンドにおける、コンピレーション・アルバムが語るもの (イアン・F・マーティン/江口理恵訳)
column Aubeの『Cardiac Strain』は過酷な日々のなかで私の心を癒す北極星だった (緊那羅:デジ・ラ/野田努訳)
column ジャズ・ピアニスト、菊地雅章の知られざるアンビエント作品群──共演者・菊地雅晃が語るその「情感」 (原雅明)
column 豊かだから音楽が栄えたのではなく、豊かさの予感として音楽が鳴っていた──80年代日本再訪、YMOからディップ・イン・ザ・プールまで (三田格)

第二特集:「和モノ」グレート・ディギング

CD時代のニューエイジ・ディスクガイド30──掘り起こされる90年代日本の「これからの名作」 (門脇綱生)
時を超える松﨑裕子のニューエイジ音楽──世界初CD化&LPでも再発されるレア盤『螺鈿の箱』の魅力について (デンシノオト)
菅谷昌弘が紡ぐ祈りのポスト・ミニマル・ミュージック――『Kankyō Ongaku』で注目を集めた作曲家の軌跡 (門脇綱生)
60~80年代、海外に進出した日本のジャズ・ミュージシャンたち (小川充)
〈イースト・ウィンド〉設立50周年──和ジャズが世界水準にあることを証明したレーベル (小川充)
いま気になっている和ジャズ──富樫雅彦『スピリチュアル・ネイチャー』を聴く (増村和彦)
「レコード好きにとって美味しいものでありたいんです」──ロンドンでリイシュー・レーベルを営むケイ鈴木に話を訊く (取材:野田努)
続・和レアリック (松本章太郎)

「灰野敬二」が生まれるまで──灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第4回 (文・写真:松山晋也)
ブライアン・イーノとホルガー・シューカイの共演ライヴがいま蘇る──90年代のイーノ、あるいは彼にとっての作品の価値とは (野田努×小林拓音)
VINYL GOES AROUND PRESENTS そこにレコードがあるから 第4回 コンピレーションの監修と『VINYL GOES AROUND PRESSING』始動!! (水谷聡男×山崎真央)

プロフィール

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Larry Levan 70th Birthday Bash - ele-king

 まごうことなきレジェンド。1977年からNYのクラブ《パラダイス・ガラージ》のDJとして活躍、そこでかかっていた音楽がガラージと呼ばれるようになったわけだが、後世のダンス・ミュージックに多大な影響を与えたこのラリー・レヴァン(92年没)の生誕70周年を祝し、新宿ブリッジにて記念パーティが開かれることになった。
 7月5日(金)にはフランスからディミトリ・フロム・パリが来日、MURO、discoSARAとともに副都心の夜を彩る。7月14日(日)にはラリー・レヴァンから後継者に指名されたヴィクター・ロサドがロング・セットを披露。そしてラリー・レヴァンの誕生日7月20日(土)には、彼と親交のあった高橋透とDJ Noriが愛とリスペクトを込めたプレイを堪能させてくれる予定だ。なんとも豪華な3連打、この7月は新宿でアツい夜を過ごしたい。

日本のクラブシーンの黎明期に多大な影響を与えたニューヨークの聖地Paradise Garage。世界中にガラージサウンドの信奉者を生み出した伝説のDJ、Larry Levanの誕生日は7月20日、もし彼が生きていれば70歳である。

DJ BAR Bridge SHINJUKUでは、7月5日(金)数々の傑作リミックスワークをリリースしているKing of Disco Dimitri from Parisが登場しKing of Diggin’ Muroと共演。7月14日(日)には生前のLarryが自らの後継者に指名したVictor Rosadoがオープンtoクローズのロングセットを披露。そしてLarryの誕生日当日である7月20日(土)は東京の伝説的なクラブGoldにてレジデントDJを務めたTohru TakahashiとDJ Noriの2人が出演する。

Larry Levan live at Paradise Garage 1985
https://youtu.be/luAx0xKWiRo?si=kzYt599ad20kS5NV

7月5日(金)
World Connection - Dimitri from Paris -

Lineup:
Dimitri from Paris
MURO
discoSARA

Open: 20:00 Start: 21:00
Door ¥2000

昨年7月にもダンスフロアを大いに沸かせたフランスからの刺客、Dimitri from Parisが今年も新宿Bridgeに帰ってくる。昨年のDJ NORIに続きCAPTAIN VINYLからMUROとの共演が決定、ハッピーヴァイブス全開のdiscoSARAもデッキに立ち、心と体を解放してくれる一夜となるだろう。

Glitterbox Radio Show 364: Dimitri From Paris Takeover
https://soundcloud.com/glitterboxibiza/glitterbox-radio-show-364-dimitri-from-paris-takeover

7月14日(日/祝前日)
World Connection - Victor Rosado all night long -

Lineup:
Victor Rosado

Open: 20:00 Start: 22:00
Door: ¥2000

1987年惜しまれながらクローズしたNYのクラブParadise GarageのレジデントDJ、Larry Levanに唯一、次のLarryになる素質を見込まれ寵愛されたVictor Rosadoが7時間セットを聴かせてくれる。
今回は、REY AUDIO製ロータリーミキサーDJM-1、レコードプレイヤーには、Space Lab YELLOWでも使用していたTHORENS TD521 + SME トーンアーム309 + MCカードリッジのセッティングで音源本来の力を引き出す。最高な音とNYの黄金時代が生んだレジェンドDJの技術とセンスが生み出すサイケデリック空間を体験してほしい。

Victor Rosado fabric Promo Mix
https://www.mixcloud.com/fabric_London/victor-rosado-fabric-promo-mix/

7月20日(土)
Larry Levan 70th Birthday Bash!!

Lineup:
Tohru Takahashi
DJ NORI

Open: 20:00 Start: 22:00
Door: ¥1500

NYの伝説のクラブ、Paradise GarageでGarage soundと呼ばれるスタイルを確立した真の伝説のDJ、Larry Levan。生きていれば今年70歳になる7月20日、珍しくTohru Takahashiから「ラリーのバースデイバッシュをやろう!」とDJ NORIに声がかかった。Paradise Garageを体験し、Larryとも親交のあった2人の想いは計り知れず、偉大な先駆者への愛とリスペクトを込めた貴重な音楽体験になるだろう。

書店は文化である。今、本屋が熱い!

出版不況が叫ばれる中、独立書店と呼ばれる「新しい形の町の本屋」が次々と開店している。今日も日本中で個性的な魅力のある空間が生み出されている。
そこで本書では18人の書店主たちの貴重な体験の証言により、不況でも情熱とアイデアで本屋を始められる時代に生まれた、現代の “本屋のかたち” を探る。

(登場書店 全18店名)
フラヌール書店/なタ書/本屋ルヌガンガ/シカク/ON READING/BOOKSHOP本と羊/機械書房/mountain bookcase/そぞろ書房/twililight/アルスクモノイ/本屋象の旅/FOLK old book store/READAN DEAT/YATO/ひるねこBOOKS/WARP HOLE BOOKS/BOOKSHOP TRAVELLER

四六判並製/192ページ

目次

まえがき

巻頭
BOOKSHOP TRAVELLER
狭さにこそ価値がある 和氣正幸

第一章 町で本屋をやってます 様々な本屋経営を知る

フラヌール書店 久禮亮太
なタ書 藤井佳之
本屋ルヌガンガ 中村勇亮
シカク 竹重みゆき

独立書店の勃興~本屋ライターの個人史①~和氣正幸

第二章 私が本屋を開くまで 準備から継続まで

BOOKSHOP本と羊/機械書房/mountain bookcase/そぞろ書房/twililight/アルスクモノイ/本屋象の旅/FOLK old book store/READAN DEAT/YATO/ひるねこBOOKS/WARP HOLE BOOKS

あたらしい本屋の形~本屋ライターの個人史②~和氣正幸

第三章 本から本屋を考える 本屋をめぐる状況を知ろう 和氣正幸

街の本屋の生存探究、あるいは本の生態系について

本を読む、あるいは読まなくなった理由について

棚貸し本屋の現在

本屋をはじめたいと思ったら

[監修者プロフィール]
和氣正幸(わき・まさゆき)
本屋ライター。東京・祖師ヶ谷にある本屋のアンテナショップBOOKSHOP TRAVELLERの店主でもある。2010年よりサラリーマンを続ける傍らインデペンデントな本屋をレポートするブログ「本と私の世界」を開設。現在は独立して、「本屋をもっと楽しむポータルサイトBOOKSHOP LOVER」の運営を中心に、“本屋入門”などのイベントも開催。そのほか東京新聞での連載「BOOKS」など各種媒体への寄稿、電子図書館メルマガの編集人など本屋と本に関する活動を多岐にわたり行う。

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全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『さあ、本屋をはじめよう 町の書店の新しい可能性』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

P137

ネイバーフッドを大切に。


ネイバーフッドを大切に。
 と言いながら本日、出したかったものが一つ締切に間に合いませんでした。
 現実と理想はかくも距離があるものです……。

P137~138

インターネットで本を買うという行為が浸透している現在では、体験としての書店空間に価値を見出すには、違いがある方が豊かだと思うので。
 と言いながら本日、出したかったものが一つ締切に間に合いませんでした。
 現実と理想はかくも距離があるものです……。


インターネットで本を買うという行為が浸透している現在では、体験としての書店空間に価値を見出すには、違いがある方が豊かだと思うので。

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