「IR」と一致するもの

interview with Koichi Matsunaga - ele-king

 DJイベントでもなんでも、そこにコンピューマの名前を見つける確率は、彼が仲間たちと精力的にライヴ活動をしていた90年代よりも、ゼロ年代以降、いや、テン年代以降のほうが高いだろう。年を追うごとにブッキングの数が増えることは、近年のアンダーグラウンドにおいては決して珍しい話ではない。シカゴのRP Booやデトロイトのデラーノ・スミスやリック・ウィルハイトのように、大器晩成型というか、年を重ねてから作品を発表する人も少なくなかったりする。ことにDJの世界は、ミックスの技術やセンスもさることながら、やはり音楽作品に関する知識量も重要だ。ゆえにコンピューマのDJの場が彼の年齢に比例して多くなることは、シリアスに音楽を捉えているシーンが日本にはあるという証左にもなる。
 とはいえ、そうした文化をサポートするシステムや人たちが大勢いる欧米と違って、この国でアンダーグラウンドな活動を長いあいだ続けることはそれなりにタフであって、だからコンピューマのようなDJはいままさにその道を切り拓いているひとりでもあるのだ。先日、アルバム『A View』を発表した松永耕一に、まあせっかくだし、これまでの活動を思い切り振り返ってもらった。

当時はそれを世に出すなんてことはとてもじゃないですが考えたことなかったです。「チェック・ユア・マイク」にはバイト仲間の友だちと一緒に応募しましたが、テープの段階で見事に落ちてました(笑)。

音楽活動をはじめてからいま何年目ですか?

松永:音楽活動は、バンド/グループのメンバーとして参加したのはADS(Asteroid Desert Songs)が初めてです。1994年末にADSイベントをはじめて、作品を出したのが確か1995〜6年にEPミニ・アルバムを出してますので、その頃から音楽活動をはじめたということになるのではないかと思います。

ADS( Asteroid Desert Songs)がきっかけだった?

松永:バンドやグループに入って、自分自身が何か楽器を演奏して音を奏でるっていうことは、それまではあまり考えたことがなかったんです。どうにもリスナー気質で、DJはやりたいと思っていましたが。そう、だから聴くの専門で、ただ高校時代ダンス・ミュージックのメガミックスが流行ったり、メジャーの音楽でもホール&オーツでのアーサー・ベイカーのリミックスなどを知ってからは、自宅でラジカセでカセットテープを切り貼りしてみて、下手くそながら連打エディットにトライしてみたり、強引にカットイン繋いだりしてみたり、もちろん遊びの延長で全然上手くできないんですが、雰囲気や気持ちだけは(笑)。
 その後上京して、コールドカットや「Lesson 3」などヒップホップ的メガミックスを知ってから、学生時代に4トラックMTRを使ってトラック作りの真似事やコラージュミックスなどを下手っぴで作ったりしたことはありましたけど、当時はそれを世に出すなんてことはとてもじゃないですが考えたことなかったです。〈チェック・ユア・マイク〉(※90年代初頭にはじまったECD主催のヒップホップのコンテスト)にはバイト仲間の友だちと一緒に応募しましたが、テープの段階で見事に落ちてました(笑)。
 そういうこともオタクDJの延長でやってました。なので、まさか自分がバンド/グループに関わって何か作品を出すことになるなんてことは思ってもいませんでした。

ヒップホップが大きかったんですか?

松永:リスナーの延長線上でも身近に音として戯れられるというか、こういう音の組み合わせにしたら何か新たな発見や楽しみ方ができたりワクワクしたのはあの時代に出会ったヒップホップ的ミックス感覚でした。大好きで影響を受けたのは、いとうせいこう/ヤン富田/DUB MATER X『MESS/AGE』、KLF『Chill Out』に『Space』、デ・ラ・ソウルの1stと2nd、ジャングル・ブラザース、パブリック・エネミー、そしてジ・オーブも。グレイス・ジョーンズ『Slave to the Rhythm』、マルコム・マクラレン『Duck Rock』などもあらためて……こういった作品やアーティストのセンスとユーモア、コラージュ感覚にとても惹かれました。クリスチャン・マークレイの存在もこの時期に知ってさらに世界が広がりました。あとは細野晴臣さん責任編集の季刊音楽誌『H2』の存在も大きいです。

KLFの『Chill Out』と『Space』が出てきたのは、その後のコンピューマの作風を考えてると腑に落ちますね。

松永:大胆なコラージュ感覚とか、惹かれました。アート・オブ・ノイズも大好きでした。

本当にサウンド・コラージュが好きだったんだね。

松永:いま訊かれて気付いたんですけど(笑)。そういう組み合わせの心地よさを無意識に感じていたんでしょうね。学生時代の音楽仲間と、いろんなジャンルのレコードのビートレスの曲のみでノンビートに近いDJミックスを作ったりしていたことも思い出しました。

10代のころ好きだったレコードを挙げるとしたら?

松永:PiL「Public Image」『Metal Box』『This Is What You Want…』、アート・オブ・ノイズ『Who’s Afraid Of The Art Of Noise』『Moment In Love』、プロパガンダ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドまで〈ZTT〉ものが好きでした。

東京出てきてからの方が音楽にハマった感じ?

松永:インターネットもまだなかったですし、当時の同じ地方出身者同様に、熊本での限られた情報のなかで雑誌やラジオ、テレビを聴いたり見たりしながら、ラジオ短波でエアチェックしていた大貫憲章さんの全英トップ20だったり、NHKサウンドストリートだったり、音楽雑誌で紹介されてるアルバムを聴いていました。ただ、小遣いも限りがあるし、いわゆる田舎の普通の高校生の趣味の範疇での世界で、情熱はありつつも、そこまで深追いはできてなかったのではないかと思います。
 思いだすのは、高校入学してすぐに仲良くなった音楽に詳しかった同級生から、彼の寮の部屋でペンギン・カフェ・オーケストラやブライアン・イーノを教えてもらったりして、衝撃を受けたりしてました。環境音楽? アンビエント? こんな音楽もあるんだとか。ヒップホップも、好きだったPiL経由で“World Destruction”を知って、アフリカ・バンバータの存在を認識しました。で、ジャケットがカッコよかった「Renegade Of Funk」の12インチを買ったり……。コールドカットのようなメガミックスものをちゃんと知るのは80年代後半に東京に出てきてからです。そこからまた新たな音楽世界を知っていくことが日々楽しくて楽しくて、友だちとレコード屋行きまくって、もちろん一人でも。当時は試聴もできなかったからレコードのジャケの雰囲気や裏面、見れたら盤面クレジットを舐めるように見て妄想して買ってみて、当たることもあれば、まったく予想と違っていたり、外したり……。ただ、そのときには聴いてよくわからなくても何とかわかろうとする気持ちというか、何度も聴いてみて、そこから新たな発見したりしなかったり……。買ったあろにあーだこうだと語り合ったり、お金もあまりないからレア盤はなかなか買えないし、とにかく安いレコードを買いまくって、そこから新たなグルーヴやあえてビートのない部分でかっこいいパートを探したりもしてました。コラージュするために(笑)。

面白いですね(笑)。

松永:とにかく安く中古レコードを売っているお店に行って、ネタが見つかったらすかさず報告しあう。みたいなことをやってました(笑)。

バイトは?

松永:当時、埼玉県の川越にあった〈G7〉っていうローカルなレンタル・レコード屋さんです。国内盤だけじゃなくて、輸入盤のCDやLP、12"、日本のインディも扱ってました。ヴィデオ・レンタルもやっていたり、なかなかマニアックなものが揃っていましたと思います。そこでの経験や出会った先輩や同僚、みなさんからの影響が大きかったです。

ADSは〈WAVE〉(※80年代から90年代まであって西武資本の大型輸入盤店、当時は影響力があった)で働くようになってから?

松永:そうですね、〈WAVE〉に入ってからですね。ただ、ADSのイベントの初期では、〈G7〉時代の友だちにも手伝ってもらったりしてました。

〈WAVE〉で働くきっかけは?

松永:就職活動の時期、1990年に『ミュージック・マガジン』に〈WAVE〉の社員募集の広告が出ていたんです。〈WAVE〉には当時憧れていたし、よく通ってもいたので応募して、面接も何度かあったりしました。社員入社して……、ちょうどその頃、ヒップホップやダンス・ミュージックを経た新しいタイプの音楽がどんどん登場するような時代だったので。なんとなくですが、自分もそういう新しい音楽をいろいろ紹介できるといいな、という夢を漠然とではありましたが、何となく描いていました。

担当はどこだったでんすか?

松永:入社してすぐは〈WAVE〉の店舗ではなく〈ディスクポート〉という百貨店のなかにあるいわゆるレコード屋コーナーの店舗に配属されて、そのときの上司にお願いしまくって入社2年目にようやく渋谷のLOFTの1階の路面にあった渋谷〈LOFT WAVE〉に何とか移動できたんです。そこで、レジやアシスタント業務をしながら若手の一員としてワイワイと働いていたんですが、『RE/SERCH』誌の「Incredible Strange Music」特集号の出る前、その後のモンド・ミュージック前夜、『サバービア・スイート』が流行りはじめる頃に、そのサバービア関連アイテムを紹介できる小さなスペースをいただいて、本で紹介されていたムード/ラウンジ・ミュージック、エキゾチック・サウンズやオルガン・ジャズ、サントラ、ムーグものなどジャンル分けが難しいような作品やアーチストのCDになっている盤をセレクトして、それにプラス自分の勝手な妄想盤、サン・ラやジョー・ミーク、それに宇川直宏さんが作っていたハナタラシのライヴ音源にボーナス音源でついていたストレンジなムーグものやエキゾチック・ヴードゥーものセレクションCDをどさくさでサバービア関連と一緒に置いてみたりして……。そういえば当時、この売り場を見た橋本徹さんに「これはサバービアでない」と冗談まじりに怒られたり、とにかく無理矢理そういうコーナーをやらせてもらったんです。いま思うとホント勝手な奴で……若気の至りとはいえ、いろいろ反省してます。

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とにかく安いレコードを買いまくって、そこから新たなグルーヴやあえてビートのない部分でかっこいいパートを探したりもしてました。コラージュするために(笑)。

音楽制作をやるきっかけは、村松誉啓くん(マジアレ太カヒRAW )との出会い?

松永:もちろんです。それまで、先ほど少しお話ししたように、学生時代にコンテストへ応募したりもしてみましたが、本格的に音楽制作をやるきっかけは、村松さん、高井(康生)さんと出会ってADSをはじめてからです。

どうやって出会ったの?

松永:ヤン富田さんがプロデューしていたハバナ・エキゾチカ経由でバッファロー・ドーターも好きになって、サバービア橋本徹さんからの紹介でムーグ山本さんと出会いました。当時バッファロー・ドーターが渋谷のエレクトリックカフェでライヴをやるというので、それを見に行って、ライヴ終了後にムーグさんから村松さんを紹介していただいたんです。村松さんは当時、『i-D Japan』という雑誌の編集を手伝っていて、同誌の「オタクDJの冒険」というコーナーを担当していました。だからぼくのほうは勝手ながら村松さんのことを、あのコーナーを担当したあの人だ! と知っていたんです。
 出会った頃の村松さんは、灰野敬二さんのような髪型していて、とんでもなくお洒落で……。当時の界隈ではなかなか存在感のある目立ってた人だったのではないかと思います。高井(康生)さんもそこで紹介されて、全員がヤン富田さんが大好きということで、いろいろ盛り上がって話しているうちに、みんなでDJイベントをやろうと意気投合して。高井さん、村松さんはそれぞれ楽器もできるというので、いろんなアイデアからDJと演奏との実験的セッションみたいなことをDJイベントとしてやってみようと、それがADSのはじまりでした。1994年だったと思います。青春ですね。ムードマン〈M.O.O.D.〉からEPを出してもらう前のことです。


Asteroid Desert Songs
Pre-Main E.P.

M.O.O.D.(1996)

 〈WAVE〉繋がりもあって仲良くしてもらっていた、ちょうどその頃にオープンした〈LOS APSON?〉の 山辺(圭司)さんにもDJをお願いしたり、〈LOS APSON?〉経由で知り合った宇川(直宏)さんにVJをお願いしました。その後、佐々木(敦)さんから四谷P3でのイベント「Unknown Mix」でのライヴに誘われて、村松さんドラム、高井さんがギターを担当するという、バンド演奏に初めてトライしてみました。ベースは当時、村松さんがDMBQのベース龍一君と3人でUltra Freak Overeatというバンドをやっていたんですが、そのベースだった(高橋)アキラ君(アキラ・ザ・マインド)を誘いました。で、ターンテーブルが自分という。消防士のヘルメットをレンタルしてコスプレして、ビーチ・ボーイズの“Fire”をカヴァーしました。ヘルメットで、ヘッドホン・モニターがめちゃくちゃやりずらかったことを思い出します(笑)。

ADSといえば、村松君の機材で変調させた子供声も評判でしたが、あれも最初から?

松永:最初からですね。エレクトロ愛から。チップマンクスはもちろんバットホール・サーファーズもちらり(笑)。

エレクトロ愛が高まったのは、ADSを組んでから?

松永:より高まりました! とにかく、エレクトロ愛は、村松さんと出会ってさらに加速したっていうのはあると思います。

村松くんはもうエレクトロ?

松永:ビリビリにバリバリでした! 自分もそれに感化されながら、日々エレクトロ愛を邁進してました。それと同時に、お互い当時リリースされる数多くの新譜もかなりチェックしてました。

あの時代は新譜が常に最高だったからね。

松永:毎週火曜日でしたっけ? CISCOの壁一面にその週のイチオシのものがバーン! と並んで、全員それを買うみたいな、そういう時代ですもんね。

ADSは2年ぐらいで終わってしまって、すぐにスマーフ男組になるじゃないですか。あれは?

松永:自然の流れというか。もっとエレクトロに絞った活動をやりたくなって、それで、スマーフ男組になったという感じです。

松永くんはまだ〈WAVE〉で働いていたんですか?

松永:渋谷の〈LOFT WAVE〉から関西へ異動を命じられたんですね。非常に悩んだんですが、ADSをはじめてすぐの頃だったんで、どうしてもそのときは東京にいたかった。それで泣く泣く〈WAVE〉を退社して……。その後、タワーレコード渋谷店へ何とか再就職できたという流れになります。

それでいきなり、いまや伝説となったいわゆる「松永コーナー」を作ったんだ?

松永:1995年当時、タワーレコード渋谷店が現在の場所に移転したタイミングでした。6階がクラシックの売り場で、現代音楽の売り場もその階にもあったんです。ただ5階のニューエイジの売り場の隅にも現代音楽の一部も扱いつつ、アヴァンギャルドやその狭間みたいな、ジャンルは何?的な、売り場ではなかなか取り扱いが難しく扱いしづらいアーティストや作品を置けるような……当時は音楽産業絶好調で、しかも大型店だからできたと思うんですが……、余白を扱えるスペースとして機能できそうな売り場を作ることができたんだと思います。
 タワーレコード渋谷店が現在の場所に移転した年で、ぼくはその5Fのニューエイジの売り場へ配属になって、上司や同僚と試行錯誤しながら、お客様やアーティストたちと併走するような形で学ばせてもらい、その売り場を形作ろうとしたように思います。クラシック現代音楽のコーナーにあるようなコンテンポラリー・ミニマルなアーティスト作品から電子音楽、ニューエイジ、アヴァンギャルド、アンビエント、民族音楽、フィールド・レコーディング、効果音、そしてこの時代ならではでのジャンル分けの難しい、規定のジャンルやコーナーでは取り扱いの難しいアーティストや作品を紹介できるような売り場になっていったんです。最初は売り場に名前をつけようがないのでとくに付けてなかったのですが、どうしてもコーナー・サインとして何かしらのジャンル名を付けなくてはならなくなって、ホント難しくて、悩みに悩んで“その他”(OTHERS)コーナーと付けたように思います(笑)。

あのコーナーはホントに面白かったですよ。サン・ラー、ジョン・ケージ、ジョー・ミークやアンビエントまで、ジャンルの枠組みを超えたDJカルチャー的なセンスで展開していました。

松永:そういう時代だったんでしょうね。

赤塚不二夫まで置いてあったよ(笑)。

松永:アニメーション作家レジェンド久里洋二先生の廃盤だったVHS作品をタワレコ渋谷店のみで限定再発とか(笑)。ESGのライヴ・アルバムなんかは、卸業者さんを通じて直接メンバーに連絡してもらい、残っていたCD在庫200枚をすべて卸てもらったり、上司の高見さんがイタリア〈Cramps Records〉のジョン・ケージやデヴィッド・チューダー、アルヴィン・ルシエ、『|Musica Futurista 』(※ルイジ・ルッソロなど、未来派の音楽の編集盤)などの電子音楽の古典的名作アルバムの数々をいち早く独占CD化したり、思い出すといろいろ懐かしいです。
 デヴィッド・トゥープの影響も大きかったです。1996年に『Ocean of Sound』のCDも出たし、あのリリースには勇気づけられましたね。あのコンピレーションがメジャーレーベルからオフィシャル・リリースされたことで、ジャンルを横断的に楽しむってことは、もう普通になりつつあるんだなってことをあらためて感じて。そういう時代が来たんだなと。あれは嬉しかったです。実際、売り場でもものすごく売れました。

幅広いけど音楽への深い愛情と信念、ユーモア、その音楽を自分自身へと浸透させる力、そこへの気持ち、自分の言葉として語ること、宿る気持ち。村松さんはその説得力と音楽愛は半端じゃなかったです。

松永くんはそういう自分のレコ屋のバイヤーとしての仕事をやりつつ、音楽活動もやってきている。だからあの時代のクラブの感じやレコード文化の感じの両方わかっているよね。ところで、スマーフ男組という名前は、村松くんが付けたの?

松永:ふたりでつけたんですよね。ADS(Asteroid Desert Songs)のネーミングからの反動もあって(笑)。エレクトロでは“スマーフもの”っていうスマーフをテーマにしたりタイトルに付けたクラシックがけっこうあって、ブレイク・ダンスの型にも“スマーフ”っていうスタイルがあったり、1980年代、エレクトロとアニメのスマーフがわりと繋がっていたところがあった。スマーフのキャラもかわいいし、村松さんも自分もフィギュアやグッズも集めてたんです(笑)。それとPファンクやヒップホップのように、何とかクルーとか何とかプロダクションとか、次々と入れ替わり立ち替わりメンバーを迎え入れる不定型の集まりでいるような、そういうものにもどこか憧れていたので、それで男組になったんです(笑)。とはいえ、結局のところは村松さんとアキラくんと自分、ほぼこの3人での活動でしたが(笑)。

スマーフ男組の最初の音源は?

松永:〈P-Vine〉から出たマイアミベースのコンピ(『Killed By Bass』1997年)だった気がします。そのあとに〈File〉からの『Ill-Centrik Funk Vol. 1』(1998年)。〈Transonic〉からの『衝撃のUFO 衝撃のREMIX』(1998年)への参加だったと思います。


Various
Ill-Centrik Funk Vol. 1 (Chapter 2)

File Records(1998)

松永くんから見て村松くんはどういう人だったの?

松永:天才ですね。ADS、スマーフ男組と一緒に活動させてもらっていましたが、ある意味では、自分も村松さんのファンで、村松さんの才能やすごさを世に伝えたいっていう気持ちがずっとあったように思います。

彼の海賊盤のミックスCDを聴くと、フリー・ジャズからポップスまで、選曲が本当に自由じゃないですか。あのセンスはずっとそうだったんですか?

松永:ずっとそうですね。幅広いけど音楽への深い愛情と信念、ユーモア、その音楽を自分自身へと浸透させる力、そこへの気持ち、自分の言葉として語ること、宿る気持ち。その説得力と音楽愛は半端じゃなかったです。掘り下げ方、レコードやCDクレジット、ジャケットや盤面への思い、愛情と向かい合い方、情熱、気持ち。姿勢、本当にオールタイムで学ばせてもらったというか。

ぼくはこういう仕事してるから音楽好きに会うんですけど、でもその「好き」の度合いが、けっこう軽かったりする人も少なくないんです。でも村松くんの「音楽が好き」っていうときの「好き」は、すごいものがあったよね。

松永:ホントそうですよね。そして、どこかカリスマ的なユニークなスター性もあったというか。


スマーフ男組
スマーフ男組の個性と発展

Lastrum(2007)

Smurphies' Fearless Bunch* And Space MCee’z
Wukovah Sessions Vol. 1

Wukovah(2007)

『スマーフ男組の個性と発展』は、本当はもう少し早く出すはずだったんだよね?

松永:『Ill-Centrik Funk』が98年なんで、本当はその後すぐに出ていてもおかしくなかったんですよね。でも、そこから10年くらいかかってしまいました(笑)。ただその分、なんとも味わい深いアルバムができたと思うんですが、ADSからスマーフになって、その勢いがある時期でのリリースは完全に逃してしまいました。(笑)。
このデビューアルバムをリリースした後に下北沢〈Slits〉スタッフだった酒井(雅之)さんに声をかけてもらって、 酒井さんのレーベル〈 Wukovah〉からSpace MCee'z(ロボ宙とZen-La-Rock)とのJohn Peelセッションばりのスタジオ・セッション・アルバム(『Wukovah Sessions Vol. 1』2007年)をリリースしたんです。このプロジェクトを経て、スマーフ男組のライヴ・バンドとしての新しい可能性も感じて、メンバー3人ともすごくフレッシュな気持ちでそこへ向かい合っていました。その頃はたくさんライヴもやったんですよ。

音楽活動とレコ屋での仕事とのバランスはどういうふうに考えてました?

松永:もう両方やってくしか生活できないっていう、ただそれだけです(笑)。

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悪魔の沼を10年以上まだ続けられて、現在もオファーをいただけて3人でプレイできているというのはホントにありがたい限りで、はじめた頃のイメージからすると信じられないありがたさです。

DJはもうスマーフになってからはやってました?

松永:DJはADSをはじめる前、〈WAVE〉に入った頃に六本木〈WAVE〉にいた同期入社だった井上薫君や現kong tong福田さんに誘ってもらって西麻布にあった〈M〉(マティステ)でやらせてもらうようになって、そこからADSイベントにもつながっていくのですが、スマーフ以降2000年代以降の大きな経験ということであれば、(東高円寺のDJバー)グラスルーツの存在が大きいです。店主であるQくんにDJ誘っていただいて、あの場所でいろいろと鍛えられました。タワーレコード渋谷を離れた頃、2004年、毎月水曜平日の夜中に「コンピューマのモーレツ独り会」っていう一人DJ会を1年間、全12回をやらせてもらったり。翌年には「二人会」シリーズ「ふらり途中下車」になって、これ以降、グラスルーツを拠点にDJとしての活動が本格化したように思います。

自分のレーベル〈Something About〉もはじめますよね? 最初は自分のミックスCDだったね?

松永:そうなんです。『Something In The Air』という自分のミックスCDでした。ちょうどそのときもリリース後にele-kingのwebサイトで野田さんに取材(Something In The Air)していただきました。2012年なんで、もはや10年前なんですよね。時間が経つのが早すぎます。

はははは。

松永:このミックスCDをリリースする2010〜11年頃は、個人的にもプレイスタイルの過渡期で、自分のDJスタイルを見つめ直していた時期でした。引っ越しもあったりして、あらためてレコードやCDのダンボールを整理したりしつつ、タワレコ渋谷5F時代に紹介した電子音楽や実験音楽などのCDをあらためて聴き直したりして、自分なりにDJミックスの表現の可能性を追求してました。東日本震災も大きいかもしれません。そんな中で生まれたのが『Something In The Air』でした。

あれはまさにサウンド・コラージュ作品だったよね。

松永:この作品を制作するにあたって、密かに大きかったのが、2000年代初頭、永澤陽一さんのパリコレのファッションショーの音楽を担当する機会をいただいて、テーマや意向を詳しく教えてもらって、それをイマジナリーに音や音楽に変換してみて、その候補になりそうな音源サンプルを打ち合わせの際にたくさん持っていって、それらをひとつひとつ聴いていただいて、そのなかからじょじょに絞っていきながら、最終的に絞り込まれた厳選音楽素材、それらの音源を組み合わせてショーの音楽を構築していきました。10〜15分ほどの短いショーの時間内で、その音世界としてどのように起承転結を作ってくかというときに、自分の技術力の問題や選ぶ音楽の傾向や種類も関係したかもしれませんが、ビートが強くある曲を選ぶと、どうしてもBPMで繋いでいかなきゃいけなくなったり、カットアップ&カットインのポイントやタイミングの難しさや違和感にも繋がるから、なるべく柔らかに変容していくようにするために、どうしてもビートのあまり強くないものやノンビートのものを意識して選んでミックスしていたんです。その頃の経験が、その後『Something In The Air』でミックスしているようなことに繋がっていったように思います。

どんな感じだったんですか?

松永:拙い英語力なので、コミュニケーションもままならないなか、現地スタッフさんと一緒にルーブル美術館の地下のフロアでひとり冷や汗かきながらMDプレイヤー数台とラック式CDプレーヤーを数台積んで。PA卓でショーのリアルタイムでプレイをトライしてました。モデルさんの出るタイミングやシーンの雰囲気の変わるタイミングを察しながら、舞台監督からの指示をもう片方の耳でモニターしながらでのプレイでもあるので、もうそれが半端じゃない尋常じゃない緊張感というか、絶対にミスれないので、めちゃくちゃドキドキで、かなり鍛えられた気がします。その経験を4〜5年やらせていただいたように思います。でもそのときの思い出として、ショーを無事に終えれてフィナーレのタイミングで拍手をもらったときの嬉しさやホッとする安堵感はいまでもたまに思い出します。貴重な経験させてもらいました。


Something In The Air
mixed by COMPUMA

2012

『Something In The Air』はエディットなしのライヴミキシング?

松永:基本そうですね。

それはじつに興味深いですね。で、『Something In The Air』は当時すごい反響があった。

松永:うーん。どうなんでしょうか。やっぱりアンダーグラウンド・リリースですし。でもあの作品をリリースしたことは自分にとってとても大きかったように思います。

コンピューマ作品のひとつの原点になったよね。

松永:それは本当そうですね。ありがとうございます。

松永くん個人史のなかで、人生の節目というのはいつだったと思いますか? 

松永:そうですね。ソロ名義のアルバムをリリースしたいまのタイミングも大きそうな気がしますし、まだまだこれから先も続いていく、続いていってほしいとも思ってます。なので、これから先にもまだまだそのようなタイミングがいくつかあるかもしれませんが、これまでということで考えてみると、さっきとも重複してしまいますが、やはり震災を経て2012年初頭『Something In The Air』、あの作品をあのタイミングでリリースしたことは大きいかもしれません。自分のなかですごく楽になったというか、励みになりました。こういう世界観やプレイスタイルもDJ ミックスとしてトライしていいんだっていう、自信とまではいかないですけど、もっとやっていいんだ、ということに繋がったと思います。それと2017年に浅沼優子さんの尽力のおかげもあって、ドイツ〈Berlin Atonal〉へ出演できたこと、そこでDJ経験できたことも大きいと思います。何か景色が変わった気がします。

いっぽうで悪魔の沼もはじめます。

松永:下北の〈MORE〉、厳密にいうと〈MORE〉店長だった宮さんがその前にやっていた同じく下北沢ROOM”Heaven&Earth”ではじまったイベントだったんです。メンバーのAWANOくんから「沼」をテーマにイベントをやるので一緒にやりませんかと、そして、何かいいタイトルないですかと相談されて、そのときに「沼」と聞いて、瞬間的にトビー・フーパーの映画『悪魔の沼』のポスターの絵、大鎌を振り回すオッサンのあの絵が頭にパッーと浮かんだんです。それで冗談まじりに『悪魔の沼』」はどうですか? と(笑)。で、AWANO君から「誰か一緒にやりたい人いますか?」と尋ねられて、その頃自分は勘違いスクリュー的なプレイを盛り上がってよくやってた頃で、コズミック(イタロ・ディスコ)が再評価された後の時期でもあったので、西村(公輝)さんは面識はあったのですが、それまではDJご一緒したこともほぼなかったんです。AWANO君と西村さんは学生時代から縁もあって、それもあって西村さんとご一緒できたらと思って声をかけていただきました。悪魔の沼イベント初期は全編ホラー映画のサントラのみでトライしてみたり(笑)。初期は一人30分交代だったので一晩で3〜4セットをプレイするという、皆レコード中心だったので準備だけでもなかなか大変で、かなりしごかれました(笑)。オリジナルメンバーとしては二見裕志さんも参加されてました。一時期、1Drink石黒君も参加していたこともありました。そんなこんなを経て、現在の3人になりました。その頃に、ミヤさんに「3人でback to backでやってみたら」とアドバイスもらい、試しにそれをやってみたことがきっかけで現在のスタイルに繋がってます。
〈MORE〉時代の沼イベントは、およそ季節ごとの開催でした。フリーゆで卵とか、フリーわかめとか、幻や沼汁というドリンクあったり(笑)、毎回ゲストを迎えながら、ダンス・ミュージックながら自由に沼を探ってました。

これだけ長く続いているのは、やっぱ楽しいから?

松永:自分的には、ADS、スマーフ男組を経て、そしてDJの延長線上でもあったし、沼がテーマでしたし(笑)、なんだかとても気持ちが楽だったんです。季節ごとにやる趣味の会合や寄り合いくらいの感覚だったというか、なので、10年以上まだ続けられて、現在もオファーをいただけて3人でプレイできているというのはホントにありがたい限りで、はじめた頃のイメージからすると信じられないありがたさです。西村さん、AWANO君との共同プレイで、ヒリッとした刺激はもちろん、毎回の化かし合い含めて切磋琢磨し続けられているのはホントにありがたいなと思ってます。

松永くんはDJをやめようと思ったことってないの?

松永:いまのところ意識的にはないですね。ただ、いつまでこういうことを現場でやっていけるのか。やっていいのか。やり続けていいのか。ということはここ最近何となく思うこともあります。コロナ禍以降、最近は、より若い世代や幅広いジャンルの素敵なDJやアーチストさん、バンドとご一緒する現場も多くて、幅広い世代の皆さんと一緒に音を奏でられることにも大きな喜びを感じてます。それと長年サポートしてくれている友人と家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

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もう本当にそれはありがたい限りでして。一緒に遊ばせてもらってるっていうか、彼らと話していると、たまに、「お父さんと(お母さんと)同い年です。コンピューマさんの方が年上です。」とか話してくれたり(笑)。

それで、今回のアルバム(『A View』)が、これだけ長いキャリアを持ちながら、初めて自分の名前(COMPUMA)で出したアルバムになるんですよね。

松永:はい。

元々は演劇のために作ったものを再構築したっていう話なんですけど、作り方の点でいままでと変わったところってあります?

松永:僕はミュージシャンではないので、できることがかなり限られてるんです。だから、ある意味で音楽を作る場合は、諦めからはじまるともいいますか。今回の作り方も基本的にはそういう意味では一緒なんですが、ここ近年での制作は、今作も含めて、Urban Volcano Sounds/Deavid Soulのhacchiさんの存在はすごく大きいです。

ダブでやミニマルであったり、松永くんのDJミキシングのサウンドコラージュ的に作っていたものとはまた違うところにいったように思いました。

松永:今回は、北九州の演劇グループ〈ブルーエゴナク〉さんからオファーいただいた演劇『眺め』のための音楽が基になってます。 2021年春頃に〈Black Smoker〉からリリースした『Innervisions』というミックスCDがありまして、その内容がかなり抽象的な電子音のコラージュが中心で、ダンス・ミュージックと電子音楽の狭間を探求するような、わりと内省的な内容だったんですけど、ブルーエゴナク代表の穴迫さんがこのミックスCDを購入していただいたようで、そこからオファーをいただきました。自分的には当初『Innervisions』の感じの抽象的なものだったら何とかできるかもしれないと思って、リクエストもそんなような感じの内容だったんで、それであればいけるかもということでお受けしたんですが、具体的に進行させたところ、実際にはかなり場面展開もあって、抽象的な音がダラッと流れるだけじゃどう考えても成立しないということがわかって、しかも九つの場面用の音楽が必要ということで、実のところかなり焦りました(笑)。
そこからBPM90でミニマル・ミュージックというお題をいただいたり、台本から音のイメージにつながる言葉をいくつもいただいて、それらの言葉をイマジナリー音に変換していって、それらをパズルのように組み合わせて試して構築していきながら制作を進めました。

『眺め』という言葉を松永くん的に音で翻訳してたと思うんですけど、どんなふうに解釈してどんなふうに捉えていったんですか?

松永:演劇タイトル「眺め」から当初感じていたのは、何となく、どこか遠くからというか、俯瞰してるような感覚でした。ただ、制作を進めていく中で、これは俯瞰だけではなくミクロでマクロな世界観も含めての「眺め」なんだと再認識しました。

穴迫信一さんさんのライナーノーツにすごくいいことが書いてありました。希望が見えない時代のなかで、いかにして希望を見つけていけばいいんだろうみたいな、それを音に託したというような話があって。

松永:本当に恐縮で素敵なライナーノーツをいただきました。そして何より演劇の音楽を担当するという貴重な機会をいただいて心から感謝してます。

松永くんの関わってきた音楽作品はダークサイドには行かない、それは意識していることなんですか?

松永:そうですか。そういうイメージなんですね。そこは無意識でした。ダークサイドに行っているか行ってないかどうかは自分ではわかりませんが、今作に関しては、演劇のための音楽でしたので、舞台と装置、照明や映像、お芝居もそこに入ってくるので、そういう意味では、今まで作った作品以上に、どこか余白の部分が残ることを意識した音、イメージとして何か少し足りないくらいの音にすることは意識しました。あとは、何と言いますか、何でもない、聴き疲れしまい音を目指すと言いますか、、

それはなぜ?

松永:最初は自分の持っているシンセなどで用意した個性的な音を合わせたりしたみたんですが、どうにも今回は、なんだかイメージが合わなかったんです。それとミニマル・ミュージックというテーマもいただいていたので、そこも意識しながら発展させてみました。何も起こらない感覚といいいますか、インド古典音楽ラーガ的メディテーショナルな世界も頭のなかに浮かびつつ。

いまでもレコードは買っていますか?

松永:新譜も中古もレコードもCDも買います。カセットテープもたまに。データで買うものもあります。全部のフォーマットで買ってますね。笑

いま関心があるジャンルとかあります?

松永:オールジャンル気になった新譜をサブスクで軽く聴いたり、そこから気に入ったものはCDやレコードでも買ったりするんですが、サブスクって、ふと思ったのですが、便利なので活用しますが、何と言いますか、聴いてるけど何となく聴いた気にだけなっているというか、しっかりと自分の中に沁み込んでこないというか。年寄りだからなのかもしれませんが、レコードCDで購入する音源への思い入れが強すぎるのかもしれませんが、長年の習慣での癖が抜けきらないんですかね。購入したものでないとなんだかしっかりと頭に記憶されないというか(笑)。DJプレイに関わるものはまた別ですが、リスニングするものは幅広くオールジャンルに話題作、旧譜もチェックしてます。これも年のせいなのか、より耳疲れしないような音楽と音量や距離感を求めているようにも思います。

最近はどのぐらいの頻度でDJやってるんですか?

松永:DJは平均すると週1〜2回くらいでしょうか。その時々によって差があるかもしれません。

コロナのときは大変だったよね。

松永:DJほとんどやってなかったんで家にずっといて、街も静かだったじゃないですか。いろんなことを考えさせられました。東京も、こんなに静かなんだとも思って。

なんかこう将来に対する不安とかある?

松永:それはもうずっとあります(笑)。凹んだり落ち込むようなことが多い世のなかですけど、少しでもいいところや心地いいところ面白いところを探していけたらと努めてます。息子達の世代が、少しでも未来に希望を持てるようなことを伝えられたり作っていってあげたいなというのが正直な気持ちとしてもあります。現実には、いろいろとなかなかハードなところだらけじゃないですか。だから、何かちょっとでも明るい未来を感じられるような気持ちと視点でありたいなという願望かもしれません。

松永くんからみて90年代ってどういう時代だったと思います?

松永:自分の勝手な解釈なんで違うかもしれませんが、90年代といまが違うとしたら、妄想力の違いでしょうか。当時はまだインターネットがなかったから、海外のマニアックな音楽や文化に関しては、勘違い含めて、皆が妄想力でも追求して熱量で挑んでいたと思うんですね。DJ的センスが良くも悪くもいろいろな場面で浸透しつつあって、その感覚でいろんな視点から色々な時代いろんな音楽を面白がる感覚がより世間的にも広がっていくような感覚が90年代に誕生したんではないかとも勝手ながら思います。インターネット以降、とくに最近は、やはりその知り得る情報の正確さ、速さが90年代とでは圧倒的に違うと思うんです。勘違いの積み重ねや妄想の重ね方の度合いは90年代の方が圧倒的に高かったと思うんですよね。翻訳機能のレベルも高くなりましたし、ただ、SNS含めて情報量がとにかく多すぎるので、本当に自分のとって必要な情報を選ぶことが大変な時代になっているような気もしてます。それはそれでなかなかに大変ですよね。自分でも何か検索すると同じような情報がたくさん出過ぎて、どれを読めばいいのか、ホントに知りたい正しい情報まで逆に辿り着けなくて、それだけで疲れてしまうことも多々あったりしますし。
 とは言ってもインターネットは便利ですし、音楽制作においてもDJにおいても素材集め含めてとんでもなく早く集められるし、それを活かせる環境があるから、90年代と比べると洗練された上手いDJプレイをできると思うんですよね。ただ、一概に比較は難しいのですが、どっちが好みかというのはまたちょっと比べられないですよね。どっちにもカッコよさもありますし、かっこよすぎてかっこよさ慣れしてしまう感覚もありますよね。

松永くんは世代を超えて、若い世代のイベントにも出演しているわけだけど。

松永:いや、もう本当にそれはありがたい限りでして。一緒に遊ばせてもらってるっていうか、彼らと話していると、たまに、「お父さんと(お母さんと)同い年です。コンピューマさんの方が年上です。」とか話してくれたり(笑)。

(笑)でも、DJの世界は、音楽をどれだけ知っているかが重要だから、ベテランだからこそできることっていうのがあるわけなので。

松永:ここ最近「沼」のメンバーとは会うたびに、こんなおっさんたちが、果たしていつまでこういう現場にいていいものかどうなのかっていう話にはいつもなります(笑)。

はははは。でも、続けてくださいよ、本当(笑)。最後に、〈Something About〉をどうしていきたいとか夢はありますか?

松永:今回もいろいろな皆さんの協力のもと、自主リリースでソロ名義で初めてのアルバムをリリースすることができて本当にありがたい限りなのですが、このCDリリースをきっかけにして、ここから新たないろんな可能性を探求できたらと思ってます。できることなら海外の方にも届けられたらとも思いますし、デジタルやアナログ・リリースも視野に目指してみたいです。自分なりのペースにはなりますが、これからもオヤジ節ながらトライしていきたいと思います(笑)。精進します。どうぞよろしくおねがいいたします。
 それと9/30金に、渋谷WWWにてリリース・イベントを開催させていただくことになりました。最高に素敵な皆さんに出演していただくことになりました。よろしければ是非ともです。よろしくお願いいたします。


COMPUMA 『A View』 Release Party

出演 :
COMPUMA
パードン木村
エマーソン北村
DJ:Akie

音響:内田直之
映像:住吉清隆

日時:2022年9月30日(金曜日)開場/開演 18:30/19:30
■会場:渋谷WWW
■前売券(2022年8月19日(金曜日)12:00発売):
一般 : 3,000円/U25 : 2,000円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
■当日券 : 3,500円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
■前売券取扱箇所:イープラス<https://eplus.jp/compuma0930/
■問い合わせ先:WWW 03-5458-7685 https://www-shibuya.jp/

※U25チケットは25歳以下のお客様がご購入可能なチケットです。
ご入場時に年齢確認のため顔写真付き身分証明書の提示が必要となります。
ご持参がない場合、一般チケットとの差額をお支払いいただきます。

interview with Kode9 - ele-king

 まずは2曲め “The Break Up” を聴いてみてほしい。最先端のビートがここにある。
 振り返れば00年代半ば~10年代初頭は、グライムにダブステップにフットワークにと、ダンス・ミュージックが大いなる飛躍を遂げた画期だった。そんな時代とつねに並走しつづけてきたプロデューサー/DJがコード9である。レーベル〈Hyperdub〉のキュレイションを見てもわかるが、その鋭い嗅覚はここ10年でもまったく衰えることを知らない。7年ぶりの新作『Escapology』は、彼のルーツたるジャングルはもちろん、ゴムやアマピアノといった近年のトレンドまでもを独自に咀嚼、じつにカッティング・エッジな電子音楽を打ち鳴らしている。2022年のベスト・アルバムのなかの1枚であることは間違いない。とりわけクラブ・ミュージック好きは絶対にスルーしてはいけない作品だろう。
 他方 『Escapology』 は、深いテーマを持ったアルバムでもある。音楽家として次なるステージへと進んだスティーヴ・グッドマン、新作のコンセプトについて髙橋勇人が話を聞いた。(編集部)


カレドニアの闇の奥、あるいは宇宙への脱出

「年に二、三回、家族に会うためにグラスゴーに帰ってきているんだよね。それで、ここ10年くらいは子どものときには全然知らなかったスコットランドのハイランド地方と恋に落ちてね。だからロンドンから逃亡(escape)するために友だちを連れて、ただドライヴをしているんだ」、と約束時間の朝10時30分きっかりにズームの画面に現れたコード9ことスティーヴ・グッドマンは、サウスロンドンにいる僕に話す。
 彼の7年ぶりのアルバムとなった『Escapology』のライナーノーツを僕が担当したのだが、その執筆のための取材を、両親が暮らすスコットランドのグラスゴーの実家から受けてくれたのだった。グッドマンが生まれ育った街である。
 以前、野田努と自分の対談で話したように、〈Hyperdub〉はアヤロレイン・ジェイムズなど、若手の先鋭的なミュージシャンを紹介し、グッドマンは盟友のスクラッチャDVAやアイコニカとともにゴムやアマピアノといった南アフリカのサウンドシステム・ミュージックを世界のクラブでプレイしてきた。今作はその音のフィードバックが期待されるアルバムでもある。
 また『Escapology』は2022年10月にリリース予定のコード9名義でのオーディオエッセイ/サイエンス・フィクション作品『Astro-Darien』のサウンドトラックという立ち位置である。こちらは日本の文化的文脈でいうならば、ドラマCDのサウンドに特化したもの、と理解できるかもしれない。
 最近、日本でも紹介が進んでいるマーク・フィッシャーやニック・ランドといった哲学者/理論家たちとともに、グッドマンはウォーリック大学の修士と博士課程で学び、哲学の博士号を取得。その研究の成果や音の文化への関心は、武器としての音や彼がDJ/プロデューサーとして発展に貢献したダブステップの重低音に着想を得て執筆した著書『Sonic Warfare: Sound, Affcet, and the Ecology of Fear』(2010年)へと繋がる。グッドマンはフルタイムで音楽活動をはじめる以前、2004年に始動した〈Hyperdub〉と並行しながら、東ロンドン大学でサウンド文化を教えていた。
 グッドマンが哲学にはまったのは、法律を学んでいたエジンバラ大学時代に哲学者ミシェル・フーコーを発見したときで、ウォーリック時代に彼が在籍していた学術グループ、サイバネティクス文化研究ユニット(Cybernetics Culture Research Unit:CCRU)では、ポスト構造主義があまり扱っていなかった唯物論の観点からデジタル/テクノロジー文化やサイエンス・フィクションへと焦点を当てるようになる(この詳しい話はまたの機会に)。このとき、CCRUではフィクションを通して世界を理論的に記述するセオリー・フィクションというスタイルが生まれており、このオーディオエッセイもある意味ではその延長線上にあるともいえる。

こういった未来的なシナリオを描くことによって、僕は神話を作っているという意図もある

 作品の物語を説明しよう。舞台となるのは、歴史と政治的事象を共有した架空の現代のスコットランド。同国に拠点を置くゲーム会社トランセスター・ノースのゲーム・プログラマー、グナ・ヤラは、スコットランドがイギリスの連合から独立できず、さらにブレグジットが決定した政治状況に不満を感じている。パナマとスコットランドの混血であるヤラは、かつてスコットランドが企て、イングランドやスペインの妨害によって頓挫した同国によるパナマのダリエン地方を植民地化するというダリエン計画に注目する。17世紀末に企てられたこの失策は、スコットランドの財政悪化を招いた一因とされ、1707年のスコットランドが現在の形のユナイテッド・キングダム(UK)に統合されるきっかけのひとつだったと考えられている。周知の通り、当時のイングランドは植民地政策と奴隷貿易を行なっていたわけだが、スコットランドも負の歴史へと加担していくことになる。
 ヤラはそのような植民地主義の歴史や、自分のルーツでもあり当時のスコットランドの理想となったダリエンという外部に着想を得る。物語の世界線でも、スコットランドは住民投票でUKからの独立に失敗し、UKはEUから離脱している。そのようなスコットランドが直面する現在の政治的閉塞状況に苛まれるヤラは、宇宙へと「アストロ・ダリエン」という名のスペース・コロニーをスコットランドが打ち上げるというゲームをプログラムする。ここでシミュレートされるのは、政治的/歴史的袋小路からの宇宙への脱出術(Escapology)なのだ。
 この作品を僕は一足先に聴くことができたのだが、そこには直線的なタイムラインはなく、混沌としたサウンドの奥で、断片的に異なるストーリーが「鳴っている」ような作品だった。「彼女が住むスコットランドから、1690年代のダリアン地方へとヤラの思考はフラッシュバックしたりする。だからその物語は時系列に沿ったものではなく、あくまで彼女の思考を追ったものなんだ。まるで密林を、あるいはジョセフ・コンラッドの『闇の奥(Heart of Darkness)』の物語を突き進むようにね。いうなれば『カレドニア*1の闇の奥』さ」

 「作品に取り掛かったのは2019年で、そこから徐々に物語を組みはじめた。アイディアの醸造はもっと前からはじまっていたけどね。2014年のスコットランド独立住民投票、2016年のブレグジットが決定した投票などがあったからさ」とグッドマンは説明する。
 本作はそもそもピエール・シェフールらミュジーク・コンクレートの創始者たちの現代音楽機関、フランス音楽研究グループINA GRMのイベントでのライヴのために製作されたものだった。
 「2020年3月に、GRMのためにパリのラ・メゾン・ドゥ・ラ・ラジオ(La Maison de la Radio)でライヴをする予定だったんだけど、パンデミックでそれが年末に延期になって、それがまた延期になった。最終的にそれが2021年10月、場所はフランソワ・ベイルのアクースモニウムになって、それを念頭に作品を書いていた」
 パンデミックを挟んで製作され、さらに構想が広がった『Astro-Darien』の表現形態は、ライヴだけではなく、オーディオエッセイとしてのリリース、さらには映像を使用した、ロンドンのクラブ、コルシカ・スタジオで開催されたインスタレーションや後続のミュージックビデオ作品としても発展していく。

 『Escapology』のリリースに合わせて発表された、同アルバム収録曲 “Torus” のビデオでは、スペース・コロニーとしてのアストロ・ダリエンの内部が描かれ、そこにはスコットランド北部のハイランド地方の自然が広がっている。ここにはどのような背景があるのだろうか。
 「パンデミックのロックダウン中、小島秀夫のゲーム『Death Stranding』をよくプレイしていて、ゲーム内でヴァーチャルのハイキングをたくさんした。それで『自分の実生活でもハイキングをしないとダメだ!』って思うようになってね。それまでの人生でハイキングなんてしたこともなかったのに、そこからまさか自分が実際にスコットランドでハイキングをするなんて、ほんと典型的なハイパースティション*2だ(笑)。それでちょうどCovidによるロックダウン(都市封鎖)が一時的に解かれた2020年の10月に、友だちとスコットランドのマンロー*3を訪れた。僕たちが行ったのは、ハイランドの最も北に位置するベン・ホープというマンローだった。『Escapology』に入っている “In the Shadow of Ben Hope” はそこに由来している。なんでベン・ホープに行ったのかというと、人工衛星の打ち上げ場の開発現場がその山のすぐ隣にあったから。『Astro-Darien』で使用された映像のいくつかは、ベン・ホープの頂上で撮影されたものだね。アイル・オブ・スカイにも行った。そこには『エイリアン』シリーズの映画『プロメテウス』の撮影にも使われたオールド・マン・オブ・ストー(Old Man of Storr)という垂直に岩がそびえ立つ場所があるんだけど、そこも登った。前にもその場所を見たことはあったんだけど、映画を見て興味を持ったんだ。それが “Torus” のアニメーション内で再現されている」

Kode9 - Torus

画面はゲーム『Astro-Darien』の画面になっており、ミッションやレベル、イングランドの経済的攻撃への対抗措置としてスペース・コロニー内で使用される暗号通貨「Nicol」の所持数などが表示されている。暗号通貨名はスコットランド国民党党首ニコラ・スタージョンに由来。

 このように、『Astro-Darien』におけるスコットランドの自然描写は、同国の地理学的特性の表現と、そこで現在起こっている文化的事象ともリンクしたものになっている。登場人物ヤラが働くトランセスター・ノースにも、現実の文化との関連がある。
 「犯罪シミュレーション・ゲーム『グランド・セフト・オート』の開発元のロックスター・ノースはスコットランドの会社だけど、彼らがアメリカのストリート・ライフをシミュレートする代わりに、スコットランドとそこで起こっていることに関するゲームを作ったらどうなるんだろうと思ったんだよ。それでロックスター・ノースをトランセスター・ノースに変えて、実際には存在しないゲームのありうる姿を想像している」
 またそこには、『Astro-Darien』でのテーマである、スコットランドの政治状況もリンクしている。“The Break Up” のビデオは、グッドマンがハイランド地方のロードトリップ中に撮影したものを編集し、ゲーム内のミッションである宇宙への逃亡のためにスペース・ポートへと可能な限り早く到達する様子を、ゲームのスクリーンを模して表現したものだ。この楽曲タイトルは、あるスコットランドの理論家から採られているとグッドマンは説明する。
 「楽曲タイトルの元にはあるのは、1977年に出た本『The Break-Up of Britain』だね。著者はマルクス主義社会理論家のトム・ネアン(Tom Nairm)で、彼は歴史学者のペリー・アンダーソンとも仕事をしている。その本は、グローバル化、歴史の終わりなどに際して、ナショナリズムに一体何が起こるのかについて書かれている。触れられているのは極右ナショナリズムやスコットランドやカタロニアで見られるような市民的ナショナリズム(Civic Nationalism)*4だね。これは不可避なUKの分裂に関するとても予言的な本なんだよ。
 『Astro-Darien』の物語にも出てくる、伝染性の白い泡(Contagious White Foam)に沈んだブリテン島は、僕が描く分裂するディストピックなUKだ。これはパンデミックとブレグジットの混合物の例えだね。その泡が人びとの間でパラノイド的精神病を引き起こし、「白い泡」というのは白人主義的英国ナショナリズム、という設定だ。スペース・ポートへの逃亡は、UKを支持する統一支持者(Unionist)から高速で逃げるスピード・チェイス、というわけ」

Kode9 - The Break Up

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ジャングルはどんなダンス・ミュージックよりも、ポリリズム的で回転的な力(フォース)がある。

 グッドマンは『Astro-Darien』をフィクションでありドキュメンタリーでもあるような作品だと捉えており、「この現実性の枠組みをゲームとして組み直している感じだ」と説明する。同作内では実際のニュース音声などが、物語のナレーションとともに引用され、展開されていくが、このように現実とフィクションが入り混じり、いま実際に起きていることを浮かび上がらせていく。ここで描かれるのは、リアリティの描写と、そこから派生していく架空現実なのである。
 またゲーム化していくような現実をサイエンス・フィクションから描いた意図も彼は説明する。「2014年の独立投票は失敗し、スコットランド国民党は次の独立投票を2023年に計画している。この期間に僕はこれがゲームみたいなもののようにも感じはじめたんだよね。もしゲームで失敗したら、またそれをプレイするまでで、それが『Astro-Darien』にも通じている。もし結果が気に入らないのであれば、またプレイするまでだ、と」
 ここにおいてフィクションがどのように機能しているのか、グッドマンは加速主義*5を扱った以前のプロジェクトと関連させて説明する。「前のプロジェクト『The Notel*6』は右派と左派の加速主義の対立についてのもので、その両方をおちょくった作品だった。同じように、この『Astro-Darien』は左派加速主義のシナリオを、わずかながらに誇張しつつ想像している。地球を離れるとか、そういう設定でね。技術的に強まった社会主義的な未来は、スコットランド独立が目指すものであるのは間違いない*7。独立派の主な理由は、スコットランドがイングランドよりももっと左派的であるという点にある。だからこういった未来的なシナリオを描くことによって、僕は神話*8を作っているという意図もある」
 グッドマンはここで、黙示録的サイエンス・ファンタジー『ラナーク』で知られる小説家、アラスター・グレイ(Alasdair Gray)が指摘するグラスゴーとパリやロンドンといった大都市の違いに触れている。後者の二都市は、映画などのヴァーチャルな世界で頻繁に描かれることによって、聴衆が都市を訪れる前からその場所性を思い描けるようなフィクショナルな空間である。対して、グラスゴーにはそのようなヴァーチャルな領域が少なく、閉所的な場所になっている。
 こういった地政学が現実を作っている*9。実際にはありえないが、可能性としてはありえる事象を描くことができるフィクションという手法を用いて、スコットランドという文化的空間が持つ可能性を神話化し、現実の一側面を強調する作業をグッドマンは行なっている。
 「(これが)『Astro-Darien』のナレーションが、スコッティッシュのテキストスピーチ音声になっている理由でもあるんだよね。大体のコンピュータ化されたテキストスピーチ音声ってイングランドかアメリカン・アクセントで作られている。だから自分の作品ではこの理由からスコティッシュ・アクセントを使いたくてね。それで数は少ないけど5個くらいの音声を見つけることができた。コンピュータ化されたスコティッシュ・アクセントを通して、つまり、若干ノーマティヴなものから遠ざかることによって、コンピュータ化された音声とはどんなものになりうるのかに気づくことができると思うんだ。

テクノ・ミュージックだけがもう未来を独占しているのではないということ。つまりは4つ打ちのキック、デトロイト由来、ヨーロッパでの突然変異などは、ひとつの音楽的観点から覗く未来でしかない。

 では『Astro-Darien』/『Escapology』のサウンドはどうだろうか。「『Astro-Darien』のサウンドトラックのほとんどはパンデミックの前にはできていたね。ソフトウェア・シンセをかなり奇妙に使っていたよ。レコード・ボタンを押して、鍵盤を嫌っているかのごとく連打してね。とにかくすべてを録音して、とにかくランダムだった。文字通り自分は楽器を演奏するサルみたいなものだったよ(笑)。事故的で、非意図的で、予想もつかないかつ音的にも興味深いものができたと思っている。楽器を演奏しない者は何かをでっち上げなけなきゃいけないから、僕はそういう方法を生み出す必要があった。そうやって生まれたものをジグソーパズルのように組み上げていったんだよ。
プロダクションの過程で使用されたソフトウェア・シンセサイザーのひとつにグッドマンはスケッチシンセ(Sketch Synth)を挙げている。韓国人プログラマー、パク・ジュンホが製作したこのオープンソースのソフトウェアは、ヤニス・クセナキスの電子音響作成コンピューターUPICのように、図形を音へと変換することができ、グッドマンはこのツールを自身のテーマとリンクさせてみせる。
 「GRMのアクースモニウムをどうやって使用するかを考えていたら、向こうがスピーカーの位置を示した会場のマップを送ってくれてね。それでそのマップをスケッチ・シンセに入れたら、不安定で不協和音な、とても居心地の悪い音ができた。それが『Astro-Darien』の物語にピッタリだと思った。スコットランドがイングランドの連合に入った1707年の後、ダリエン計画は明らかに植民地主義として失策だったけれど、イングランドの奴隷制度にスコットランドも加担するようになった。だから『Astro-Darien』で、僕は歴史のナレーターの重要性にも触れている。ゲームのAIシステムは、奴隷制度や植民地主義がスコットランドの資本主義にどれだけ重要かについて話している。当初、スコットランドの産業には多くの奴隷制度からの資本が入ってきていた。だから、それを表現するように、サウンドトラックは可能な限り居心地の悪いものにしなければいけないと思っていたんだよ。そのサウンドデザインにスケッチ・シンセは完璧だった」
 また今作において、とくにヘッドフォンで聴いたときに際立つのは、音が左右をダイナミックに移動するプロダクションだろう。そこにおいても、音の移動にもグッドマンはフィクションとの関連を想定している。
 「ステレオ・パニングによって方向感覚を失わせるようなプロダクションを目指したというのはあるね。ステレオ・イメージのプロダクションはほぼヘッドフォンだけでやった。ステレオを体験するのには最高の「場所」だからね。僕のスタジオは音がヘッドフォン並みに分離するほどスピーカーが離れるくらい大きいわけでもない。
  この物語では回転や、らせん状の運動が起きる。例えば “Lagrange Point” は、重力井戸のラグランジュ点を指しているんだけど、地球と月の間には複数のそういった重力の点が存在していて、それによって重力が安定している。宇宙ステーションやスペース・コロニーについて70年代に書かれたものを読んでみると、それらが位置しているのは、そういった重力の力(force)の間なんだよ。『Astro-Darien』のインスタレーションでは、YouTubeで見つけた動画を使っているんだけど、それは地球と月のお互いが関わり合ったらせん状のシステムについてのものだ。スペース・コロニーとしてのアストロ・ダリエンは回転していて、その中に入ると、回転するトーラス(“Torus”)がある。こういった複数の回転をステレオ・イメージで描いるというわけさ。“Lagrange Point” にはジャングルの要素があるけど、僕が思うに、ジャングルはどんなダンス・ミュージックよりも、ポリリズム的で回転的な力(フォース)がある。いうなれば、異なるループがお互いに関わり合って構成されるブレイクビーツの回転システムだね。

 ここでサウンドトラック『Escapology』収録曲のジャングルのリズムに触れられているが、本編である『Astro-Darien』の楽曲にはビートがない。なぜグッドマンは『Escapology』にビートを加えたのだろうか。
「『Escapology』を作ることは当初考えてはいなかったんだよね。まず『Astro-Darien』を作って、マスタリング音源をもらって、アートワークのためにヴィジュアルを担当したローレンス・レックやデザイナーのオプティグラムと長く作業をしていた。それで、この作品のためのイントロダクションになるような段階が、7年ぶりにアルバムを聴く自分の普段のリスナーたちのために必要だと感じた。奇妙な音で彩られたAIが作るスコットランド・アクセントなんて誰もいきなり聞きたくないはずだ(笑)。僕は『Astro-Darien』 のサウンドデザインが気に入っていたし、正直、この作品のためだけにその音を使うのはもったいないように感じてもいた。自分の頭の中では実験的なクラブ・ミュージックが鳴っているのだって聞こえていたから、その音をまた使いはじめたんだよ」
 今作で流れるビートは、グッドマンの音楽センスを形成したジャングル、それから初期ダブステップ以降の彼のトレードマークにもなっているフットワークや南アフリカが生んだゴムやアマピアノのリズムやベースラインだ。なぜここにはこう言ったリズムがあり、かつて未来の音楽だと言われたテクノはないのだろうか。
  「これは僕の過去20年の指針でもあるんだけど、テクノ・ミュージックだけがもう未来を独占しているのではないということ。つまりは4つ打ちのキック、デトロイト由来、ヨーロッパでの突然変異などは、ひとつの音楽的観点から覗く未来でしかない。だから、自分や友だちのDJたちの視点から異なる未来を描いているんだよ。例えば、過去数年、スクラッチャDVAやクーリー・G、アイコニカやシャネンSPはアマピアノをよくかけているよね。僕はあのベースラインが大好きだ。でも僕の頭はこんがらがっているから、アマピアノのベースがフットワークのリズムで欲しかったりするわけ。サイエンス・フィクションのための異なる音楽の遺伝子組み換えみたいなものだよ。加えて、自分のDJセットの要素もプロダクションに含んでいる。

僕の頭はこんがらがっているから、アマピアノのベースがフットワークのリズムで欲しかったりするわけ。サイエンス・フィクションのための異なる音楽の遺伝子組み換えみたいなものだよ。

 『Escapology』のリズムにシカゴや南アフリカの黒人文化に直結したリズムが選ばれ、また先ほどグッドマンが挙げた〈Hyperdub〉アーティストたちはUKの外側にも人種的ルーツを持っている。以前からグッドマンが公言しているように、レーベルはサウンドシステム由来の「ブリティッシュ・ミュージックと関係する、アフリカン・ダイアスポラ(離散)の音楽的突然変異のプラットフォーム」でありつづけてきた。2020年にふたたび世界規模のムーヴメントとなったブラック・ライヴス・マターへの共感も、当然グッドマンは抱いていおり、その要素も『Astro-Darien』には上記のようにサウンド、そして設定の段階でも関連性があったという。
 「パンデミックがはじまったくらいのときに、僕はスコットランドがどう帝国主義に関わっていたのかについて、かなり多くの本を読んでいた。さっき言った奴隷制度との関係、どうやってスコットランドに奴隷制資本が流れてきたのか、といったことだね。そしてダリエン計画は間違いなく壊滅的な計画だった。もしスコットランドが未来をどうにかしようとするなら、歴史の暗黒面と向き合う必要がある。
 スコットランドは市民的ナショナリズムを持っていると言われるけど、それはつまり国境が開いたナショナリズムを意味している。ブレグジットとは真逆なわけだよ。ブレグジットはイングランドのパラノイド・ナショナリズムだ。比べて、スコットランドには違った可能性があって、もっとオープン・マインドなナショナリズムのモデルを示していると思うんだ。
 でも同時に、帝国主義によって発生した負債をどうにかしない限り、スコットランド独立のサイエンス・フィクションは不可能だと思った。ゲームとしての『Astro-Darien』のゲーム・エンジンはTディヴァインっていうんだけど、それはスコットランドの最も有名な歴史家のひとり、トム・ディヴァイン(Tom Devine)から採られている。彼は『Recovering Scotland’s Slavery Past』という本を編纂している。この設定は、ゲームを駆動するAIは、スコットランドの地政学の歴史全体のシミュレーションである、というアイディアによるものだね。スコットランドは過去の罪をどうにかしなきゃいけない。それが次のレベルへ進むための必要条件なんだ」

 ポストコロニアル的批判的思考回路を自身の表現形態に接続することにより、グッドマンが目指すのは、ドキュメンタリー/フィクションを通した未来の創造と、未来を現在に到来させることだ。それはここで彼が述べるように、市民的ナショナリズムのもと、共同体の構成員の援助と、外部に開かれた新たな国家のあり方を探りつつ行なわれる。その先に広がる未来のために、現代の国家の礎となっている奴隷制度に着目し、歴史的な反省にも向かっている。これが特定の国家の「解放」の未来を描きつつも、それを安易には理想化しない『Astro-Darien』でグッドマンが提示する共同体の理論である。
 国家という共同体の未来像を、フィクションを通して彼は描いているわけだが、ではここにグッドマンの個人史はどのように関係しているのだろうか。「パナマとスコットランドにルーツを持ち、内部にいながらアウトサイダーの視点を持つグナ・ヤラは自分に似ているかもしれない」とグッドマンは答える。コスモポリタニストでノマドであることを肯定する彼の出自にも、ヤラに通じるものがある。「僕はスコットランドに半生以上住んでいなくて、両親はイングランド出身で、さらに彼らはブリティッシュというわけではなく家系の各世代が異なる国の出身。ある種の移民家族みたいなもので、祖父母世代はウクライナ、ポーランド、チェコ出身なんだよね」
 今作は決して自伝的なものではないとした上で、グッドマンはアウトサイダーの視点の重要性について、以下のように説明する。
 「彼女は、エイリアン化をポジティヴなものとして捉えるために、『Astro-Darien』を外部へと開かれた状態でいつづけるようにプログラムしている。つまり、いかなるスコットランド的な観念にもエイリアン的であるようなものに開かれている、あるいは反動的なナショナリズムのカウンターであるとも言える*10
 グッドマンによるプロジェクトは、彼の友人のベリアルがそうであるように、ある種の匿名性に包まれたプロジェクトで、そこからは彼の出自に関する情報は希薄に思われることもあった。しかし『Astro-Darien』/『Escapology』にあるのは、個人と大きな歴史のパラレルを往復してできたサウンドの結晶である。
 「作品を作り終わったあと友人と話していて、『一体全体、自分は何をやっているんだ!』と思ったよ。なぜなら、これは自分が普段やろうとする類のものじゃないからね」とグッドマンは作品を振り返る。奇妙な時代が新たな語り部を必要としている。思惑する芸術家は、自身を貫くカレドニアの闇の奥から、対峙すべき過去と未来を、サウンドとともに描き出したのだ。


(註)
1 スコットランド地域を指す地理用語。
2 ハイパースティション(Hyperstitution):CCRU関連のテキストで用いられる概念で、単なる噂(superstition)がテクノロジーによって強度を上げ、現実になっていくことを指す。
3 マンロー(munro)標高3000フィート以上のスコットランドの山を指す。
4 市民的ナショナリズム(civic nationalism):ナショナリズム(国家主義)の一形態であるが、自民族中心主義的はなく、共同体の構成員である市民の個人権利や平等などを重要視している。
5 加速主義(Accelerationism):資本主義の発展と技術革新を加速させることによって、社会変革を目指す思想。左派加速主義は資本主義システムの崩壊を指向し、右派のそれはその強化へと向かう。CCRU時代のニック・ランドがその根本的な考えを示したとされる。
6 The Notel (2016):シュミレーション・アーティスト、ローレンス・レックとグッドマンによる映像と音楽によるインスタレーション/パフォーマンス作品。未来の人間がいなくなった中国にある、AIによって制御され、ドローンが働く全自動ホテルの内部をシュミレートしている。この作品に関して、筆者は『現代思想 2019年6月号 特集=加速主義──資本主義の疾走、未来への〈脱出〉』で考察を行なっている。
7 現在のスコットランド与党のスコットランド国民党の政策は、スコットランド独立に加え、教育費の公的負担、EU支持、医療制度の充実、貧困層支援、労働賃金の引き上げなど、社会主義的な政策を掲げている。
8 神話(mythology):ある特定の共同体内で共有されている文化規範などを反映した世界の秩序や創生に関する造話。
9 会話でもグッドマンはここで「地政学(Geopolitics )」という言葉を使っている。特定の地域の文化社会的、政治的な事象を、地理学的な特性によって考察する学問分野/手法。
10 進行中の社会情勢に反動する形で右傾化する姿勢が反動主義的ナショナリズムと呼ばれる。例えば、イギリスの80年代のサッチャリズム~90年代トニー・ブレア政権に端を発するニューレイバーの新自由主義政策の行き詰まりから、ブレグジットの実現にいたる過程を例に取ることができる。UK国外にルーツを持つ「アウトサイダー」的視点は、このような自国/白人中心主義的なイギリスの反動主義に対抗するものであるとグッドマンは主張している。「新自由主義が失敗するとき、人びとがする最もたやすいことは、反動主義的ナショナリズムを拠り所にすること。だから、スコットランドで起きていることは、ナショナリズムに興味深いものを見出す、現在進行形の闘争だ」と彼はいう。

Oren Ambarchi / Johan Berthling / Andreas Werliin - ele-king

 かのフリー・ジャズ界のレジェンド、アルバート・アイラーの才能が最初に認められた場所は出身地アメリカではなかった。むろん日本でもないのだが、ではどこかと言うと実はスウェーデンである。1962年、当時まだ20代半ばだったアイラーは退役後にスウェーデンへと赴き、長期滞在しながら音楽活動をおこなっていた。そんな彼の演奏に魅了されたのがスウェーデン出身(しかもアイラーと同じ1936年7月13日生まれ!)の奇特な人物ベンクト・ノルドストロームだった。ノルドストロームはレーベル〈Bird Notes〉を立ち上げると、同62年10月にストックホルムでレコーディングしたアイラーのファースト・アルバム『Something Different!!!!!!』をプロデューサーとして世に送りだした。メンバーはアイラーのほか、地元スウェーデンからベーシストのトールビョン・フルトクランツ、およびドラマーのスーネ・スポンベルクが参加したトリオ編成だ。少部数しかプレスされなかったので、実際のところリアルタイムでどれほどのインパクトを持ち得たのか正確に知ることは難しいが、この作品がなければその後アメリカに戻ってからのアイラーの活躍も別の運命を辿っていたかもしれない──もしかしたら代表曲 “Ghosts” が陽の目を見なかった可能性もあるのではないか。

 ともかくスウェーデンはそのようにアルバート・アイラーという才能をいち早く見出した場所なのだ。そしてここで紹介するアルバム『Ghosted』(〈Drag City〉)もまたスウェーデンで録音された作品である。

 本盤はオーストラリア出身でいまや世界的に活躍する音楽家オーレン・アンバーチが、ともにスウェーデン出身であるベーシストのヨハン・バットリング、ドラマーのアンドレアス・ヴェリーンとのトリオ編成で録音した初のアルバムである。初のアルバムとはいえ、3人はこれまでたびたび共演し、アルバム・レコーディングもおこなってきている。直近では2021年末にリリースされたアンバーチのアルバム『Live Hubris』(〈Black Truffle〉)に2人とも参加していた。とはいえこの作品では他にも多数のミュージシャンが参加しており、サウンド面から言っても本盤『Ghosted』とは大きく異なる内容だ。本盤のタイトル、さらに不気味に薄暗いコートで独りバスケットボールをおこなう人物が写ったジャケットからは、コロナ禍でロックダウン中のゴーストタウンを想起させるかもしれないが、レコーディングはまだ世界が自由に行き来できた2018年11月、スウェーデン・ストックホルムのレコーディング・スタジオでおこなわれた。しかも一発録りのライヴ・レコーディングだそうだ。

 アルバムには全4曲が収録されている。ウッドベースのミニマルかつグルーヴィーな反復フレーズから始まる1曲目では、半世紀以上にわたって活動してきたスウェーデンのレジェンダリーな音楽家クリスター・ボーセンが、西アフリカの伝統的な弦楽器ドンソ・ンゴニで客演。ベースが延々と同じフレーズを反復する中、弦楽器と打楽器がリズミカルに絡みつき、そしてアンバーチはエフェクターを駆使したギターの多彩な音色を添える。続く2曲目では低域が抜けた浮遊感のあるサウンドに変化、こんどはエレキベースのハーモニクスが7拍子の反復フレーズを奏で、そこに打楽器のポリリズミックなビートやギターのアトモスフェリックな電子音が漂い、間を置いてエレキベースの低音も重ねられる。3曲目ではずっしり重いリズムとなり、ギターが残響を引き延ばすようにゆっくりとストロークするところから幕を開けると、ウッドベースに戻ったバットリングが息づかいとともに10拍子のフレーズを繰り返しはじめる。どの楽曲も延々と反復するミニマルなベース・フレーズを拠り所に、ドラムス/パーカッションがグルーヴを増幅し、そしてギターがバリエーション豊かな色遣いでサウンドを連ねるが、最後の4曲目では若干セッションのあり方が変化する──ほとんどドローンと化した4曲目で、スローモーションのようにリズムを刻むドラムス、レスリー・スピーカーを駆使したトレモロ音を聴かせるギターに支えられながら、一転してウッドベースが歌うようにメロディアスなソロを奏でるのである。

 極めてミニマルであり、ダンサブルなグルーヴがありつつ、同時にアンビエント/ドローンな魅力も湛えた作品。楽曲が進むにつれて音の動きが静止状態へと近づき、徐々に低速化するような聴取感覚にも陥らせるそのサウンドはアルバート・アイラーとは似ても似つかない、が、繰り返し聴いているうちにどんどんアイラーとの共通点ばかりが頭をよぎってしまっていた。スウェーデン出身のリズム隊を迎えたトリオ編成。スウェーデンでのライヴ・レコーディング。「Ghosts」と「Ghosted」。サウンドは似ていないが、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社)に収載されたインタヴューで大友良英が語っているように、アイラーの音楽構造を地と図の関係から解釈するのであれば、サニー・マレイがパルス・ビートを敷き詰めるのと同じくヨハン・バットリングが偏執的な反復で下地を作り、アイラーが咆哮するのと同じくアンバーチが変化に富んだ図を描く。その構造は相似的だと言える。しかも1曲目で客演したクリスター・ボーセンは、アイラーのバンドに一時期在籍した稀代のトランペット奏者ドン・チェリーと1970年代前半に共演し、ヨーロッパでツアーをおこなった人物でもあるのだ。

 これは単なる偶然を超えた符号か、あるいはバイアスのかかった思い込みに過ぎないのか。いずれにしても次のようには言える。かつてアイラーは出身地のアメリカで、あたかも幽霊のようにほとんど無視されていたところ、スウェーデンに渡って才能を開花させることになった。ならばスウェーデンで録音された本盤もまた、無視(Ghost)するわけにいかないだろう、と。

Nosaj Thing - ele-king

 活動初期には〈Low End Theory〉にも出演していたLAのプロデューサー、ノサッジ・シングが通算5枚めとなるニュー・アルバム『Continua』を完成させたという。まだ詳細は明かされていないものの、現在新曲 “Blue Hour” が公開されている。ヴォーカルで、ジュリアナ・バーウィックが参加(ノサッジ・シングは以前、バーウィックのアルバム『Healing Is A Miracle』に参加していた)。アルバムの続報を待ちたい。

NOSAJ THING
ノサッジ・シングがNEWアルバム『CONTINUA』の完成を明かし
ジュリアナ・バーウィック参加の新曲 “BLUE HOUR” を解禁

ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーのプロデュースで知られ、日本でも真鍋大度とのコラボなどで人気を集める、LAのプロデューサー、ノサッジ・シングが新曲 “Blue Hour” をリリースした。本楽曲には、スフィアン・スティーヴンス主宰レーベルからリリースした『The Magic Place』やシガー・ロスのヨンシーも参加したアルバム『Healing Is A Miracle』でその瞑想的な歌声が賞賛されているジュリアナ・バーウィックがヴォーカルとして参加している。

Nosaj Thing - Blue Hour ft Julianna Barwick
https://youtu.be/IQhwGGarWfI

ノサッジ・シングは5枚目となる最新作『Continua』が完成したことも明かしており、今後詳細が発表される予定という。

ノサッジ・シングは自身の体験を投影した見事なサウンドスケープを創作する。そこからは、LAシーンの歩みを感じ取ることもできる。DIYなライブハウス、The Smellで見たノイズやパンクのライブから、D-Stylesと共演したLow End Theoryでのデビュー・ステージ、The xxやザ・ウィークエンドのオープニングアクト、そして10年に渡って親交のあるオーディオビジュアル・ライブの第一人者、真鍋大度との革新的なヘッドライン・パフォーマンス。それらリアルな体験こそが、彼の音楽に直感的な感情移入をもたらし、それらが特別なムードを生み出し、ノサッジ・シングのサウンドに唯一無二の輝きをもたらしている。


label: LuckyMe
artist: Nosaj Thing
title: Blue Hour ft Julianna Barwick
release: 2022/08/24

TRACKLISTING
1. Blue Hour ft Julianna Barwick

L-KY.ME/NT
https://l-ky.me/NT

Beyoncé - ele-king

 ここ何年かTVドラマを観ていて「頼っていいんだよ」というセリフを何度か耳にした(いつ、どのドラマで誰のセリフ?と詰め寄られるとそこで会話は終わりです)。ドラマだけでなく社会的弱者を扱った報道番組でもそれなりに使われていたかもしれない。社会的に孤立した人たちが立て続けに放火事件や無差別の殺傷事件を引き起こしたからだろう、弱者の孤立はめぐりめぐって社会のためにならないという考え方が広がり、そうした人たちに「不審者」というレッテルを貼って終わりではなくなったことが背景をなしていると思われる。「頼っていいんだよ」というフレーズを繰り返し聞いていると、04年に幹事長時代の安倍晋三が国民に刷り込んだ「自己責任」というコンセプトが日本中に根を張り、その呪縛から少しでも逃れようとして列島全体がもがいているような錯覚を覚えてしまう(同じ年に派遣法改正があり、その2年後に公安調査庁の監視対象から統一教会を外したことが絡み合い、めぐりめぐって安倍銃撃事件につながったとしたら世話はないという気もするけれど)。「頼っていい」どころか6年ぶりとなるソロ7作目『Renaissance』のオープニングでクイーン・Bことビヨンセは「I didn’t want this power(わたしはこんなに強くなりたくなかった)」と歌う。ジェイ・Zのおかげでもないし、特別な足がかりがあったわけもなく自分はここまで来たと。そして、自分自身とその虚像をいささか分裂的に描写し、本来の自分はピューリタン的で、スポットライトを浴びる「あの女」は「アメリカ人らしくない」という告発めいたニュアンスを交えて歌詞は続いていく。この辺りから様子がおかしくなる。自分がスターになったのは自分がそれだけがんばってきたからだと歌ったかと思うと「彼らが自分をそうさせた」と疑問形で反転させ、どことなくアイデンティティ・クライシスを漂わせながら、「You know love is my weakness(人を愛してしまうことが自分の弱点だ)」とする部分では自分と虚像のどっちに立っているのかもわからないほど彼女の自我は混乱しているかに見える。“I’m That Girl”はそして、強くなった自分がキリスト教的な原罪を意識するフレーズで締めくくられる。そのために壁にかけられたバスキアの絵がはたき落とされ、そこだけを見ればクイーン・Bはまるで不審者である。この不可解な行動はレディ・ゴディヴァ(アメリカではゴダイヴァ)をモチーフとしたジャケット・デザインにもそのまま投影されている。11世紀のイギリスでゴディヴァ伯爵夫人は貧しい領民から容赦なく税金を取り立てる夫に「お前が裸になって町中を馬で回ることができれば税を下げる」と言われて実行に移したという伝説(史実ではない)を19世紀にジョン・コリアが描いた肖像画の構図を下敷きとしたもので、端的に言えば自分は富裕層だけれど、心は民衆と共にあるというアンビヴァレンツな感覚を視覚化したものといえる。アメリカで富裕層として生きる黒人の現在を描いたTVドラマ『Empire 成功の代償」と同じく、そうした葛藤がここでも繰り返されているのだろう。「I’m that girl(私があのビヨンセ)」「Don’t need drugs for some freak shit(盛り上がるのにドラッグはいらない)」「I don’t need no friends(友だちは必要)」と、クイーン・Bの立脚点はどうにも定まらず、もしかすると、いま、「頼っていいんだよ」という言葉を最も必要としているのはクイーン・Bかもという考えさえ頭をよぎっていく。

 どれだけ社会の底辺にいて金も希望もないとしてもツイッターで罵詈雑言を吐き出すことによって保たれる平衡があるように、クイーン・Bには音楽があり、不安定な感情を平衡状態に戻す方法論は整えられている。パンデミック3部作の1枚目にあたり、エスケーピズムを扱ったという『Renaissance』で彼女は、そして、初めてハウス・ミュージックをその受け皿に選んでいる。クイーン・Bは元々、とんでもなく自我が強く、何を歌っても「私よ!」「私よ!」としか聞こえないシンガーだった。圧倒的なパワーに引き込まれる人もいただろうし、押し付けがましいと感じた人もいただろう。そんな彼女が少し柔らかくなったと僕が感じたのは13年にリリースされた5作目『Beyoncé』で、その次にリリースされた『Lemonade』の方が多くの人にアピールしたと思うけれど、『Beyoncé』の方が僕はなじみやすく、長く聴けるアルバムとなった。子どもが生まれたことが大きく影響したことは明らかで、テーマはフェミニズム、サウンドはヒップホップ・ソウルがメインと内省の要素が絶妙だったのかもしれない(個人の感想です)。BLMと交錯したことでパワーを増した『Lemonade』を脇にどけ、『Beyoncé』でトーン・ダウンした自己アピールをさらに後退させてみたらどうなるだろう。ヒップ・ホップや王道のロックが自己アピールを強く打ち出すのとは対照的に、どちらかと言えば没個性的で、みんなと場をシェアすることが喜びにつながるのがハウスであり、ディスコ・カルチャーである。『Renaissance』でハウス・ミュージックが選択された理由は自己主張を強めることよりも民衆と共にありたいというゴディヴァ夫人と同じような感覚が探り当てたものに近いものがあるからだろうか。先行シングルとなった“Break My Soul”ではマドンナ”Vogue”がサンプリングされ、アジーリア・バンクスを思わせるラップが随所で入ったり、“Energy”では♪ウラララ~とフージーズでおなじみテーナ・マリーのスキャットもインサートされたりするけれど、基本的にはアシッド・ハウス・ムーヴメントの先頭グループにいたラリー・ハードを思わせるカシャッ、カシャッというスネアをフィーチャーした曲が何曲も続いたあげく、最後にドナ・サマー“I Feel Love”を換骨した“Summer Renaissance”で締めくくられるという流れはそのままでディスコ~ハウスの歴史に身を置いているというステートメントになっている(それらを前提としたサンプリングやゲスト・ミュージシャンのリストだけでとんでもない量になるので詳細は省略)。『Renaissance』というタイトルは新型コロナを中世のペストに見立て、ロックダウンによって失われた人間性を回復するという意味を持たせているらしく、それは同時にニーナ・シモンやアレサ・フランクリンが苦渋を歌に込めていた時代を中世にたとえ、ディスコ以降に女性シンガーたちが喜びをストレートに表現する時代が到来したという意味にも取れなくはない。「Voting out 45(45代は再選させない)」(*45代大統領=ドナルド・トランプ)などという歌詞も挟まったりするけれど、基本的に“I’m That Girl”以外は歌って踊ってセックス三昧みたいな歌詞ばかりで、ヴォーカルも実に優しく、たまたま今日の昼間はあいみょん、4s4ki、Miyunaと張り詰めた女性ヴォーカルばかり聴いたせいか、「1996年みたい(That’s that 1996)という歌詞通り、全体にノスタルジックな響きを強く感じるほど素直でハッピーかつアナクロなムードさえあった。90年代にちょっと流行ったボールルームを取り上げた“Move”や“Thique”はしかし、めちゃくちゃ新鮮で、ボールルームというよりは南アのゴムに聞こえる“Cozy”やダンスホールを変形させた“Alien Superstar”とともにフロントラインと結びつけているところはさすがというか。ゴディヴァ伯爵夫人の肖像画は俯いているけれど、それを真似たクイーン・Bはピシッと背筋を伸ばしている。ビヨンセが本当は欲しくなかったという力をパンデミックからの回復のために使うというのは実に真っ当だと思うし、何よりもハウス・ミュージックをやることが自分自身のセラピーになっているのではないだろうか。

(8月31日、追記)
 なお、7月に先行配信が開始された『Renaissance』の11曲目“HEATED“に「Spazzin’ on that ass, spaz on that ass(尻の上で震える)」という歌詞があり、この「spaz」という単語が手足に麻痺があったり、動作の鈍い人をからかう言葉として使用されることが多く、今年の6月にもリゾが“Grrrls”をリリースした際にも非難が殺到し、謝罪して歌詞を変更したばかり。ビヨンセも「意図的に使ったものではないが、歌詞を差し替える」と発表している。「spaz」はリッチー・ホウティンでおなじみ「Spastik(Spastic)」を縮めた言い方で、やはり「けいれん」という意味から俗語では「鈍臭いやつ」という侮蔑表現に転じている。 LAで10年代前半にJ・ポップをやっていたSpazzkidなどはわざと使っていたのだろう。

The Comet Is Coming - ele-king

 UKジャズ・シーンにおける重要グループのひとつ、ザ・コメット・イズ・カミング。エレクトロニック・ミュージック寄りのデュオ、サッカー96のふたり──シンセ担当のダナログとドラムス担当のベータマックス──に、サックスのシャバカ・ハッチングスを加えたこのトリオの新作が、9月23日に発売される。題して『極超次元拡張ビーム(Hyper-Dimensional Extension Beam)』。録音はピーター・ゲイブリエルのスタジオでおこなわれたそうだ。
 そしてなんと、嬉しいことに来日公演も決定。12月1日から3日にかけ、渋谷と大阪をまわります。前回来日時のフジで素晴らしいパフォーマンスを披露した彼ら、今回の単独公演も必見だ。

ロンドンを拠点にフロアを揺らし続けるコズミック&レイヴなジャズ・トリオ、
名門インパルスから待望のニュー・アルバムをリリース

●シンセサイザーのダナログ(ダン・リーヴァーズ)、サックスのシャバカ(シャバカ・ハッチングス)、ドラムのベータマックス(マックス・ハレット)の3人によるコズミック&レイヴなジャズ・トリオ、ザ・コメット・イズ・カミング。ロンドンを拠点に活動し、マーキュリー賞にノミネートもされている彼らが、待望のニュー・アルバムをリリース

●シンセサイザー、サックス、ドラムという特異な編成でパンクロック、ジャズ、トランス等様々なジャンルを横断しダンスフロアを揺らし続けているザ・コメット・イズ・カミング。本作はイギリスにあるピーター・ガブリエル所有のリアルワールド・スタジオでレコーディングされた。バンドの長年のエンジニアであるクリスチャン・クレイグ・ロビンソンと共に、トリオは4日間のレコーディングを敢行。その後ダナログとベータマックスが録音を入念にサンプリングし、深遠かつ首尾一貫した音楽的メッセージを持つ今回の作品が生み出されたという。

●12月に待望の来日公演も行うことも決定! 2019年以来約3年振り2度目の来日で、12月1日と2日に渋谷WWW、12月3日に大阪の LIVE HOUSE ANIMA での計3公演となっている。


The Comet Is Coming / HYPER DIMENSIONAL EXPANSION BEAM
ザ・コメット・イズ・カミング / ハイパー・ディメンショナル・エクスパンション・ビーム
2022.9.23 リリース Impulse!
配信 / 輸入盤

収録曲
01. CODE
02. TECHNICOLOUR
03. LUCID DREAMER
04. TOKYO NIGHTS
05. PYRAMIDS
06. FREQUENCY OF FEELING EXPANSION
07. ANGEL OF DARKNESS
08. AFTERMATH
09. ATOMIC WAVE DANCE
10. THE HAMMER
11. MYSTIK


ザ・コメット・イズ・カミング プロフィール
2018年、サンズ・オブ・ケメットで米国インパルスからメジャー・デビュー(アルバムは英国マーキュリー・プライズにノミネートされる快挙)を飾った、現行UKジャズの中心人物シャバカ・ハッチングス(キング・シャバカ)率いる大本命ユニット。
サックスのキング・シャバカ、シンセサイザーのダナログ、ドラムのベータマックスによって2013年に結成。2015年末に12インチとデジタ ル配信のみでリリースされたデビューEP『The Prophecy』は英DJ Mag 誌で10点中9.5点の高評価を獲得し、ジェイミー・カラムも自身のラジオ番組で「最高のニューカマー」と絶賛。翌2016年にはデビュー・フル・アルバム『Channel The Spirits』を発表。そして2019年、満を持してメジャー・デビュー作をドロップ。

シャバカ・ハッチングス プロフィール
シャバカ・ハッチングスは1984年、ロンドン生まれ。6歳の時にカリブ海に浮かぶ西インド諸島の国、バルバドスに移り住むが、その後、イギリスに戻り、以来、ロンドンのジャズ・シーンの中心を担っているサックス奏者。1960年代のジョー・ハリオットやエバン・パーカー以来の創造性を持つと言われ、その独特でパワフルなプレイからしばしば「カリスマ」もしくは「サックスのキング」と評される。
現在、コメット・イズ・カミング、サンズ・オブ・ケメット、そして、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズの3つを主要プロジェクトとしており、プロジェクトを跨いで JazzFM や MOBO のジャズ・アクト・オブ・ジ・イヤーなど数々の賞を受賞している。

■来日公演情報
The Comet is Coming Japan Tour 2022
2022年12月1日(木) 渋谷 WWW
2022年12月2日(金) 渋谷 WWW
2022年12月3日(土) 大阪 LIVE HOUSE ANIMA
チケット情報等詳細は後日発表!

■ザ・コメット・イズ・カミング リンク情報
ユニバーサルミュージック https://www.universal-music.co.jp/the-comet-is-coming/
Twitter: https://twitter.com/cometcoming
Facebook: https://www.facebook.com/thecometiscoming
Instagram: https://www.instagram.com/cometcoming/

■シャバカ・ハッチングス リンク情報
本国公式サイト http://www.shabakahutchings.com/
Twitter: https://twitter.com/shabakah
Facebook: https://www.facebook.com/shabakahutchingsmusic/
Instagram: https://www.instagram.com/shabakahutchings/
YouTube: https://www.youtube.com/user/shabakahutchings/featured

interview with Black Country, New Road - ele-king

 デビューしてからの3年間、ブラック・カントリー・ニューロードの活動の歴史は激動だった。ヴォーカルを担当していたメンバーの性的暴行が告発されたことによって前身バンド、ナーヴァス・コンディションズの解散が余儀なくされたとき、残ったメンバーのほとんどは再び集まりバンド活動を続けることを決意した。ステージの端でギターを弾いていたアイザック・ウッドの前にマイクが置かれ、ツイン・ドラムだったドラムは一台になり、サウス・ロンドン・シーンの新しいバンド、ブラック・カントリー・ニューロードはそんなふうにして姿を現した。喋るように唄うアイザック・ウッドのヴォーカルは鬼気迫るような迫力で、スリリングなポストパンクのサウンドと絡むそれは最初のライヴから何かとんでないことが起きていると感じさせ、ライヴを重ねるごとにその評価はどんどん高まっていった。熱を帯びるサウス・ロンドンのシーンのさなか、2020年にリリースされた1stアルバム『For the first time』はそんな狂気に充ちたライヴを続けていた時期を封じ込めたアルバムで、ファンもその熱を真っ向から受け止め、より一層に大きな評判を呼んだ。次に何が起きるのかわからないというスリルがそこに存在し、もしかしたらいま、この瞬間こそが歴史に残るような瞬間になるのではないかと小さな世界の中でそう大げさに思わせるようなドキドキと期待感が確かにそこに存在していたのだ。

 そしてパンデミックがあった。2022年2月に発表された2ndアルバム『Ants From Up There』はライヴの熱狂を受けて制作された1stアルバムと打って変わって、観客のいない彼ら7人の間で作られたアルバムだった。ワイト島での3週間に渡った共同生活の中でレコーディングされた2ndアルバムは危険なポストパンクの匂いが消え柔らかくノスタルジックに響く、まるで違ったバンドになったみたいな新しいブラック・カントリー・ニューロードの姿がそこにあった。
 だがこれらの曲が観客のもとに届けられるツアーがおこなわれることはなかった。2ndアルバムがリリースされる直前にヴォーカル/ギターのアイザック・ウッドがバンドを脱退するという発表があったのだ。「精神的な問題で、これ以上ステージに立つことは難しい」。Facebook上でそんなメッセージを受け取ったバンドは彼の意思を尊重した。そして長い話し合いの末に、残された6人のメンバーはこの活動を継続することを決めた。予定されていたツアーをキャンセルし、その後に出るライヴでは1stアルバムと2ndアルバムの曲は演奏しない。誰も見たことのない、新しいブラック・カントリー・ニューロードの姿で再びスタートを切ると彼らは決めたのだ。

 ここにあるのはリアルタイムのドラマだ。その判断がどのような結果を生んだのか、それをいまの時点で考えるのは早すぎる。だが後から結果を見ただけではわからない、その過程にだけ存在する特別な何かがあるのだ(それはこれまでのBC,NRの活動が証明していることでもある)。6人でバンドを続けるという選択、アイザックひとりが担当していたヴォーカルを分け、新たに作った曲、新たな姿のバンドでこの夏のライヴに彼らは臨んだ。フジロックで初来日を果たしたブラック・カントリー・ニューロードのドラム、チャーリー・ウェインとキーボードのメイ・カーショウのふたりにバンドのこれまでと、そしてこれからについて話を聞いた。


向かって左がチャーリー・ウェイン(ドラム)、右がメイ・カーショウ(キーボード)

ロンドンのシーンのトレンドっていうのは僕らよりもうちょっと若いとか、あるいはもうちょっと多くロンドンでプレイしているバンドたちによって作られているって思っている(ウェイン)

初来日のフジロックはどんな印象でしたか?

カーショウ:凄く良かったと思う。日本でプレイしたかったというのが叶ったのも良かったし、やってみてもっとプレイしたいってふうにも思って。何よりお客さんがリスペクトしてくれているっていうか曲をしっかり聞いてくれているみたいな感じがして嬉しかったな。他のフェスだとけっこう隣の人と話しながらだったりするんだけど全然そんなことなくて。

今回、プレイする曲はすべて新曲ということで、かなり特殊で難しいシチュエーションだったと思いますが、その点はどうでしたか?

ウェイン:曲作りってことでいうと、いまもってありとあらゆるものを集めているって感じなんだ。1月にブッキング・エージェントから夏のフェスティヴァルの話が来て、新曲を持っていくこともできるって話になって、それで僕たちはそうすることを選んで曲を書きはじめた。でも、全部を新曲にするっていうのは本当に難しかったのは確かで、明らかにいまも発展途上。まだ曲は完成していないんだけど、でもその期間は楽しかったしエキサイティングな時間でもあったと思うよ。期限までに曲をプレイ可能な状態にしなきゃいけないってプレッシャーから来るストレスも同時にあったんだけどね。でも凄くエキサイティングだった。

現在はタイラー(・ハイド)とメイ(・カーショウ)とルイス(・エヴァンス)の3人がそれぞれヴォーカルを担当していますよね? その3人がヴォーカルを担当することになった経緯を教えてください。

カーショウ:最初はみんなで唄うってプランもあって。っていうのは誰かひとりがメインでヴォーカルを担当するとその人のプレッシャーが凄いことになると思ったからで。みんな唄えるんだからそうしたらいいじゃないって。でもライヴまでの準備期間が4ヶ月しかなかったから、一から曲を作るんじゃなくてメンバーが個人で作っていた曲を膨らませる方向にシフトして。で、その曲はタイラーが持ってきたのもあればルイスや私が持ってきたのもあって、自然とそのまま元の曲を作った人が唄うことになったって感じかな。

編集部:バンドにブレインみたいな人はいないんですか? 方向性を決めたりする。

カーショウ:ブレインはいないかな。みんなで決める感じで。

ウェイン:うん。そういう誰かひとりがいると違うんじゃないかってなっちゃうし、演奏してても楽しくなくなっちゃうかもしれないし。だからお互いのパートを尊重して任せる感じかな。

カーショウ:その分話し合いは凄くするよね。友好的な口論みたいな「ちょっとちょっと、ここさぁ~」みたいな感じで。

今後も確たるメイン・ヴァーカルを決めないこのスタイルでやっていくのですか?

カーショウ:いまのところはこの形だけど、アルバムを作るときはどうなるかな?

ウェイン:いまはまだ全然アルバムの曲を書いていなくて、そのときになったら考えようって。でも歌詞を書いて頭に描いたコンセプトをそこに落とし込んで、それを複数人でやると感情的に分散してしまうような、一貫したスルーラインが見えない音楽になってしまう危険性があると思うんだ。それを避けるっていうのは今後凄く重要になってくる。

僕たちは結局、ある意味でバラバラになってしまったんだと思う。忙しくなっていろんなことをやらなきゃいけなくなって、妥協しなきゃいけないこともあって。(ウェイン)

まだアルバムの曲作りをしていないとのことで難しい質問になってしまうかもしれませんが、これから3rdアルバムはどんな方向性に進んでいくと思いますか。

ウェイン:いいアルバムになる方向(笑)。

カーショウ:これから作るから探していかなきゃね。

ウェイン:けど全然違う感じになると思う。1stアルバムと2ndアルバムも全然違ったものになったし。2ndアルバムはそのときの状況もあったけど1stとは違うものを作りたいっていうのが出発点だったから。だから今度のアルバムもいろんな理由で全然違う感じになると思う。でも聞いていて楽しめなかったりプレイして良くないって僕らが信じられないようなアルバムを出す気はないから……うん、だからやっぱり良いアルバムになるな(笑)。

(配信で)ライヴを見ていて思ったのですが、いまはフルートを多用していますよね? 2ndアルバムでも使っていましたけどより比率があがったような印象で。

ウェイン:実のところルイスはもともとフルート奏者なんだよね。

カーショウ:そうそう。だから曲の雰囲気に合うって彼が思ったから使っているって感じじゃない?

そのフルートが合うような感じに2ndアルバムで曲が変わったというのはなぜだったのでしょうか?

カーショウ:それはなんだろう? そのときに聞いている音楽の影響だったのかな。あとはロックダウンのときに感じたことの影響とか。

ウェイン:うん、いろいろな状況の影響はあるよ。1stアルバムの曲を書いてたときはライヴをいっぱいやってた時期で、尖ってて奇妙で魅力的な、グルーヴィな音楽を作りたかったんだ。でも2ndアルバムには恐れる観客はいなくて、代わりにみんなで集まって集中してアルバムを作れるって状況だった。その点についてはとてもラッキーだと思ってて。同じようなアルバムを作るのはつまらないって思いもあったし、こうやってみんなで集まって音楽を作れるってことは幸せだって感じるような、そういう感情になったってことが2ndアルバムの曲作りにも反映されたんだと思う。

編集部:2ndアルバムから似た雰囲気を感じたのですが、70年代のプログレッシヴ・ロック・バンド、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターは聴いたことがありますか?

ウェイン:聞いたことはあるけど影響を受けたかっていわれるとどうだろう? でもメンバーの誰かが聞いて影響を受けていてそれが反映されたっていうのはあるかもしれない。僕らみんな全然違う音楽から影響を受けていて、それがこのバンドをユニークにうまく機能させているってところがあるから。

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でも同時に全員これからも一緒にやっていこうっていう気持ちも強く持っていたと思う。(カーショウ)

ちなみにいまはどんなバンドがお気に入りなんですか?

カーショウ:ジョアンナ・ニューサムが好き。

あぁそれはライヴを見て感じました。メイのヴォーカルの曲はそんな感じがするなって。

カーショウ:本当? 良かった。

そのことについて聞きたいのですが、メイのヴォーカルの曲で “The Boy” という曲がありますよね? チャプターがあって寓話を元にした劇みたいで、いままでのBC,NRの曲とは全然違う感じの印象の曲で。この曲はいつ頃作られたのですか?

カーショウ:いつだったかな? 今年のはじめの方? 曲のベースをそのくらいの時期に作って。バンドに持っていく前はもっとフォークっぽかったんだよね。ピアノで作ってて、そこからまたいろいろと変わっていったんだけど。

じゃあまさにジョアンナ・ニューサムにハマってた頃?

カーショウ:(日本語で)はい。そうです。ふふっ。

それこそこの曲はフルートに合うような音楽で。 最近UKのバンドでフルートを使っている人たちが増えてきている印象があって。ルイスがフルートを吹いてるマーサ・スカイ・マーフィーとかイーサン・P・フリンとか、あとはブルー・ベンディとか。その流れに沿っている部分もあるのかなと感じたのですが、いかがでしょう? BC,NRの1stアルバムが出た頃と2ndアルバムが出た頃ではロンドンのシーンの空気もだいぶ変わったんじゃないかと思うのですが。

ウェイン:うん。でも僕らはロンドンのミュージック・シーンのバンドだとは思うけど、でもそれに答えるのに適したチームとは言えないんじゃないかって。っていうのはロンドンのシーンのトレンドっていうのは僕らよりもうちょっと若いとか、あるいはもうちょっと多くロンドンでプレイしているバンドたちによって作られているって思っているからで。僕たちもロンドンでプレイするのは本当に大好きなんだけど、でもいまは充分にロンドンでプレイできてるとは言えなくて。ロンドンのバンドは僕たちに影響を与えてるし、僕たちもその一翼を担っているって思ってもいるけれど、ロンドンのシーンがどうかって説明するのはちょっと難しいかな。それは中にいるせいで俯瞰して全体像をとらえるのが難しいっていうのもあるのかもしれないけど。

ありがとうございます。それでこれは何度も聞かれてうんざりかもしれませんが、アイザックがバンドを脱退するとわかったときに解散せずにこのままバンドを続けると決断したときの状況を教えていただける嬉しいです。

カーショウ:とても長い話し合いがあって……名前を変えて新しいバンドとしてスタートした方がプレッシャーが少ないんじゃないか、そうした方が比べられることもないんじゃないかって、私とジョージア(・エラリー)はそんなふうに考えてた。でも他のみんなはそうじゃなくて。みんなで決めて、もちろんいまは私もこれで良かったって思っているんだけど。

ウェイン:僕たちは結局、ある意味でバラバラになってしまったんだと思う。忙しくなっていろんなことをやらなきゃいけなくなって、妥協しなきゃいけないこともあって。

カーショウ:でも同時に全員これからも一緒にやっていこうっていう気持ちも強く持っていたと思う。

ウェイン:うん、どちらにしても間違いなく僕たちは一緒にプレイし続けただろうね。でも新しいバンドとしてスタートしたとしても比較されることは避けられなかった。名前を変えなかったからより直接的に比較されるわけだけど。でもなんていうか僕たちはまったく違うバンドじゃなくて、音楽的にも同じような世界観を持ち続けているバンドで……。難しいけど。でも名前を変えないってことに決めて、いまはそれがうまく機能していてその点では嬉しく思っているんだ。

明確なものとかパーソナルなものとか具体的な歌詞は書きたくなくて、それで自分が出てくるような話じゃなくて、ハリネズミとかモグラとか動物が出てくるストーリーを書いたんだと思う。(カーショウ)

1stアルバムのインタヴューでルイスが「音楽よりも友情の方が大切さ」と言っていてそれが印象に残っています。ライヴの最初に披露された “Up Song” でメンバー6人全員が声を合わせて「BC,NR friends forever」と唄っていて、ある種の決意表明みたいにも思えたのですが、この部分を全員で唄うというのはどういう意図があったのですか?

ウェイン:ルイスはそんなこと言ってたんだ? でも僕だったら「音楽よりもお金の方が重要だ」って言うな(笑)。もちろん冗談だけど。

カーショウ:「BC,NR friends forever」っていうのもはじめはジョークだったんだよね。最初にやる曲としてちょっと面白いかなって。

ウェイン:結構こういうのってあるんだよね。ジョークからはじまった音楽的エフェクトが長く続けていくうちに音楽的にも感情的にも意味を持っていくみたいな。ほんと馬鹿なんだけどスタジオで練習しているときに誰かがやりはじめて。で、いざそれをステージに持ってくとみんな「イェー!」って盛り上がってくれて。最初にこれを披露したのはブライトンだったんだけど、初めて聞いたのにみんな「あぁああっー」って感じで超盛り上がってくれて、それでこれ凄いクールじゃんみたいな。

カーショウ:最初はその部分違ったよね? あれ? なんだっけBC,NRの後? 「BC,NR ~」(歌い出すメイ)……ダメ思い出せない。でもとにかく最初は全然違う文脈だった。

ウェイン:僕らはしばしば感情をハイジャックされるシチュエーションにおちいるんだ。

カーショウ:“Up Song” はもともとはタイラーが作った曲で歌詞もタイラーが書いたんだけど、そこにみんなで言葉を付け加える感じで。

ウェイン:そうそう。曲の構成を考えるとき、最初のラインが凄く響いたんだ。それでここのヴォーカル・ブレークに何か追加しようとして……アーケイド・ファイアに “Neighborhood #3 (Power Out)” って曲があるよね? 1stアルバムの。その曲に「we find a way!」って叫ぶ小さなセクションがあるんだけど、そんな感じにしたかったんだ。

歌詞でいうと、メイの “The Boy” はどんなところから歌詞が出てきたんですか? 何かインスピレーションのもとになったようなお話があったんですか?

カーショウ:具体的にはないな。(日本語で)わかんない。なんだろう、頭の中にあったものを出したって感じだったから。でもとにかくこの曲を書いたときは明確なものとかパーソナルなものとか具体的な歌詞は書きたくなくて、それで自分が出てくるような話じゃなくて、ハリネズミとかモグラとか動物が出てくるストーリーを書いたんだと思う。

編集部:ちなみにここ(取材場所)は日本のすばらしいレコード店のひとつで、BIG LOVEというお店ですが、ふだん音楽を聴くときは配信やストリーミング、デジタルで聞くことが多いですか?

カーショウ:Spotifyで聞くことが多いかな。アーティストにとっては良くないのかもしれないけど、それで聞いちゃう。YouTubeでも聞くし。ジョアンナ・ニューサムはストリーミングで配信してないから、それは買って聞くみたいな。そんな感じ。

ウェイン:僕もそうだな。アーティストに支払われる金額が少ないからSpotifyで聞くのはあんまりよくないのかもしれないって思ってはいるんだけど。でもルイスはプレイヤーを持っているから、ルイスの家に行ってみんなでレコードを聞くこともあるよ。みんなで聞くときはそっちの方が良いし。でもほとんどデジタルだなぁ。

編集部:自分たちはアナログ盤を出していて複雑な気持ちになりません?

カーショウ:Spotifyがもっとお金を払ってくれたら自分たちもレコード買えるのに。(日本語で)冗談。

最後にここまでの活動を振り返るという意味で、1stと2ndアルバムの曲でそれぞれ好きな曲を教えてもらえますか?

カーショウ:1stは演奏するのが楽しい曲が多いよね。

ウェイン:うん楽しかった。

カーショウ:でも “Track X” は別。あの曲はちょっと演奏するのがストレスだった。私とルイスとアイザックがそれぞれ違うビートで演奏するから、あの人たちの演奏を聞かないようにしようってするのが本当に大変で。好きなのは “Science Fair”、2ndアルバムの曲だと “Haldern” が好きだな。

ウェイン:そうだな、僕のお気に入りは……ちょっと定番過ぎて言うの恥ずかしいんだけど、でも1stだとやっぱり “Sunglasses” が好きだな。で、2ndだと “Basketball Shoes”(笑)。

カーショウ:ほんと定番(笑)。

ウェイン:うん(笑)。でも、本当に曲として素晴らしいんだよ!

Kali Malone - ele-king

 ドローン音楽やミニマル音楽の、その先はあるのか。ミニマリズムの拡張は可能なのか。もしかするとこの矛盾を孕んだ不可能な問いに対する実践こそが00年代末期から2010年代以降のエクスペリメンタルな電子音楽家やドローン/アンビエント音楽家たちの重要な試みだったのかもしれない。ドローンやミニマリズムという手法を援用しつつ、音響・音楽的な諸要素を加味していくという、なかば矛盾を孕んだ実践を果敢に、しなやかに挑戦するアーティストが多数あらわれたのだ。たとえばサラ・ダヴァーチ、エレン・アークブロパン・ダイジンKMRUウラフェリシア・アトキンソンカテリーナ・バルビエリなどの現代のドローン、アンビエント、電子音楽作家たちである。今回、紹介するカリ・マローンもそのひとりだ。彼女のドローンには不思議とクラシカルな風格が漂っているのである。
 カリ・マローンは米国出身、スウェーデンはストックホルムを拠点とする音楽家だ。その作風はドローンを基調としつつも、電子音楽、モダン・クラシカル、バロック、即興演奏など多様な要素を併せ持ったものである。彼女が目指している音楽はおそらく形式やフォームではないはず。響きの拡張、ミニマリズムの拡張こそがその目的ではないかと思うのだ。じっさいどのレコードもひとつの型に落とし込まれはいない。
 マローンの前作『The Sacrificial Code』もパイプオルガンを用いたドローン作品で素晴らしいアルバムだった。2019年のベストを選ぶならこのアルバムを入れるだろう。オルガンの響きが知覚の遠近法を変え、優雅な音楽性が時代を越える。類稀なアルバムである。
 だがカリ・マローンのドローンは、ドローンとしても、アンビエント的なドローンとしてもかなり異質の音響ではないかとも思う。『The Sacrificial Code』はたしかにオルガン・ドローンといえるのが、その持続にはどこか変化への意志が明確にあり、ドローンと思って聴いていくと不思議な居心地の悪さがある。おそらくそれが彼女の「作曲家」「演奏家」としての意志、もしくは無意識なのかもしれない。
 そして今年リリースされた本作もまた期待以上の出来栄えであった。電子音楽家/作曲家としてのマローンにおける最上の音響が記録されているといっても過言ではない。
 〈Portraits GRM〉からリリースされた本作はフランスのGRMのアクースモニウム・マルチ・チャンネル・セット・アップを用いた作品であり、GRMより委託された作品だ。いわば現代音楽作品に近い立ち位置といえる。ちなみにアクースモニウムの解説は私の手には余るので、こちらのサイトにある檜垣智也氏の解説をせび読んでほしい(https://musicircus.net/ih-plus/acousmonium.html)。
 本作は2020年から2021年の間にパリのGRMで作曲された。用いられているのはトロンボーン、バスクラリネット、正弦波発生器などに加え、電子音楽界のレジェンド、エリアーヌ・ラディーグが用いたARP 2500モジュラーシンセサイザーを用いている。カリ・マローンには偉大なるレジェンドを継承するという意志があるのかもしれない。
 ともあれもともとマルチチャンネル作品だった本作がステレオミックスへと生まれ変わるに当たって、マローンは実に繊細かつ大胆なミックスを施している。本アルバムに収録された音を聴いていると深い内省と音響の快楽が同時に押し寄せてくる。同時に1曲目を聴きすめていくとさながら管楽器のアンサンブルのように音やトーンを変化させていく手法をはっきりと聴き取ることができた。電子音の響きが目立つため、前作『The Sacrificial Code』よりもストレートにドローンをやっているように感じられる点も見事だ。鎮静効果という意味では『The Sacrificial Code』以上かもしれない。微細なトーン・コントールも完璧なので聴き込むほどに音の海に没入していける。
 さらに様相が変化してくるのは2曲目だ。音響は次第に拡張し旋律に近いものも聴こえてくる。ARP 2500と思える電子音が暴風のように、その音を掻き消し、まるで電子音ドローンによるシューゲイザーのような音響を展開する。サイケデリックなとでも形容したいほどの圧倒的なサウンドである。
 全体的なサウンドとしては2018年にリリースされた『Cast of mind』に近いともいえるが、その音はより洗練され練り上げられているように感じられた。端的に進化しているのだ。
 このアルバムには、ドローンと変化、持続と拡張、静謐とノイズ、鎮静と覚醒など、相反するものがエネルギーの奔流のように渦巻いている。だがそもそもドローンとはそのようなものなのではないか。例えばラ・モンテ・ヤングのドローンを聴くと単なる静謐でも鎮静でもない力を感じるときがある。永遠、持続、力。不思議なエネルギーに満ちているのだ。私見だがカリ・マローンにもそんな真のドローンの系譜を感じるときがある。異質にして正当? しかしそれが彼女のドローン・サウンドの本質ではないか。
 じっさいマローンの新作からはエリーナ・ラディーグやGRMなど実験音楽、電子音楽、ドローン音楽の継承の意志を読み取ることができるだろう。同時に、ほかのどのドローンとも異なる変化への意志がある。エクスペリメンタル/ドローン、電子音楽の継承から未来へ。本作はまさにそんなアルバムなのである。

Waajeed - ele-king

 Waajeed(ワージード)といえば、デトロイト・ヒップホップを代表するプロデューサーのひとりで、J Dillaとともにスラム・ヴィレッジのメンバーであり、PPP(Platinum Pied Pipers)としての作品も知られている。ワージードが、来る11月、ベルリンの〈トレゾア〉からソロ・アルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をリリース。まずはアルバムに先駆けて、シングル曲“Motor City Madness”が発表された。ヒップホップとテクノとジャズがブレンドされた素晴らしい曲だ



以下、資料より抜粋。

『Memoirs of Hi-Tech Jazz』は、デトロイトや世界中の黒人居住区における抑圧的なヘゲモニーに対する革命的な取り組みからインスピレーションを得た、レジスタンスを想起させるサウンドスコアである。このアルバムを抗議運動と並行してプレイすることはできるが、音楽は、抑圧の視線の外側に存在する平凡な瞬間により適している。暴力や不正義がまかり通っているが、それは私たちによっての唯一の物語ではない。私たちは、私たちを抑圧するモノどもよりも遙かに多くのものだ。このアルバムは、黒人の余暇と遊びを称えるもので、枯渇する現実にもかかわらず持続する平凡な喜びを表現している。


Waajeed
Memoirs of Hi-Tech Jazz

Tresor


レコード・コレクティングの教科書!

21世紀のいま、レコードは特別な価値を持つに至った──
レアグルーヴ、モダン・ソウル、スピリチュアル・ジャズ、ランダム・ラップ、ブギー、ニューエイジ、アート・パンク、サイケデリック……

本書は、インターネット時代におけるレコード収集のテクニックからコレクターに人気のジャンル/サブジャンルの解説、およびレコード収集の哲学や社会学まで網羅する。

世界最大規模のオンライン・レコード店〈カロライナ・ソウル〉のマーケティング・ディレクターによる、21世紀のレコード・コレクティングの教科書。

(本書より)
ヴァイナル・レコードは魔法の商品だ。銅やコーヒーのように日々売り買いされるにも関わらず、レコードの真価は常に現金価格を上回る。現在のヴァイナルの収集家はこれまで以上に、自らの所有するレコードに対し深くスピリチュアルな、知的な、エモーショナルな意味合いを付与している。ヴァイナルを愛する者の心と精神の中において、一枚のレコードは決して単なる「引っ掴み、引っくり返す」ための「ちょっとした名も無きオブジェ」ではない。むしろ、レコードはアルバート・アイラーが「宇宙を癒すフォース」と呼んだものを内に宿す存在だ。

Max Brzezinski / マックス・ブレジンスキー
カロライナ・ソウル社のマーケティング・ディレクター。デューク大学で英語モダニズムの博士号を取得、以前はウェイクフォレスト大学の英語教授を務めていた。文学エッセイと批評は「Novel」と「The Minnesota Review」に、音楽批評は「Dusted」誌に掲載。長年DJとして活躍し、カロライナ・ソウルのラジオ放送の司会を毎月務めている。ノースカロライナ州ダーラム在住。

Carolina Soul / カロライナ・ソウル
ノースカロライナ州ダーラムに本拠を置く〈カロライナ・ソウル〉は、世界最大の高級レコード販売店の一つであり、ダーラムのダウンタウンにある実店舗とオンラインの活発なレコード・コミュニティで広範囲に存在感を示し、週に1000枚以上を動かしている。Instagramではカルト的な人気を誇り、月間150万人のユニークリスナーを持つオンラインラジオ局、NTSでは長時間のラジオ番組が放送されている。

坂本麻里子 / さかもと・まりこ
1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳として活動。訳書にイアン・F・マーティン『バンドやめようぜ!』、コージー・ファニ・トゥッティ『アート セックス ミュージック』、ジョン・サヴェージ『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも』、マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』、ジェン・ペリー『ザ・レインコーツ』など。ロンドン在住。

目次

前書き
始めに──今、なぜヴァイナルなのか?

CHAPTER 1 レコード・ゲームの遊び方
CHAPTER 2 収集のメソッドをはぐくむ
CHAPTER 3 コレクター向けジャンルおよびサブジャンル解説
CHAPTER 4 レコード収集の政治学
CHAPTER 5 レコードを経験しよう

結び──我々の時代の雲行きにマッチしたレコード

謝辞
索引

付表1:カロライナ・ソウル店のジャンル別売り上げトップ作品
付表2:州別人気ジャンル
付表3:国別人気ジャンル

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