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だんだん本当になってきた

だんだん本当になってきた

#1 戸川純が伝える「思いの伝わらなさ」

水越真紀 Dec 17,2009 UP

 とてもとても久しぶりに行った戸川純のライヴで、初めて生の"玉姫様"を聴いた。わかいころ、生理痛が激しかったり、その最中に喧嘩をしたときなんかにこの歌を口ずさんだりしたもんだ。原稿がかけないのも彼の"無神経な"一言にいちいち腹がたつのも、社会が私を拒絶して一人ぼっちな気がしてしまうのもすべてはこの女体の神秘のせい、いつもの理性的な私じゃないもののせい、コントロール不能ではあるけれど、いずれにしても「私」の一部のせい、だけど神秘神秘......。

 怪我をして杖をついていると聞いていたし、パフォーマンス自体には正直そんなに期待していなかった。ところがそんな意に反して、そのライヴは素晴らしかった。休憩を挟んで2時間たっぷり、ほとんどはスツールに掛けたままだったけれど、何曲かでは立ち上がり踊ってもいた。声はとてもよく出ていた。
 フロアはいっぱいに埋まっていた。30代と思わしき男女。古くからのファンたちかもしれないが、もう少し若く見えるひとたちもいた。
 彼女らしいMCも含めて、10年以上のブランクをこえて、何の違和感もなく、そのステージに引き込まれていた。
 ほとんどすべてが懐かしい曲ばかりだったけれど、古臭さはなく、それどころか、80年代よりも切実な思いで彼女の歌を聴くのではないかと思われるような人びとは21世紀の日本にますます増えているようにさえ感じる。
 彼女があちこちに忍ばせていた、あるいははっきりと歌っていた、管理社会化や対人コミュニケーションの困難、孤独など、最近では「生きづらさ」と総称される苦悩は、経済環境の変化も手伝って、あの頃よりも広範囲に、激烈に拡大し続けてきた。

 戸川純がずっと歌ってきた大きなテーマは、「思いの伝わらなさ」だ。恋人でも親子でも他人でも、彼女の思いは決して伝わらない。自分はただの肉塊でしかない"諦念プシガンガ"も誰にも見えないものが見えてしまう"Fool Girl"も恋から覚めるのは髪を切ったからだという"セシルカット"もそのものずばりの"昆虫軍"も"バーバラ・セクサロイド"も"ロリータ108号"も"レーダーマン"そうだし、"隣のインド人"もそうだった。"蛹化の女"も同じだ。他者は異種であり、隣人は異人であり、恋人の心ははるかに遠い。
 と考えると、"玉姫様"はまったく違う歌に聴こえてくる。女性の生理の神秘さを率直に歌ったというよりも、むしろ、生理中であろうとなかろうと通じない思い、すれ違い、互いの思惑違いのその責任は双方にあるにもかかわらず、自分が生理中だからね、仕方ないね、私はいまちょっと変なんだよねなどと白旗を揚げて見せている、とりあえずここは自分のせいだと言えばどちらも傷つかずにすむという思いがよぎった瞬間を思い出す。そういうとき、じつは悔しくもあったことも......。だって本当は双方に原因があるのに、双方が歩み寄るべきなのに、自分にもコントロールできない自分の中のなにやらを差し出してコトを収めようとするなんて、なんという事なかれ主義かと。すべては時間の節約、ディスコミュニケーションによる心の消耗の削減のためだ。

 どうせ「思いは伝わらない」のだ。どこまで話してもたぶん平行線は免れない。

 戸川純がこのように繰り返し歌ってきた「伝わらなさ」は、80年代までは主に女性と子供に集中した苛立ちだったと思う。校内暴力や登校拒否、(話し合いではなく)わざわざ法規制しなければ解決不能と判断された男女の雇用均等問題などに少しずつそうした苛立ちは現れ、やがて90年代以降、社会全体に充満するようになった気分ではなかったろうか。するとどうなったか?
 暴れる子供にはリタリンを飲ませ、プレゼン下手な自分はプロザックで鼓舞する。さまざまな非主流的気分に細かな病名をつけて、「憂鬱」はうつ"病"に昇格させられた。ADHDやうつ病がフィクションだというつもりはないけれど、そうした診断が、人びとの、社会全体の「伝わらなさ」に対する不安を和らげたとは言えないだろうか? 夫婦喧嘩の理由を生理のせいにしたときのように?
 こうした解決法は、ネオリベラリズム経済ととても相性が良かったのではないか。伝わるまで話あったり、伝わらない者同士がその状態のまま同じ空間にいることはとても効率の悪いことだ。ピル1錠でその場が収まるならこんなに簡単なことはないではないか。
 一方で、戸川純は、繰り返しその「伝わらなさ」という悲しみを歌うことで、「伝わらなさ」自体に抗議し続けてきたように思う。彼女の作る歌詞の特徴のひとつである、(自己制御不能な)情念を(理性的な)理屈でとことん説明しようとする姿勢というのは、「生理だから仕方ないね」という解決方法に対する抵抗だったのではないか。

 この日、たくさんのMCの中でとても引っ掛かりを感じたひとことがあった。アンドロイドのコールガールの諦観を歌う"バーバラ・セクサロイド"の時だったか、「あたしはフェミニストじゃないですよ」と言ったのだ。どうしてわざわざそんなことを言うんだろう? そういえば80年代から、彼女はよく似たようなことを口にしていた。「私は不思議ちゃんじゃないです」をはじめ、ファンが妄想する戸川純像をいちいち丁寧に修正しようとしていた。彼女のMCもインタヴューも、いつも本当に丁寧で、時にはくどいほど繰り返し、違う言葉で同じことを説明してくれようとすることもある。このこともまた、「伝わらない」ことをあんなに歌っている彼女自身が、時間と言葉を掛けることでいつか伝わることを実は信じている、あるいは願っている証左なのかもしれない。
 このライヴは10月から1月半にわたって新宿ロフトで行われた〈Drive to 2010〉というイヴェントの中のプログラムのひとつだった。純ちゃんは怪我をしていて、ほとんどの歌はスツールに掛けたまま歌われた。私は10数年ぶりに見る彼女のステージに、正直言ってそんなに期待していたわけではなかった。けれども、想像以上に、いや、以前に見ていたいくつものライヴ以上に、この日の戸川純はすばらしかった。90年代には開演が1時間以上押すこともあったけれど、この日はオンタイム(!)で登場し、声はあの頃以上によく聴こえたほどだ。休憩を挟んだものの、たっぷり2時間、ときおり立ち上がったり踊りさえした。純ちゃんは戻ってきていたんだと、満員のフロアも含めて本当にそう思えるものだった。

 ここにきて、抗うつ薬の副作用に人びとの関心が向きはじめている。大手メディアが「自閉症が個性と認められるまで」(ニューズウィーク日本版)のような記事を掲載するということは、自閉症は個性のひとつだという考え方も理解を得られるようになってきているかもしれない。効率的に(安直に)コミュニケーション不全を解決しようとする焦りが社会的に和らいできたことと、戸川純がふたたび歌いはじめていることは、無関係とは言えないのではないだろうか。

水越真紀水越真紀/Maki Mizukoshi
1962年、東京都生まれ。ライター。編集者。RCサクセション『遊びじゃないんだっ!』、忌野清志郎『生卵』など編集。野田努編『クラブミュージックの文化誌』などに執筆。

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