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Horace Andy

Roots Reggae

Horace Andy

Midnight Rocker

On-U/ビート

野田努   May 31,2022 UP
E王

 ホレス・アンディは黄金の喉を持っている。ヴィブラートのかかったファルセット・ヴォイス。甘い声だが、しかし言葉は反骨的だ。「金、金、金、金、それがすべての悪の根源(Money, money, money, money/Is the root of all evil)」、永遠の名作『ダンス・ホール・スタイル』の冒頭でこう歌った彼は、本作『ミッドナイト・ロッカー』でもこう歌っている。「金、金、お前には心がない」。ホレンス・アンディだけがマッシヴ・アタックの全作品で歌っているのは、彼がブリストル・サウンドの根幹のひとつとしてあるジャマイカのレゲエ・シーンから出てきた歌手だからという、ただそれだけの理由ではないだろう。両者のあいだには精神的な繋がりもあるに違いない。
 
 ホレス・アンディが70年代に残した全作品が必聴盤であり、1982年にNYの〈ワッキーズ〉からリリースされたくだんの『ダンス・ホール・スタイル』までの全作品が人気盤だ。その魅力的なバックカタログにおいてもホレス・アンディは傑出したシンガーのひとりと言えるが、彼はしかもマッシヴ・アタックの作品でフィーチャーされたことによって専門的なレゲエ・リスナー以外にも広く知られるにいたっている。でもっていまこうして〈On-U〉からアルバムをリリースしたと。UKのポスト・パンク時代に生まれたこのレーベルは、それこそブリストル・サウンド創造における重要な起爆剤であり、影響源のひとつでもある。それを思えば〈On-U〉からホレス・アンディのアルバムが出ることそれ自体が、じつに感慨深いことなのだ。
 もっとも、このプロジェクトに人一倍気合いを入れたのは、レーベルの主宰者であり、ミキシングボードを操作しているエイドリアン・シャーウッドだろう。故スタイル・スコットのドラムも使いながら、御大に失礼のないようレーベルのオールスター的なメンツをバックに揃えている。ベースにはダブ・シンジケートや古くはアスワドやニュー・エイジ・ステッパーズの仕事で知られる故ジョージ・オーバンの演奏を使っているが、ダグ・ウィンビッシュも参加している。
 話は少し逸れるが、超絶なテクニシャンであるウィンビッシュは、元々はシュガーヒル・ギャング(オールドスクール・ヒップホップのもっとも有名なレーベルのハウス・バンド)のメンバーで、80年代はタックヘッドなどで活躍、その後はマーク・スチュワートからミック・ジャガーのバックまで務めるという、恐ろしく幅広い活動を続けている。ぼくとしては、30年前の来日ライヴで初めて彼の演奏を目の当たりにし、心底ぶっ飛ばされた思い出がある。だから、本作の目玉のひとつであるマッシヴ・アタックの“セイフ・フロム・ハーム”の最初のベースライン(オリジナル曲はサンプリングのループ)をウィンビッシュが弾いているという細部にも、けっこう熱くなったりするのだ。
 
 『ミッドナイト・ロッカー』は完璧なルーツ・レゲエの作品で、シャーウッドはこのスタイルの純然たる輝きを研磨することに専念している。アレンジも緻密で、適切なタイミングをもって最高の演奏を挿入する。シャーウッドらしい空間の美学も健在だが、まあとにかく、これでもかというくらいにルーツ・レゲエの作品に仕上がっている。ルーツ・レゲエらしい旋律、展開、曲調、味付けがされているし、ホレス・アンディは終始その豊かな歌声でリスナーを魅了しているが、まずはアルバムの冒頭でラスタを高らかに語り、いかにもいまの時代に合いそうな、ルーツ・レゲエらしい黙示録的な終末観を歌い上げている。よく言われていることだが、ラスタはその旧約聖書に基づいたジェンダー観においてときに左派リベラルからの反感を誘発している。が、サイモン・レイノルズが言うように、そうした留保事項を、(良くも悪くも)音の勢いがかき消してしまう。議論の余地はあるが、その音がポスト・パンク時代の女性たちの創造行為にも影響を与えたことも事実なのだ。

 『ミッドナイト・ロッカー』は、ホレス・アンディのキャリアの後期における代表作になるだろう。シャーウッドの長年の研究が活かされているし、ホレス・アンディの黄金の歌声も衰えることを知らない。そしてシャーウッドは、つい先日は〈On-U〉レーベルの最新のコンピレーション『ペイ・イット・オール・バックVOL.8』をリリースしたばかりで、7月には先にニュースを流したように、ダブ・シーンにおける女性たちをテーマにコンピレーションを出すことになっている。
 

野田努