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ここ数年来、ハープが重要な役割を果たすジャズ作品が増えていると感じる。アメリカでは自身の作品やさまざまなアーティストへの客演で知られるブランディ・ヤンガーの活躍が目につく。イギリスに目を向けると、ギリシャ出身でロンドンを拠点に活動するハープ奏者のマリー・クリスティーナ・ハーパーを擁するハーパー・トリオが近年の注目アーティストだ。そして、マンチェスターのマシュー・ハルソールはハープ奏者を大きくフィーチャーする作品を作ってきており、そのなかからレイチェル・グラッドウィン、マディ・ハーバート、アリス・ロバーツといった演奏家が登場してきた。アマンダ・ホワイティングもマシューのグループで演奏してきたひとりで、マシューとも関係の深いチップ・ウィッカムの作品でもたびたび共演している。
ウェールズ出身のアマンダは6歳のときにハープに触れ、最初はクラシックを学び、その後ジャズや作曲技法も学んできた。2007年より自主制作でソロ・アルバムを作ってきて、そして2020年にクラブ・ジャズ系レーベルの〈ジャズマン〉から『Little Sunflower』をリリースする。フレディ・ハバードの名作をカヴァーしたこのアルバムによって彼女は注目を集め、マシュー・ハルソール、チップ・ウィッカム、グレッグ・フォートなどと共演するほか、ミスター・スクラフ、ジャザノヴァ、ヒーリオセントリックス、レベッカ・ヴァスマン、DJヨーダなどクラブ系アーティストにもフィーチャーされるようになる。彼女のハープ演奏の特徴として、非常にメロディアスでソウルフルな要素が強いことが挙げられる。その点はブランディ・ヤンガーとも共通するもので、1950年代から1980年代に活躍した女性ハープ奏者の草分けであるドロシー・アシュビーの影響を色濃く受けている。ドロシーの作品では〈カデット〉時代の『Afro-Harping』(1968年)、『Dorothy's Harp』(1969年)、『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』(1970年)の3作品が特に有名で、これらはアーマッド・ジャマル、ラムゼイ・ルイス、マリーナ・ショウなどを手掛け、自らもソウルフル・ストリングスという楽団を率いたリチャード・エヴァンスがプロデュースしている。当時のリチャード・エヴァンスがプロデュースしたジャズ作品はソウル、ファンク、ロック、ラテン、ボサノヴァなどを融合したミクスチャーなもので、ドロシー・アシュビーの3作に関してもアフロ・キューバンやエキゾティック・サウンドから、ソフト・サイケの要素も世取り入れた前衛的で独特の世界観を持ち、後年にレア・グルーヴ的な再評価を経て、現代のアーティストに多大な影響を与えている。クラブ・ジャズやクラブ系アーティストの共演が多いのも、そうしたドロシー・アシュビーの影響が見られるだろう。
〈ジャズマン〉からは『After Dark』(2021年)、『Lost In Abstraction』(2022年)と続けてアルバムをリリースし、その後は〈ファースト・ワード〉に移籍して『Beyond The Midnight Sun』(2023年)をリリースする。〈ファースト・ワード〉はクラブ・サウンド系のレーベルで、クラブ・ジャズやファンク、ソウル、ヒップホップなどのリリースもあるが、『Beyond The Midnight Sun』はDJ/プロデューサーのドン・レイジャー(ダークホース・ファミリー)との共作だった。そして、2024年にリリースした『The Liminality Of Her』は、『After Dark』と『Lost In Abstraction』にも参加したチップ・ウィッカムのほか、女流DJ/シンガー/プロデューサーのピーチが参加する。2024年はほかにクリスマス・アルバムをリリースしたが、年が明けて2025年に『Can You See Me Now?』というEPをリリースし、それと『The Liminality Of Her』をまとめたのが日本編集版の本アルバムとなる。『Can You See Me Now?』はスクリムシャー名義で2000年代後半から活動するDJ/プロデューサーのアダム・スクリムシャーがキーボードやトラックメイクで関わり、クアンティックとのコラボで知られるアリス・ラッセルもゲスト・ヴォーカル参加する。
『Can You See Me Now?』は基本的にはハープ、ベース、ドラムスという編成で、スクリムシャーのピアノやキーボード、シンセ、パーカッションなどが出過ぎることなくサポートする。ホーン類が一切入らないので非常にシンプルであり、その分ハープの奏でるメロディが際立つ印象だ。オープニング曲の “Contented” は幽玄のようなコーラスが薄く被さる美しい作品で、1960~1970年代のムード音楽やライブラリーなどの分野で活躍したハープ奏者のデヴィッド・スネルやジョニー・トイペンらの流れを汲む。アリス・ラッセルが歌う “What Is It We Need?” も荘厳で、ハープ演奏はクラシックや教会音楽などでの技法を用いている。“Intent” はクラブ・ジャズ的なビートの強い作品で、スクリムシャーらしい作品と言える。DJ/プロデューサーとも多くの仕事をしてきたアマンダの個性が生かされた楽曲だ。“It Could Be” も同様のビート感覚を持つ楽曲で、ここでも中性的なコーラスとハープが絶妙のコンビネーションを見せる。
『The Liminality Of Her』は “Waiting To Go” でチップ・ウィッカムがフルートを吹く場面があるものの、あとはハープ、ベース、ドラムス、パーカッションのみというこれまたシンプルな編成。ピーチをフィーチャーした “Intertwined” と “Rite Of Passage” は美しいメロディと繊細なムードに包まれ、モーダル・ジャズとソウル・ミュージックが最良の地点で結びつく。“Liminal” はアフロ・キューバンとジャズ・ファンクが融合したようなリズムで、ドロシー・アシュビーの〈カデット〉時代を彷彿とさせる。“Nomad” は琴のような音色を奏でるハープが印象的で、「遊牧民」というタイトルどおりのエキゾティシズムに溢れている。“No Turning Back” はクラブ・ジャズ的な作品で、アフロ・キューバン調の転がるパーカッションに乗った軽快な演奏を披露する。そして、コルトレーンの演奏で有名な “My Favorite Things” を取り上げているが、この曲はさまざまなアーティストが取り上げてきたモーダル・ジャズの定番のような曲で、ハープでは日本の林忠男が1977年のアルバム『見果てぬ夢』で取り上げていた。このアルバムは超レア・アルバムとして和ジャズ再評価のなかで発掘されたアルバムだが、ふとそれを思い起こさせる演奏だ。
小川充