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Home >  Columns > 韓国ソウル市はソウル(魂)の街だった!- ──ソウルの都市政策と韓国のヒップホップについて

Columns

韓国ソウル市はソウル(魂)の街だった!

──ソウルの都市政策と韓国のヒップホップについて

文・写真:土田修 Dec 27,2019 UP

 久しぶりのソウルは雲一つない秋晴れだった。ソウルにたどり着くといつもジョン・コルトレーンのアルバム『ソウルトレーン』が思い出される。音楽評論家アイラ・ギトラーが「シーツ・オブ・サウンド」と名付けたコルトレーンの超絶技巧が冴えわたる初期の名盤だ。ソウル市の「ソウル」は「魂」ではなく、「みやこ」を意味する。だが、「陰陽思想」と風水の自然観に基づいてつくられたというソウルの街角は韓国人の魂(ソウル)に満ちあふれている。

■無償のオーガニック給食

 今回のソウル市訪問は、パク・ウォンスン市長が実施している無償給食制度の取材だ。非営利組織「希望連帯」(白石孝代表、東京都)の調査ツアーに同行した。現在、ソウル市では小中高の児童生徒約90万人のうち72万人に学校給食が提供されており、2021年からは全校に拡大される予定だ。しかも食材はパク市長の提唱する都市農業政策の一環として無農薬・無化学肥料で遺伝子組み換えゼロの有機栽培作物を使っている。

 パク市長は2011年に給食無償化を公約にして初当選した。それまで給食費を払えない貧困家庭は、給食費の受給申請を出さなければならなかった。「無償給食が実施されれば、ご飯を食べる時に差別を受けずに友だちと付き合える」というのがパク市長の考えだった。オーガニック給食を実現するためには有機栽培農家との連携や流通システムの整備などが必要だった。


都市農業支援センターの農園=ソウル市江東区で

 ソウル市では9つの地域の生産者から有機食材を調達し、市の流通センターを通して各小中高の調理室に運んでいる。各校に配置された栄養士は学習会に参加して有機農業についての知識を深めている。また、定期的に有機農業の生産者を訪問して意見交換している。当初、栄養士からは「有機食材は形が不統一だから使いにくい」という声が上がった。だが、生産現場を視察してからは、安全性や栄養など有機食材の特質をよく理解するようになった。

 また、ソウル市は社会的弱者に対する「食の正義」を実現し、地域循環型農業や都市型農業を促進するため、「公共給食」という名目で保育園や地域の福祉施設、児童福祉センターにも無償の給食を提供している。現在、保育園と福祉施設の児童計約30万人のうち約10万人に公共給食が提供されている。2022年までには食材の7割を有機食材で賄う予定だ。公共給食のおかげでソウル市には「子ども食堂」がない。


ソウル市東北4区の公共給食センター=ソウル市江西区で

■ソウルは東アジアの “希望都市”

 パク市長は元々、人権派弁護士だったが、1994年に左派系市民団体「参与連帯」を創設。2000年の総選挙で腐敗した国会議員の落選運動を行い、多数の汚職議員のバッジを奪った。李明博政権下の2008年には米国産牛肉の輸入に反対するキャンドル・デモを主導。韓国NGOのリーダーとして注目を集め、06年にアジアのノーベル賞といわれる「マグサイサイ賞」を受賞した。

 2011年、「市民こそが市長である」をスローガンに初当選したパク市長は、新しい社会経済モデルである「社会的経済」〔註〕を市政の柱に据え、市民参画行政や脱原発政策、公共部門の非正規労働者の正規職化などを進めてきた。市民運動のリーダーから市長に転身したことについてパク氏は筆者に「李明博政権の下で韓国の民主主義は大きく後退した。再び政治運動が必要な時代になった」と語ったことがある。


パク・ウォンスン市長(右)と筆者=ソウル市役所で

 市長に就任して以来、「脱原発」政策を掲げ、エネルギー消費型都市からエネルギー生産型都市への転換を図ってきた。そのため小水力発電やソーラー・LED促進など自然エネルギーへの移行を進め、若者就労に寄与するグリーンファンドを設立。一方、市役所や外郭団体の非正規雇用をすべて正規職に転換し、残業ゼロの完全週40時間労働制を進めてきた。そのほか、最低賃金を超える生活賃金の設定、伝統市場の活性化、大学の学費半減、深夜バスの運行開始など「市民の声」を反映した諸政策を実施してきた。

 朴槿恵パククネ政権になってからは、「国の専権事項である労働法に抵触した」として国から提訴されたこともあるが、朴政権崩壊で裁判は無に帰した。日本同様、急激な少子高齢化や格差社会が進展する韓国でネオリベ政策に抵抗しているのはソウル市だけだ。「日韓の市民社会を基盤とし、アジアに成熟した市民社会を広げたい」と語ったパク市長の言葉が忘れられない。ソウル市は東アジア唯一の “希望都市” なのだ。

■安重根と伊藤博文、どちらがテロリスト?

 韓国は万物の根源である「理(ことわり)の国」だ。日本は戦前まで「義」に生きる「武士(もののふ)の国」だった。戦後、日本国民は民主憲法を担いだが、「サムライ・ジャパン」が跋扈する「武士の国」に変わりはない。豊臣秀吉の朝鮮侵略、朝鮮王朝時代の閔妃暗殺や皇帝廃位は、すべて武力に物を言わせてのことだった。日韓関係が悪化すると必ず、一部の月刊誌には「新・征韓論」や「断韓」など威勢のいい見出しが踊る。こうした見出しは「問答無用」と刀を振り下ろす武士と将校の姿を連想させ、後味が悪い。

 韓国の国旗「太極旗」の中央には赤と青の陰陽図が描かれている。森羅万象を「陰」と「陽」に分類する中国易学思想が基にある。陰陽によって万物の成流転や宇宙の成立を理解する陰陽思想は韓国人に共通のソウル(魂)だ。朝鮮独立運動を通して朝鮮民族を象徴する旗として使われ、大韓民国独立後の1949年8月に国旗として制定された。韓国の民族独立の国旗とは正反対に、「日の丸」は中国と太平洋で数百万人の血を流させた “侵略” と “隷属” の象徴でしかない。陰陽思想に基づく「理」の国と、天皇制の下で「武」を尊んだ国の違いは大きい。

 歴史的に見ると、ソウルは「2000年の都市」だ。紀元前18年に百済が首都を置いて以来、朝鮮半島の中心都市として発展してきた。いまだに市内では三国時代(漢城)、高麗時代(南京)、朝鮮王朝時代(漢陽)の史跡や遺構が見つかることがある。日本の植民地時代に起きた民族独立運動を伝える像やミュージアムもあちこちで見かける。

 ソウル市中心の仁寺洞インサドンは原州韓紙や硯、筆、骨董品の店が建ち並ぶ伝統と歴史の町だ。その通りの南にあるタプコル公園には1919年の「三・一独立運動」を記念した石碑と銅板レリーフが並んでいる。西大門ソデムン刑務所で獄死した “韓国のジャンヌ・ダルク” 柳寛順ユ・グァンスンの勇姿の前で思わず一礼。ソウルタワーのある南山公園には初代韓国統監・伊藤博文を中国ハルピン駅で射殺した安重根アン・ジュングンの銅像が、そしてソウル駅前には第3代朝鮮総督・斎藤實に爆弾を投げつけた姜宇奎カン・ウギョがまさに爆弾を投げようとしている姿の銅像が立っている。


西大門刑務所で獄死した「ユ・グァンスン」の象=ソウル市タプコル公園で


朝鮮独立運動の活動家たちを投獄し、拷問・処刑した西大門刑務所

 安も姜も日本ではテロリストと呼ばれるが、韓国では「独立運動の義士」だ。伊藤は、幕末に「朝鮮の属国化」を主張した吉田松陰の弟子だ。朝鮮半島を蹂躙した伊藤や斎藤こそが真のテロリストではないか。戦前の日本帝国主義に対するきちんとした批判と「三・一独立運動」に対する正当な評価がなければ日韓の歴史認識の溝は埋められない。日韓の明るい未来図を描くこともできない。


西大門刑務所の処刑場入り口わきに立つ「慟哭のポプラ」

〔註〕社会的経済:協同組合や社会的企業、社団法人などが主体となった新しい社会経済モデル。貧困や失業、高齢化などさまざまな社会問題解決のため社会・地域サービスを提供している。国連は2013年から、貧困・格差拡大が平和維持を困難にしているとし、社会的経済の促進を加盟国に要請。スペイン、エクアドル、メキシコ、ポルトガル、フランスでは社会的経済の関連法を制定。ソウル市は2014年に社会的経済基本条例を制定し、市民の自発性や地域性に基づいた社会的経済活動の支援を続けている。

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Profile

土田修/Osamu Tsuchida土田修/Osamu Tsuchida
ジャーナリスト、ル・モンド・ディプロマティーク日本語版編集委員。著書は、『調査報道 公共するジャーナリズムをめざして』(緑風出版)、『南海の真珠カモテス 元学徒兵のフィリピン医療奉仕』(邂逅社)など。

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